これからの鑑賞教育の在り方 ―全国的な調査や研修講座から探る

これからの鑑賞教育の在り方
―全国的な調査や研修講座から探る―
指導主事
島
崎
裕
Shimazaki Yutaka
要
旨
小学校図画工作科、中学校美術科、高等学校芸術科(美術、工芸)の内容は「表現」
と「鑑賞」から成り立っている。図画工作や美術に関する諸能力は、これら二つの学習
がバランスよく総合的に取り組まれることによって高まる。しかし、学校では様々な理
由から「鑑賞」の内容が後回しにされている状況がある。そこで、その要因を究明し、
これからの望ましい鑑賞の在り方を探る。
キーワード:
1
見ること、「表現」と「鑑賞」、2003年度全国調査、鑑賞の資質・能力
はじめに
「美しいものには訴える力があるから、誰でもすばらしい作品を前にすると感動することができ
る」という考え方がある。果たしてそれほど簡単なものなのか?感動できるかどうかは、作品の質
も大切だが、どれだけそれを受け入れることができるかである。感動する心を広げ深めるためには、
多様で豊かな経験と知識が必要である。そこで、図画工作や美術の二つの柱の一つである「鑑賞」
の、「見て、考えて、意見を交わす」という視点を大切にした鑑賞教育の在り方を研究する。
2
研究目的
鑑賞の充実が強調されるなか、全国的な調査や本研究所の研修講座の内容を分析・考察して、い
かにすれば充実した鑑賞の取組を図ることができるかについて考察する。
3
研究方法
(1)
全国的な調査結果からの分析と現状の把握
(2)
鑑賞教育にかかわる研修講座の分析による事例研究
(3)
先行文献からの鑑賞教育の分析と考察
4
研究内容
(1)
学習指導要領(図画工作、美術、芸術(美術、工芸))の基本理念
平成10年7月の教育課程審議会答申において、学習指導要領(図画工作、美術、芸術(美術、
工芸))の改善の基本的方針が以下のように示された。
改善の基本方針
小学校、中学校及び高等学校を通じて、次の観点を重視して改善を図る。
(ア)
①表現及び鑑賞にかかわる幅広い活動を通して、美術を愛好する心情と美に対する感性
を育て、造形的な創造活動の基礎的な能力を伸ばし、豊かな情操を養う指導が一層充実
して行われるようにする。
(イ)
児童生徒が生活を明るく豊かにし生涯にわたって楽しく描いたりつくったりする創造
活動を促すことを重視し、②表現や鑑賞の喜びを味わうとともに、③豊かな表現活動や鑑
- 1 -
賞活動をしていくための基礎となる資質・能力を一層育てられるようにする。
(ウ)
各学校段階の特質に応じて、各学校がゆとりをもち、創意工夫を生かした教育活動を展
開できるよう、内容をまとめて示し、それらを選択したり一体的に扱ったりできるように
する。
(エ)
各学校段階の特質に応じて、④我が国やアジアなど諸外国の美術文化についての関心や
理解を一層深められるよう鑑賞の充実を図る。その際、 ⑤ 地域の美術館等の活用も図る
よう配慮する。
(下線は筆者加筆)
下線部①、②、③で示されていることは、表現より鑑賞が重要だということではなく、表現と
鑑賞は一体であり、豊かな鑑賞が表現を広げ、また多様な表現が鑑賞を深めるということである。
また、発達段階に応じて鑑賞の対象の選択や方途を改善することが大切で、まずは「見ること」
に興味・関心をもたせるような指導の工夫が重要であるということである。
更に、今まで西洋美術に偏りがちであった内容を、日本美術等にもスポットライトを当て幅広
く取り扱うことと、学校と美術館や博物館等の連携も視野に入れるということが、下線部④、⑤
で示されている。
生涯にわたって美術や芸術を愛好するためには教養が大切かもしれないが、そのもとになるの
