看護学生のストレス緩和に対するユーモアの有効性 Effectiveness of

愛知県立看護大学紀要 Vol. 9, 29 ‑33, 2003
■調査報告■
Bull. Aichi Pref. Coll. Nurs. Health
看護学生のストレス緩和に対するユーモアの有効性
横田 恵一 ,森田チヱコ
Effectiveness of Nursing StudentsʼSense of Humor for
Stress-Coping
Keiichi Yokota , Chieko Morita
キーワード:ストレス対処,ユーモア感覚,看護学生
Ⅰ
はじめに
上のストレスを緩和する方法が紹介され,注目を呼んで
いる.
今日の社会は「ストレス社会」と言われるように,社
ストレスとコーピングに関する研究枠組には,Laza-
会の急激な進歩,価値感の多様化高度な科学技術や情報,
rus, & Folkmanの理論
複雑な対人関係において日常生活を送っている.一般に
レッサーと疾病の関連で緩和要因(moderator)について
ストレス
も多くの調査研究
とは,個人が環境との適応関係において身
が広く引用され,またスト
が進められている.すなわち,その
体・心理・社会的な負荷を感じたり,不健康な反応を生
緩和要因
ずる現象を意味するが,日常生活上の出来事によるスト
直接・間接的に作用し,ストレッサーの高まりとともに
レッサー体験による潜在的な影響は,個人の認知・行動
ストレス反応が増強するのを制御し,個人の社会環境へ
面における混乱や身体の変調はストレス反応として自覚
の適応を容易にしてストレスの調整・維持をするわけで
される.すなわち家庭,学校,職場では様々なストレス
ある.他方,心理・社会的資源の関与により,ストレス
が加わり,人々の心身に影響を与えている.そのストレ
の知覚に差がみられるという報告もある.例えば,ソー
ス反応の現象として様々な心身の不健康が,現代の社会
シャルサポート
病として話題になっている.これらストレッサーとスト
(対処)型
レス反応に関する多くの研究は,ストレッサーの個人存
サーの脅威の程度によりその緩和効果が変化することが
在への侵害性の追究に始まった .例えば,病気の発症と
示され,ストレッサーとストレス反応の関係とこれに介
悪化への受診行動に対し促進的作用をもつストレッサー
在する緩和要因のあり方がダイナミックで,トランスア
の役割や,時に1月前に体験した生活上の出来事が精神
クショナルであることが示唆された .
病の誘因となることも分かってきた .
とは,ストレッサーとストレス反応の関係に
やユーモアのセンス
,コーピング
などの研究がある.また最近,ストレッ
尾関友佳子
ら は,こ の Lazarus, & Folkman
そこで,心の健康を保つために自己管理,専門家によ
(1988)
によるストレスのコーピング理論に基づき,
「大
るカウンセリング等が勧められたが,心身症,神経症,
学生用ストレス自己 評 価 尺 度(SSRS:尾 関,1990,
不登校,虐待,自殺などの病的現象はなお増加を辿った.
1993)」 作成し,
「大学生の心理的ストレス過程の共分
まずは,この現代の社会病であるストレス反応の緩和に
散構造分析」
(1994) において,ストレッサーの評価や
よる病的現象への予防と心の健康を維持する自己管理
ストレス反応の発現過程において調整的な役割をもつ緩
(セルフ・コントロール)の手段
をもつことがきわめ
和要因を学生個人のユーモア・センスとコーピング・タ
て大切となる.また民間の健康法においても,日常のス
イプの特徴と関連性を明らかにしている.そこで著者ら
トレスを減ずる手段として
「リラクゼイシヨン」
「ウオー
は,前述の尾関友佳子 ,上野行良
キング」「アロマテラピイ」「ユーモア」などによる生活
に,
ある種のユーモアがストレスの緩和にコーピング
(対
名古屋第一赤十字病院
愛知県立看護大学(基礎看護学)
らの研究をもと
偶数用枠
愛知県立看護大学紀要 Vol. 9, 29 ‑33, 2003
処)の一手段として,ストレッサーから心の健康を護る
等)に変更した.⑵ストレス反応については,①情緒的
ことにより有効であるのではと考え,本研究を着手した.
