クモを「折る」

クククモを「折る」!に挑戦(1) 八幡明彦
折り紙でクモを折れますか、と問われたら、どう答えますか?
子どもの折り紙の本でも、「いろいろな虫の折り方」なんてのがあって、ク
モが載っていることがあります。ところがほとんどは邪道で、一枚の紙で一対
の肢を折って4つ重ねる、だの、ひどいのになると、クモの巣だけ折り紙で、
肝心のクモは切り紙で作って貼り付ける、というのまで。
私は児童の創作意欲を傷つけるつもりはありませんので、そういう「紙工作」
も歓迎しますが、ここでとりあげたいのは、「『正統折り紙』の限界のなかで ど
こまでクモらしいクモが折れるか」という、玄人的課題であります。
何が「正統折り紙」かというと、以下の二大条件を満たす必要があります。
1)正方形の紙一枚のみをつかうこと
2)折ることの繰り返しで造形し、切ったり、こよりのようにねじったりは
禁止。
第一は、紙の形を自由にしたら、はじめからクモの形にすればすむことです
し、 第二は、切り紙、紙ねんど細工との区別をつけるために、必要です。
そのうえに、折り紙は一定ルールを守れば、まったく同一の形態を折り出せ
る ことが特色ですから、「折る」際のプロポーションも、定規を使ったり計算
器 を使わないと位置が決められないような「設計図」を描くことも許すべきで
は ありません。最近は、折り紙も高度に進歩して、コンピュータを使って設計
を する場合もあるようですが、結局折るのは生身のニンゲンですから、指だけ
を 使って、必要な割合で折り目がつけられるような方法(辺を二等分する、両
側から三等分する、など)の繰り返しで、複雑な折りを実現せねばならないの
です。
例えば、 Origami Spiders!(左)
は、折り紙でよくみなれた折り方を
使うクモですが、 途中で肢の数を増
やすのにハサミを使うので、これは
ルール違反。しかし、ツルやアヤメ
を折るパターンを利用した複数の肢
づくりは、クモ(やその他動物)を
折る基本で、発想自体は良い線をいっているのです。
海松橿姫もやってみましたが(次頁右上)、八脚になったものの、体がごっ
ついカタマリで、 まるでダニにしか見えません。クモの難点は、肢の多さだけ
でなく、頭胸部と 腹部の間の「くびれ」を折り出すところにありました。
「江戸時代からの伝統技法で折るクモ」というの
もあるのですが、こちらのできあがりは、ずっとス
マートで、アシダカグモのプロポーションに近い美
しい ものです(下左)。ただし、これもハサミを
使わないルールからいうと違反。正方形の紙を数回
折りたたんだ段階でちょっと縁を切り、ちょうど花
びらのような形の紙をもとにして、折っていきます。でも、上の様に出来上が
る直前で肢を増やす切り方よりは、かなり高度。折り紙の醍醐味は、シンプル
な形から複雑な造形を生み出す技巧ことにありますから、その意味では評価す
べき作品ではあります。
さて、わたしの極めつけの創作バージョンは、一
枚の紙の四隅にツルの基本を折りだして、肢の数を
うんと増やし(もちろんハサミはいれません)、さ
らに、かなり「自由折り」(プロポーションを決め
るための折り位置を目分量で定める)を取り込んで、
頭胸部と腹部の感じをだしたものです。肢が多いので、八歩脚ばかりか、牙、
触肢、おしりの出糸突起まであるという、こだわりの極致となりました。ただ、
頭胸部と腹部のプロポーションが難しく、なかなかよい形(下右)のが再現で
きないという問題はありました。
Robert Gatliff's Origami Page、 Robert Lang's "Origami Insects"は、か
なり見ごたえのあるクモを折りだしています。これは要チェック。もしハサミ
を使わないとしたら、かなり高度
な完成度です。
J.C.Nolan's page は、プロポー
ションの美しいクモですが、「正
統」折り紙としては外れています。これは、水をつけた和紙を絞ったり、 ねじ
ったりして作ったもので、「折り紙」の域を越えて、紙細工になってしまうか
らです。
こうしてみると、「クモの折り紙」というのは、折り紙玄人泣かせの、一大