は豊かで質の高い体験なのではないか。だからこそ、学校教育において発達段階に応じた体験を
系統的・意図的・組織的に行い、適切に指導し評価していかなければならないと考える。
(2)
「図画工作科・美術科における鑑賞学習指導についての調査報告―2003年度全国調査結果―」
の考察と分析
〈小学校〉図画工作科の学習指導への取組
平成15年度に、日本美術教育学会が図画工作・美術
0.3
の鑑賞領域における学習の充実と指導の在り方を探る
7.1
ために、全国規模の調査を実施した。対象は全国の小
42.5
学校及び中学校美術科の教員で、有効回答数の回収率
%
50.1
は約23%であった。以下、14項目の中から主な項目に
積極的である
やや積極的である
やや消極的である
消極的である
ついて概略を記す。
ア
図画工作・美術の学習指導への取組について
〈中学校〉美術科の学習指導への取組
小学校では、9割以上(「 積極的」と「やや積極的」
6.2
の計)の教員が授業に前向きに取り組んでいるという結
果であるが、図画工作の指導に多くの時間を割くこと
%
30.8
63.1
ができないことが伺える。また、中学校では、美術の
十分にできている
できている
不十分だ
学習指導について「不十分だ」が「できている」を大
きく上回っている 。「授業時間数が十分取れない」が主
図1
図画工作、美術の取組
な理由である(図1、2)。
〈小学校〉図画工作科への取組において消極的な理由
教育的な意義がよく分からないため
0
中心になる教師に任せているため
その他
5.9
その他
指導や評価の仕方がよく分からない
研修や研究のための出張ができない
13.7
教材研究に時間がかかるため
17.6
他教科の指導で手一杯のため
30
40
36.8
40.1
50
図2
59.2
授業時間が足りない
54.9
20
17.3
教材研究のための時間が十分とれない
37.3
10
9.7
設備・備品が不十分
36.3
指導や評価の仕方がよく分からないため
% 0
7.9
自分の努力不足
自分に苦手意識があるため
イ
〈中学校〉美術科の学習指導の不十分な理由
60
消極的、不十分な理由
図画工作や美術の学習の意義について
- 2 -
% 0
83
20
40
60
80
100
小・中とも「ものをつくりだす喜び」が 図画工作・美術の学習の意義
1.4
その他 0.7
最上位で 、「個性の発揮・自己表現 」「美し
いものを感じる心 」「豊かな情操」といった
鑑賞の能力
3.9
2.4
生きる意味や心の糧の追究
3.2
ものごとを深く考える力
3.4
情意面の意義がそれに続き、そして「鑑賞
自己形成・自己表現
創造的な技能
25.7
22.5
29.3
豊かな情操
鑑賞学習の目的と意義について
26.1
14.8
12.7
17.4
20
自他の個性を認め尊重する態度
向にあることが分かる(図3)。
35
12.2
根気よくやりとげる態度
は「表現」領域に対して軽視されている傾
ウ
11.6
美術を愛好する態度
下位となっている。ここでも「鑑賞」領域
40
美しいものを美しいと感じる心
43.6
34.3
個性の発揮・自己表現
小・中いずれも、鑑賞学習を表現(作品
56.4
59
ものをつくりだす喜び
制作)の能力を形成するための手段として
中学校
8.8
5.7
8.9
8.3
美的なセンス(構成や配色)
の能力」は「技術や技能面」よりも低く最
小学校
8
% 0
10
20
30
40
50
60
71.4
70
80
とらえる傾向が強い。洞察力や批判的・分
図3
析的思考力の育成、生き方へのビジョンを
