休暇と労働に見られる「真面目」な国 日本とドイツの違い(PDF 24.1 KB)

休暇と労働に見られる「真面目」な国
日本とドイツの違い
藤原
春陽
みなさんはエスニックジョークというも
しては不十分であるが、私的な観点から両
のをご存じだろうか。各国の国民性に対す
国の「真面目さ」の違いを検証してみた。
る理解を様々なシチュエーションで端的に
倹約国家?
表現し、笑いを誘うといったものだ。笑え
るものから、ブラックなものまで多種多様
日本、ドイツは第二次世界大戦での敗戦
であるが、その中でのドイツと日本の立ち
国である。両国は同盟国であり、敗戦して
位置はわりと似ている。例をあげよう。
から自国を立て直した結果、世界でも経済
ここは大きな国際会議の会場である。
レベルはかなり上位にある。確かに、事実
ドイツ人と日本人は開始1時間前には到着
としての共通点は多いといえる。
イギリス人は 10 分前に到着
日本の「もったいない」精神は世界で有名
アメリカ人は開始時刻に到着
である。しかし「もったいない」の訳語は
スペイン人は 30 分遅刻して到着
「That’s a waste」とは少し違うように感じ
ポルトガル人がいつ現れるかは誰も知らな
る。昔から、物に魂が宿ると言い、粗末に
い。
するとバチがあたるなどよく言われたもの
見てのとおり、ラテン系の陽気さ(同時
だ。祖父母の世代が子供の頃の話を聞くと
にルーズさ)
、ドイツ人、日本人の生真面目
芋などの粗末な食事で我慢し、子供から大
さを皮肉ったものである。確かに、私の知
人までよく働いたと聞く。確かに日本には、
るドイツ人といえば、ビールを飲んで机の
大量生産、大量消費という風潮はあまりな
上で踊り、恰幅がよく明るく声が大きいと
く、一つの物を長く使う人が多い。最近は
いうよりは、皆がそろって礼儀正しく、過
物質的に豊かになり、過剰な供給やそれに
度の贅沢を避け、食事の席では楽しみつつ
伴う環境破壊も問題となっているが、日本
も政治や経済の話をするような人々である。
は昔から「勤勉」、「倹約」の精神を美徳と
バスの時間も時刻表どおりであったし、皆
してきた。
そろって勤勉で働きものに見える。ドイツ
では、ドイツはどうだろう。おそらく、
製品と言えば、車から木製の小物まで精密
終戦直後の国民が復興のための厳しい生活
さにおいて世界で高い評価を受けている。
を強いられたのは同じだと察する。そして、
日本との共通点がアジア諸国よりも多いど
ドイツと言えば言わずと知れたエコ先進国
ことなく不思議な国である(出生率が低い
である。実際に空のペットボトルを店に
などのマイナス面での共通点も持つ)。今回
持って行くとキャッシュバックされる制度
の 11 日間の滞在と数冊の文献では資料と
が広く普及していた。また、缶コーヒーを
39
法治国家?
探し回っても見つからず、旅先で自動販売
機を一つも見かけなかった。環境保全はも
日本人と言えば「自己主張が弱い」
「集団
ちろんのこと、
「倹約」も心がけているよう
主義」などと非難されがちである。これは
に見えた。また、ドイツ料理と言えばほと
押しつけがましさを嫌う国民性でもあり、
んどが芋、パン、肉がメインであり、レパー
つつましさは大昔からの美徳とされてきた。
トリーの面では隣国フランスやイタリアの
ドイツにおいてそのような性質はどのよう
料理の多種多様さには確実に劣っているだ
に評価されているかは人それぞれであるが、
ろう。特徴として「作りすぎだろう…」と
ドイツ人が「秩序」を重んじることは有名
思ってしまうほど量が多いが、残り物をき
であろう。ドイツ基本法で法治国家として
ちんと冷蔵庫にしまい、次の日の朝食に並
定められ、その代表として日本にもたくさ
ぶという点では日本の食卓とは変わらない
んの学説が輸入された。学校の専門授業で
と感じた。決して粗末と言うわけではなく
も幾度となくドイツを手本とした憲法、法
自国の食材を生かした飾らない味が私は好
律制定の話を耳にした。事実、ドイツでは
きだった。
犬にも税金がかかり、ビールの材料にさえ
ビール純令法という規定がある。労働組合
さて、倹約家という点をあげたが、根拠
の結束も強く、立場の弱い労働者を保護す
としてもう一つ思い当たることがある。
る法律が整い、権力の乱用を防いでいる。
職人国家?
