第15章 1.経営管理論から経営戦略論へ 1960 年代に入って経営戦略

本資料は、『テキスト経営学(第3版)』第15章を抜粋したものです。定期試験には持ち込めません。
第15章
1.経営管理論から経営戦略論へ
1960 年代に入って経営戦略論が経営学の中で注目されるようになった。アメリカ企業の
国際的展開も進み、環境変化が激しくなって内部管理をうまくやっても外部環境の変化に
対応できないことが問題になってきたのである。また、環境があまり変化しない業界でも、
企業規模の拡大にともない「管理による弊害」が出てきた。大きな事業体になると官僚制
の弊害が出て、計画的に管理することが難しくなったのである。こうした中、チャンドラ
ーやアンゾフなどが企業全体の方向性を見定める経営職能の重要性を示し、環境への適応
を経営課題とする経営戦略論が台頭するようになった。
(1)チャンドラーの「組織構造は戦略に従う」
チャンドラー(Chandler, A. D.)は、アメリカの大企業であるデュポン、GM、スタン
ダード・オイル、シアーズ・ローバックの経営的な変遷を調べ、経営者は「二種類の経営
管理」を扱う必要があると指摘した。
第一は、長期的な企業体質に関することであり、第二は日常業務を円滑に行なうことで
ある。後者(日常業務の職能)が通常「管理」とよばれるものだが、前者(長期的な職能)
は彼がアメリカ企業の事例的分析の中から見出したもので、今日でいう「戦略」という範
疇に入る。
経営資源を効率的に活用する内的な管理職能以外に、長期的展望にたって企業全体の方
向性を見定める戦略的な管理職能があることを明示したわけである。
そして、事業活動の量的拡大や地理的分散、あるいは垂直的統合や多角化に応じて、伝
統的な職能部門組織から事業部制のような組織に変わっていくことを事例の中で確認した。
たとえば、デュポンは、第 1 次世界大戦後に黒色火薬やダイナマイト事業の減少から多
角化を進めたが、ファブリコイド(人造皮革)、パイラリン(セルロイド樹脂)、染料、塗
料、光沢剤へと事業を拡大する中で、多数の工場、研究所、購買部などの調整に手間取る
ようになった。
同様に、相次ぐ買収で大きくなった GM は、単一車種 T 型で勝負するフォードに対抗す
るために、車種間での整合性をつけて製品を整えるという経営課題に取り組む必要があっ
たが、企業連合体のような GM では、機能的組織をもってしてはコントロールできなくな
っていたのである。
両社は、それぞれの戦略的なニーズから、事業部制を採用していくが、こうした事例か
ら、チャンドラーは「組織構造は戦略に従う(structure follows strategy)」という結論に
達した。環境変化への適応が内部の組織構造を規定していると主張したのである。
(2)アンゾフの成長戦略論
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アンゾフ(Ansoff, H. I.)も、同様に日常業務的な管理活動以外に長期的展望にたった経
営戦略が必要であることを、①業務的意思決定、②管理的意思決定、③戦略的意思決定の
3つに区別して示した。その内容は以下の通りである。
①業務的意思決定…現在の企業の収益性を最大にするための意思決定で、部門や製
品ラインへの資源配分(予算化)、業務の目標計画、業績の監
視など。
②管理的意思決定…企業の資源を組織化するための意思決定で、権限と責任の関係、
仕事の流れ、情報の流れ、諸施設の立地などに関するもの。
③戦略的意思決定…企業の外部問題に関する意思決定で、製品ミックスや市場の選
択など市場と製品に焦点がある。
このうち、戦略的意思決定の中で、製品・市場という基準のもと、企業が選択すべき事
業領域とその戦略を4つのマトリックスで提示した。これは、企業の成長の方向(ベクト
ル)を示すので「成長ベクトル」とよばれる。
(図表 15-1)
この製品市場戦略は、以下の製品分野と市場分野の組み合わせを決定して、市場の変化
に適応し、企業を成長に導くモデルで、個別に「戦略」という呼称があるが、全体として
どの組み合わせを選ぶかが、製品市場戦略でもある。
・市場浸透戦略…現行市場に対して現有製品を継続しながら市場におけるシェアを
拡大していこうという戦略で、製品の使用頻度を上げたり、使用
量を増大することが考えられる。
・製品開発戦略…現行市場に対して新製品を投入していく戦略で、新機能やデザイ
ン変更などモデルチェンジ政策に見られる。
・市場開拓戦略…現有製品を新規市場に投入して市場を開拓していく戦略で、ベビ
ーオイルを女性用に売り込む場合などがある。
・多角化戦略……新規市場に新製品を投入して市場を開拓していく戦略で、アンゾ
フはこの多角化戦略は既存の市場や製品を利用できない分だけ、
シナジー効果が低くリスクが高いとしている。
図表 15-1 アンゾフの成長ベクトルモデル
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出典:アンゾフ『企業戦略論』産業能率短期大学出版部,1969 年
(3)SWOT 分析
アンドリューズ(Andrews, Kenneth R.)は、スティーブンソン(Stevenson, Howard H.)