図画工作、美術の学習の意義
問い返すような姿勢の育成は少なく、ここでも表現重視の傾向が見られ、特に小学校でそれが顕
著である。
エ
鑑賞学習の対象や内容について
当然ながら圧倒的に「歴史的名作や作家の作品 」「児童生徒の作品」が重視されている 。「マ
ンガやイラスト等の身近なアート」や「写真や映像」のようなサブカルチャー的表現・映像メデ
ィア表現は扱われておらず、デザインや工芸もあまり重視されていない 。「表現」では図画工作
・美術がカバーする領域が広がりつつあるが、こと「鑑賞」に至っては相変わらずファインアー
ト重視の傾向が強い。
オ
鑑賞学習の教材教具について
やはり教科書を使うことが多い。その割合も極めて高く、鑑賞学習では教科書がよく使われ
ていることが分かる。次に、作品を見せる手段としてのメディアは、
「美術全集などの図版」、
「市
販の印刷教材や資料集」が多く、印刷メデ
鑑 賞 学 習 指 導 の 取 組
ィアがよく使われている。また 、「教員が作
消極的である
成する自作の教材」もよく使用されている。
やや消極的である
ただ、市販の視聴覚教材は小学校ではあま
やや積極的である
り使われていない。また、パソコンソフト、
われていない。しかし、一方で「絵はがき
38.8
8.1
% 0
10
20
その他
40
50
4.5
1.8
45.7
49
提示装置・施設がない、乏しい
資料の収集方法が分からない
に取り入れる姿勢も見られる。特に小学校
21.7
5
30.8
8.5
44.6
45.4
提示する資料が乏しい
38.9
35
鑑賞の教材研究をする時間がとれない
授業時間数が少なくて鑑賞にあてる時間がとれない
トゲームを取り入れている傾向が見られる。
児童生徒が興味関心を示さない
鑑賞学習の必要性を感じない
鑑賞学習の指導について
何を鑑賞させればよいのか分からない
「( 取組みが)消極的な理由」では、圧倒
30
近隣に美術館等の会場や施設がない
やビデオカメラ類」等新しいものを積極的
カ
41.9
10.1
鑑賞学習指導の取組に消極的な理由
やカード類」、「カメラ(ディジタルも含む)
では 、「絵はがきやカード類」を使ってアー
中学校
45
44.8
積極的である
プロジェクター、Webページは、意外と使
小学校
6.2
5.2
78
1.4
2.4
5
6.5
鑑賞学習の経験がないのでイメージがわかない
10.9
13.4
美術史についてよく知らない
9.5
12.2
的に「授業時数が少なく鑑賞に充てる時間
がない」が多く、以下「近くに美術館等の
施設がない 」「提示する資料が少ない 」(
「 鑑
賞の)教材研究をする時間がない」と続く。
24.9
鑑賞に関する知識(意義・内容・方法)が乏しい
小学校
中学校
図4
% 0
88.2
11.3
6.8
20
37.7
40
60
80
100
鑑賞学習指導の取組
また 、(
「 自分自身が)鑑賞に関する知識が乏しい」という回答からは、中学校で美術科教員の
4人に1人は、自身の資質能力に問題点を抱いていることが分かる(図4)。
- 3 -
改善点のアンケートでは 、「十分な授業時
鑑賞学習をすすめるために必要な改善点
1.5
1.5
その 他
数の確保」が中学校で6割と群を抜いている。
次いで「鑑賞に関する教員の研究・研修」
「利
地 域 社 会 に お け る美 術 文 化 施 設 の 充 実
用できる資料の充実 」「実践方法の開発と啓
鑑 賞 の 学 習 指 導 に 利 用 でき る資 料 の 充 実
小学校
0.2
0.1
今 以 上 に 必 要 なこ とは な い
提 示 装 置 ・施 設 の 充 実
にできないのに、鑑賞まで時間を費やすこと
