講演録

2003年(第14回)福岡アジア文化賞 市民フォーラム
アーティスト・トーク
「シュ・ビン −天から降ってきた文字−」
徐
【日
【会
時】
場】
冰
2003年9月21日(日) 16:00〜17:30
福岡アジア美術館彫刻ラウンジ(福岡市博多区下川端)
【プログラム】
趣旨説明・受賞者紹介
トーク
質疑応答
安永 幸一(福岡アジア美術館館長)
徐 冰(芸術・文化賞受賞者)
こんにちは、徐冰です。このような場を設けていただきありがとうございます。福岡アジア美
術館は私にとってまるで家のような存在です。4年前にここで発表した『お名前は?』という作
品、そして今回の福岡アジア文化賞受賞記念の展覧会、そのどちらにも満足しています。今回の
展覧会を実現させるため、美術館のスタッフをはじめボランティアの方々など、いろいろな人に
手伝っていただきました。本日こうして集まっていただいた皆様にも、本当に感謝いたします。
【文化大革命のころ】
約30年前の文化大革命の時代、中学校や高校を卒業した若者は、農村や工場などに出向いて、
農民と生活をともにし、働かなければなりませんでした。政府は、若者は農村へ出向いて、文化
を必要としている農民たちに文化を与え、同時に農民たちからも何かを学ぶべきだと唱えたので
す。書道や絵画に長けた者は、農民にその才能を提供しなければなりませんでした。そこで私は
3年ほど農村で過ごし、現地の農民たちのために、まったく機械を使わずに文芸雑誌を作るなど、
宣伝活動に数多く従事しました。
父親が反動分子と見なされたことで、私の家庭には多くの問題が降りかかりました。当時は、
父親に問題があるのならその家族にも問題があると考えられたのです。そんな中、私は一生懸命
に頑張って、少しでも良い者だと思われるよう努力しました。だからといって政治的なものに関
心があったわけではなく、綺麗なものや、美しい文字を書いて本物の活字のように見せることに
興味が尽きなかったのです。
その時期が、いわば自分を訓練する時間となりました。何年も後に
書
や
書き言葉
に関
連する作品を発表したとき、ある人から「あなたの書は素晴らしい」と言われ、「それは文革時
代に受けた訓練のおかげだ」と答えたのを覚えています。
【中央美術学院のころ】
1977年、私は北京の中央美術学院というとても保守的な学校に入り、版画を専攻してアカデミ
ックな美術教育を受けました。そして、自分が経験した農村生活を描いた作品を数多く作り中国
で有名になりました。しっかりした訓練を受けていることと、いわば正統派の道を歩んでいるこ
とから、私のことを良い芸術家だと評価する人までいるくらいです。
『天書』
1985年から87年にかけて、私の作品は変わり始めました。
次のページの写真は『天書』という作品です。インスタレーションでは、ギャラリー空間はま
か ん す
るで言葉の檻のようになりました。5つの巻子 を天井から吊り下げ、床には500冊の本を開いた
状態で置き、壁には大きなパネルを並べました。この大変美しい書物は、見る者に神聖で厳かな
印象を与えます。しかし、いざ読もうとすると、そこからは何の物語も情報も得られません。そ
こに書かれている文字がすべて、私が創り出したでたらめな文字だからです。当時この作品を見
た人は、「不思議な体験だった」と振り返ります。そのあまりにも美しい本には、私たちに向け
られた重要な言葉が託されているに違いないのに、実際は何も書かれていません。そのことが分
かった瞬間、見ている者はなんとも言い難い不思議な感覚に包まれ、その奥にある人間の文化に
ついて考えざるを得ません。
‑ 1 ‑
この書物は4巻に分かれていて、4巻目が辞書の形式をとっています。小さな文字が、上に書
いてある大きな文字の説明をしています。ただ、小さな文字自体も無意味ですから、無意味が無
意味を説明するという奇妙なことになります。この作品の
文字
と
書物
の前では、誰もが
平等になります。教育を受けたもの、そうでないもの、中国人、非中国人。結局、誰一人として
そこに書いてあるものが読めないということで平等なのです。
私は一つ一つの文字をデザインして彫り、小さな印刷所を見つけて手刷りしてもらいました。
こ う き
