スポーツイベントによる地域活性化: アウトドアスポーツとスポーツツーリズムの視点から 原田宗彦 早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授 大規模スポーツイベントと地域活性化 ひるがえって日本の場合、90年代から現在に至る スポーツイベントによる地域活性化は、古くて新 長期の不況は、大規模イベント開催に対する巨額の しい手法である。これまで世界の都市は、オリンピッ 投資を抑制し、国際的な大規模イベントを誘致する ク大会やユニバーシアード大会といった大規模イベ 活力を都市から奪い去った。実際、02年FIFAワール ントを誘致して、都市の再開発や地域活性化の触媒 ドカップ大会や07年の世界陸上などの種目別大会の として用いてきた。日本でも、1964年の東京オリン 誘致・開催はあるが、16年の五輪招致を狙った東京 ピックをはじめ、85年の神戸ユニバーシアード大会、 都を除き、大規模スポーツイベントを誘致し、都市 94年の広島アジア大会、95年の福岡ユニバーシアー の再開発に活用しようとする自治体は見当たらない。 ド大会、98年の長野冬季オリンピック大会、そして 02年のFIFAワールドカップ大会などの大規模イベン トを開催し、都市の発展に活用してきた。 地域に密着した観戦型イベントの増加 国際的な大規模スポーツイベントの誘致に興味を スポーツイベントと地域活性化に関しては、大規 示す自治体が減る一方で、地域密着型のプロスポー 模スポーツイベントの開催が、①スポーツ施設や、 ツチームやクラブの立ち上げに熱心な地域が増えて アクセス道路、公園などの関連施設の整備による社 いる。国際的な大規模イベントが、数十年に一回来 会資本の蓄積、②イベント参加者による宿泊や飲食 るか来ないかの一過性のスポーツイベントだとすれ 物販による消費の誘導効果、③大規模イベントのホ ば、プロスポーツは、地元で毎年、必ずホームゲー ストとなる都市住民の地域連帯感の向上、④そして ムが何試合も開かれる継続的なスポーツイベントで イベント開催都市のイメージ向上効果といった4つ あり、地域を元気にする触媒的価値は高い。 の果実をもたらしてくれる(原田、2002) 。 10年11月に中国の広州で開催されたアジア大会で サッカーの J リーグや、バスケットの bj リーグに 参入するプロチームやクラブの数は増加傾向にあり、 も、巨額の経済効果が生まれた。国内外から65万人 11年シーズンには新しくガイナーレ鳥取が J2 に参入 の観光客と、史上最高額となる382億円(前回のドー する他、バスケットボールでは、岩手、長野、千葉、 ハ大会の5倍)の企業協賛金を集めた同大会は、 神奈川の4チームが bj リーグに参入する。これで J 8,000億元(約10兆800億円)の経済効果を生み出し リーグのチーム数は J1 と J2 合わせて38クラブ(11 たと報告されている(注1)。さらに大会の開催に向けて、 年シーズン) 、bj リーグは20チーム(11/12年シーズ 広州市は約1,200億元(約1兆5,120億円)を投資し、 ン)となり、むしろプロチームやクラブがない都道 道路や地下鉄などのインフラ整備を進めるとともに、 府県を探すのが難しい状態である。これらのチーム 製造業中心の経済から観光などを含むサービス産業 やクラブは、地域が主導して誕生した内発的なコ へと、都市の産業構造の転換を狙ったのである。こ ミュニティビジネスであり、地元のファンや企業、 れはかつて英国のシェフィールド市や米国のイン そして行政といった多様なステークホルダーに支え ディアナポリス市が行った、ポストフォーディズム られている。Jリーグの中には、浦和レッズや新潟ア の産業育成の都市経営戦略を踏襲する動きである。 ルビレックスのように、常時3万人から4万人の観 注1: 経済効果に関しては、著者が『メガ・スポーツイベントと経済効果』都市問題研究、60(11):80−94、November 2008.で述べたように、現 在の方法では、検証が不可能な仮説に基づいた推計値であり、社会心理的効果が測定できないなどの問題点を指摘した。 ’ 11.2 6 原田 宗彦(はらだ むねひこ) ■略歴 1977年 京都教育大学卒 1979年 筑波大学大学院修了 1984年 ペンシルバニア州立大学体育・レクリエーショ ン学部博士課程修了 1987年 鹿屋体育大学助手 1988年 大阪体育大学講師 1995年 フルブライト上級研究員(テキサスA&M大学) 1995年 大阪体育大学大学院教授 客動員数を誇るクラブもあり、地域名を冠したチー 2005年 早稲田大学スポーツ科学学術院教授 日本スポーツマネジメント学会(JASM)会長 日本スポーツ産業学会理事 日本体育・スポーツ経営学会理事などを歴任 ■主な著書 「スポーツ産業論第4版」杏林書院 「スポーツイベントの経済学」平凡社新書145 「スポーツ・ヘルスツーリズム」スポーツビジネス叢書 Ⅳ:大修館書店(近刊)他多数 ふたつの要因がある。 ムと、高いロイヤルティを持つ多くのファンの存在、 そして多くの地元企業の支援が象徴するように、極 めて公益性の高い事業を展開している。 アウトドアスポーツの可能性 アウトドアスポーツが、性別や年齢に関係なく、 身近な活動になった理由のひとつとして、スポーツ 高まる参加型スポーツイベントへの注目度 地域密着型のプロチームやクラブが、観戦型の「見 用品の進化がある。アウトドアスポーツ用品といえ ば、かつては「ヘビーデューティー」 (heavy duty) るスポーツ」のイベントだとすれば、多くの参加者 が主流であった。これは耐久性があることを意味し、 を集めるスポーツ大会は、参加型の「するスポーツ」 激しい労働や過酷な自然条件に耐えられる実用性の のイベントと呼ぶことができる。例えばマラソンで ある衣料品のことを意味した。まさに登山家や冒険 あるが、07年に始まった東京マラソンは、従来のトッ 家のウェア(衣類)やギア(装備)というイメージ プランナーだけが競うマラソン大会ではなく、6時 である。しかし今のアウトドアスポーツ用品は、軽 間40分以内に完走できる一般の男女が3万人以上参 量化と高機能化による携帯性と、新素材の使用やプ 加できる、日本初の大都市マラソンとして人気を博 リント技術の向上によるファッション性が著しく向 した。 上し、これによって、シニア層に加え、 「山ガール」 11年の大会には、33万人の応募者があったように、 という若い女性登山愛好者や、 「美ジョガー」と呼ば 東京マラソンは新たなランニングブーム現象を起こ れる若い女性ランナーを購買層に取り込むことがで した。 『ランナーズ』の調べによれば、マラソンを完 きた。さらに、1台数十万円もするロードレーサー 走 し た 人 の 数 は、04年 度 で78,776人、05年 度 で の売れ行きが好調で、特に中高年層のサイクリスト 82,930人、06年度で103,590人と徐々に伸びていたが、 の増加が目立つ。矢野経済研究所(2009)によれば、 東京マラソンが始まって以来人数は急増し、09年度 04年から09年にかけて、サイクルスポーツ用品の国 には219,605人を記録するなど、耐久性(エンデュア 内出荷指数は154%の成長を見せたが、特にロード ランス)スポーツへの関心の高まりが示された。 バイクの国内出荷額が08年対比 133.3% (64億円)を 東京マラソンの成功は、自治体のマラソン大会誘 致ブームを巻き起こし、奈良マラソン、大阪マラソ 示し、30 ∼ 50代の男性が購買層の中心を占めるよ うになった。 ン、神戸マラソン、京都マラソンなど、市民参加型 ただしアウトドアスポーツといってもジャンルは の大都市マラソン大会が次々に開催されるきっかけ 広く、すべての種目が成長している訳ではない。同 をつくったが、同時に、後述する他の耐久系のアウ じ矢野経済研究所(2009)のデータによれば、スポー トドアスポーツの大会にも好影響を与えた。その背 ツ用品の国内出荷傾向によって、勝ち組と負け組が 景には、アウトドアスポーツが、マニアックな愛好 はっきりと分かれている。負け組は、マリンスポーツ、 者だけの活動ではなく、①手軽に楽しく、そして「お 釣り、スノーボード、スキーで、勝ち組が、アスレ しゃれ」に楽しむことができる、日常生活の延長線 チックウェア、フィットネス、サイクルスポーツ、 上の活動になったことと、②個人の健康やライフス スポーツシューズなどである。これらは、イベント タイルを具現する「自己表現装置」になったことの への参加者数に裏付けられている。 ’ 11.2 7 勝ち組のイベントとしては、応募者数が増えてい ●流行:NESは、自転車やスイムスーツ、そしてウ る大都市マラソンをはじめ、トライアスロンやヒル エアやシューズなど、多様なスポーツ用品・用具 クライムレース、そしてトレイルランといった耐久 が必要なギヤ・スポーツもしくは機材スポーツで 性スポーツを挙げることができる。例えば09年に開 ある。それゆえ、ファッション性が高く、最新の かれた「Mt.富士ヒルクライム」には5,481名、 「全日 フレーム素材やパーツの知識も必要とされるなど、 本マウンテンサイクリング in 乗鞍」には3,500名、そ 流行に敏感なスポーツである。 して「パナソニックヒルクライム in 伊吹山ドライブ ●日常生活化:通常、食事、睡眠、トレーニングなど、 ウェイ」には2,000名の参加者があるなど、 「耐久性 日常生活全体が、NESを志向したライフスタイル スポーツ」人気の高さが示されている。 へと変化する。消費者行動では、志向性が極限化 した状態を「ファナティック消費」と呼ぶが、程 ブームの背景:ニューエンデュアランススポーツ 度の差こそあれ、NES参加者のライフスタイルは 耐久性スポーツを意味する「エンデュアランスス ストイックかつアクティブで、スポーツ競技の影 ポーツ」は、一般に長い距離を移動し、長い時間を 響を大きく受けることになる。 かけて行われる競技であり、クロスカントリ−、デュ ●環境志向:NESのフィールドは野外であり、常に アスロン、マラソン、トライアスロン、ウルトラマ 自然環境と対峙する。それゆえ、アスリートの自 ラソンのように有酸素運動をともなうスポーツであ 然環境に対する意識は強い。この傾向が、活動に る。ただし「エンデュアランス」 (endurance)とい 対する専門化(specialization)とともに高まる傾 う言葉には、 「耐える」 「きつい」 「長い」 「苦しい」 向にあることは、過去の研究からも明らかにされ といったネガティブなニュアンスがともなうが、競 ている。さらに、自転車などは人力のみで動くエ 技振興を考えた場合、むしろ「克服」 「成長」 「訪問」 コな乗り物であり、アスリートの環境に対する意 「交流」 「観光」といったポジティブな面を強調すべ 識醸成にひと役買っている。 きであろう。そこで以下では、新しい視点を持つ耐 久性スポーツの総称として、 「ニューエンデュアラン 必要とされるスポーツツーリズムの視点 ススポーツ」 (NES: New Endurance Sports)という 前述のように、NESの大会は、自転車や水泳、そ 考え方を提案したい。筆者が考えるNESには、以下 してマラソンといった長時間・長距離を特徴とする に示すような5つの特徴がある。 種目を含む。そのため大会は、自然が豊かで、観光 ●手軽さ:NESの多くが、個人で参加できるスポー 地として人を引き付ける魅力があり、かつ多くのボ ツであるため、チームスポーツのように仲間を必 ランティアを動員できる地域で行われる。風光明媚 要とせず、手軽に始めることができる。日常のト な観光地での開催は、NES参加者の参加動機のひと レーニングや練習も、テニスやバスケのように仲 つに加えられるだろう。その意味からも、アウトド 間や施設を必要とせず、個人で手軽に実施するこ アスポーツの振興には、人の移動をともなうツーリ とができる。年齢に関係なく、思い立った日から ズム(観光)の視点が不可欠となる。 始めることができる「障壁の低さ」がある。 しかしながらこれまでの日本では、スポーツと観 ●動機の多様性: 「する」 「見る」 「訪れる」 「挑戦する」 光(ツーリズム)は極めて異質な概念として扱われ 「克服する」といった様々な要素を備えたスポー てきた。学校体育や社会体育において、スポーツの ツであり、参加者の動機も多様である。また年齢 重要性は認められていたものの、スポーツイベント に関係なく長期間継続するため、始める動機と続 やスポーツ施設が「観光資源」として扱われること ける動機が異なることもある。 はなかったし、 「スポーツ観光」という考えも育って ’ 11.2 8 いなかった。 もちろん日本においても、スキー、登山、海水浴、 観光資源としてのアウトドアスポーツの可能性 海外からも、国内からもスポーツツーリストを誘 ハイキングなどの<人の移動と宿泊をともなう余暇 客できる可能性が高いのが、コーラルリーフからパ 活動>は昔からあったが、それは国内の愛好家が参 ウダースノーまで、豊かな自然資源を持つ日本のア 加する小さな余暇市場という認識であり、 「スポーツ ウトドアスポーツ環境である。