31
24
42.5
18.5
30.3
10.2
13.8
美 術 文 化 に たい する教 師 の 教 養 を高 め る
鑑 賞 に 関 する教 員 養 成 課 程 で の カリキ ュラム 充 実
6.2
12.3
19
16.3
美 術 に つ い て の 現 職 教 師 の 研 究 ・研 修
43.3
47.8
鑑 賞 の 学 習 指 導 に 関 す る現 職 教 師 の 研 究 ・研 修
% 0
5)。
図5
鑑賞学習の結果、成果、評価資料について
60
26
21.5
鑑 賞 の 学 習 指 導 に 関 する実 践 方 法 の 開 発 と啓 蒙
にも、「鑑賞に関する教員の研究・研修」「実
キ
39.3
27.3
十分な授業時間数の確保
鑑 賞 の 学 習 指 導 に 関 す る資 料 の 充 実
ができない”という現実があるが、そのため
践方法の開発と啓蒙」が必要となってくる(図
18.5
9.1
教 材 研 究 を する時 間 的 余 裕 の 確 保
蒙」と続く 。“表現(作品制作)でさえ十分
中学校
18.3
21.3
10
20
30
40
50
60
70
鑑賞学習の改善点
小・中とも、評価情報としては「ワークシートや鑑賞カードなど、児童生徒が自ら記入した学
習過程の資料」が最も多く使われている。また、小学校では「相互評価 」、中学校では「レポー
トや感想文」が評価資料として多く使われている傾向がある 。「ペーパーテスト」は過半数の中
学校で使われているが、小学校ではほとんどない。中学校では授業の後に評価資料を収集するの
に対し、小学校では児童の活動の過程で評価を盛り込む傾向が見られる。また、小・中ともに評
価資料として「発表やプレゼンテーション」を使っているのは、意外と少ない。
(3)
「文化に関する世論調査」(平成15年度:文化庁)の結果の考察と分析
文化庁では、昭和62年、平成8年に
続き平成15年に「文化に関する世論調
査」を実施した 。「文化に関する国民の
ホール等での文化芸術の直接鑑賞経験
音楽
美術
る 。」 と い う 目 的 で 、 全 国 20歳 以 上 の
演劇・演芸
3,000人を調査対象とし、調査員による
生活文化
個別面接聴取という調査方法で実施さ
その調査項目の一つに「ホール等で
22.8
24.7
24.8
23.4
24.8
18.4
16.3
12.9
映画
意識を把握し、今後の施策の参考とす
れた。
54.4
50.9
鑑賞したことがある
平成8年度調査
平成15年度調査
7.1
6.1
4.6
舞踊
その他
0.2
45.3
48.8
鑑賞したものはない
0.2
0.3
分からない
の文化芸術の直接鑑賞経験」の項目が
0
10
20
30
40
50
60 %
ある。その結果によると 、「鑑賞したこ
とがある」と回答した内容として、「映
図6
文化芸術の直接鑑賞体験
画」「音楽」がほぼ同じ割合で高く、「美
術」が次いで高くなっていることが分
かる(図6 )。また 、「今後もっと鑑賞
今後もっと鑑賞したいと思う文化芸術
77.6
80.1
鑑賞したいものがある
したいと思う文化芸術」という調査項
映画
39
音楽
39.2
42.3
目では 、「鑑賞したいものがある」と回
演劇・演芸
答した割合が80%強と高く 、「美術」は
美術
26.1
29
21.9
19.5
13.6
13.8
生活文化
「映画 」「音楽 」「演劇・演芸」に次い
5.4
6.4
文芸
更に 、「文化芸術の鑑賞と文化活動の
その他
重要性」の調査項目では、日常生活の
特にない
0.2
0.4
21.5
19.3
0.9
0.5
分からない
