第 10 章 おわりに - 職業能力開発総合大学校

第 10 章
おわりに
岩田
克彦
10.1
日本の職業教育訓練制度の現状
(1)日本の職業教育訓練制度の概要
第1章から第9章までの報告で、海外各国とも、職業教育訓練を担う教員・
指導員の養成に積極的に取り組んでいることがわかった。特に、かつてはその
基盤整備に日本が大きく関わった韓国、中国、マレーシアが、日本を超えた
取組みを行っているように見えることは大変印象的である。
ここで、日本の職業教育訓練制度と職業教員・訓練指導員訓練の概要をまと
めると、表 10.1 のようになる。
表 10.1
日本の職業教育訓練(VET)制度と VET 教員・指導員訓練の概要
職業教育訓練
基本制度
企業内訓練主導の職業教育・職業訓練分離モデル
IVET(初期
職業教育訓練)
専門高校、高等専門学校、多くの短大、専門学校(CVET的要素もあり)等多くは文
部科学省の管轄だが、雇用・能力開発機構の職業能力開発大学校等は厚生労働省が
管轄。
CVET(継続
職業教育訓練)
雇用・能力開発機構や都道府県職業訓練校は厚生労働省管轄だが、経済団体による
職業訓練等経済産業省管轄のものもある。
資格制度
法令等に基づく国家資格(技能検定を含む)、国等が認定した審査基準を基に民間
団体や公益法人が実施する公的資格、その他民間資格がある。
IVET
教員訓練
専門高校、高等専門学校教員は、普通高校等教員と同様、大学等の教職課程で養成
(学校教育法の教員免許を取得し、教育委員会や私立学校の採用試験合格で任用)
IVET
指導員訓練
公的職業訓練施設指導員の養成は、職業能力開発総合大学校が主として実施。
その他、一定の実務経験を経て指導員試験での免許取得も可能。
CVET
公的職業訓練施設指導員の養成は、職業能力開発総合大学校が主として実施。
教員・指導員訓練 その他、一定の実務経験を経て指導員試験での免許取得も可能。各種学校指導員
には規制がない。
公的調査
・研究機関
教育政策(職業教育を含む)では国立教育政策研究所があり、職業訓練関係では、
基礎研究を労働政策研究・研修機構が、実践研究を職業能力開発総合大学校
職業能力開発センターが担っている。
VET教員・
・職業能力開発総合大学校の指導員育成の再編 ・実務経験を有する者の教員登用
指導員訓練の課題 ・オールジャパンで職業教員・指導員の共同育成
・職業教育・訓練分野の調査・研究、政策提言等を担うナショナルセンターの設立
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日本では、IVET(初期職業教育訓練)は、専門高校、高等専門学校、多くの
短大、専門学校(CVET 的要素もあるが)等大半は文部科学省の管轄で行われ
ているが、一部は雇用・能力開発機構の職業能力開発大学校等で厚生労働省が
管轄している。CVET(継続職業教育訓練)は、雇用・能力開発機構や都道府県
の職業訓練校等基本は厚生労働省の管轄であるが、経済団体による職業訓練等、
一部経済産業省が管轄しているものがある。
教員・訓練指導員については、日本では、文部科学省系統の学校施設で働く
者が「教員」、厚生労働省系統の訓練施設で働く者が「訓練指導員」と呼ばれ、
それぞれの系統で育成される。但し、欧州、韓国、中国等では、
「日本の公的職
業訓練校で働く訓練指導員」の多くは「教員」に分類されると思われる。
調査研究機関としては、教育政策(職業教育を含む)では国立教育政策研究
所があり、職業訓練関係では、基礎研究を労働政策研究・研修機構が、実践研
究を職業能力開発総合大学校職業能力開発センターが担っている。
(2)政府関与の方法別にみた日本の現状と課題
さて、職業教育訓練、特に職業訓練に政府が関与する場合、どのような方法
があるだろうか。政府関与の諸方法を間接的な共通インフラの整備的なものか
