伝統技術に関する情報の データベース化とその活用

伝統技術に関する情報の
データベース化とその活用
~熊本の諸職~
諸職とは
大工・左官・屋根屋・木地師・曲物師・桶屋・たた
ら・鋳物師・鍛冶屋・陶滋器製作者・漆工・紙漉・
傘屋・ちょうちん屋といった居職のごときものから、
出職としての杜氏師,屋根葺のごとく農閑期を利用
して出かけるものまである。
出で立ちや道具入れの形も特色があって独立したもの
であったから、職種ごとの連帯感は強力で、地域ご
とに親分・子分関係が成り立っていて、農民たちが
つくっている共同体よりは独立していた。だだし、
蕎作の作業のごときは農民の農閑渡世で、これはあ
まり独立性をもつ職人に発展していない。
即ち、
衣食住に関わる全ての生業(なりわい)
風土とは
気候、気象、地質、地味、地形、景観、
文化、宗教、教育、法律、政治、経
済、産業など人間の自己了解の仕方
を規定する有形無形のものの総称
和辻哲郎「風土~人間学的考察~」より抜粋
即ち
人間の生活空間を形成する
全てのもの
日本史略年表
•
原始・古代(B.C.~12世紀)
先土器
縄文
弥生
邪馬台国、狗奴国
古墳
大和朝廷、
飛鳥
聖徳太子、大化改新、大宝律令
奈良
平城京、古事記、日本書紀、万葉集
平安
平安京、
•
中世(12~16世紀)
鎌倉
鎌倉幕府、
南北朝
建武の新政、
室町
室町幕府
•
近世(16~19世紀)
室町(戦国) 鉄砲伝来、基督教伝来、
安土桃山
楽市楽座、文禄・慶長の役
江戸
徳川幕府、鎖国令、
•
近代(19~20世紀)
明治
大日本帝国憲法、富国強兵、殖産興業、廃藩置県、日清戦争、日露戦争
大正
第1次世界大戦、関東大震災、国際連盟加入
•
現代(20~ 世紀)
昭和
国家総動員法、第2次世界大戦、ポツダム宣言、農地改革、財閥解体、日本国憲法、
国際連合加盟、東京オリンピック、大阪万博、
平成…
職人の歴史
•
•
•
•
黎明期
誕生期
成長期
後退期・現在
黎明期(紀元前~11世紀)
歴史上最初の生活用具…生活用具を作る職人の誕生
石器(旧石器、中石器、新石器)
原始共同体社会(自給自足社会)…自由な手工的生産
石器、木器、土器、金属器、青銅器、鉄器
古代奴隷制社会…不自由な工人(たくみ)として
無償の手工的生産
部民制(べみんせい)
猪名部(いなべ)…木工(こだくみ)
鍛冶部(かねちべ)…冶金
服部(はたおりべ)…織物
etc…..
誕生期(12~16世紀)
職人の誕生…社会的地位の向上(工人から職人へ)
封建領主層の保護と統制
• 賃仕事から代金仕事への移行…仕事の形態の変化
賃仕事…労力に対する手間賃を取る
出来高払い→時間払い
代金仕事…製品に対して価格を付ける
• 「座」の成立…職人の経営組織(領主対職人の縦の関
係)
座頭(親方)と座員(職人)…古典的奴属関係
• 徒弟制的関係の発生…技術の伝承(組織防衛)
一子相伝(血縁)→徒弟制的雇用関係(非血縁)
• 職人気質の芽生…仕事・腕・技術に対する意欲・意識
飛騨の匠…大工、百済の河成(かわなり)…絵師
成長期(17~19世紀)
大名による制約的保護下での成長、発展
身分制(士農工商)の確立と庶民文化の隆盛
工業生産様式(手工的形態)の変化…単独職人制手
工業→問屋制家内工業→工場制手工業
• 「株仲間」の成立…親方の経営組織(親方相互の横の
関係)…株制による親方の利益保護(人数制限)
「講」の発生…平職人を中心とした相互扶助的横組織
(非公式)
• 出職と居職
• 徒弟制(徒弟奉公)…雇用労働者の確保(買手市場)
• 職人気質(職業意識、精神)…技術に対する自負、自
信と責任感
「細工は粒々仕上げを御覧じ」
後退期・現在(20世紀~)
資本主義的大量生産( 問屋制家内工業、工場制手工業、
工場制機械工業)の進展…手工業的生産様式の崩壊
戦争による人的資源の減少と戦後の需要(量、内容)
変化
• 大資本による請負制の始まり…雇用者としての職人
の誕生(自主性、主体性の崩壊)