中で、優れた文化芸術を鑑賞したりす
0
ることの重要性を「大切だ」と感じる
図7
割合は86%とたいへん高くなっている
- 4 -
平成8年度調査
平成15年度調査
8.4
8.3
舞踊
で4番目となっている(図7)。
47
20
40
60
80
100 %
今後鑑賞したい文化芸術
(図8)。
文 化 芸 術 の 鑑 賞 と 文 化 活 動 の 重 要 性
これらのことから、
H15年 度 調 査
ほとんどの国民が生涯
3 1 .2
H8年 度 調 査
男 性
を通して文化芸術に親
20~ 29歳
ていて、そのなかでも
40~ 49歳
50~ 59歳
ことよりも、見たり聞
3 3 .4
70歳 以 上
6 2 .8
3 2 .1
4 8 .3
2 7 .4
3 8 .6
3 0 .4
非 常 に 大 切 だ
5 1 .4
20%
40%
あ る程 度 大 切 だ
図8
(4)
57
3 7 .8
0%
でいることが分かる。
5 4 .5
6 0 .8
2 3 .5
60~ 69歳
いたりすることを望ん
5 5 .5
2 6 .3
30~ 39歳
実際に創作活動をする
5 8 .5
2 8 .5
女 性
しみ愛好したいと考え
55
3 3 .5
60%
分 か らない
あ まり大 切 でない
80%
100%
ま っ た く大 切 で な い
文化芸術の鑑賞と重要性
鑑賞教育にかかわる研修講座等の実施と分析・考察
本研究所の研修講座において、次のような鑑賞教育にかかわる研修講座を実施した(表1)。
表1 鑑賞教育に関する研修講座
研
修
講
座
名
等
実施年度
対
TL「美術館ナイトツアー」セミナー
H16~ 全校種
WE「美術館アートクルーズ」セミナー
H17~
同
象
:教科指定なし
上
C「奈良ならでは!芸術・文化鑑賞教育」研修会
H15
小・障
C「奈良ならでは!芸術・文化鑑賞教育」研修会
H16
中・高・障:教科指定なし
C「文化力向上『日本の文化を分かりやすく~絵巻の魅力~』」
H16
小・障
C「文化力向上『日本の文化を分かりやすく~琳派の魅力~』」
H17
中・高・障:教科指定なし
会
場
県立美術館
同
上
:教科指定なし 奈良国立博物館
:教科指定なし
同
上
大和文華館
同
上
※TL、WEは、それぞれトワイライト研修、ウイークエンド研修を示す。Cは、チャレンジ研修を示す。
ア
「美術館ナイトツアー」「
・ 美術館アートクルーズ」セミナー
県立美術館では、特別展の週末は夜の9時まで開館していることを利用して「美術館ナイトツ
アー」を実施した。また、平常展を鑑賞する「美術館アートクルーズ」は、土曜の午前に実施し
ている。学芸員から鑑賞ポイントの講義をしてもらった後、学芸員といっしょに美術館を巡る研
修会である。実物を前にしての鑑賞は、印刷物では到底及ばない絶対のものである。
美術館側もこのような学校との連携を模索していた時期で、両者の望むところが一致した企画
となった。今後、継続していくための要件は、ともに過剰な負担にならず、なおかつ毎回新鮮な
内容を参加者に提供できることである。
イ
「奈良ならでは!芸術・文化鑑賞教育」研修会
前述(1)の改善方針(エ )「我が国の美術文化についての関心や理解を深めるようにする。ま
た、地域の美術館等の活用も図る 。」を目指すため、奈良国立博物館を会場に実施した。仏教美
術等の展示・収蔵においては、我が国屈指のこのような施設が、地元奈良にありながら訪れたこ
とがない子どもや教員も多い。研修会は、学芸員の分かりやすい講義の後、館内を学芸員ととも
.
に巡る。やはり実物の魅力と迫力は現場でないと味わえないものであり、これがこの研修会のウ
.