ら、より直接的、個別具体的なものへと分類すると、表 10.2 のようになる。
1の訓練「情報」の提供については、キャリア情報ナビ、キャリア形成支援
コーナーや職業能力開発ステーション・サポートシステム(ともに雇用・能力
開発機構)、そして、卓越技能者(現代の名工)の表彰、技能五輪(国際技能競
技大会)等日本でも各種事業がなされているが、欧州では、EU の下部機関であ
る CEDEFOP(欧州職業訓練発展センター)が職業教育訓練の広範な分野で充
実した情報発信を行っている。グッド・プラクティス(優れた実践事例)の開
発、普及も積極的に行っている。各国単位でも豊富な情報提供が行われている
が、北欧諸国等では英語の情報も充実している。日本の場合、韓国、中国も含
め 17 カ国が参加した OECD の各国職業教育訓練政策に対する評価プロジェク
ト(”Learning for Jobs”、
『働くための能力開発-OECD 職業教育訓練政策レビ
ュー』、各国個別報告書を基に、2010 年秋に統合報告書発行)に対する不参加
に象徴されるように、国際比較、他国との情報交換の意識が弱いように思える。
また、政策立案機能強化の前提として、職業教育訓練分野を横断した情報収集、
研究、政策提言、カリキュラム開発等を担うナショナル・センターを設立する
国が増えている。政策イノベーションを活発化するためには、職業教育訓練分
野の調査・研究・政策提言を担う、職業教育訓練のナショナル・センターの設
立が日本でも必要であろう。
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表 10.2
政府関与の方法
事
政府関与の方法類型
例
日本での具体例(・部分)と課題(〇部
分は政府文書から,◎は筆者の付加意見)
1.訓練「情報」 1-1
の提供
訓練サービスの内容・質
についての情報提供
1-2
・キャリア情報ナビや職業能力開発ステ
ーション・サポートシステム
グッド・プラクティス
(優れた実践事例)の開発、普及
(ともに雇用・能力開発機構)
・卓越技能者(現代の名工)の表彰、
技能五輪(国際技能競技大会)等
◎積極的な情報発信、海外との積極的情
報交換⇒ナショナル・センターの設立
2.職業能力・
技能検定、資格、職業能力評価
・技能検定、職業能力評価基準、
訓練成果への
基準等の職業能力評価制度
「 ジ ョ ブ ・ カ ー ド 制 度 」( 職 業 能 力 形 成
「評価尺度」
の整備
プログラム)
の提供
〇キャリア段位制度の構築
〇教育・訓練の品質確保
◎NQF(国単位の資格枠組み)の構築
3.教育訓練を
担う「ヒト」
教育訓練を担う専門職、
・職業能力開発総合大学校での訓練と
機関・団体の育成
その再編が進行中
の育成
・専門高校教諭は大学等教職課程
で育成
◎オールジャパンでの職業教員・指導員
の共同育成
◎専門学校、NPO 等民間機関での
所属教員・指導員に対する訓練の奨励
◎職業教育訓練機関と産業界の継続的
連携
4.訓練に
要する「カネ」
の提供
4-1
個人向けの
・所得税控除、教育訓練給付、技能者育
訓練資金援助制度
4-2
成資金、キャリア形成促進助成金等
企業向けの
〇求職者支援制度(雇用保険外の者
訓練資金援助制度
5.直接的な訓
練機会の提供
5-1
への訓練期間中の生活保障)の構築
公共職業訓練機関
による直接訓練
5-2
・公共職業訓練機関の訓練、委託訓練
・高校専門学科、高等専門学校の
教育機関、企業等への
訓練委託
職業教育
〇多様な教育訓練サービス機関の活用
〇デュアル訓練等企業実習訓練の増強
(資料出所)岩田克彦「職業能力開発に対する政府関与のあり方
-政府関与の理論
的根拠、方法と公共職業訓練の役割」
(『日本労働研究雑誌』、No583,2009.1)を
改定。
