学部共通科目 「科学と人間」 第3セッション 医療と社会 「優生思想と生命倫理」 担当:山口裕之 今日の話の目次 1.先週の復習 2.「新優生学」の台頭 3.そもそも「優生学」とは 4.20世紀前半、優生学は「正しい思想」だった 5.日本の「優生保護法」 6.ナチス「優生法」から「新優生学」へ 1.前回の復習 前回の渡部先生のお話 生殖技術と 生殖技術と生命倫理 1.生殖細胞の 生殖細胞の形成・ 形成・受精・ 受精・発生 2.生殖技術 3.出産前診断 4.産みの親 みの親と遺伝学的な 遺伝学的な親 5.ES細胞 細胞・ 細胞・クローン *生殖補助医療、出生前診断から「遺伝 子改造」へ。 なぜ、 なぜ、出生前診断を 出生前診断を行うか? うか? 病気の 病気の有無の 有無の検査( 検査(超音波診断、 超音波診断、羊水診断) 羊水診断) 胎児に 胎児に病気や 病気や異常がないかを 異常がないかを調 がないかを調べる。 べる。 異常のあったときは 異常のあったときは? のあったときは? 遺伝子に 遺伝子に異常のない 異常のない胚 のない胚の選別( 選別(着床前診断) 着床前診断) 複数個の 複数個の胚をチェックし チェックし、異常がないと 異常がないと判断 がないと判断され 判断され たものを子宮 たものを子宮へ 子宮へ戻す。 どんな異常 どんな異常? 異常?遺伝病? 遺伝病?先天異常? 先天異常?五体満足じゃ 五体満足じゃ ないとダメ ないとダメ? ダメ? あるいは身長 あるいは身長、 知能、容姿、 容姿、運動能力? 運動能力? 身長、知能、 例えば、、、 えば、、、 あなた方夫妻は体外受精を行い、10個の受精卵 (胚盤胞)を得ました。それらに対し、あなたたちは いくつかの遺伝病の原因遺伝子の検査をしました。 次に、精神疾患や生活習慣病の遺伝子のタイプを 検査しました。さらに、髪の毛の色、身長、知能、容 姿を決める遺伝子の検査も行いました。その結果、 あなたたちにとって最も好ましいものと思える受精 卵を母体に戻すことにしました。。。 という話 ではなくなってきているのです。 という話は、SFではなくなってきているのです ではなくなってきているのです。 人間の遺伝子改変について どう思いますか? 1. 2. 3. 遺伝病の治療のみならず、 能力の強化について もやってもよい。 遺伝病の「治療」のため であればやってもよい 11% 28% が、能力の強化はやって はならない。 いずれの場合でも人間の 遺伝子改変は行っては ならない。 61% 1 2 3 ②を選んだ人へ:「遺伝病の範囲」は、 必ずしも明確ではない。 • ハンチントン病、のう胞繊維症、鎌型赤血球 貧血症など、原因遺伝子も分かっていて、そ の遺伝子があればほぼ必ずなる、という病気 もあるが、比較的まれである。 • アルツハイマー病、糖尿病、ガンなどは遺伝 と関係があることは分かっているが、環境要 因の影響も大きい。 • 「肥満」も遺伝と環境の影響があるが、そもそ も「病気」なのか? →「肥満にならない改造」は「治療」なのか「能力強 化」なのか? 2.「新優生学」の台頭 子供の遺伝子改造について、 • アメリカでは、「個人の自由でやるんだ から、干渉すべきでない」という考え方 が、強まってきています。 →遺伝子改造は、「よくないこと」だろうか? それはなぜ? • 「個人の責任とリスクにおいて漸進 的な遺伝子改良を行うようになると いう全体的な趨勢を、決定的なやり 方で食い止めるだけの論理がな いのだ」(金森修『遺伝子改造』勁草書房, 2005, pp.29-30)。 「やめさせる論理」 • 現代自由主義社会の基本的なスタンスは、 「他人に危害を加えないことはやってもよい」。 • 生命倫理学の「倫理原則」 – 自律性尊重 – 無危害 – 恩恵(Beneficence) – 正義(配分の公正さ) ビーチャム&チルドレス『生命医学倫理』成文堂, 1997, 原著第3版, 1989. 遺伝子改造は、 自分で決めている。 =自律性尊重OK 誰にも危害を加えない。 =無危害OK 改造された子供は利益を得る。 =恩恵OK お金がかかるので、誰でもできるわけではな い。 →正義(配分の公正)原理には抵触するかも。 ・・・それなら、保険などを使えるように すればよいだけでは。 • そもそも、子供に習い事や塾に行かせるのと、 同じことではないのか? • • • • 「新優生学」 • 個人の自由と自己責任において、子供の遺 伝子を改良することを容認する立場。 *もちろん、「容認」と「推進」は違う。 • その結果、ある社会(ヒトの個体群)において 特定の遺伝子が淘汰される(ヒトの遺伝的多 様性が失われる)結果になってもかまわない、 と考える。 *もちろん、「そうなってもかまわない」と 「そうなるべきだ」は違う。 新優生学の思想について、 1. 賛成である。子供 の遺伝子改変は、個 人の自由である。 29% 2. 反対である。子供 の遺伝子改変を行っ てはならない。 71% 1 2 3.そもそも「優生学」とは • Eugenics←Eugene(ギリシア語「よい血 統」) • フランシス・ゴルトン(1822-1911)の造語 (1882)。 • ダーウィン(1809-1882)の自然選択理論 をもとに、人類の遺伝的改良を目的と する「科学」。 *ちなみにダーウィンとゴルトンは、いとこ同士。 自然淘汰説 • ダーウィンは、家畜の品種改良(人為淘汰)からの 類推で、自然淘汰理論を考え付いた。 • 優生学は、ダーウィン説の影響を受けて、人類の 人為淘汰を構想した。 家畜の品種改良 →ダーウィン理論 →人類の品種改良 =人類は家畜!? ちなみに、「自己家畜化論」 野生動物を家畜化するとは、 • • • • 一定の範囲に閉じ込める。 餌を供給し、自然環境の変異から守る。 繁殖を管理する。 生殖補助医療・少子化対策・・・ 品種改良する。 優生学! 家畜になると、 • 穏やかで服従しやすい気性。 • 脳が萎縮する。 • 生存のために人間の手助けが必要。 →現代人は、「家畜化」しているので はないか。 小原秀雄『ペット化する現代人』NHKブックス 自分は、 1. 家畜じゃない! 2. どちらかというと家 畜じゃないと思う。 3. どちらともいえない。 4. どちらかというと家 畜だと思う。 5. 家畜だと思う。 19% 31% 20% 16% 15% 1 2 3 4 5 4.20世紀前半、「優生学」は 「正しい思想」であった 各国で「優生法」が制定される。 • 1907、インディアナ州で世界初の優生法(断 種法) • 1909、カリフォルニア優生法 →1933、ナチス優生法 →1940、日本で「国民優生法」 →1948、「優生保護法」 ・・・先天性の障害者は本人の同意なしに不妊 手術をしてもよい、と規定。 「優生思想」を定めた日本の優生保護 法が、廃止されたのはいつか? 1. 2. 3. 4. 5. 終戦直後。 1968年。 1987年。 1996年。 今でもある。 6% 15% 33% 16% 29% 1 2 3 4 5 答え:1996年。 「科学研究」としての優生学 • 1907:「優生教育協会」(会長ゴルトン) • 1910:アメリカ・コールドスプリングハーバー 研究所優生学記録局 • 1911:ロンドン大学優生学研究所(所長ピア ソン) • 1927:カイザー・ヴィルヘルム人類学・人類遺 伝学・優生学研究所 →集団遺伝学、統計学の開発と発展 1912:第一回 国際優生学会議 • 会長:レオナルド・ダーウィン:チャールズの息子 • 副会長:チャーチル(当時イギリス内務大臣、の ちの首相) • アメリカ代表:グラハム・ベル(電話の発明者) • 議題: – 人種の改善や衰退についての研究成果の発表。 – 優生法(断種法)の立法の検討。 – 世界の優生学者の協力体制の構築。 なぜ優生学は「正しい」思想だ と考えられたか? 遺伝病、遺伝的精神病が減れば、 • 社会保障費が減少する。 • 各種産業の生産性があがる。 • 軍隊も優秀になる。 =社会・国家全体の観点から見ると、大きな利 益が得られる。 ・・・実は、今でもこういう考え方の人は多いのでは? 優生思想は、 1. 正しい思想だと思う。 2. どちらかというと正 しい思想だと思う。 3. どちらともいえない。 4. どちらかというと間 違った思想だと思う。 5. 