公営住宅家賃に関する考察等 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU08045 今井哲子 1 問題意識・研究対象 公営住宅は、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸する住宅であるが、収入超 過者1や応募倍率の格差などの問題があり、それは公営住宅の家賃がもたらす所得分配の偏りが要 因ではないかという問題意識の下に、公営住宅の家賃等について研究した。 2 研究方法 公営住宅の家賃(近傍同種家賃2・本来家賃)と民間賃貸住宅の家賃について、それぞれの家賃 関数を推定し比較を行なった。 次に、公営住宅の家賃が所得分配の偏りをもたらしているのであれば、その偏りは応募倍率に も影響を及ぼしているのではないかという仮説に基づいて、応募倍率の要因分析を行なった。 3 分析 3-1 【分析1】民間賃貸住宅家賃関数と公営住宅の近傍同種家賃関数の推定 3-1-1 データの説明 ①民間賃貸住宅家賃 分析の対象:旧宮崎市内の民間賃貸住宅(共同住宅のみ) データ:住宅情報誌「REC 宮崎」HP 掲載の 2008 年 12 月データ(標本数:184) ②近傍同種家賃 分析の対象:旧宮崎市内の県営住宅(22 団地) データ:公的賃貸住宅インフォメーション HP 掲載の H20 年度家賃(標本数:520) 3-1-2 推定モデル 民間賃貸住宅家賃(円)=a0+a1(専有面積(㎡) )+a2(建築後年数(年)) +a3(市中心部までの距離(km))+a4(共益費込みダミー) +a5(駐車場使用料込みダミー)+a6 (リフォームダミー) +a7 (RC 造ダミー)+a8 (単身向け住戸ダミー) +a9 (ファミリー向け住戸ダミー)+ε )+a2(建築後年数(年)) 近傍同種家賃(円)=a0+a1(専有面積(㎡) +a3(市中心部までの距離(km))+a4 (高齢者改善住戸ダミー) +a5 (SRC 造ダミー)+a6 (RC 造ダミー) +a7 (ファミリー向け住戸ダミー)+ε ※公営住宅の本来家賃についても近傍同種家賃と同じ推定モデルで分析を行った。 収入超過者とは、公営住宅に引き続き 3 年以上入居しており、収入基準額(原則は 20 万円)を超える収入の ある者のことである。収入超過者には明渡努力義務が課されるとともに、収入の額や入居期間に応じて割増家 1 賃や近傍同種家賃が課される。 近傍同種家賃とは、当該団地の近隣に立地する同水準の民間賃貸住宅家賃とほぼ同額になるように国が 定める算定式により事業主体が算定し、これを収入超過者に課すことで自主的な退去を促すものである。 2 1 3-1-3 推定結果 推定結果:民間賃貸住宅家賃 係数 定数項 33616.33 専有面積 583.67 建築後年数 -536.34 市中心部までの距離 -847.63 駐車場込み 4168.11 共益費 -153.87 リフォームダミー 1638.30 鉄筋コンクリート(RC)ダミー 536.57 単身者向け住戸ダミー -1813.80 ファミリー向け住戸ダミー 406.38 重決定 R2 0.90 補正 R2 0.90 観測数 184 *** *** *** *** *** * (1) 標準誤差 t 1938.67 17.34 29.07 20.08 46.85 -11.45 201.23 -4.21 869.23 4.80 1021.07 -0.15 1654.18 0.99 840.04 0.64 1070.13 -1.69 1438.37 0.28 係数 33635.63 590.30 -525.71 -875.40 4146.18 *** *** *** *** *** (2) 標準誤差 t 1730.91 19.43 22.33 26.43 44.21 -11.89 186.60 -4.69 812.63 5.10 -1898.85 * 1023.90 -1.85 0.90 0.90 184 公営住宅本来家賃(1分位) 推定結果:公営住宅近傍同種家賃 係数 切片 37453.78 専有面積 658.03 建築後年数 -1044.05 市中心部までの距離 -1291.91 高齢者改善ダミー 14657.50 SRCダミー 10796.23 RCダミー 1428.84 ファミリー向け住戸ダミー -93.38 重決定 R2 補正 R2 観測数 *** *** *** *** *** *** (1) (2) 