橡 金融サービス業に関する規制 - 損保ジャパン日本興亜総合研究所

金融サービス業に関する規制・監督の
ハーモナイゼーションの過程における保険事業
目
次
Ⅰ.本稿の狙いと構成
Ⅳ.ハーモナイゼーションにおける 3 つの局面
Ⅱ.国際的協調や国際基準の策定を求める動き
Ⅴ.保険規制・監督における市場規律強化の動き
Ⅲ.規制システムのシステム間競争
Ⅵ.おわりに
研究業務部長 小林篤
研究員 牛窪賢一
要
研究員 岡崎康雄
研究員 金古俊秀
約
Ⅰ.本稿の狙いと構成
保険規制・監督について、現在どのような変化が生じており、今後どのような方向に進もうとしている
のかという関心から、国際的に進展している金融サービス業に関する潮流の中で生じている大きな変化を
視界に入れ、保険規制・監督の動向に関する検討を試みた。金融サービス規制・監督の国際的な流れを、
本稿では「ハーモナイゼーション(harmonization)」の過程として捉える。金融サービス規制・監督の
ハーモナイゼーションは、国際的協調や国際基準の策定を求める動き、規制システムのシステム間競争に
よって促進されている。
Ⅱ.国際的協調や国際基準の策定を求める動き
本章では、金融サービス規制・監督に関する国際的協調や国際基準の策定を求める動きについて、BIS
(国際決済銀行)、IOSCO(証券監督者国際機構)、IAIS(保険監督者国際機構)の概要・活動およびこ
れら国際機関による業態を越えた協調活動を中心に整理する。
Ⅲ.規制システムのシステム間競争
本章では、規制システムのシステム間競争の事例として、金融サービス規制・監督のうち、主に企業分
野を取り上げ、①シンガポールによる市場地位の強化、②企業保険分野におけるバミューダと米国の規制
システム間競争、の 2 つの事例を紹介する。
Ⅳ.ハーモナイゼーションにおける 3 つの局面
本章では、金融サービス規制・監督のハーモナイゼーションにおける 3 つの局面、すなわち、①多国
間のハーモナイゼーション、②業態間のハーモナイゼーション、③市場規律の強化に重点を置く規制・監
督への変化(ハーモナイゼーションにおけるプラットフォーム的理念)、について整理する。
Ⅴ.保険規制・監督における市場規律強化の動き
本章では、保険規制・監督の当局者が、金融サービス規制・監督のハーモナイゼーションにおけるプ
ラットフォーム的理念となっている市場規律の強化をどのように図ろうとしているのか、英国、シンガ
ポールの事例、および、わが国で 2001 年 6 月に公表された保険検査マニュアルの事例について概観する。
Ⅵ.おわりに
本稿で概観したハーモナイゼーションの展開から、次のことが観察された。すなわち、①保険規制・監
督に、金融サービス規制・監督と同じハーモナイゼーションにおけるプラットフォーム的理念が形成され
つつある流れがはっきり出てきていること、②市場の変化に応じて金融サービス規制・監督が進化してい
ること、③それぞれの当事者が国際的にも国内市場でも相互に作用しあい、学習していること、である。
1
Ⅰ.本稿の狙いと構成
えることにした。harmonize は、「2 つ以上のシ
ステムやルールの体系等を、それらが互いに、よ
1.本稿の狙い
保険事業に関する規制・監督(以下、「保険規
り良く機能するように、より類似したものに近づ
制・監督」という)について、現在どのような変
ナイゼーション」は、「統一化」や「均一化」等
化が生じており、今後どのような方向に進もうと
と異なり、一律に同じになっていく動きを指すわ
しているのかという関心から、本稿では、国際的
けではない。金融サービス規制・監督の国際的な
に進展している金融サービス業に関する潮流の中
流れでは、各国の規制システム間の相互作用に
で生じている大きな変化を視界に入れて、保険規
よって、ある部分はプラットフォームとして共通
制・監督の動向に関する検討を試みた。
化されつつあるものの、各国の事情等により異な
ける」 1の意味で用いられることがある。「ハーモ
る部分も残る動きとなっている。また、変化の内
(1)グローバル化と金融業態の融合化
容・スピードも各々の国・市場によって必ずしも
経済活動や金融・保険取引がグローバル化し
一様ではない。このように複雑な動きを伴いなが
た今日においては、国内の保険規制・監督につい
ら、ある方向にまとまっていく動きを、本稿では
て考える上でも、国際的な保険規制・監督に関す
「ハーモナイゼーション」と呼ぶ。
る動向との調和という視点が考慮されている。ま
(4)国際的協調や国際基準の策定を求める動き
た、金融サービス業における銀行、証券、保険と
いった業態の垣根が低下し、各業態の融合化
近年、金融サービス規制・監督に関し、金融の
(convergence)が国際的に進行している状況下
グローバル化等を背景に国際的協調や国際基準の
で、保険も金融サービスの一つと捉える傾向が強
策定を求める動きが活発化している。こういった
まってきた。このため、保険規制・監督について
活動が、金融サービス規制・監督のハーモナイ
考える場合でも、銀行や証券に関する規制・監督、
ゼーションを促進している面がある。
あるいはこれらすべての業態を含む金融サービス
(5)規制システムのシステム間競争
業全般に関する規制・監督の変化の方向性や検討
状況等を視野に入れる必要が出てきた。
規制・監督のハーモナイゼーションが進行し
ている状況下においては、国内市場向けの規制・
(2)金融サービス業に関する規制・監督
監督であっても、国外の規制・監督と比較した上
本稿では、このような観点から、保険だけで
での、国際的調和、国際的競争力はどうかといっ
なく、銀行、証券を含む金融サービス業に関する
た視点が欠かせなくなっている。実際にその視点
規制・監督(以下、「金融サービス規制・監督」
から規制システムを構築しようとする動きも出て
という)の国際的な動きについて考察する。ただ
いる。このシステム間競争 2によって各国のシス
し、金融サービス規制・監督については様々な議
テム間の相互作用が進み、金融サービス規制・監
論があるが、本稿ではこれに関連するすべての問
督のハーモナイゼーションを進めている面も考え
題を対象とするわけではない。保険規制・監督に
られる。
ついて国際的に生じている大きな流れを捉えるに
以上を簡単に模式化すると《図表 1》のとおり
当たり、特に重要と考えられる問題だけに絞って、
企業分野を中心に検討する。個人分野において特
となる。
に重要な販売規制等の問題は今回は取り上げない。
(3)金融サービス規制・監督のハーモナイゼー
ション
金融サービス規制・監督に関する国際的な流
れは様々に解釈できるが、本稿では「ハーモナイ
ゼーション(harmonization)」の過程として捉
2
《図表 1》金融サービス規制・監督のハーモナイゼーション
国際的協調や国際基準
の策定を求める動き
グローバル化
(globalization)
金融サービス規制・監督のハーモ
ナイゼーション(harmonization)
金融業態の融合化
(convergence)
規制システムのシステ
ム間競争
(出典)安田総合研究所作成。
観する。
2.本稿の構成
本稿の構成については、まず第Ⅱ章で、金融
Ⅱ.国際的協調や国際基準の策定を求める動き
サービス規制・監督のハーモナイゼーションを促
す重要な要因の一つとなっている国際的協調や国
本章では、金融サービス規制・監督における
際基準の策定を求める動きについて概観する。
第Ⅲ章では、金融サービス規制・監督のハーモ
ハーモナイゼーションを促進する重要な要因の一
ナイゼーションを促すもう一つの重要な要因と
める動きについて概観する。1.国際的協調や国
なっている規制システムのシステム間競争の事例
際基準の策定を求める動きの背景―金融のグロー
として、金融サービス規制・監督のうち、主に企
バル化、2.潮流、3.金融サービス規制・監督
業分野を取り上げる。①シンガポールによる市場
当局の国際機関が国際的協調を進める動き、4.
地位の強化、②企業保険分野におけるバミューダ
国際会計基準を策定しようとする動き、の順に整
と米国の規制システム間競争、の 2 つの事例を
理する。なお、会計基準は、規制・監督当局によ
紹介する。
る規制とは別ではあるが、それを支えるものであ
つとなっている国際的協調や国際基準の策定を求
第Ⅳ章では、ハーモナイゼーションにおける 3
り、金融システムの健全化を確保するための重要
つの局面、すなわち、①多国間のハーモナイゼー
な要素の一つであることから、ここで取り上げる
ション、②業態間のハーモナイゼーション、③市
こととした(会計基準の持つ役割については第Ⅳ
場規律の強化に重点を置く規制・監督への変化
章3.参照)。
(ハーモナイゼーションにおけるプラットフォー
ム的理念)、について整理する。
第Ⅴ章では、規制・監督当局者たちが、規制・
1.国際的協調や国際基準の策定を求める動きの
監督のハーモナイゼーションにおけるプラット
金融サービス規制・監督について国際的協調や
フォーム的理念となっている市場規律の強化をど
国際基準の策定を求める動きが出てきた背景には、
のように図ろうとしているのか、英国、シンガ
金融のグローバル化がある。実物取引のグローバ
ポールの事例、および、わが国で 2001 年 6 月に
ル化や、金融自由化の進展、IT 革命による情報
公表された保険検査マニュアルの事例について概
伝達・取引コストの低下、金融資産の拡大等から、
背景―金融のグローバル化
3
金融取引のグローバル化や金融機関のグローバル
3 つのグループによる連携で形成されていた
展開が進展してきた。
(《図表 2》参照)。
金融のグローバル化の進展が、国際的協調や国
これら 3 つのグループのうち、a.国際間取
際基準の策定を求める動きにつながっているルー
引のルール設定や各国の経済・通商政策の調整、
トとしては主に以下の 2 つが考えられる。
分 析 等 を 行 う 国 際 機 関 は 、 主 に WTO ( World
第一に、一国単独での規制・監督の有効性が低
Trade Organization : 世 界 貿 易 機 関 ) 、 OECD
下してきたことである。従来は、自国の金融シス
(Organization for Economic Cooperation and
テムの安定性は自国の規制・監督により維持可能
Development:経済協力開発機構)、世界銀行、
であると考えられてきた。しかし、金融のグロー
IMF(International Monetary Fund:国際通貨
バル化が進展した今日においては、各国市場間で
基金)、UNCTAD(United Nations Conference
相互依存が高まったため、一国単独での規制・監
on Trade and Development: 国 連 貿 易 開 発 会
督の有効性はかなり低下してきており、自国だけ
議)等からなっている。WTO は自由貿易の拡大
で自国の金融システムの安定性を維持することは
を目的に、国際貿易のルールを制定する国際機関
困難になっている。
である。OECD は世界経済の成長や途上国援助、
特に、1997 年にアジア通貨危機が生じ、これ
自由かつ多角的貿易の拡大を目的として様々な経
が 1998 年のロシア危機、ヘッジファンド LTCM
済・社会問題を協議する国際機関である。世界銀
(Long-Term Capital Management)の破綻に
行は途上国の経済・社会発展を促進し、各国の生
至ったことは、経済・金融における一国の危機が
活水準の向上、自助努力による発展を支援する。
瞬く間に他の国、地域に伝播し、深刻な影響を与
IMF は国際的な通貨協調や為替の安定、一時的
え得ることを強く印象づけた。これ以降、金融シ
に支払不能に陥った国への信用供与等を行う。
ステムの安定性を確保するためには国際的協調が
b.金融サービス規制・監督当局の国際機関は、
欠かせないとの認識が高まり、国際的協調を求め
銀行規制・監督の BIS(Bank for International
る動きはさらに活発化することになった。
Settlements:国際決済銀行)、証券規制・監督の
第二に、市場で取引を行うプレーヤーにとって
IOSCO ( International Organization of
の効率性の問題である。金融取引がグローバル化
Securities Commissions : 証 券 監 督 者 国 際 機
している中で、各国ごとに規制・監督が大きく異
構 ) 、 保 険 規 制 ・ 監 督 の IAIS ( International
なっていれば、そこで活動する金融機関等にとっ
Association of Insurance Supervisors:保険監
て、二重、三重のコスト負担につながることがあ
督者国際機構)等である。これらについては本章
る。さらに、そのコスト負担は、最終的にはその
3.で詳述する。
金融機関等を利用する消費者の負担となる可能性
c.会計基準等に関わる国際団体も国際協調の
もある。このようなプレーヤーにとっての効率化
枠 組 み に 入 る も の で 、 IASC ( International
といった観点も、規制・監督に関し国際基準の
Accounting Standards Committee:国際会計基
策定を求める動きの重要な要因の一つとなって
準委員会)と IFAC(International Federation
いる。
of Accountants:国際会計士連盟)が大きな役割
を担ってきた。IASC は国際会計基準、IFAC は
2.潮流
国際監査基準の策定に取組み、また IFAC は、
(1)アジア危機等以前の国際協調体制の枠組み
IASC の 1 メンバーとして国際会計基準の策定に
アジア危機から LTCM 破綻に至る一連の出来
も関与してきた。
事(以下、「アジア危機等」という)以前にも、
アジア危機以前にも、金融のグローバル化や
1994 年のメキシコ通貨危機等を背景に、1990 年
国際協調体制の枠組みが存在した。
この枠組みは、a.国際間取引のルール設定や
代半ば以降、G7 サミットや世界銀行総会等で、
各国の経済・通商政策の調整、分析等を行う国際
金融システムの安定化のための国際協力の必要性
機関、b.金融サービス規制・監督当局の国際機
が重要課題として取り上げられていた。1994 年
関、c.会計基準等に関わる国際団体、といった
のメキシコ通貨危機を受け、1995 年のカナダの
4
ハリファックス・サミットでは、金融危機の予防
化等の合意がなされた。アジア危機以前において
や国際金融システムの強化について検討され、
も、一定の協調体制が成立しており、協力した取
IMF の早期警戒システムの強化、緊急融資制度
組みが行われていたのである。
の創設、金融機関に対する各国の監視や規制の強
《図表2》アジア危機等以前における国際協調体制の枠組みと主な機関
a.国際間取引の
ルール設定・調整
・分析を行う国際
機関
WTO
b.金融サービス規制・監督当局の国際機関
BIS
IOSCO
IAIS
(国際決済銀行)
(証券監督者
国際機構)
(保険監督者
国際機構)
(世界貿易機関)
OECD
(経済協力開発機構)
世界銀行
c.会計基準等に関わる国際団体
IMF
(国際通貨基金)
UNCTAD
IASC
IFAC
(国際会計基準
委員会)
(国際会計士
連盟)
(国連貿易開発会議)
(出典)安田総合研究所作成。
(2)アジア危機等以降の国際的協調や国際基準
a.IMF
アジア危機に際して IMF は、短期的あるいは
の策定を求める動きの加速
アジア危機等以降、国際的協調や国際基準の策
投機的な資本移動により発生した流動性の不足へ
定を求める動きが加速した。その動きを、①アジ
の対応強化を最重要課題として、金融の安定性
ア危機等以降の広い枠組み、②FSF の設置と主
(stability)を確保するための活動を行った。具
な活動、③キー・スタンダードの掲示、の順に整
体的には、世界銀行等の国際機関と協調しての危
理する。
機に見舞われた国々に対する信用供与やマクロ経
済政策への関与等である。また、事前に政策運営
の健全性につき IMF の承認を受けた加盟国に対
①アジア危機等以降の広い枠組み
アジア危機等以降、金融システムの安定性を確
して、金融・通貨危機の波及が懸念される状況が
保するために、既存の協調体制における問題点、
現れた時点で緊急短期クレジット・ラインを供与
多くの課題が露呈し、同時に国際的な枠組みの強
する新しい緊急融資制度の創設等が合意された。
化と国際基準策定の必要性に対する認識が高まる
こととなった(《図表 3》参照)。
b.世界銀行
アジア危機等の発生のあと、《図表 2》の「a.