側面15項目(抑うつ,不安,怒り等)
,②認知・行動的側
面10項目
(情緒的混乱,引きこもり等)
,③身体的側面10
項目(身体的疲労感,自律神経系の活動亢進等)の7下
Ⅱ
研究目的
位尺度,計35項目であった.
2)ユーモア志向尺度:上野行良らの研究
看護大学生は一般の大学生に比べ,その生活ストレ
ス
は概して高く,いわゆる青年期の発達課題に加え,
による
ユーモアのストレス緩和効果に関する実証的研究により
分類されたユーモア志向の3分類(①遊戯的ユーモア:
専門的知識・技術の習得,臨地実習,資格取得,就職活
自己や他者を楽しませる内容,②攻撃的ユーモア:自己
動などと多くのストレッサーをもっている
や他者を攻撃する内容,③支援的ユーモア:自己や他者
.
今回は,特に1)看護大学生ストレッサーとストレス反
を励まし許し,心を落ち着けるもの),各8項目,5段階
応およびユーモア志向やコーピング型の特徴,2)その
尺度,8‑40点,であった.
学生達のストレス反応とユーモア志向およびコーピング
型にみる関連性について調べた.
3)コーピング型尺度:尾関友佳子らの研究
に基づ
き,コーピング型の3下位尺度:①問題焦点型(ストレ
スの原因や解決の方策を考え,実行への意識的な努力と
行動),5項目,0‑20点に分布;②情動焦点型
(ストレス
Ⅲ
研究方法
の認知結果への感情を制御し,忍耐する意識的な努力と
行動),3項目,得点0‑12点に分布;③回避・逃避型(ス
1 研究対象と方法
トレッサーからの逃避や否定的な感情を無視したり,時
N看護大学生4年生80名(男子2名を除外)に対して自
に緊張を解消・軽減をめざす意識的な努力と行動)
,6項
記式質問紙調査を臨地実習後の2000年9月後半―10月初
目,0‑24点に分布;により構成.プレテストにて記述様
旬に実施し,有効回答数51部(63.8%)であった.
式を工夫し,質問項目と回答欄を並べた.
2 質問紙の構成
3 データーの収集と分析
1)ストレッサーの内容とストレス反応尺度:大学生
用ストレス自己評価尺度
(SSRS:尾関友佳子,1990,
データーの収集は,実習後の帰学日の授業後に対象の
全員に一斉に説明し,本調査への協力は各自の自由意志
1993)
を用いて⑴ストレッサーを特定する質問内容:
「現
により,無記名による留置法をとり,回収箱へは封入し
在,最もストレスを感じる出来事」の回答をプレテスト
提出という倫理的配慮をした.データーの統計処理は,
により,選択肢(臨地実習,卒業研究,将来,対人関係
Windows版SPSS Ver.10Jを用い,記述統計,相関係数
表1
N=51(複数回答 n=63)
看護学生のストレス反応,ユーモア志向,
コーピング
型の結果
N=51
卒業研究
就職・進学等の将来
21(33.3%)
27(42.9%)
その他
家族・
2(3.2%) 友人・恋人 臨地実習
等の人間
7(11.1%)
関係
6(9.5%)
図1 看護学生が最もストレスを感じている出来事
奇数用枠
看護学生のストレスとユーモア
表2 ユーモア志向とコーピング型との相関関係
つ」が目立っていた.3)ユーモア志向度は,得点範囲
に比してやや高く,下位尺度の遊戯的,支援的,攻撃的
の各志向は,ほぼ同等の分布であった.4)学生のコー
ピング型度は,得点範囲に比して情動焦点型がやや高く,
問題焦点型,回避・逃避型が同等であった.
2.ユーモア志向とコーピング型にみる相関関係
(表2)
ユーモア志向とコーピング型の関係についてPearson
係数を用いて検討の結果,各下位尺度間では支援的志向
と情動焦点型コーピングに有意な相関関係をみたが,そ
の他のユーモア志向にはコーピング型との相関関係は全
の算出,および重回帰分析を行った.
