オフィス照明の質的評価関数における属性とその直交性

オフィス照明の質的評価関数における属性とその直交性
Orthogonality of attributes in multi-attribute utility function for office lighting quality
中村研究室
02M30056
石田祐一
(ISHIDA, Yuichi)
Keywords:照明の質,属性,直交性,多属性効用理論
Lighting quality, attribute, orthogonality, multi-attribute utility theory
1.背景と目的
ンジョイント分析では,おのおのの属性・水準の主効果
好ましいオフィス照明には,照度の確保だけではなく, だけを考えた場合の,実験計画法に基づいた実験計画と,
照明の質的レベルの高さもまた必要である.照明環境の
基本的には同じ考え方をする.すなわち,評価における
質的レベルを上げることは長い間照明技術者の大きな目
属性間の直交性が前提であり,交互作用の把握にまでは
標の一つである.照明の質は物理的な光環境の状態では
至っていないのが現状である.直交性とは評価関数が線
なく,経済性なども含めた照明設備に対するユーザの満
形結合で表され,属性の値が独立であるということを意
足度といった指標で捉えようとしている.すなわち,質
味する.
の高いオフィス照明というのは,必ずしも単なる明るい
そこで本研究では,オフィス環境の使用者が判断でき
空間とは一致しない.照度の他にもグレア,心理的効果,
る属性からなるオフィス照明環境の質的評価関数を考え,
経済的な効果など,照明の質を考慮した総合的な評価が
各属性の直交性を検討し,使用者が主観的に判断する環
高いことが求められる.このように,照明の質は様々な
境の質的レベルを正確に表現する評価関数の表現を探る.
属性から構成されている.しかしながら,設計者側と施
研究の分析手法として,意思決定行為について用いられ
主側の評価基準の違いにより,設計時に,より質的レベ
る多属性効用理論を応用する.
ルの高い照明を提案することが難しい状態である.
近年,
「質的レベルの高いオフィス照明を実現するため
2.多属性効用理論
に照明の質についての客観的データを出すための方法を
多属性効用理論は,行為をいくつかの選択肢からの選
確立しよう」という機運が高まってきている.照明の質
択と表現し,それぞれの選択肢にはその主観的な望まし
的評価に関する研究の最終目標は,多様な評価視点を考
さの程度を表す効用の値が割り当てられるとする.そし
慮した光環境評価を確立することである.既往研究にお
て,選択肢を,複数の属性に分解して表現し,それぞれ
いて,
「光環境評価」に関する研究は数多くなされてきて
の属性にはさらにさまざまな水準があると考え,その水
いる.村松は光環境を多属性からなるものとして総合的
準ごとに部分効用値が割り振られると考える.そして最
に評価することを試みており,コンジョイント分析によ
終的な評価は,選択された各属性の水準の部分効用値を
り,評価属性の重要度及び評価水準の効用値を算出して
加算したものであるとする.
いる.村松らの研究は,コンジョイント分析に基づいて
多属性表現の選択肢からの選択を説明する意思決定規
計画された調査より,評価関数を提案したが,彼らの研
則にはいくつかのルールが存在する.上に述べた,属性
究では,照明設計者が使用する評価関数を念頭に置いた
ごとの効用値の,重みつきの和によって選好順位を決め
ため,属性が特殊で,居住者には分かりにくい.一方,
るというのが,多属性効用理論の標準的なルールであっ
既往研究では,図 2 のように,環境の使用者が判断でき
て,これを効用加算ルールという.効用加算ルールを応
る属性から照明環境の質を考えることが普通である.コ
用した例として,コンジョイント分析という手法が行な
われてきた.コンジョイント分析とは,多数の属性が組
み合わされた評価対象に対する回答者の全体評価から,
個別の属性に関する重要度を効用値として推定する方法
コンジョイント分析
予測
照明の質的評価
直接法
である.コンジョイント分析では,評価関数が線形結合
多属性効用理論に基づく
で表現されることを前提としている.また,直接法によ
意思決定規則
って選択の結果に効用を結びつけることも可能である.
直接法とは,選択肢や行動を直接評価する方法である.
効用加算ルール
コンジョイント分析,直接法のいずれを用いても総合
的な評価結果を予測でき,その評価過程においてさまざ
優越性ルール
まなルールが存在するのである(図 1)
.多属性効用理論
属性値による排除ルール
辞書的ルール
など
図1 研究概念図
においては,どのような属性・水準を用いて評価するか
によって,属性間の交互作用の影響が生じ,適応される
ルールも異なることが知られている.よって,意思決定
1 とてもよく見える
属性・水準の検討
明視性
規則に基づくルールの把握のために,評価属性の直交性,
交互作用を検討する前段階として,評価属性・水準を明
3 普通に見える
プロファイルの提示
確に定めておく必要がある.
