- 本格的スイッチ教材シリーズ5 - ピンボール2016 県立ゆきわり養護学校 教諭 東海林 忍 製作中のマシン 1 はじめに 最近の車は自動的に燃費が表示され、経済走行していることを示すランプが灯るよう になった。これで、乱暴な運転が自然になくなるのだという。また 、「まと(偽のハエ なんか )」がついている子供の便器がある。これで、便器の外に尿をまき散らす行為が 消減するという。人を導くにはこうしたゲームを取り入れた工夫はとても有効だ。年が ら年中 、「こうしなさい、ああしなさい 。」と言って聞かせて指導するばかりでは人は 動かせない。 本校は肢体不自由の特別支援学校である。子供達の時間割には自立活動の学習がある。 その中に「からだ」の学習がある。自分の身体を知り使い方を学んだり、緊張を解き情 緒の安定を図ったりしている。マットに横になって手足を伸ばしたり水分補給をしたり する子供もいる。ずっと車いすに座ったままでは疲れてしまうから、大切な時間なのだ と思う。その子に合った「からだ」の学習になるよう誠心誠意やっているが、自分の指 導がとてもつまらないように思え、心許なくなる 。「大切なことはつまらないことが多 いのだ 。」そうとも言える。しかし、つまらないままでいいのか。つまらないことを面 白くするのが教師の役目ではないのか。教師がしゃべるだけの「からだ」の時間はよく ないなあ。 そこで、ゲームだ。人は関心のある情報に注目し、目的が発生すれば楽しく手足を動 かすものだ。誰がなんと言おうと、はまったゲームの力はすごい。動く物や光る物を追 いかける。手足を動かして獲物を捕らえる。本能を刺激するのだな。ゲームが注目され る所以だ。授業で使えるようなゲームはないか、一人でも遊べるような。ゲームセンタ ーを覗けば一人遊びのマシンがあるが、液晶画面がずらり。教室にもipad等はある。 いろいろなアプリケーションも選べる。だけれども、現実感に乏しい画面を見せている と、私は児童虐待のように感じてしまうのだ。ならば、昔のゲームセンターはどうだっ たか。そうだ。そこには、それこそずらりとピンボールマシンが並んでいた。 -1- 2 構想 -どのような教材にするか- その昔のゲームセンターの主力マシンといったらピンボールの右に出る物はなかっ た。知らない若手教師のために大まかに説明する。まず、パチンコ台は縦置きだが、ピ ンボールマシンは横置きだ。厳密に言えば奥がやや高くなっていて、手前に向かって緩 やかな下り坂になっている。プレーヤーはまず、棒を引っぱり、バネ力で鉄球を打ち出 す。その球はパチンコ玉より数十倍重く、威圧的にゆっくりと速度を増し、プレーヤー に向かって来る。その鉄球を左右一対のラケット(フリッパー)でガンガン打ち返し、 落とさないようにするゲームだ。落とさなければ永遠に遊べる。単純この上なく、説明 無用のゲームだ。お客が飽きないように鉄球が何かにぶつかるたび、ランプがついたり、 音が出たり、点数が上がっていったりする。とにかく、キンキラキンで派手だ。ギャラ リーの喝采が欲しければ、プレーヤーは鉄の球からとにかく目を離さず、フリッパーを 操作する以外にない。 目と手の連係動作にもってとこいなのだ。まだマシンが現存するなら、県費で買って もらいたいくらいだが、残念ながらもうどこも作っていない。それに肢体不自由の子供 達に教材として提供するにはいろいろと改良が必要だ。そこで、自作にあたって留意す べきことを以下にまとめてみる。 (1) 鉄球射出装置 もともとの仕組みはこうだ。クラシックな丸いドアノブのような取っ手のついた 棒を引くとバネがぎゅうっと縮み、ドアノブを離すとバネが一気に伸びる。この時、 重い鉄球は押し出され奥に向かって坂を駆け上る。これが肢体不自由の子供達には 最も難儀な動作であろう。だからまずここをスイッチ化する。精一杯の腕力に匹敵 する強力なソレノイド(電磁石)が必要になる。作れるのか?作れる。しかし、手 持ちの材料で作るとしたら、パチンコ玉を繰り出すのが精一杯かもしれない。 (2) マシンの大きさ もともとの盤面の広さは、幅60㎝、奥行き120㎝以上、高さも立った姿勢で遊 ぶから腰の高さよりは高かった。