く見られなかった.すなわち,看護学生のユーモア志向
は,おもに遊戯的志向と支援的志向が高く,その中で支
援的志向が高い学生は情動焦点型コーピングが高いこと
Ⅳ
結果および考察
を示していた.ストレス時に学生の感情コントロールに
関して両者は有意な役割を示したが,ユーモアの攻撃的
1.看護大学生のストレス,ユーモア志向,コーピング
型の得点分布(表1)
志向
や回避・逃避型コーピングは,与える影響はきわ
めて少なかった.
1)
看護大生のストレッサーは,「現在,最もストレス
を感じている出来事」
(図1)に見るように,就職・進学
等の将来のこと,卒業研究,臨地実習,対人関係の順で
3.ストレス反応とユーモア志向およびコーピング型の
重回帰分析にみる結果(表3)
あった.2)ストレス反応度は,得点範囲の合計最大値
目的変数をストレス反応値,説明変数にユーモア志向
105に比して平均値(M )19.73,標準偏差値(SD)13.97
値,コーピング型値として統計処理の結果,1)ストレ
であり,学生のストレス反応は概して低かった.しかし,
ス反応の合計値,ことにストレス反応下位尺度:抑うつ
標準偏差値13.97に見るように個人差が大きかった.こと
と遊戯的ユーモア志向との有意な関係があり,また支援
に下位尺度では「不安,情緒的混乱,身体疲労感,抑う
的ユーモア志向とにおいて負の有意な関係をみた.2)
表3 ストレス反応とユーモア志向,コーピング型との重回帰
分析
愛知県立看護大学紀要 Vol. 9, 29 ‑33, 2003
ストレス反応の合計値とコーピング各型には特に有意性
た.
は認められなかったが,ストレス反応下位尺度:不安と
1)臨地実習終了後の学生のストレス反応値は,やや
問題焦点型コーピングに有意な関係,またストレス反応
低く,ひとまず安定していたが,個人差は大きく,比較
下位尺度:情緒混乱と情動焦点型コーピングに負の有意
的高い者もあった.
ストレッサーとしては,
「将来の不安」
な関係を認めた.すなわち,コーピング型にかかわりな
が著しかった.ユーモア志向度は全体に可成りあり,そ
く,ユーモアの遊戯的志向はストレス反応を高めるが,
の下位尺度の遊戯的,支援的志向がやや多く,攻撃的志
ユーモアの支援的志向は低くする傾向をもっていた.ま
向も相当みられた.コーピング型は情動焦点型がやや目
たコーピング型に関係なく,ユーモアの支援的志向はス
立ち,問題焦点型,回避・逃避型がほぼ同等であった.
トレス反応:抑うつを減じ,問題焦点型コーピング型は
2)ストレス反応とユーモア志向,およびコーピング
ストレス反応:不安を高め,情動焦点型コーピングは情
型の関係では,学生のユーモア志向に関して遊戯的志向,
動混乱を少なくする傾向にあった.
支援的志向がストレス反応の合計値,ことに下位尺度:
抑うつとの関係において有意な関係があった.またスト
4.ストレスの緩和要因
としてのユーモア志向およ
びコーピング型の効果の検討(表2,表3)
上記の相関関係と重回帰分析の結果より,看護大学生
がストレス時に「ストレッサー出来事の認知的評価」と
レス反応とコーピング型では下位尺度の不安と問題焦点
型,情緒混乱と情動焦点型に有意な関係が見られた.さ
らに支援的ユーモア志向と情動焦点型コーピングに有意
な相関関係が認められた.
ストレス反応に対する防御的機能として,その緩和要因
本研究は,調査時期や対象数において顕著な結果を得
であるユーモア志向とコーピング型,及びその下位尺度
るには,限界があった.今後も先行研究の知見と本結果
といかなる関係にあるのかを検討した.
を手がかりにして看護大学生の精神的健康に関して検討
⑴ユーモアの遊戯的志向では,学生は自己のユーモ
を重ねたい.
ア・センスを用い気分転換を試みるが,ストレス時は抑
うつ・不安に陥る傾向にあった.⑵ユーモアの支援的志
最後に,本結果の統計処理(重回帰分析)について親
向では,学生は負担・動揺もなくユーモアを用い安定の
切にご指導下さいました前本学保健情報学助教授 中山
機会を持ち,ストレス時は抑うつに陥ることを抑え得る
和弘先生(現聖路加看護大学)に感謝申し上げます.
