胆嚢癌治療の現況

〔
説〕
胆嚢癌治療の現況
原
隆
志
Keywords:胆嚢癌,治療
要
きか を中心に胆嚢癌診療全般に言及し,勤医
旨
協中央病院外科での成績をふまえ,胆嚢癌治療
胆嚢癌は近年増加傾向にあり,胆石症との関
の現況を 括する。今回は転移性胆嚢癌や胆嚢
連から日常診療において常に注意を払わなけれ
嚢胞腺癌など特殊な癌を除き,医学中央雑誌を
ばならない疾患である。また,胆嚢癌は発見時
中心に 胆嚢癌 を,Pub-med で〝Gallbladder
すでに進行癌である場合が多く,その治療成績
Cancer" を KeyWord に過去 10年間に発表さ
も不良な反面,早期癌であれば胆嚢摘出術のみ
れた論文の中から検討項目に合致したものを選
で長期生存が期待できるなど壁深達度によって
択し 察を行った。
予後が規定される。勤医協中央病院外科の成績
からも,m,mp 癌などの早期癌の成績は良好で
あるが,se,si 癌となると生存率は極めて低く,
1.胆嚢癌の疫学
胆嚢癌死亡数は年々増加傾向を示し,他の悪
外科手術単独の治療は限界と言わざるを得な
性腫瘍と比較すると,乳癌,婦人科癌を除けば
い。化学療法など集学的治療に期待するところ
唯一女性に多い癌とされている。しかし,これ
である。一方,ss 癌では,基本的に手術治療が
を部位別悪生新生物年齢調整死亡率の推移で見
長期生存の鍵となる領域であるが,手術術式全
ると平成2∼7年をピークに減少に転じている
般においても様々な意見があり統一された見解
事も注目される 。疫学的に胆石症は古くから
は確立していないのが現状である。
胆嚢癌の危険因子として知られており,
第 34回
は
胆道外科研究会のアンケート調査では胆嚢癌の
じ め に
35.8%に胆石を合併し,胆石の約1%に胆嚢癌
厚生労働省の人口動態統計によると,胆嚢及
の合併が認められるが,その因果関係は未だ結
びその他の胆道悪生新生物による死亡数は年々
論が出ていない 。しかし,胆摘後に発見された
増加の傾向であり,2004年の確定死亡
胆嚢癌の調査結果からは術前胆石と診断されて
数は
16,359人と膵癌に次いで第6位となっている。
いた症例が 71.6%と最も多く,剖検例での胆石
特に胆嚢癌は女性に多く,死亡数,死亡率とも
保有率 2.4%を
男性を上回り,胆石症との関連を えれば日常
癌の意識をもつことが重要である 。重要な危
診療の中で常に念頭に置くべき疾患といえる。
険因子である膵胆管合流異常は先天性疾患で,
本 説の目的は 日常の診療現場において胆嚢
胆管拡張型と胆管非拡張型に 類されるが,特
癌に遭遇した場合,どのような治療選択をすべ
に胆管非拡張型の 39.3%に胆道癌を合併し,そ
えても日常診療では常に胆嚢
Present state of the treatment for gallbladder cancer.