しかし、ゴルフボールほどもある鉄球は扱えないし、 卓上で使うこととし、幅20㎝、奥行き50㎝程度としたい。奥行きを多めにしてい るのは、転がってくる球を対戦相手とする遊びなわけで、敵の迫り来るスピードはガ リレオが証明しているように変わらない。狭すぎるとせわしなくて遊べないのだ。 (3) フリッパー もともとのピンボールのフリッパーも電動だ。ソレノイド(電磁石)式である。自 作品も同等としたい。また、フリッパーを動かすスイッチはマシン手前の左右につい ていた。これで一対のフリッパーを自在に操ったのだ。しかし、自作品はスイッチ教 材とするので、ここはスイッチ入力用のジャックを設けるようにし、子供が自分にあ ったスイッチを選べるようにする。 (4) 電飾音響効果 まずは基本性能を優先し節度を守りつつできる限り美しく官能的に仕上げたい。お もしろ効果もつけたい。鉄球の入る得点ポケットもおもしろい。しかし、手で球を取 り出すような動作はゲームが中断するから避けたい。スイッチ教材なんだからできる だけスイッチだけで操作できるようことが大事だ。ポケットなしである。 -2- 3 製作編 例により、手持ちの材料だけで教材を作るという崇高な目標は今回も貫徹する予定だ ったが、肝心の鉄球がない。20年ぶりにパチンコ店を訪ね 、「10個くらい球をちょ うだい 。」とお願いするが「店外への持ち出しはだめです 。」の一点張りで、泣く泣く 通販で買うことにした。製作のために購入するのはこの一品のみ。強力電磁石用の大量 のエナメル線はすべて5年前に廃棄したテレビのブラウン管から取り出し、丁寧にラッ プの芯にまき直しておいたものだ。こうしておくと、いざというとき?に役立つ。その 通りになったではないか。巻き線機がわりの電気ドリルでリールを回転させれば20メ ーターのエナメル線だって3分で巻けてしまいます。 (1) 鉄球射出装置を作る 電気で鉄球を押し出す力を得たい。ソレノイドには右 磁力 図のような現象が起きる(はずだ )。流す電流とコイル の巻き数、鉄の形状と重さが関係していることが理解で きれば、フレミングの左手の法則や、右ねじの法則を知 電流 らなくても工作は可能。適当な電流を流し、適当な回数 エナメル線を巻き、適当な鉄心を用意することになる。 いろいろ知っていても、結局そうなる。 実際に作るには経験によって仮説をたて、実験を重ね ていく。最終的に4寸釘を5㎝に切り取り、それが通る 径のストロー5㎝区間に20mのエナメル線を巻き付け た。直流抵抗を計ると10Ω。これにノートPCのAC 力 アダプタから12Vで電流を流した。だから、 600mA までしか計れないテスターのヒューズを飛ばしてしまっ た。が、パチンコ玉を打ち出すには、これが最もよい組 鉄 み合わせとなる。(連続通電はよろしくありません。) 単純だが確実に動作させるには 5㎝ 繰り返し細かな調整がいる。例 4寸釘を5㎝残して先端を切り取る えば、ストローと釘の接続部が 3㎝ コイルの出口とぶつからないか、 釘と外径が同じくらいのストローをねじ込む YPS(輪切りペットボトルス プリング)の形状と取り付け位 置の決定など。大丈夫。あきら めなければ必ずできる。 5㎝ YPSで作った 釘戻し用バネ 木片 鉄球射出装置 釘の頭を捕らえる刺股 -3- ホットボンド で固定 クッション これがYPS 炭酸 飲料 木工ボンド で固定 優れた復元力と耐久性 実際の射出装置 8、10、12、15㎜と鋼鉄球を購入し実験を繰り返したが、今の私の技術 力では12㎜の鋼鉄球を制御するのが限界でした。 ( 2) 台を作る 鉄球射出装置が作れなかったらこのプロジェクトから撤退するつもりだったが、思 ったより、まあうまくいったので、気分よくピンボールの台の作成にとりかかる。材 料はお歳暮にもらったうどんの空き箱(木製)だ。空き箱大好きです。しかし、構想 した大きさの箱はない。幅は20㎝くらいはあるが、奥行きを50㎝も確保すること は出来ない。そこで、ほぼ同じ大きさの2つの箱をつなぐことにした。つないで困る のは段差が出来てしまうことだ。