1.ベトナムの一般医療事情

1.ベトナムの一般医療事情
!.生活環境、気候、感染症、予防接種、等
生活環境
ベトナムは近年目覚ましい経済成長を遂げている。ハノイやホーチミン市の都市部に限って言えば、ほ
ぼ日本と同水準の生活ができる。物価は安く、タクシーの初乗りは12,
000ドン(約100円)、シンガポール
のタイガーやドイツのハイネッケンビールの350ml 缶が6,
500ドン(約60円)程度である。ベトナム製のビー
ルも遜色はない。ワインもあり、ベトナム産の「越の誉」という日本酒もある。外国人旅行者向けのレス
トランは日本と同程度の料金がかかるが、ローカルのレストランでは一食10,
000ドン(約75円)で充分食
べられる。フォーというベトナムのラーメンは普通の店で5,
000ドン(約40円)と格安で食せる。また、日
本人駐在員も多くなってきており、日本食レストランや寿司屋もハノイ、ホーチミン市ともに充実してき
ている。駐在員は一般的に長期滞在型のマンションに住むことが多く家賃は日本とそれほど変わらない。
気候については後述するが、亜熱帯に属し一年を通じて温暖である。日差しが強いので日射病や日焼けに
は注意する必要がある。交通手段はバイクがメインで、自転車、車、シクロなどがあるが、交通規則はほ
とんど守られず、事故が多い。近年、バイクのヘルメット着用が義務化されようとしたが、ヘルメットの
生産量が追いつかないとか、アオザイに似合わないという理由で実現には至っていない。また、バイクの
バックミラーの装着が義務化されたが、バックミラー同士がぶつかって事故が増えるという事態が多発し
規則が見直されている。交通事故によるケガや骨折は非常に多くみられ、交通事故には充分気をつけるべ
きである。移動手段としては企業であれば運転手付きの専用車を使用するのが通常であるが、現地市民は
バイクタクシーやタクシーの利用が一般的である。娯楽については子供のための遊園地や動物園も整備さ
れてきている。また、大人向けの娯楽としてはゴルフ場やフィットネスクラブ、エステティックサロン、
映画館、カラオケ、スナックなどもある。近年、近代的なショッピングセンターが増えており、昔ながら
の市場(生きたままの鶏を売っている)や、日本のスーパーマーケット、コンビニエンスストアーのよう
な店もある。日本で言うブランド品(高級品)はないが、著作権法が整備されていない国なのでルイビト
ンのバックやロレックスの時計のコピーが合法的に売られている。電化製品も手に入らないものはほとん
どなく、日本製のビデオカメラやパソコン、デジタルカメラ、コンパクトフラッシュなどの周辺機器まで
全て調達可能である。CNN や NHK の衛星テレビも自由に見ることができる。GSM 方式の携帯電話も普及
している。インターネットは一部の反政府系サイトを除いて接続は自由である。しかし、インターネット
に関しては通信速度が遅く、日本の ISDN 以下というよりも、更にその一昔前のダイアルアップ回線の頃の
速度より遅い。言葉は南北で発音がかなり異なり、有名な民族衣装のアオザイは北部標準語の発音で、南
部ではアオヤイと発音する。また、ベトナム語は中国語と同様に同じ音でも5声あり、イントネーション
によって意味が違うため難しい。例えば日本ならば外国人がたどたどしいイントネーションで話しかけて
きても何とか理解しようとするが、ベトナム人の場合は完璧なイントネーションで話さなければ意味を解
さない。また、ホテルや土産物屋などツーリスト相手の店では英語が通じるが、他ではほとんど英語は通
用しない。治安については殺人などの凶悪事件は少ないが、ハノイに比較してホーチミン市の治安状況が
悪く、外国人を狙った引ったくりやスリが多発している。生活全般についての情報収集は「ベトナム生活
倶楽部」
(http://www2m.biglobe.ne.
jp/〜saigon)等のサイトが有用である。
― 1 ―
気候
ベトナムは南北に1,
2
0
0km と長い国土をもつ国であり熱帯モンスーンに属する。気候は北部・中部・南
部で差がある。南部のホーチミン市は一年中常夏で、最も暑い4月の平均気温が34.