Hara, T.:勤医協札幌西区病院外科(現 釧路協立病院外科)
Vol. 31 9
北勤医誌第 31巻
2007年 12月
の内 92.8%が胆嚢癌とされ,胆管拡張型の胆道
16.5%を占め,慢性胆嚢炎,急性胆嚢炎,胆
癌合併率 10.4%よりも高率に胆道癌を合併す
石,腺筋症などがあるとその鑑別は容易では
る 。 に,合流異常をもつ胆嚢粘膜はたとえ癌
ない 。術前診断では US,CT,EUS 等にお
が確認できなくても,出生時より既に粘膜の過
いて限局性の壁肥厚がないか,全周性の肥厚
形成が認められ,明らかに細胞増殖活性の亢進
があっても程度の異なる部 はないかなど,
が確認されている 。従って,合流異常が確認さ
画像を注意深く検討していく必要がある。
れた段階で胆嚢摘出を含めた外科治療が必須と
② 良性疾患との鑑別診断:
なる。注目すべきことに,同様の病態は形態的
鑑別診断での問題となるのは隆起性病変,
に合流異常がなくても生じ得るとされ,共通管
壁肥厚病変の鑑別であり,実際には US,EUS
が6mm 以上の高位合流症例や全く通常の合
などが有用である。隆起型胆嚢癌の多くは内
流形態を示す症例でも膵液の胆管内逆流が発生
部 一な低エコー腫瘤で,内部に嚢胞様低エ
し得るとされている
。当院でも全く正常の合
コーや高エコースポットなどがなく,径が 10
流形態を示しながら,胆汁中アミラーゼ値が
mm 以上,広基性腫瘤などの症例では常に胆
40000を越える症例を経験しており,かかる症
嚢癌を念頭に置いた検索が重要である 。癌
例には合流異常に準じて胆嚢摘出術を行うべき
では腫瘤内部の血流が増加し color doppler-
と えている。診断にはセクレチン負荷 M RCP
US に お け る 血 流
における Oddi 筋弛緩時,収縮時の所見が有用
Vmax が 36cm/sec 以上など)の評価も有用
であるとされる他,DIC-CT 検査時にも注意深
とされる 。同様に造影 CT での腫瘍濃染な
く見ると膵管が描出されていることがあり病態
ども鑑別に役立ち,充満結石例など US で胆
の予測に有用である 。他の危険因子として胆
嚢内部の情報を得にくい場合は CT 画像の
嚢腺筋症,陶器様胆嚢,胆嚢ポリープ,女性ホ
window 幅を調整することで結石に埋もれた
ルモンとの関連を示唆する報告もあるが現時点
腫瘍を描出することが可能である。平坦型で
では定まった見解はない。
は胆嚢壁の肥厚をどう鑑別するかが問題とな
布 や 流 速(最 大 流 速
るが,癌では US,EUS で内部 一な実質低
2.画像診断
エコー,表面不整で凹凸となる。一方,慢性
胆嚢癌の画像診断に求められるものは存在診
胆嚢炎による壁肥厚は US 上第2層を中心と
断,質的診断,深達度や進展状況の診断を基に
した比較的整った肥厚で,治癒過程で線維化
した切除の可否,術式の決定,予後の予測など
から黄色肉芽へと変化すればギラギラとした
に関する情報である。
高エコーになる。コレステロローシスも壁肥
① 存在診断:胆嚢癌の存在診断は隆起型や結
厚を来すが,肥厚部 は微細な高エコーが描
節型であれば比較的容易だが,平坦型では以
出 さ れ,腺 筋 症 で は 拡 張 し た RAS が mi-
外と難しい 。第 34回,35回胆道外科研究会
crocystic area(MCA)として描出される 。
の全国アンケート調査結果によれば,胆嚢癌
③ 癌の進展度診断:
症例のうち術前診断されたのは 77.3%にす
最も重要な深達度診断が可能なのは US,
ぎない 。一方,術後に判明した胆嚢癌の約7
EUS であるが,m 癌と ss 癌の鑑別が難しく,
割が術前は胆石と診断されており,以下,胆
EUS ですら正診率 70∼80%に止まる 。唯
嚢ポリープ 21%,急性胆嚢炎 21%,慢性胆嚢
一1P型に限れば m 癌と判断して良いとさ
