95 養殖カキのウイルス浄化試験 1) 三重県科学技術振興センター保健環境研究部,2)国立公衆衛生院, 3) 東京都立衛生研究所,4)鈴鹿国際大学短期大学部 1) 福田 美和 中山 治1) 川田 一伸1) 西尾 治2) 矢野 拓弥1) 関根 大正3) 杉山 明1) 櫻井 悠郎4) (平成 14 年 8 月 14 日受付) (平成 14 年 11 月 8 日受理) Key words: Norwalk-like virus, oyster, poliovirus, depuration 要 旨 カキ等の貝類を生で喫食することにより,Norwalk-like virus(NLV)を原因とする食中毒事例がしば しば発生している.特に海水温が 10℃ を下回る厳寒期に多発する傾向があることから,海水温とカキの 生理機能に着目してウイルス浄化方法の検討を行った.ウイルス取り込みおよび排出実験は本実験では 1 型ポリオウイルス(Sabin 株)を指標とし,カキ養殖場で実際に使用している浄化システムと同じ原理 で作製した閉鎖系の循環型水槽装置を用いて行った.その結果,海水温 10℃,20℃ のいずれにおいても, 水槽内に投入したウイルスはカキの中腸腺内に急速に取り込まれ,その後,紫外線照射水で還流するこ とにより,6 時間以内に約 1! 1,000∼1! 10,000 以下に減少した.この結果から,ウイルス浄化における本 装置の有用性が認められ,現行の浄化システムにおいても浄化槽の海水温を一定温度以上に保持し,十 分な流水量で浄化することにより,ヒトへの NLV 感染リスクを大幅に軽減できる可能性が示唆された. 〔感染症誌 序 文 77:95∼102,2003〕 むき身カキ 100g 当たりの大腸菌最確数が 100 以 養殖貝類,特にカキ等の喫食が原因として疑わ 下となるように処理すること等を義務づけてき れる食中毒事例は,1 月から 3 月に多数報告され た.しかしながら,この基準以下であっても NLV ている.電子顕微鏡法あるいは RT-PCR 法等によ による汚染は依然として認められており,NLV り,これらの事例の原因微生物が Norwalk-like vi- による食中毒様集団発生を防止することが困難な rus(NLV)であることが明らかになってきた5)11). 状況にある.これまでに二枚貝のウイルス浄化実 そこで,本ウイルス等による感染防止対策の徹底 験は国内外で多数報告されており1)4)6)∼8)12),海水 を図るため,1997 年 5 月には食品衛生法が改正さ 温,還流速度,共存不純物等と除去効率の関係に れ,NLV が食中毒起因微生物の一つとして扱われ ついても検討されているが,ウイルス浄化には数 るようになった.三重県では生食用カキの出荷に 日間を要し,商品価値の維持の観点から実用性の 際し, 「かき取り扱いに関する指導要領(1992 年 4 あるシステムは未だ確立されていない.著者らは, 月施行) 」 に基づいて殺菌海水による浄化を行い, 海水温とカキの生理機能に着目し,既存の浄化シ 別刷請求先:(〒512―1211) 三重県四日市市桜町3690―1 三重県科学技術振興センター保健環境研 究部微生物研究グループ 杉山 明 平成15年 2 月20日 ステムの原理に基づいて室内実験用に作製した循 環型水槽装置を用いて,ポリオウイルスを指標と してウイルス浄化方法の改善を検討した.その結 96 福田 美和 他 Fig. 1 Diagram of an experimental depuration system. The temperature of seawater was adjusted in the preparatory tank before sterilisation in the UV irradiation tank, from where it was showered into the uptake and elimination tank. Seawater was pumped evenly from the bottom of the tank ; during water circulation the poliovirus was absorbed by oysters. 果,細菌浄化で規定されている浄化時間内でウイ ことなく,速やかに漏斗から水槽外へ排除される. ルスに対しても一定の浄化効果が得られることを カキは本水槽内の漏斗の上に配置した網棚上に均 明らかにしたので報告する. 等に並べた.なお,装置は 2 組作製し,各設定条 材料と方法 件によるウイルス取り込みおよび排出効率の比較 1.循環型水槽装置 は,同一日に採取された海水およびカキを用い, 本実験に用いた装置は,佐藤らが開発し,三重 同時に実験を行い検討した. 県志摩地方のカキ養殖場で使用されている浄化装 10) 2.海水およびカキ 置 と同じ原理で作製された閉鎖系循環型装置で 使用した海水は養殖海域外の沿岸部で採水し, ある.装置の概要は Fig. 1 に示した.本装置はカキ UV 照射したものである.