この作品は一人の人間が数年の時をかけて完成させた冗談ともいえますが、「康煕字典」を参考
に制作したもので、中国の伝統文化に深く結びついているのです。
展
示
風
景
「天書」部分(木版、紙)
『鬼が壁を打つ』
次のページの写真は、万里の長城の本物の壁から拓本を取ってきて作った作品です。拓本を通
して、立体的な万里の長城を平面的なものへと変換させます。
天安門事件の数ヶ月後にこの作品を作りました。事件後、中国の文化・政治的状況は著しく変
化し、現代美術も大きな衝撃を受けました。私の作品も、伝統的で保守的なアーティストや芸術
界のリーダーたちから批判を浴びました。その中に、私の作品を
たものがありました。
鬼打壁
鬼が壁を打つアート
と評し
というのは中国の古い諺で、精神的に問題があることを意味し
ます。例えば、周りを壁に囲まれていることに気づかず、壁を越えることができずにもがいてい
るような状態です。当時、私は中国の知識界を覆っていた雰囲気に嫌気がさし、学生と現地の農
民を動員して山に入り、1ヶ月ほどの作業で拓本の大部分を完成させました。その批判が載って
いる北京の新聞に
鬼打壁
の3文字を見て、私は新作の題にふさわしいと思いました。
私は拓本が大好きです。対象物と密な接触が得られるからです。そこから生まれ出るイメージ
は大きな力を持っていて、いろいろなことを伝えることができると思います。人がより深いコミ
ュニケーションを求めるときに、手をつないだり抱き合ったりキスしたりするのと同じことで
す。実物の影にしかなりえない写真とは対照的です。
1990年、この作品の野外作業を終えた頃、ウィスコンシン大学マディソン校から名誉研究員と
して招聘を受けました。この作品の写真資料を見せたら、未完成にもかかわらず強い関心を示し
てもらえました。そして中国から拓本を送る手配をしてくれた上に、大きなスタジオまで与えて
もらい、私はアメリカでようやくこの作品を完成させることができました。
‑ 2 ‑
万里の長城での作業風景
展 示 風 景
『ABC』
これは陶製の作品で、英語のアルファベット26文字の発音を中国語で表したものです。例えば
Aは唉(ai アィ)、Bは彼(bi ビィ)というふうに。ただしXのように漢字1文字で表せない音の
場合は、癌(ai アィ) 克(ke クゥ) 思(si スゥ)というふうに2〜3文字を使って表します。
こうして、唉(A)・彼(B)・西(C)・・・・癌克思(X)と読んでいくと、奇妙なぎこちなさを
感じます。
当時、私はこうした小さめのインスタレーション作品やプロジェクト作品を制作しましたが、
そのどれもが、アメリカという新しい文化環境に移った私の個人的な体験に根ざしています。ア
ーティストは生きていくうえで、自分を取り巻く場所や環境の問題に直面しなければなりませ
ん。それらを問題視して葛藤していく過程から、芸術は生まれるのです。
癌克思(X)を表す作品
‑ 3 ‑
『新英文書法』
「新英文書法」の話に移りましょう。
「新英文書法」とは私が創作したもので、アルファベットを漢字の部首に置き換え、それを組
みあわせることで、全体としては漢字に見え、細部はアルファベットで解読できる文字を創作す
る方法です。スケッチの段階では、1文字1文字に時間をかけて試行錯誤しながら、漢字にもっ
とも近いと思うものを選んでいきました。
「新英文書法」をコンピューター上で展開させ
たのが、この会場に展示しているコンピューター
プログラムで、日本人の姓名を「新英文書法」で
変換します。日本のソフトウェア会社と共同で制
作しているもので、現在もまだ開発中です。完成
したら、このソフトを使って、「新英文書法」の
文字セットで印刷した新聞まで作れるようにな
ります。
同じ要領で書の作品も作っています。一見した
ところ東洋の書道作品ですが、実際は英語で書か
「徐冰展」会場にて
れているという、見る者に驚きを与える作品です。アジア人の顔を持ちながら中身は西洋の文化
という、外見と中身の違いを表しています。
私はよく、「こういう書法をデザインする理由は、自分が属する文化の文字の書き方を英語に
まで浸透させるためですか?」という質問を受けますが、それには、「単に英語のほうが中国語
のシステムより親しみやすく、コミュニケーション上便宜だから」と答えています。
