軽減税率は消費税制度の退化

このページを印刷する
【第 73 回】 2014 年 6 月 17 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
軽減税率は消費税制度の劣化
導入で本当に得をするのは富裕層
軽 減 税 率 の適 用 範 囲 と減 収 額 の 8 つのケースが与 党 税 制 協 議 会 から公 表 さ
れた。今 後 年 末 に向 けて具 体 的 な議 論 が始 まる。しかし、軽 減 税 率 は低 所 得
者 対 策 ではなく、食 料 支 出 額 の多 い高 所 得 者 を優 遇 する制 度 である。同 時 に
インボイスについても 4 案 公 表 されている。こちらは「益 税 撲 滅 」の見 地 から、
まずは「日 本 型 インボイス」から導 入 してはどうか。
何のために軽減税率を導入するのか
与 党 の税 制 協 議 会 が公 表 した案 をまとめたのが図 表 1 である。すべての飲
食 料 品 に軽 減 税 率 を適 用 する場 合 (6600 億 円 の減 収 )から、精 米 のみ(200 億
円 )までの 8 案 について、それぞれ軽 減 税 率 1%あたりの減 収 額 が示 されてい
る。今 後 は業 界 ヒアリングを通 じて意 見 集 約 を図 り、年 末 に何 らかの意 思 決 定
が行 われる。
軽 減 税 率 は低 所 得 者 対 策 のように思 われているが、だれにでも等 しく適 用 さ
れるので、これを導 入 した場 合 の主 たる受 益 者 は、実 は高 級 食 料 品 を購 入 す
る高 所 得 者 である。したがって軽 減 税 率 は低 所 得 者 対 策 にはならないことは、
第 17 回 で、グラフを活 用 して具 体 的 に指 摘 したので、それを参 照 していただき
たい。
では何 のために軽 減 税 率 を導 入 するのだろうか。
本 年 4 月 に東 京 で開 催 されたOECD主 催 のVATグローバル・フォーラムでは、
「消 費 税 改 革 に関 する政 治 経 済 学 及 び所 得 再 分 配 効 果 」と題 して、軽 減 税 率
が所 得 再 分 配 効 果 を果 たしていないこと、しかし各 国 とも政 治 のパフォーマン
スとして導 入 されてきたことなどが報 告 された。まさに「政 治 経 済 学 」の話 であ
る。
同 フォーラムの初 日 の最 初 の議 題 は「消 費 税 の効 率 性 」であった。軽 減 税 率
や非 課 税 の拡 充 などで、先 進 諸 国 の消 費 税 の効 率 性 が低 下 しているとのOE
CD事 務 局 の問 題 提 起 があり、シンガポールからは、軽 減 税 率 以 外 での対 応
として現 金 給 付 やバウチャーによる低 所 得 者 対 策 の事 例 が紹 介 された。
軽 減 税 率 に関 する各 国 税 制 当 局 者 の共 通 認 識 は、「政 治 的 なプロセスで導
入 されてきたが、税 収 減 につながり、納 税 者 ・消 費 者 ・税 務 当 局 の執 行 コスト
が増 加 し、その上 政 策 効 果 はないので、縮 小 すべきだ」というものであった。要
するに、軽 減 税 率 の導 入 は税 収 の減 少 ばかりでなく、手 続 きなどが煩 雑 となっ
てコストも増 えてしまうということだ(具 体 的 な事 例 は、第 71 回 「欧 州 で見 てきた
消 費 税 軽 減 税 率 の現 実 とても煩 雑 !テイクアウトと店 内 食 の区 別 」を参 照 )
つまり、「軽 減 税 率 は消 費 税 の劣 化 (Downgrade)」である。それをわが国 で
は、進 化 のごとくに見 せかけて導 入 を進 めようとしている。
フォーラムで会 った旧 知 のOECD租 税 委 員 会 事 務 局 長 パスカル・サンタマン
氏 は、筆 者 に、軽 減 税 率 について「Don’t follow Europe」(「欧 州 をまねする
な」)と忠 告 してくれた。
低 所 得 者 対 策 は、シンガポールやニュージーランドのように、社 会 保 障 支 出
や給 付 付 き税 額 控 除 で対 応 するほうがはるかに効 果 的 である。わが国 も早 急
に給 付 付 き税 額 控 除 の具 体 案 を作 成 すべきだ。
インボイス制度の整備は「消費税制度の進化」
8 案 とあわせて公 表 されたのが、軽 減 税 率 が導 入 された場 合 の区 分 経 理 の
ための仕 組 み、要 するにインボイスである。公 明 党 の昨 年 の案 を含 め 4 案 が公
表 された。標 準 税 率 と軽 減 税 率 を品 目 ごとに区 分 して、正 しく消 費 税 を納 める
ために、事 業 者 がどのような証 票 を必 要 とするかということである。
わが国 の消 費 税 制 度 にとってより重 要 なことは、軽 減 税 率 対 象 品 目 とそれ
以 外 を区 分 して経 理 するための仕 組 み、つまりインボイスである。これは軽 減
税 率 とは別 に導 入 する価 値 がある。
その理 由 は、これにより「益 税 」という消 費 税 制 度 の根 幹 を揺 るがす問 題 にメ
スが入 り、消 費 税 制 度 の信 頼 向 上 に役 立 つからである(第 70 回 参 照 )