カキは県内の養殖海域 を飼育する本水槽(240l ,Uptake and elimination から水揚げされ,通常の浄化が行われたマガキ tank) ,海水温度を制御する予備水槽(60l ,Pre- (Crassostrea gigas) を用いた. また, 飼育期間中, paratory tank)および紫外線(以下,UV)照射流 カキの活力を維持するため 植 物 プ ラ ン ク ト ン 水槽(UV irradiation tank)の 3 槽からなってい (Phaeodactylum)を給餌した. る.予備水槽に取り付けた温度調節器によって一 3.ポリオウイルス 定温度に制御された海水は,循環ポンプ(1,000l ! 本実験では,培養系がなく実験に使用すること hr,フィルター装填)で UV(30 ワット,GL30 が困難な NLV に代えて,ウイルスの性状,形態が X) 照射流水槽へ送られる.ここで UV 照射された NLV に近く,ワクチンとして用いられており安全 海水は,本水槽全面にシャワーで散水され,さら な 1 型ポリオウイルス(Sabin 株)を用いた.すな にサイフォンの原理によって水槽の底に配置した わち,ポリオウイルスが NLV と同じく腸内系の 1 6 カ所の漏斗部分から均等に吸引されて予備水槽 本鎖の+RNA ウイルスであり,直径が 20∼30nm へ戻り,再び循環する仕組みになっている.この と NLV の 30∼35nm とほぼ同じであることに加 とき本水槽内には垂直流が発生するため,カキか えて,培養が容易で定量可能であることに因る. ら排出されたウイルスは周囲のカキを再汚染する 各実験において水槽内に投入したポリオウイル 感染症学雑誌 第77巻 第2号 養殖カキのウイルス浄化試験 97 Fig. 2 Poliovirus uptake into and excretion from oysters in an experimental circulatory system. Poliovirus was put into the uptake and elimination tank at time 0 hrs, as indicated by a closed arrow. The oysters and seawater were collected at the indicated time. UV irradiation was begun at time 96 hrs, as indicated by an open arrow. Poliovirus titers in oysters and seawater were determined as described in materials and methods. Oysters at 10℃(―■―) , Seawater at 10℃("□"),Oysters at 20℃(―▲―) , Seawater at 20℃("△") . スは,Vero 細胞で増殖させ,−20℃ で 1 回凍結融 種し(各希釈 4well を用いた) ,35℃ の 5% 炭酸ガ 解したもので,ウイルス力価は 6∼7 log TCID50! ス孵卵器で 10 日間培養した.細胞変性効果(cy- 25µl であった.なお,実験 1 を除き,ウイルスは topathic effect:CPE)を観察し,1 接種検体当た プランクトンと 1 時間撹拌混合させた後に本水槽 25µl)を算出した. りの 50% 感染価(log TCID50! 内へ投入した.その際,循環ポンプの運転を一時 停止し,1 時間後に再開した. 4.海水およびカキ中腸腺内のウイルス定量 海水は本水槽から 100ml 採取し,このうち 10 5.アンモニウムイオン濃度測定 海水のアンモニウムイオン濃度は α‐ナフトー ル法9)により測定した. 成 績 ml を 1 検査材料として用いた.45,000rpm で 90 本実験を行うに際し,海水,カキおよびプラン 分間遠心分離し,沈査を 1ml の PBS に懸濁させた クトンは細胞培養法によってポリオウイルス等, ものを接種検体とした.カキは中腸腺 2 個を 1 検 ウイルス因子で汚染されていないことを確認し 査材料として用いた.摘出した中腸腺は,10% 懸 た.使用したポリオウイルスは海水温 15∼20℃ の 濁液となるように PBS を加え,ホモジナイズ後に 浄化装置の環境下で最低 72 時間不活化されず, 3,000rpm で 15 分間遠心分離した.上清を分取し, UV ランプを点灯した UV 照射流水槽内を通過す ポリエチレングリコール溶液(24% ポリエチレン ることによって不活化されることを確認した.ま グリコール 6,000! 1.5MNaCl)を 1! 2 容加え,4℃ た,本装置の容量に対して飼育可能なカキの個数 で 1 夜静置した.10,000rpm で 60 分間遠心分離 を検討するため,カキ 20 個および 100 個の群で取 し,沈査を 0.5ml の PBS に懸濁させたものを接種 り込みおよび排出効率を比較したところ,両群に 検体とした.カキ中腸腺および海水の接種検体 0.1 差は認められなかった.したがって,各実験で使 ml を培養液で 10 倍階段希釈した.