2015 年度秋学期航空操縦学専攻卒業研究前刷 パイロットの訓練における心理的ストレッサーに対する 認知、コーピング法、ストレスマネジメントの関係 指導教員 柴田 啓二 教授 研究者 2BEO1209 田子 真也 1.緒言 2015 年 3 月、ドイツの格安航空会社ジャーマン ウイングスの旅客機が墜落事故を起こした。故意に 墜落させた疑いのある副操縦士は精神的な問題を 抱えていたとされている。かつて日本においても心 身症を患った機長により、日航機羽田沖墜落事故が 起きている。 命を預かるという責任、特殊な職場環境で働くパ イロットという仕事の性質上、完全に心理的ストレ スをなくすことは困難であるため、メンタルヘルス をいかにマネジメントするかが重要になる。 そこで、本研究では職業パイロットを目指す訓練 生のストレッサーは何か、そのストレッサーがどの ように心理的ストレスになるのかを調査し、ストレ ッサーに対するパイロット訓練生の心理的ストレ ス反応と認知、コーピング法、ストレスマネジメン トの関連を検討することを目的とする。 2.用語の定義 ストレスに関する用語を次のように定義して使 用する。 ストレッサー:ストレスの原因 心理的ストレス反応:ストレッサーによって生じ る情動的、行動的変化。心理的ストレス反応が高い とは、高いストレス状態であることを意味する。 コーピング:ストレスに対する対処 ソーシャルサポート:他者から得るあらゆる形の 援助 自己効力感(セルフ・エフィカシー):ある行動を 遂行できるかもしれないという認知 3.方法 対象者:航空操縦学専攻所属の 7 期生から 9 期生 (102 名)に対し、質問紙調査への協力を依頼するメ ー ル を 送 り 、 Web ア ン ケ ー ト サ ー ビ ス ”DIP Survey-Free”によって実施した。アンケートには 匿名調査であることを記載した。101 名から回答が 得られ、1 つ以上の欠損回答のあった 21 名を除外 し、分析対象者は 80 名であった(有効回答率 78.4%)。 内訳は 7 期 22 名、8 期 19 名、9 期 39 名である。 調査内容:(1)年齢、所属、飛行経験などについ て (2)パイロットを志した時期とパイロットの志 望度合い (3)エアラインパイロットへのインタビ ュー調査からストレスへの影響がありそうな要因 に関する質問 (4)ストレスを感じた出来事とそれ に対する対処 (5)心理的ストレス反応尺度―50 項目改訂版 (6)大学生用ストレス自己評価尺度改 訂版のうちコーピング尺度 (7)大学生用ソーシャ ルサポート尺度 (8)一般性セルフ・エフィカシー 尺度 4.結果 4.1 ストレッサー 航空操縦学専攻在籍の 7 期生から 9 期生のスト レッサーを分析したところ、訓練、人間関係、審 査、スケジュールが7割を占めていた。また現在 実機訓練中の学生(8-2 期生から 9-2 期生)に限定 すると、これら 4 つのストレッサーが 8 割を占め ていた。 また「訓練時間の制約を負担に感じている」、 「ルームメイトと相性が悪い」、 「現在ストレスを 感じている」という質問項目に「あてはまる」と 答えた学生は「あてはまらない」と答えた学生と 比べて心理的ストレス反応得点が高かった。 4.2 コーピング コーピングは大きく 3 つに分類できる。訓練生 は自分の感情をコントロールする情動焦点型コ ーピングではなく、問題そのものを解決しようと する問題焦点型コーピングや不快な出来事から 逃避したり、否定的な解釈をする回避・逃避コー ピングを行う傾向にあった。 心理的ストレス反応尺度は直近 2・3 カ月の心 理的ストレスを測定しているため、現在実機訓練 中の学生(訓練学生群)に限定してストレッサー、 コーピング、心理的ストレス反応との関連を調べ たが、これらの間に有意な差はみられなかった。 4.3 ソーシャルサポートと自己効力感 「心理的ストレス反応」と「コーピング」の間 に相関関係はみられなかったが、「心理的ストレ ス反応」と「ソーシャルサポート」、 「自己効力感」 は低い有意な負の相関を示し、他者からの援助が 得られていたり、自分のなかでこの課題はできる かもしれないという認知がある場合、ストレスは 軽減されることが明らかとなった。 2015 年度秋学期航空操縦学専攻卒業研究前刷 「同期、先輩、教官に積極的に相談する」とい う質問に、「あてはまる」と答えたソーシャルサ ポートを活用していると考えられる学生は心理 的ストレス反応得点が低かった。一方、「ミーテ ィングで質問ができない」、 「自分の失敗を話すこ とに抵抗がある」という質問項目に「あてはまる」 と答えたソーシャルサポートを十分活用してい ない学生は心理的ストレス反応得点が高かった。 