8℃、最も寒い1月の
平均気温が2
1.
0℃。5月〜1
0月が雨季、1
1月〜3月が乾季で2季がある。北部のハノイを含むハイヴァン
峠よりも北部に位置する地域では四季があり、1月〜3月は日本の晩秋くらいの気温になりセーターや上
着が必要になる。ハノイは最も暑い6月の平均気温が32.
8℃、最も寒い1月の平均気温が13.
8℃である。
サパなどの北部山岳地帯では0℃を下回ることもあり、防寒具が必要になる。フエ・ダナンなどの中部は
高温多湿で雨が多い。湿度は全国土を通じて平均80%以上と多湿である。
ローカルの医療事情
国民一人あたりの年間医薬支出額は2
0
0
1年統計で6ドルとなっている(日本は2000年統計で2,
030ドル)
。
ベトナム人の平均月収は都市部で3
3ドルであり、地方では更に収入が低い。また、ベトナムで所得税を払
ベトナムドン
っているのは約4
0万人で、これは全労働人口の1%に過ぎない。ちなみに所得税は月収300万 VND(約2万
2,
5
0
0円)以上の労働者に課せられる。病院・診療所は村落の行政単位まで普及していて、
2001年統計では
総医療機関数1万3,
17
2箇所、総ベッド数1
9万2,
500床である。しかし日本と同様に医師の都市部偏在があ
り、日本の村にあたる社(Xa)という行政単位でみると、無医地区は全体の43.
7%にも上っている。表1
にあるとおり人口1
0万人あたりの医師数も5
2人と日本の約4分の1である。また、健康保険制度はあるが、
2
0
0
0年統計で加入者は1千1
00万人弱で人口の14%に過ぎず、主に企業の労働者や公務員に限られている。
保険料は賃金の3%で、本人負担2%、雇用者負担が1%である。加入者には医療費の一部が保険から支
払われるが、その負担率は医療内容によって異なる。例えば人工透析の場合、料金は50万 VND(3,
750円)
で保険負担が8
0%、本人負担が2
0%である。輸血の場合は200ml の料金が50万2千 VND で保険負担が55%、
本人負担が4
5%となっている。また、賃金労働者でも商店など自営業者に雇用されている労働者は健康保
険に加入している者は極めて例外的でしかない。農民も同様でこうした人々は100%自己負担となる。しか
しながら、もともとの診療料金が診療コストを反映したものではなく、病院が国や自治体から予算を貰い
補っているので、低い料金設定になっている。とはいえ、所得の低い農民などにとっては安い医療費とい
表1
日本
ベトナム
GDP
4兆8千416億ドル
313億ドル
総人口
1億2,
710万人
7,
810万人
平均寿命
81歳
68.
2歳
乳児死亡数(1,
0
00例あたり)
4人
3
0人
栄養失調者割合(対総人口)
N/A
19%
5歳以下低体重児割合
N/A
33%
5歳以下低身長児割合
N/A
36%
医師数(人口1
0万人あたり)
193人
52人
N/A:not available
(2
0
0
2年 国連統計より)
― 2 ―
えども負担で、病気になったからといってすぐに病院にかかる人は稀である。そのため重症化してからの
病院受診になりがちで、手遅れになる人も多い。首都ハノイの国立病院の診察料は約2,
000VND(15円)で
あり、この他に薬代がかかるがハノイでも比較的貧困層が多く居住するドンダー区では、薬代が払えない
患者が多く困っているという。また、人民委員会に登録されている都市部の貧困層、6歳以下の小児、HIV
患者については医療費が無料となっている。平均寿命は日本より12.
8年短く、乳児死亡率は7.