傾向を示した.⑶ユーモアの攻撃的志向では,ストレス
時の攻撃性に伴うユーモアを用い他者を攻撃するが,ス
付記)
本研究の一部は,日本健康心理学会第14大会
(仙
台2001.11.)で発表した.
トレス反応への作用は少ない傾向をみた.⑷コーピング
の情動焦点型では,ストレッサーの作用を抑え平静な気
文献
分を取り戻し,情緒的混乱に陥ることを抑える傾向が
1) 森本兼晨:現代人の生活とストレス 現代のストレ
あった.⑸コーピングの問題焦点型では,ストレッサー
スの課題と対応>,現代のエスプリ別冊,75,46‑59,
の有害性を評価し,自己の能力で解決を試みるが,不安
に陥る傾向にあった.⑹コーピングの回避・逃避型では,
1999
2) 小杉正太郎:ストレス緩衝要因の研究動向 ストレ
ストレッサーが自身に有害と評価する場合,回避行動に
ス研究の基礎と臨床>,現代のエスプリ別冊,73,
より肯定的感情ながらも,ストレスへの関与・反応は示
163‑172,1999
さない傾向にあった.
3) 本明寛:Lazarusのコーピング(対処)理論,看護研
究,21(3),17‑21,1988
4) S. Folkman,黒田裕子・中西睦子(共訳):パーソ
Ⅴ
結語
ナル・コントロール,ストレス,コーピング・プロセ
ス:理論的分析,看護研究,21(3),35‑52,1988
本研究はN看護大学生51名の卒業前のストレス
に関してストレスの緩和要因
といわれるユーモア
志向とコーピング型について各下位尺度間にみる検討
(相関関係,重回帰分析)により,次のような結果を得
5) 上野良重・高下保幸・原口雅浩・津田彰:ストレス
緩和要因としてのユーモアのセンス,人間性心理学研
究,10(1),69‑76,1992
6) 原口雅浩・尾関友佳子・津田彰:大学生の心理的ス
看護学生のストレスとユーモア
トレス過程,九州大学教養部心理学研究報告,10,
1‑16,1992
7) 尾関友佳子・原口雅浩・津田彰:大学生の心理的ス
トレス過程の共分散構造分析,健康心理学研究,7(2),
20‑36,1994
8) 尾関友佳子:大学生のストレス自己評価尺度,久留
米大学大学院紀要比較文化研究,1,9‑32,1990
9) 上野行良:ユーモア現象に関する諸研究とユーモア
の分類化について,社会心理学研究,7(2),12‑120,
1992
10) 一戸とも子・工藤ツル・山内久子・平典子・石崎智
12) 藤内美保・藤内修二:看護学生の心身の健康とその
要因について,第23回日 本 看 護 学 会(看 護 教 育)
,
227‑230,1992
13) 南妙子・田村綾子・市原多香子・高橋由紀・松田佳
子:成人(青年期看護学生)のストレスとその対応法,
徳島大医短紀要,5,75‑81,1995
14) 宮戸美樹・上野行良:ユーモアの支援的効果の検討
―支援的ユーモア志向尺度の構成―,心理学研究,
67(4),270‑277,1996
15) 上野行良:ユーモアに対する態度と攻撃性及び愛他
性との関係,心理学研究,64(4),112‑120,1992
子・上野玲子・鎌田キツ子・斉藤久美子・柳沢正子:
16) 河村一海・西村真実子・永川宅和:看護臨床実習前
臨床実習における学生のストレスに関する一考察―ス
後の行動特性とストレスコーピングの変化,金沢大医
トレス状況とそのコーピングについて―,弘大医短紀
要,14,10‑18,1990
11) 山本富士江・尾関友佳子・原口雅浩・津田彰:実習
における学生のストレスとそのコーピング,第23回日
本看護学会(看護教育)
,230‑233,1992
短紀要,20,115‑118,1996
17) 見岳誓子・高山恵美子・泊祐子・重松みゆき・岡田
祐子:看護学生の実習体験がコーピングに及ぼす影響,
滋賀看護学術研究会誌,5(1),27‑33,2000