の博士論文(”Defining Corporate Strength and Weakness,” 1969.)などからヒントを得
て、ハーバード・ビジネススクールの科目「経営政策(Business Policy)」で、①自社の強
み(Strength)と弱み(Weakness)や、②環境における機会(Opportunity)と脅威(Threat)
ス ォ ッ ト
を検討する重要性を説いた。これが、それぞれの頭文字をとったSWOT分析となり、後に
コンサルタントらによって精緻化された。
すなわち、経営戦略の立案や代替案の評価において、強みや弱み、機会や脅威を総合的
に評価し分析する手法で、しばしば、図表 15-2 のようなマトリックス図を作成し、上部
の自社能力分析領域の2つのコラムに S と W を列挙し、左側の環境分析領域に O と T を
整理し、中央の4つの戦略立案領域に①強みを生かして機会を捉える戦略、②弱みを克服
して機会を捉える戦略、③強みを生かして脅威に対抗する戦略、④弱みを克服して脅威に
対抗する戦略(あるいは撤退戦略)を考える。
この場合、すべて領域で戦略が成り立つように見えるが、このうちで成功する戦略は限
られている。このため、網羅的に全コラムを埋めることだけを目的にしてしまうと分析症
候群(分析のための分析)に陥る。また、自社の強みや弱みは、競合他社の強みや弱みと
表裏一体であり、市場機会は脅威の裏返しでもある。したがって、マトリックスの中だけ
で個別に判断するのではなく、それぞれの意味を総合的かつ動的に検討べきである。
図表 15-2 典型的な SWOT チャート
強み
弱み
自社能力分析領域
脅威
環境分析領域
機会
強みを生かして機会
を捉える戦略
弱みを克服して機会
を捉える戦略
戦略立案領域
強みを生かして脅威
に対抗する戦略
弱みを克服して脅威
に対応する戦略
撤退戦略
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(4)プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)
1965 年頃に、ボストン・コンサルティング・グループの創始者ヘンダーソン(Henderson,
Bruce D.)らは多様な製品群をかかえるGE(ゼネラル・エレクトリック社)と一緒にプ
ロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)という製品市場戦略モデルを開発した
が、これが 70 年代に入って、製品群の増大や多角化に対処しようとしていた企業に注目さ
れるようになった。
これは、市場成長率と相対的マーケット・シェアを両軸にした図に戦略的事業単位(SBU
219 ページ参照)をマッピング(地図書き)して、その位置づけに基づいて、収益をあげる
事業(金の成る木=Cash Cow)と集中的に経営資源を投下する事業(花形製品=Star)、
将来のために育成する事業(問題児=Problem Child )などを決定するもので、資源配分
はこの図式の中で見直される。
一般に、
「問題児」の領域に位置する SBU は、
「育成(build)」か「撤退(divest)」の戦
略的決定がなされ「育成」の場合には、
「金の成る木」の領域にある SBU から「収穫(harvest)」
される資金を投入される。たとえば、
「金の成る木」にある SBU(a)で得た資金(キャッ
シュ・フロー)を「問題児」の領域にある(b)の SBU に投入し、(b)を「花形製品」
に育成していくという戦略が考えられる。(図表 15-3)
このようなポートフォリオリ・モデルは、その後さらに精緻化され、GE社とマッキン
ゼー社で開発した PIMS(Profit Impact of Market Strategy)は、業界魅力度と事業地位
を基準に9つのマトリックスからなっている。
図表 15-3 プロダクト・ポートフォリオ
出典:ガードナーほか『戦略計画ハンドブック』ダイヤモンド社,p.135.の図に加筆
2.競争戦略論
経営戦略論を、80 年代になって、競争戦略論として体系化したのがポーター(Porter, M.)