例えば最北端である ツーリズム」というポジションを確立するには至ら 北海道宗谷岬(北緯45度52分)から最南端の波照間 なかった。 島(北緯24度02分)は、アメリカで言えば、西海岸 その一方欧米では、ツーリズムの中で、スポーツ のシアトル(47度30分)からアメリカ最南端のフロ ツーリズムが極めて成長率の高い領域として注目を リダ州キーウェスト(北緯24度33分)と同じ長さで、 浴び、都市や地域のマーケティングに戦略的に活用 他のアジア諸国にはない、冬のスポーツと亜熱帯の されてきた。日本においても、スポーツへの参加や スポーツが同時に楽しめる稀有なスポーツ環境を有 スポーツの観戦、そしてボランティアとしてのス している。 ポーツイベントの支援やスポーツ施設・ミュージア さらに日本の国土の68.3%は森林に覆われており、 ムの訪問等、スポーツにまつわる人の移動を、ツー 山岳スポーツからニューエンデュアランススポーツ リズムという視点から捉えなおしてみると、そこに まで、多様なアウトドアスポーツを楽しむことがで は都市や地域を活性化するスポーツツーリズムとい きる。ちなみに「森林率」とは、国土がどれだけ森 う巨大なマーケットが存在することがわかる。 林に覆われているかを示す指標であるが、日本は 筆者は、観光庁のスポーツツーリズム推進会議の 68.3%であり、スウェーデンの66.9%よりも高く、 中間報告(10年7月)において、 「日本には、プロ野球、 フィンランドの73.9%に続いて世界で2番目である。 J リーグ、ラグビー、プロゴルフ、相撲、柔道など、 この数字だけを見ると、日本の自然環境はスカンジ 世界的にみてもハイレベルで、すでに日本固有の文 ナビア諸国に近いと考えられるが、昨今の「ノル 化となっている『見るスポーツ』と、豊かな自然環 ディックウォーク」 (ポールを持って歩く北欧生まれ 境や美しい四季を活用した、スキー、ゴルフ、登山、 のエクササイズ)の普及ぶりを見ていると、今後、 サイクリング、海水浴など、国民が常日頃から親し ポールを使ったノルディックスキーイング、ノル んでいる『するスポーツ』がある。さらに、それら ディックブレーディング、ノルディックスノーシュー の活動や大会を『支える』団体やスポーツのボラン イング等の「ノルディックスポーツ」がさらに普及 ティアが存在する。総合的に見れば、日本はアジア する可能性も否定できない。 有数のスポーツ先進国であり、世界的に見ても、ス 日本の自然は、ヨーロッパに比べると、急峻な山 ポーツ環境は国際的な競争優位性を持っている」と 岳地帯や深い谷が続く、険しい地形が多いが、一方 述べた。実際スポーツツーリズムの視点からアウト で、その険しさがアウトドアスポーツの利点にも ドアスポーツを捉えなおすと、活用可能な自然資源 なっている。例えば、急流を下るリバーラフティン の豊かさに驚かされる。アウトドアスポーツのマー グやカヤッキングなどは、平地を流れる川では味わ ケティングを考える上で重要なことは、豊かな自然 えないスリルと楽しさを与えてくれる。また等高線 資源を、どのように観光資源化するかである。ただ をまたぎながら頂上を目指す登山もあれば、等高線 しその計画においては、地域固有の観光資源を無視 上を移動する登り降りの少ないトレッキングも人気 し、同じような豪華ホテルやゴルフ場を乱立させた がある。海に目を転じれば、日本には北から南まで かつてのリゾート開発の轍を踏まないよう、地域文 多くの島がある。陸地の面積に比べてどの程度海岸 化に根差した内発的なソフト開発が必要とされる。 線の距離が長いかを示す概念に、 「島嶼部(とうしょ ’ 11.2 9 ぶ)性」という言葉があるが、6,000以上の島がある きない、 「旅なれた旅人の予想を凌駕する商品」 (大 日本は、7,000以上の島からなるフィリピンに次いで 社、2008年)の開発である。今後、リピーター化す 世界で2番目である。これだけでも、マリンスポー るアジアの旅人の眼鏡にかなう着地型の商品開発が ツの宝庫であり、豊かな観光資源を持っていること 求められる。 がわかる。