各希釈検体を 用するカキの個数は,サンプリング回数およびカ マイクロプレート上の Vero 細胞に 25µl ずつ接 キを配置する網棚の面積を考慮して設定し,最大 平成15年 2 月20日 98 福田 美和 他 Table 1 Time profiles of poliovirus titer in oysters and concentration of ammonium ions in uptake and elimination tank seawater Water temp. 10℃ Time(hrs) Sample Oyster Oyster Seawater *Seawater 12 24* 25 30 36 48 72 96 0 6.0< 6.0 5.2 0 0 0 0 0 0.02 0 0.47 6.0< 0.80 5.6 0.07 5.0 − 0 0.18 0 0.31 0 0.47 0 0.57 0 0.02 0.86 1.1 0.13 − 0.69 1.1 0.51 2.0 0 Seawater 20℃ Item Poliovirus titer (logTCID50/25µl) NH4+ (mg/l) Poliovirus titer (logTCID50/25µl) NH4+ (mg/l) was exchanged to poliovirus-free seawater, and UV inradiation was started. で 160 個を使用した. 実験 1.ポリオウイルスの取り込みおよび排出 挙動 25µl 検出された.UV 中腸腺からは 2.5 log TCID50! ランプ点灯開始後 6 時間以降は陰性となった. このことから,いずれの温度下においてもウイ 2 つの装置の海水温を 10℃ と 20℃ とし,飼育 ルスはカキ中腸腺内から短時間のうちに排出さ するカキは各水槽 100 個とした.本水槽に 20ml れ,且つ海水温の高い方が浄化されやすい傾向が のポリオウイルスを 1 回投入して実験を開始し みられた.しかしながら,通常,養殖場で実施さ た.なお,本実験では植物プランクトンは給餌し れている浄化時間が 18 時間以上であるにもかか なかった(Fig. 2) . わらずカキからウイルスが完全に除去されない場 ウイルス投入から 96 時間後に UV ランプの点 合があること,本実験ではウイルス残留時間は 6 灯を開始し,その後 72 時間,計 168 時間において 時間以下とかなり短いことから,海水中に単独で 海水およびカキを経時的にサンプリングし,ウイ 浮遊する状態のウイルスを取り込む場合と,自然 ルス定量を行った. 環境中でプランクトンに付着した状態のウイルス いずれの温度条件下でもウイルスは速やかにカ を取り込む場合とでは,カキ中腸腺内への取り込 キ中腸腺内に取り込まれた.投入後 1 時間で 2∼3 まれ方に何らかの違いがあることが示唆された. 25µl に達し,取り込み量のピーク時に log TCID50! さらに後者の方がウイルス残留時間は延長すると 25µl になった.海水温 10℃ で は 4∼5 log TCID50! 考えられた. は UV ランプ点灯直前の 96 時間まで取り込み量 はわずかに増加した.一方,20℃ では 48 時間目の 実験 2.水質変化とポリオウイルスの取り込み および排出効率 25µl が最大で,その後 72,96 時間 3.7 log TCID50! 閉鎖系の水槽内でカキを飼育することによって と徐々にカキへの取り込みが減少した.また,96 生じる海水の水質変化は,カキの活力の維持に影 時間にカキ中腸腺内に取り込まれたウイルス量 響することが考えられる.このため,カキの活力 は,海水温 10℃ のほうが 20℃ よりも平均で 1.2 をできるだけ高く維持させた状態で,ウイルス排 25µl 上回った.逆に,同期間中の海水 log TCID50! 出挙動を観察することを目的として,ウイルス暴 中のウイルス量は,海水温 20℃ のほうが 10℃ を 露期間を実験 1 の 96 時間から 24 時間に短縮した 25µl 上回ったが,いずれも 平均で 0.2 log TCID50! (Table 1) .また,ウイルスは 1 回 20ml を 8 時間毎 カキへの取り込み量が増加するに従って減少し に計 3 回投入した.なお,実験 1 の成績を考慮し, た.UV ランプ点灯開始後 1 時間で,海水温 20℃ 実験 2 以降ではウイルスはプランクトンと撹拌混 25µl の海水とカキ中腸腺では陰性(1 log TCID50! 合後に投入することとした.海水温は 10℃ と 20 以下) となった.一方,海水温 10℃ では海水は UV ℃とし,カキは各水槽 50 個とした.