炎 12%な ど で あった。肉 眼 型 は 平 坦 型 が
れるが,それ以外は常に ss 以深への浸潤を
29.6%と最も多く,乳頭型が 28.4%,結節型
えておかなくてはならない。一般的に外側高
17.4%で あ り,胆 嚢 癌 全 体 で も 平 坦 型 は
エコー層が保たれていれば ss 浸潤なしと判
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胆嚢癌治療の現況
断されるが,中にはこの層が保たれていても
一般的に胆嚢癌の外科治療法はその深達度と
ss 浸潤陽性という場合もあることを注意す
リンパ節転移状況に応じて決定され,m 癌では
べきである 。一方肝臓側への進展や,十二指
全層胆摘を,mp 癌では全層胆摘に D1 を加える
腸,結腸など他臓器への浸潤に関しては,US
事が多い。一方,ss 以深になると様相は一変し,
以外に造影 CT,M RI などが有用であり,胆
肝切除を伴う D2 以上のリンパ節郭清を基本
管側への浸潤の判定には M RCP,ERCP,
に,膵頭十二指腸切除,血管合併切除,他臓器
DIC-CT などの画像が有用である。また,リ
合併切除などが併施される。
ンパ節転移や他臓器転移の診断には US,
① 腹腔鏡下切除の適否について
CT,MRI,FDG-PET などが有用である 。
術前胆嚢癌と診断された場合,腹壁及び
ポート再発率が開腹胆摘(以下 OC)に比し腹
3.胆嚢癌の病理診断
術前診断される胆嚢癌が 77%とすると,術
腔鏡下胆嚢摘出術(以下 LC)で多い事を懸念
し LC 群を選択すべきでないとの意見が多
中,術後診断も極めて重要になる。胆嚢癌の肉
い
眼診断では粘膜模様の変化が最も重要であり,
無いとの意見もあるが ,現状では術前に胆
。他に LC と OC で腹壁再発率に差は
10 間ホルマリン固定した標本を慎重に観察
嚢癌と診断された場合は特殊な条件を除いて
することが有用である。また1P型の病変にお
OC を選択すべきと
いては茎が2mm 以下であれば幽門腺型腺腫
外科でも 1996年に LC 後に判明した ss 胆嚢
か,あっても腺腫内癌だが,2mm 以上では周
癌が2年後にポート再発を来たし,切除する
辺粘膜への進展も多く,固定標本の詳細な観察
も肝転移,腹膜播種を併発し失った症例を経
が重要である 。
験している。LC が適応され得る症例は1P
える。勤医協中央病院
型の隆起性病変で 10mm を越えるものや,
4.胆嚢癌の外科治療
経過観察中に形態,大きさに変化のあるもの
胆嚢癌治療において最も重要なことは,長期
である。このような症例は万が一胆嚢癌でも
生存を得るための治療法は外科切除が基本であ
m 癌であり,全層胆摘,回収袋 用,術中は
り,最大の予後規定因子は治癒切除を得るとい
絶対に胆汁を漏出しない条件で LC が選択さ
うことである。早期癌では適切な手術によって
れて良いと える 。万が一胆汁を漏出させ
長期生存が期待できるが,術中胆汁漏出が発生
てしまった場合には,大量の生理食塩水で洗
すれば根治性は一気に損なわれ,とり返しのつ
浄し,ポート部を切除しておくほうが良い 。
かない結果となるため,癌と診断された症例に
② mp 癌に対する治療選択
対しては安易に腹腔鏡下手術を選択すべきでは
術前 mp 癌と診断された場合(実際には少
ない。一方,進行癌で拡大手術を余儀なくされ
ない),リンパ節転移率も 16%程度であり,開
手術侵襲が大きくなると,手術死亡や合併症発
腹にて全層胆摘+D1 が望ましい 。術後に
生が高率となり短期予後不良となることもあり
mp 癌と診断された場合も同様に追加切除を
適応は慎重を要するが,耐術可能な症例を安易
行うべきと えるが,切除断端陰性,脈管因
に 切 除 断 念 す る こ と は 厳 に あって は な ら な
子すべて陰性,mp 範囲が広くなければ経過