そして、その風潮は少なからず国民の性質
ドイツと言えばフォルクスワーゲンやメ
には影響しているだろうか。参考文献によ
ルセデス・ベンツ、アウディ、ポルシェな
ると、一般的なドイツ人のイメージは几帳
ど、質の高い高級車を思いつく、車好きの
面、真面目といったもののようだ。そして、
日本人も多いだろう。実際生産台数ではか
おもしろいことに「シャイ」でもあるらし
なりの差があるものの、両国の世界での自
い。パーティー、クラブなどの交流の場に
動車シェアはトップレベルである。ドイツ
おいても、ラテン系のイタリア人男性は女
でもホンダやトヨタがある程度の高級車と
性にウィンクを飛ばし、社交辞令かのよう
して扱われており、そして、タクシー、ト
に口説くと言われるが、ドイツ人は同性同
ラック、そして自家用車までベンツである
士でつるんでばかりだというおもしろい例
のに、日本人としては少し驚いてしまう。
も見つけた。
ドイツには中世から「マイスター制度」
さて、最後に「真面目さ」の本質にせま
と呼ばれる、各職種における徒弟制度が発
りたい。日本の真面目さと言えば、不正を
達しており、
「親方」は日本でいう「匠」の
嫌い、地道な努力を好む反面、融通の利か
ように、敬意をもって扱われる。両国が「モ
ない「生真面目さ」という印象が強いかも
ノづくりの国」と言われるのには、
「長く使
しれない。一方ドイツはどうであろうか。
えるいいもの」を作るという、倹約精神も
今回の滞在において感じた両国の決定的な
要因ではなかろうかと私は思う。
違いを紹介する。
40
出かけており、午後 6 時ごろの夕食はいつ
長く働けばいい?
それは両者の仕事への態度に如実にあら
も一緒であった。歯科医師をされており、
われる。日本人の一般的サラリーマンはな
クリニックを誇らしげに案内してくださっ
かなか辛い。有給休暇制度は形式的であり、
たのが印象的だった。バカンスにはヨー
上司の無言の圧力と同僚の冷たい視線を感
ロッパ内外各国に家族で出かけているよう
じる。サービス残業も当たり前であり、週
だ。ドイツの真面目さとは「短時間しっか
休 0 も珍しくない。労働時間は世界でも
り働き、よく休む」そのけじめにあるので
トップレベルであり「働き蜂」
「働くために
はないだろうか。日曜日や祝日にも営業し
休む」と揶揄されることもある。
た方がドイツ経済には良いのは自明である
ところが、ドイツの街を日曜日に歩いて
が、先進国ながらしっかり休むのを忘れな
みると、ほとんどの店が閉まり、異様なほ
い姿勢は日本も見習うべきではなかろうか。
ど閑散としている。彼らは「休んでいる」
結論・感想
のだ。ドイツ法において、労働者は日曜日
及び法定祝日は、0 時から 24 時まで就業し
私の大学のドイツからの留学生が言った。
てはならないと定められている(労働時間
「No country is busier than Japan.」
法 9 条、例外あり)。また、継続勤務期間が
今回の研修で、人通りもなくひっそりとし
6 ヵ月以上である労働者は、一年につき 24
た日曜日のアウクスブルクの街をホストシ
日以上の有給休暇を取得することができる
スターと歩いたことが強く印象に残ってい
(連邦休暇法 3 条 1 項、4 条)。日本に同じ
る。一日でも買い物が十分できない日があ
ような法律が仮にあったとしても、実際は
ると観光客としては不便さを感じたが、一
休まない人もいるだろう。しかし、ドイツ
方で「休暇」の意味を考えさせられた。ホ
では休暇を取らないことで、上司が労働組
ストファミリーは日曜日に家族と家でゆっ
合から批判を受けるため、休暇を取るのは
くり過ごすことが多いという。日本では、
義務のようなものである。
久々の休日となると予定を詰め込み、逆に
さて、ではなぜドイツも働き者の国と呼
疲れてしまうなんて事すらある。
「日本人は
ばれるのか。ドイツ人の労働時間は、日本
ヨーロッパを 3 日でまわる」なんて冗談も
より 18%短いが、OECD によると、2011
向こうで聞いたほどだ。
年のドイツの労働生産性(1 時間当たりの
日本に生まれて、食事を含め何一つと言
国内総生産)は 55.5 ドルで、日本(39.8
えるほど不自由なものは無い。本文にも書
ドル)を 39%も上回るという。つまり、
「効
いたように、両国は戦後の 0 に等しい状態
率」ということだ。勤務中にお茶を飲み、
からほとんど同じレベルにまで復興し、世
無駄話をして残業に持ち込むなんてことは
界でも有数の先進国と言われるが、結論と
まずない。終業時刻になるとさっさと家に
して日本とドイツは、似ているようで全く
帰る。それがドイツのワーキングスタイル
別の形をとっている。
なのであろう。実際に私のホストファー
国土面積も大陸と島国という違いはあれ
ザーも、朝 7 時過ぎに起きるともう仕事に
どもほとんど同じであるが、日本の方が、
41
ビルが密集しているからか実際より狭く感
じる。街灯に照らされた石畳や美しい市庁
舎の建物を見ると時がゆっくり刻まれてい
るとすら感じる。
今回の研修を通して、ドイツ、とりわけ
アウクスブルクの歴史や文化に触れたのは
もちろんのこと、1 週間という短い期間な
がら、街が静まる日曜日から、格別の楽し
さが詰まった土曜日の夜を体験したことは
日本人が普段忘れかけている「働く意味、
休む意味」を思い出すすばらしい機会で
あった。
参考文献
z
ヨーロッパカルチャーガイド 2 ドイ
ツ
z
トラベルジャーナル
ドイツの実情
ドイツ連邦共和国外務
省文化広報部
z
日本及び諸外国の労働時間等に関する
データ
厚生労働省
42