世界銀行は、IMF をはじめとする種々の国際
国際間取引のルール設定・調整・分析を行う国際
機関や NGO とも連携し、危機の影響を直接、間
機関」の主なものはアジア危機等への対応を進め
接に被った国々に対して様々な支援策を実施した。
た。その対応状況を以下に簡単にまとめた。
具体的には、貸付プログラムと助言サービスの調
5
《図表3》アジア危機∼LTCM 破綻以降の変化
<従来の国際金融システムの問題点>
<取組み強化が必要な課題>
・金融規制の国際基準の欠如
・金融監督者間の連携欠如
・規制の調和化、国際基準の策定
・透明性の欠如
・透明性の確立
・短期資金の動きに対し脆弱
・ヘッジファンドに関する規制の検討
・一時的な流動性不足への対応
・緊急融資制度の創設等
・金融監督者間の連携強化
が不十分
アジア危機∼LTCM 破綻
国際金融システムの安定化
(出典)安田総合研究所作成。
整、金融および民間セクターの問題の特定および
ファンドに対する規制の問題 3が重要課題として
対応を含む支援、中央銀行支援プログラムの実施、
議論され、以下の合意に至った。
金融システム強化と社会的弱者への打撃緩和を目
・ヘッジファンドを特定して規制するのではなく、
的とした特別金融業務ユニットの設置等である。
その資金源である金融機関に対するリスク管理
強化を通じてこれを監視すること。
・ヘッジファンド等自身による情報開示の必要性、
c.OECD
実現可能性を含めて検討すること。
アジア危機に際しては、金融システム、規制、
・FSF を設置し、国際金融システムの安定化を
コーポレート・ガバナンス等における構造改革や、
図ること。
財政の透明化・健全化等のマクロ経済政策の重要
性を表明した。また、危機に直接見舞われた国々
b.FSF の概要と活動
に対する支援として、世界銀行・IMF と合意さ
上記ボン合意によって設置された FSF の概要
れた改革の実施を支持、OECD 特別プログラム
と活動は以下の通りである。
の設置に合意し、貿易と投資の自由化促進を提言
する等、危機の悪影響を最小限にとどめるための
ア.組織・メンバー
グローバルな経済秩序の維持に向けた対応、提言
FSF は、1999 年 4 月、G7 の財務相および中
を行った。
央銀行総裁によって設置された。メンバーは、
G7 の財務省や中央銀行および監督当局の高官、
②FSF の設置と主な活動
上記の対応に加えて、国際金融システムの安定
オーストラリア、香港、オランダ、シンガポール
化に向けて、ヘッジファンド問題等に対応するた
の関係者、金融サービス規制・監督当局の国際機
めに FSF(Financial Stability Forum:金融安
関や中央銀行の専門委員会の代表者等で構成され
定化フォーラム)が設置され、金融システム安定
ている。
化のためのキー・スタンダードを策定する機関の
イ.目的・活動
コラボレーションを図るようになった。
FSF の目的は、金融市場の監視・監督におけ
a.ボン合意と FSF の設置
る情報交換や協力を通じて、国際金融システムの
1999 年 2 月にボンで行われた G7 サミットで
安定化を促進することである。具体的には、以下
の 3 つを掲げている。
は、国際金融システムの強化に関連して、ヘッジ
6
・国際金融システムに影響を与えている脆弱性に
クの改善、ヘッジファンド等に対し信用を供与す
ついて調査し評価する。
る金融機関等に対する監視の強化を図るべきこと、
・それらの脆弱性への対応策を検討し実行させる。
ⅱ.各国の規制が及ばないタックス・ヘイブン等
・国際金融システムの安定化に責任を負う各種の
オフショア市場の監督のあり方に関し、金融監督
機関の間における調整、情報交換を進める。
者は国際金融規制・監督の原則を履行すべきであ
FSF の全体会合は、原則年 2 回開催されるこ
ること、ⅲ.短期資本移動への対応策としてリス
とになっている。1999 年 4 月にワシントンで初
ク管理の強化を図るべきこと、等が示されている。
会合が開催され、以降 2001 年 3 月の会合まで計
FSF は上記の他にも、預金保険制度に関する
5 回開催されている。
途上国向けのガイダンスの作成や、電子金融に係
1999 年 4 月のワシントン会合で、ⅰ.高レバ
る既存の各種国際フォーラム等の活動の調整を図
レッジ機関(ヘッジファンド)、ⅱ.オフショア
る等、広範な制度の見直しを進めようとしている。
金融センター、ⅲ.資本移動、の 3 つのワーキ
③キー・スタンダードの掲示
ンググループの設置が決定され、これらのワーキ
ンググループは、2000 年 3 月にそれぞれ報告書
国際金融システムの安定性を確保するために、
を提出している。
国際基準が重要な役割を果たしていることについ
これらの報告書では、それぞれ、ⅰ.ヘッジ
て、FSF が公表した“International Standards
ファンド等が国際金融の不安定要因となるのを防
and Codes to Strengthen Financial System”と
ぐため、市場機能の強化、情報開示の徹底、リス
題する報告では、以下のように述べられている 4。
《図表4》健全な金融システムのためのキー・スタンダード
マクロ経済政策・
データの透明性
対 象 分 野
キー・スタンダード
通貨・金融政策の
通貨・金融政策の透明性についての良き慣行
透明性
の規範
財政政策の透明性
財政の透明性についての良き慣行の規範
経済・金融等統計
特別データ公表基準、一般データ公表基準
データの透明性
(経済・金融等の統計データに関する基準)
制度及び市場のインフラ
支払能力
支払不能と債権者の権利に係る実効的な
システムに関する諸原則及びガイドライン
公表主体
IMF
世界銀行
企業統治
企業統治の原則
OECD
会
計
国際会計基準(IAS)
IASB
監
査
国際監査基準(ISA)
IFAC
支払及び決済
システミックな影響の大きい資金決済シス
テムに関するコア・プリンシプル
CPSS
金融規
制・監
督
マネーロンダリン
マネーロンダリングに関する金融活動作業
グ防止
部会による 40 の勧告
銀行監督
実効的な銀行監督のためのコアとなる諸原則
BCBS
証券規制
証券規制の目的と原則
IOSCO
保険監督
保険基本原則
IAIS
FATF(注)
(注)29 カ国・地域が設立したマネーロンダリング防止のための金融活動作業部会(Financial
Action Task Force)。
(出典)FSF, “International Standards and Codes to Strengthen Financial Systems” (April 2001).
7
「国際社会では、各国における金融システムの
制の国際的調和化および各国の規制当局間の協調
危機を防ぐ具体的な対策の必要性が強調されてき
を目的に活動を行っている。
た。この努力の中心になっているのは、健全な政
保険関連の国際機関としては、1994 年、保険
策、強固な制度および市場の構築である。国際基
監督者の国際的組織として IAIS が発足し、1996
準の採用および発展が、この作業の重要な一部で
年の規約改正により、保険規制・監督に関する国
あることは、既にコンセンサスとなっている。国
際基準の制定を目的に正式に活動を開始すること
際基準の採用は、各国がプルーデント政策を発展
となった。
させ、透明性を高め、制度および市場のインフラ
(2)業態を越える国際的協調の動き
を改善するために役立つものでなければならない。
各国の政策決定プロセスや国内金融システムの弾
これらの銀行、証券、保険に関する規制・監督
力性を高めることができれば、これが国際金融シ
者の国際機関が互いに協力してフォーラム等を設
ステムの安定性を強化することにつながるだろ
置し、国際的に協議を進める動きもある。1996
う。」
年には、BCBS(Basle Committee on Banking
さらに同報告は、「健全な金融システムを維持
Supervision:バーゼル銀行監督委員会。BIS の
するキーとなり、各国が(状況に応じて)、最優
下部組織の一つ。)、IOSCO、IAIS を母体とす
先で採用するに値する」基準として、12 の「健
る合同会合として、金融コングロマリットに関す
全な金融システムのためのキー・スタンダード」
る監督上の諸問題等を検討するジョイント・
を取り上げている(《図表 4》参照)。これらの
フォーラムが設置された(《図表 5》参照)。
キー・スタンダードは、「最低限守らなければな
なお、金融コングロマリットとは、ジョイン
らない要件を示した基準として広く受け入れられ、
ト・フォーラムでは、「主たる業務が金融であり、
健全な金融システムにとって重要な国際基準と
かつ、その規制対象企業が銀行業、証券業、およ
なっている」としている。
び保険業のうち 2 つ以上の分野に相当程度従事
しているコングロマリット(複合企業体)」と定
3.金融サービス規制・監督当局の国際機関が国
義されており、本稿でもこの定義に従う。
際的協調を進める動き
さらに、1999 年には、市場規律強化のために
本節では、《図表 2》の「b.金融サービス規
金融機関のリスク開示を改善することを目的とし
制・監督当局の国際機関」が、金融サービス規
て、BCBS、CGFS(Committee on the Global
制・監督に関して国際的協調を進める動きを取り
Financial System:グローバル金融システム委
上げる。以下、各業態の国際機関である BIS、
員会。BCBS 同様 BIS の下部組織の一つ。)、
IOSCO、IAIS、これら業態ごとの国際機関が協
IOSCO、IAIS の共同ワーキンググループとして
力し共同活動を行うジョイント・フォーラム、お
MWG が設置され、国際的に協議が行われている。
よび MWG(Multidisciplinary Working Group
MWG で検討の対象としている金融機関とは、銀
on Enhanced Disclosure:情報開示強化のため
行、証券会社、保険会社、ヘッジファンドを指し、
の共同ワーキンググループ)の概要と活動につい
MWG では、これらの業態に共通する「望ましい
て整理する。
情報開示」の実現を目指している。
(1)各業態の規制・監督当局の国際機関
(3)各業態の規制・監督当局の国際機関である
BIS、IOSCO、IAIS の概要と活動
銀行関連の国際機関としては、1930 年に日米
欧の中央銀行等によって設立された BIS が有名
①BIS(国際決済銀行)の概要と活動
である。現行の BIS 自己資本比率規制は、1988
a.組織・メンバー
BIS5(Bank for International Settlements:
年のバーゼル合意に基づくものである。
証券関連の国際機関としては、1986 年に、米
国際決済銀行 )は、 1930 年に日米欧の中央銀
州証券監督者協会(1974 年発足)を母体として
行等によって設立された、スイスのバーゼルに本
改組された IOSCO がある。IOSCO は、証券規
部を置く機関である。加盟中央銀行の数は、45 カ
8
《図表5》金融サービス規制・監督に関する規制当局の国際機関
BCBS
<銀行>
<証券>
<保険>
BIS
IOSCO
IAIS
(
国際決済銀行)
(証券監督者
国際機構)
(保険監督者
国際機構)
CGFS
(バーゼル銀
行監督委
員会)
(グローバル
金融システム
委員会)
CPSS
(支払・
決
済システム委
員会)
ジョイント・フォーラムMWG (情報開示強化のため
の共同ワーキング・グループ
)
(出典)安田総合研究所作成。
カ国・地域に上っている。BIS では、例年 6 月
ア.BCBS(バーゼル銀行監督委員会)の概要と
頃に年次総会を開催する他、G10 6 と呼ばれる主
活動
要国の中央銀行総裁が参加する会合を定期的に開
BCBS ( Basle Committee on Banking
催している。さらに、G10 中央銀行総裁会議に
Supervision : バ ー ゼ ル 銀 行 監 督 委 員 会 ) は 、
報告する様々な常設委員会があり、主なものに、
1975 年に G10 諸国の中央銀行総裁会議により設
BCBS(バーゼル銀行監督委員会)、CGFS(グ
置された委員会である。委員会は銀行監督当局者
ローバル金融システム委員会)、CPSS(支払・決
によって構成され、通常、常設事務局が設けられ
済システム委員会)がある。前 2 者については、
ている BIS において開催される。
BCBS がジョイント・フォーラムおよび MWG
BCBS は、銀行監督に関し国際的協力を行う
の 設 置 メ ン バ ー 、CGFS が MWG の設置メン
ことで、効率的な銀行監督および健全な銀行シス
バーとなっていることから、以下に概説する。な
テムを促進することを目的としている。これまで、
お、CPSS は、G10 諸国の中央銀行が支払・決
銀行経営の健全性を確保するための自己資本比率
済の仕組みの発展状況をモニター・分析し、関連
規制や銀行の海外拠点の監督に関する基本原則、
する政策課題を検討する委員会である。
デリバティブのリスク管理の指針等を打ち出して
きた。委員会の取り決めには法的拘束力はないが、
各国が取り決めに基づき法整備を行うため、銀行
b.目的・活動
BIS 設立時の目的は、第一次世界大戦後のドイ
業務、金融政策に大きな影響を与えている。
ツの賠償金支払いを円滑に進めることにあったが、
イ.CGFS(グローバル金融システム委員会)の
第二次大戦後は、各国の中央銀行間の協力促進、
概要と活動
国際金融業務への便宜供与、国際金融決済の受
CGFS(Committee on the Global Financial
託・代理業務等を目的に活動している。
System:グローバル金融システム委員会)は、
c.BIS の下部組織 BCBS と CGFS の概要と活
欧州でのドル取引(いわゆるユーロダラー取引)
市場の動向について G10 諸国の中央銀行の間で
動
9
意見交換を行う場として、1971 年にユーロ委員
することを認めるよう IOSCO 会員に勧告する決
会(Euro-currency Standing Committee)の名
議案を承認し、正式に発表した。
称で設置された。その後、1999 年初めに発足し
た統一通貨ユーロとの混同を避けることにも配慮
③IAIS(保険監督者国際機構)の概要と活動
して、現在の「グローバル金融システム委員会」
a.組織・メンバー
IAIS
に名称変更された。
CGFS は、以下の 3 つを目的に掲げている。
8
( International
Association
of
Insurance Supervisors:保険監督者国際機構)
・金融市場・システムの動向を定期的にモニタリ
は、1994 年に発足した保険監督者の国際機関で、
ングすることを通じて、危機をもたらす要因を
1996 年の規約改正により、正式に国際保険監督
察知する。
基準に関する活動を開始することとなった。
IAIS 事務局は、スイス・バーゼルの BIS の中に
・綿密な分析によって、金融市場・システムの機
能や基盤を解明する。
あるが、BIS からは独立した組織である。2001
・政策対応のための提言を行うことにより、金融
年 4 月現在、103 会員を擁し、会員国数は 93 カ
市場・システムの機能と安定性を向上させる。
国・地域に及ぶ。年に 1 度の年次総会と執行委
CGFS は、80 年代には中南米諸国等の累積債
員会を意思決定機関とし、その下に実務を遂行す