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2の職業能力・訓練成果への「評価尺度」の提供については、技能検定、職
業能力評価基準、「ジョブ・カード制度」(職業能力形成プログラム)等が実施
され、現在、英国の職業能力評価制度(NVQ)を参考にしたキャリア段位制度
の構築が目指されている。一歩進んで、各資格保有者の技能レベル等を比較可
能にする NQF(国単位の資格枠組み)の早期策定や、品質基準と品質指標に基づ
く改善サイクル構築の推進により、職業教育訓練の品質向上を積極化する必要
がある。
4の訓練に要する「カネ」の提供については、個人、企業向けの多様な訓練
資金援助方法を工夫する必要がある 1 。
5の直接的な訓練機会の提供については、多様な教育訓練サービス機関の活
用も重要だが、日本の一番の課題は、デュアル訓練(学校・訓練校での訓練と
企業での実務実習訓練との組み合わせ)等企業実習訓練の増強であろう。第 1
章の表 1-1 で、職業訓練関係予算の国際比較の数字を挙げたが、日本は、英国
と並んで訓練施設(委託訓練施設を含む)以外での訓練が少ないことがわかる。
デュアル訓練に対する共同取組み、実習企業の共同開拓、カリキュラム改訂に
よる大学レベルも含めた職業教育・訓練全体での企業実習訓練の大幅拡大等、
厚生労働、文部科学、経済産業各行政の省壁を越えた本格連携が求められる。
3の教育訓練を担う「ヒト」の育成については、節を改めて記述する。
10.2 日本の職業教員、職業訓練指導員の養成上の課題
諸外国の動向を踏まえ、日本の職業教員、職業訓練指導員の養成を今後どう
行っていくべきかを考えると、以下のような方向性が出てくるものと思われる。
第 1 に、職業教育訓練関係機関の本格連携である。欧州だけでなくアジア各
国でも、学習・訓練プログラムの互換等職業教育と職業訓練の連携・統合が進
んでいる。日本においても、文部科学、厚生労働両行政の省壁を越えた本格連
携が求められるが、職業教員・指導員の養成関係でも、職業高校や高等専門学
校の教員と職業訓練校訓練指導員に関する免許の統合による、文部科学省、厚
生労働省及び全都道府県での職業教員・指導員の共同育成を検討すべきである。
第 2 に、多様な役割ニーズを満たす教員・指導員の養成である。欧州では、
「教員」と「訓練指導員」に求められる要件が徐々に収れんしつつある。職場
ベースで技能指導を行う指導員にも教授法についての能力向上が一層求められ
るようになり、他方、職業学校での教員にも、指導員と同様、職場での仕事遂
1 OECD,”Promoting Adult Learning”(2005 年)では、個人向けの訓練資金援助の方法を、①所得税控
除、②給与税(ペイロール・タックス)ベースの訓練助成(給与税とは賃金を徴収ベースとするもので、
日本の雇用保険料も広義の給与税に相当する。)、③個人融資(学習目的での個人借り入れに銀行が融資
し、政府は債務不履行時の保証を提供)、④バウチャー(受講クーポン)ないし手当(allowances)の形
を取る政府からの直接補助、⑤個人学習口座(成人の学習目的だけに使われる銀行口座。通常、政府、
公益機関を含む多数の利害関係者が資金を提供する。)等に分類している。また、企業向けの訓練資金援
助の方法を、①収益税控除(Profit tax deduction:Profit tax とは企業収益に課税するもので、日本
では、法人税等が相当する。)、②給与税控除(赤字企業には、給与税から訓練費用の控除を認める。)、
③給与税免除(企業は、訓練費支出が規定最低水準を下回る場合に訓練課徴金を支払う。)、④税・保険
会計からの援助、⑤中央政府予算に基づく助成に分類している(同書、p64 及びp60)。
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行方法に関し十分な理解が求められるようになっているという。また、教育・