水槽内の海水 ランプ点灯開始後 1 時間に陰性となったが,カキ は,浄化開始後のウイルス取り込みをなくすため, 感染症学雑誌 第77巻 第2号 養殖カキのウイルス浄化試験 99 Fig. 3 Effect of flow rate of seawater on poliovirus uptake and excretion. Viruses in oysters were incubated for 24 hrs before UV irradiation, which was begun at 0 hrs, as indicated by an open arrow. Poliovirus titers in oysters were determined. The experiment was performed at flow rate 400L!hr at 10℃(―■―)and at 20℃ (―▲―) . Flow rate 1,000L! hr at 10℃(―□―)and at 20℃(―△―). UV ランプ点灯開始直前にウイルスフリー海水に 腺内へのウイルス取り込み量に差は認められず, 全交換した. UV ランプ点灯後はいずれの温度下でも速やかに ウイルス投入 1 回目から 24 時間後で,カキ中腸 排出された.このことから,本装置内でカキ 50 腺 中 の ウ イ ル ス 量 は 海 水 温 10℃ で は 6.0 log 個を 24 時間飼育することによって生じる水質変 25µl,20℃ では 5.6 TCID50! 25µl となった. TCID50! 化では,カキの生理機能に影響を与えないことが UV ランプ点灯開始後 1 時間で,カキ中腸腺中の 示された.また,ウイルスをプランクトンと撹拌 25 ウイルス量は海水温 10℃ では 5.2 log TCID50! 混合後に投入したが,ウイルス残留時間はウイル 25µ1 検出されたが, µl, 20℃ では 5.0 log TCID50! ス単独投入時に比べて長くならず,カキ中腸腺内 6 時間後以降では,いずれの検体でも陰性となっ におけるウイルス取り込み状態の変化を推察する た.この時の海水の比重および pH は,それぞれ ことはできなかった.但し,プランクトンの投入 1.024∼1.026, 8.3∼8.4 とほとんど変化がみられな は,カキの活力維持を目的として,以降の実験に かった.アンモニウムイオン濃度は,カキ飼育開 おいても継続して行った. 始後 24 時間には海水温 10℃ で 0.80mg! l と通常 の約 40 倍となり,20℃ ではさらに高い約 56 倍の 実験 3.ウイルス取り込みおよび排出における 海水循環速度の影響 1.1mg! l まで増加した.海水を全交換したため水 循環ポンプの速度をこれまでの 1,000l ! hr から 質は一時改善されたが,カキ飼育開始後 48 時間 400l ! hr に下げて,カキのウイルス取り込み量お (海水全交換後 24 時間)には 10℃ で 0.31mg! l, よび排出量への海水循環速度の影響を検討した. 20℃ で 1.1mg! l と再び上昇し,その後も上昇傾向 なお,循環ポンプの速度以外の条件は実験 2 に準 がみられた. じることとし,実験 2 を比較対照とした(Fig. 3) . アンモニウムイオン濃度が水槽内の有機物の分 ウイルス投入後 24 時間のカキ中腸腺内への取 解と,カキの代謝によって増加することから,海 25 り 込 み 量 は 海 水 温 10℃ で は 2.9 log TCID50! 水温 10℃ に比べて 20℃ のカキの方が終始活発に 25µl となった.UV ラ µl,20℃ では 3.4 log TCID50! 活動していたことが考えられた.逆に,海水温 20 ン プ 点 灯 開 始 後 6 時 間 で,10℃ で は 2.4 log ℃の方が水質劣化の進行も早かったが,カキ中腸 25µl,20℃ で は 1.7 log TCID50! 25µl,12 TCID50! 平成15年 2 月20日 100 福田 美和 他 Fig. 4 Effect of long-term exposure on excretion of poliovirus from the midgut gland of oysters. Viruses in oysters were incubated for either 2 days or 14 days before UV irradiation, which was begun at 0 hrs, as indicated by an open arrow. The oysters were collected after the above periods, and the poliovirus titer was determined. Incubated 2 days at 10℃(―■―)and 20℃(―▲―) . Incubated 14 days at 10℃(―□―) and 20℃(―△―) . 時間目で 10℃ では 1.9 log TCID50! 25µl,20℃ では ウイルス投入後 48 時間のカキ中腸腺内への取 25µl のウイルスが検出され,いず 1.6 log TCID50! り込み量は,非暴露期間の海水温 10℃ の水槽では れの温度でも緩やかな減少傾向を示した. 25µl,20℃ に設定する水槽では 5.6 3.8 log TCID50! このように,いずれの海水温でも循環速度 1,000 25µl となった.UV ランプ点灯開始後 log TCID50! l! hr に比べて 400l ! hr ではウイルス取り込みお 25 12 時間 目 で,海 水 温 10℃ で は 0.1log TCID50! よび排出効率が著しく低下したことから,カキの 25µl となった.