である。彼は、それまで記述的だった競争環境を、産業組織論(industrial organization
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theory)を利用して構造化した。
産業組織論は、産業の組織構造から経済性を考える経済学の 1 分野で、完全競争を理想と
する。このため、①市場シェアが高まったり、②製品の差異化が進んだり、③参入障壁が
高くなると、独占的構造になって、競争が阻害されるという「市場構造→企業行動」の考
え方にたっていた。このような考え方を市場構造(Structure)が企業行動(Conduct)を
生み、それが企業業績(Performance)に結びつくという立場をとって SCP モデル(SCP
model)とよぶ。
これに対して、ポーターは意図的に①②③のような状態を作ることが競争戦略であると考
えた。このことについて、経済学的な考え方に慣れた人は、こうした競争制限的な企業行
動が社会的な富の公正な配分に反していると思うかも知れない。ところが、ポーターは、
こうした企業行動こそが、競争を促しており、市場を創造し富を創り出していると考えた
のである。
(1)ポジショニング・アプローチ
ポーターは、競争戦略の目標を、競争的な脅威を寄せつけないところに置くことだと考え
た。その代表的な分析手法がファイブフォース分析(five force analysis)である。これは、
競合他社、買い手、供給業者、新規参入者、代替品という5つの競争要因にしたがって、
業界の構造や魅力度(収益力)を分析するものである。
図表 15-4 ファイブフォース分析
新規参入者
新規参入の脅威
売り手の
交渉力
競争業者
供給業者
買い手の
交渉力
買い手
業者間の
敵対関係
代替製品・
サービスの脅威
代 替 品
ポーター『競争の戦略』ダイヤモンド社,18 ページ
この分析ツールを活用しながら、ポーターは、意図的に競争優位に導く3つの戦略を以下
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のように類型化した。
①低コスト戦略:大量生産・大量販売によるコストメリットを生かして競合他社より低
コストで製品を供給する戦略で、コスト・リーダーシップ戦略ともよばれる。量的優位(低
コスト)の戦略といえる。
製品差異化戦略:競合他社にない製品やサービスを提供する戦略で、品質・機能・付加
価値を高めたり、消費者のブランド選考を高める努力をする。質的優位(差異化)の戦略
といえる。
集中戦略:特殊なマーケット・セグメント(特殊用途や特殊な顧客層)に絞り込んでそ
の市場で優位に立つ戦略で、量的優位(低コスト)の戦略と質的優位(差異化)の戦略が
含まれている。
図表 15-5 ポーターによる競争戦略の3つの類型
ポーター『競争の戦略』
(ダイヤモンド社,61 ページ)を一部修正
この競争戦略は、企業の市場における地位や競合企業との関係によって異なることが多
い。マーケット・リーダー(市場でトップの企業)は、高い市場占有率と背景に低コスト
戦略をとることが多く、マーケット・チャレンジャー(トップに近い2位企業)は、トッ
プ企業との差異化戦略をとることが多い。また、マーケット・フォロアー(市場の動向を
追いかける下位メーカー)や中小企業は、小さなの市場に特化する集中戦略をとるケース
が多い。そのような小さくて大企業が乗り込まない市場のことをニッチとよび、ニッチ市
場に特化した企業をマーケット・ニッチャーとよぶ。
この戦略論は、5つの競争要因が業界全体の価格、コスト、投資額に影響して、業界の収
益性を決めるとされるので、収益性の高い業界を見つけ、競争相手よりも正しく競争要因
を分析し、環境の中に自社をうまく位置づける(ポジショニングする)ことが優れた競争
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戦略だという前提にたっている。
このためポーター流の戦略論は、ポジショニング・アプローチ(positioning approach)