訓練の現場では、「教える」から「学ぶ」に重点が置かれ、学習の促進者、コ
ーチ、カウンセラーとしての機能が重視されるようになってきているともいう。
そして、訓練ニーズにマッチした訓練コースをコーディネートする能力が重要
になってきている。わが国においても、今後は、個別職種における技能習得指
導能力はもとより、地域の住民、事業主の訓練ニーズとその地域にある様々な
教育・訓練資源を、幅広い視点から組織、育成、コントロールする職業教育訓
練のマネジメント能力が大きく求められるものと思われる。
第 3 に、職業教育訓練機関(学校、訓練センター)と労使、特に産業界との
継続的連携である。OECD“Learning for Jobs”(2010)では、指導員(その監督
者を含む)に適切な教授法訓練が必要だと述べつつ、その修得の煩わしさによ
り現場の熟練労働者が職業教員や指導員に転ずる意欲を落とさないよう、弾力
的な習得方法(従前学習の承認、遠隔学習等)も認めるよう提言している。他
方、職業教育で一般科目を教える教員にも、職場経験が有効だと述べ、学校ベ
ースの職業教員や指導員が産業現場での時間を持ってその知識を刷新し、企業
内指導員が教授法技能を高めるため、VET 施設(学校、訓練センター)と産業
界のパートナーシップを推奨している。
第 4 に、品質保証、品質確保の重視である。欧州では、訓練の品質保証の鍵
は良質な教員・指導員の確保ということで、近年、入職前訓練、在職訓練の強
化に積極的に取り組んでいる 2 。また、次第に、教員・指導員の属する施設が教
員・指導員の能力発展の責任を負うようになっているという。訓練の品質保証
や属する教員・指導員育成に向け各施設に積極的に取り組んでもらうためには、
教育・訓練プログラムの策定等における各施設の自律的運営を促進する必要も
あろう。なお、訓練委託に当たり、継続訓練を受講した教員・指導員割合等の
要件を付ける等により 3 、専門学校、NPO 等民間機関における所属教員・指導
員訓練の奨励を図るべきである。
諸外国での職業教育訓練を担う教員・指導員の養成動向については、今後と
も積極的にフォローしていく必要があるが、本書が、わが国において職業教育
訓練の教員・指導員をどう養成していくべきかを考えるに当たり、広く活用さ
2
2011 年 3 月策定の「第 9 次職業能力開発基本計画」(対象期間は 2011 年度~15 年度)では、職業能
力開発総合大 学校を訓 練指 導員育成 の中 枢拠点と位置付け、レベルの高い訓練指導員として必要な能力
を付加するための訓練(ハイレベル訓練(仮称))を適切に実施する、としているが、職業能力開発総合
大学校は、品 質基準と 品質 指標に基 づく 、職業教育訓練の品質保証改善サイクルを回し、高品質の訓練
を実施する先進的施設とならなくてはならない。
3
2009 年 6 月採択の欧州議会・欧州理事 会合同勧告は、品質基準と品質指標に基づく改善サイクル(計
画、実施、評価、改善の PDCA サイクル)に基づく職業教育訓練の EU 品質保証枠組み(EQAVET)を定
めた。2010 年 12 月の「ブルージュ・コミュニケ」(欧州職業教育訓練担当大臣会議宣言)では、2015
年末までに同枠組みに準拠し、各国国内 VET 供給者に共通した各国版品質保証枠組みを策定するよう 、
EU 加盟国に勧奨している。この勧告付表に品質指標が 10 本掲げられているが、その一つに「教員、訓
練指導員の訓練への投資指標」(継続訓練を受講した教員・指導員割合や訓練投資額)がある。
349
れることを期待したい。
(※)拙稿の内容は筆者の責任において取りまとめたものであるが、その内容については、
本研究プロジェクト検討委員会のご了解をいただいた。
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