• 「職人組合(運動)」…職人相互の横の組織
• 徒弟制の近代化…新しい労働者の養成機関、学校制
度(職業学校、職業訓練学校)の導入
人間関係
の民主化
• 高度経済成長と資本主義経済の発展…手工生産の衰
退
機械生産と手工生産の調和→後退期から安定期へ
手工業と諸職
• 手工業(諸職)の形成
• 手工業(諸職)の展開
経営型態
組織
• 手工業(諸職)の分野と文化
手工業(諸職)の形成
労働者(職人)が手工的な技術と道具で生活の資(賃仕事)を獲得出来る様に
なった段階で本業としての手工的な職種(諸職)が成立(副業との区別化)
…諸職の形成要件
• 狩猟漁労に関わる手工的生産の萌芽
狩猟用具、漁労用具、調理用具、貯蔵用具、生活用具(容食器、織物、衣服
等)…土器 石器(打製、磨製) 繊維工芸
原始的氏族共同体的組織様式 単純協業型分業制(男女分業制、管理型分業)
• 農耕に関わる手工的生産の発生
広範囲に農耕と結びついた家内仕事(農閑期における非営利的作業)
• 古典的手工業生産組織の出現…工(たくみ)・手人(てひと)→伴(とも)
制→部民制(べみんせい)→大化改新→伴部・品部・雑戸制(ともべしなべ
ざっこせい)
工、匠…在来倭人(技術労働者)
手人、工匠、才技…帰化渡来人(指導的技術者)←大陸からの新技術導入
農業生産力の増大→市場の形成…工業生産部門の細分化
大化改新…共同体的生産組織の解体→官営工房的生産組織の編成(国有化)
部民解放…公民(一般農民)化…官営工房による強制労働を課す←反発…公民
の浮浪人(浮浪工民、浮浪農民)化→雇庸労働者の出現(雇役制)
班田的土地所有体制(国有)の解体→荘園的土地所有体制(私有)の発展…官
営工房の解体→手工業の農業からの分離独立→職人の自立
手工業(諸職)の経営形態的展開
農業からの分離独立に伴う経営形態の変遷
古代的自給自足制経済→荘園制経済→封建制経済
• 賃仕事的経営形態の成立(9世紀頃)…顧客(注文主、消費者)か
ら与えられた原材料の製作・加工に従事して、それに見合う労賃・
工賃(手間賃)を得るシステム
賃仕事人
出職…注文主の元に出かけて仕事が終了するまで止まり日給を得る
居職…自身の私工房で注文主から与えられた原料を加工して手間賃
を得る
• 代金仕事的経営形態の成立(15世紀頃)…職人自身が原材料を準
備して加工・製作し、商品として一定の価格で販売して代金を得る
システム
貨幣の流通に伴い都市部に発生→注文生産から大量商品生産へ
市場・商業資本の経済的制約→流通機構(生産・卸売・小売)成立
手工業(諸職)の組織的展開
「座」の形成(12世紀頃)…職人と領主との古代的封建的従属関係 労働的
義務と経済的特権を有する共同体的結合集団
唯一の企業者(領主)と一般職人(座衆・座人・座子)で構成…厳然たる階層
制・世襲制
営業権の独占…領主より宛行われた特許により領地内の営業を独占
特権職人と自由職人の対立
販売権の独占…特定の市場に於ける売場の独占と 広域の販路の独占←補任状・
宛行状・鑑札
商人勢力の台頭→特権制(営業権、販売権)の崩壊
• 「仲間」の形成(17世紀頃)…同一利害関係を持つ緒座の自然発生的自主的
同業組合←中世前期的特権的な座の破壊(楽座)
独占的利益の保持…株(商人仲間)、札(職人仲間)
営業税の上納…運上・冥加役(冥加金、冥加銀)
組合の統制機構…寄合(申合、定書)
経営資本金・雇用職人数・職場換・原料資材購入・製品販売・価格評定の制限
技術能力低下・製品品質低下・収支決算捏造・の防止
• 「徒弟制」の発展整備(17世紀頃)…技術的中核(特殊技術の伝習・保持)、
職人社会の規範制度
雇用労働力としての非血縁者(弟子)とその技術的指導者(親方)の間で技術
の伝習を契機として形成される封建的主従関係
徒弟奉公契約…親方・弟子間の権利と義務
•
手工業(諸職)の分野と分化
•
•
•
•
•
原始社会の手工業
古代社会の手工業
中世社会の手工業
近世社会の手工業
近代社会の手工業
原始社会の手工業