務問題、90 年代には金融技術革新の影響等を主
る委員会として、予算委員会、専門委員会、新興
な検討課題として活動してきた。
市場委員会がある。
②IOSCO(証券監督者国際機構)の概要と活動
保険会社、ブローカー、保険研究機関等、保険規
a.組織・メンバー
制・監督当局以外も、IAIS の活動に関わること
なお、1999 年には、準会員制度が設けられ、
IOSCO 7 ( International Organization of
ができるようになった。
Securities Commissions:証券監督者国際機構)
は、1974 年に発足した米州証券監督者協会を母
b.目的・活動
体とし、1986 年に IOSCO として改組され国際
保険監督者間および他の金融分野の監督者等
的な組織となったものである。165 の証券市場監
との国際協調を進め、保険監督に関する国際基準
督者から組織されており、本部事務局は 2001 年
を策定することによって、国際金融システムの安
1 月よりスペインのマドリードにおかれている。
定化に貢献することを目的とし、主に以下の活動
年に 1 度開催される年次総会の他、執行委員会
を行っている。
の下に、専門的な検討を行う場として、技術委員
会と新興市場委員会が設けられている。
ア.保険監督に関する国際基準の策定
技術委員会での議論を経て、年次総会の決議を
b.目的・活動
経て採択される。ただし、加盟国には、IAIS 基
IOSCO は、証券取引および証券市場の国際化
準の採用が義務付けられているわけではない。主
を背景として、証券規制の国際的調和化および各
な検討テーマは以下の通り。
国の規制当局間の協調を図ることを目的としてい
・国内規制:ソルベンシー、保険会計、投資規制、
る。
市場リスクの規制、保険仲介者の規制等
IOSCO は、国内・国際証券市場の効率性・健
・国際間の規制:拠点の設立、サービス取引等
全性を維持するため、国際的協調による規制のレ
・国内・国際共通事項:透明性の確立、電子取引
ベルアップを推進してきた。近年、IASC(国際
等
会計基準委員会)および IFAC(国際会計士連
盟)の採択する国際基準にも積極的に関与してき
イ.監督基準に則った保険制度確立支援、特に新
ており、2000 年 5 月には、企業が国際資本市場
興市場国の保険制度確立支援
で 資 金 調 達 す る 際 に 、 IAS ( International
地域別の監督者に対するセミナーの開催、保険
Accounting Standards:国際会計基準)を使用
監督者のためのガイダンスの作成、保険監督に関
10
②MWG(情報開示強化のための共同ワーキング
する基準を普及させるためのセミナー開催等の活
グループ)の概要と活動
動を行っている。
a.組織・メンバー
MWG(Multidisciplinary Working Group on
ウ.保険監督者間および他の金融分野の監督者等
Enhanced Disclosure:情報開示強化のための共
との協調、連携の強化
保険監督者間の協力、連携の強化の他、ジョイ
同 ワ ー キ ン グ グ ル ー プ ) は 、 1999 年 6 月 、
ント・フォーラムへの参加、WTO、OECD、世
BCBS、CGFS、IOSCO、IAIS(以下、「親委員
界銀行、IMF、UNCTAD、IASB 等との協力を
会」という)の共同ワーキンググループとして設
図っている。
置された。
(4)業態を越えて国際的協調を図るジョイン
b.目的・活動
MWG は、市場規律が金融市場の安定性維持の
ト・フォーラム、MWG の概要と活動
①ジョイント・フォーラムの概要と活動
上で果たしている重要な役割について、世界の規
a.組織・メンバー
制・監督当局者や中央銀行の間で関心がますます
金融コングロマリットに関する監督上の諸問
高まっていることを踏まえ、市場規律を強化する
題を検討していた前身のグループである「三者会
ために金融機関によるリスクの開示状況を改善す
合 」 の 作 業 を 前 進 さ せ る た め 、 1996 年 に 、
る方法を、設置母体である親委員会に提言するこ
BCBS、IOSCO、IAIS を母体として設置された
とを目的としている。
合同会合である。メンバーは、各分野を代表する
MWG は、2000 年第 2 四半期に、9 か国の金
主要な金融監督者で構成され、我が国を含む 13
融機関の協力を得てパイロット・スタディを行い、
カ国 9の関係監督当局及び関係国際機関から、主
幅広い金融リスクに関するデータを収集した。
に局長・次長クラスの約 40 名が参加している。
2001 年 4 月には、このパイロット・スタディの
結果を織り込み、報告書(提言)を公表した(報
b.目的・活動
告書の内容については第Ⅳ章2.参照)。
当初は、金融コングロマリットの監督上の諸問
4.国際会計基準を策定しようとする動き
題を検討することが目的であったが、その後、銀
行・証券・保険の各分野に共通する監督上の諸問
本節では、国際会計基準を策定しようとする動
題も検討の対象とするようになった。
きについて概観する。以下、(1)国際会計基準
現在は、以下の 3 項目が主要検討テーマと
委員会の概要、(2)国際会計基準委員会が制定
なっている。
する IAS の意味と動向、(3)保険会計に関す
・銀行・証券・保険の監督基本原則の比較
る国際基準策定の動き、の順に整理する。
・企業統治及び情報開示
(1)国際会計基準委員会の概要
・リスク管理、自己資本原則の比較
会議は年 3 回のペースで、これまでに 17 回開
国際会計基準委員会(IASC)は、国際基準と
催されている。第 17 回会合は、2001 年 7 月に
しての会計制度の構築を目的として、1973 年に
山形県天童市で、日本で初めて開催された。なお、
9 ケ国 10の会計士団体の合意によりロンドンに創
ジョイント・フォーラムは、1999 年 2 月に、金
設された。設立当初の IASC は、会計士らの民間
融コングロマリットの監督に関する一連のペー
団体で、単独では各国の法的・社会的状況を反映
パーを公表し、1999 年 12 月には、「リスクの
した会計基準に対して、国際的に強い影響力を与
集中に関する諸原則」、「内部取引等に関する諸
え る こ と は 難 し か っ た 。 し か し 、 1987 年 に
原則」のペーパーを公表している(ペーパーの内
IOSCO(証券監督者国際機構)が IASC の諮問
容については第Ⅳ章2.参照)。
委員会のメンバーとなり、その後、より網羅的で
整理された基準が定められれば、国際的な資本市
場において資金調達する企業の会計基準として、
11
IAS(国際会計基準)を承認することを表明した
(3)保険会計に関する国際基準策定の動き
こと等から、IASC の動向が世界的に注目される
IASC は、金融商品に関する IAS 策定の議論
こととなった(前述のように、2000 年 5 月に
の中で、当初、金融商品に含まれると考えられて
IOSCO は、企業が国際資本市場で資金調達する
いた保険の取扱いについて、保険には特殊な性格
際に IAS を使用することを認めるよう IOSCO
があるため別途追加的な検討が必要 13と判断し、
会員に勧告する決議案を承認し正式に発表した)。
1997 年 4 月に、IASC 内に保険に関するプロ
なお、IASC を、健全な金融システムのための重
ジェクト(以下、「保険プロジェクト」という)
要な基準(Key standards for sound financial
を設置し、保険会計に関する国際基準策定に向け
systems)を策定する機関の 1 つとして位置付け
た本格的な検討に着手した 14。
1999 年 12 月には、保険プロジェクトによっ
る見方がなされている 11。
て「保険会計に関する論点書」が公開され、現在
(2)国際会計基準委員会が制定する IAS の意
は公開草案の取りまとめが行われている。保険会
味と動向
計に関する国際基準の完成は、2003 年∼2004 年
さらに IASC は、2001 年 4 月より、各国の会
になると見込まれている15。
計基準の作成を担う専門家が集まる世界機関
IASB ( International Accounting Standards
Ⅲ.規制システムのシステム間競争
Board)に衣替えした。この IASB は、これまで
規制システムのシステム間競争(以下、「規制
の強制力を持たない任意の団体とは異なり、米国
システム間競争」という)も、金融サービス規
証券取引委員会(SEC)等各国の証券市場を監
制・監督のハーモナイゼーションを促す重要な要
督する当局者が積極的に関与することで、IASB
因の一つとなっている。多くの国で、市場とプ
が作成する会計基準が実質的な「世界統一基準」
レーヤーを育成、誘致し、税収や雇用を維持する
となる可能性が高い。
ために規制を柔軟な体系とし、イノベーション促
IASC は、2000 年 12 月現在までに、第 1 号か
進型とすることの重要性が強調されている。本章
ら第 41 号に至る IAS を策定してきている 12。
では、このような意図が明瞭に見られる 2 つの
IAS 制定の際に重要視されているのは、企業の国
具体的事例を紹介する。
籍、業種を越えた財務諸表の比較可能性を高める
第 1 は、アジアにおいて主要な金融センター
こと、企業の財務状況、保有リスクに係る情報を
の地位を目指すシンガポールによる、市場競争力
極力財務諸表に反映させること、の 2 点である。
引上げの取組みである。シンガポール通貨庁は国
第 1 点目は、財務諸表利用者が投資に関する
境や業態を越えた競争が激化する中で、国際的な
意志決定を行う際の情報提供機能を重要視してい
規制、基準に係る進展を見据えつつ、金融システ
ることによる。
ムの健全性維持だけでなく、国内の金融サービス
第 2 点目については、金融資産・負債の公正
市場・プレーヤーの成長、イノベーションを促進
価値による評価(IAS39「金融商品:認識及び測
するための規制改革を進めている。
第 2 は、企業向け保険市場におけるオフショ
定」)や減損会計(IAS36「資産の減損」)、偶発
資産および偶発負債の会計処理(IAS37「引当金、
ア市場(英領バミューダ等)とオンショア市場
偶発負債及び偶発資産」)等、従来オフバランス
(米国)の競争である。オフショア市場における
で処理されていたものも含め、企業の財務状況、
保険取引の比重が無視できない程に増したために、
保有リスクに係る情報を極力財務諸表に反映させ
米国がオフショア市場の規制システムの要素を取
ることが意図されている。さらに、金融機関の財
り入れる動きが現れている。
務諸表と金融商品の開示についてそれぞれ独立の
1.シンガポール:規制システム間競争による金
基準を設ける(IAS30「銀行業および類似する金
融サービス市場地位の強化
融機関の財務諸表における開示」、IAS32「金融
商品:開示及び表示」)等、財務情報の開示強化
シンガポールは国際的な規制、基準に係る進展
も図られている。
を見据えつつ、金融サービス市場・プレーヤー育
12
成を目的とする規制改革を進めている。同国は
③企業のコンソリデーション
1999 年から、金融サービス業の自由化および規
④市場のグローバル化
制の見直しを開始した。その背景には監督官庁で
⑤全面的な競争の激化
ある通貨庁(Monetary Authority of Singapore:
以下 MAS と略す。) 16 による次のような金融
(1)新たな金融サービス規制体系の検討
《図表 6》はこのような環境変化を受けた、新
サービス業を取り巻く環境変化の認識があった 17。
たな規制体系の検討の方向性を整理したもので
①技術の発展
ある。
②金融サービスの融合化
《図表6》シンガポールにおける規制体系検討の方向性
環境変化
環境変化
規制体系検討の方向性
規制体系検討の方向性
金融技術、
IT技術
•• 金融技術、
IT技術
の進化
の進化
金融機関のイノ
ベーショ
ンを促進し
つつ、
それ
•• 金融機関のイノ
ベーショ
ンを促進し
つつ、
それ
に伴う
新たなリ
スクに適応する規制体系
に伴う
新たなリ
スクに適応する規制体系
コンソリデーショ
ン、
•• コンソリデーショ
ン、
グローバル化によ
グローバル化によ
る競争激化
る競争激化
業態間における規制のハーモナイゼーショ
ン
•• 業態間における規制のハーモナイゼーショ
ン
金融サービスの融
•• 金融サービスの融
合化(
convergence)
合化(
convergence)
––
––
柔軟性と
適応性を重視
柔軟性と
適応性を重視
MASと
業界と
の共同作業で検討
MASと業界との共同作業で検討
現在は銀行、
証券、
保険の別に免許と
規制内容が
–– 現在は銀行、
証券、
保険の別に免許と
規制内容が
異なっているが、
同様の事業リ
スクがある場合には
異なっているが、
同様の事業リ
スクがある場合には
業態に拘ら
ず同様の規制内容に
業態に拘ら
ず同様の規制内容に
免許制度にモジュ
ール方式を
と
り
入れ、
金融機関
–– 免許制度にモジュ
ール方式を
と
り
入れ、
金融機関
が広範な関連事業を展開できる柔軟な体系に
が広範な関連事業を展開できる柔軟な体系に
(出典)Tharman Shanmugaratnam, Deputy Managing Director, MAS,
“Challenges of The New Financial Landscape: Emerging Trends and
Implications for Regulation”, Speech at the 4th LawAsia Business
Law Conference, November 3, 2000 から安田総合研究所が作成。
第 1 に、金融機関のイノベーション促進、新
インフラ整備として、規制の進化、精緻化に取り
たなリスクへの適応のため、規制・監督当局と民
組もうとする目的意識がある。同庁の上級エグゼ
間との共同作業の必要性が指摘されている。後述
クティブディレクターである Teo Swee Lian 女
の損害保険会社の保険契約に基づく負債の調査方
史は保険監督者・業界向けのスピーチにおいて次
法の検討において、民間のコンサルティング会社、
のように述べた 18。
保険会社等に所属する保険数理人によるワーキン
「金融機関が大規模化し、複雑になり、また金
ググループに、保険法に基づく調査の枠組みの構
融商品が融合化するのに伴って、規制・監督当局
築、ガイダンスノートの起草を委ねているのは、
は新しいビジネスモデルや金融商品のリスク・プ
その共同作業の実施例と考えられる。(「第Ⅴ章
ロファイル、特徴に対応しなければならない。わ
2.シンガポールにおける市場規律強化の事例」
れわれはプルデンシャル基準の有効性を確保し、
参照)。
市場効率性を促進しつつ、企業のイノベーション
第 2 に、業態間で規制をハーモナイズするた
機会を確保するために、規制・監督の枠組みを継
めに、免許制度にモジュール方式を導入すること
続的に発展させ、精緻化しなければならない。シ
まで具体的に言及されている点が注目される。
ンガポールがアジア太平洋地域における主要な保
MAS のこのような積極姿勢の背景には、市場
険サービスセンターになろうとする以上、より競
およびプレーヤーの競争力を強化し、アジアにお
争的な保険市場を創造することは、基準を高め、
ける主要な金融センターの地位を確保するための
国際的なベストプラクティスに近づくために必要
13