とよばれる。このアプローチは、より好ましい事業領域や市場を求める戦略であるから、
アンゾフが成長戦略論で示した製品開発や多角化戦略とも結びつくし、プロダクト・ポー
トフォリオ・マネジメントの考え方とも一致しており、今日でも強い支持を得ている。
(2)資源ベース論(RBV)
これに対して、1980 年代を通じて,競争優位の源泉として,企業の内部資源や組織能力
に着目する研究が台頭して、競争優位の源泉が企業外部の構造的要因によって決まるのか、
内部資源によって決まるのかという議論が始まった。
たとえば、フランスマン(Fransman, M.)は、IBM が半導体分野の技術トレンドを知っ
ていて、より有利なポジションを得ようとしながら、成功しなかったと指摘した。同社は、
パソコンが大型コンピュータに変わることを予測して、いち早く市場に出ながら、マイク
ロソフトやインテルに市場を奪われた。これは、裏を返せば、戦略そのものより、戦略を
有効に実行するだけの資源や能力の方が重要という示唆である。
このように、経営資源をベースに戦略を見る視点を、リソース・ベースト・ビュー(RBV:
resource-based view)あるいは、資源アプローチという。このアプローチでは、特に、持
続的に競争優位を保つために、価値(Value)があり、希少(Rarity )があり、模倣
(Imitability )が困難で、それらを活用する組織能力(Organization )があるかが問わ
れる。こうした問いかけに基づいて経営資源の活用を 考える枠組みのことを、バーニー
(Barney, Jay B.)は、VRIO フレームワーク(VRIO framework)とよんでいる。
料理店の競争にたとえれば、メニューは簡単にコピーできるが、おいしい食事を作るため
には、新鮮で良質の材料を手に入れて、手際よく作れる厨房を用意しなければならない。
ところが、そういう物的資源を用意するより、腕前の良い料理人(人的資源)を確保する
ことが難しく、それより模倣困難なのは料理人を引き抜かれないようにする仕組み、引き
抜かれても人を育てられる教育制度や風土といった組織能力である。
こうした競争力の源泉になる資源について、バートン(Barton)は、その形成に時間が
かかり、容易に模倣されない、企業に競争力を生み出す能力のことをコア・ケイパビリテ
ィ(core capability)とよび、ハメル(G. Hamel)とプラハラード(C. K. Prahalad)は
「顧客に対して、他社にはまねのできない自社ならではの価値を提供する、企業の中核的
な力」をコア・コンピタンス(core competence 第 21 章参照)と、よんだ。いずれも VRIO
的な資源の例である。
3.戦略のフレームワーク
ポジショニング・アプローチも資源アプローチも、環境や資源が分析可能で、手段の調
達や組み合わせができるという前提にたっている。伝統的戦略論は、以下のような、適合
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概念やプロセスを暗黙の前提にしている。
(1)戦略における基本概念
戦略論にはいくつかの基本概念がある。
第一は、適合概念である。これには、①外部環境の変化に応じて内部資源をどのように
選択し展開していくかという、組織の外部と内部の適合、②目標に対して手段をどう選択
し展開していくかという適合、③過去から現在までに得た資源や手段を未来へ投影する適
合作業が含まれる。
第二は、市場や資源の効果的活用の概念である。これは「選択と集中」という言葉で要
約される。最も有利な市場や事業領域や製品を選択して良い位置取りをするというのがポ
ジショニング・アプローチであり、最も有効な経営資源を選択するのが資源アプローチで
ある。その上で、限られた資源や手段を、標的市場や事業/製品に集中するというのが戦
略の基本的な考え方である。
第三は、一貫性や統合性という考え方である。戦術が「短期的戦果を目的にした局地的