難問である、という ことがいえるようです。
【後記】
さて、2001 年になり、改めて折り紙クモを検索していて、すばらしい作品群と そ
の作者の皆さんに出会いました!! 最新版「折り紙クモ」のページは、 こち
ら。
→ クモを「折る」!に挑戦
(2) (3)
クモじゃないけど折ってみた。:
いずれもコンピュータ設計級の超高度な不切正方形一枚折りです(原作者は、
左はジョン・モントロール氏、右は前川淳氏)。ただし、一度覚えてしまうと、
20-30 分の時間は掛かっても、正確に再現できるから、折り紙はすばらしいもの
です。とくに生き物の折り紙は、正方形の紙という単純な「卵」から次第に複
雑な器官が 「発生」していくようすを思わせ、その過程にもワクワクするもの
があります。
クモを「折る」!に挑戦(2)
折り紙でクモを折れますか、と問われたら、どう答えますか?という問いの、2001 年最新版が
このページです。
(1)で紹介した「悪魔」のように、不切正方形一枚折りの作品を「設計」する折り紙師が、その
後日本にたくさん現れました。そうした人々のHPも出現し、検索してみると、「クモ」の話題が
出ていることを知らされたのです。
ことの発端は、「折り紙探偵団」の掲示板の過去ログ。2000 年 9 月現在、折り紙設計と位相幾
何学というようなテーマで掲示板発言が続いていたところで、試しに過去ログを当ってみたら、見
当たりました。
(01078)二次元円領域分子法(Fri 00/09/29 03:20) by 目黒俊幸
円領域分子法の大幅な改良版の二次元円領域分子法の8本足のクモの設計図ができました。これ
は二次元円領域分子法の利点の一つである、 「左右対称でない設計図から、ほぼ左右対称に近い
基本形を折り出せる」 というかなり便利な性質を利用しています。8本足のクモを選んだのは、
不切正方形一枚折にとって、8本足のクモは、6本足の昆虫よりも、 また10本∼50本足のム
カデよりも難しいからです。 ためしにオークションに図を出品しました。
なんか難しい技法のようだけど、折り紙師が認める「クモは難しい」という部分に、再び「挑戦!」
の気持ちがむくむくと。早速、投稿者のホームページをたどっていくと、ありました、「設計図」
(目黒俊幸さんの「ようこそ、折紙のホームページへ」より転載)。
驚嘆。
でも、どうやって折るのだ
(-_-;;)。
確かに折れると実例(右)まで
出ているのですが、「円図」な
る ものから折り線を想像する
のは、専門的すぎてわたしには、無理。
さらに、「2次元円領域分子法を洗練化して従来のジャバラ折りに還元したクモ」であるところの
↓金紙で折ったクモは、頭胸部と腹部の間がくびれたプロポーションといい、脚がからだの中央に
放射状に集まっている裏面の形といい、スラリと長い脚といい、わたしが「折る!に挑戦(1)」
で要求したことの殆どを実現して、カミサマ級ではないか。
もちろん、あきらめられない。そこでリンクなどたどっていくうち、 目黒さんの作品をモデルに
少し変更を加えたり、独自の技法で折ったS太郎さんの「クモ1」
「クモ2」というのに出会う(「S
太郎の創作折り紙」)。
うわー。すごい。今度は触肢まで付いている。@@
そして、折り図がついている。「クモ1」の展開図は簡略で、詳細はわからない。ボックスプリー
ツというのは、細かく正方形マスに折り畳んでジャバラ 状にしていくものだと思うけど、あまり
やったことがない。そこで、「鶴」や 「アヤメ」の伝統折りの応用に近い技法を用いる「クモ2」
の方に挑戦。これは、幸い、かなり細かい段階折り図が付いていた。
素晴らしい。これはS太郎さんの原作に最後に少しだけアレンジを加えて、 腹部先端を潰し、
腹部と頭胸部の間に少しクビレを入れてみた。タランチュラ(注:実物写真) に近い体型。折りか
らちょうど青森の秋山さんがタランチュラ本を出版され、 記念会が開かれるときだったので、色
紙に張りつけてお送りしたりもしました。
さて、この報告をS太郎さんの掲示板にすると、ご親切なことに、最新鋭設備を誇る(笑)お絵描