• 氏族制社会を単位とする狩猟・漁労中心の採集・拾
集経済
• 原始共産制による全体所得の再配分制…個人収入を
得るための諸職としての職業未分化
• 手工的生産
生産用具…石器
生活用具…土器、骨角器、貝器
繊維工芸…植物加工
古代社会の手工業
産業部門
手工業分野
服部・綾部・錦部・倭文部・麻績部・衣縫部・長幡部・置染部・赤染部・茜部・狛染部・織部
土師部(土部)・陶部・塗土部
酒部・酒入部・味酒部
漆部
弓削部(弓部)・弓作部・矢作部(矢部)・靱部・盾縫部・鞍作部
玉作部・石作部
鍛部(韓鍛部・倭鍛部)・金作部
猪名部・當部
水部(主水都)・膳部・宍人部
農業分野
田部・春米部
狩猟・漁労分野
鷹甘部・鳥取部・鳥養部・犬養部・猪甘部・鵜養(飼)部・海部
原始諸産業分野
馬甘部(飼部)・牛甘部・山部・山守部
軍事部門
物部・久米部・大伴部・佐伯部・大刀侃部・靱負部・車持部
文化部門
忌部・ト部・祝部・神部・斎部
刑部・解部・蔵部・文部・史部・語部
中世社会の手工業
土木建築
番匠(大工)・壁塗・大鋸引・石切・桧皮葺
金属工業
鍛冶・鋳物師(鍋売)・刀磨(研)・針磨・銅細工・鏡磨・銀細工・薄打
化学工業
紺掻・白粉売・紅粉解・紙漉・薫物売・薬売
窯業・土石工業
深草(土器作)・火鉢売・瓦焼・玉磨
紡織工業
綾織・機織・帯売・白布売・直垂売.縫物師.組師
製材・木製品業
桧物師・数珠引(嬢櫨師・搬ル売)・結桶師・車作・足駄作・櫛挽・枕売・念珠挽・弓作・烏帽子折・
鞍細工・箙細工・蠆目割・仏師
竹・草・蔓類加工業
矢細工・筆生(筆結)・箕作・扇売・笠張・御簾編(翠簾屋)・草履作・箒売・笠縫・莚打・畳差・葛籠造
革・毛・骨・角類加工業
弦売・鞘巻切・鎧細工・貝磨
紙・布加工業
唐紙師・畳紙売・冠師・鞠括・沓造
食料品工業
庖丁師・酢造・心太売・塩売・麹売・豆腐売・索麺売・酒作
印刷・製本工業
経師・摺師
その他
絵師
近世社会の手工業
土木建築業
大工・木挽・壁塗(左官)・屋根葺・石切
金属工業
鍛冶・刀鍛冶.鐡鍛冶・庖丁鍛冶・鏡師(鏡磨)・鋳物師・薄(箔)師・金粉師・銖泥(真鍮)師・鈴張・銀師・象眼師・錺師・縫針師・針摺・金
彫師・鋳掛師・灘師・錫師・仏具師・小刀鋏(鋏)剃刀鍛冶・挾(鋏)毛抜(小刀鍛冶)・小刀磨・薬鍵師・薯込師・幾世留張
化学工業
漆掻・布曝・鹿子結・湯餐・洗濁・継物師・紺屋・沙室師・紅師・茶染師・紫師、練物師・張物師・蟻燭掛・自粉師・合羽師・塗物師・蒔絵師
窯業・土石製品工業
土器師・瓦師・焼物師・火桶作・竈師・硯師・珠摺・碓作
紡織工業
機織・木綿打・綿摘・足打(組師)・縫物師
製材・木製品工業
桧物師・指物師・乗物師・数珠師・塗笠師・宮殿師・戸障子師・釜蓋師・整師・鋤鍬柄師・車作・目師・糸車師・桶結・烏帽子師・羽子板師・絵馬
師・額彫・位牌師・統師・木彫師・楊弓師・堆朱彫・鐘木師・楊枝師・面打・櫛挽・仏師
竹・草・蔓類加工業
物指師・茶杓師・箸師・畳師・籠師・笠編師・葛籠師・笠張師・翠簾師・箒師・尻切師・臥座打・籏削・稜掻・弓師・矢師
革・毛・骨・角類加工業
髭師・足袋師・滑革師・革師・雪踏師・植虎革師・弦師・鎧(具足師)・水嚢師.柄巻師・塞師・刷毛師・眉作・組入師・巾着師・角細工・青貝師・印
判師
紙・布類加工業
唐紙師・嘉留多師・団扇師・形彫・鞠装束師・沓師・印籠師・造花師・水引師・人形師・衣裳人雅師・張子師・雛師・胴人彩師・茶袋師・羽織師・
紙工師
食料品工業
豆腐師・麩師・昆若師・素麺師・菓子師・餅師・綜師・煎餅師・道明寺師・興米師・麩焼師・飴師・地黄煎師・焼餅師・飯鮮師・刻肴師・香煎師
印刷製本工業
経師・表具師・板木彫・表紙屋
その他
絵師(絵仏師)・琴師・墨師・筆師
器械・器具工業
竜骨車師・輸師・秤師・枡師・天秤師・時計師
近代社会の手工業
職人(徒弟制)の衰退→職工(見習職工制)の誕生
工場制手工業(マニュファクチュア)の成立…近代資本主義の端緒的
生産様式→問屋制家内工業の衰退…日本に於ける産業革命の黎明期
