血流方向を考慮した生体内温度分布算定に関する基礎的研究

血流方向を考慮した生体内温度分布算定に関する基礎的研究
A-03
小林
雄喜
1. はじめに
ハイパーサーミア 1)とは腫瘍部を加温して治療す
る温熱療法のことである。人の細胞は 42 [℃]以上に
加温されると急速に死滅する。この原理を利用して
腫瘍組織(癌細胞)のみを 42 [℃]以上に加温し、死滅
させる加温法である。体内で熱を生じさせ加温を行
うため、正常細胞への不要な加温を防ぐ必要がある。
そのため生体内で形成される温度分布を予測する
ことが必要となる。
本研究では有限要素法プログラムを用いて、温熱
療法時の温度分布について、血流方向を考慮したモ
デルを構築して解析を行った。
2. 有限要素法による温度分布解析
2.1 解析モデル
図 1 に解析モデルを示す。解析領域を一辺 200
[mm]の正方形とし、直径 2 [mm]の円形の発熱体を
解析領域の中心に配置した。解析には汎用の有限
要素法解析プログラム“COMSOL”を使用した。
Y
B
解析領域
発熱体
2[mm]
2
200[mm]
(家名田研究室)
2.2 解析条件
材料特性は人体の 7 割が水であるため組織の物
理量は水に等しいとし、熱伝導率を 0.6 [W/m・K]、
比熱を 4.18×10³ [J/kg・K]、密度を 1.0×10³ [kg/m³]と
設定した。また、体温は 37 [℃]一定とし、発熱体温度
は 100 [℃]と設定した。
2.3 境界条件
図 2 に境界条件の設定例を示す。同図に示される
数字は境界の番号で、これら一つ一つについて設定
を行う。境界 1,2,3,4 を血流の流入口または流
出口とし、様々な方向の血流を設定している。なお、
境界 5,6,7,8 は熱源であり発熱体の温度(100 [℃])
としている。
3. 解析結果
3.1 血流方向による温度分布の特徴
血流方向を考慮した場合について検討を行った。
ここで血流量は毛細血管に流れる血流を基に流速
を決定した。毛細血管の直径を b = 5,10,15,20,
25 [μm]とし、血管内を流れる血液の流速を算出す
ると 2)、v = 1.96×10-5 ~ 4.9×10-4 [ℓ/s]となる。
図 3 と図 4 に温度分布の例を示す。図 3 は、境界
2 を流入口、境界 3 を流出口とし、血流を下から上
へ設定した場合であり、図 4 は、境界 1 と 4 を流入
口、境界 3 を流出口とし、左右から流れ込む血流が
上へ流出する設定である。なお、血管直径は b = 5
[μm] ( v = 1.96×10-5 [ℓ/s])である。両図を比較する
と形成される温度分布が血流方向の影響を受けて
いることが了解される。
A
200[mm]
図 1 解析モデル
3
1
6
8
5
7
2
図 2 境界条件
4
図 3 血流を流入口:境界 2、流出口:境界 3
とした場合の温度分布
60
温度【℃】
b=5,10,15,20,25[μm]
50
40
30
-100 -75
-50
-25
0
25
50
75
100
中心からの距離【mm】
図 6 血流を流入口:境界 1,2,4、流出口:境界 3
とした場合の Y 上の温度分布
図 4 血流を流入口:境界 1,4、流出口:境界 3
とした場合の温度分布
① 流入口:境界 1, 4、
② 流入口:境界 1, 2, 4、
③ 流入口:境界 2、
④ 流入口:境界 2、
流出口:境界 3
流出口:境界 3
流出口:境界 1,4
流出口:境界 1, 3, 4
(図 5)
(図 6)
(図 7)
(図 8)
図 5~図 8 に解析条件①~④の場合の図 1 におけ
る線分 Y 上の温度分布を示す。
これらの図より温度分布は図 5 と図 6 の場合と図
7 と図 8 の場合に大別される。図 5 と図 6 は複数の
流入口に対して、流出口が 1 ヶ所となっており、熱
の流れが速くなっている。一方、図 7 と図 8 は下側
1 ヶ所の流入口に対して、上や左右の複数の流出口
があるため、熱の流れが緩やかになっており温度が
高くなっている。さらに図 7 の場合は、左右のみに
流出口がある為、発熱体後方(上側)に熱だまりが発
生し、温度がより高温になっている。
温度【℃】
60
50
b=5,10,15,20,25[μm]
40
30
-100 -75
-50
-25
0
25
50
75
100
温度【℃】
50
40
30
-100 -75
-50
-25
0
25
50
75
100
中心からの距離【mm】
図 7 血流を流入口:境界 2、流出口:境界 1,4
とした場合の Y 上の温度分布
60
温度【℃】
3.2 血流方向を変化させた場合の温度分布
実際の血流は様々な方向に流れており、複雑な流
れとなっているが、今回は血流方向が左右対称にな
る解析モデルを用いて基礎的検討を行った。血流方
向は以下の①~④とし、血流量も変化させた。
b=5,10,15,20,25[μm]
60
b=5,10,15,20,25[μm]
50
40
30
-100 -75
-50
-25
0
25
50
75
100
熱源からの距離【mm】
図 8 血流を流入口:境界 2、流出口:境界 1,3,4
とした場合の Y 上の温度分布
4. まとめ
以上、有限要素法による生体内温度分布解析につ
いて述べた。今回提案したモデルにより血流方向を
考慮した解析が可能であることを示した。生体内の
血流方向を自由にコントロールすることは困難で
あるが、本研究により基礎的に有用な知見が得られ
た。今後、流入口、流出口を複雑に配置したり、解
析モデルの 3 次元化などについてさらに検討すれ
ば、より正確な温度分布解析の実現が期待できる。
熱源からの距離【mm】
図 5 血流を流入口:境界 1,4、流出口:境界 3
とした場合の Y 上の温度分布
文献
1) 松本英敏:生体電磁工学概論,p.121,コロナ社 (1999).
2) 山本敏行、他:新しい解剖生理学,p.201,南江堂 (2001).