4.4 経験 調査対象者の平均総飛行時間は 166.9 時間 (SD=91.73)であったため、167 時間以上を飛行時 間が多い群、167 時間未満を飛行時間が少ない群 とし、2 群間の心理的ストレス反応とその他の尺 度との関係を調べた。これらの群間で心理的スト レス反応得点に有意な差はみられなかったが、飛 行時間が多い群は少ない群より自己効力感が有 意に高かった。 4.4 パイロット志望時期と志望度 パイロット志望時期が早いほど訓練に意欲的 に取り組み、ストレスをあまり感じないのではな いかと考えたが、志望時期と心理的ストレス反応、 その他の概念との間に関係性はみられなかった。 パイロットの志望度を 5 段階で評価してもらっ た。志望度の高さと心理的ストレス反応に有意な 差はみられなかったが、問題焦点コーピングとの 間には有意な差があった。志望度が高い人ほど問 題に直接働きかける問題焦点コーピングをする 傾向にあった。 4.5 目標設定 「私には明確な目標がある」という質問項目に 「よくあてはまる」と答えた学生は「ややあては まる」と答えた学生と比較して、心理的ストレス 反応得点が低かった。またストレスの緩和に効果 がある自己効力感に関係なく、この質問に「よく あてはまる」と答えた学生は心理的ストレス反応 得点が低かった。 5.結言 パイロット訓練生のストレッサーは訓練、人間 関係、審査、スケジュールであった。岡上[1]はパ イロットのストレッサーとして飛行経験、スケジ ュール、人間関係など 10 点、松永[2]はパイロッ トに特有なストレッサーとして訓練・審査、疲労、 人間関係の 3 点を挙げていたが、訓練生において も同様の結果が得られた。 訓練生において、コーピングはストレス軽減に 影響を及ぼさなかったが、ソーシャルサポートと 自己効力感はストレス緩和に寄与していた。コー ピングは出来事をストレスフルな状況と認知し、 不快な感情が表出したあとに行われる行動だが、 ソーシャルサポートはストレス反応に対してだ けでなく、認知的評価の過程でストレスフルな出 来事の評価を抑制する働きもある[3]ため、ソーシ ャルサポートはコーピングよりストレス反応を 低減させる効果があったのではないかと考える。 自己効力感の認識に影響を与える要因には、行 動の意味づけ、ソーシャルサポート、他者の行為 の観察、自己教示や他者からの教示などがある[4]。 訓練生は教官、先輩、同期と近い距離感で比較的 ソーシャルサポートを受けやすい環境にあり、先 輩や同期の姿を見て他者の行為を観察する機会 があるため、経験が増すことにより自己効力感が 高まったのではないか。 最も注目すべき点は、明確な目標をもつことは ストレス低減に効果があるということである。こ の調査では、自己効力感に関係なく明確な目標を 持っていると答えた人はストレス反応が低かっ た。具体的にどのような目標設定がストレス反応 の低減に影響があるかを今後調査することは意 義があるのではないか。 この調査でソーシャルサポート、自己効力感、 明確な目標設定はストレス反応を緩和させるこ とが明らかとなった。難しい概念はさておき、簡 単に今すぐできることは、「明確な目標設定」で ある。パイロットにとって訓練や審査はストレッ サーになるが、これらを回避することはできず完 全に心理的ストレスをなくすことは困難である。 しかし、ストレスマネジメントによりストレスを 緩和させることはできる。「こころの仕組み」を 学び、心理テストなどでメンタルヘルスを定期的 にセルフチェックできる体制を整えるべきでは ないか。訓練生は一般学生と比較してソーシャル サポートを受けやすい環境にいるではないかと 思う。今後は、どうすれば既存のソーシャルサポ ートを有効活用できるようになるのか、自己効力 感を高められるのかを検討していく余地がある。 参考文献 [1] 岡上巳彌子:航空心理学序説. 上田 泰監修, 臨床航空医学,鳳鳴堂書店,1995, pp.349-351 [2] 松永直樹:パイロットのストレスの特徴とその 対策. ストレス科学, 25(1), 2010, pp.33-42 [3] 森慶輔:ソーシャルサポートの文献的研究:ス トレスに対する多様な影響に焦点を当てて. 昭和 女 子 大 学 生 活 心 理 研 究 所 紀 要 , 10, 2007, pp.137-144 [4] 江本リナ:自己効力感の概念分析, 日本看護科 学会誌, 20(2), 2000, pp.39-45
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