仲間的工業型態(商業資本)→(転化・発展)→工場制機械工業型態
(産業資本)
工場制機械工業の産業部門
軍事部門:東京砲兵工廠、横須賀造船所、長崎造船所、石川島造船所、
大阪砲兵工廠、兵庫造船局、赤羽工作分局
化学工業部門:深川工作分局、品川硝子製造所、
繊維工業部門:愛知紡績所、広島紡績所、鹿児島紡績所、川崎紡績所、
鹿島紡績所、富岡製糸所、千住製糸所
商法大意(1868)、会社弁、立会規則(1871)…ギルド的株仲間の
廃止、職業選択の自由→職人の転化(出職人…賃金労働者化 居職人
…家内労働者化 武器・奢侈品職人…工芸的手工業者化)
• 第一次世界大戦…国家的緒統制、恐慌、産業合理化、労働問題、徒弟
制解体
•
•
熊本の諸職
• 総論
• 諸職の概要
• 荒尾・玉名地域の諸職
総論
熊本県における諸職の発生と展開は、当該地方の風土
と人間性の関わりを抜きにしては考えられない。熊本は、
阿蘇から天草に至る山と海の豊かな自然に恵まれた東西
線と荒尾、玉名、山鹿から人吉、球磨に至る南北線で構
成されており、ちょうどその交点に城下町としての熊本
がある。従って、阿蘇から熊本までは山間地から平地部
にうつる諸職があり、熊本から天草にかけては海岸地帯
を主体とする諸職がある。また、荒尾、山鹿、玉名と
いった北部地区は博多・唐津、さらには朝鮮半島方面か
らの文化の流入があり、人吉、球磨など南部地区は鹿児
島・沖縄、さらには南蛮地方との交流があり、それらの
影響をうけた諸職が展開していると考えられる。そして、
熊本県における最大の特徴は、その土地の諸職がその土
地の人の要求に応じて造るという受注型生産形態を現在
まで温存していることで、他県にみられる大消費地に売
るためのものを造る大量生産型形態と大きく異なる。
熊本県文化財調査報告「熊本県の諸職」(1985)より抜粋
諸職の概要1
(1) 金工
熊本県の生活形態は、大別して農山漁村型と都市型に分けることがで
き、それぞれの生活必需品として、鍬、鎌、庖丁、鉋、鉞、芹、ガ
ンヅメ、鋏、熊手、鋸、浜掻、海栗突、若布取、鰻掻、海老針、ノ
ミなど様々の用具が野鍛冶(刀鍛冶と区別してとよばれる)によっ
て造られた。野鍛冶にも定着型とフイゴを担いで村々を歩く渡り鍛
冶の二通りがあり、現在では渡り鍛冶はみられず定着型のものであ
る。熊本市の川尻は、かつて物資、特に木材の集散地であったため
船釘、蹄鉄、火箸、錠前、農具、荷馬車の部品、刃物類など多種の
生産が戦前まで行われ、約50軒の鍛冶屋があった。現在ではほとん
ど庖丁が主力製品であるが、尖端のとがった菜切庖丁が全県下に共
通した特色であり、しかも軟鉄に鋼を割り込んで合せ鍛えをし、手
づくりで仕上げているのが大きい特色。宇土、天草、人吉の各地に
定着型の鍛冶職があり、地区民の需要に応じている。藩政がしかれ
てからは同じ鍛冶職でも鉄砲鍛冶が生まれ、これが後には肥後象眼
師へと展開している。廃藩置県の後に職を失ったが、工夫に工夫を
重ねて技術を伝承し、現在では手づくりの象眼師の存在は肥後象眼
のみといっても過言ではない。
諸職の概要2
(2) 木工
竹と共に熊本県では生活に密着した素材であり、住居から桶、樽と
いった生活用品に至るまで様々のものが生産されている。木製の容
器類は大きく分けて、くりもの(挽きもの)、曲げもの、桶・樽・
箱がある。くりものと曲げものが、主に人吉・球磨地区でつくられ、
桶類が主として熊本市の川尻でつくられている。共に木材と鍛冶に
恵まれた地方であり、特に人吉の曲げものは、山仕事に従事する人
の弁当入れとしてメンパがつくられている。また川尻には昔から清
酒醸造業があり、その需要で樽がつくられていたのも一つの特色で
ある。特に人吉は銘木市で全国的に知られており、その銘木を素材
として婚礼家具から座卓、長火鉢、椅子、テーブルなどが造られ、
現在でも誂えの出来ることで有名であり、一人の職人が最初から最
後まで一貫してつくるのも珍しい。また、昔中国から伝来した指物