私はこの書法を通して、我々の慣習化されている思考法を揺さぶりたいと思っています。例え
ば、漢字の構造は四角形の中に納まるように出来ているのに対して、アルファベットは線を重ね
ていく、というふうに私たちは思いがちです。でも私の書法では、そのどちらの概念も完全には
機能しません。「新英文書法」を前にして、私たちは新たな視点から新たなコンセプトを考えな
ければ納得できないのです。その過程を通して、考え方が次第に柔らかくなっていきます。
この書を使って、ニューヨーク近代美術館のための大きなバナーも作りました。
↑
↑
↑
ART
FOR
THE
‑ 4 ‑
↑
PEOPLE
↑
XU
BING
『書法教室』
こうした作品のほかに、ギャラリーの中に教室を作る
という手法も取っています。そこには「新英文書法」と
いう題名の教科書、練習帳、書道道具とテレビを設置し
ています。訪れた人は、実際に「新英文書法」を体験で
きます。「新英文書法」は誰でも試せます。そして誰に
とっても、慣れ親しんだもののようで全く新しい不思議
な感覚を呼び起こします。アジアの人は、見た目から漢
字だと思いますが、英語を知らないと読めません。西洋
人の目に中国語の書のように映るので神秘的で魅力的
に思うでしょうが、「漢字や書の文化を知らなければ、
それをもっと深い意味で鑑賞することは無理だ」と思っ
てしまいます。でも実際に試してみてアルファベットだ
と分かった瞬間、未だかつて経験したことのない驚きを
感じます。
この作品は世界各地で展示されました。
「新英文書法」の教材
ある学校から、「若い世代にアートと異文化
に対する柔軟な思考を養うために授業を開きた
い」と、「新英文書法」の教材の注文を受けた
こともあります。
一昨日も福岡の高校を訪問し、この教室を開
きました。授業の後で感想を発表してもらった
ら、ある学生が「考え方が広くなった。今日か
ら本や先生の言うことをうのみにするのではな
く、積極的に自分で考えるようにしたい」と、
大変面白いことを言いました。
「 書法教室」のワークショップ
『言語風景』
この写真も言葉を扱ったものです。美術館の
ロビーの大きなガラス窓に、屋外の風景に重な
るように、「新英文書法」を使って文字を書き
ました。来館者がある決まった位置に立つと、
書かれている文字と外側の景色がピッタリ重な
ります。例えば窓の向こうにコンクリートのビ
ル が 見 え た な ら 窓 に は concrete, concrete,
concreteと、彫刻が置かれていた場合には窓に
展
‑ 5 ‑
示
風
景
は art, art, art と「新英文書法」で書かれています。来館者がギャラリー内を移動すると、そ
の人と作品と外の風景の関係がたえまなく変わっていきます。そしてガラスの外を望めば、ガラ
スの表面に書かれた作品のおかげで、ギャラリーの空間がさらなる広がりを持ちます。
漢字で構成される風景画も制作しました。漢字はもともと象形文字から成立したものなので、
竹
という文字を書くとき、私たちは竹の絵を描いているともいえます。岩、いろいろな種類
の野菜、苗、おたまじゃくし、水、舟、すべての文字に同じことがいえます。
このシリーズは、私が1999年にヒマラヤに行ったときに始めたものです。山に腰をかけて実際
の山を見ながら、山を文字で
描いて
いきます。雲の動き、光の入る方向、山のカーブの凹凸
など、自然の動きに沿って描きましたが、言葉で自然の流れを追うというのは困難でした。しか
し、英語で描いた風景のそれぞれの言葉を読んでいくと、まるで前衛的な英語の詩のような印象
を受けます。
中国人やアジアの文人は、詩・書・画が一体となった伝統的な芸術を誇りとします。私はこの
作品で、そうした3つの要素をより強く一体化させる方法を見つけられたように思っています。
それは同時に絵であり書であり詩でもありえます。
『風景を読む』
『言語風景』のアイデアをもとに作ったのが、このノ
ースカロライナ美術館でのインスタレーション作品
です。美術館の展示室に窓があり、外には池や緑のあ
る美しい風景が見えました。そこで、
水
や
木
という漢字を使って、外の風景を展示室の中に再現し