リでもある。学芸員の解説が糸口になって、鑑賞に広がりと深まりが実感できた。学校と施設と
の連携を図るためには、教員自身がその施設のよさを体感することがまず大切なことである。
ウ
「文化力向上『日本の文化を分かりやすく~絵巻の魅力~ 』」「同『~琳派の魅力~』」研修会
この研修会も我が国の美術文化の理解を目指したもので、大和文華館を会場に実施した。この
館は日本と東アジアの美術の質の高い内容を誇る。また、最寄りのあやめ池小学校との連携の実
績もあり、学校との連携を目指すためにも絶好の条件を有している。過去2年間は「絵巻」、「琳
派」とテーマを設定して実施したが、可能ならば継続していきたい研修会である。専門知識が豊
富な学芸員の解説を聞きながら、目の前には本物があるという研修形態はかけがえのないもので
- 5 -
ある。IT機器等がいくら進歩してもヴァーチャルな世界では感じ取れないものがある。
(5)
これからの鑑賞教育の在り方と題材設定の視点
心理学者のパーソンズ(M.Parsons)は、人間の美意識の発達について、次の五つの段階を提
案している。
①作品を見て刺激され、個人的な好き嫌いや連想から判断する。
②作品に表されている対象の美しさ(快さ)とか再現描写の技量に注目する。
③美醜に関係なく、作者の体験や感情が作品に、どのような形で表現されているかに注目する。
④作品の形式やその背後にある歴史的・社会的な状況を分析する。いわゆる「美術批評」の活動
も含む。
⑤自分自身の体験と責任に基づいて作品の価値判断を行う。
美意識の発達は、①の個人的な鑑賞体験の積み重ねの段階から、②以降の多くの人と共有でき
る普遍性のある段階へと、線的ではなく雪玉のように膨らんでいく。そのためにも、学校教育の
段階で可能な限り多様で豊かな鑑賞と表現の体験を充実させる必要がある。
また、福本謹一氏は鑑賞教育の変化を次のように示している(表2)。これからの鑑賞教育は、
従前の美術史的な知識注入型のものでは
表2
なく、子どもの発達段階に応じた多面
的な、例えば身の回りのものを対象と
項
目
80年代以降
重点
鑑賞対象の感じ方
や嗜好を重視。
作品をじっくり見ることや調べる
まで判断を保留することに重点。
2
方法
教師主導型学習、
予定調和的な批評
学習。
批評、細部の観察、資料検討、制
作との関連等を重視。
3 メディ
ア
自他の作品、複製
画が中心。
様々な視覚資料(視聴覚教材、デ
ィジタル素材を含む)、文献資料、
本物に触れること、美術館との連
携、作家の招待等。
4 鑑賞対
象
自他の作品、写実
的な絵画(主に名
画)が中心。
絵画だけでなく工芸品、建築、映
像、写真、雑誌広告等あらゆるビ
ジュアルカルチャーを包括。
5 話し合
いの焦
点
感覚的な連想に基
づく話合いや、美
的・道徳的価値が
中心。
造形的特徴を焦点化。美的特質に
関しては社会批評、怒り、熱情を
表現した作品も視野に入れる。道
徳的側面は特に取り上げないので
子どもの解釈に任せる。
6 対象の
傾向
有名な芸術作品が
中心。
あらゆる作家、時代、文化に敬意
を払う。
7 感覚と
の関係
構成の身体的模倣。 共感性、情動的な側面を発達させ
る身体的感覚的方法を利用する。
要である。更に、それらの資質や能力
が確かに身に付いたかどうかを評価す
80年代以前
1
したり、互いの見方や考え方を交換し
たりするという題材の開発と工夫が必
鑑賞教育の変化
ることも大切である。旧来のような感
想を述べさせるだけでなく、学習前と
学習後の自己評価や相互評価の活用や、
ワークシートの工夫等で、より信頼性
・客観性のある評価方法等を開発して
いく必要がある。そのためにも、教員
自身が鑑賞教育の意義や可能性を認識
し、各学校段階で子どもの実態に合っ
た指導の改善と工夫をする必要がある。
5
おわりに
「目は心の窓」という言葉がある。また、外界から情報を得る最も大きな入口が目であるとすれ
ば「目は露出した脳」ということも言える 。「見る」ということは、図画工作や美術だけに大切な
ものでない。「見ているようで見ていない」ということもよく聞く。「見ていない」のではなく「見
えていない」のではないか 。「じっと見つめる 」「すみずみまでよく見る」ことが、学校教育をは
じめ社会生活でもどれほど重要かは容易に納得できる。個性豊かな表現(出力)をするためには、
それを生み出す豊富で多様な鑑賞(入力)が必要なのである。
参考・引用文献
(1)
文部省
「小学校学習指導要領」解説―図画工作編―
日本文教出版
(2)
文部省
「中学校学習指導要領」解説―美術編―
開隆堂
(3)
「図画工作科・美術科における鑑賞学習指導についての調査報告―2003年度全国調査結果―」日本美術教育学会
2004
(4)
美術フォーラム21 Vol.11
2005
美術フォーラム21刊行会
- 6 -
平13
平11