「益 税 」とは、消 費 者 から預 かった消 費 税 の一 部 が国 庫 に納 付 されず事 業 者
の手 元 に残 ることを言 う。現 在 「益 税 」を生 じさせ得 るのは、小 規 模 事 業 者 の
事 務 負 担 などへの配 慮 から設 けられた「事 業 者 免 税 点 制 度 」と「簡 易 課 税 制
度 」の 2 つである。
とりわけ問 題 なのは、消 費 税 の納 税 義 務 を免 除 されている免 税 事 業 者 から
の仕 入 れについても仕 入 税 額 控 除 を認 めるという、世 界 には見 られない寛 容
な(安 易 な)措 置 が導 入 されていることである。結 果 として、買 い手 側 は仕 入 税
額 控 除 分 だけ消 費 税 を過 大 に控 除 することができ、その分 が手 元 に残 る「益
税 」となるといえよう。
もっとも、免 税 事 業 者 であっても、その仕 入 れに際 しては消 費 税 を負 担 してい
ることから、その分 は転 嫁 する必 要 があるので、仕 入 控 除 される税 額 のすべて
が「益 税 」というわけではない。
仏では小規模農家も課税を選択
なぜこのような制 度 が導 入 されているのであろうか。その理 由 は、わが国 では
インボイスが導 入 されず、帳 簿 で控 除 できる方 式 が採 用 されたので、売 り手 が
課 税 事 業 者 か免 税 事 業 者 かの区 別 ができないというものである。
しかし、インボイスが導 入 されたならば、免 税 事 業 者 はインボイスが発 行 でき
なくなり免 税 事 業 者 か課 税 事 業 者 かの区 別 が可 能 になるので、この問 題 は一
気 に解 決 に向 かう。
これに対 して免 税 事 業 者 は、「インボイスが発 行 できなければ取 引 から排 除
される」と反 論 するが、免 税 事 業 者 が課 税 選 択 をすれば、インボイスを発 行 で
きるので取 引 から排 除 されることはない。これが消 費 税 制 度 の本 来 の姿 であ
る。
フランスでは、小 規 模 の農 家 ですら免 税 事 業 者 ではなく、課 税 事 業 者 として
納 税 している。その理 由 は、免 税 を選 択 すると仕 入 税 額 控 除 ができないが、課
税 選 択 をすると仕 入 税 額 控 除 ができるので有 利 だということである。
免 税 事 業 者 に手 間 がかかるではないかという反 論 があるが、売 上 にかかるイ
ンボイスを使 って消 費 税 額 の合 計 を求 め、仕 入 れにかかるインボイスを使 って
支 払 消 費 税 額 を求 め、前 者 から後 者 を差 し引 きすることにより納 税 額 を計 算
することは、決 して大 きな事 務 負 担 ではない。
確 かにインボイス制 度 を導 入 するイニシャルコストはかかるが、一 度 導 入 して
しまえば、むしろ事 業 者 の消 費 税 事 務 コストは軽 減 される。これが欧 州 での実
態 である。
インボイスは転嫁を確実にするツール
インボイスには、もう一 つ大 きなメリットがある。それは、事 業 者 が、事 業 者 間
の価 格 を転 嫁 しやすくなるということである。このことは、第 69 回 で述 べた。
そもそもインボイスというのは、取 引 にあたって、売 り手 (納 入 側 )が買 い手
(仕 入 れ側 )に、取 引 価 格 (税 抜 き価 格 )に係 る消 費 税 額 を請 求 するためのツ
ールである。
買 い手 はインボイスに記 載 された消 費 税 額 を売 り手 に支 払 い(図 ①)、売 り手
はそれを国 に納 税 (図 ②)、買 い手 は(後 日 )インボイスにより仕 入 れ税 額 控 除
をする(図 ③)。買 い手 にとって、売 り手 に支 払 った消 費 税 は自 らの納 税 時 に
控 除 されるので、自 らは一 銭 も負 担 することにはならない。いわば消 費 税 を通
過 させる仕 組 みがインボイスなのである。
この制 度 の下 では、事 業 者 間 の価 格 は税 抜 き価 格 で交 渉 され、消 費 税 分 は
確 実 に相 手 側 に転 嫁 できることになる。インボイスは、転 嫁 を確 実 にさせ納 税
計 算 も簡 単 にさせるツールである、欧 州 諸 国 で、免 税 事 業 者 である小 規 模 事
業 者 が免 税 という「特 権 」を返 上 してまでも課 税 選 択 をしている理 由 である。
いきなりEU型 のインボイス制 度 の導 入 を目 指 すことが大 変 ということなら、ま
ずはわが国 に根 付 いた請 求 書 などを活 用 して、取 引 に当 たっての「消 費 税 額
を請 求 書 ・領 収 書 に別 記 する」ことから始 めてはどうか。これが与 党 の示 したC
案 で、「日 本 型 インボイス」とでも称 されるものだろう。
すでに大 半 の領 収 書 には消 費 税 額 が別 記 されており、追 加 的 な手 間 はそれ
ほど大 きくはないはずだ。
消 費 税 率 10%になれば、「益 税 」への批 判 はますます大 きくなる。消 費 税 制
度 に対 する信 頼 を維 持 するためにも、このチャンスを逃 すべきではない。
DIAMOND,Inc. All Rights Reserved.