い 。しかし,外科切除に限界があることもま
観察で良いとされている 。
た,十
に理解し抗癌剤や放射線治療など他の
③ ss 胆嚢癌に対する治療選択
治療法に目を向けることも必要である。全ては
ss 胆嚢癌は外科切除の成否が予後を決定
患者さんのために何が最良なのかを 合的に判
すると言っても過言ではない。したがって,
断していくことが基本となる。
術式は過不足の無い適正なものでなくてはな
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北勤医誌第 31巻
2007年 12月
らないが,実際には肝切除範囲やリンパ節郭
清など,様々な点で見解の相違がある。
ss 胆嚢癌に対する肝切除範囲については,
Glenn の手術として知られている胆嚢床切除
(解剖学的に肝床は肝臓背側の領域で,
肝床で
はなく胆嚢床と表現すべき)と S4a+S5(+
S6a)など系統的肝切除を選択することが多
い。S4a+S5(+S6a)切除を適応する施設が
多いようだが
,その根拠として胆嚢静
脈還流領域に関する検討に基づく限局性肝転
移と呼ばれる転移がある 。緒家の報告では
胆嚢静脈還流領域の 90%以上が肝 S4a,S5
であり
,リンパ流に関する動物実験でも,
胆嚢管方向のリンパ流を遮断した場合,人間
の S4a+S5 領域に相当する右中葉に流出す
ることが報告されている 。一方では胆嚢静
Fig 1
Postoperative survival rate in patients with gallbladder cancer invading to the subserosal layer depending
on the maximal horizontal size of subserosal invasion. The prognosis of the patients with subserosal
invasion less than 10mm in maximal horizontal size
was statistically significant better than the patients
with subserosal invasion grater than 10mm.
脈の還流領域は個々に一定ではなく,多くは
予後の良好な ss 癌と予後の不良な ss 癌を予
肝 S4a+S5 に流入するとしても,中には S6,
測することができ(Fig 1)
,しかも術前の EUS
左葉外側区域など広い範囲に流入するとした
等の画像である程度判別可能で有用な 類で
研究結果も報告され,一律に S4a+S5 切除で
は肝転移を制御できないとの意見もあり ,
胆嚢動脈に色素を注入し染色された還流領域
を切除するほうが理論的との意見
あることを報告している 。
④ se,si 胆嚢癌に対する治療選択
se,si 癌の治療成績は決して良好とは言え
,いく
ないが,切除以外に生存を得る方法がない現
ら系統的肝切除を加えても肝転移は制御でき
状では,外科医が果敢に立ち向かっていかな
ないとして,過大侵襲を加えず切除断端陰性
くてはならない場面も少なくない。術式の立
であれば良いとした意見もある 。著者は,明
案には肝床浸潤型及び肝門浸潤型と肝床肝門
らかな ss 胆嚢癌と診断した場合は S4a+S5
浸潤型の2つに けて えることが有用であ
切除が理論的と
えている。しかし,一口に
る。肝床浸潤型では腫瘍は大きくても,多く
ss 胆 嚢 癌 と いって も 広 範 囲 に ss 浸 潤 し た
の場合肝門部グリソンは温存され,腫瘍の肝
se,si 癌に近いものから早期癌に極めて近い
浸潤範囲に応じた肝切除となるが,肝門浸潤
微小 ss 浸潤癌まで大きな差があり,これらを
型や肝床肝門浸潤型では胆嚢頚部から肝門
一括して治療することには疑問が残る。これ
部,右葉グリソン内に浸潤するため,肝門部