工法の一つである剣留工法が現在も使用されている。
諸職の概要3
(3) 竹製品
木と同様に最も身近な植物の一つであり、熊本県は至る所竹林に恵ま
れていることから、古来、食用から包装用、竹竿、釣竿、建築材か
ら様々の籠類、笊、魚籠、筌など多種多様のものが造られている。
素材も真竹、孟宗竹、淡竹と多様で、野菜籠・トマトちぎり用籠、
背負い籠・桑籠、篩、米揚げ笊、水切り笊、みそ漉し、洗濯籠、盛
籠、車海老籠、六つ目縄籠、広縁縄籠、ハモ風袋籠、タコ風袋籠、
イカ風袋籠、半身メゴ、柄差メゴ、手箕、六つ目風袋籠、角胴丸、
丸胴丸、虫胴丸、背負魚籠、鰻胴丸、穴子胴丸、カニ胴丸、ハダラ
イケス、穴子取籠、軍鶏籠、ショウケ、祝用魚籠、鰻うけ、鮎入れ、
鮒てぼ、どじょううけ、軍鶏入れ運搬籠、竹馬、竹トンボと種類も
まことに多く、それぞれの需要に応えて千変万化といった形態であ
る。この他、日奈久で弁当入れの二段、三段重ねの角籠が造られて
いる。また、我が国古来の尺八が熊本市で伝統的な手法(素材の竹
を湯で油ぬきをし、天日でよく乾燥させる。基本的な長さは一尺八
寸で節間が4、中の2節間に4つ穴をあける。調律は節をぬいた管の
中に漆と砥粉を10回も20回も塗りかえし、最後にまた漆を数回
塗って仕上げる)によって造られている。さらに、肥後三郎と呼ば
れる弓が芦北にあり、熊本市内にはしの竹で矢をつくっている弓具
店がある。以上挙げたような竹細工は、現在も造ることのできる職
人が各地にいるが需要は減少している。
諸職の概要4
(4) 玩具類
特異な玩具として著名なものに玉東町でつくられる木の葉猿がある。古く養
老年間(723年)に始められたといわれ、手ひねりの素朴な素焼きのもの
が原型で、赤・白・青の彩色を施したのは後生になってから。三猿、猿の子
抱き・馬乗りなど、郷土玩具の一品であり、民俗学的にも資料的価値がある。
熊本市には、おばけの金太と呼ばれる一種のからくり人形がある。地元では
目くり出し人形とも呼んでいるが、考案者はもともと人形師。宇土には張り
子人形があって、きわめて稚拙な面白味があったが、現在は作者が亡くなっ
て作られていない。人吉にはキジ馬の他に羽子板、香箱があり、キジ馬の製
作者が手がけているもので、主として女の子の玩具。獅子頭もあるが、子供
のお守りとして親しまれてきた張り子。日奈久にはおきん女人形という一種
のこけし類似のものがあり、この他に板角力という玩具がある。いずれも伝
説に基づいて造られたもので、極めて素材なもの。荒尾のこくんぞ祭の緑日
で売られるものに、はじき猿がある。肥後てまりもあるが、昔からの木綿糸
の草木染で造る系統と、レリアン糸を使って造る系統がある。現在では鑑賞
用の民芸品となっており、同様なものに天草本渡市の南蛮てまりがある。態
本市には肥後独楽という独自の独楽がある。大体は喧嘩独楽とチョンカケと
いう独楽と紐が一体となって遊ぶ平たい独楽が主流だが、その他にも加えて
現在13種類のものが造られている。凧は、小川町で造っている小川凧と、
本渡市で造っている天草バラモン凧の二種類があり、バラモン凧は長崎地方
からの影響がみられる。小川凧は正方形の和紙に竹骨を対角に交叉させた単
純なものである。八代地方には彦一こまと称する狸の形の独楽があり分解し
て各部が夫々独楽になる工夫がしてあるが起源は新らしい。
諸職の概要5
(5) 紙工芸
肥後の製紙は近世に入って一大飛躍を遂げ、製紙法に越前式と朝鮮式の二
つの系統が生まれた。代表的なものをあげると、八代市妙見町で行われる宮
地和紙(越前式)、山鹿市鹿北町に伝来した鹿北和紙(朝鮮式)、人吉市鶴
田町で相良藩御用紙漉として発達した人吉和紙(八女式)である。紙工芸の
代表的なものは、山鹿灯籠である。此は、金剛乗寺宥明法印に献じられたの
が始まりとされ、和紙と糊だけで、金灯籠、人形灯籠、鳥籠、座敷造、宮造、
矢壺などをつくるもので、起源は室町期にあるといわれ、灯籠製作者は灯籠
師と呼ばれる。
(6) 陶芸品
