1 はじめに 人権教育部会では、 (1)いじめに関する指導に役立つ実践事例の収集、分析、実践 (2)同和教育の授業実践 を事業方針として、調査・研究に取り組んだ。 (1)について 平成 25 年 6 月、いじめ防止対策推進法(以下「法」という。 )が公布された。学校では、 「いじめ防止基本方針」の策定をはじめとして、さまざまないじめ防止対策が新たに講じら れている。部会では、いじめに関する実践事例を収集、分析する中で、いじめにおける「傍 観者」となる児童生徒に視点を当てた授業研究をしていくことになった。そこで、 「いじめの 傍観者をどう動かすか」に焦点を当てた授業実践を今年度のテーマとした。 法では、学校におけるいじめの防止の基本的施策として、道徳教育等の充実が一つに掲げ られている。人権啓発DVD『いじめと戦おう!【小学校篇】 【中学校篇】 』 (東映 2012)※1 を資料として、小学校において「いじめと戦おう ~私たちにできること~」 、中学校におい て「いじめと戦おう ~もしもあの日に戻れたら~」の道徳の授業を実践した。また、 『わた しのいもうと』 (松谷みよ子 偕成社 1987)を資料として、いじめ全般について考える実践 も合わせて紹介する。 (2)について 部会の話合いにおいて、同和教育の指導に対する懸念が発端となった平成 24 年度の本部会 研究成果( 「同和問題に関わる直接的指導のあり方」に取り組み、同和問題の直接的指導に関 する授業案を4つ提案)を継承していくこととした。そこで本年度も授業実践を行い、その 成果と課題を示した。実践に当たっては、藤岡第二中学校のご協力をいただいた。心より感 謝申し上げたい。 ※1 DVD資料は、以下の機関から貸出しを受けることができる。 ○ 栃木市厚生センター 0282(24)2444 ○ 下都賀地区視聴覚ライブラリー 0282(22)3542 ○ 宇都宮地方法務局栃木支局 0282(22)1068 - 22 - 2 授業実践 (1) 道徳「いじめと戦おう」 小学校 ① 主題名 差別を許さない [内容項目4-(2)公正・公平、正義] ② 資料名 「いじめと戦おう ~私たちにできること~」 (出典 東映 教育映像部 DVD) ③ 目 標 だれに対しても差別する心や偏見をもつことなく、公正・公平の大切さを自覚して、社会正義 の実現に努めようとする気持ちを育てる。 ④ 展 開 段 時 教師のはたらきかけ 学習活動 資料 階 間 ○指導・支援 ◎人権教育上の配慮 導 1 友だちからされたことで、嫌 5 ○ これまでの自分の経験をもとにして自由に発表 入 な思いをしたり感じたりした し合い、本時の価値について興味・関心を高める。 ことがあるか発表し合う。 展 2 「いじめと戦おう ~私たち 15 ○ 場面ごとに視聴しながら、話し合いを進める。 DVD 開 にできること~」を視聴しなが ら話し合う。 [~1′08″まで視聴] 価 ①クラスが「バイキンごっこ」 ◎ 多様な意見を受け入れつつ、 「一緒に参加してし 値 まう」=「いじめの共犯」になってしまう可能性 で盛り上がったら、あなたは の があることに気付かせる。 どうしますか。 追 求 [~10′06″まで視聴] ・ ○ いじめの現場をただ見ているだけの傍観者にな ②友だちがいじめられて苦し 把 ってしまうのではなく、どんな小さなことでも行 んでいたら、あなたはどうし 握 動を起こすことが重要であることを押さえる。 ますか。 ○ 友だちのことを考えた行動ならばどのようなこ とでも受容し、さまざまな児童の考えを認め合え るようにする。 価 値 の 内 面 的 自 覚 3 いじめのないクラスをつく 20 [~21′46″(最後)まで視聴] るために自分にできることを 考える。 ◎ 傍観者が行動を通して理解者に変わることで、 被害者は非常に勇気付けられることを理解させ ③いじめをなくすために、作戦 る。 を立てましょう。あなたの作 ○ いじめをなくすためには、どうしたらよいかを 戦を教えてください。 考えさせる。 ○ 各自の考え(作戦)を通して児童一人一人が、 「い じめを起こさせない・見逃さない・許さない」と いう自覚を促し、育てる。 終 教師の話を聞く。 末 作業 用紙 5 ○ 教師の経験談を話し、実践していこうとする意 欲につなげる。 ⑤ 評 価 ○ いじめの傍観者にならず、当事者意識をもつことの大切さに気付く。 ○ 自分がどのような行動をとることができるか考えている。 ⑥ 成果と課題 ○ 学級づくりの時期に実践すると効果的な資料である。 ○ 「加害者には知られたくない。でも、被害者のために何かしら力になりたい」という思いでいる児童が 多かったので、そのような実態を踏まえたうえで展開した。 △ 学習活動3では、 「資料(DVD)のクラスを」など場面設定を限定したほうが児童は考えやすかった。 - 23 - (2) 道徳「いじめと戦おう」 中学校 ① 主題名 ② 資料名 ③ 目 標 差別を許さない [内容項目4-(3)正義、公正・公平] 「いじめと戦おう ~もしもあの日に戻れたら~」 (出典 東映 教育映像部 DVD) 生徒自身に「いじめの傍観者の立場になる」可能性があることを理解させ、いじめを取り巻く さまざまな立場になったとき、どう行動するかを考えさせる。 ④ 展 開 段 学 習 活 動 階 導 1 「いじめと戦おう」の DVD を視聴する。 (23分) 入 教師の問い掛け・支援 予想される生徒の反応 〇 登場人物の関係性を理解することを心掛けるように呼び掛ける。 展 2 3つの立場から、いじめを止める方法やとる 〇 「いじめる生徒になりそうになったら」「いじめられる生徒にな べき行動について話し合う。 りそうになったら」 「いじめやいじめのきざしを見掛けたら」に分 開 価 値 の 追 求 ・ 把 握 ①いじめる生徒になりそうになったら ②いじめられる生徒になりそうになったら ③いじめやいじめのきざしを見掛けたら 3 生徒の意見をもとに、いじめを止める方法を 考える。 価 値 の 内 面 的 自 覚 終 4 本時の感想を書く。 末 けて、いじめを止める方法について考えてください。一人でできる だけたくさん考え、自分の考えを付せんに横書きで書いてワークシ ートに貼ってください。 〇 グループ(4人程度)になり、それぞれの考えを発表し合い、グ ループ用のワークシートに付せんをまとめて貼り付けてください。 同じような考えは、重ねて貼ってください。 〇 グループ用のワークシートに貼られた中で最も重要であるもの をグループ内で話し合いながら、それぞれ1つずつ選んでくださ い。 ① いじめる生徒になりそうになったら ・ 気持ちがいらいらしたら、人に話して気持ちを安定させる。 ・ いじめられる人の立場に立って考える。 ・ いじめているのが逆転して、いじめられることもある。 ・ 悩みを解決するように努力して、勉強やスポーツに励む。 ② いじめられる生徒になりそうになったら ・ いじめられそうになったら逃げる。 ・ 友達や先生、親に勇気を持って相談する。 ※ 相談することが解決の早道であり、決して恥ずかしいことでは ない。 ③ いじめやいじめのきざしを見掛けたら ・ すぐ仲裁する。 ・ すぐ友達に相談する。 ・ すぐ先生に相談する。 ・ 親に相談する。 ※ 傍観者になって見て見ぬふりすることは、いじめに加担するこ とにもつながるので、絶対にしてはいけない。 ※ いじめを止めたり、友達や先生に相談したりすることが、本当 の勇気である。 〇 学習したことをもとに、もう一度自分自身のこととして考えをワ ークシートに書いて発表する。感想がしっかりと書けるように助言 する。 ⑤ 成果と課題 ○ 中学校が舞台の映像資料を使用したことで、いじめの加害者に共感的理解を抱かせることができ、自分の周囲 でも、いじめが起こることもあるという危機感を持たせることができた。 ○ いじめの4層構造を知ったことで、 「どうすれば加害者の支えになるのか。以前に受けたいじめ防止に関する 授業よりもよく分かった。 」という感想もあった。 ○ 付せん紙を使って、自分の考えを貼らせたことにより、他の人も同じ考えを持っていることがよりはっきりと 分かり、 「自分が考えていることは正しいんだ。 」という、安心感・連帯感をもたせることができた。 △ 話合いの時間をいかに確保するかが課題である。登場人物の気持ちを考えさせるのに、ある程度の時間は必要 である。その上で「いじめの構造」を多角的に捉えさせたい。 - 24 - (3) 道徳「わたしのいもうと」 小学校 ① 主題名 ② 資料名 ③ 目 標 いじめについて考える [内容項目3-(2)生命尊重] 「わたしのいもうと」 (松谷みよ子 偕成社) 差別や偏見に対して目をそらしてしまいがちな人間の弱さを乗り越え、 勇気をもって公平・公 正にふるまうことの大切さを自覚するとともに、自他の生命を大切にしようとする心情を育てる。 ④ 展 開 段 学習活動と主な発問 ○主な発問・指示 階 導 1 あるアンケート調査の結果から、質問内容を予想する。 ○あるアンケート調査の回答の上位3つは、次のとおりです。どん 入 な質問に対する答えだと思いますか。 展 開 (1)関わりをもちたくない 77% (2)自分がいじめられたくない 70% (3)いじめているグループがこわい 70% 2 「わたしのいもうと」前半の読み聞かせを聞く。 ○ どんな話か、考えながらよく聞きましょう。 3 できごとや登場人物の心情について話し合う。 ① この姉妹は、どんな気持ちで転校してきたのでしょう。 価 値 の 追 求 ・ 把 握 ② お母さんは、どんな気持ちで女の子を抱きしめ、子守歌を歌っ たのでしょう。 ③ この後、妹はどうなったと思いますか。また、いじめていた人 はどうしたと思いますか。 4 「わたしのいもうと」後半の読み聞かせを聞く。 ○最後に妹は、自分の思ったことを手紙に書いています。何と書い たでしょうか。 わたしを いじめたひとたちは もう わたしを( )しまった でしょうね ( )たかったのに ( )したかったのに 教師の支援・指導上の留意点 ○ いじめの問題についての学習であることを知らせる。 ○ まず、自分の身を守ろうとする人間の弱さを確認する。 ○ 東京都いじめ問題緊急対策本部調査データ(平成7年度) 「なぜ、いじめを黙認するのか。 」 (出典) ○ 自分の経験と重ねながら考えさせる。 ○ 絵本がよく見える位置に場所を移動させる。 ○ 「ようやく いもうとは 命を 取りとめました。そして 毎日が ゆっくりと 流れ」までで止め、その後どうなった かを想像させる。 ○ 不安と共に、夢や希望をもって転校してきた姉妹の心情に 共感させる。 ○ 母親の悲しみややりようのない怒り、そうすることしかで きない切なさに共感させる。 ○ 自分の立場に置き換えながら考えさせる。 ○ ほとんどの児童が想像もできない結果で終わるので多くの 人がいじめを深刻なものと捉えていない現状に気付かせる。 5 いじめと脳の関係を知る。 ①脳の仕組みと働きを知る。 価 値 の 内 面 的 自 覚 終 末 人間の脳は、3つの層でできています。1番内側には、 「呼吸をしたり」 「物 を食べたり」 「眠ったり」するための脳があります。この脳が働かないと人間は生きていくことが できません。ヘビなどの は虫類にもあるので、 「ヘビの脳」と呼ばれています。 2番目には、喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだりするための脳があります。動物にあるので「ネコの脳」と呼ばれています。ここがうまく働かないと、泣いたり笑ったり 怒ったりできなくなるのです。 そして、1番外側にあるのが「ヒトの脳」と呼ばれています。この脳は、人間だけにあり、物を考えたり覚えたり言葉を話したりするための脳です。当然生まれたときには情 報がゼロです。 このように人間は、これら3つの部分がうまく働いてくれるから生きていくことができるのです。 ② 人をいじめるということは、この大切な脳のある部分を攻撃して いることです。 「いじめ」はどの脳を攻撃していると思いますか。 6 感想といじめに対して自分にできそうなことを書く。 ○ この話を聞いて、思ったこと、感じたこと、自分にできることを 自由に書いてください。 7 教師の説話を聞く。 ○ いじめは脳幹を破壊し、人の生きる力を弱め、命を奪うこ とにつながるということを知らせる。 ○ いじめをしない、許さないという気持ちをもたせたい。 ○ 作業用紙に書いた後、何人かの児童に発表させる。 ○ リーダーシップを発揮して明るく活躍していた娘を、いじ めによる自殺で失った母親から聞いた話を伝え、 「心が弱いか ら自殺をする」という考えが間違っていることを伝えたい。 ⑤ 成果と課題 ○ ほとんどの子ども達は、いじめはいけないことだという認識を持っていたが、いじめによって妹が自殺をしてしまうという 話は子どもにとってはとても強烈な印象となったようである。