標準誤差 t 係数 標準誤差 t 3722.95 10.06 38802.57 *** 2939.71 13.20 51.88 12.68 660.88 *** 35.16 18.80 45.75 -22.82 -1054.17 *** 43.85 -24.04 94.98 -13.60 -1288.65 *** 90.72 -14.20 1985.22 7.38 14929.16 *** 1960.90 7.61 2584.14 4.18 9255.01 *** 1889.56 4.90 1633.55 0.87 708.94 -0.13 0.87 0.87 520 0.87 0.87 520 定数項 専有面積 建築後年数 市中心部までの距離 高齢者改善ダミー SRCダミー RCダミー ファミリー向け住戸ダミー 重決定 R2 補正 R2 観測数 係数 8023.05 386.82 -315.35 -91.98 3252.96 -1725.44 -2097.65 -184.13 0.99 0.99 520 *** *** *** *** *** *** *** *** 標準誤差 t 396.92 20.21 5.53 69.94 4.88 -64.65 10.13 -9.08 211.65 15.37 275.51 -6.26 174.16 -12.04 75.58 -2.44 ***、**、*は、それぞれ 1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示す。 3-1-4 民間賃貸住宅家賃と近傍同種家賃の比較 3-1-3 の分析で得られた推定値と、基本統計量から得た公営住宅の平均値を用いて民間賃貸住 宅家賃、公営住宅の近傍同種家賃及び公営住宅の本来家賃を算出し、家賃と建築後年数の関係、 家賃と立地(市中心部までの距離)の関係について、それぞれ比較した。 その結果は、①及び②のとおりである。 ①建築後年数と家賃の関係 専用面積 62.2 ㎡で中心部までの距離が 6.3km という場所に立地する団地を想定して家賃を算定 したものであり、その結果をグラフで表した。 左のグラフのとおり、建築後 5 年、10 年の 公営住宅の近傍同種家賃は市場家賃より も高いが、建築後 15 年の公営住宅の近傍 同種家賃は市場家賃よりも安くなってい た。また住宅が古くなるほど家賃の乖離が 大きくなることが示された。 70000 家賃(円) 60000 50000 40000 30000 20000 10000 0 5年 10年 民間賃貸住宅家賃 15年 20年 25年 建築後年数 近傍同種家賃 30年 35年 本来家賃(1分位) 2 ②立地(市中心部までの距離)と家賃の関係 専用面積 62.2 ㎡、築後 21 年の住宅を想定して家賃を算定したものであり、その結果をグラフ で表した。 70000 近傍同種家賃は市場家賃よりも若干安い。 近傍同種家賃も市場家賃も市中心部から 離れるほど安くなるのに対し、本来家賃は ほぼ一定の額である。 家賃(円) 60000 50000 40000 30000 20000 10000 0 1km 2km 3km 民間賃貸住宅家賃 4km 5km 6km 7km 中心部までの距離 近傍同種家賃 8km 9km 本来家賃(1分位) 3-2 【分析2】応募倍率の要因分析 近年、都心部を中心に公営住宅の応募倍率が上昇している。その一方で、郊外の公営住宅では 募集をしても申込みがなく空き家になっている住宅がある。 分析1で市場家賃と公営住宅の本来家賃を比較したところ、公営住宅の本来家賃は住宅の立地 に関わらずほぼ一定だったので、市中心部に近い公営住宅の入居者ほど所得分配が大きくなって いることが分かった。公営住宅の家賃がもたらす所得分配の格差は、公営住宅の応募倍率にも影 響を与えるのではないかという仮説の下に応募倍率の要因分析を行なった。 3-2-1 データの説明 平成 19 年度~平成 20 年度に募集のあった旧宮崎市内にある県営住宅の募集・抽選結果(4回 分)から得た。なお、市場家賃は、 【分析1】の結果に基づいて算出したものである。 