な最初の一歩であると信ずるものである。」
そのため欧米やわが国の保険会社・大企業は近年、
代替的なリスク移転手法として巨大災害ボンド等
(2)融合化された金融サービス商品の促進のた
のセキュリタイゼーションを試みている。MAS
めの制度整備
は保険リスクのセキュリタイゼーションは資本市
金融と保険が融合した商品の例として、次の①
場の発展に役立ち、また同地の金融商品のベース
∼ ③ の よ う な 代 替 的 リ ス ク 移 転 ( Alternative
を広げる効果を持つとして肯定的に捉え 24、規制
Risk Transfer:ART)手法 19がある。MAS はグ
の在り方について保険業界も巻き込んで検討を進
ローバル化、規制緩和、技術の進展等によって新
める意向である 25。
たなリスクが発生する等、企業のリスクが急速に
2.企業保険分野におけるバミューダと米国の規
変化しつつあるとの認識に立って、保険業界に対
制システム間競争
して伝統的な資産価値のプロテクションたる保険
から、顧客ニーズによりよく対応した保険と資本
(1)バミューダの緩やかな保険規制システム
市場技術の融合によるソリューションの提供等へ
①緩やかな規制
のパラダイムシフトを促している 20。そのために
企業は金融取引の自由を求め、柔軟な規制環境
MAS は、次のような制度整備を順次進めてきて
を持つ法域に取引を移す傾向がある。企業保険分
いる。
野においては、大西洋上に浮ぶ英国自治領である
バミューダを始めとするオフショア市場は、約款
①キャプティブ
や料率等に一切干渉しない緩やかな規制と有利な
MAS はレンタキャプティブや保護セル保険会
税制を有する。米国等の大企業は1960年代から、
社(protected cell company)を、大企業だけで
これらの法域にキャプティブ保険会社を設立して
なく中堅企業にもキャプティブへのアクセスを容
きた。キャプティブの数は世界的に増加を続けて
易にし、またリスクマネジメント費用の低減に資
おり、全世界のキャプティブの収入保険料は約
するものと位置付け、これらのキャプティブの規
280 億ドル(1999 年)に達したと見積もられて
制体系を検討し、立法に係る論点の洗い出しを行
いる26。
うとしている 21。
②引受リスクに応じた規制の差異化
1980年代には製造物責任や医療過誤を中心と
②ファイナイト再保険
リスク移転とリスクファイナンシングの組み合
した賠償責任保険、1990年代に入ってからはハ
わせであるファイナイト再保険は、複数年契約と
リケーン、地震等の巨大災害再保険といった米国
することで保険料、保険金を平準化する効果を有
内保険会社からは入手難であったカバーを提供す
する。MAS は他の保険市場でのファイナイト商
る保険会社がバミューダに設立されるようになっ
品の利用拡大を見て、保険業界代表や会計監査専
た。それに伴って、保険会社の大規模化した保有
門家を含むワーキンググループを設立し、いかな
リスクに比して、バミューダの規制・監督が不備
る規制スタンスをとるべきかを検討した。その結
ではないかとの批判が海外から起こった。
果、ファイナイトは保険会社・企業に柔軟性、流
これを受けて保険法が1995年に改正され、第
動性を提供する商品であるとして 1999 年 8 月、
三者リスクの引受に伴う責任に見合った基準が導
その活用を促進すべく通達第 208 号「財務再保
入された 27。これは引き受ける保険リスクの内容
険」 22を出状した。これはファイナイト再保険を
に応じて保険免許を種別化し、それぞれの種別
定義し、リスク移転ルール、会計上の取扱い、情
(クラスと称される。)に適用される健全性維持
報開示要件について定めている 23。
のための要件を差異化するものである。各クラス
の保険会社が引き受けられるリスク内容を《図表
7》 に 、 適 用 さ れ る 健 全 性 維 持 の た め の 要 件 を
③セキュリタイゼーション
地震、台風等のリスクについては、その損害の
《図表8》に示す。
巨大さゆえに保険・再保険の手配が容易ではない。
14
《図表7》各クラスの保険会社が引受られるリスク
クラス
1
引 受 リ ス ク
・1 の人(a person)が完全に所有し、その人のリスクのみを引き受ける保険会社
(§4B(1)(a))、又は
・当該保険会社が属するグループのメンバーおよび株主等のリスクのみを引き受ける
保険会社(§4B(a))。
クラス
2
・2 以上の相互に関連を持たない人が完全に所有し、それらの人若しくはそれらの人
が属するグループのメンバーのリスクの引受割合が正味計上保険料ベースで 80%を
下回らない保険会社(§4C(1)(a))、又は
・それらの人若しくはそれらの人が属するグループのメンバーの事業若しくは営業に
起因すると財務大臣が認めるリスクの引受割合が正味計上保険料ベースで 80%を下
回らない保険会社(§4C(1)(b))、又は
・クラス 1 保険会社の要件に挙げられるリスクの引受割合が正味計上保険料ベースで
100%を下回るが少なくとも 80%を占める保険会社(§4C(2))、又は
・当該保険会社を完全に所有する一人の人若しくはその人が属するグループのメン
バーの事業若しくは営業に起因すると財務大臣が認めるリスクの引受割合が正味計
上保険料ベースで 80%を下回らない保険会社(§4C(1)(b))。
クラス ・他のクラスの要件に該当しない保険会社。(第三者リスクを 20%を超えて引き受け
3
る保険会社やレンタキャプティブ、ファイナイト保険会社等が該当)(§4D)
クラス ・法定資本金と剰余金の合計が$1 億以上であり、異常災害再保険や超過責任保険等
4
の引受を行う保険会社(§4E)
(出典)The Insurance Act 1978, §4B∼§4E を安田総合研究所が図表化した。
《図表8》健全性維持のための要件
払込済資
本金
法定資
本金+
剰余金
ソルベンシー・マージン **
:(a)∼(c)の最も高い額
流動資産
比率***
損害保険
長期保険
$25 万
75%
ク $12 万
(a)資本金+剰余金の合計で$12 万
(損害保
ラ ($37 万*)
(b)正味計上保険料$6 万までの 20%+$6 万
ス
超過分の 10%
険会社の
み)
1
(c)支払備金総額の 10%
ク
(a)資本金+剰余金の合計で$25 万
ラ
(b)正味計上保険料$6 万までの 20%+$6 万
ス
超過分の 10%
2
(c)支払備金総額の 10%
ク
(a)資本金+剰余金の合計で$100 万
ラ
(b)正味計上保険料$6 万までの 20%+$6 万
ス
超過分の 15%
3
(c)支払備金総額の 15%
ク $100 万
$1 億
(a)資本金+剰余金の合計で$1 億
ラ ($125 万*)
(b)正味計上保険料の 50%(ただし出再保険料
ス
の控除は総計上保険料の 25%が限度)
4
(c)支払備金総額の 15%
(*)損害保険と長期保険の両方を引き受ける複合保険会社(composite insurer)の場合。
(**)保険法上の法定資産と法定負債の差が所定額以上でなければならないとする基準。複合
保険会社の場合は損害保険と長期保険の基準をそれぞれの勘定で満たすことが求められる。
( *** ) 規 則 で 定 め る 損 害 保 険 会 社 の 「 関 連 資 産 」 ( relevant assets ) が 「 関 連 負 債 」
(relevant liabilities)の所定の割合以上でなければならないとする基準。
15
バミューダ保険法は保険会社の引受けリスクの
法的インフラを武器に、真っ向から競争を仕掛け
内容に見合った規制を課すことで、単に規制の不
ている。
在や緩やかさを売り物とするオフショア法域から
後者は、従来セキュリタイゼーションのための
自らを区別し、大規模な第三者リスクを保有する
ビークル(特定の役割を持って設立される子会
保険会社についても契約者が適切な水準の保護を
社)が保険会社設立に係る規制等の柔軟性ゆえに
得られる市場としての評価を確立する一方で、親
オフショア保険市場に設立されていたのを、同様
会社やグループ会社のリスクのみを引き受ける
に緩やかな規制を一定範囲で認めることによって
キャプティブに適合的な、非常に緩やかな規制も
国内に呼び戻そうとするものである。これらは国
温存した。
際的協調を念頭に置いたものではないが、結果的
に、当初大きく異なっていた規制システムのハー
③官民のパートナーシップによる規制の進化
モナイゼーションをもたらしている。
バミューダでは市場競争力を維持するために、
Ⅳ.ハーモナイゼーションにおける 3 つの局面
行政と保険会社、法律事務所等の専門家が緊密な
パートナーシップの下で制度整備の取組みを続け
本章では、第Ⅱ章「国際的協調や国際基準の策
ている。例えば 1998 年には保険デリバティブ取
定を求める動き」と、第Ⅲ章「規制システムのシ
引の法的安定性のために保険法が改正され、
ステム間競争」で取り上げた動きとの結果、
2000 年には、他のオフショア市場に対抗してレ
2001 年 10 月の時点で、金融サービス規制・監
ンタキャプティブ 28のための法的基盤を整えるた
督のハーモナイゼーションとしてどのような姿に
め に 保 護 セ ル 保 険 会 社 法 ( The Segregated
なっているかを概観する。金融サービス規制・監
Accounts Companies Act 2000)が制定された。
督のハーモナイゼーションを、次の 3 つの局面、
このような制度整備と優遇税制による運用上の利
すなわち、1.多国間のハーモナイゼーション、
点によって、バミューダは現在まで世界最大の
2.業態間のハーモナイゼーション、3.市場規
キャプティブ所在地の地位を守っている。
律の強化を重視する規制・監督への変化(ハーモ
ナイゼーションにおけるプラットフォーム的理
(2)米国:部分的規制緩和による競争力確保
念)、に分けて整理する。
現在米国では、バミューダ等に流出していた保
ハーモナイゼーションの達成度合いは、BIS 自
険取引を国内に呼び戻すために、画一的な保険規
己資本比率規制等のはっきりした姿のものから、
制制度を改め、企業分野においてオフショア同様
まだその姿がおぼろげなものまで様々な状況にあ
の柔軟な規制を取り入れようとする動きが現れて
る。
いる。これは世界最大のオフショア市場であるバ
1.多国間のハーモナイゼーション
ミューダと最大のオンショア市場である米国との
間で規制システム間競争が起こった結果として、
本節では、多国間で金融サービス規制・監督の
適合的な範囲の規制緩和というハーモナイゼー
ハーモナイゼーションがなされた事例として、
ションがもたらされたと捉えることもできる。
(1)BIS 自己資本比率規制の各国での導入と見
近年、州によるキャプティブ法制の整備 29や、
直しの動き、(2)バーゼル・コア・プリンシプ
NAIC ( National Association of Insurance
ルの策定、(3)IAIS による保険規制・監督に
Commissioners)による巨大災害セキュリタイ
関する原則・基準・ガイダンスの策定、の 3 つ
ゼーション取引を米国内で可能とするためのモデ
を取り上げる。
ル法 30整備の動きが急速に進展している 31。前者
(1)BIS 自己資本比率規制の各国での導入と見
はキャプティブ誘致を通じた経済振興を目的とす
直しの動き
るものである。前者のキャプティブ法で最近制定
①BIS 自己資本比率規制の導入
されたものは、比較的最近の動きであるレンタ
キャプティブに係る規定も含めたものが多く、バ
現行の BIS 自己資本比率規制は、1988 年の
ミューダをはじめとするオフショア市場と同等の
BCBS(バーゼル銀行監督委員会)でのバーゼル
16
合意に基づくものである。BIS 自己資本比率規制
で各国が協調して自己資本の内容や最低水準を決
は、国際業務に携わる銀行は、自己資本充実度の
めようとしたものである。日本の銀行の海外での
測定に関し合意されたフレームワークに従い、達
オーバープレゼンスに歯止めをかける狙いが強調
成すべき自己資本比率の最低基準(現行 8%)を
されることも少なくないが、国際金融システムの
守らなければならないというものであり、BCBS
安定性の確保と国際業務に携わる銀行に対して国
のメンバー国である G10 諸国において採用され
際的な競争条件の均一化を図るための国際的合意
ている。BCBS での取り決めには法的拘束力は
であったことも事実である。
当初導入された BIS 規制は、BIS 第 1 次自己
ないものの、各国がこれに基づき法整備を行って
いる結果、国際統一基準として機能している。
資本比率規制と呼ばれ、信用リスクのみを規制対
本フレームワークの適用に際しては、極めて限
象としていた。1996 年には、マーケット・リス
られた項目において(特にリスク・ウェイトの一
ク(金利リスク、価格変動リスク等)を追加する
部について)、ある程度、各国の裁量が認められ
形でのバーゼル合意の改定がなされ、これは BIS
ている。BCBS はこの点について、「このよう
第 2 次自己資本比率規制と呼ばれ、1997 年末か
な裁量によって生ずる相違点が全体の比率に及ぼ
ら漸次各国に導入されている。
す影響は無視し得るものであり、また、基本的な
②BIS 自己資本比率規制の見直し
目的を損なうものとは考えられない」との考えを
示している。ただし、「今後、各国間の斉合性を
BIS 自己資本比率規制については、《図表 9》
一層高めることを目的として、フレームワークの
に掲げたスケジュールで、現在見直しが進められ
適用状況をモニターし、検討していく所存であ
ており、見直し後の新 BIS 規制についても、
る」こともつけ加えている。
G10 諸国がこれを導入することが確実視されて
また BCBS は、「合意されたフレームワーク
いる。見直し後も、BIS 自己資本比率規制は、多
は、あくまで、国際的に活動している銀行に対し
国間のハーモナイゼーションの基盤として機能す
て自己資本の最低水準を設定することを目指した
ることになる。
ものであることを強調」しており、「各国監督当
(2)バーゼル・コア・プリンシプルの策定
局がより高い水準を設定する措置を採ることは自
BCBS は、1997 年に「実効的な銀行監督のた
由である」としている。
BIS 自己資本比率規制が導入される以前の各
めのコアとなる諸原則(通称:バーゼル・コア・
国の自己資本比率規制は、要求水準はもちろん、
プリンシプル)」を公表した。この文書は、銀行
自己資本の定義も国によってまちまちであった。
監督体制が実効的たりうるために、BCBS がな
金融のグローバル化によって各国の銀行は、国際
くてはならないと考える 25 の諸原則(実効的な
銀行間市場で密接なつながりを持つようになり、
監督システムの基本的要素)を定めたものである。
リスクの高い銀行がその一端を担っているとすれ
この文書では、各国の監督当局がその管轄内の
ば、自国金融市場への潜在的な脅威となる。そこ
《図表9》BIS 自己資本比率規制の見直しスケジュール
2005 年
現行 BIS 規制(97 年以降、マーケットリスク追加の改定あり)
1998 年
見直し開始
1999/6
一次案
2001/1
二次案
(出典)安田総合研究所作成。
17
新規制
2002/初め
三次案
2002/末
最終案
すべての銀行に対する監督にこの諸原則を適用す
なお、a.原則(Principles)は、効率的な保
べきことを呼びかけている。
険監督を行うための基礎を定めたものであり、b.