また、いじめられて深く心が傷ついてしまうと、家族でさえも 救うことができないという話の内容から、 「弱い者をいじめることは人間として許されない」という強い気持ちをもった子ども が多く見られた。 ○ 見て見ぬふりの傍観者もいじめている人と何ら変わりが無いということに気付き、もしいじめなどで困っている友だちがい たら、早い段階で行動を起こさなければいけないと考えた子どもも多く見られた。 △ 子ども達の心に芽生えた気持ちが実際に行動に結び付くように、日常的に正義感・思いやり等の心を育てるように、学級の 実態に応じた指導が大切である。 △ 問題を抱えている子ども達を指導することも大切ではあるが、傍観者になる可能性のある中間の子ども達をいかにして“味 方”として変容させていくか、研修を深めたい。 - 25 - (4)社会科 「明治維新【身分制度の廃止】」(同和教育に関わる直接的指導) ① ねらい 江戸時代から続く身分制度が廃止された意義や問題点を考える学習を通し、「解放令」が出さ れたことに対する人々の喜びやさらに続く差別への怒りなどの心情を共感的に理解することがで きる。 ② 展 開 学 習 活 動 教師の支援(人権教育上の配慮) 1 明治維新について、前時の復習をする。 2 学習課題を確認する。 時間 5 2 身分制度の変化について調べ、それを 受け止める人々の思いを考えよう。 3 政府が身分制度を廃止したことで、江戸時代の人 ◎ 江戸時代と明治初期の人口構造のグラフ 口構造がどのように変わったか、 グラフから読み取 を比較させ、各身分がどのように位置付けら れるようになったかを確認させ、「えた」 り、それぞれの身分の変化を考える。 「非人」など差別される身分がなくなっている ことに気付かせる。 ◎ それぞれの身分の特権や特色などがどう なったか考察させる。 4 解放令を読み、解放令を差別されてきた人々が ◎ 解放令が、被差別部落の人々に大きな喜び をもって受け入れられたことを共感的に理 どのように受け止めたか考える。 解させたい。 5 差別されていた人々に対する差別が、解放令後、 ◎ 解放令が出され、身分制度が廃止されたに もかかわらず、政府により具体的な政策がと どのようになったかを考える。 られなかったことや、民衆の間に差別意識が 残ったことを資料から気付かせたい。 6 根強く残された差別に対して、人々はどのような ◎ 人々は、「解放令」をよりどころに、不当 な差別に立ち向かい、努力していったことを 行動をとったのか考える。 理解させたい。 7 本時を振り返り、考えたことや感じたことを発 〇 解放令を受け入れた人々の思いや、その後 も続く差別に立ち向かう人々の思いを、自分 表する。 の言葉でまとめさせる。 15 10 10 3 5 ③ 成果と課題 ○ 平成24年度研究所シリーズでは、 小学校における同和教育に関わる直接的指導の実践事例を作成した。 今回は、中学校版として展開や資料を練り直し、実践を行うことができた。 ○ 明治時代になり、身分制度が廃止されるとともに、「解放令」が出されたことにより差別された身分の 人々が解放されたことを理解させることができた。 ○ 差別された身分の人々やそのほかの人々が「解放令」をどのように受け止めたかを、吹き出しに話し言 葉で書かせることで、それぞれの立場での心情を共感的に理解することにつながり、本時のねらいに迫る ことができた。 ○ ペア学習やグループ学習を効果的に導入し、互いに協力し合いながら学習活動を行うことができた。人 権に関わる学習を行う上で、有効な学習形態であった。 △ 身分制度がどのように変わったのかを時間を掛けて説明したために、資料を読み取り差別をされてきた 人々の心情について考える時間が少なくなってしまった。 △ 学習活動6で「解放令」が出た意義については、もう少し時間を掛け、資料をもとにさらに深く考察で きるよう、時間配分などに再考の余地がある。 △ 資料の内容を精選することや資料の提示方法について再考することで、生徒が順序立てて考察し、理解 を深められるよう配慮する必要を感じた。 - 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