鉄球がなめらかに転がるようにかんなをかけ、工作 紙を貼るなどして平面を確保した。 折り返しガイド 射出ガイド フリッパー 50㎝ 落球ガイド 工作用紙 補強板 うどん木箱(合体) 細かな工夫は後 からでも出来るが 塗装や基本部品の 場所は決めておく 射出装置 20㎝ 必要がある。子供はスイッチしか触れない。 球が途中で止まらないことがこの工作の段階 で心しておかねばならないことだ。 うどんの木箱をつないだとは思えない仕上がり -4- レイアウトが決まったら絵を描く。人気キ ャラクターをコピーするのが手っ取り早く無 難だが、今回は愛車が発売されて40周年? を記念して写真を貼り付けた。青少年に関心 を持っていただけるように可能な限りモダン に塗装していく。が、どうにもこうにもレト ロな感じになってしまった。 憧れのスポーツカー さて、この台を面白くするにはどうするか。 自動的に打ち返してくる壁や音の出る壁はお もしろさ倍増。ポケットを作り、5点、10 点と表示すれば狙いをつけて打ち返す楽しみ となるだろう。しかし、複雑になるし、どう やってポケットから球を回収するのか。…や めよう。子供達はスイッチしか触れない。打 ち返すだけでよい。釘を数本配置し、照明で ムードを出そう。よし、次はフリッパーだ。 塗装後基本パーツの取り付け ( 3) 電動式フリッパー駆動機構を作る フリッパーの周りは鉄球が当たったり通ったりする場所だ。だから動かす仕掛け は台の裏に作る。電磁石は射出装置と同じものを使うが戻すための YPS(輪切 りペットボトルスプリング)は裏フリッパーに働くようにしている。 輪切りペットボトル スプリング YPSの復元力 裏フリッパー フリッパー ストロー おもて コイル うら 釘 ストッパー フリッパーが動く仕組みは図を見れば理解できる。しかし 、「工作してみたら 動かなかったよ 。」では困る。鉄球を打ち返す力が弱くても強すぎて飛び出てし まうようでもだめだ。実験しながらパーツの形や位置を決めていくのだ。 -5- 実験の段階で駆動の障害になったのはストローと釘接続部 の段差。引っかからないように接続位置を調整する。また、Y PSの強さ。電磁石より弱く、尚且つスムーズにフリッパーを 押し下げなければならない。うまく調整できたと思ったときに ストッパーが吹っ飛んだ。予想以上にくぎの頭は激しくぶち当 実際のフリッパー駆動装置 ( 4) たっていたのだ。絶対作るぞ!の情熱と根気で進んでいく。 電飾音響効果と配線 この装置全体の電力はノートPC用のACアダプターを利用すると前述した。この 電源の容量は12V3.8Aである。ソレノイド(電磁石)には瞬間的に1.2Aの 電流が流れる。3つ使っているから3.6Aも流れるのだが同時使用はないと考えて いる。ソレノイドのスイッチを入れっぱなしにしてみると30秒でコイルを固定して いたホットボンドが手にべたべたつくくらい溶け出してくる。本当ならば数秒で電流 を停止する回路を加えないといけない。いけないことではあるが、本装置にはない。 さて、電気の余裕はあるから12V(車載)用のLED照明を2台取り付けること にする。電源がつながったことを示すパイロットランプにもなる。 台の上を平面に保つため カバー 照明はコーナーに設置。土 台は塩ビ管とし中に配線す LED る。LEDのカバーはボー おもて ルペンの軸を切って作成す うら コーナーデッドスペースに照明を設置 - + る。赤と緑の照明が入った。 なかなかいいムードだ。 音響効果はカチャカチャと鉄球がぶつかる音のみ。鉄球の転がりに変化をつける には、パチンコ台のように釘を打っても面白い。しかし、どこに打てば面白いかは 分からないので、完全に動作できるようになってから打つことにする。さあ、いよ いよ配線作業に移ろう。 まず、ACアダプターから供 給される 12Vは照明用LED 2個へ送られる(保護抵抗経由)。 次にスイ ッチをつなぐジャック を経由し て射出用ソレノイドに 供給。最 後に2機のフリッパー 用ソレノ イドそれぞれにスイッ チ用ジャ ックを経てつなげば完 成。