3.1
評価属性
4 見えにくい
16 パターン
照明の質に関する属性はさまざまに存在する.照度,
デザインといった感覚的なもの,また,照明に関わるコ
順位付け
ストや経済性,省エネなど第三者にも影響する属性も存
プロファイル例
1 不快でない
2 やや不快を感じる
3 不快を感じる
4 とても不快を感じる
積極的快適性
輝度,色度といった物理量をはじめ,グレア,演色性,
P-7
明視性
(2)よく見える
不快でない程度
(3)不快を感じる
積極的快適性
(4)快適でない
環境問題
(3)やや環境に配慮
不快でない程度
3.評価属性と水準の検討
2 よく見える
在する.既往研究においてもアンケートにより属性を抽
1 とても快適である
2 快適である
3 やや快適である
4 快適でない
出し,多くの属性に対して評価を行なっている.しかし
コンジョイント分析
環境問題
ながら,属性の多くが専門的であり,一般のオフィス利
用者には理解しがたいものや,交互作用を持った属性も
存在する.多属性効用理論に基づけば,属性間の直交性
部分効用値
を前提としている.そこで既往研究をもとに,属性間の
1 とても環境に配慮
2 環境に配慮
3 やや環境に配慮
4 環境に配慮してない
属性・水準の一覧
直交性を考慮し,光環境の評価は光そのものの機能から
図2 コンジョイント分析のための実験フローと属性・水準
考える,という考え方に基づき,
「明視性」
(文字の見え
やすさ)
,
「不快でない程度」
(視覚的な不快のなさ)
,
「積
3.2
評価水準
極的快適性」
(照明デザイン)を属性とする.また,今日,
「明視性」と「不快でない程度」を属性としたときの
照明設計においても環境に対する配慮は大きな課題の一
水準は,既往研究を参考にし,4 水準で評価する.また,
つである.よって「環境問題」
(環境問題への配慮)を属
「積極的快適性」
,
「環境問題」に関しても,上記 2 属性
性とし,大きく 4 つの属性により評価を行なうこととす
と同様に評価し,比較するために 4 水準とし,各個人の
る.実際にこれら 4 属性に関して,インタビューしたと
感覚や満足度を水準値とする.
ころ,属性については,被験者に対する説明を十分すれ
コンジョイント分析では,属性・水準の決定後,これ
ば,直交していると判断できることが明らかになった.
らの属性が組み合わされたプロファイルを作成し,この
本研究の調査は,その直交性を確認しながらの調査方法
プロファイルに対して順位付けによる評価を行なう(図
とした.
2)
.
4.コンジョイント分析を用いた部分効用値の調査
4.1
50
調査内容
4 属性 4 水準により,直交計画法に基づいて 16 種類の
プロファイルを作成する(図 2)
.このプロファイルを各
被験者に一枚ずつ提示し,オフィス照明としての好まし
さを 1 番から 16 番まで順位付けをする.評価を行なう際
には,
4 つの属性を直交していることの意識付けを行なっ
た.
40
専門家
平
均 30
重
要 20
度
一般
10
0
明視性
調査対象とした被験者は,専門家(照明に関する知識
不快でない程度
積極的快適性
環境問題
図3 属性重要度比較
を持つ人)13 人,一般(照明に関する知識を持たない人)
16 人である.一般に対しては,更に別の 16 種類のプロ
100
ファイルを作成し,2 回目の調査を行なった.順位付けを
したデータをもとにコンジョイント分析をし,属性重要
80
度,部分効用値を算出する.
調査結果
コンジョイント分析による属性の平均重要度の比較結
果を以下に示す(図 3)
.
平均重要度
4.2
60
40
専門家と一般の平均重要度を比較すると,どの属性に
ついても値が近似しており,重要度の傾向には違いがな
20
いように見える.しかしながら,実は各個人の属性重要
度,部分効用値には大きな差が見られた(図 4,図 5)
.
0
明視性
部分効用値に関しては,その他の属性についても同様
積極的快適性
環境問題
図4 個別の平均重要度
に大きな個人差が見られた.
4.3
不快でない程度
4
考察
コンジョイント分析によると,専門家と一般であって
2
も平均で比較した場合は属性重要度,部分効用値いずれ
がら,個人差が異常に大きく,整合性がとれていないデ
ータが多く得られた.コンジョイント分析では,部分効
部分効用値
についても,近似した値が出ると考えられる.しかしな
0
-2
用値が正しく算出されていない可能性がある.効用値の
検討を行なうために,直接法を用いた部分効用値の調査
-4
をする.
積極的快適性
-6
excellent
5.直接法を用いた部分効用値の調査
直接法では,属性重要度を直接インタビューすること
でその値を直接,効用値とすることができる.
5.1
調査方法
good
somewhat good
not at all
図5 個別の部分効用値
5.2
調査結果
コンジョイント分析と直接法の評価の差を結果に示す
各属性に対する属性重要度を直接評価することで把握
(図 6)
.調査結果より,ここで得られた効用値と,前出
するため,
4 属性に対して被験者が重要だと思う程度に応
のコンジョイント分析により得られた効用値のデータと
じて,合計 10 点を 4 属性に振り分ける.その値は,属性
が一致しないことがわかる.また,同じ被験者から,コ
の効用値であると考えられる.
