涙の種、感謝の花

2016年6月20日(関)
日本キリスト教団 各務原教会 杉本和道
題名「涙の種、感謝の花」
聖書:詩篇一二六編5—6節
皆さんは泣いたこと、涙流したことがありますか。きっとここにいる全員が、一度は泣
いたこと、涙したことがあるでしょう。
それは、どんな涙でしたか。喜びの涙、嬉し涙もあったでしょう。でも、きっと悲しみ
の涙や悔しさの涙が多かったのではないでしょうか。
今日、皆さんにお伝えしたい。流した涙は、無駄ではない。やがて、大きな喜びの花を
咲かせる日がきます。
私が以前いた教会に「Tくん」という小学生の男の子がいました。Tくんは、人とコミュ
ニケーションをとるのが苦手な傾向を抱えた子でした。友達と上手く付き合うことができ
ず、学校も休みがちでした。そこで、少しでも学校以外の居場所を作ってあげたいと思っ
た母親に連れられてくるようになりました。
五月のある日曜日、私が教会の玄関に立って子どもたちを迎えていると、Tくんがやっ
て来るのが見えました。よく見ると、大きな黄色い箱のようなものを抱えています。それ
は、植木鉢でした。付き添って来られたお母さんが、「学校でもらった朝顔の種を植えたん
です。それを、どうしても見せたいと言って聞かないもので」と教えてくださいました。
人と目を合わせるのが苦手な彼は、私の前で、斜め下を向きながら、まだ何も生えてもい
ない植木鉢を大事に抱えつつ、「これを見て」という感じで、胸の上までグイッと持ち上げ
ました。「そうか、朝顔の種がこの中で眠っているんやね。はよ、芽が出てきたらええね」
と私が言うと。口元が「わかった」と言っているかのようにモニョモニョと動いていまし
た。
それから、植木鉢を抱えるTくんの姿を毎週見ることになりました。芽が出て、茎が伸
び、葉が広がっていきました。七月に入るころには、植木鉢を抱えるTくんの顔が隠れる
ほどでした。緑の葉の向こうに見えるTくんの顔はワクワクしているように見えました。
夏休みに入る前の日曜日、いつもより一時間も早く教会にやって来たTくんが抱える植木
鉢には、青や紫、薄いピンクの花が満開でした。「すごいやん。よーお世話したね」と私が
言ったときTくんの表情は、どこか誇らしげでした。
ところが夏も終わりに近づき秋の足音が聞こえてくると、Tくんがパタッと教会に来な
くなりました。二〜三週経ったでしょうか、Tくんの家の側まで行く用事があり、思い切
って訪ねてみることにしました。秋の入り口とはいえまだまだ暑さが残る夕暮れ、Tくん
家の玄関でお休みの理由が置いてありました。花が枯れ、葉も萎れた、朝顔の植木鉢が置
いてあったのです。お母さんの話では、やはり、朝顔が枯れたことがショックだったよう
です。キュッと下唇を噛みながら涙で目を潤ませつつ斜め下を向くTくんの横に座りなが
ら語りました。「朝顔は喜んでるよ。Tくんに世話してもらえて。綺麗な花もたくさん咲か
せることができて。朝顔が喜んでいるあかしに、お花が咲いていたところ見てごらん。種
なってるよ。あの種が黒くなったら大事にとっておいて、来年植えてごらん。必ずまた、
綺麗な花を咲かせてくれるよ」と。
聖書は言います。《涙と共に種を蒔く人は
い、泣きながら出て行った人は
喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負
束ねた穂を背負い
喜びの歌いながら帰ってくる》。どん
なに美しい花もいつかは枯れるように、私たちの喜びも悲しみに移り変わります。喜びだ
けを見つめていたら、悲しみが襲ってきたときに耐えることができません。悲しみだけを
見つめていたら、喜びの訪れに気づけなくなります。大切なのは、花が枯れた後に種が残
り、その種から新たな花が咲くように、悲しみからも喜びが与えられると信じることで
す。
次の年の五月、一年前よりグッと背が伸びたTくんが黄色い植木鉢を抱えて来ました。
芽が出て、茎が伸び、葉が広がり、花が咲きました。そして、花は萎み、やはり朝顔は枯
れていきました。
その秋、Tくんが朝顔の種をくれました。お母さんが教えてくださいました。「この種
は、ぼくの涙、朝顔が枯れちゃった悲しい気持ちをいっぱい知っている種だよ」と言って
いたと。そして、朝顔が枯れて悲しかったときに種の話をしてくれた杉本牧師に「ありが
とう」の気持ちであげるんだと言っていました、と教えてくださいました。そのときのT
くんの顔は、やっぱり斜め下を向いていましたが、微笑んでいるように見えました。
みなさんの中で、今、悲しみや辛さを抱えている方は覚えておいてください。流した涙
は、必ず、感謝の花を咲かせる種となります。
今は、悲しみや辛さから離れている人にもお願いします。ぜひ、たくさん悲しいこと辛い
ことに出会ってください。そして、たくさんの涙の種を心に植えてください。感謝の花が咲
く日が楽しみです。
掲載元:中部学院大学・中部学院大学短期大学部_チャペルアワー