この文書は、「すべての国において、また国際
基準(Standards)は、原則から導かれ、個別の
的に、監督当局および他の公的当局の基礎的な参
問題に焦点を当てたもの、c.ガイダンス
考資料となるよう意図されて」いる。また、「当
(Guidance Papers)は、原則や基準に付属する
諸原則は最低基準であり、多くの場合、各国の金
もので、監督者たちを補助し、監督の効率向上に
融システム特有の状態やリスクに対処するための
役立つもの、と位置付けられている。
他の処置によって補完することが必要になるかも
①2000 年 10 月までに採択された原則・基準・
しれない」としている。
ガイダンス
バーゼル・コア・プリンシプルに定められた諸
2000 年 10 月までに採択された原則・基準・
原則のうち、主要なものを以下にあげる。これら
の諸原則は、適切な自己資本比率規制、銀行自身
ガイダンスは、以下のとおりである。
によるリスク管理その他の内部管理、監督当局に
よる検証等が、銀行および金融システムの健全性
a.原則(Principles)
確保のために欠かせないことを示している。
ア.保険事業の経営に関する原則(1999 年 12 月)
・銀行監督当局は、全ての銀行に対し、慎重で適
保険会社、保険仲介者、消費者の関係を改善し、
切な最低自己資本に関する規制を設定しなけれ
保険業界に対する消費者の信頼を強化するために
ばならない。こうした規制は、銀行が引き受け
定めた原則である。
るリスクを反映し、損失を吸収する能力を勘案
イ.国際的な保険会社および保険グループの監督
して自己資本を定義したものでなければならな
の適用に関する原則と、それらの保険会社の国境
い。少なくとも国際的に活発な活動を行ってい
を越えた保険事業活動に関する原則(1999 年 12
る銀行に関しては、こうした規制は、バーゼル
月)
合意で設定されたものと同等以上でなければな
国際的に活動する保険会社に対する監督を改善
らない。
するために定めた原則である。1997 年に初めて
・銀行監督当局は、銀行が、リスクを識別・測定
採択され、その後修正が加えられている。
ウ.保険基本原則(2000 年 10 月)
し、モニター・管理し、必要な場合にはこれら
のリスクに対して自己資本を積むための包括的
すべての国・地域の保険監督者に役立つよう作
なリスク管理プロセス(適切な役員会及び上級
成された、保険監督のフレームワークについて述
管理者の監視を含む)を有していることを確保
べた原則である。1997 年に初めて採択され、そ
しなければならない。
の後修正が加えられている。
エ.保険基本原則方法論(2000 年 10 月)
・銀行監督当局は、銀行が業務の性質及び規模に
応じた内部管理を実施していることを確認しな
「保険基本原則」の各々の基本原則について、
ければならない。
より詳細な方法論を述べたものである。
オ.インターネット上の保険業務の監督に関する
原則(2000 年 10 月)
(3)IAIS に よ る 保 険 規 制 ・ 監 督 に 関 す る 原
則・基準・ガイダンスの策定
インターネット上での保険業務に対する監督に
IAIS では、保険規制・監督に関する国際基準
関し、他の方法での保険業務に対する監督と矛盾
としての原則・基準・ガイダンス(以下、「基準
しないことや監督者間の国際的協調が重要である
等」という)の策定を進めてきた。前述のように、
こと等が述べられている。
加盟国はこれら基準等の採用を義務付けられてい
るわけではないが、各国の保険規制・監督制度の
b.基準(Standards)
構築・変更の際に考慮されているものと考えられ
ア.免許に関する監督基準(1998 年 10 月)
る。以下、これまでに策定された主な基準等につ
免許取得の要件、手続き等に関する基準である。
イ.立入検査に関する監督基準(1998 年 10 月)
いて簡単に紹介する。
18
立入検査の手続き、検査プロセスの構築等に関
社の安全性の評価に関する監督基準
する基準である。
元受保険会社を通じて間接的に再保険会社を監
ウ.デリバティブに関する監督基準(1998 年 10 月)
督する方法について定めた基準である。
監督者が、保険会社のデリバティブによるリス
c.情報交換に関する監督基準
ク管理を評価するための基準である。
保険業の監督者間および他業態の監督者との間
エ.資産管理に関する監督基準(1999 年 12 月)
での効率的な情報交換について定めた基準である。
監督者が、保険会社の投資活動に伴うリスク管
d.マネーロンダリング防止に関するガイダンス
理を評価するための基準である。
各国保険監督者の協調により、マネーロンダリ
オ.グループ連携に関する監督基準(2000 年 10 月)
ングを防止するためのガイダンスである。
「金融コングロマリットに対する監督」
e.保険会社による情報開示に関するガイダンス
(1999 年に公表されたジョイント・フォーラム
保険会社が、信頼性ある適時な情報開示を行う
のペーパー)に関し、保険部門についてより具体
ためのガイダンスである。
的に述べた基準である。
③保険業における自己資本に関する国際基準策定
c.ガイダンス(Guidance Papers)
の動き
ア.新興市場経済の保険規制・監督に関するガイ
現状、保険業においては、銀行業の BIS 自己
ダンス(1997 年 9 月)
資本比率規制のような、自己資本に関する国際基
新興市場経済が IAIS の保険監督基準に応じる
準は存在しない。IAIS では、保険業における自
ことを促進するためのガイダンスである。
己資本に関する国際基準の策定について検討を進
イ.金融監督者間の情報交換を促進し理解を深め
めている。この検討に関しては、上記②の「資本
るためのモデル・メモ(1997 年 9 月)
の適切性とソルベンシーに関する原則」の他、
2000 年 3 月に IAIS が公表した「ソルベンシー
金融監督者間の情報交換を改善するためのガイ
ダンスである。
に関するイシュー・ペーパー―ソルベンシーの評
ウ.経営陣の適格性の原則とその適用に関するガ
価と実務上の問題(Issues paper on solvency,
イダンス(2000 年 10 月)
solvency assessments and actuarial issues)」
「金融コングロマリットに対する監督」
があげられる。
(1999 年に公表されたジョイント・フォーラム
このイシュー・ペーパーは、「保険会社のソル
のペーパー)に盛り込まれた経営陣の適格性の原
ベンシーに関する、保険監督者のためのガイダン
則を、単独の保険会社や保険グループに適用する
スを提供する」ものであり、保険会社が抱えてい
ためのガイダンスである。
る様々なリスク(保険リスク、投資リスク、その
他のリスク)についての分析、および、各国・地
②2001 年 9 月のボン会合に提出された 5 つの
域が採用している、これらリスクに関するソルベ
ペーパー
ンシー評価の手法についての分析等がなされてい
2001 年 9 月に開催された IAIS のボン会合で
る。
は、以下の 5 つのペーパーについて議論が行わ
同ペーパーでは、「一般的に、保険監督の主目
れ、各国の監督当局者に承認された。これらの
的は、保険会社が現在および将来にわたって保険
ペーパーについては 2002 年 1 月の会合において
契約者に対し保険金支払いを行えるだけの、負債
も引き続き検討される予定である。
に対する十分なキャパシティーを有することを確
a.資本の適切性とソルベンシーに関する原則
保することにある」としている。
保険会社のソルベンシー評価に関する 14 の原
この目的を達成するために、同ペーパーは、最
則を定めたもので、この原則は、資本の適切性と
低自己資本基準の設定と監督当局による監視、保
ソルベンシーに関する、より詳細な「基準」の基
険会社自身によるリスク評価・管理体制の構築、
礎となるものである。
リスクや資本の状況に関する信頼性ある適時な情
b.元受保険会社の再保険カバーおよび再保険会
報開示等が重要であることを強調している。
19
情報開示に関しては、「情報開示は、保険契約
12 月に公表したペーパーでは、a.リスクに応じ
者や市場参加者が保険会社の財務状況に関する理
た自己資本の充実、b.健全なリスク管理、c.情
解を改善する」ために重要であり、また、「保険
報開示の充実、の 3 点に特に検討の重点が置かれて
会社は、抱えているリスクの性質と大きさを投資
いる。以下、この項目に沿ってペーパーの内容を
家が理解するに足る十分な定性的情報および定量
整理する。
的情報を市場に対し提供すべきである」とされて
いる。ソルベンシーの評価に関しては、リスクや
a.リスクに応じた自己資本の充実
資本の計算が会計基準の定義や方法に基づいて行
金融コングロマリットの自己資本の充実に関す
われることが多いことから、会計基準が重要な意
る規制・監督の検討状況については、1999 年 2
味を持っていることも述べられている。
月に公表された一連のペーパーの一つである「自
己資本の充実度に関する諸原則」にまとめられて
いる(《図表 10》参照)。
2.業態間のハーモナイゼーション
本節では、金融サービス規制・監督における業
「自己資本の充実度に関する諸原則」は、金融
態間のハーモナイゼーションに関して、(1)金融
コングロマリットのグループ全体の自己資本評価
コングロマリットに対する規制・監督、(2)各業
を容易にするための測定手法および原則について
態に共通する「金融リスクの望ましい情報開示」、
述べている。この測定手法は、様々な監督者に
の 2 つの問題についての検討結果を取り上げる。
よって利用されている既存のアプローチの組み合
(1)についてはジョイント・フォーラムによる
わせに基づくものであり、このペーパーは、すべ
ペーパー、(2)については MWG による報告
ての場合に適用される一つの手法を奨励するもの
書から、それぞれの内容について整理する。
ではなく、むしろ既存の各分野ごとのアプローチ
に依拠するものである、とされている。すなわち、
(1)金融コングロマリットに対する規制・監督
このペーパーでは、各業態ごとの既存のアプロー
に関する検討
チの利用を前提とすることが示されており、銀行、
前述のように、金融コングロマリットに対す
証券、保険のすべてに適用する共通の自己資本基
る規制・監督については、 1996 年に BCBS、
準を作ろうといった動きは、この時点では、示さ
IOSCO、IAIS を母体とする合同会合として設置
れていないことがわかる。
されたジョイント・フォーラムにおいて検討され
ている。ジョイント・フォーラムは、1999 年 2
b.健全なリスク管理
月に、金融コングロマリットの監督に関する一連
前述のように、1999 年 12 月には、「リスク
のペーパーを公表し、1999 年 12 月には、「リ
の集中に関する諸原則」、「内部取引等に関する
スクの集中に関する諸原則」、「内部取引等に関
諸原則」についてのペーパーが公表された 32。こ
する諸原則」のペーパーを公表している。BCBS、
れらのペーパーは、銀行、証券、保険の監督当局
IOSCO、IAIS は、それぞれの組織のメンバーに
者が、規制上および監督上の手続きを通じて、
対して、ペーパーにまとめられた諸原則の実施を
「リスクの集中」および「グループ内の取引と
促している。
エクスポージャー(以下、「内部取引等」とい
主な検討結果は、銀行、証券、保険のすべてに
う)」の健全な管理および制御を確実にするた
適用する共通の自己資本基準を定めようとする動
めの諸原則を概説したものである(《図表 11》
きはこの時点では示されていないこと、リスク管
参照)。
理については、リスクの集中と内部取引等の問題
リスクの集中と内部取引等についてペーパー
が取り上げられたこと等である。
にまとめられたことは、金融コングロマリットの
リスク管理に関しては、これらの要素に特に強い
①ジョイント・フォーラムが 1999 年に公表した
関心が払われていることを示すものである。リス
ペーパーの概要
クの集中については、規制・監督当局者たちの関
ジョイント・フォーラムが 1999 年 2 月および
心は、部門別の各リスクに対するものから、部門
20
《図表 10》金融コングロマリットに対する規制・監督に関する一連のペーパーの概要
(ジョイント・フォーラム 1999 年 2 月公表)
ペ ー パ ー の 概 要
自己資本の充実
金融コングロマリットのグループ全体の自己資本評価を容易にするための測定
度に関する諸原
手法および原則について述べている。測定手法は、様々な監督者によって利用
則
されている既存のアプローチの組み合わせに基づいている。このペーパーは、
すべての場合に適用されるひとつの手法を奨励するものではなく、むしろ既存
の各分野ごとのアプローチに依拠するものである。
自己資本の充実
自己資本の充実度を測定する手法を実際に適用する場合において生じる複雑な
度に関する諸原
状況について説明、例証している。
則の補論
経営陣の適格性
銀行、証券会社および保険会社のトップマネジメントの誠実さと能力が、監督
についての諸原
上重要であるという認識に立ち、金融コングロマリットに属する企業を監督す
則
る監督者が、当該企業が確実かつ健全に経営されているか否かを評価する責任
を果たすことを可能とするための指針を提示している。
監督上の情報交
国際的に活動している金融コングロマリットに属する規制対象企業の監督者間
換に関する枠組
の情報交換を容易にするための一般的な枠組みについて述べている。
み
監督上の情報交
監督者間の情報交換を促進するために監督者を補助する、いくつかの指針とな
換に関する諸原
る原則について述べている。ここでは、監督者にとっての情報のニーズが、監
則
督者自身の目的とアプローチ、および個々の金融コングロマリットの組織や構
造を含む多くの要因により大きく異なることを認識したものとなっている。
監督上の情報交
単独または複数のコーディネーターの特定を可能にするための指針を提示して
換のためのコー
いる。また、緊急時および非緊急時において監督者が選択できる単独または複
ディネーター
数のコーディネーターの役割と責務に関する要素の一覧を、監督者に対し提示
している。
監督者に対する
監督者に対するクエスチョネアは、監督者同士が、相互の目的と実務をよりよ
クエスチョネア
く理解することに資するための手段である。
(出典)BIS 資料等をもとに安田総合研究所作成。
間のリスクの相互作用に移ってきている。「リス
の部門における監督者の歴史的な懸念事項を反映
クの集中に関する諸原則」では、以下のことが、
しており、部門間でみると、ある程度の違いが
監督上の実務に関する調査でわかった、とされ
ある。
金融機関も監督者も、経験に基づき、リスク
ている。
「金融コングロマリット内におけるリスクの
の集中という概念を時間の経過とともに広げてき
集中に対し監督者の関心が向けられるようになっ
た。近年、金融機関と監督者は、信用リスク、
たことは、金融コングロマリットがリスクの集中
マーケット・リスク、カントリー・リスク等が相
について注目するようになったことと軌を一にし
互に作用することによって、単一の大口取引や取
ている。従来、金融コングロマリットも監督者も
引の組み合わせが異常に大きな損失を発生させ得
共に、ほぼ完全に部門レベルでのリスク(信用リ
るような状況があることを認識し、リスクの相互
スク、マーケット・リスク、カントリー・リスク、
作用に、より大きな注意を払うようになってきて
流動性リスク、再保険リスクといった、単一の側
いる。」
面におけるリスク)の集中に焦点を当てていた。
このため、現行の監督手段や方法論は、それぞれ
21
《図表 11》 「リスクの集中に関する諸原則」と「内部取引等に関する諸原則」ペーパーの概要
(ジョイント・フォーラム 1999 年 12 月公表)
ペ ー パ ー の 概 要
リスクの
・このペーパーの目的は、銀行、証券および保険業の監督者に対して、金融コングロ
集中に関
マリットにおけるリスクの集中(risk concentrations)の健全な管理と制御を、規制
する諸原
および監督上のプロセスを通じて確実なものとするための諸原則を提供することに
則
ある。
・リスクの集中とは、
「金融機関の健全性もしくは中核となる業務の継続能力を脅かす
だけの損失を発生させる可能性を持ったエクスポージャー」と定義。
・複数の業務ラインを複合させることにより、コングロマリットは広範な分散化の可
能性を提供する。しかしながら、グループ全体のレベルで新たなリスクの集中が発
生する可能性がある。
・特に、コングロマリット内の別々の法人が同一もしくは類似のリスク・ファクター
に晒されることがあり、または一見したところ無関係なリスク・ファクターが、あ
る並外れたストレスがかけられた状況において、相互に作用することがある。
内部取引
・このペーパーの目的は、銀行、証券および保険業の監督者に対して、金融コングロ
等に関す
マリットによるグループ内の取引とエクスポージャー(intra-group transactions
る諸原則
and exposures;以下、内部取引等)の健全な管理と制御を、規制および監督上のプ
ロセスを通じて確実なものとするための諸原則を提供することにある。
・内部取引等は、コングロマリットの異なる部門間の相乗効果を生み出し、また、そ
れによって健全なコスト効率化と利益の最大化、リスク管理の向上、並びにより効
果的な自己資本と資金調達の管理をもたらすことができる。
・同時に、重大な内部取引等はコングロマリット内における悪影響伝播の経路として
の機能を有し、また、潜在的に破綻の処理を複雑化させる。
・内部取引等の便益とリスクの適切なバランスを達成することはコングロマリットと
監督者の重要な目的であり、適切なバランスは内部取引等の機能や類型によって異
なる。
(出典)BIS 資料等をもとに安田総合研究所作成。
市場規律が有効であるためには、情報開示は適時
c.情報開示の充実
リスクの集中や内部取引等に関し、監督者に必
性、信頼性、目的適合性、十分性を持つ必要があ
要なこととして報告された内容は《図表 12》の
る。金融コングロマリットの運営についてより広
通りである。このうちの一つに、「監督者は、リ
範な理解を求めるために、定量的情報だけでなく
スクの集中や内部取引等についての情報開示を促
定性的情報を拡大させ、情報開示を強化すること
進すべきである」とある。この情報開示の促進に
が必要である。さらに、情報開示は、監督上の監
ついては、以下のように述べられている。