に対し予後から見た細
胆管癌同様に拡大右葉切除+尾状葉切除,も
類として浸潤形式
INF による 類 ,ss 層の深さを3等
し,
しくは右3区域切除+尾状葉切除など超拡大
浅層限局と深層浸潤に 類する方法などが報
肝切除が必要となる。これらの手術は侵襲が
告されている 。しかし,これらは術後の詳細
大きく術後合併症も高率で,予防のための術
な病理組織学的検討によって初めて判明する
前準備が重要となる。
黄疸例には PTBD によ
因子で,術式選択に反映されないことから,
る減黄が必要だが,その際胆管炎がなければ
著者らは ss 浸潤部の最大径を計測し 10mm
切除側のドレナージを行う必要はない。また,
以上と 10mm 未満に
大量肝切除となるため拡大右葉切除以上か右
Vol. 31 12
類することによって
胆嚢癌治療の現況
葉切除以上で黄疸肝症例には PTPE を行い
肝不全予防に努めることが重要である。
但し,
入れられている 。
⑥ 胆管切除の適否について。
他臓器転移,腹膜播種,Binf 高度,大動脈周
癌が胆嚢管から肝外胆管へ連続進展してい
囲リンパ節転移陽性などがあれば,もはや拡
る症例や癌の主座が胆嚢頚部,胆嚢管に及ぶ
大手術の適応はないと えて良い 。
症例,肝門浸潤症例に対する胆管切除につい
⑤ 胆嚢癌に対するリンパ節郭清
ての異論はない。しかし,リンパ節郭清,肝
深達度別リンパ節郭清の至適範囲に関して
十二指腸靱帯内の間質郭清を目的とした胆管
m 癌では郭清不要だが,1P型以外では mp,
切除となると意見が異なる。実際には ss 以深
ss 癌との鑑別は困難であり,癌と診断したな
の胆嚢癌に胆管切除を行う施設が多いが ,
らば胆管虚血を来さない程度に D1 郭清して
小菅らは Stage 2 までなら胆管切除は予後改
おいた方がよい。mp 癌はリンパ節転移率
善に寄与せず,胆管切除による不利益も多い
16%程度とされ,少なくても D1 郭清が必要
と指摘し ,江畑らも肝十二指腸靱帯内のリ
である
。一方,術後に判明した場合,m 癌
ンパ節郭清と間質郭清は けて えるべきで
では郭清不要,mp 癌でも脈管因子が全て陰
靱帯内浸潤がなければ胆管切除を行わなくて
性であればリンパ節郭清は省略可能との意見
もリンパ節郭清は可能で,一律な胆管切除は
が多い 。
不要であると述べている 。著者は ss 以深の
ss 癌のリンパ節転移率は 50%と高率で,
癌に関しては胆嚢底部限局例以外では術後の
se,si 癌では 70%から 90%にも及ぶ。転移リ
胆管虚血の問題もあり胆管切除を行う意見に
ンパ節の範囲も肝十二指腸靱帯内リンパ節
賛成である。
12c,b,p,a に止まらず膵頭部後面 13a や
⑦ 膵頭十二指腸切除(PD)の適応について。
肝動脈周囲 8a にも高率で,大動脈周囲に及
進行胆嚢癌に対する PD に関しては以前よ
ぶことも少なくない 。胆嚢癌におけるリン
り多くの議論が わされているが未だに一致
パ流としては① No 12b から No 13a を介す
を見ていない。多くの症例は肝切除を伴う肝
る肝十二指腸靱帯右側のルート,②肝動脈に
膵同時切除(HPD)となり,手術侵襲は極め
う靱帯左側のルート,③肝十二指腸靱帯背
て大きくなる。現在は予防的リンパ節郭清目
側から SMA 背側に至るルートが提唱されて
的での PD はせず,主病巣や転移リンパ節の
いるが,主たる転移経路は①の右側経路であ
膵実質,十二指腸直接浸潤,胆管下部までの
る。従って ss 胆嚢癌に対するリンパ節郭清と
癌浸潤など PD を行わなければ切除できない
しては D2+No 16とする施設が圧倒的に多
ような症例に限定して施行すべきとの意見が
い 。また,千々岩らは胆嚢癌の長期予後を改
多い 。一方,新井田らは HPD の意義は進行
善させ得る方法は切除のみであるとして,3
胆嚢癌において治癒切除を得ることであり,