3-2-2 推定モデル ln(応募倍率)=a0+a1ln(公営住宅本来家賃/市場家賃推定値)+a2ln(専用面積(㎡)) +a3ln(建築後年数(年))+a4ln(最寄りの駅までの時間(分)) +a5ln(市中心部までの距離(km))+a6(単身入居可能ダミー) +a7(多家族限定ダミー)+a8(小中学校ダミー)+ε 3-2-3 推定結果 切片 本来家賃/市場家賃推定値 専用面積(㎡) 建築後年数(年) 最寄りの駅までの時間(分) 市中心部までの距離(km) 単身入居可能ダミー 多家族限定ダミー 小中学校ダミー 重決定 R2 補正 R2 観測数 係数 -27.29 -5.75 7.01 -0.81 -0.41 -0.72 0.58 -2.62 0.27 0.79 0.76 63 *** ** *** ** *** *** * *** * 標準誤差 7.23 2.42 1.35 0.34 0.10 0.19 0.30 0.54 0.15 推定結果は、左表のとおりである。 他の要因を一定にした場合、市場家賃推定値 に占める公営住宅本来家賃の割合が増すと、応 募倍率に対してマイナスの影響を与えること が 5%の水準で有意に示された。 また、専用面積、最寄り駅までの時間及び市 中心部までの距離の3つの要因は、いずれも 1%の水準で有意だったので、入居希望者は、 広い部屋、築年の浅い住宅、駅に近い住宅及び 市中心部に近い住宅への強い選好がある。 t -3.77 -2.37 5.20 -2.35 -4.13 -3.86 1.96 -4.81 1.83 ***、**、*は、それぞれ 1%、5%、10%水準で 統計的に有意であることを示す。 3 4 考察 建築後年数と家賃の関係について、建築後 5 年、10 年の公営住宅の近傍同種家賃は市場家賃 よりも高いが、建築後 15 年の公営住宅の近傍同種家賃は市場家賃よりも安くなっており、古い 公営住宅ほど家賃の乖離が大きくなっていた。古い公営住宅では、市場家賃よりも近傍同種家 賃が安いため収入超過者が自主退去するインセンティブにならない。このため老朽化した公営 住宅の建替えが困難となるなど、住宅密集地では防災上の外部不経済をもたらしかねない。 立地(市中心部までの距離)と家賃の関係については、市場家賃も近傍同種家賃も市中心部 から離れるにつれ安くなるが、本来家賃の額はほぼ一定なので市中心部に近い公営住宅の入居 者ほど所得分配が大きくなっている。 応募倍率の要因分析の結果、大きな所得分配が得られる公営住宅ほど倍率が高くなることが 示された。また、専用面積、最寄り駅までの時間及び市中心部までの距離は、いずれも 1%の 水準で有意であった。入居希望者は広い部屋、駅に近い住宅及び市中心部に近い住宅に対する 強い選好があるが、本来家賃はその選好を十分に反映したものとなっていないことから、応募 倍率に大きな格差を生じている。応募倍率の高い団地では当選者・落選者の所得分配の格差は より大きなものとなっている。 公営住宅の直接供給では家賃が所得分配の偏りをもたらしており、家賃が適切に算定されな い限り公平な所得分配とはならない。住宅に困窮する低額所得者に対する住宅補助政策は、公 営住宅の直接供給だけではなく家賃補助によることも可能であるので、所得分配の公平性の確 保という観点から、今後公営住宅の直接供給から家賃補助へ順次移行することが望ましいと考 える。 5 提言 公営住宅の直接供給から家賃補助へ順次移行することを基本的な考えとした上で、まずは公 営住宅の家賃の見直しを行なわなければならない。公営住宅の近傍同種家賃は、建築後 15 年で 市場家賃よりも安くなっていたので、古い公営住宅の収入超過者は近傍同種家賃を課されても 自主退去をしない可能性がある。このため、近傍同種家賃の額は自主退去のインセンティブと して機能するよう市場家賃以上の水準とする。 公営住宅の本来家賃は、立地の影響を受けずにほぼ一定の額なので市中心部に近い団地の入 居者ほど所得分配が大きくなる。また、立地による所得分配の格差が応募倍率にも影響(所得 分配が大きな団地になるほど応募倍率が高い。)を与えているので、本来家賃は立地の要素が反 映されるように見直す必要がある。さらに、定期借家契約の導入を促進することにより収入超 過者に退去を求めやすくして所得分配の格差を是正する。 今後は、公営住宅の直接供給から家賃補助へ順次移行することが望ましいと考える。移行の 際は、市場価値の高い公営住宅から順次民間に有償で譲渡し、市場価値が低く譲渡先のない公 営住宅についてのみ行政が管理し住宅セーフティネットとして活用する。 4
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