戦前から伝統的に焼かれてきたものに絞って概観すると、天草は日本でも有
名な陶石の産地で、磁気の原料として有田焼や瀬戸地方に送られている。本
渡には水の平焼がある。これは陶器で海鼠釉のぎめが特色。江戸末期に山仁
田窯をうけついで、五代目が水の平焼を始めて声価を高めた。茶陶から日用
雑貨まで製品の巾は広い。天草には丸尾窯、広山窯があって陶器を焼いてい
る。宇土半島の網田には1792年、細川藩の御用窯として肥前の陶工山道
喜衛門が創業した網田焼があった。古伊万里に勝るとも劣らない優品の梁付
や白磁がつくられていたが、1822年に突如献上中止となって藩の保護を
失い、大正の初めに廃窯となった。一勝地焼は寛永5年に相良藩の御用窯と
して開窯したが、その後廃窯されていた。薩摩の影響をうけていたと思われ
る。
諸職の概要6
(7) 染織
肥後木綿とか肥後縞、肥後絣と呼ばれるものは、木綿が日常着
として使われるようになった近世以降のことで比較的新らしい。
恐らく熊本県における藍染めは、筑後地方、特に久留米絣の影
響を受けて育ったものといえる。木綿の夜具地から風呂敷、座
布団側など生活のあらゆる面で使われ、ほとんどの家で自家製
産されていた。本格的に産業化するのは明治になってからで、
一時は久留米絣よりも盛んであったといわれる。大正から昭和
初期には20軒余の機屋があって、県外まで売り出されていた。
天草更紗は江戸中期にオランダ人に技法を習って始ったといわ
れているが、初期には手描きの模様だったが後には型染めと
なった。文政年間から明治の初期まで天草の各地で染められて
いたが、一度消滅して昭和初期に復興。伊勢型紙を使って捺染
するのが特色。五月節句の幟(矢旗)も鯉のぼりと共々、盛ん
に生産されている。模様は牛若丸、桃太郎など昔話のものが多
い。八代地方では、明治時代から特産のイ草を使って花ござの
生産が行われている。
諸職の概要7
(8) 柄巻
熊本には砂鉄を製錬して日本刀をつくる歴史があり、
日本刀は柄、鍔、鞘がそろわなければ完成品とはな
らないことから、柄巻きも刀鍛冶、肥後象服と無緑
ではない。肥後の柄巻きは鹿皮、鮫皮、和紙、絹糸
を素材として、細川三斎が始めたといわれる歌仙栫
之、信永栫之を基本としている。
(9) 太鼓
宇土郡小知火町では大太鼓や鼓が造られている。太
鼓の胴材は本欅、皮は良質の牛皮で、胴は製材後数
年間の乾燥期間をおき、皮はなめした後約3年間自
然乾燥させないと良い太鼓はつくれないという。因
みに、鼓は馬皮。
諸職の概要8
(10) 三弦の駒・揆
幕末以降、地唄の名人といわれた長谷川幸輝検校をはじ
めとする地唄師を輩出しており、特に宇土地唄は現在ま
で地唄の基本とされていることから、地唄に不可欠な三
味線に使う駒と揆が造られている。駒の素材は水牛の角
で、それに音色を高めるために金・銀・鉛を加える。揆
は象牙を台にしてべっ甲を先につけたものである。
(11) 榎津塗
榎津塗は富合町榎津で唯一人製作している農村の生活に
密着した塗物。膳、重箱、弁当箱、さかえ重など註文に
応じて作る。素材は檜か杉で一年間自然乾燥させて使う。
膳の曲げのところは普通1ヶ所で継いでいるが、榎津塗
の場合は4つの角を竹釘でとめる。装飾は一切なくて質
実、健康的、頑丈さが特微。下地塗は柿渋を7~8回、
漆は2~3回重ね塗りする。
諸職に関する基本情報調査
(荒尾・玉名地域)
今回、産業基盤の高い福岡県に隣接する熊本県北部の玉名・荒尾地
区に着目し、そこに展開する諸職の分野と現状とについて聞き取
り調査を行った。対象分野を衣、食、住に大別し、それぞれにつ
いて地元の情報に基づいてまとめた。
内容を見ると、衣分野2件、食分野21件、住分野18件と、予
想以上に残存しており、その内容も多彩で質も高く、何より現在
でも大半が稼働しており、後継者に引き継がれて継続する諸職も
あることは注目に値する。このことは、この地区が港を基点とす
る内外貿易と嘗ての基幹産業であった炭坑で古くから栄え、他の