しかし、観光産業領域と同様に、先端的 な観光産業振興の取り組みからは取り残されており、 それが、スポーツ用品産業の低迷とも連動している のが現状である(カー、2010) 。 アウトドアスポーツによる地域活性化 四季を通じたアウトドアスポーツの宝庫である北 海道を訪れる外国人観光客は、増加傾向にある。観 光統計を追ってみると、97年から06年の10年間では、 拡大するスポーツツーリスト市場 12万人から59万人へと約5倍に増加している。その 今後、スポーツツーリズムの有望インバウンド市 中で半数を占めるのが、5.3万人から26.8万人へと 場であるアジアが、このまま順調に経済成長を継続 507%の伸び率を示した台湾からの観光客である。 した場合、中間所得層と高所得層を合わせた人口規 伸び率が最も大きい国はシンガポールで、わずか 模は、08年の9.4 億人から、20年には19.5億人とほぼ 1,400人から1.9万人と1,354%の急増ぶりを示す一方、 倍増すると予測されている(財団法人総合研究開発 ニセコブームを創ったオーストラリア人も3,000人か 機構、2010年) 。ちなみにこの数は、欧米を含む先 ら2.3万人と着実に増加した。ちなみに09年度は、 進諸国合計の人口を凌駕する。 67.5万人とさらに増加している。 その中で中・高所得層が著しく伸びているのがイ 東南アジアの富裕層が北海道に関心を示すのは、 ンドと中国であり、インドネシアやマレーシアがこれ 自国にない良質な雪や冷涼な気候、そして美しい景 に続く。日本のツーリズム業界にとって、これらの富 観を求めるからであり、アウトドアスポーツに対す 裕層と中流層の増加は、そのまま観光需要の増大を る関心も低くはない。オーストラリア人が四季を通 意味する。さらに10年7月から始まった、中間所得 じた観光素材を発見し、様々なアウトドアスポーツ 層の中国人を対象とした個人向けの査証(ビザ)の の着地型商品を造成したニセコをはじめ、道内各地 発給緩和が、観光動機をさらに刺激すると思われる。 の誘客努力により、外国人観光客の数は着実に伸び 日本を始めて訪問するアジア人の観光旅行は、か ている。スキー目当てのオーストラリア人は、世界 つての日本人がそうであったように、多くの名所旧 同時不況の影響で09年は減少したものの、09年11月 跡を駆け足で巡る団体周遊型の旅行が主たるもので から10年4月には、対前年比33%増の3.9万人に増加 ある。アジア人観光客の多くは、ショッピング、温泉、 している。 日本食が目的であり、文化的に類似する伝統文化・ 歴史的施設には、欧米人ほど興味関心を示さないの まとめ が現状である。今後、通り一辺倒な周遊観光を体験 現在の日本では、高齢化にともなう健康維持やメ したリピーターが、交流や体験に重きを置いた、エ タボ対策により、 「するスポーツ」に対する関心が高 コツーリズム、医療ツーリズム、そしてスポーツ まりつつある。 「スポーツライフ・データ2008」 (SSF、 ツーリズムのようなテーマ性のある「スペシャル・ 2008)によれば、08年に何らかの運動・スポーツを インタレスト・ツーリズム」に移行することが期待 行った人は国民の7割を超える一方、まったくス される。今後のマーケティングにおいて重要なこと ポーツを行わなかった人は28%にとどまった。さら は、日本の豊かな自然資源とホスピタリティを最大 にスポーツを行った人のなかでも、週2回以上、定 限に活用した、アジアの人々が住む地域では体験で 期的に実施する参加者は3分の2を占め、この数字 ’ 11.2 10 は年々上昇する傾向にある。 ただしスポーツ参加種目は、時代や流行を反映し、 ビジネス・マネジメント研究室、2010) 。この調査の 結果から浮かんでくるのは、トレーニングによって 少しずつ変化の兆しを見せている。かつて人気の 年齢と体力の限界を克服し、できるだけ長く、仲間 あったスキーやテニスのようなスポーツから、健康 とレースを楽しもうと考えているアクティブで健康 の維持・増進を目的としたフィットネススポーツへ 的な中高年トライアスリーターの姿である。 と世の中の関心はシフトしている。