フランスにおけるフードクラスターの展開と VITAGORA の活動

フランスにおけるフードクラスターの展開と VITAGORA の活動
九州沖縄農業研究センター 後藤一寿
農林水産政策研究所 井上荘太朗・須田文明
1.はじめに(目的と対象)
公的資金を得ようとする場合には、必ず Les pôles
de compétitivité を通して申請し、認定するシス
本報告は、フランスにおけるフードクラスター
テムである。
の展開を整理するとともに、フランスの競争力ク
拠点クラスターの一つである、VITAGORA(健
3.F2C フレンチフードクラスターの展開
康・栄養・味覚クラスター)を対象に、その活動
の概要を紹介し、オープンイノベーションの視点
フランス政府により認定された競争力拠点のう
から同クラスターの活動を評価するとともに、我
ち食品産業を対象としたクラスター4 つが集まり、
が国における今後のフードクラスター展開を検討
2004 年にフランス食品産業イノベーションネッ
する。
ト ワ ー ク ( F2C Innovation: French Food
Cluster)が設立された。参加したクラスターは、
2.フランスにおける競争力拠点政策の展開
Aquimer、Agrimip、Valorial、Vitagora の 4 ク
ラスターであり、それぞれのクラスターを整理す
フランスでは 2005 年より競争力拠点政策(仏
ると以下の通りである。Aquimer(アキメール)
名:Les pôles de compétitivité,英名:Competitive
は、ノール・パ・ドゥ・カレ地方に位置する ブー
Clusters)が推進されており、現在 71 の拠点クラ
ローニュ・シュール・メールに拠点を持ち、漁業、
スターが認定され、多くのプロジェクトが推進さ
養殖業、魚類加工産業、関連副産業に特化したク
れている。競争力拠点政策では、同一の地域での
ラスターである。Agrimip(アグリミップ)は、
企業および高等教育機関、公的ないし民間の研究
ミディピレネー地方の主要都市、トゥールーズに
機関の集積により構成され、これらがイノベーシ
拠点を置く、農業関連産業に特化・したクラスタ
ョンのための経済振興プロジェクトを共同して実
ーである。Valorial(ヴァロリアル)は、ブルタ
施するものであり、研究開発とイノベーションの
ーニュ地方の主要都市、レンヌを拠点をとし、食
実現促進を促すことを目的としている。2004 年 9
の改善・革新を目指すためのクラスターである。
月に「地域計画および開発に関する関係省庁委員
Vitagora(ヴィタゴラ)は、ブルゴーニュ地方の
会(CIADT)
」がイノベーション能力を筆頭とす
主要都市、
ディジョンに拠点を置く、
テイスト
(味)
、
る国の競争力を決める重要な要素を束ねて強化す
栄養、健康に特化したクラスターである。
るという考えの下で、シラク政権が採用した新し
F2C の目的は企業における研究開発とイノベ
い産業政策であり、2005 年から 2008 年の第1フ
ーションの推進であり、現在 370 社の食と健康に
ェイズの間に少なくとも 15 億ユーロが投入され
関わる企業、130 のコンシューマー・サイエンス
た。
2009 年から第 2 フェイズが開始されている。
(消費者の動向、嗜好の科学的分析をする研究ジ
主な政策支援は Les pôles de compétitivité に参
ャンル)から農業に至る一連の農業ビジネスを得
加する企業
(大企業、
中小企業、
外資系企業など)
、
意分野とする研究開発のエキスパート、35 の高等
大学・研究機関が共同で行う研究開発プロジェク
教育機関などがネットワークを構築している。
トに対する補助金支出であり、企業等が R&D の
4.VITAGORA の概要
と栄養価を改良した 100%フルーツジュースの開
発、特産果樹を活用した新商品の開発などが実施
ここで取り上げる VITAGORA はブルゴーニュ
されている。
に設立された味覚・栄養・健康に特化したクラス
ターである。このクラスターは「食の喜び」と「健
5.VITAGORA におけるオープンイノベーションの
康」の両面に配慮した加工食品を開発する研究拠
成果
点としてヨーロッパにおいて主導的地位を築くこ
とを目標としている。現在 148 企業・機関(中小
オープンイノベーションとは「知識の流入と流
企業や多国籍企業を含む 115 企業、
13 の非営利組
出を自社内の目的にかなうように利用して社内の
織、20 の研究開発機関)でネットワークが構築さ
イノベーションを加速するとともに、イノベーシ
れ 151 のプロジェクトが実施されている。これら
ョンの社外活用を促進する市場を拡大すること
のプロジェクトに 105 百万ユーロが投入され、パ
(Chesbrough,2006)
」とされ、価値あるアイデ
ートナー企業に860 百万ユーロの利益をもたらし
アなら社内外を問わず活用できるし、市場へも社
ている。
内外のルートを通じて投入できることを提唱して
VITAGORA は大きく 4 つの柱を掲げている。
いる。この観点から VITAGORA を評価すると、
第 1 の柱は「生涯を通じての味覚:味覚の認知、
味覚・栄養・健康というテーマを掲げ、食に関す
味覚に関わる行動、味覚の習得」であり、消費者
る Intelligent が集うことで様々な技術や製品が
の食の選好、味覚に関わる行動様式、生理学的に
開発され発展を遂げている。その結果、2014 年度
みた香りの認識、香りの成分やその分析などを研
末までに 500 の新たな雇用を創出し、5 つの企業
究している。プロジェクトとしても乳幼児の食の
を VITAGORA のある Dijon に誘致または設立し
選好、食育の効果の検証などが行われている。第
た。さらに国際的なパートナーシップ協定を 5 カ
2 の柱は「消費者の健康の発展と維持」であり、
国(日本、韓国、ポルトガル、ノルウェー、カナ
消費者の多様なニーズに対応した製品開発を行う
ダ)で締結するなど、大きな成果を上げている。
ため、消費者をセグメンテーションし、専門的な
知識を提供している。プロジェクトとしては、機
参考文献
能性プロバイオテクス製品の開発、シニア世代の
体重増加予防・治療を目的とした栄養食品開発等
が実施されている。第 3 の柱は「味と健康を重視
した、製法、工程、原材料」であり、食品の加工
プロセスの革新を目指している。プロジェクトと
しては、大手調理器具メーカーとともに健康に良
い調理器具(スチームクッキング)の開発、商品
[1]Paule NETO.,Maria Manuel SERRANO.(2010)
”Clusters,Governance and Business Intelligence”,
EASA Congress,pp.1-25.
[2]水野真彦(2011)
,イノベーションの経済空間,
京都大学学術出版会,pp.240.
[3]細谷祐二(2010)
,欧州委員会を中心としたヨ
の店頭での寿命延伸や味や栄養の品質を高めるパ
ーロッパのクラスター政策の動向,産業立地,
ッケージ方法の開発、スパイスの新しい殺菌方の
pp.52-56.
開発などが行われている。第4の柱は「農業原材
料の生産:味と影響に及ぼす影響」であり、品種
[ 4 ] Henry Chesbrough,Wim Vanhaverbeke, Joel
West(2006),”Open Innovation Researching a New
の選択と農業技術間の橋渡し、原材料の味と栄養
paradigm”Oxford University Press,邦訳:PRTM 監
分析、抗酸化物質やビタミンのような有効成分が
訳(2010)
,オープンイノベーション,英治出
最大限生産される農法の開発などを目指している。
版,pp.427.
プロジェクトとしては次世代有機肥料の開発、味