アセットマネジメント(Asset Management)における割引率の事業評価手法に関する検討 指導教官名 1.はじめに 我が国の社会資本ストックは,高度成長期を経 て着実に増加してきた.今後,少子高齢化社会を 迎えるにあたり財政状況に余裕はない.道路に代 表されるインフラ構造物整備のパラダイムは,従 来の「潤沢な予算の下で足らざるものを建設する こと」から, 「限られた予算の下で質の高いインフ ラ構造物を創造・保生すること」へと変貌を遂げ る必要があるといえよう. 近年,社会資本ストックを「国民の資産 (Asset) 」とみなし,その「資産価値」を最大化 することを目的としたアセットマネジメント手法 が注目を浴びてきた.アセットマネジメント手法 は本来,金融資産に対して用いられる手法である が,資産価値最大化という共通の目的のもと,社 会資本にも適用することが国際的にも行われ始め ている.金融資産に対する投資問題の研究に関し ては多くのノウハウが構築されている.このノウ ハウを,社会資本を生み出す土木事業評価に適用 しようとするのが,本研究のねらいである. 2.資本投資問題に必要なツール 財務的事業評価に必要なツールは「割引率」 「キ ャッシュフロー」 「資本コスト WACC」の3つで ある.また,本研究では「正味現在価値(NPV: Net Present Value)法」及び, 「内部収益率(IRR: Internal Rate of Return)法」を用いて事業評価 を行っている. 和久昭正 助教授 UC 13119622 原佑友 フローは現在にまで割引いて評価する.現在価値 の算定式を以下に示す. FV 1 PV = (1 + r ) PV :現在価値 FV :1年後の将来価値 1 r :割引率 2.3 資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital) 割引率にどのような数字を用いるのが最適か. これは事業評価を行う上で非常に重要な問いかけ である.事業を貨幣価値で評価するため,割引計 算を見誤れば,事業実施の可否判断に大きな影響 を与える. 事業には,最低限クリアしなければならない収 益のボトムラインが存在する.金融資産の投資問 題では,資本コストがボトムラインであるため, 割引率に資本コストを用いることが多い.資本コ ストの計算方法は WACC で, これを以下に示す. 資本コスト WACC = D E × rD '+ × rE D+E D+E D:長期負債の時価 E:株主資本の時価 T:実効税率 rD :実質負債コスト ' = (1 − T ) rD rE:r f +β( rM − r f ) rf:リスクフリー・レー ト β:任意の株式のβ( リスク) 2.1 フリーキャッシュフロー(FCF:Free Cash Flow) 資金提供者に対して自由に分配できるキャッシ ュの増減を FCF という.将来の FCF を用いて財 務的な価値計算を行う.キャッシュフロー計算書 を用いた FCF の定義式を以下に示す. FCF=営業キャッシュフロー+投資キャッシュフロー 2.2 割引率 社会資本事業は,事業実施,及び供用期間に関 わる通年のライフサイクル(LC:Life Cycle)が 非常に長い.事業の財務的価値を貨幣価値で表し た際,同一金額であれば,現在における貨幣価値 (現在価値 PV:Present Value)は将来における 貨幣価値(将来価値 FV:Future Value)よりも 大きいと考えられる.よって,将来のキャッシュ rM − r:マーケットリスク・ プレミアム f 借入による資本調達コストと,株式発行による 資本調達コストを加重平均した形になっている. 3.事業評価手法1―正味現在価値(NPV:Net Present Value)法 事業から発生するキャッシュインの現在価値と キャッシュアウトの現在価値を比較するのが NPV 法である.NPV の算定式を以下に示す. n FCF n NPV = ∑ ( 1 + r)n n=0 NPV > 0 なら投資する 割引率には WACC を用いる.FCF を WACC で割引いた結果, NPV が正であれば投資家の要求 する利回りが満たせると判断し,事業実施に踏み 切ることができる. Cash in Cash out 最大になる.よって,原価と工期の関係だけを見 れば IRR は大きければ大きいだけ良いといえる. 原価 期間n 高い IRR 最大かつ最適値 NPV= 最適工期 低い 遅い 図 3-1 NPV の概念図 4.事業評価手法2−内部収益率(IRR:Internal Rate of Return)法 4.1 IRR 法 IRR とは,NPV がゼロになるときの割引率で ある.与えられたキャッシュフローに対して割引 率を決め, 現在価値を求めるのがNPV 法であり, 現在価値をゼロと設定し,割引率を求めるのが IRR 法である.IRR の算定式を以下に示す. n FCFn = 0 を満たす割引率 r = IRR ∑ ( 1 + r) n n=0 IRR > 判断基準(ハードルレート)なら投資する Cash out 期間 n ②原価・品質・IRR 一方図 4-3 に示すように,原価と品質の関係に は背反的な性質がみられる.IRR が大きくなると は原価が安く済むことであり,その結果品質が悪 化してしまう. 計画書や仕様書の定める品質を確保するために は,最適な IRR が存在することがわかる. IRR の概要は次の通りである. ①キャッシュアウトに対してキャッシュインで賄 いうる最高の負荷(利子率)を IRR という. ②IRR は通年の平均期待収益率である.つまり, 事業に内在する財務的能力を IRR という. また,IRR 法の判断基準(ハードルレート)に も WACC が用いられ, IRR (財務的能力) >WACC (判断基準)であれば投資してよいと判断する. 4.2 IRR の最適値 IRR が大きければ大きいほど財務的な能力は高 いといえる.しかし, 「能力が高いこと」と「事業 を実施するだけの価値があること」は,イコール ではない. 「品質」 「工期」 「原価」 「IRR」の関係 から最適な IRR を検討する. ①原価・工期・IRR 図 4-2 に示すように,原価と工期の関係には最 適工期が存在し,かつ,最適工期の部分で IRR は 計画書や仕様書が 原価 定める品質基準 低い IRR 最適値 IRR 最大 良い 悪い 図 4-3 原価・品質・IRR 期間 n 図 4-1 キャッシュフローと IRR 工期 図 4-2 工期・原価・IRR 高い Cash in 早い 品質 5.まとめ 本研究は,社会資本資産(Asset)を生み出す 事業に対し,投資問題という視点から財務的評価 を行ったものである.時間軸,リスク,資本コス トの概念等,金融工学のノウハウを導入すること で資産価値を定量的に示すことが可能であると確 かめられた. この資産評価方法は, Harvard 大学の Business School でも取上げられ,割引率の設定,NPV 法 や IRR 法による資産価値評価の限界等,様々な課 題について,より現実に見合った評価が行えるよ う研究されている. 今後,社会資本資産をマネジメントする上で, これらのツールを適用すべく明確な課題抽出と解 決に向けて研究していきたい. 参考文献 (1)グロービス・マネジメント・インスティテュート:MBA ファイナンス,ダイヤモンド社,2002.11 (2)ハーバード・ビジネス・レビュー編集部:金融工学のマ ネジメント,ダイヤモンド社,2001.2 (3)土木学会:土木学会誌 8 月号[特集],vol.89,no.8,2004.8
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