【交通事故】 ◇事故前からの既往症の扱い(既往症減額基準)◆ 交通事故の被害にあって,頸椎捻挫(俗に言うむち打ち)の症状が出た方が,事故前 から加齢によるヘルニアがあった,といった事例があります。 このような場合,いわゆる「既往症減額(寄与度減額)」という点が争いになることが あります。 これは,被害者に事故前の既往症があって,それが交通事故による受傷をきっかけに 再発,あるいは増悪したと考えられる場合に,過失相殺を類推して,損害額が減額され るべきかどうか,という問題です。 では,被害者側に既往症があった場合,常に賠償額が減額されるのでしょうか? また,減額される場合,その割合はどう決まるのでしょうか? 実は,この問題については,必ずしも,個々の場面で唯一の結論を導き出せるような, 確立した基準といえるものはありません。 一般論としては,最高裁判例により, ①交通事故による受傷と,事故前から存在した被害者の疾患とがともに原因と なって損害が生じた場合で,当該疾患の態様・程度などから,加害者に損害の 全部を賠償させるのが公平を失するときは,被害者の疾患を考慮して賠償額を 減額することができる。 ②しかし,被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有し ていたとしても,それが疾患にあたらない場合には,特段の事情がない限り, 被害者の身体的特徴を考慮して賠償額を減額することはできない。 との判断が示されています。 では,「疾患」と「(疾患には至らない)身体的特徴」は,具体的にはどう区別される のでしょうか? 確立した基準といえるものがない,というのは,この部分です。 したがって,加害者/保険会社側が,自身に有利な見解に依拠して,賠償額の減額を 主張してくる場合があり得る,ともいえます。 これに対して,既往症減額(寄与度減額)の適用は慎重に行われなければならない, という立場から,次のような基準が提唱されています。 -1- 分 類 程 度 第Ⅰ類 既往症が軽度,一般的なもので,傷害に対する寄与がきわめて軽微で あると認められるもの 第Ⅱ類 既往症の関与が明らかであるが,寄与の度合いが軽微であると認めら れるもの 第Ⅲ類 既往症の関与が明らかであり,寄与の度合いが相当程度認められるも の 第Ⅳ類 既往症の関与の度合いが大きく,傷害の治療が長期化する主たる原因 となっていると認められるもの 第Ⅴ類 既往症がなければ,受傷の治療の必要がほとんどない場合であって, 結果発生が通常では予想できないと認められるもの 減額率 0% 0% 20~40% 30~50% 40~70% この基準を提唱したのは,東京三弁護士会交通事故処理委員会です。 したがって,あくまで1つの考え方,一応の指針と位置づけるべきで,実務上確立し た基準とまでは言えません(よって,各保険会社が当然に受け入れている基準でもあり ません。)。 しかし,この基準は,被害者保護を重視していて,例えば,「第Ⅰ類に属する既往症は 原則的に減額の対象としない」としています。 この基準によれば,例えば,被害者に事故前から加齢によるヘルニアがあっても,誰 でもあり得る軽度の経年性の変化のレベルにとどまり,事故前には症状も出ていなかっ たような場合には,賠償額の減額は0%となる(=減額するべきでない),と考えられま す。 被害者側としては,加害者/保険会社側が,事故前の既往症を理由に賠償額の減額を 主張してきた場合にも,「一定の場合には減額をするべきでない」とする考え方もあるこ とを念頭に,対応を考えるべきでしょう。 (注)本コラムは,個別の事案についての結論を保証するものではありませんので,具 体的な事案について疑問がある場合には必ず専門家にお尋ねください。 〒848-0041 佐賀県伊万里市新天町615-1 弁護士法人いまり法律事務所 弁護士 圷悠樹【文責】 -2-
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