本資料は、事前学習のためのリーディング・アサインメントです。本資料は現実の企業に取材した内容をベースにし ていますが、含まれている情報やデータ等は必ずしも現実のものではありません。 「O 社の化粧品進出」リーディング・アサインメント 東洋学園大学 井原久光 本資料は、教科書(井原久光著『ケースで学ぶマーケティング』ミネルヴァ書房)の第8章にあるケー ス「O 社の化粧品進出」を事前学習のために更めて掲載したものです。本教材と教科書のそのほかの説明 をよく読み込み、別に用意する「O 社のケース(課題) 」にしたがって考えてください。 (1)O 社の化粧品進出 O 社は、明治時代に「清潔な生活が社会と文化の向上に奉仕する」という企業哲学をかかげて、石鹸事 業を開始した。戦後は、アメリカのトイレタリーメーカー、P&G 社の経営手法をいち早く導入し、トイ レタリー業界でトップクラスの業績を上げてきた。 O 社では、これまでに皮膚科学に関する研究の蓄積があって、肌の仕組みの解明が進んだことと、化粧 品の原材料となる化学品を提供してきたことなどから、川下の化粧品分野に進出しても十分競争力のある 製品ができると考えている。 技術的な裏付けは、(1)肌のしっとり感を出す保湿剤 PSL が開発されたこと、(2)アルカリ性の石鹸より 肌に優しい中性の洗剤基剤 MAP がすでに商品化され、洗顔石鹸やボディソープとして高い評価を得てい ること、(3)薄く塗れる液晶乳化クリームができたこと、などである。また「細胞間脂質」が、肌のうる おいを保つために重要な働きをしていることを発見、近い将来、この商品化も可能と見られている。こう した研究成果を基に、特に基礎化粧品の分野への参入を計画中である。 (資料1参照) 資料1 化粧品の分類 収益面からのメリットも大きい。化 トイレタリー製品(toiletry products) 粧品の原材料である化学品の利益率 洗剤、歯ブラシ、紙おむつ、生理用品などとともに 石鹸、シャンプー、リンス、ボディソープ、シェービングフォーム、 口中清涼剤、制汗材、など肌と関連の深いものが多い は 2-3%にすぎないが、化粧品にすれ ば、利益率は大幅にアップする。な にしろ「原価は容器代だけ」と揶揄 コスメティック製品(cosmetic products) 基礎化粧品=洗顔剤、化粧水、栄養クリーム、コールドクリーム、 乳液、パックなど 仕上げ化粧品=ファンデーション、口紅、頬紅、マスカラ、アイシャドウ、 眉墨、エナメルなど その他=頭髪化粧品、男性化粧品、ボディ化粧品、薬用化粧品、 フレグランス(香水類) される業界である。今までも、S 社と の取引を通じて化粧品事業のウマ味 を間接的に承知してきた。進出後は 化粧品メーカーに納入する化学品が 「基礎票」となって、量産メリットも享受できると期待される。 しかし、一方では、化粧品市場進出のリスクも大きい。化粧品は、戦後、生活の欧米化、女性の社会進 出などを背景に、急速な伸びを見せたが、昭和 50 年代に入ってから減速し始め、団塊の世代が化粧品を 多く使わない年代に入ったり、若い世代で厚化粧が嫌われだしたこともあって、全需が高原状態で推移し つつある。業界では、 (1)新規需要が一巡し、(2)高価格品への移行が限界になったためと、とりざた(理 1 Copyright © Hisamitsu Ihara 本資料は、事前学習のためのリーディング・アサインメントです。本資料は現実の企業に取材した内容をベースにし ていますが、含まれている情報やデータ等は必ずしも現実のものではありません。 由づけ)されているが、ひと言で表わせば、化粧品市場が成熟期に突入したと見られる。 なかでも、O 社が重要視している基礎化粧品の分野は、市場における占有率が高いが成長率が低い。プ ロダクト・ポートフォリオ・マネジメント理論(第 9 章 127 ページ参照)によれば、この分野は、市場 を独占している先発メーカーに有利で新規参入のリスクが大きい。 (2)S 社の戦略 化粧品業界は、明治以降、多くの中小メーカーが乱立し、小売店(小間物店、薬局など)レベルでの値 引き競争が激しかったが、S 社は、大正 12 年に「連鎖店制度」を打ちだし、定価販売の励行、連鎖店と の専属的な取次契約によって次第にシェアを伸ばしていった。アメリカのチェーンストア制度(chain store system)をいち早く導入したもので、化粧品業界では画期的だった(226 ページ参照) 。 このシステムは、昭和 28 年に独禁法の適用除外として、再販価格維持が認められたこともあり、急速 に拡大し、流通の系列化が進んだ。S 社は、系列化を促進するために、美容部員の派遣とコーナー制度を たくみに利用してきた。美容部員は、美容相談が派遣の主要目的だが、同時に、販売促進と価格維持の監 視役として機能してきた面もある。 コーナー制度とは、販売店(チェーン店)内の一定スペースをメーカーが占有する制度で、販売効率の 良いコーナーの設計をメーカーが行い、陳列ケース、販売用具、ウインドー、装飾材料、照明器具などを 提供する仕組みである。販売促進が目的だが、物理的に他社製品を排除することにも貢献している。 こうしたキメ細かい援助で、小売店は、売り場作りも販売員も、メーカーに頼る傾向にあり、特に大多 数を占めるパパママ・ストア的な化粧品店は自主性を失い、メーカーに「おんぶにだっこ」の体質をもっ ている。 S 社は消費者の組織化にも成功している。これは、チェーンストアで会員誌や景品を配付したり、美容 講習会や催物へ招待したり、特典を提供するもので、S 社の椿花会は、会員数 1,300 万人ともいわれてお り、歴史も昭和 12 年設立と古く母娘代々会員も多い。化粧品は、母親の影響も大きいので、この点も、 新規参入の O 社には不利な状況である。 S 社は、広告・販売促進面でも卓越した力を発揮してきた。シーズン・キャンペーンでは、外国人的な 美人をイメージタレントとして育てたり、CMソングをヒットさせるなど、優れた広告、組織的なプロモ ーションで、巧みに流行を演出してきた。季節ごとに S 社の創り出すイメージが、戦後の女性文化史を形 成してきたと言っても過言ではない。 こうしたキャンペーンは、S 社の製品群の拡充にも貢献しており、キャンペーンに合わせて次々と高級 品を市場に投入してきた結果、現在では価格帯で隙間のない製品ラインが形成されている。 新規参入メーカーは、製品数に限りがあるが、化粧品の場合、洗顔から仕上げまでラインナップで同じ メーカーの製品が選ばれることが多く、単一商品のメーカーはそれが弱みになる傾向がある。 S 社のフルライン製品群を支えているのは、消費者を年齢によって細分化し、使用意識、使用目的、使 用量などをキメ細かくウォッチした化粧ステージ別市場戦略にある。また、消費者が買いやすい価格帯か ら高級品へ移行するように価格帯を設定して商品特性をつくる商品政策も、フルライン政策(full line policy)を実質的に支えている。 2 Copyright © Hisamitsu Ihara 本資料は、事前学習のためのリーディング・アサインメントです。本資料は現実の企業に取材した内容をベースにし ていますが、含まれている情報やデータ等は必ずしも現実のものではありません。 資料2 制度品メーカーの流通系列化と消費者組織化 最近は、化粧品を核にして、ファ メーカー 契約店の呼称 契約店舗数 美容部員数 消費者組織 ッション・グッズにも進出しており、 S社 チェインストア 25,000店 8,400名 1,300万人 マーケットは、あらゆるセグメント K社 チェーンストア 21,000店 7,000名 700万人 で S 社のキメ細かい施策によって M社 パートナーストア 10,000店 4,000名 260万人 占有されているように見える。さら KK社 リングストア 10,000店 4,000名 200万人 に、無視できないことは、S 社が、 積極的にシャンプー、リンスなどト イレタリー製品市場に参入しつつあることである。 (3)K 社の戦略 化粧品業界2位のK社は、繊維産業の名門であり、戦前に化粧品事業を手がけたが一度撤退した後、昭 和 36 年に、グレーターK計画の1つとして再参入している。繊維、食品、薬品、住宅の4事業とともに ペンタゴン経営とよばれているが、中でも化粧品は、その中核事業に成長しており、わが国の事業多角化 の代表例といわれている。 K社の当初のマーケティング戦略は、トップの S 社との直接の衝突を避け、S 社の方式を徹底的に模倣 した上で、3位以下の弱者のシェアを食っていくというものであった。チェーンシステム、消費者の組織 化、シーズン・キャンペーンの手法から、フルライン政策まで、K社は、S 社とほぼ同じやり方で、市場 にアプローチしてきた。新規参入のメーカーは、なまじ浅知恵をだすより、先発メーカーのやり方を徹底 的にマネする方が良いのかも知れない。 しかし、K社は、昭和 47 年に企業スローガン「For Beautiful People's Life」を打ちだした頃より、S 社とは微妙に違う差異化戦略(第 9 章 129 ページ参照)をとり始めている。製品開発の面では、バイオ 口紅を始めとする品質・技術志向を特長として全面に押し出している。もともと繊維から出発したことも あり「技術屋」的ともいわれているが、ファッション的イメージの強い S 社に対して、固いイメージが残 るのは、K社が薬局を中心としたチェーン展開を行ってきたこととも関係している。 また、K社は、市場細分化においても、ミス・ミセスなどライフステージ別の市場施策を実施している。 S 社の年齢を基準にした化粧ステージ別戦略とは、これも微妙に異なると思える。さらに、繊維や薬品な ど他の事業を生かした業際商品の拡大を狙って、カラーショーツを始めとするファッション・グッズを製 品化したり、フランスのヘアサロンとの事業提携により、美容業界にも参入しつつある。 (4)その他のメーカーとリベート制 3位以下では、訪問販売のP社や外資系のM社などが有名であるが、上位2社の寡占状態の中で苦戦を 強いられている。S 社、K社、M社などチェーン展開による直販システムをとる「制度品メーカー」や、 P社を始めとする「訪販品メーカー」以外にも、卸売業者を通じて、スーパー、薬局、雑貨店、文具店な ど幅広いチャネルで販売する「一般品メーカー」もあるが、開放的チャネル政策(223 ページ)では、小 売店を掌握できなかったり、価格やイメージの維持が困難であるため、市場の隙間を埋めるにすぎない状 3 Copyright © Hisamitsu Ihara 本資料は、事前学習のためのリーディング・アサインメントです。本資料は現実の企業に取材した内容をベースにし ていますが、含まれている情報やデータ等は必ずしも現実のものではありません。 態である。 化粧品業界では、小売店レベルで仕入れに応じた累進的な値引きをすることが常識になっている。「制 度品メーカー」のマージンは、一般的に、定価の 70%-75%を仕切価格として、仕入高に応じて、5%-15% の割り戻しをする累進リベート制(progressive rebate system)がとられている(第 13 章図表 13−3 参 照) 。 さらに、年間仕切高の約1/3を前年に契約する「コーター(割当奨励)制度」があり、これについて も報奨金が出されている。「一般品」でも、卸売段階で、累進リベート制度あり、小売段階でも現金割引 や現金添付などの値引き政策が行われている。 図表 13−3 累進リベートの例(テキスト第 13 章より) 以上、概観したごとく、市場は強力な 月間仕入高 7.5掛け 7.0掛け 10万円以下 0%(25.00%) 0%(30.00%) 10万円以上 5%(28.75%) 0%(30.00%) 2大メーカーを中心に先発メーカーに より、キメ細かく占有されており、流通 の系列化、消費者の組織化も高度に進ん でいる。