ました。中には、絵画から飛翔する鳥までいます。私
は、この美術館所蔵品が展示してあるところに、文字
を使ってその空間を拡張させました。例えば、絵に山
が描いてあれば 山 の文字を書いて額の外へと飛び
出させる。同じことを、岩なら
水
展
示
風
岩
で、という具合です。
景
『鳥が飛んだ』
この作品も、同じアイデアが進化してできたも
のです。作品は、辞書の中の
鳥
の項目から始
まります。その鳥という文字が、毛沢東の指導で
れ いし ょ
て んし ょ
できた簡体字から楷書、隷書、篆書と変わり、象
形文字へと変化を遂げていきます。この作品を通
して、アジアまたは中国の漢字文化のあり方がわ
かります。この文化においては、言葉の概念とそ
展
‑ 6 ‑
示
風
景
の字で、川なら
れが意味する実際のものとの間は、非常にあいまいなのです。
これは、アメリカのジョセフ・コスースという有名なコンセプチュアルアーティストの作品と
面白い対比です。彼の『一つの、そして三つの椅子』という作品では、辞書の中の椅子の項目、
椅子の絵、そして本物の椅子が並びます。このように西洋の文化システムにおいては、概念とも
の自体がはっきりと対比されるのです。
『月に手を伸ばす猿』
この新作のインスタレーションでは、21カ国の言葉を使って抽
象的に猿を表しています。一つ一つの言葉(猿)を、その言葉の
使われている地域や文化背景を考慮してデザインしました。韓国
の民間に伝わる書の様式に沿った作品もあります。ヘブライ語の
作品は右から左に書かれています。フランス語やインドの言語の
作品もあります。
それらの抽象化された猿は、互いにつながりあって全体で長い
鎖を構成します。
この作品を展示した場所は独特の空間でした。天井からは外光
が入るようになっていて、下には池があり、非常に高さのある空
間です。一匹一匹の猿が4フィートあることを考えれば、その高
さがおわかりいただけますね。
韓国語でデザインした作品
ワシントンDCの国立美術館でのこの展覧会は、ニューヨークの
世界貿易センタービルが壊された9・11事件の直後に開幕したと
いうこともあって、多くの人がこの作品を通して「人類がどうお
互い手を取り合っていけるか」ということを考えたようです。皆
様もご存知のように、この作品のもととなる物語では、猿は木の
上から下の水面に映る月を取ろうとしますが、決して月に触れる
ことはできません。触れた瞬間、月は消えてしまうからです。
展
示
風
景
‑ 7 ‑
【会場からの質問①】
「新英文書法」は、英語を知っていれば解読することが出来るのでしょ
うか。それとも、何かルールのようなものが必要なのでしょうか。
【徐冰】
英語が分かる人であったら、この作品を見ることでもっと簡単に文字が読み取れる、
ということはあると思います。ただ、私のどの作品にも通じることですが、外見と中身の差とい
うものがあって、見かけは漢字に見えながらも、中身は英語というふうになっています。全く性
質の違うものが融合されているということが、この作品のポイントです。
私が以前アメリカで講演をしたときに、観客の方から「中国語を英語に変えてしまうなんて、
中国の人に大変批判を受けたんじゃないか」と言われたのですが、それに対して私は「そうでは
なくて、これは英語を中国語に変えてしまっているんだから、中国の人々は実際とても喜んでい
る」と答えました。この作品は、中国語でも英語でもなく、その中間にあるものなのです。
私はいまアメリカに住んでいて、アメリカ在住の中国人を何人か知っていますが、ある人が、
息子が中国語を覚えず習おうともしないことに非常に焦りを感じていました。「外国に住んでい
ても、やはり自国の文化は保ってもらいたい」と。その子供が、「新英文書法」を見た後は、漢
字の勉強はしないけれども「新英文書法」はよく書くようになったそうです。
中国では、有名なレストランや会社のロゴを、著名な方の書の文字を使って表したり看板にし
たりすることが多いんですが、私もアメリカで、レストランや書物の題字などを「新英文書法」
を使ってやらせてもらってよいか、という依頼をよく受けます。例えば香港大学出版では、私の
「新英文書法」を出版社のロゴにしています。
このように「新英文書法」は、看板や題字に書を使うといった文化も西洋において普及させて
