5月号

◇ はじめに
強弱のレシピ
① 強弱の音楽記号
<A>
cresc. decresc.
今回の指導要領では,鑑賞領域の共通教材の指
定がなくなり,
「鑑賞教材は,わが国及び世界の古
典から現代までの作品,郷土の伝統音楽及び世界
の諸民族の音楽を取り扱う」というように,大ま
かに示されているだけです。こうした中,これま
でに示されていた共通教材の楽曲を扱いながら授
業を進めておられる先生方も多いことと思います。
しかし,この改定を大きなチャンスと捉え,さ
まざまなアプローチを心がけたいものです。
まず,
内容「A 表現」
(2)のキやク,および「B 鑑賞」
(2)のア,イの項目の関連性を重視した鑑賞教
材づくりをご紹介いたします。
◇ 音楽的要素に注目した鑑賞教材の工夫
<B>
ff
<C>
f
mf
や
mp
p
pp
アクセント
② 強弱による音楽的効果
<A>
ア、 緊張と弛緩、 興奮と落ち着き
イ、 広がりとおさまり 強さと弱さ
ウ、 感情の高揚と感情の安らぎ
<B>
ア、 強さと弱さ 重さと軽さ
イ、 対比、強調
<C>
ア、 強調
イ、 強さや重さ
③ 音楽的効果を意図する楽曲の事例
<A>
ア、
「ローマの松」よりアッピア街道の松(レスピーギ)
「展覧会の絵」よりビドロ(ムソルグスキー)
「アテネの廃墟」よりトルコ行進曲(ベートーヴェン)
「恋は魔術師」より火祭の踊り(ファリャ)
イ、愛のあいさつ(エルガー)
、浜辺の歌(成田為三)
ウ、愛の悲しみ(クライスラー)、交響曲第40 番より 1 楽章(モーツァルト)
「カバレリアルスティカーナ」より間奏曲(マスカーニ)
<B>
ア、
イ、
交響曲第 5 番(チャイコフスキー)
交響曲第 94 番「驚愕」より 2 楽章(ハイドン)、スラブ舞曲(ドボルザーク)
カルミナ・ブラーナより(オルフ)
<C>
ア、春の祭典(ストラヴィンスキー)
イ、ロミオとジュリエットよりタイボルトの死(プロコフィエフ)
④ 音楽を聴いて感じ取ったイメージを形容詞等で表現する。
心や頭の中にあるイメージを言葉として表出できるようにすることにより、音楽的な
共有感を持てるよう指導する。
「A 表現」
(2)クでは,
「速度や強弱の働きによ
ひとえに強弱といってもさまざまです。
強弱は,
る曲想の変化を理解して表現を工夫すること。
」
と
表現を行うためにはとても重要な音楽的要素です。
あります。また,
「B 鑑賞」イでは,
「速度や強弱
楽曲(作曲者)が意図するものが何なのかを感じ
の働き及びそれらによって生み出される曲想の変
取り,どのような強弱で示されているのかを理解
化を理解して聴くこと。
」とあります。この 2 領域
することがねらいです。前回のコーナーでお話し
に示される共通性を捉えて楽曲を選定していき,
ました,
「かんじる」から「わかる」学習のプロセ
教材化を図ります。まず,最初にいろいろな楽曲
スです。いろいろな楽曲を聴き取ることで,より
を聴く活動を通して,音楽を捉える力(感受の力)
豊かな力が育つでしょう。生徒たちの頭の中に教
を高めます。
師の言わんとすること(ねらい)が,
「?」から「!」
そこで,一番聴き取りやすい“強弱”に注目し
となるような授業の組み立てをしたいものです。
ました。強弱といった音楽的要素に絞り込むこと
聴く活動を通して,音楽といったさまざまな音楽
で,よりはっきりと楽曲を聴き取らせることが可
的要素がちりばめられた宝石箱をじっくり目と凝
能となります。ここでは,
“感受の力”を育てるの
らして見つめ,その宝石の輝きをより深く味わう
です。感じ取ることができなければ,表現するこ
といった活動が必要です。これまでの実践では,
とも個性のない,薄っぺらなものになってしまう
たった 8 小節間のフレーズを何度も集中して聴取
と思うからです。強弱のレシピを次のように作成
することができる生徒が育ってきました。おぼろ
しました。
げながら音楽を聴くのではなく,中身に集中して
細かく聴くことで,音楽がどのようになっている
たデータは,
味気ない音がするものです。
しかし,
かをはっきりと意識させます。
この学習では,音色といった決め手はねらいに入
ワークシートでは次のようなものを使います。
れていないため,強弱や速度の変化が多様である
音楽鑑賞ノート
ものが望まれるのです。時に生徒から,
「聴いてい
氏名
曲名『展覧会の絵』より“ビドロ”
この曲は、前にも聴いたムソルグスキーの作曲した『展覧会の絵』の中の「ビドロ」とい
う曲です。ビドロとは、牛車の意味だそうです。ハルトマンの描いた「ポーランドの農村
の牛車」の絵が題材となっています。重い荷車を引いている牛の切なそうな様子が浮かん