群リンパ節転移率 11%の事実から,肝浸潤,
Binf 陰 性 で リ ン パ 節 転 移 陽 性 の 症 例 こ そ
肝十二指腸間膜浸潤,血管浸潤を 慮しても
HPD の良い適応であるとし,膵頭部の微小
根治度Aが期待できる場合には拡大リンパ節
転移リンパ節の完全郭清のために PD を推奨
郭清 D3 を適応して良いと述べている 。し
している 。著者は前者の立場で予防的リン
かし,大動脈周囲リンパ節に明らかな転移が
パ節郭清のための PD は行っていない。
ある症例はいくら拡大郭清を行っても長期生
存は期待できず,術前もしくは術中 No 16を
5.胆嚢癌に対する化学療法
サンプリングし転移が明らかであれば根治切
これまでは5FU を中心とした多剤併用療法
除を断念するとした近藤らの意見が広く受け
が行われ,FAM 療法(5FU+ADM +MM C)
Vol. 31 13
北勤医誌第 31巻
2007年 12月
や FP 療法(5FU+CDDP)などが病勢制御に
微弱ながら効果ありとされていたが,
RCT で有
効性の確立した化学療法は出現していなかっ
た。近年 Gemcitabine(GEM )が注目され,切
除不能胆のう癌に対する単独の治療効果として
1000mg/m を 3 週 投 与,1 週 休 薬 で 奏 効 率
15∼30%,生存期間中央値7∼13ヶ月と比較的
良好な結果が報告されている。最近では GEM
に 5FU/LV,docetaxel,CDDP,CPT-11,
oxaliplatin,capecitabine などとの併用療法の
Fig 2
Postoperative survival rate depending on the depth of
cancer invasion. (m-mp, ss-binf(−), ss-binf(+), se-si)
報告も多く,奏効率9∼63%,生存期間中央値
の累積5年生存率は n0;59.1%,n1;28.3%,
も 10ヶ月 を 越 え る 成 績 が 多 く 報 告 さ れ て い
n2;16.3%,n3;11.3%とされている 。勤医協
る 。2006年の日本消化器病学会 会で報告さ
中央病院外科での成績(1975年6月から 2002
れた厚生労働省がん助成金研究班(古瀬班)の
年9月までの期間)も累積5年生存率は m,mp
調査結果でも切除不能胆嚢癌 169例に対する全
癌で 72%,ss 癌 45%
(Binf-;48%)
,se,si 癌
身化学療法の検討で GEM が最も生存期間の
で5年生存例はなかった(Fig 2)。m 癌,mp 癌
長に寄与したとの結果が報告されている。 に
での原病死はなく術式に関わらず良好な予後が
術後の補助化学療法としても GEM が有効であ
得られたが,死因の 55%が他癌死であり,術後
るとの報告もみられ,今後胆嚢癌治療における
定期検査の重要性が示唆された。一方 se,si 癌
key drug になると思われる。
では HPD 施行症例を含めて5年生存は得られ
ておらず,胆嚢癌外科治療における限界を痛感
6.胆嚢癌に対する放射線治療。
した。
胆道癌における放射線治療の主体は胆管癌
で,腫瘍容積の大きな胆嚢癌に対する治療効果
は不充
で,治療効果が期待できるのは
かな
術後遺残癌に対する治療的照射であろう 。
9.結語
胆嚢癌診療の現状を明らかにし 胆嚢癌症例
にどのような治療選択をすべきか について述
べた。胆嚢癌の予後は決して良好とは言えず,
7.胆嚢癌に対するその他の治療。
細胞障害性Tリンパ球を誘導する DNA ワク
外来で遭遇しても,すでに切除不能であること
も少なくない。一方,早期に発見された胆嚢癌
チンや樹状細胞ワクチンなどの免疫療法がある
の予後は極めて良好であり,
高危険群を設定し,
ほか ,選択的増殖性単純1型ヘルペスウイル
検診などで積極的に胆嚢癌の拾い上げができれ