ファッショナブルな広告・販売 20万円以上 8%(31.00%) 4%(32.80%) 促進やシーズン・キャンペーンにしても、 30万円以上 10%(32.50%) 6%(34.20%) トイレタリー製品を扱ってきた O 社に 40万円以上 12%(34.00%) 8%(35.60%) は不慣れな世界である。第一、 「石鹸/ 洗剤メーカーが作る化粧品」ということ リベート計算の例(7掛け、40万円以上の場合) ①販売価格(100%)−仕入価格(70%)=30% ②リベート8% : 8%×仕入価格(70%)=5.6% 粗利率 : ①+②=30%+5.6%=35.6% で、イメージの問題もある。戦略に誤り があれば、大きなリスクを負うことにな ろう。事実、静岡県で行ったテスト・マ ーケティング(test marketing)1の結果はかんばしくない。 しかし、市場はゆっくりだが、変わりつつあるようにも思える。消費者は、現在の化粧品に必ずしも満 足していないかも知れない。たとえば、消費者を対象としたフリーディスカッション形式のグループイン タビューでは、「やたら高い化粧品が多いが、本当の値段(価値)が分からない」とか「化粧品店に行く と美容部員の説明で不要なものまで買わされる」とか「キャンペーンに乗せられて買ってしまうが、本当 に自分の肌に合った化粧品が見つからない」といった声があった。 販売面でも変化の兆しはある。特に販売力のない「一般品メーカー」の中でも、アロエ、ヘチマ、漢方 のエキスなどを強調したメーカーがスーパーを中心に販売を伸ばしている。スーパーはトイレタリー製品 の主要販売拠点だけに無視できない情報である。 また、外資系メーカーで、デパートに焦点を絞ったエスティ・ローダはカルテ(顧客診断)を使った販 売方式で売上を伸ばしている。イメージ向上のためにもデパートでの販売が欠かせないが、営業の話では、 トイレタリーメーカーのイメージから大手百貨店は1階の化粧品売り場への出店に難色を示していると の報告がある。 1 テスト・マーケティングとは、新製品の発売に先立って一部の市場で試験的に行なう販売実験のこと。 4 Copyright © Hisamitsu Ihara 本資料は、事前学習のためのリーディング・アサインメントです。本資料は現実の企業に取材した内容をベースにし ていますが、含まれている情報やデータ等は必ずしも現実のものではありません。 チェーン店でのヒアリング調査によると、「リベート制やコーター制で大量に仕入れなければならず負 担が大きい」とか「既存ブランドの上に別のブランドを上乗せするやり方や、シーズン・キャンペーンの 繰り返しで不良在庫が増えている」という不満も明らかになった。 (5)O 社のマーケティング戦略(課題) O 社としては、技術的な確証も得たし、これまでの研究成果を生かして、化粧品市場に参入したいとこ ろだが、市場参入にはさまざまなリスクが伴う。最近でも、化粧品のウマ味に飛びついて食品、下着、家 電メーカーなどが参入しているが、数年で消えてしまったところもある。シャネルやクラランスなど外国 の高級ブランドでさえ、販売拠点をデパートに限っている。安易な計画は許されない。O 社としては、ど のような戦略をとったらよいものであろうか。 マーケティング戦略の枠組みにしたがって、①市場環境、②競合他社動向を分析し、③自社の強み弱み を整理し、④ターゲット・ユーザーと⑤基本コンセプトを作成し、マッカーシーの4P のとおり、⑥製品 戦略、⑦価格戦略、⑧流通戦略、⑨広告・販促戦略を立案しなさい。 この課題は、①から⑨までありますが、その詳しい説明は、ウェブ上で別に用意する「O 社 のケース(課題) 」にあります。その説明も参照にして、課題に取り組んでください。 5 Copyright © Hisamitsu Ihara
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