「リスクの集中および内部取引等のいずれの場
視とリスク評価を促進し、監督者が更に重要な問
題を探求するように導くこともある。」
合においても、情報開示は、市場規律を促進し得
る。効果的な情報開示により、市場参加者がリス
クを効果的に管理する金融コングロマリットに対
して利益を与え、また、そうでない先に不利益を
もたらすことが可能となり、それによって、監督
者が出すメッセージを補強することが可能となる。
22
《図表 12》「リスクの集中や内部取引等に関し、監督者に必要なこと」の概要
(ジョイント・フォーラム 1999 年 12 月公表)
・監督者は、金融コングロマリットに、グループ全体における適切なリスク管理プロセスを持た
せるような手段を講ずるべきである。また、これらのプロセスを強化する適切な措置について
検討すべきである。
・監督者は、必要に応じ、定期的な報告やその他の手段を用いて、適時に重大なリスクの集中や
内部取引等を監視すべきである。
・監督者は、リスクの集中や内部取引等についての情報開示を促進すべきである。
・監督者は、他の監督者の懸念を確認するために互いに密接に連絡を取り、グループ内における
リスクの集中や内部取引等に関連するあらゆる監督上の措置について適切と思われる調整を行
うべきである。
・監督者は、直接もしくはグループ全体への悪影響を通じて、規制対象企業に悪影響を与えると
思われる重大なリスクの集中や内部取引等について、効果的かつ適切に対応すべきである。
(出典)BIS 資料等をもとに安田総合研究所作成。
(2)各業態に共通する「金融リスクの望ましい
②天童会合の検討結果
2001 年 7 月に開催されたジョイント・フォー
情報開示」
ラム天童会合では、「銀行・証券・保険の監督基
1999 年に、BCBS、CGFS、IOSCO、IAIS の
本原則」および「リスク管理および自己資本原
共同ワーキンググループとして設置された MWG
則」について、それぞれのワーキンググループか
は、市場規律強化のために金融機関のリスク開示
らレポートが提出された。「銀行・証券・保険の
を改善することを目指して活動しており、2001
監督基本原則」に関するレポートは、BCBS、
年 4 月に報告書(提言)を公表した。MWG は、
IOSCO、IAIS でそれぞれ策定された監督基本原
「金融機関」の定義の範囲を、銀行、証券会社、
則を比較したものであり、各業態の監督上の共通
保険会社、ヘッジファンドとし、これら各業態に
点、相違点について分析している。「リスク管理
共通する望ましい情報開示の姿を求めている。
および自己資本原則」に関するレポートは、各業
MWG はこの報告書の中で 3 つの結論、すなわ
態におけるリスク評価・管理のあり方、および自
ち、a.定量的な情報開示と定性的な情報開示の
己資本規制について比較したものであり、それぞ
バランスが必要、b.情報開示はリスク管理手法
れの共通点、相違点について分析している。
と整合的であるべき、c.期末値だけでなく、期
ジョイント・フォーラム天童会合では、各業
中値の情報が重要、を示した。また「金融リスク
態の監督基本原則に、本質的な矛盾はないものの、
の望ましい情報開示」として、a.時価評価され
その実施にあたっては相違がみられることが明ら
ているエクスポージャー、b.マーケット・リス
かになった。また、リスクの評価や管理、自己資
ク、c.資金流動性リスク、d.信用リスクの 4
本規制の比較に関しては、各業態のリスク管理手
項目について、開示すべき内容を示している。
法に共通点はあるものの、各業態の特性に起因す
①MWG が示した 3 つの結論
る違いもあることが明らかになった、とされてい
前述のように、2000 年第 2 四半期、MWG は、
る。これらのレポートは、本会合での議論の後、
その内容について概ね了承され、ジョイント・
9 か国の多様な業態の民間金融機関の協力を得て
フォーラムの母体である BCBS、IOSCO、IAIS
パイロット・スタディを行い、幅広い金融リスク
に提出されることとされた。このように、ジョイ
に関する非公表のデータを集め、2001 年 4 月、
ント・フォーラムにおける現時点での検討は、銀
MWG は、このパイロット・スタディの結果を織
行・証券・保険における監督基本原則、リスク管
り込み、報告書(提言)を公表した。
MWG による報告書は、金融機関の情報開示の
理、自己資本原則等の比較にとどまっている。
改善に向けた提言である、とされている。金融分
23
野における現状の情報開示慣行を改善するための
c.期末値だけでなく、期中値の情報が重要
具体的な提言を行う上で必要なこととして、
企業のリスク・プロファイルをより有意義に判
MWG は次の 3 つの結論を示した。
断するためには、エクスポージャーの期末値だけ
でなく、期中値の情報(特に最大値、最小値、メ
a.定量的な情報開示と定性的な情報開示のバラ
ディアン)が重要である。いくつかの分野では前
ンスが必要
進がみられるものの、現在の情報開示の多くは依
金融機関が抱える金融リスクの程度や特性、
然として期末値に依存しており、このため債権者
および当該企業のリスク管理手法の有効性に関
や投資家に提供される情報を取り繕うこと(「お
して、一段と有意義な情報を開示していくため
化粧」)が可能になっている。
には、定量的な情報開示と定性的な情報開示の
②報告書に示された「金融リスクの望ましい情報
バランスをとることが必要である。如何にバラ
ンスをとっていくかについては議論が必要にな
開示」
る。
MWG の報告書では、「金融リスクの望ましい
情報開示」として、金融機関は規制のあるなしに
b.情報開示はリスク管理手法と整合的であるべき
かかわらず、《図表 13》に掲げる情報を、リスク
情報開示は、企業のリスク管理手法と整合的
に対するエクスポージャーが最もよく分かるよう
であるべきである。比較可能性の確保は重要な
に定期的に開示すべきである(その方法は金融機
目的であるとはいえ、常に可能であるとは限ら
関の判断に任せることができる)、とされている。
ないと考えるべきである。
《図表 13》「金融リスクの望ましい情報開示」の概要(MWG による報告書 2001 年 4 月公表)
情 報 開 示 の 内 容
時価評価されてい
トレーディングのように積極的に運用され、あるいは、時価評価されている
る エ ク ス ポ ー エクスポージャーについては、1)ポートフォリオの合計値、リスク・資産毎の
ジャーについて
内訳の VaR の期中最大値、最小値、メディアンおよび期末値、2)リスク推計
値の実現損益との比較を含む全社的なリスク・リターンの実績値の推移。
マーケット・リス
内部的なリスク管理の枠組みで全社的なマーケット・リスクを評価している
クについて
企業で、かつ、そうしたリスク評価に信頼がおけると考えている企業につい
ては、マーケット・リスクに対する全社的に統合されたエクスポージャーの
状況(資産・負債およびオンバランス・オフバランス一体かつ報告期間中の
最大値、最小値、メディアンおよび期末値)。
資金流動性リスク
資金流動性リスクについて、定量的な情報で裏付けられた定性的な説明。
について
信用リスクについ
金融機関の信用リスク・エクスポージャーの特性を反映した分類・定義によ
て
る信用エクスポージャーの内訳(エクスポージャーの種類、信用度、満期別
構成)。
(出典)BIS 資料等をもとに安田総合研究所作成。
MWG が、望ましい情報開示実現のためのプロセ
③「金融リスクの望ましい情報開示」を実現する
ためのプロセス
スを明確に打ち出したことは、MWG における情
MWG は、上記「金融リスクの望ましい情報開
報開示の改善に向けた取組みの積極性を示すもの
示」を実現するために、三段階のプロセス(《図
と考えられる。
表 14》参照)をとると述べている。このように、
24
《図表 14》「金融リスクの望ましい情報開示」を実現するためのプロセス
プ
第 一 段 階
ロ
セ
ス
MWG は、4 つの親委員会が管下の金融機関すべてに対し、「金融リスクの望ま
しい情報開示」を、株主、債権者、取引先向けに定期的に行うことをできるだけ
早期に実現するよう、働きかけることを要請する。
第 二 段 階
MWG は、「金融リスクの望ましい情報開示」が金融機関の財務状況を把握する
上でも重要であることに鑑み、これらの情報を財務諸表とともに開示すべき項目
の一部に含めるよう、親委員会が関連団体と協議することを提案する。
第 三 段 階
仮にこれら 2 つの方法で進展がみられず、市場規律を十分に強化できない場合
には、情報開示の内容を決定する権限を有する規制・監督当局に対して、管轄下
にある金融機関に「金融リスクの望ましい情報開示」を義務付ける上で必要な措
置を取るよう要請する。
(出典)BIS 資料等をもとに安田総合研究所作成。
3.市場規律の強化に重点を置く規制・監督への
いる表れと捉えることができる。また、多国間の
ハーモナイゼーションで取り上げた BIS 自己資
変化
本章の1.で、多くの国の間で金融サービス規
本比率規制、バーゼル・コア・プリンシパル、
制・監督がハーモナイズする方向にあること、ま
IAIS による基準等の策定においても、リスクに
た2.で、金融コングロマリットに対する規制・
応じた自己資本の充実、健全なリスク管理、情報
監督が、銀行、証券、保険の各業態の規制・監督
開示の充実が重要視されている。
他にも同様の認識をみることが出来る。例えば、
に共通するプラットフォームを求めようとする志
プラットフォームが形成されつつある状況になっ
Charles Goodhart, et al, “Financial Regulation:
why, how and where now? ” は 、 最 終 章 の
ている。すなわち、市場規律の強化に重点を置く
“Summary of policy conclusions ”において米国
規制・監督は、金融サービス規制・監督のハーモ
連邦準備制度理事会のグリーンスパン議長の次の
ナイゼーションを支えるプラットフォーム的理念
発言を引用している 33。「第一の指導的な原則は、
となりつつある。ここでは、その状況を概観する。
金融の安定性を危うくしないかぎり、可能なとこ
向を伴っていることをみてきた。現在、ある種の
ろで、我々は市場規律を強化するように努めるべ
きであるということである。」(1997 年 5 月 1
(1)市場規律の強化に重点を置く規制・監督へ
の変化の概要
日シカゴ連邦準備銀行「銀行の構造と競争に関す
現在、金融サービス規制・監督は、市場規律の
る会議」におけるキーノートスピーチ)
強化に重点を置く方向が明確になっている。業態
このような、市場規律を重視する変化を、極々
間のハーモナイゼーションで取り上げた、ジョイ
単純に模式化すると、《図表 15》に示した 2 者
ント・フォーラムの検討では、市場規律の強化が
モデルから 3 者モデルへの変化と解釈すること
明確に打ち出されている。同フォーラムでは、リ
ができる(勿論、ある時点で劇的に変化したので
スクに応じた自己資本の充実、健全なリスク管理、
はなく徐々に市場規律の強化が進行したと考える
情報開示の充実に、検討の重点が置かれており、
べきである。本図表は、その変化を対比させるた
これらはいずれも、「市場規律の強化に重点を置
めに単純化したものである。また、本稿では、対
く規制・監督モデル」を支える重要な要素になっ
比のために、一般的には使われていない 2 者モ
ていると考えられる。MWG の目的は、金融機関
デル、3 者モデルという用法を用いる)。
が抱えるリスクに関する情報開示の充実を図るこ
とにあり、これは市場規律の機能を特に重視して
25
《図表 15》2 者モデルから 3 者モデルへの変化
<従来モデル>
<新しいモデル>
規制・監督当局
規制・監督
市
場
監視
金融機関
補強
規制・監督当局
金融機関
(出典)安田総合研究所作成。
規制・監督当局と金融機関という 2 者からな
な規制・監督モデル(金融機関、規制・監督当局、
る、上記の従来モデルは、高 度 に 命 令 的 ・ 規
市場の 3 者によるモデル)が具体化しつつある。
範 的 ( prescriptive ) な 規 制 体 制 で あ る 。
すなわち、市場規律を重視した規制・監督モデル
そのような規制体制にはいくつかの問題点
である。
が 指 摘 さ れ て い る 34。
市場規律の意義について、BCBS(バーゼル銀
・高度に命令的・規範的な規制体制は、実務上会
行監督委員会)は、次のように指摘している 35。
社の業績、規制の究極的な目的よりも会社のプ
「健全で十分に管理された銀行は、情報を有し
ロセスに焦点を当てる傾向がある。目的よりも
ている市場参加者と、より良い条件で取引ができ
ルールが関心の対象になる。事業者がルールに
る、との見方に基づいている。換言すると、市場
あっているかをチェックする保守的な文化のも
は、適切な状況では、効果的にリスクを管理して
とになりうる。
いる銀行に対し報酬を与え、リスク管理が脆弱な
・詳細なルールブックに基づく柔軟でないアプ
いし効果的ではない銀行に対しては罰則を与える
ローチは、事業者が規制目的に合致した自己の
ことによって、銀行監督を補強する規律的なメカ
最も最小限の費用で済む方法を選択することを
ニズムを有している。ただし、銀行の活動とそれ
妨げる(すなわち、起こさない又は遅らせる)
らの活動に内在するリスクを適切に評価するため
効果がある。そして、その結果金融サービスの
の適時性と信頼性のある情報に市場参加者がアク
イノベーションが起きるか発展していくことを
セスできる場合にのみ、市場規律は効果的に機能
妨げる。
しうる。」
・高度に命令的・規範的ルールによるアプローチ
この市場規律の強化に重点を置く規制・監督モ
は、柔軟でなく、市場の変化に対し十分に有効
デルが、有効に機能するためには、いくつかの条
に対応することができなくなる。
件が整う必要がある。すなわち、金融機関のリス
ク管理の高度化やリスクに応じた自己資本の充実
・リスクは、しばしば単純なルールで対応するに
は複雑すぎる。
等の内部管理と情報開示の徹底、更に規制・監督
上記で指摘されている問題点は、規制・監督当
当局による内部管理の監視・検査である。その規
局が、リスクを管理する従来の手法は、既に限界
制・監督モデルを図示したのが、《図表 16》で
に来てしまっていることを意味している。
ある。この規制・監督のモデルは、BIS 自己資本
比率規制の見直しの中にも明確に出てきている。
このため、上記の問題等が指摘されている従来
モデルに依らず、規制・監督当局と金融機関とい
う 2 者に市場を加え、市場による評価を金融機
関に対する監視の手段として利用するという新た
26
《図表 16》市場規律の強化に重点を置く規制・監督モデル
市
場
財務諸表等の
監視
補強
情報開示
自己資本比率規制、
規制・監督当局
当局による検証
金融機関
金融機関自身による内部管理
(市場規律の強化を支える要素)
リスクに応じた自己
健全なリスク管理
情報開示の充実
資本の充実
(出典)安田総合研究所作成。
(2)BIS 自己資本比率規制の見直し
回の見直しでは、リスクの評価をより精緻化する
前述のように、BIS 自己資本比率規制について
こと、銀行による最新のリスク管理技術の導入と
は現在見直しの動きがあり、2005 年からの新基
合わせて、この成果を取り入れていこうとしてい
準移行に向けた準備が進められている。この見直
るところに特徴がある。
しには、最低所要自己資本、監督上の検証プロセ
市場のボラティリティーが高く、また金融シス
ス、市場規律という 3 つの柱がある。この見直
テムが高度に複雑化した今日においては、金融シ
しの動きは、《図表 16》に示した「市場規律の
ステムの安全性と健全性を保つためには、金融機
強化に重点を置く規制・監督モデル」の好例と
関自身の内部管理によるリスクに応じた自己資本
なっている。以下、その概要を示す。
の充実、情報開示を通じた市場による監視、規
制・監督当局の検証による補強、とが三位一体と
①BIS 自己資本比率規制の見直しの概要
なって実効をあげることが必要と考えられている。
1998 年に入り、1988 年のバーゼル合意から
現行の BIS 自己資本比率規制は、銀行が保有す
10 年になったのをきっかけに、BIS 自己資本比
る自己資本を重視している。自己資本は、銀行が
率規制の内容を見直すべきだとする議論が活発化
破綻するリスクを小さくするためにも、銀行が破
した。1998 年 9 月には、BCBS(バーゼル銀行
綻した場合に預金者の被る損害を小さくするため
監督委員会)は、BIS の自己資本比率規制を見直
にも重要である。今回の第二次市中協議案は、こ
す方向で合意した。その後、2001 年 1 月には、
のような現行基準を基礎としつつ、金融システム
BCBS
の安全性と健全性を更に高めようとするものであ
から第二次市中協議案 36が公表されている。
最終案が確定された後には、現行の 1988 年自己
る。
新しい枠組みでは、規制上必要とされる全般的
資本合意に代わることになる(現在のところ、
2005 年実施予定)。
な自己資本の水準を現行合意並に維持しつつ、よ
今回の見直しの背景には、銀行業務の内容、銀
り包括的で、リスクの違いをより正確に反映する
行によるリスク管理の実務、監督の手法、金融市
手法を提供することが意図されている。規制上の
場等、この 10 年間における変化に対応する必要
所要自己資本額が実際に銀行がとっているリスク
があるとの認識が高まったことがある。特に、今
に沿ったものとなれば、銀行は業務をより効率的
27
に運営することができるようになると考えられて
a.最低所要自己資本
いる。
第一の柱は、最低所要自己資本である。新しい
また、今回の見直しでは、信用リスクについて、
枠組みでも、資本の定義と最低自己資本比率の
単純な手法から先進的な手法まで、多様な手法が
8%は、現行合意のまま維持される予定である。
用意され、銀行にはその中から選んだ手法でリス
銀行グループ全体でのリスクも考慮するため、見
クを計測し、自己資本の水準を計算することが認
直し後の合意の適用範囲は、銀行グループの持ち
められている。銀行は、今回の見直しによる枠組
株会社にも拡大され、連結ベースでも適用される
みにおいては、当局による検証のもと、自行のリ
こととなる。見直しの中心は、リスクの計測方法
スク水準とリスク特性に最も適した方法を選択す
の改善、すなわち、自己資本比率の分母の計算の
ることができるようになる。
仕方にある。信用リスクの計測方法は、現行合意