ス(G207)による腫瘍溶解性ウイルス療法など
ば救命できる症例が増えてくるものと思われ
が報告されているが,現時点においては臨床的
る。いずれにしても,長期生存を得るための基
に有効性の確立したものではない 。
本は外科的切除であることは間違いない。早期
癌や ss 癌はもとより se,si 癌においても,外科
8.胆嚢癌の予後
的切除によって長期生存が望めるならば決して
胆嚢癌は主に深達度とリンパ節転移状況に
諦めることなく積極的な態度で診療に臨むこと
よって予後が規定され,深達度別累積5年生存
が求められる。またその際には拡大手術による
率は m 癌 92.0%,mp 癌 80.9%,ss 癌 53.3%,
術後合併症や手術関連死亡を予防する細心の注
se 癌 18.4%,si 癌 14.5%,リンパ節転移状況別
意や配慮が不可欠である。1975年6月,勤医協
Vol. 31 14
胆嚢癌治療の現況
中央病院で最初の胆嚢癌手術を受けた 45歳の
女性は ss 癌であったが 2002年 10月時点で無
再発で生存されていた。進行胆嚢癌に立ち向
65;373−376,2003.
15) 渡辺英伸他:胆嚢癌の病理学的特徴―臨床への
メッセージ.消化器画像 8;147−154,2006.
16) 西尾秀樹,二村雄次:21世紀の外科的癌治療指針
かった患者さん,ご家族,病院の全スタッフの
―胆 道 癌 治 療―
努力が四半世紀を経て 生きる ことに結実し
2003.
たものであると確信する。胆嚢癌診療の道のり
は決して平坦ではないが,日々進歩している知
17) 宮崎
括.外 科
65;1699−1700,
勝:21世紀の外科的癌治療指針―胆道癌
治療―胆嚢癌,肝外胆管癌を中心に.外科
65;
1687−1691,2003.
識を身につけ,技術を磨きながら,常に患者さ
18) Lundberg O.and Kristoffersson A.:Open versus
んの立場に立って共に闘っていきたいと思う。
laparoscopic cholecystectomy for gallbladder
本稿を終えるにあたり,勤医協中央病院外科
carcinama. J Hepatobiliary Pancreat Surg 8;
525−529, 2001.
の礎を築き,私たちに民医連外科医療のあり方
をご指導下さいました平尾雅紀先生に心より感
謝申し上げます。
19) Paulucci V.:Port site recurrence after laparoscopic cholecystectomy. J Hepatobiliary Pancreat Surg 8;535−543, 2001.
20) 渡辺五朗他:胆嚢ポリープに対する腹腔鏡下胆嚢
参
文
献
摘出術.手術
1) 西 野 博 一 他:胆 道 癌 の 疫 学.臨 床 消 化 器 内 科
20;149−155,2005.
2) 吉川達也:第 34回日本胆道外科研究会アンケー
ト調査報告―胆嚢癌外科治療の現況.2005
3) 草野満夫:第 35回日本胆道外科研究会アンケー
ト調査報告―胆摘後に偶然発見された胆嚢癌に対
する追加切除の適応と予後.2006.
4) 田代征記:胆管拡張を伴わない膵胆管合流異常は
癌の high risk factor か.胆と膵
22:469−474,
2001.
5) 丹野誠志他:胆嚢粘膜過形成の発生時期と発癌に
関する
子生物学的
察.胆と膵
25;27−32,
2004.
6) 神澤輝実他:合流異常類似の病態―膵胆管高位合
流例.胆と膵
25;5−9,2004.
7) 崔仁煥他:正常な膵胆管合流部に起こる膵液胆汁
逆流現象と胆嚢癌.胆と膵
25;11−13,2004.
8) 真口宏介:序/胆嚢癌の診断は実は難しい.消化器
画像
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