その後 µl,20℃ では 1.4 log TCID50! 生理機能が還流に大きな影響を受けることが示さ も少数残留したが,96 時間目以降でいずれも陰性 れ,ウイルス浄化を促進させるためには適切な還 となった. 流速度を保つ必要のあることが確認された. 実験 4.カキ中腸腺からのウイルス排出におけ る暴露期間の影響 暴露期間 14 日間の実験も同様に,暴露期間の海 水温を 15℃ に,非暴露期間のそれを 10℃ と 20 ℃に設定し,カキは各水槽 160 個,ウイルスは 1 自然環境中で生育するカキは,ウイルスの暴露 回 20ml を 1 日 1 回,計 14 回投入し,海水の全交 を長期間にわたって受けている可能性がある.そ 換をウイルス投入から 1 週間後と UV ランプ点灯 こで,ウイルスの暴露期間がカキ中腸腺における 開始直前の 2 回行った. 取り込み状況等に及ぼす影響をみるため,暴露期 カキ中腸腺内に取り込まれたウイルス量は 4.7 間を 2 日間と 14 日間とし,その後のカキからのウ 25µl で,UV ランプ点灯開始後 12 時間 log TCID50! イルスの排出を比較した(Fig. 4) .まず,暴露期間 25µl,20 目 で は,海 水 温 10℃ で 3.2 log TCID50! 2 日間の海水温を 15℃ に,非暴露期間のそれを 10 25µl,48 時間目でいずれも 1.2 ℃で 3.5 log TCID50! ℃と 20℃ に設定し,カキは各水槽 150 個用いた. 25µl となり,その後は残留する傾向が log TCID50! ウイルスは 1 回 20ml を 12 時間毎に 1 日 2 回,計 みられた. 4 回投入し,UV ランプ点灯開始直前に海水を全交 換した. 海水温によるウイルス排出効率の違いはいずれ の実験系においても顕著に現れなかったが,暴露 感染症学雑誌 第77巻 第2号 養殖カキのウイルス浄化試験 101 期間を 2 日間とした実験系では,UV ランプ点灯 よるウイルス排出速度の低下の原因について,本 開始後 6 時間の還流によってウイルス量は約 1" 実験から明らかにすることはできなかったが,今 1,000∼1" 10,000 以下に減少した.一方,暴露期間 後さらにフィールドにおける実験データを蓄積 を 14 日間とした実験系では,ウイルス暴露期間の し,検討する必要があると思われる.しかしなが 延長によるカキ中腸腺内へのウイルス取り込み量 ら,浄化装置の水槽内に投入したウイルスは極め の増加は認められず,また,UV 点灯開始後のウイ て短時間にカキの中腸腺内へ取り込まれ,UV ラ ルス排出速度は低下したものの,UV ランプ点灯 ン プ 点 灯 開 始 後 6 時 間 の 還 流 で 約 1" 1,000∼1" 開始後 48 時間の還流によってウイルス量は約 1" 10,000 以下に浄化された.これらのことから,本実 1,000 以下に減少した.このことから,カキが海水 験に用いた浄化装置はウイルス浄化対策に有用で のろ過を行っている状態においては,カキ中腸腺 あり,実際の養殖場においても,浄化槽の温度を 内におけるウイルスの取り込みと排出は同時に行 概ね 10∼20℃ に管理し,十分な流水量で浄化を行 われており,濃縮されていないことが考えられ, うことによって,ヒトへの感染リスクを大幅に軽 本浄化装置の有用性が示唆された. 減できる可能性が示された.なお,冬季の現場に 考 察 おける浄化槽の温度管理を考慮すると,今後より 県内において過去に発生したカキ等の貝類の喫 低温度域での浄化挙動を把握し,浄化効率が低下 食による食中毒事例は海水温度が 10℃ 前後まで しない下限温度を明らかにしたいと考えている. 低下する時期に多発し,特に大雨の直後など河川 貝類の喫食による食中毒の発生には養殖海域周 水の流入量増加に伴い発生する傾向がみられてい 辺における NLV の汚染状況および地域流行状 る.原因ウイルスによる貝類の汚染は,ウイルス 況,降水量および海水温等の海洋の気象条件が大 が中腸線に蓄積され,排出されないために起こる きく影響すると考えられる.したがって,これら と考えられてきた.また,カキからのウイルス浄 を継続監視することにより,最もリスクの高い時 化に関しては,貝類のウイルス取り込みおよび排 期を予測すること等が予防対策に重要である.併 出実験で,還流後も 72∼96 時間残留することが報 せて,現行の衛生的基準である大腸菌最確数がウ 告されている1)4)6)∼8)12).このことから,現在,カキ イルス動態を必ずしもよく反映しないことから, 養殖場で行っている UV 殺菌海水を用いた 18 時 カキにおける NLV 汚染が定量的に,かつ迅速・ 間以上の浄化では不十分であるとの指摘もされて 簡便に行える方法の確立が望まれ,新たなウイル いる.この要因として,低温環境ではカキの海水 スの指標2)3)を設けることがカキの安全性を確保す ろ過量が減少することによるウイルス排出効率の ることからも必要である. 4) 低下が考えられている .