じゃ まにならないよう台の フリッパー用ソレノイドを避けて台の裏を這うように -6- 裏を這うように配線する。 LED - 保護抵抗 スイッチ接続 フリッパー右 スイッチ接続 + 電源接続部 スイッチ接続 フリッパー左 ACアダプター + - 複雑な配線ではないが、可動部を 避けるように気を配る。ぶらぶらし ないように動作確認後はホットボン 12V3.8A ドで固定する。 配線図 ( 5) 射出用ソレノイド 専用コントローラー 後は好きなスイッチをつないで遊べばよいのだが、 ピンボールはひとりで左右のフリッパーを操作する ものだ。両手を使うことになる。フリッパーの連携 を高めるには、やはり、ふたつのスイッチは近い方 がいいと気づいた。そこで、写真のような専用コン トローラーを作った。ファミコンみたいな使い心地。 左右のフリッパーを自由自在に 4 しかも、本物の鉄球が盤面を動き回ります。 活用編 本校指導支援部主催で「子供が振り向く本格的 スイッチ教材」と銘打ち、スイッチ作りとスイッ チ教材で遊ぶ研修会を行った。その中でこのピン ボールマシンも活躍の機会を与えられた。たくさ んの方に遊んでいただいたが「スイッチに思わず 手が伸びてしまうインパクトがある 。」と高い評 価を得ることが出来た 。「スイッチ操作なのに、 実際に鉄球を打ち返す手応えが感じられる 。」「こ れには、はまってし 完成したマシン盤面 まう 。」と、ビデオゲーム世代の先生方にも好評で、夢中に なって遊んでいただくことができた。一方で「鉄球の動きが 速いので子供達には無理かも 。」と感想を述べる方もいた。 確かに、どんな子供でも使えるわけではない。今後の課題に なる。電飾、点数などの効果ももっと合った方がよい。との 使い安い易い専用コントローラー ご指摘もあった。 -7- 仕組みが気に なる方には、裏 面も見ていただ いた。釘、スト ロー、エナメル 線、ペットボト ルの切れ端だけ で出来ていることを説明すると、 ため息を漏らし「理科の学習に 使えるので、ぜひクラスに貸し 出 して欲 しい 。」 と感 想を寄 せ ていただいた。小型のゲームマ シンとして作ったので移動は簡 単。どんどん持ち出していただ 本校校内実技研修会 き、次は子供達の感想をいただ きたいと思う。 5 おわりに 昔話ばかりで恐縮である。私が幼児だった頃、保育所でテレビを見る時間があった。 私達は教室から行進して大教室に集まり、大勢で小さな白黒の画面を見た。磁石の番組 だった。私は興奮して家に帰り、引き出しにしまってある宝物、真空管ラジオから抜き 取った「磁石」で縫い針をこすってみた。すると縫い針が磁石になった。砂場を這わせ ると確かに無数の砂鉄が集まった。小学生のある日、担任の女教師が空芯コイル(鉄心 の入ってないコイル)に電気を流したら鉄のクリップはつくか私に質問した 。「つくわ けないべ 。」と自信に満ちた私の解答を尻目に教師のもったコイルにクリップは張り付 いていた。 以来、私は磁石がすんごく好きで、教材作りでもスイッチ作りでも磁石を多用してい る。電磁石を今回は「ソレノイド」と表現した。ネットで電磁石のメーカーを閲覧した 影響である。電気発動機をモーターと言うように、電磁石なんて言わないで世間ではソ レノイドと言っているようだ 。(どうも世間に疎い 。)そのメーカーでは、ソレノイド を使った装置のコンテスト 、「ソレコン」というものを開催していた。そこで、なんと 富山県の某特別支援学校高等部機械科の生徒の作ったピンボールマシンが最高賞を獲得 していたのだ。ホームページを食い入るように見る。11個のソレノイドを使ったピン ボールマシンは本物と比較しても遜色ないできばえであった。とてもうれしくなって、 私も応募したら「よくできたで賞」くらいもらえるかもしれないと、またまた興奮した。 が、そのメーカー製のソレノイド(買えば高いです)を使うことが応募条件でがっくり。 でも、特別支援学校とピンボールマシンとソレノイド(電磁石)がぴったりとつながっ たようで、自分も世間から浮き上がりっぱなしではないような気がして安堵した。 -8-
© Copyright 2024 Paperzz