「自由恋愛はいつ頃から始まったのか? ‐ジェンダー論的視点から」

「自由恋愛はいつ頃から始まったのか?
‐ジェンダー論的視点から」
健康開発学科
教授
五條しおり
学生がよく「私、彼氏いない歴○○年なので、このままでは結婚できないと思う」などと言っている
のを耳にします。女性が経済的にも自立できるようになった時代とはいえ、女性にとって結婚は到達す
べきゴールの一つであるようです。
ところで、西洋社会において、
「愛」する人ができて、
「結婚」して、性的な交わりがあって(「生殖・
出産」して)、「幸せな家族を作る」というステレオタイプが出来上がるのは近代に入ってからです。そ
れは性別役割分担や「女らしさ・男さしさ」の理念的な原型が確立された時代と重なっています。
「愛⇒
結婚⇒セックス(生殖・出産)
」は三位一体と言われてきました(出来ちゃった婚が増えつつある現在で
は、
「愛⇒セックス⇒結婚」と言ったほうがいいかもしれません)
。
これらの観念が日本に輸入されたのは 19 世紀、明治時代に入ってからで、それ以前の日本には「愛」
や「自由恋愛を土台に形成された家族」という観念はなかったと言われています。それまでの結婚は家ど
うしで決められたものや見合いによるもの、祭などのときに関係ができた「野合」によるものがほとん
どでした。北村透谷は明治期の自由恋愛結婚の先駆者の一人ですが、結局失敗しています。日本で見合
い結婚と恋愛結婚の割合が半々になるのが 1960 年代ですから、
「ロマンチック・ラブ」イデオロギーが
庶民の生活に浸透してからまだ半世紀くらいしか経っていないのです。
1970 年代以降、フェミニズム運動などの影響で「ジェンダー」
(社会的に形成された女らしさ・男さし
さ)は変わりつつありますが、現代社会におけるジェンダーを考える前に、ジェンダー論における基本
的な知識(ここでは歴史的背景)を確認しておきましょう。
(1)「自給自足的な生産様式」から「資本主義的な生産様式」へ
性別役割分担に大きく影響したのが生産様式の変化です。16∼17 世紀頃から、西欧社会では「手工
業」から「問屋制家内工業」
(16∼18 世紀までが最盛期)へ、さらに「工場制度」へと、社会経済面で
大きな変化が起こりました。
(2) 性別役割の二元論的図式の確立
働いて富(資本)を蓄えた人たちや大土地所有者は機械を購入し経営者となり、労働者を雇って大
量の生産物を作るようになりました。大量生産時代の幕開けです。
「おじいさんは山に芝刈りに、おば
あさんは川に洗濯に行きました」というように女性も家の外で労働に従事した頃とは状況が違うので
す。洗濯も水汲みも今とは違って重労働でした。18∼19 世紀にかけて、男性は「公的領域」で「生産労
働」に従事し、女性は「私的領域」で「再生産労働」に従事すべきという見方が中産階級の間に登場
します(労働者階級の女性は、針子、メイドなどをしながら働いていましたが)
。ここでいう「再生産
労働」とは、「生命の再生産」のための労働(子どもを生み育てること)と、「男の労働力の再生産」
のための労働(夫に扶養してもらうかわりに賃労働に疲れた夫たちを世話し、セクシュアリティを夫
のみに提供すること)を意味します。
(3) 男女の役割についての二元論的見方の成立
そして、いよいよ男女の役割についてのステレオタイプが明確化していきます。それは以下のよう
に要約できると思います。
男性=文化=精神=理性=客観性=公的生活=生産者=自然の支配者
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女性=自然=身体=感情=主観性=私的生活=生殖者=被支配者
(4) 女性像の二項対立の確立
17 世紀以降、女性像も二項対立で語られるようになります。西洋近代の文学作品にはそれが顕著に
表れています。
①「肯定的イメージ」
:
「母なる大地」
(大地を育み、傷ついた心を慰めてくれる)と「聖母マリア」
(純
潔・従順・受身・貞淑・篤い信仰心・自己犠牲的精神)に象徴されます。これは「家庭の天使」と
か
lady 淑女 という言葉が表わすものを指しています。
②「否定的イメージ」:
「荒れ狂う自然」(秩序を破壊する自然)や「アダムの誘惑者イヴ」に象徴さ
れます。「堕ちた女」、「口喧しい女」、「女策士・小悪魔」(女の武器である性的魅力を使って金と権
力を獲得する女性)
、
「能動性・積極性をもつ女」
、
「新しい女」
(学問や女性の権利など公的生活に関
心のある女)たちが含まれ、まとめて「性悪女・ふしだらな女」という呼称が与えられました。砂
漠の荒野から生まれたユダヤ・キリスト教の伝統では、特に顕著に見られる女性像です。
「読書は少
女を堕落させる」などと言われた時代があったのです。
清純な乙女と結婚し、生涯一人の女性を愛し続けるというロマンチックラブ・イデオロギーは、西洋
の新興中産階級の人たちが自分たちを労働者階級と区別するために、貴族階級にあった理想型(宮廷恋
愛物語に顕著な騎士道精神)を模倣しようとしたと言ってもいいかもしれません。日本では明治期にま
ず知識階級(キリスト教徒が多かった)に導入され、徐々に一般市民にも浸透していきました。そのピ
ークは 1970 年代頃でした。しかし、前述しましたように、これらの二元論的価値観は、本来、資本主義
的生産様式が求めたものだったため、産業構造が第三次産業を中心とするものに変化していくにつれ、
様々な市民運動の影響もあいまって、再び解体されてきたのです。男として・女としてのあるべき姿の
基準がなくなってしまった今、私たちは確かに「自由」にはなりましたが、自分自身でそれを見つけて
いかなければならない「責任」の重荷を担うようになったのです。
【参考文献】
① ジューン・パーヴィス『ヴィクトリア時代の女性と教育』ミネルヴァ書房、1999 年
② メリン・ウィリアムズ『女性たちのイギリス小説
1800-1900』南雲堂、2005 年
③ 岩田託子・川端有子『英国レディになる方法』河出書房新社、2004 年
④ 大島良行『風と共に去りぬの女たち』専修大学出版局、1996 年
⑤ 度会好一『ヴィクトリア朝の性と結婚 性をめぐる 26 の神話』中公新書、1997 年
⑥ カール・N・デグラー他『愛と性と家族の歴史 アメリカの女たち』教育社、1986 年
⑦ 川本静子・松村昌家『ヴィクトリア女王 ジェンダー・王権・表象』ミネルヴァ書房、2006 年
他多数。
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