のものより精緻化される。また、今回の見直しで
②第二次市中協議案における 3 つの柱
は、オペレーショナル・リスクの計測を新たに導
2001 年 1 月に公表された第二次市中協議案に
入 す る こ と が 提 案 さ れ て い る ( 《 図 表 17》参
は、a.最低所要自己資本、b.監督上の検証プ
照)。信用リスクの計測方法としては、標準的手
ロセス、c.市場規律、の 3 つの柱がある。3 つ
法と内部格付手法 37の大きく 2 つの手法が提案さ
の柱は互いに補強し合って金融システムの安全性
れており、内部格付手法を利用するためには、
と健全性に一体として寄与するものと考えられて
BCBS が定める基準に従い、規制・監督当局の
いる。
承認を得なければならない。
《図表 17》第二次市中協議案における自己資本充実度の測り方
自己資本(定義に変更なし)
/(信用リスク+市場リスク+オペレーショナル・リスク)
=銀行の自己資本比率(最低 8%)
・信用リスク
→
見直しにより、精緻化が図られる。
・オペレーショナル・リスク
→
新たに追加される。
(出典)安田総合研究所作成。
b.監督上の検証プロセス
c.市場規律
第二の柱は、監督上の検証プロセスである。監
第三の柱は、市場規律である。これは、銀行が
督上の検証プロセスとして、監督当局は、各銀行
行う情報開示を充実させることにより、市場規律
が、自らの抱えるリスクに対する十全な評価に基
の強化を目指すものである。効果的な開示を行う
づいて、自己資本の充実度を検討するための健全
ことは、市場参加者が銀行のリスクの特性と自己
な内部プロセスを有することを確保しなければな
資本の充実度を評価するために不可欠である。新
らない。新しい枠組みでは、銀行の経営陣が、自
しい枠組みでは、銀行がどのような方法によって
己資本充実度を評価するための行内プロセスを設
リスクを評価し、どのように自己資本の充実度を
け、その銀行に固有のリスク特性と管理の状況に
計算しているか等、いくつかの領域について、開
即した目標自己資本比率を設定することの重要性
示に関する要件と開示を推奨する項目とを定めて
が強調されている。監督当局は、銀行が自らの抱
いる。
えるリスクとの関係での自己資本充実度をどれだ
(3)情報開示の内容と会計基準の重要性
け適切に検討できているかについて評価する責任
を有することになる。銀行の内部プロセスは、監
市場規律が有効に機能するためには、適時性、
督上の検証を受け、必要に応じ当局からの働きか
信頼性、透明性、目的適合性を備えた情報開示が
けを受けることになる。
必要である。情報開示が十分でない場合、市場の
28
投資家は、金融機関が抱えているリスクやリスク
事例について概観する。
に応じた自己資本の充実度を適切に評価すること
英国では、BIS 自己資本比率規制の見直し案
ができず、効果的にリスクを管理している金融機
(以下、「新 BIS 規制」という)の考え方を取
関に対し報酬を与え、リスク管理が脆弱ないし効
り入れて国内金融サービス規制を再構築しようと
果的ではない金融機関に対して不利益を与えるこ
する動きがある。新 BIS 規制は銀行を対象とす
ともできないため、市場規律が有効に機能しない
るものであるが、英国の規制・監督当局は従来の
と考えられるからである。
業態別規制を極力統合することを目的として、保
情報開示の充実に関しては、何(情報開示の内
険会社にも同様のリスクベースでの資本要件規制
容)を、どのように見せるか(見せ方)が問題と
を課す方針を公表した。これは業態別規制の統合
なる。「情報開示の内容」については、例えば
と、開示されるリスク情報の品質を高めることを
MWG の報告書で「金融リスクの望ましい情報開
目的としている。そのために必要となる、保険会
示」として示されたように、情報開示の充実策に
社が有する複雑なリスクを評価するための手法の
ついて各方面で検討が進められている。「見せ
検討が進められている。またシンガポールでは、
方」については、主に財務諸表作成のためのルー
損害保険会社に対する資本要件規制をリスクベー
ルである会計基準の問題と捉えることができる
スとする提案がなされている。これは情報開示の
(もちろん、会計基準も情報開示の内容について
強化に向けた国際的な潮流を反映して、リスク計
規定している面もある)。
測を精緻化するための具体的手法を試行するもの
市場による金融機関のリスク評価において基本
と捉えることができる。
となるのは財務諸表である。財務諸表は、金融機
英国、シンガポールの事例は、いずれも第Ⅳ章
関、市場、規制・監督当局の 3 者の間を結ぶ情
で示した、市場規律の強化に重点を置く規制・監
報媒介機能を担っており、金融機関が抱えている
督モデルを支える重要な要素である、①リスクに
リスクの実態や自己資本の充実度をより正確に反
応じた自己資本の充実、②健全なリスク管理、③
映させる会計基準によって作成されていなければ
情報開示の充実、の実現を図るための方策と解す
ならない。特に、市場が金融機関の監視機能を担
ることができる。
う状況下においては、市場に対して開示される財
わが国の保険検査マニュアルにおいては、①保
務諸表の持つ意味合いはこれまでに比べて格段に
険会社自身による内部管理体制の充実、②市場規
大きくなってきている。直接的な業務規制を緩和
律による監視、③監督当局による補強、という 3
すると同時に、リスクに応じた自己資本の充実や
者による体制を構築することが明確にうたわれて
情報開示の強化を求める潮流の中では、金融機関
おり、市場規律の強化に重点を置いていることが
は財務諸表を通じた市場からの評価を念頭に置い
わかる。この考え方は、基本的に BIS 自己資本
て、自己の判断、行動を律することになる。この
比率規制見直しの第二次市中協議案に示された 3
ように、会計基準は、規制・監督当局による規制
つの柱に通じるものである。また、英国、シンガ
と別ではあるが、それを支えるものであり、《図
ポールの事例同様、保険検査マニュアルにおいて
表 4》に掲げた健全な金融システムのための
も、①リスクに応じた自己資本の充実、②健全な
キー・スタンダードの一環として重要な意味を
リスク管理、③情報開示の充実、が市場規律の強
持っている。
化を図るための重要な要素になっていることはい
うまでもない。
Ⅴ.保険規制・監督における市場規律強化の動き
1.英国における市場規律強化の事例
本章では、保険規制・監督の当局者が、金融
サービス規制・監督のハーモナイゼーションにお
英国では規制・監督機関である金融サービス庁
けるプラットフォーム的理念となっている市場規
(Financial Services Authority:以下、FSA と略
律の強化をどのように図ろうとしているのか、英
す。)が新たな資本要件規制の検討を進めている。
国、シンガポールの事例、および、わが国で
FSA は金融機関からの拠出金により運営される
2001 年 6 月に公表された保険検査マニュアルの
民間の保証有限会社であり、2001 年中には金融
29
サービス・市場法の施行 38に伴って金融サービス
期待される範囲のリスクに対して、資本や再保険
業の唯一の規制・監督機関となることが決まって
等が適切な水準であるかを吟味することが求めら
いる39。
れる。Davies 長官は次の通り続けている。
FSA は 2001 年 6 月、統合プルデンシャル・
「この評価は、期待ないしは予見される水準の
ソ ー ス ブ ッ ク 草 案 40 ( Integrated Prudential
保険金支払い並びに費用を資産の価値と比較する、
Sourcebook:PSB)を発表した。これは、現行
従来からのコンセプトの範囲を超えている。これ
の銀行、投資機関、保険会社等の業態別規制 41を、
には負債や資産が期待値よりも悪い方向に逸れる
企業が有するリスクに基づいた資本要件規制へと
現実的なシナリオの洗い出しが含まれる。特に、
可能な限り統合しようとするものである。FSA
保険会社には引受、費用、信用、市場もしくはそ
では、現在改正作業が進められている EC 指令
の他の損失やリスクのいずれか、またはその現実
(Solvency 1, Solvency 2)や新 BIS 規制の検討
的な組み合わせが生じたり、具体化するおそれの
も参考にしながら議論を進め、これらとほぼ同じ
あるシナリオを洗い出すことが期待されるであろ
タイミングである 2004 年に制度化したいとして
う。」
いる 42。評価対象となるリスクとしては、市場リ
(2)国際基準とのハーモナイゼーション
スク、信用リスク、オペレーショナル・リスク、
保険技術に係るリスク(保険負債の発生、金額お
本ソースブックが制度化された場合でも、EU
よびタイミングについての内在的不確実性に由来
の資本要件規制が英国内において効力を失うわ
す る リ ス ク) 、 流 動 性 リ ス ク 、 グ ル ー プ リ ス ク
けではない。むしろ FSA は保険会社に対しては
(企業グループのメンバーであることに由来する
EU 規制を超える水準の資本要件規制が課される
リスク)が挙げられている。
べきであると考えており、将来の新 BIS 規制や
保険規制の国際的なベストプラクティスとの
(1)保険規制と新 BIS 規制とのハーモナイ
ハーモナイゼーションも視野に入れているとし
ゼーション
ている45。
本ソースブックの提案は、新 BIS 規制の理念、
2.シンガポールにおける市場規律強化の事例
とりわけ監督上の検証プロセスを可能な範囲で保
険会社にも適用しようとするものと捉えることも
シンガポールでも、損害保険規制においてリス
できる。FSA 長官の Howard Davies は 2001 年
ク計測方法の精緻化を図る動きがある。規制・監
初めに行ったスピーチ 43で次のように述べた。
督当局である MAS は保険規制改革の一環として
「バーゼル合意を保険会社に適用するのがぴっ
2001 年 8 月 、 「 コ ン サ ル テ ー シ ョ ン ・ ペ ー
たりであるとは決して言えない。しかし基本的コ
パー:損害保険業の保険契約に基づく負債の調査
ンセプト、内部的な資本の適切性評価の当局によ
に係る枠組み」を公表した 46。本枠組みは、全保
る検証の強調等はよく当てはまるため、統合プル
険会社に適用される単一の規制(“one-size fits
デンシャル・ソースブック草案の参考とした。わ
all ” regulation ) か ら 、 事 業 の 複 雑 さ と リ ス
れわれの提案は、合理的な前提条件に基づいて、
ク・プロファイルを勘案する規制への移行を図る
保険事業のリスク並びに不確実性に適切に対処す
もので 47、リスクベースの資本要件規制に向けた
るために必要な資本その他の財務的資源の自己評
制度整備の第一歩と位置付けられる。この枠組み
価を保険会社に義務付けるものである。」
案を作成した、コンサルティング会社や保険会社
ここで言う「保険事業のリスク並びに不確実
等に所属する保険数理人によるワーキンググルー
性」への対処とは、保険会社が有するリスクの計
プは、フェアバリュー会計の導入、透明性の向上
測の精緻化を意味する。従来の制度上の備えやソ
や、一般に認められる保険数理原則の検討等の国
ルベンシー・マージンの適切性についての規制か
際的な潮流も考慮したとしている 48。
ら、会社が保有するリスクの洗い出しとそのマネ
生命保険事業について、同国の保険法(§
ジメントに規制の重心が移り 44、様々なシナリオ
37)は保険数理人による財務的状況に係る調査
の想定に基づく確率論的な手法によって合理的に
を 12 ヶ月に 1 度実施し、その概要を MAS に提
30
②関係者の役割
出することを義務付けている 49。本枠組み案は、
損害保険会社にも保険数理人等から保険契約に係
関係者の具体的役割については以下の内容が記
る準備金の適切性につき確認(certificate)を受
載されている。これをまとめると《図表 18》の
けることを義務づけようとするものである 50。当
ようになる。
該債務は種目ごとに、
・保険会社の取締役会は、内部管理体制を充実さ
(1)未経過危険に対する保険料準備金の期待値
せ、自らの責任において、業務の健全性及び
(2)既発生事故による保険金債務の期待値
適切性を確保し、保険契約者等の保護を図る
(3)以上の期待値が望ましくない方向に外れ
よう努める。
た場合でも 75%の信頼レベルで対応できる
・監査役は、内部管理体制の充実において重要な
だけの資金
役割を担っており、取締役の職務の執行を監
を合計して算出するものとされる 51。
査するという職責を果たす。
このような評価の枠組みの制度化に伴って損害
・会計監査人等は、内部管理体制の状況を的確に
保険会社が受ける財務的影響としては、準備金の
把握し、保険会社とは独立した視点に立って、
積み増しが必要となったり、それによってさらに
財務諸表監査等を通じて、厳正な外部監査を
ソルベンシー・マージン基準で必要とされる値が
実施する。
変化することが考えられる。
・さらに、こうした手続きを経て作成された財務
諸表、経営方針等の経営内容は広く開示され、
3.わが国の保険検査マニュアルにみられる市場
市場を通じた、投資家による監視(市場規律
規律強化の動き
による監視)を受けることとなる。
(1)保険検査マニュアルの策定
・監督当局による公的関与は、こうした自己責任
金融検査については、1998 年に「新しい金融
原則と市場規律による監視だけでは保険契約
検査に関する基本事項について」(蔵検第 140
者等の保護等が十分に図れないと判断される
号)が定められ、自己責任原則の徹底と市場規律
場合に、これらを補強するものと位置付けら
とを基軸に、明確なルールを前提とした透明性の
れている。
高い行政への転換が図られてきた。1999 年に、
「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」が
(3)保険検査マニュアルの基本的考え方
定められ、2001 年 6 月には、保険会社について
①自己管理型の検査
検査の基本的考え方及び検査に際しての具体的着
保険検査マニュアルは、当局による指導型か
眼点等を整理したマニュアル(以下、「保険検査
ら、保険会社自身による自己管理型への転換をさ
マニュアル」という)が定められている。
らに促進していく観点から以下の点に配慮してい
る、とされている。
(2)保険会社に対する検査の基本的考え方
・保険会社の自己責任に基づく経営を促す観点か
①検査の目的および位置付け
ら、検査マニュアルを公表。
保険会社に対する監督当局の検査は、「保険
・保険会社の自己管理にも使用しやすいチェック
会社の業務の健全かつ適切な運営を確保し、保険
リスト方式を中心としている。
・結果のみに着目するのではなく、問題が生じな
契約者等の保護を図るため」に行うものであると
いような内部管理・外部監査体制が確保されて
されている(保険業法第 129 条等)。
いるか否かというプロセス・チェックに重点を
保険業法の運用に当たっては、保険会社の業務
置いている。
の運営についての自主的な努力を尊重するよう配
慮しなければならず、業務の健全かつ適切な運営
・護送船団方式を前提とした、すべての保険会社
を確保し、保険契約者の保護を図ることは、まず
に共通するチェック項目を中心とするのではな
自己責任の徹底と市場規律の強化によって達成さ
く、先進的な保険会社を念頭においたチェック
れなければならない、とされている。
項目も積極的に取り入れている。
・自己責任原則という観点から、取締役会、監査
31
《図表 18》保険検査マニュアルで示された関係者の役割
<内部管理体制の充実>
取締役会
会計監査人
監査役
財務諸表等
等
自己責任
・業務の健全性・
・取締役の職務
<厳正な外部監査>
況を的確に把握
の執行を監査
適切性確保
・内部管理体制の状
・独立した視点で監
・保険契約者等の
査
保護
財務諸表、
<市場規律に
経営方針等
よる監視>
<公的関与による補強>
の開示
投資家等
監督当局
・市場を通じた投資
・自己責任原則と市場
家等による監視
規律だけで十分でな
い場合、補強
(出典)保険検査マニュアルをもとに安田総合研究所作成。
役、会計監査人等が、内部管理・外部監査体制
索していく新しい時代の幕があがり始めている。
の中で、それぞれどのような役割を担うことが
保険事業を取り巻く経営環境が急激に変化するな
適切か等、責任の所在を意識。
かで、保険会社自らが責任を持って様々なリスク
・特に、取締役会・監査役自身が、保険会社の抱
を的確に把握・管理していくことがますます重要
える各リスクの特性を十分理解し、必要な資
になっている。さらに、リスク管理重視型の経営
源配分を行い、かつ、適切な内部管理を行っ
が基本となってきている国際的潮流の中で、わが
ているか否かをまず確認していく、いわゆる
国保険業の更なる発展を促すためにも、リスク管
トップダウン型の検査方式を念頭に置いてい
理の適切性を強く内外にアピールしていく必要が
る。
ある。保険募集時における個別の法令遵守状況の
チェックや保険会社の業務の健全性を確保する観
②リスク管理重視の検査
点からの資産査定は重要な要素であるものの、今
保険検査マニュアルは、保険会社のリスク管理
後は適切なリスク管理態勢の確保という視点から
の検査も実施していく」とされている。
態勢の確認検査に重点を置いて策定されている。
このことは保険検査マニュアルの中で、以下のよ
うに述べられている。「護送船団方式は終焉し、
保険会社が自己責任に基づき新たな業務構築を模
32
Ⅵ.おわりに
危機等の問題が生じて、金融システムの安定化に
これまで、銀行、証券、保険を含む金融サービ
向けた国際的な取組みが強化され、金融サービス
ス全般に関する国際的な規制・監督のハーモナイ
規制・監督についてもハーモナイゼーションが促
ゼーションの動きについて概観してきた。以上の
進されることとなった。BIS 自己資本比率規制に
ハーモナイゼーションの展開から、観察されるこ
おけるリスク計測の精緻化の取組みも、市場規律
とをいくつかまとめておきたい。
をより的確に機能させるという、新たに生まれた
課題への適応である。これらは、市場の変化に応
(1)保険規制・監督にも、金融サービス規制・
じた適応の取り組みとしてとらえることができる。
監督と同じハーモナイゼーションにおける
しかし、第Ⅳ章の冒頭にあるとおり、ハーモナイ
プラットフォーム的理念が形成されつつあ
ゼーションは全ての領域ではっきりした姿をとっ
る流れがはっきり出てきている。
金融サービス規制・監督に関するハーモナイ