技術」であるのに対して、戦略は「長期的戦果を目的にした大局的計画」である。時間的
に「継続性」をもち、組織的に「全体性」をもつのが戦略である。顧客に向けた一貫性の
あるメッセージや、シナジー効果を発揮する統合的な活動も重視される。
(2)戦略立案のプロセス
戦略立案は、①状況分析→②目標設定→③計画の策定というステップを踏む。つまり、
①どのような状況にあるのかを知り、②どうしたいのかを決め、③どうすればよいかを考
えるわけである。
第一の状況分析には、外部状況を見る環境分析と、内部状況を知る自社能力分析が含ま
れる。環境分析には、法律・政治・経済・文化・社会・技術など、環境全体の動勢を大き
く把握するマクロ分析(これを、Politics・Economics・Society・Technology の頭文字をと
って PEST 分析ともいう)と、特定の市場の状況やライバル会社との競合状況をとらえる
ミクロ分析がある。
環境分析では、ファイブフォース分析やバリューチェーン分析、環境の機会や脅威を自
社能力の強みと弱みに関して検討する SWOT 分析の手法が使われる。また、この段階は、
Customer(顧客)と Competitor(競合他社)と、Company(自社)を知ることなので、
3C 分析(3C Analysis)ともいわれる。
第二の目標設定では、まず、上位の目標との整合性が検討される。上位の目標では最も
大きく長期的な企業目標に、公表された企業経営に関する信念体系やステイクホルダーへ
の誓約である経営理念(managerial ideology)や社会との契約や使命をコンパクトにした
ミッション(mission)があり、企業や事業の方向性を示す将来構想としてのヴィジョン
(vision)や、進むべき生存事業領域を示すドメイン(domain)がある。
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こうした上位目標をふまえた上で、環境分析や自社能力分析の結果が検討され、標的と
すべき事業領域や市場が設定される。この段階で、事業の基本コンセプトやターゲットカ
スタマーが決定され、シェアや利益など、個別の目標や数値化された目標値が決められる。
第三の計画の策定には、適切な手段の選択や資源の配分が含まれる。この段階で、アン
ゾフの成長ベクトル、ボストンコンサルティングの PPM、ポーターの3つの戦略類型など、
、どこで(where)、誰が(who)、
さまざまな戦略モデルが検討される。さらに、いつ(when)
何を(what)、どのように(how)やるかという具体的な実行計画が計画され、戦略は実行
される。
図表 15-6 伝統的な戦略論の枠組み
上位の目標
上位の目標
外部環境
外部環境
ファイブフォース分析
バリューチェーン分析
内部資源
内部資源
経営理念
ビジョン
ミッション
SWOT分析
戦略目標
戦略目標
状況分析
状況分析
目標設定
目標設定
標的市場や具体的目標
基本コンセプトの決定
成長ベクトル、PPM
ポーターの3つの戦略
など、モデルを活用
具体的展開
4W1H的な
スケジューリング
計画策定
計画策定
手段の選択
手段の選択
資源の配分
資源の配分
組織デザイン
組織デザイン
実行計画
実行計画
実行
実行
評価
評価
4.創発型戦略論
これまで見てきた戦略論は、大きな観点からいえば、計画型戦略論である。ここでは、
戦略とは、ある地点から他の地点に行くための道標、という暗黙の了解がある。
(1)計画的戦略論の限界
しかし、現実の企業行動をよく見ると、一部の人間(トップや経営スタッフ)が立案し
た戦略計画の通りにいかないケースが多い。もちろん、出来の悪い計画(戦略案)ならば
失敗するが、しっかりした分析をして、明確な目標を立て、実行可能な手段を選んだ立派
な計画が失敗することがある。それは、以下のような理由による。
第一は、予想の難しさである。戦略が計画通りになるためには、環境が不変であったり、
環境の変化を予想できたり、環境を支配できることが条件になるが、現実には環境は常に