ンジョイントの結果と全く異なったデータが得られた.
考察
40
各部分効用値の相対的な関係は,被験者が納得できる
不
-30
6.1
とした験者は一般とし,2 回同じ調査を行い,平均値をそ
の被験者の評価値とする.直接法で得られた部分効用値
予測値の算出方法
P = Σ( Ua × Sa / 10)
P:評価の予測値,U:部分効用値,
a:各属性,S:満足度
6.2
調査結果
予測値と実際の評価との差をグラフにしてみると(図
7)
,明視性の満足度が低い場合には,全体的な評価が下
がる傾向があり,予測値との差が大きくなった.
6.3
題
問
境
環
満足度25
満足度0
0
100
-10
75
25
明視性満足度
図7 予測値と実際の評価との差
0
表 効用加算ルール適用可能範囲における予測値との差
効用値(直接法より)
予測値との差
明視性100
明視性75
不快でな 積極的
環境問題
明視性
い程度 快適性
被験者
その他100 その他75 その他100 その他75
A
40
30
10
20
0
-0.5
0
-8.5
B
30
40
10
20
0
-2.5
5
0
C
50
40
0
10
0
-7.5
-2.5
-17.5
D
50
20
10
20
0
5
5
5
E
50
30
12
8
0
4.5
-1
-0.5
属性
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
P
Q
R
S
T
40
40
30
30
30
30
30
40
20
30
20
20
10
40
20
10
10
20
10
20
Average
0
0
0
0
0
0
5
5.5
4.5
-4.5
-7
0.25
5
-2.5
17.5
0
3.5
3
0
-4
-0.5
-7.5
0
-3.35
考察
直接法で得られた効用値に,全体の部分効用値の相対
性
満足度75
予 30
測
値
20
と
の
差 10
により予測される評価と,実際の評価によって得られた
評価を比較検討する.
適
満足度100
40
属性の水準値は被験者の満足度とし,100,75,25,
に提示し,それぞれを 100 点満点で評価する.調査対象
快
50
調査方法
0の 4 水準である.256 種類のプロファイルをランダム
的
図6 コンジョイント分析と直接法の効用値の差
るために,4 属性 4 水準が組み合わされた 256 種類全て
のプロファイルに対して,総合的な評価をする.
積
快
-20
属性間の交互作用の生じる属性・水準の範囲を把握す
極
明
関係
度
6.全てのプロファイルを用いた評価と部分効用値の
20
効
用 10
値
の 0
差
-10
で
な
い
程
者が納得しない効用値である.
性
もので,コンジョイント分析から得られたものは,被験
30
視
5.3
7.結論
的な関係が示されていると考え,その効用値の加算で全
オフィス照明の質的評価関数を,明視性,不快のなさ,
体評価を示されていると考えると,系統的な歪みがある
積極的快適性,環境への配慮という四つの属性から評価
ことが分かった.したがって,属性が直交していても,
する場合,各属性は直交しているが,各属性における評
主観的な評価は部分効用値の加算ではないことから,少
価の単純な加算が総合的な質的評価を示しているとは言
なくとも,オフィス照明の質的評価関数を求める際には, えず,主観判断の特性(属性値による排除ルール)を適
コンジョイント分析で求められる部分効用値の信頼性は
用した評価関数とする必要性があることが示唆された.
きわめて低いと判断さぜるを得ない.しかしながら表に
示すように,各属性の 50 パーセント以上の評価が得られ
る場合は直接法に基づいた効用加算ルールを適用するこ
とで,高い精度で表かが予測でき,一方,それぞれの属
性の評価が 50 パーセント以下の場合,属性値による排除
ルールを適用することによって予測可能であることが明
らかになった.
参考文献
1)照明学会編:オフィス照明の質的評価研究調査委員会 報告書,2000 年8 月
2)照明学会編:オフィス照明の実態 研究調査委員会報告書,2002 年3 月
3)川西文乃:
「オフィス照明の質的評価関数に関する基礎的研究」
,修士論文,2003 年
4)村松陸雄:
「多属性問題として捉えた光環境調査」
,学位論文,2002 年
5)熊澤貴之:
「室内光環境の認識に及ぼす体験の影響」
,修士論文,1998 年
6)日本建築学会編:光環境デザイン WG シンポジウム「光と建築デザイン」 第 1 回「小嶋一浩の光の世
界を考える」
,2001 年
7)石村貞夫:
「SPSS による多変量データ解析の手順」
,東京図書
8) 森敏昭ほか:
「グラフィック 認知心理学」
,サイエンス社
9)小橋康章:認知科学選書18「決定を支援する」
,東京大学出版会
10)中島信之:
「ファジイ数学のおはなし」
,培風館