温度管理ができない現 謝辞:本研究に御助言,御指導を賜りました国立感染症 在の浄化システムでは海水温が 10℃ 以下になる 研究所ウイルス第二部室長 と浄化槽底部に蓄積する糞量が減少することが経 ます.また本研究に御協力をいただきました的矢湾養蛎研 験的に知られており,このことからもカキの生理 究所副所長 機能低下によるウイルスの体内残留が推測され 課,南勢志摩県民局保健福祉部志摩支所,科学技術振興セ る. ンター水産研究部の関係各位に深謝いたします. そこで本実験では,浄化槽の海水温がカキのウ イルス浄化に重要であると考え,海水温 10℃ と 20℃ における浄化効率の比較を行った.各実験を 通して,海水温を上げることによる浄化促進の効 果は顕著に現れなかったが,この温度範囲内であ ればウイルス浄化に必要な生理活性が保たれるこ とが示された.また,ウイルス暴露期間の延長に 平成15年 2 月20日 武田直和先生に深謝いたし 太原英生先生,三重県健康福祉部薬務食品 文 献 1)Dirolamo RD, Liston J, Matches J:Uptake and elimination of poliovirus by west coast oysters . 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Poliovirus Uptake into and Excretion from Oysters:A Model Experiment for Elimination of Norwalk-like Viruses from Oysters Miwa FUKUTA1), Kazunobu KAWADA1), Takuya YANO1), Akira SUGIYAMA1), Osamu NAKAYAMA1), Osamu NISHIO2), Hiromasa SEKINE3)& Nakao SAKURAI4) 1) Public Health and Environment Research Division of Mie Prefectural Science and Technology Promotion Center 2) National Institute of Public Health 3) Tokyo Metropolitan Research Laboratory of Public Health 4)Suzuka Junior College Outbreaks of gastroenteritis caused by Norwalk-like viruses are often induced by the consumption of raw shellfish such as oysters. Incidences reach a peak during the cold season in Japan, when seawater temperatures fall below 10℃. We investigated oysters’uptake and excretion of viruses, over varying lengths of exposure, monitoring the effects of changes in temperature and flow rate of seawater, and the presence of plankton. The study was performed using a poliovirus and an experimental circulatory system, which was framed on the same principle as a model practically used for the depuration of oysters. Polioviruses present in the seawater were taken rapidly into the midgut gland of oysters. However, virus levels detected in oysters at both 10℃ and 20℃ were decreased to approximately 1" 1,000 to 1" 10,000 within 6 hrs after the circulatory seawater was replaced by UV irradiated seawater. These results demonstrate the effectiveness of the circulatory depuration system for the elimination of poliovirus from oysters, and indicate that controlling the temperature and flow rate of the circulatory system could decrease the risk of NLV infection. 感染症学雑誌 第77巻 第2号
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