すずらん

校長室だより
長野市立信更中学校
すずらん
平成24年6月20日
第5号
【アメージング・グレイス】
~曲にこめられた作者の思いを知ろう~
人権講話より
6月の生徒会目標は「支え合いと尊重~人権について理解を深めお互いを思いやろう~」のも
と、生徒集会で資料をもとに自分だったらこうしたいと考え、発表しあったり、代表の友だちが
ロールプレーイングを演じて、自分がその場にいたら、どうすることがいいのかを考えたり、そ
の演技から感じたことからあるべき姿を発表しあったりして、全校のみなさんでお互いの人権に
ついて尊重する意識を高めてきました。きょうもまとめの集会がこのあとありますね。
先週
の参観日では、各学級の取り組みを保護者の方や、地域の人権擁護委員の方々に見ていただきま
した。
では、今日は、音楽の分野から人権に関わっての話をします。まずこの曲を聴いてください。
みなさん知っていますか?そうですね。「アメージンググレイス」この曲の作詞者は、ジョン・
ニュートン。
彼は1725年(18世紀)にイギリスで生まれました。お父さんは、地中海航路の商船の指
揮で、彼も11歳の頃から父に従って船に乗り、船乗りになりました。その後、彼は、自分で独
り立ちして船を持つようになったのですが、彼に託された仕事は、奴隷の運搬船でした。
奴隷(どれい)とは、人間でありながら、権利・自由を認められず、他人の所有物として取り
扱われる人。所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされた人です。か
つては奴隷を許容する社会制度 奴隷制があったのです。
「三角貿易」って知ってますか?社会科の学習で習いましたか?
16 世紀から 18 世紀の時期に、主にヨーロッパ(イギリス)とアフリカとアメリカ大陸を結ん
で、その後約 3 世紀にわたってアフリカ原住民たちが労働力として使われていたのです。
この曲の作詞をしたジョンの仕事は、アフリカとアメリカを自分が指揮して黒人達を運搬する
のです。奴隷船の船長だったのです。
奴隷船とはどんな船だったでしょう?1人分のスペースが、80 センチ×18 センチ。こんな棺
桶(かんおけ)みたいな空間に閉じこめられ、3 ヶ月から 9 ヶ月も航海したという。航海中の死
亡率は 8~34 パーセント。つまり、3 人に 1 人は死ぬ。これが、アフリカとアメリカを結ぶ奴隷
貿易の実態だった。この時代は、大西洋を横断するのは命がけで、コストも高くついたので、儲
けを増やすには、1回の航海で、できるだけ多くの奴隷を運ぶしかない。奴隷たちは、身動きで
きないほど詰め込まれ、一寸のムダもなく、整然と並べられた。まるで食器棚の食器のように。
しかも、航海中、黒人奴隷はロープにつながれたままだった。こんな環境で、ろくな食事も水も
与えられず、9 ヶ月間も過ごす ・・・ 身も心もおかしくなって当然。実際、多くの黒人奴隷が、
熱病やチフスで死んでいった。まるで生き地獄ですね。しかも、その先に待っているのは、さら
なる地獄 ・・・ 奴隷市場。 たとえ、この過酷な航海を生き残っても、行き先が奴隷市場では
救われない。悲嘆にくれ、船から飛び降り自殺する者もいた。1回の航海で、150 人中 100 人が
死亡した記録もある。生き残るのは 3 人に 1 人。まさに想像を絶する世界ですね。
彼が22歳(1748 年)の時、アフリカからイギリスにもどる航海中のことです。大きな嵐に出会います。
船はかつてないほど激しく揺れ、海水が流れ込み、船が潜伏寸前。死に直面した時、彼は、初めて「神
様助けてください」とさけんで、神様にお願いするのです。そして、これまで 22 年間の自分の人生を思い
起こし、沈み行かんとする船の上で自分たちが助かるとすればもはや神の奇跡以外にはありえない。
しかし自分のように罪深き人間を神様はきっと許してくれないだろう。彼はそんな絶望的な思いを抱き
つつも、最後まで諦めることなく一縷の望みにかけて舵(かじ)を握り続けたのでした。…どのくらい時間
がたったのでしょうか。からくも、危機を脱した甲板の上で、ジョンは自分が助かったことがまだ信じられ
ず、ただ呆然と立ちつくしていました。…幸い命が助かった彼は、聖書を読み始め、クリスチャンとなり
牧師さんになるのです。
そんな彼が「こんな愚かなどうしよもない物を神は救ってくださった」という恵みを歌ったの
が、この賛美歌なのです。
アメージング・グレース (すばらしき恵み=恩寵)
何と美しい響きであろうか 私のような者までも救ってくださる
道を踏み外しさまよっていた私を 神は救い上げてくださり
今まで見えなかった神の恵みを 今は見出すことができる
Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.
「アメージンググレイス」作者ジョンの思いを味わってもう一度きいてください。
人種差別をテーマに「黒人霊歌」といわれる曲は彼らが故郷であるアフリカ大陸から何千マ
イルも離れた見も知らぬ地まで奴隷船*で運ばれ、そこで奴隷として生きなければならなかった
という極めて切迫した現実の中で生まれました。
アメリカ合衆国に連れてこられた彼らは奴隷主である白人に教会に連れていかれ、教会の礼拝
を経験しましたが、彼らが真の意味で魂の解放を得たのは、一日の苦役を終えた夜遅くに仲間と
秘密に集まりあって、白人達の家から離れた場所で自分達だけの礼拝を持って、神に祈り、歌い、
踊った時間だったのです。
そんな黒人霊歌は、心に訴えるものがあります。アメリカの作曲家フォスターの作品もそう
です。どうかこの機会にきいてみてください。