実際、週2回以 かつて、 「ヘビーデューティー」なスポーツであっ 上スポーツに参加する「スポーツ愛好者」の実施種 たアウトドアスポーツは、ランニングブームの後押 目別ランキングでは、散歩・ウォーキング・サイク しや携帯性とファッション性の優れたスポーツ用品 リング・ランニング・水泳のような、日常生活圏内 の開発によって、手軽に参加できる日常的なスポー で手軽に、そして1人でもできるフィットネスス ツへと大衆化された。また誰でもエントリーすれば ポーツが上位を占めている(SSF、2008) 。 参加できる参加障壁の低い大会も増え、マラソンや これらのスポーツに共通するのは、場所・時間・ トライアスロン、そしてヒルクライムなどのエンデュ 仲間に制約を受けるチームスポーツと異なり、場所 アランススポーツ系の大会は人気を集め、そこで生 を選ばず、いつでも自由に参加できる手軽さに裏付 まれるにぎわいが地域の活性化にも役立っている。 けられた「垣根の低さ」である。さらに、専門化 冒頭でも述べたように、国際的な大規模イベント (specialization)することによって、新しいスポーツ から地域密着型のプロスポーツ、そして参加型のア にトランスファー(移行)する可能性や、スポーツ ウトドアスポーツイベントまで、地域の活性化に資 への再社会化が行われる可能性を持っている。学校 するスポーツイベントは数多くある。重要なことは、 の運動部で水泳をやっていた人が、社会人になって 地域の文化と自然資源を活かした地域主導の商品開 スポーツから離れていたが、友人の影響を受けて自 発であり、その動きを主導することのできる人と組 転車に興味を持ち(再社会化) 、やがて高額自転車 織の存在である。その意味からも、 「スポーツコミッ であるロードレーサーを購入し(専門化) 、体力がつ ション」(注2)と呼ばれる、スポーツイベントの誘致や くとともに、トライアスロンにトランスファーする スポーツツーリズムの振興を専門的に行う非営利組 ケースなどが多い。 織などの設立も、今後、視野に入れる必要がある。 実際、健康や体力の低下が見られる20代後半から、 スポーツへの社会化やトランスファーが起きるケー スが増えており、筆者の研究室が行ったトライアス ロン競技者の調査でも、競技開始年齢の平均は29歳 と、他のチームスポーツなどに比べるとはるかに遅 い時期であるが、 「脱年齢」 (年齢に関係なく実施す る) 、 「継続性」 (これからも続ける) 、 「無限界」 (体 力が続く限り継続する) 、 「社会行動」 (全体の7割 が誰かと一緒に大会に参加し、平均人数は3.9人)と いった特徴が明らかになった(早稲田大学スポーツ 引用文献 ・ 原田宗彦『スポーツイベントの経済学』平凡社新書、2002年 ・ 原田宗彦・木村和彦「スポーツ・ヘルスツーリズム」スポーツビジ ネス叢書、大修館書店、2009年 ・ アレックス・カー「巻頭インタビュー:日本の観光産業は時代遅れ」 選択、第36巻第10号、2010年 ・ 矢野経済研究所「2007年度版スポーツ産業白書」プレスリリース、 2007年3月1日 ・ 大社充「体験型交流ツーリズムの手法」学芸出版社、2008年 ・ SSF「スポーツライフ・データ2008」、笹川スポーツ財団、2008年 ・ 早稲田大学スポーツビジネス・マネジメント研究室編「トライアス ロン調査報告書」、日本トライアスロン協会、2010年 ・ 財団法人総合研究開発機構「アジアの『内需』を牽引する所得層― 景気が失速しても、中間所得層の拡大は大きい―」NIRAモノグラ フシリーズNo.31、2010年 注2: スポーツコミッションとは、都市にスポーツイベントを誘致する専門の機関であり、米国には500以上の自治体に設置されている(原田・木村、 2009)。2009年7月に開かれた日本スポーツマネジメント学会関西セミナーにおいて、筆者は、日本におけるスポーツコミッションの具体的 役割として、①行政が行うスポーツ振興事業の支援 、②国内外スポーツイベントの誘致・開催支援、③スポーツ合宿の誘致・振興、④スポー ツに関する情報・サービス提供(施設案内、アクセス、食事)、⑤地元プロスポ−ツとの連携(チケット販売、プロモーション、合同イベント) の5つを提示した。現在は、さいたま市が2011年秋の「さいたまスポーツコミッション」の設置を目指して基本計画を策定している。 ’ 11.2 11
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