ているわけではない。現時点の取り組みが、新た
ゼーションは、国際的協調や国際基準の策定を求
と考える者はいないだろう。そうだとすると、金
める動きや、規制システムのシステム間競争に
融サービス規制・監督は、完成形ではなく、なお
よって促進されている。このような中で、国内の
進化を続けることになる。進化の方向性について
保険規制・監督についても、国外の保険規制・監
はどうか。過去から今日まで市場は変化してきた。
督や、他業態の規制・監督との間で、ハーモナイ
その変化に適応すべく金融サービス規制・監督も
ゼーションが進行していることがわかった。保険
変化してきた。市場の変化の方向が大きく変わら
規制・監督に、金融サービス規制・監督と同じ
ないとすれば、金融サービス規制・監督の変化の
ハーモナイゼーションにおけるプラットフォーム
方向性も大きくは変わらず、現時点における変化
的理念が形成されつつある流れがはっきり出てき
の方向性が今後も続くのではないか。
に生じた問題・課題に必要十分に適応できている
ている。
そのハーモナイゼーションにおけるプラット
(3)それぞれの当事者が国際的にも国内市場で
フォーム的理念は、市場規律の強化を重視する規
も相互に作用しあい、学習している
制・監督であり、そこでは、金融機関自身による
金融サービス規制・監督のハーモナイゼーショ
内部管理、市場規律による監視、規制・監督当局
ンの当事者は、各国の規制当局、各種の国際機関、
による補強が、三位一体となって機能することが
国際団体そして各国の事業者、各事業者・利用者
意図されている。また、金融機関自身による内部
の団体等である。これらの多くの当事者は、相互
管理では、健全なリスク管理と、リスクに応じた
に作用し合い、学習する過程を進んでいる。
自己資本の充実が特に重視され、市場規律による
国際的にみると、第Ⅱ章の動向は、国際機関の
監視では、財務諸表等を通じた投資家への情報開
間で、また国際機関を構成する各国の規制当局が、
示の充実が求められている。情報開示が充実して
国際的な協調を図る動きである。一方、第Ⅲ章の
いなければ、投資家は、金融機関が抱えているリ
動向は、協力的ではないが、当事者は競合を意識
スクやリスク管理の手法、自己資本の充実度を評
し、意識した者同士の相互作用と学習過程があっ
価することができず、市場規律が機能しないと考
たのではないかと考えられる。国際的な基準の代
えられるからである。情報開示においては、金融
表である、BIS 自己資本比率規制の見直しでも、
機関がとっているリスクの程度や特性、採用して
当局者間の協議と市中協議が多くなされている。
いるリスク管理手法、リスクに応じた自己資本の
各国の国内市場でも、シンガポールやバミュー
充実度等が特に注目されている。
ダの事例に現れているように、規制当局と事業者
との多くの対話・協議がなされている。これも、
(2)市場の変化に応じて金融サービス規制・監
相互作用と学習の一例である。
督が進化している
規制のハーモナイゼーションがなされた事例と
ここでいう「進化」とは、外部の環境変化に適
して、本稿では取り上げなかったが、ヨーロッパ
応して当事者が変化することを意味する。アジア
共同体(EC)の例もある。その経験を分析した、
33
ジャック・ペルクマン、ジーン=メイ・スーンは、
「有効な規制戦略を展開するにあたって EC が
ロス・ボーダー取引が日常化するにつれ、「制度
とった『試行錯誤を通じての学習という方策』は、
の国際的競争」や「制度の国際的標準化」が不可
思いがけないプラスの外部性をもたらした。それ
避になると主張されている。また、総務庁編
は、他の組織たとえば OECD やその他のグロー
「2000 年版規制緩和白書」においても、「各国
バルな国際機関の学習コストを大幅に減少させた
の制度そのものが競争にさらされているといえる。
ことである」と述べている 52。これと同様な過程
その競争にさらされている制度の最も典型的なも
が、今回取り上げたハーモナイゼーションの過程
のの一つが規制制度である。」(89 頁)と指摘
でも同様にみられたのではないか。
されている。
3
アジア危機が発生した直後から、アジアを中心
<参考文献>
に、ヘッジファンド等による投機的活動が各国経
・H.バン・グルーニング/S.ブラオビック・
済に深刻な結果をもたらしているとの主張がなさ
ブラタノビック著、銀行経営研究会訳「[総説]
れるようになった。さらに、危機が中南米やロシ
銀 行 リ ス ク 分 析 ― BIS 規 制 と 銀 行 経 営 」
アに波及し、 1998 年 9 月には米国のヘッジファ
(シュプリンガーフェアラーク東京、2001)
ンド LTCM が事実上の破綻に追い込まれ、これ
・高木仁、黒田晃生、渡辺良夫著「金融システム
がシステミック・リスクに対する懸念に発展し、
の国際比較分析」(東洋経済新報社、1999)
国際金融システムの安定化に対する関心が高まっ
・貝塚啓明編「金融資本市場の変貌と国家」(東
た。このヘッジファンドに関する問題は、APEC
洋経済新報社、1999)
(アジア太平洋経済協力会議)の非公式首脳会議
や ASEM(アジア欧州会議)、IMF、G7 サミッ
・翁百合著「情報開示と日本の金融システム」
(東洋経済新報社、1998)
ト等でも重要なテーマとなった。
・ロバート・E・ライタン/ジョナサン・ロウチ
4
FSF, “International Standards and Codes to
著、小西龍治訳「21 世紀の金融業」(東洋経
Strengthen Financial Systems” (April 2001).
済新報社、1998)
5
BIS ホームページ(http://www.bis.org/)。
6
G10 とは、日本、米国、イギリス、ドイツ、フ
・大場知満/増永嶺監修、(財)国際金融情報セ
ンター編「世界の金融・資本市場」(財団法人
ランス、イタリア、カナダ、ベルギー、オランダ、
金融財政事情研究会、1995)
スイス、スウェーデンの 11 カ国を指す。
・三木谷良一/石垣健一編「金融政策と金融自由
化」(東洋経済新報社、1993)
・ Andrew
Crockett, “ The
Regulation
of
7
IOSCO ホームページ(http://www.iosco.org/)。
8
IAIS ホームページ(http://www.iaisweb.org/)。
9
日本、米国、ドイツ、フランス、イギリス、カ
Financial Services:International Principles
ナダ、イタリア、オーストラリア、ベルギー、オ
and Standards ”, The Geneva Association
ランダ、スペイン、スウェーデン、スイス。日本
Information Newsletter, October 2001.
・C.A.E Goodhart,“The Emerging Framework
からは、金融庁及び日本銀行がメンバーとなって
いる。
of Financial Regulation ”, Central Banking
10
Publications, 1997
フランス、ドイツ、日本、メキシコ、オランダ、
設立時の加盟国は、オーストラリア、カナダ、
英国、米国である。
11
1
LONGMAN
BUSINESS
ENGLISH
Julian Arkell,“Financial Services and the
WTO Negotiation – issues raised at the 16 th
DICTIONARY, Pearson Educational Ltd, 2000.
PROGRES Seminar(Geneva, 14-15 September
2
2000 )”, Geneva
規制システム間の競争という考え方は、1987
Association
Information
年に中谷巌教授が「ボーダーレス・エコノミーの
Newsletter – PROGRES No.32,December 2000/
中で「制度の国際的競争」として提示している。
January 2001.Arkell 氏は、会計基準も保険監督
そこでは、経済活動のグローバル化が進展し、ク
および数理計算に関する基準と同様に、グルーバ
34
ルな基準へ調整される過程にあるとしている。
21
12
22
但し、公表後改訂され、現在使用されていな
い IAS もある。
13
Id., ¶ 11.
MAS Notice No.208, Notice to General
Insurers, Insurance Act, CAP 142, “Financial
Reinsurance”, August 18, 1999.
保険は、特定の不確定な将来事象が生じた場
合に、保険会社が他方の当事者に現金または同等
23
Hauw Soo Hoon, supra ¶ 17-18.
物で支払う必要があるリスクを抱えるという特徴
24
Id., ¶ 29.
を持つ点で、他の金融商品とは異なる。但し、起
25
Id., ¶ 30.
草委員会は、類似の特徴を持つデリバティブに関
26
A.M. Best, “Special Report: Reinsurance”,
しては、保険契約の定義に含めず、金融商品プロ
September 2000, p.15.
ジェクトの範囲に含めるべきと考えている。
27
14
正以降のバミューダ保険規制システムの進展につ
保険プロジェクトの起草委員会のメンバーは、
保険法(The Insurance Act 1978)1995 年改
英国・米国・オーストラリア・オランダ・フラン
いては、岡崎前掲論文で整理した。
ス・ドイツ・日本等の保険に精通している職業会
28
計士が中心である。その他に、証券監督者国際機
本金、サープラス、および保険引受のための法的
構(IOSCO)、欧州委員会(EC)、保険監督者国
能力(すなわち保険免許)を、議決権を持たない
際機構(IAIS)、国際アクチュアリー協会(IAA)、
株主にレンタルするものである。レンタキャプ
FASB からオブザーバーが参加している。
ティブへの参加者は、自らキャプティブを設立す
15
ることなく、ほぼ同等のメリットを得ることがで
保険会計に関する国際基準策定の動きの詳細
レンタキャプティブとは、キャプティブの資
については、望月晃研究員、牛窪賢一研究員「新
きる。
たな損害保険会計制度の構築−今後の方向性と検
29
討の視点−」安田総研クォータリーVol.35 (2001
て保険事業の規制・監督を行っている。
年 1 月 20 日発行)を参照。
30
米国では州保険庁が、各州の保険法に基づい
米国では各州の規制・監督につき、効果的な
シンガポール通貨庁は 1971 年に設立された、
手法に関する意見交換や全米各州の保険規制に関
発券業務を除く全ての金融行政の監督権を持つ強
する調整等を目的として NAIC が組織され、各
力な行政庁である。同庁が管理する金融機関は商
州保険庁の意見を集約してモデル法を起草、採択
業銀行、マーチャント・バンク、ファイナンス・
し、各州の規制の統一性推進を図っている。モデ
カンパニー、保険会社、証券会社、外国為替ブ
ル法は、州の立法のモデルとなることを意図して
ローカー等である。
おり、州法に取り入れられることで当該州内にお
16
17
Ravi Menon, “Sound Regulation as a Source
いて効力を持つことになる。
of Competitive Advantage”, speech at the Asian
31 岡崎康雄研究員「バミューダ市場の進展と米国
Banker Summit, March 21, 2001.
市場の対応−ART が与えたインパクト−」安田
18
総研クォータリー Vol.36(2001 年 4 月 20 日発
Teo Swee Lian, “Challenges in the Insurance
Industry”, keynote address at the 27th ASEAN
行)参照。
Insurance Council Meeting, August 28, 2001.
32
19 これら手法の概要については、岡崎康雄研究員
ディ・グループは、監督上の実務に関するものと、
「バミューダ保険市場−イノベイティブな保険市
金融コングロマリットの実務に関するものとの 2
場の発展と今後の見通し−」安田総研クォータ
つの質問状を利用してこれらのリスク管理に関す
リー Vol.31(2000 年 1 月 20 日発行)を参照。
る実態調査を実施し、この結果をペーパーとして
20
Hauw
Insurance
Soo
Hoon,
Department,
Executive
MAS,
Director,
リスクの集中と内部取引等に関するスタ
公表した。
“Rethinking
33
Charles Goodhart, et al, “Financial Regulation :
Risk: Beyond Traditional Boundaries”, Keynote
why, how and where now? ”, 1998, p.202.
Address at 2nd Conference on Alternative Risk
34
Id., p.2.
Transfers in Asia, May 23, 2000.
35
BCBS「銀行の透明性の向上について」(1998
35
年 9 月 22 日)(日本銀行仮訳、http://www.boj.
る市民の意識喚起、③適切な水準の消費者保護の
or.jp/intl/98/bis9811.html)
。
36
これは、以下の 3 つの部分によって構成され
確保、④金融犯罪の余地の低減)を与えており、
FSA はそれぞれの目標に係るリスクを洗い出し、
ている。
その影響度(impact)と発生可能性(probability)
①「概論」:見直しの理由を説明し、現在進行中の
作業について特にコメントと協力を求めている。
を評価した上で優先順位を決定し、効率的かつ比
②「自己資本に関するバーゼル合意」:新しい合
例原則(金融サービス機関および消費者の負担す
意の骨格と内容の詳細を定めている。最終規則
るコストが規制の利益に見合ったものでなければ
の草案にあたる。
ならないとする原則)に則った規制を行うことと
③「7 つの補論」:個別の問題について、技術的
されている。また FSA はこれらの目標を遂行す
な分析をしたり、現在進行中の作業について説明
るにあたり、いくつかの指針(①個別リスクへの
したり、実施のための指針を示したりしている。
対処につき最も効率的かつ経済的な選択肢を選ぶ、
内部格付手法を採用する銀行は、手法の内容
②新規参入や新商品・サービスの発売に対する非
と開示に関する厳格な基準に服することを条件に、
合理な抑制を排することでイノベーションを推進
借り手の信用力に関する自らの内部的な評価を利
する、③英国の競争力を低下させるような施策を
用して、ポートフォリオの信用リスクを評価する
避ける。)も考慮しなければならない。FSA, “A
ことが認められる。事業法人向けか、リテールか、
new
といった与信の種別に応じて損失特性が異なるの
January 2000, p.10-11.
で、種別ごとに異なる分析の枠組みが用意されて
40
いる。内部格付手法のもとでは、まず銀行が借り
手の信用力を評価し、その結果が将来損失となる
Prudential Sourcebook”, June 2001.
41 FSA, “Interim Prudential Sourcebook” 参照。
可能性がある額の推計値に換算され、それをもと
42
FSA, supra, p.3.
に最低所要資本額が計算される。事業法人向け、
43
Howard Davies, “Capital Requirements and
政府向け、銀行向け与信については、基礎的手法
Crisis Prevention Policies” speech at Banks
と先進的手法の二種類が用意されている。基礎的
and Systemic Risk Conference, May 25, 2001.
手法の場合、銀行は個々の借り手のデフォルト確
44
率を推計するが、その他の入力情報については当
45
37
regulator
for
the
new
millennium”
FSA Consultation Paper 97, “Integrated
Id., p.5.
Alan McNee, “The next generation of
局が指定した計数を用いる。内部管理上の資本配
insurance regulation”, August 2001, p.3.
賦のために十分に進んだ仕組みを有している銀行
46
は、先進的手法を選択して、デフォルト確率以外
the Investigation of Policy Liabilities for
の必要な入力情報についても自ら推計することが
General Insurance Business” , August 24, 2001.
認められる。基礎的手法であれ、先進的手法であ
47
Teo Swee Lian, supra.
れ、内部格付手法のもとでは、リスク・ウエイト
48
MAS, supra, ¶ 6.
の範囲は標準的手法に比べてはるかに広くなり、
49
Insurance Act, Cap 142 § 37, “Actuarial
リスクをより正確に反映するようになると考えら
investigations and reports as to life business”.
50 キャプティブ保険会社は、この義務を免除さ
れている。
38
金融サービス・市場法(Financial Services
MAS, “Consultation Paper Framework for
れる予定である。
and Markets Act)は 2000 年 6 月に女王の裁可
51
を受けており、2001 年 11 月までに施行される
ついてのガイダンスノート(Guidance Notes for
予 定 で あ る 。FSA ホ ー ム ペ ー ジ ( http://www.
the Actuarial Report)」。
fsa.gov.uk/development)
。
52
39
金融サービス・市場法は FSA に 4 つの目標
MAS 通達 209 号(案)「保険数理レポートに
OECD 行政管理委員会、スコット・H・ジェ
コブス編「規制の国際化」(龍星出版、1996)
206 頁。
(①英国市場の信頼維持、②金融システムに関す
36