き掲示板にて、「クモ1」の折り方個人教室を開いてくださるというのです。願ってもない光栄。
ちょうど近年稀に見るひどい風邪をひいて寝こんでいたときでもあり(爆)、プリントアウトしたも
のを寝床で睨みつつ、じっくり広告紙と格闘する日々。そのへんの経過は、詳しくは「STR折紙
研究所」の「研究室1」をご覧ください(でも、掲示板なので話題は流れていくから、お早めに:
笑 投稿 No.23 以降です)。
S太郎さんのクモ1の原型は、目黒さんの例の「二次元円領域分子法洗練化蜘蛛」(かっこいい
なぁ:笑)にあり、ということで、まず一人では試みることさえできなかったそれの折り方から、
教えてもらいました。
あるいは、頭胸部に小さな突起=触肢のつもり、をアレンジして、腹部
を大きく、第3,4脚を短くして、カニグモ(注:実物画像)体型↓
続いて、いよいよS太郎さんの「クモ1」。かなり苦労して、触肢を折り出す技が飲みこめました。
ここまで来ると、タダで手に入る広告紙では、紙の厚さがジャマになって、触肢や脚が固すぎて、
形をとりにくくなってきます。ちょっとクワガタぽいのはそのせい。もっと良い紙(金紙とか)で折
ると、もっと体型のバリエーションが付けやすいでしょう。
ちなみに、この第一号は、はじめ、触肢がまるで大顎のようで、腹部は細長く、アリグモ(注:
実物写真)(池田博明さんの日本ハエトリグモ研究センターより))の♂に大変よく似た体型になり
ました。でも、アリグモはかなり特殊なアリ擬態した体型なので、蜘蛛らしくない(笑)ですから、
腹部を膨らませてみたのが、これです。
これらの折り紙を折るにあたって多大な示唆、直接のご教示を頂き、作品の 紹介に快諾して
くださった目黒俊幸さん、S太郎さんのお二人に、深く 感謝いたします。
そしてさらに!
折り紙クモは、種分化をとげる第3段階へ!!
クモを「折る」!に挑戦(3)
折り紙でナニグモを折れますか、と問われたら、どう答えますか?
という第三段階に、2001 年秋、怒涛のクモ折り合戦が展開されました。折り紙 ホームページで
知り合っためぐろさん、S太郎さんのご指導と、アイデアの交換しあいの成果です。
(2)で紹介した8本脚がまとまって生える、腰のクビレた蜘蛛の造型は、さらに細部のアレンジ
が可能な、自由度の高いモデルへと進化を続けました。
続々新作が発表され、その仔細をここに再録することは大変なので、解説は後日。とりあえず、
作品だけ、紹介することにします。画像をクリックすると、それぞれの作品の背景になった原型モ
デルなどの解説にリンクしています。これらの折り紙を折るにあたっては、それぞれリンクしてい
るページに解説 してある「原型」モデル作品の発明が、不可欠でありました。それらは、 全て目
黒俊幸さん、S太郎さんのお二人の創作になるものです。多大な示唆、直接のご教示を頂き、作品
の紹介に快諾してくださったお二人に、深く感謝いたします。
なお、作品名のあとに(
す。
)書きで入れてある分類名は、めぐろ氏の折紙分類表に準拠したもので
【ゴミグモ】(辺八円属)
めぐろ/S 太郎モデルから、初めて自分で
展開図を発展させた記念すべき作品
【ワスレナグモ】
(辺八円属 ワスレナグモの基亜種とすべきもの)
折り紙のほうから、そういえばこんな形の
クモいたな、と思いだして生まれた作品。
【鶴食蜘蛛/タランチュラ2】
(辺八円属 ワスレナグモの亜種)
折り鶴を食わせるというパロディ作品から発展。
【クロゴケグモ】
(辺八不等円属 S太郎クモ5 の亜種)
これは折りたたむ領域にムダのない
かなり洗練されたモデルを使った作品。
【ササグモ】(辺八円属)
ちょっと厳しい(笑)。
脚の棘を雰囲気で感じて。
【ヒメグモの一種】
(中割外6円属 S太郎クモ4)
これ以前の種よりも脚の長いもの
を追究できるモデルによる習作。
2002.8 追加
【コガネグモ】
(辺八不等円属 S太郎クモ5 の亜種)
第 4 脚の間の三角領域の淵を反して金黒の帯を作り、
腹部の金黒の縞を出した。2002.8 の加治木町
(こがねぐも合戦行事の町)での日本蜘蛛学会
に展示するために考案。