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変化するし、予想通りには変化しない。
第二は、実行の難しさである。戦略は、計画として良くできていることより、実行する
ことに意味があるが、計画通りには実行できない。組織が戦略計画通りに動かないどころ
か、組織によって戦略計画が修正を迫られる現実がある。チャンドラーの「組織は戦略に
従う」という言葉を借りれば「戦略は組織に従う」一面がある。
第三は、戦争と企業競争の違いである。戦略という言葉は軍事用語に由来するが、企業
の戦いは戦争とは違う。たいていの戦争は終結するが、企業の戦いに終わりはない。戦争
では、計画を立てて戦うことが有効だが、企業では、日常活動が雌雄を決する場合が多い。
(2)創発型戦略論
戦略という言葉は、未来の意図的行動を描出するためだけではなく、企業の一貫した行
動を説明するためにも使われる。たとえば、他社の戦略を分析したり、外部の研究者が戦
略について論じる時、その企業の真の意図がわからないから、企業行動の一貫性や継続性
をもとに戦略性を評価する。これはパターンを読み取っていることに他ならない。
外部観察者ばかりでなく、企業内部の者にとっても、一貫した企業行動のパターンは戦
略とよぶことができる。戦略の基本概念に、①適合概念、②選択/集中の概念、③統合性
概念をあげたが、現実に、環境や目標に適合していて、選択と集中がうまくできていて、
統合的な企業活動が展開できている場合は戦略性が高いといえるわけで、戦略とは、自ら
やってきたことを意味づけた時に見つかることもある。
ミンツバーグ(Mintzberg, H.)は、①意図した戦略と②パターン(一貫した行動)と
して実現した戦略に分け、当初に意図した戦略が完全に実現した場合を「熟考型
(deliberate)」戦略とよび、実現しなかった戦略を「非現実型」戦略をいい、当初に意図
しなかった戦略が実現したパターンを「創発型(emergent)」戦略とよんでいる(図表 15
-7)。
この熟考型戦略は、トップや一部スタッフが立案した計画した戦略で、トップダウン的
な要素が強いが、創発型戦略は、トップダウンの指示や環境変化に対して現場の自主的な
行動が生み出したパターンが影響している。これは、意思決定におけるボトムアップ(ア
イデアや情報が組織の下位層から上がる経営スタイル
308 ページ参照)とは異なる。
戦略を実行する段階では、命令系統の明確化や計画実行のための組織デザイン、予算や
職務の配分、リーダーシップのあり方、報告や情報共有の方法、計画と実行過程の評価や
調整など、企業固有の仕組みややり方が含まれる。加えて、現場における意思決定や行動
は、企業文化や学習能力と深い関係がある。
今までも、組織文化が戦略を決定づけるという組織文化論(○ページ)や、組織の学習
能力を重視するラーニング・オーガニゼーションや、あるいは組織内の知的資産を活用し
ようというナレッジ・マネジメントの考え方があったが、これまでの戦略論は、戦略が立
「絵に描いた餅」的な戦略立案(strategic planning)
案された時点で終わる「机上のモデル」
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が中心だった。
図表 15-6 では、あえて、状況分析→目標設定→計画策定のプロセスと、実行→評価の
プロセスについて色を変えてあらわし、前者を結ぶ矢印を実線、後者を結ぶ矢印を破線で
示した。今後は、破線で示した、戦略の実行と評価、さらに、それをフィードバックする
プロセスに結びつける戦略的経営(strategic management)の研究が求められるようにな
っている。
図表 15-7 創発型戦略
当初
に意
戦略 図し た
熟考
型
実現 さ れ な
か った
戦略
戦略
実現された
戦略
創
発
型
戦
略
出典:ミンツバーグ『戦略計画』産能大学出版部,76 ページ
11
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