間違った思想だと 思う。 6% 12% 25% 31% 25% 1 2 3 4 5 5.日本における「優生保護法」 「優生保護法」という法律を、 1. 2. 3. 4. よく知っている。 大体知っている。 聞いたことはある。 今日初めて聞いた。 3% 8% 55% 35% 1 2 3 4 「優生保護法」ってどんな法律? 第一条 (この法律の目的) • この法律は、優生上の見地から不良な子 孫の出生を防止するとともに、母性の生 命健康を保護することを目的とする。 第三条 (医師の認定による優生手術) 1 .医師は、左の各号の一に該当する者に 対して、本人の同意並びに配偶者(届出をし ないが事実上婚姻関係と同様な事情にある 者を含む。以下同じ。)があるときはその同意 を得て、優生手術を行うことができる。(不 妊手術=断種手術のこと。) 但し、未成年者、精神病者又は精神薄弱者 については、この限りでない。 (・・・つまり、本 人の同意なしでやってもいいということ) 一 .本人若しくは配偶者が遺伝性精 神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺 伝性奇形を有し、又は配偶者が精 神病若しくは精神薄弱を有している もの 二 .本人又は配偶者の四親等以内の血族関係 にある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄 弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は 遺伝性畸形を有しているもの 三 . 本人又は配偶者が、癩疾患に罹り、且つ 子孫にこれが伝染する虞れのあるもの →「らい予防法」(1907~1996)についても参照。 四 .妊娠又は分娩が、母体の生命に危険を及 ぼす虞れのあるもの 五 .現に数人の子を有し、且つ、分娩ごとに、母 体の健康度を著しく低下する虞れのあるもの ちなみにこれは、 • 1996年までの日本における「人工妊娠中絶」の要 件とほぼ同じ。 • 同じ優生保護法が中絶も規定していた。た だし・・・、 → 1996「母体保護法」に改正され、現在 は以下の二つの要件だけ残っている。 – 四 .妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由に より母体の健康を著しく害するおそれのあるもの – 五 .暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶 することができない間に姦淫されて妊娠したもの ☆胎児の「異常」を理由に中絶はできない。 第四条 (審査を要件とする 優生手術の申請) 医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患 に罹つていることを確認した場合において、 その者に対し、その疾患の遺伝を防止するた め優生手術を行うことが公益上必要 であると認めるときは、都道府県優生保護審 査会に優生手術を行うことの適否に関する審 査を申請しなければならない。 →1949~94年に、約16,000人が強制不妊手 術の対象となったといわれる。 別表 一 遺伝性精神病:精神分裂病・そううつ病・て んかん 二 遺伝性精神薄弱 三 顕著な遺伝性精神病質:顕著な性慾異常・ 顕著な犯罪傾向 四 顕著な遺伝性身体疾患:ハンチントン氏舞 踏病・遺伝性脊髄性運動失調症(…以下略) 五 強度な遺伝性奇形:裂手、裂足・先天性骨 欠損症 「優生保護法」がどんなものか、 1. 分かった。 2. 大体分かった。 3. あまり分からなかっ た。 4. 分からなかった。 12% 4% 21% 63% 1 2 3 4 6.ナチス「優生法」から 「新優生学」へ やはり、ナチスの「優生法」が有名です。 • 抑制的優生学(Negative Eugenics)と促進的 優生学(Positive Eugenics)。 – 日本の優生保護法は、「抑制的」。 • ナチスは「ドイツ民族の改良」のために抑制的 優生学に加えて、促進的な優生学を実践した。 – 抑制的優生学:ユダヤ人・精神病患者・同性愛者 の虐殺。 – 促進的優生学:ナチス親衛隊「レーベンス・ボルン (命の泉協会)」の活動など。 ナチスは「ドイツ民族の改善」の ためにいろいろ「頑張った」。 • ガンの研究とガン集団検診。 • タバコと肺ガンの関係を発見、禁煙運動。 • 自然食品の推奨。 • 優生学やユダヤ人虐殺も、同じ「民族改善」思想の 延長線上に。 • 優生学は、「民族衛生学Racial Hygiene」など とも呼ばれた。 プロクター『健康帝国ナチス』草思社 第二次大戦後、 • ナチスの虐殺が表沙汰になり、「優生学」の 権威は失墜。 • とはいえ、「遺伝病の排除」など、優生学の 「核心」は重視されていた:「修正優生学」 • 1960年代~70年代にかけて、リベラリズム・ 反権威運動の盛り上がりの中で、「優生学」 は「悪の学問」「エセ科学」とされていく。 60年代、70年代の運動 • • • • • • • • • 公民権運動 フェミニズム運動 障害者運動 反公害・自然保護運動 文化大革命 フランス五月革命 安保闘争 学生運動(全共闘) ベトナム反戦運動 etc. とはいえ、その後も、 • 1975:E.O.ウィルソン『社会生物学』 • 1994:ハーンシュタイン&マーレイ『ベルカー ブ』 • 彼らの主張は「優生学だ!」というレッテルを 貼られ、論争を呼んだ。 • つまり、1970年代以降、「優生学」は、「ナチ ス」と同じような、ののしり言葉になった。 しかし近年、 • 「新優生学」の思想が台頭。 • かつての「優生学」は社会中心・国家中心で、 強権的(強制的な優生手術、さらにはユダヤ 人虐殺など)であった。 – 遺伝学的基盤も脆弱だった。 • 現代の「新優生学」は、個人中心。 – 分子生物学の技術を背景に。 まとめ:「優生学」の流れ • 戦前:「優生学」の誕生と流布。 – 社会や国家全体の利益のために個人の遺伝的 素質を改善する。 • 戦後:強権的側面の否定。「修正優生学」 – 社会・国家中心的発想からの遺伝的改善という 思想は残る。 • 1970年ごろ:優生学は「悪の思想」に。 • 1990年代以降:「新優生学」の台頭。 – 個人主義的。分子生物学を背景に。 「優生学」の歴史的展開が、 1. 分かった。 2. 大体分かった。 3. あまり分からなかっ た。 4. 分からなかった。 9% 3% 25% 63% 1 2 3 4 今日の授業は、 1. ためになった。 2. どちらかというとた めになった。 3. ふつう。 4. どちらかというと意 味がなかった。 5. 意味がなかった。 4% 6% 29% 26% 34% 1 2 3 4 5 自分は今日の授業に、 1. 集中して取り組んだ。 2. どちらかというと集中 していた。 3. ふつう。 4. どちらかというと不真 面目な態度(居眠り、 内職、放心)だった。 5. 不真面目な態度だっ た。 4% 25% 37% 17% 17% 1 2 3 4 5 <来週の「総括」へ向けて> 遺伝子改造は、 • なぜ「よくない」のだろうか? • 「社会の利益」中心の優生学の考え方は、どこが間 違っていたのだろうか? • 強制によらないで、社会全体の利益にもなるのなら、 よいことではないのか? • しかし、なぜ自分自身でなく、自分の 子供を改造したいのだろう??? • このへんのことは、『科学技術と倫理』(ナカニシヤ) 所収の原稿に書いておいたので、読んでください。 自分は、 1. 子供を遺伝子改造し たい。 2. 自分はしたくないが、 人がやろうとするのを 止めるべきではない。 3. 自分も含めて誰しも子 供の改造はすべきで ない。 9% 30% 61% 1 2 3 今日の分の「メールでコメント」は、 1)今の質問に対して、「子供を改造したい」「し たくない」「社会的に禁止すべきだ」と答えた 理由を書く。 2)先週の、「骨髄移植のドナーになるためにD ちゃんを生んだ」話について、考えたことを書 く。 いずれにせよ、反対意見を考慮して、自分の意 見を根拠を示しながら書いてください。 *メールを見て、指名する学生を決めます。
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