地区に比べて経済的に恵まれ文化的に豊かであったため、庶民の
多様な生活形態に応じた様々の諸職が発達したことを意味してい
る。
個人情報保護の観点から、これら以外にも情報としてもたらされて
いないものがあると思われるので、今後は潜在情報を掘り起こす
手段(工夫)を検討し、データベースの基本情報を充実していか
なければならない。
玉名・荒尾地区における諸職一覧表
地 区
玉 名
No. 分 類
1
衣
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
1
食
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
1
住
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
職 種
染 物
染 物
氏 名
松 本 亮 祐
清 藤 崇
製
製
製
製
製
製
製
味
豆
豆
豆
豆
醤
醤
作
東
高
高
森
前
野
田
中
森
田
永
松
吉
伊
荒
田
猿
岡
川
平
荒
陣
権
川
吉
荒
中
田
岩
梅
菅
堀
田
田
尻
山
川
中
田
木
永
藤
木
島
渡
田
田
田
木
内
藤
越
田
木
尾
上
田
崎
原
島
前
桑
井
吉
江
西
竹
川
田
本
村
上
島
尾
宮
鍛
鍛
石
石
石
石
石
石
石
石
石
左
畳
畳
表
表
和
油
油
油
油
菓
菓
菓
噌 醸 造
腐
腐
腐
腐
油 醸 造
油 醸 造
酢
大 工
冶
冶
工
工
工
工
工
工
工
工
工
官
張
張
具
具
傘
早 苗
田 富 美 夫
田
栄 継
大 吉
真 男
司
邦 雄
直 平
雄 三 郎
雄 二
敏 之
義 春
正 幸
勝 也
秀 雄
勉
政 一
勝 実
康
信
恒
浩
人
幸
明
太
生 年 月 日
住 所
玉 名 市 繁 根 木 160- 2
玉 名 市 繁 根 木
連 絡 先
72- 3212
備 考
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
名
市 伊 倉 宮 原 648
市 出 町 1316
郡 長 洲 町 1316
市 岩 崎 1 2 8 2- 3
市 伊 倉 南 方 1366
市 繁 根 木 255
市 高 瀬 84
市 伊 倉 南 方 1364
市 岩 崎
市 高 瀬 102
市 築 地 2314- 4
市 天 水 町 小 天 1139
市 永 徳 寺 543
市 伊 倉 宮 原 643- 2
市 高 瀬 234
市 高 瀬 112
郡 南 関 町 関 1417
郡 南 関 町
市 高 瀬 112
市 中 2 03 6
市 河 崎 993- 3
市 築 地 2308- 1
市 高 瀬 357- 5
市 天 水 町 尾 田 478- 5
市 中 836- 1
市 寺 田 62- 1
市 立 願 寺 945
市 月 田 1309
郡 南 関 町 四 ッ原 2040- 2
郡 関 外 目 1505― 1
郡 相 谷 2111
郡 南 関 町 関 下 370- 1
0
0
7
7
0
0
0
0
968- 72
968- 78
8- 0921
4- 1127
968- 72
968- 72
968- 73
968- 73
7
7
8
7
7
7
7
5
3-
2-
2―
4-
2-
2-
2-
3-
72- 2203
73- 2297
72- 2827
0968- 73- 2661
0968- 72- 2341
0968- 82- 3243
73- 2257
73- 8068
73- 5006
73― 7724
53- 8490
53- 1231
53- 0618
53- 0171
玉
玉
玉
玉
玉
玉
玉
名
名
名
名
名
名
名
市 河 崎 969
市 秋 丸 7- 6
市 繁 根 木 117- 10
市 岱 明 町 野 口 502- 4
市 六 田 26- 14
市 岩 崎 1045
市 高 瀬 624
7
7
7
7
7
7
0
廃 業 ?