いるというふうにも言えると思います。
【会場からの質問②】
「新英文書法」はそれぞれの言語や文字の持っている文化や風土を反映
しているように思います。例えば日本人の名前を「新英文書法」で表した作品の一文字一文字を
見ていると、AやOの形や斜めの線が強烈に見えてきます。それは、日本語が持っている母音と
子音の構造や使用頻度などと密接に関係していて、つまり、日本語をアルファベットに置き換え
ることで、逆に日本語の特質のようなものがあらためて見えてくるように思えるのですが、いか
がでしょうか。
【徐冰】
確かに、日本語や日本人の名前には、AやOがとても多いということが分かります。
そんな日本語のパターンが、やはり作品にも表れていると思います。
【会場からの質問③】
私は西洋人として、漢
字は絶対に立ち入れない領域だと思っていて、
漢字の前には大変大きな壁があるような気がし
ています。「新英文書法」の作品を見ていても、
20分くらいたってやっと「これは英語なんだ」
ということが分かりました。私みたいな者が漢
字を習うためには、この壁にどういうふうに立
ち向ったらよいのでしょうか。
‑ 8 ‑
【徐冰】
自分の目の前に漢字を習うときの壁が立ちはだかるということは、あなた自身が大変
しっかりとした教育を受けてこられたということを表していると思います。というのは、この「新
英文書法」は、子どもが見るとすぐに出来るようになるからです。私の作品は常に、知識層の問
題に触れていると思うのですが、彼らは一生かけて書物を読んだりするわけで、私の『天書』な
どの作品を目にしたとき、一生かけても読めない書があるということに大変憤慨を感じる人がい
ます。ですから、この「新英文書法」を読めるようになるためには、自分が受けていた教育とい
うのをしばし脇に置いて、文化に対する自分の概念などを組み替える態度でやっていただければ
いいと思います。
「新英文書法」は、書くときは上から下、左から右、そして外から中、外枠があったらその中
に入れるという、漢字のルールに従っています。実際にはそれほど変化を加えたわけではなくて、
本当にちょっとした変化しか加えていないのにもかかわらず、これを見る人たちは、私が大変大
きな変化を加えたというふうにとらえます。
【会場からの質問④】
さきほど『硝子の玩具』という作品を見ました。雲のようなもの、ソフ
トクリームのようなものなどいろいろの形があって、その名称が英語と中国語でガラスに書いて
ありましたが、同じ作品に書いてある英語と中国語の意味が違うのはなぜでしょうか。
【徐冰】
以前までの私の作品は、知性的というか、わりと真面目な文人スタイルという印象を
受けたと思いますが、3年前に娘が生まれてから、私の作品に玩具のような少し遊び心のあるも
のが増えたと言われる方もいます。娘ができたことで、私の中で作品に関する新しいインスピレ
ーションが生まれたことも事実です。
私の娘はアメリカで育っていて、英語で話したり中国語で話したりしています。彼女がある日、
黄色いバナナを手に取って耳につけ、「もしもし、お父さん」と言ったんです。彼女にとっては、
私たちのように言葉と物が直接密接にリンクされていません。言葉と実際の物の概念や結びつき
が、完璧に固められていないんですね。だからこれはウンチになることもあり得るし、ソフトク
リームの形になることもあるわけです。じゃがいもにもなれるし、雲にもなれます。
私たち大人は、まるで箱の中にいるように視界が大変狭まっていますが、子どもたちは非常に
開かれた見方をします。
質疑応答に引き続き、会場では新英文書法の練習帳
や中国の切り絵が当たる抽選会が行われ、徐冰氏自ら
抽選を行い、プレゼントを当選者に手渡して、フォー
ラムを締めくくった。また、フォーラム終了後も、徐
冰氏に握手やサインを求める人々や展示作品を鑑賞す
る人々で、会場は熱気にあふれていた。
※本文は、第14回福岡アジア文化賞芸術・文化賞受賞者 徐冰氏が市民フォーラムで語った内容をまとめたものです。
徐冰氏のホームページ
http://www.xubing.com
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