でくるでしょうか。一説には、いっこうによくならない政治体制に対する批判の意味も含
んでいたようです。もし、声高に政治への批判をしたならば、逮捕されていたかもしれませ
ん。言うに言えない心の叫びを音楽や美術で表現している作品のひとつです。
さて、この曲の特徴は、切なそうな重たい雰囲気を出すために低音の弦楽器(チェロやコ
ントラバス)などによりリズムが演奏されています。とても単純なリズムです。この曲を
通してずっと同じリズムで演奏されています。そして、遠近法という手法を用いています。
つまり、小さい音量(pp)からだんだん大きく(クレシェンド)し、曲の最後は、だんだん
小さく(デクレシェンド)静かに終わっていきます。美術にも遠近法という技法がありま
すね。ちょうど、牛車が、自分の目の前を通り過ぎるときに一番大きなフォルテッシシモ
(fff)で演奏され、徐々に小さくなって消えるように(ppp)終わります。fffの時
には、スネアドラムなどの打楽器などが加えられ、効果をあげています。
る音楽は,ちょっと表現がやり過ぎで好きではな
い・・・」などといった音楽語(音楽への思い)
が寄せられることがあります。こんな音楽的やり
取りができたとき,
生徒たちの成長を実感します。
速度変化のレシピ
~フレーズを中心とした音楽のとらえ方~
る決め手は,
「速度」です。速度の変化をつけるこ
① 速度変化の音楽記号
<A>
accel.(だんだんはやく)
<B>
rit.(だんだんおそく)
<C>
a Tempo(もとのはやさで)
② 速度による音楽的効果
<A>
ア、 緊張や興奮
イ、 広がり
ウ、 感情の高揚
<B>
ア、 弛緩と落ち着き
イ、 おさまりや広がり
ウ、 終止感
エ、 感情の安らぎ
<C>
ア、 安堵感
イ、 引き締まり感
③ 強弱と速度変化との関連
ア、 cresc.と accel
◇フレーズや曲の流れの山場(クライマックス)を設定するとき。
イ、 cresc.と rit.
◇曲の節目や最後での盛り上がりを設定するとき。
ウ、 decresc.と rit.
◇曲の節目や最後の落ち着き,安らぎを設定するとき。
◎フレーズにおいて,アとウを対照的に扱い,工夫することで,豊かな表現となる。
◎アは曲のテンポが速いときには,単独で用いられることが多い。
◎
◎ウは,楽曲のフレーズの最後や終曲部で用いられることが多い。また,落ち着きと安
らぎが感じられる表現がほとんどである。
◎decresc.と accel という表現は,一般的ではない。
④ 速度変化と強弱が関連し,音楽的効果を意図する楽曲の事例
アとウの組み合わせ
・スラブ舞曲ホ短調 作品 72-2(ドボルザーク),ハンガリア舞曲(ブラームス)
・かじやのポルカ(J.シュトラウス),ピッチカートポルカ(J.シュトラウス)など
イ,
「トゥーランドット」より誰も寝てはならぬ(プッチーニ) など
⑤ 音楽を聴いて感じ取ったイメージを形容詞等で表現する。
心や頭の中にあるイメージを言葉として表出できるようにすることにより,音楽的な共
有感を持てるよう指導する。
とで,音楽表現は自在に変化します。またフレー
◇ 楽譜のリテラシー
クレシェンド・・・だんだん大きくの意味、演奏を進めていく中でこれがかかれている部
分は、だんだん音量を大きくしていくという意味。
(cresc.)(
)
デクレシェンド・・だんだん小さくの意味、演奏を進めていく中でこれがかかれている部
分は、だんだん音量を小さくしていくという意味。
(decresc.) (
)
<音楽の決め手>
<音楽のイメージ>
◇ 音楽の決め手
本校では,学習する音楽的要素を“音楽の決め
手”と呼んでいます。これまで述べてきた学習で
の決め手は,
「強弱」になるわけです。次に学習す
ズをどのように意識するかにつながっていきます。
教材選択にどのような曲を選択するのかは,と
私は,楽譜を読み書きできることは,とても重
ても重要なことです。それに加え,どの演奏を参
要だと考えています。世間では,大人のための音
考にするのかがポイントとなります。
自ら演奏し,
楽教室が盛況だと聞きます。しかし,音楽を趣味
生徒に提示できたらよいのですが,なかなかそう
で Play するための障壁は,読譜なのです。聴取の
はいかないものです。選曲では,同じ楽曲でも 10
学習では,
できる限り楽譜の提示をします。
まず,
枚以上の CD から選ぶこともあります。また,気に
目をつぶって音楽に聴き入る。そして,楽譜を見
入った表現がなければ,コンピュータでデータを
て構造を理解する。こんな活動が,いろいろな場
作成することもあります。コンピュータで作成し
面で展開できたらすばらしいと考えています。