3
2
2
2
3
2
2
2
- 3466 椿 油
- 1014
-
-
-
-
346
304
446
263
8 外 国 よりマル ボ ー ロの 製 造 技 術 導 入 ?
2
2 高 瀬 飴
3 中 山 大 助
371
845
551
439
485
003
203
106
蒲
南
南
天
漬
辛
鉾
関
関
ぷ
物
子
3- 3605
2- 3965
2― 3293
2- 4311
2- 2896
2- 4563
968- 72- 4001 石 鹸
素 麺
あ げ
ら
蓮 根
GISによる
諸職に関する情報のデータベース化と活用
GIS(Geographic
Information System、
地理情報システム)は、
地理的位置を手がかり
に、位置に関する情報
を持ったデータ(空間
データ)を総合的に管
理・加工し、視覚的に
表示し、高度な分析や
迅速な判断を可能にす
る技術。
カーナビゲーションシステム
(資料:国交省)
熊本県の諸職分布から
玉名市を選択すると…
大分類:食
中分類:搾油
細分類:桜屋
を選択すると…
職人気質、此処にあり(住)
鍛冶職人 権藤義春
(玉名市高瀬)
氏
忙しい時は飯も喰えんだった。
ばってん、毎日ろいろ工夫
して楽しかったな。
消防団と掛け持ちで、ほんなこ
つよう働いた。
悪いこつばすると、いつか自分
に帰ってくる。
楽あれば苦あり、苦あれば楽あ
りたい。
いまの若かもんは、楽で手間賃
のええ仕事の方がよかもん
な。結局、弟子も跡継ぎも
おらんしな、寂しかけど
しょんなかたい…
住の分野
表具
石鹸
畳
石工
職人気質、此処にあり(食)
大学では化学を勉強し、就職も決
まっていたが、結局、家業を継い
で二代目に…
写真と古いものを集めるのが好き
で、これが高じて気がついたら家
の中が宝?の山に…。出来れば店
に手を入れて公開したい。
今は三代目も出来たので、何とか
日本が世界に誇る発酵食品でまち
興しをしたい。
醸造職人 吉永邦雄 氏
(玉名市永徳寺)
食の分野
豆腐
蒲鉾
植物油
飴
豆
酢
漬物
職人気質、此処にあり(衣)
かつて高瀬は「高瀬しぼり」
を、国内はもとより東南アジア
まで送り出していました。昭和
20年代までは、繁根木川で染
物屋さんが布を晒している姿を
みることができました。錦川と
愛称されていたほど清らかに澄
んだあの流れと、染色技術はど
こにいったのでしょうか?
松本染物店
(玉名市繁根木)
衣の分野
染物
染物
悉皆
染物
まとめ
目的
地域の風土に立脚した庶民生活に根付く伝統技術の保全(維持・伝
承)
伝統技術を地域振興に活用する施策の提案
取り組み
地域の伝統技術に関わる情報の集積とデータベース化
データベースを用いた伝統技術に関わる情報提供システムの構築
特色
地域の伝承技術に関する情報のデータベースを多分野に活用
期待される効果
情報提供システムを活用した社会ニーズと地域シーズのマッチング
伝統技術の保全(維持・伝承)を通した社会貢献(地域活性効果)
今後の課題
潜在情報を掘り起こす調査手法(工夫)の検討
基本となるデータベースの充実
活用に関する幅広い学際的検討
伝統技術の維持と後継者育成
受け入れ検索
情報集積
聞取調査
地域の伝統技術に関わる
GIS
情報提供システム
諸職データベースに基づく
若年層のインターンシップ
諸職(個人又は組織)
打診
注文等を目的とした
製品及び職人の検索
21世紀は…風土保全の正紀
環境保全
風土保全
水質、大気、土壌、
騒音、振動、悪臭、
地盤沈下、温暖化
生活空間の秩序
を維持すること
熊本風土ア-カイブス機構
職人に学べ~肥後の底力~
設立の趣旨
熊本の風土に立脚した庶民生活に根付く伝統技術の
保全(保存・伝承)と伝統技術に関するデータ
ベース構築の為の調査・研究及びその理念実現の
為の教育プログラムの企画・運営を目差した産官
民学の協働による活動
熊本風土ア-カイブス機構
活動内容
•
•
•
•
庶民生活に根付く伝統技術のデータベース化
調査手法の開発
肥後職人語り部の会(仮称)の企画・運営
伝統技術のデータベースを活用した若年層に
おける職業観の醸成支援法の提案
熊本城築城四百年…
支えて来たのは…諸職人達です