5倍であり、
5歳以下の栄養不良児の割合は3
0%台と高い。
疾病動向
1
9
9
0代後半まではマラリア、結核、デング熱、狂犬病などの感染症が多く、死亡原因の上位を占め、成
人病などは比較的少なかった。1
9
96年統計では疾患に占める感染症の割合が37.
6
3%、非感染症50.
02%、
事故・傷害・中毒が1
2.
35%であったのに対し、2001年統計では感染症25.
0
2%、非感染症64.
38%、事故・
傷害・中毒1
0.
6
1%である。この数字から窺う限り感染症の割合は低下し、非感染症が増加、事故・傷害・
中毒は微増している。また、個別疾患でみると(表2)1997年統計ではマラリア、デング熱、肺結核が発
生数のベスト1
0に入っていたのに対し、2
0
01年統計ではこれらの疾患がベスト10から姿を消し、代わりに
心不全(詳しい原因は不明)などが上位に入っている。死亡数割合では傷害・交通事故・脳卒中・肺結核
などがいずれの年度の統計でも上位を占め、あまり変化していないのが特徴である。また、20
01年統計で
心筋梗塞が9位に入るなど、疾病構造が徐々に欧米型に変化しつつあることが窺える。また、熱帯地方特
有の感染症の割合が低下してきた原因は、衛生状態の改善などベトナム政府が政策的に感染症対策を講じ
て来た結果であると推測される。しかし、農村部などでは未だに寄生虫病などが多いようである。
感染症
毎年5月から9月頃にかけて、蚊の媒介するマラリア、デング熱、日本脳炎が流行するが都市部での感
染リスクはきわめて低い。マラリアには予防薬があり、日本脳炎はワクチンが有効である。デング熱のワ
クチンはない。予防は蚊に刺されないことである。それ以外にも、ベトナムには結核、肺炎等の呼吸器感
表2
2
00
1年
疾病(対人口1
0万人発生数)
死亡(対人口10万人死亡数)
1位
正常分娩(4
22.
1
6人)
頭蓋内損傷(2.
46人)
2位
肺炎(3
5
4.
1
4)
交通事故(1.
98)
3位
心不全(2
51.
4
6)
肺炎(1.
69)
4位
急性喉頭・咽頭炎(2
93.
47)
脳卒中(1.
47)
5位
急性気管支・細気管支炎(251.
46)
頭蓋内出血(1.
48)
6位
避妊治療(2
2
2.
87)
肺結核(1.
2)
7位
頚部・胸部・骨盤骨折(216.
15)
周産期の呼吸不全(0.
92)
8位
感染による下痢・胃腸炎(204.
03)
心不全(0.
9)
9位
交通事故(1
6
2.
47)
急性心筋梗塞(0.
86)
10位
妊娠・出産に伴う合併症(150.
38)
未熟児(0.
71)
2
0
0
1年ベトナム健康省統計より
― 3 ―
染症、赤痢・コレラ・腸チフス・感染性下痢症などの消化器感染症、癩・破傷風・各種寄生虫病・狂犬病
などが存在する。予防には生水や生水で作った氷、生野菜には注意する必要がある。消化器感染症の予防
には十分に煮沸した水や、ミネラルウォーターを飲用することが大切である。また、HIV(主に麻薬注射に
よる感染)や梅毒などの性感染症も存在するが、日本人が通常過ごす生活環境下では風邪や下痢などの一
般的な病気を除き感染の危険度はそれほど高くない。
2003年3月〜5月にかけて世界的に SARS(急性重症
呼吸不全症候群)が流行した際に、
ベトナムでも感染者68人(うち死者5人)を出したが WHO や日本の協
力のもと他国に先駆けて制圧している。また、最近、全国64省・市のうちハノイやホーチミンを含む53省・
市で家禽(かきん)の鳥インフルエンザ感染を確認、各地で15人が感染し11人が死亡している(2004年2
月9日現在)
。ベトナム政府は「今後も拡大する恐れがある」とみており注視が必要である。当面、鳥イン
フルエンザの予防対策として下記に留意することが大切である(公館情報より)。
! 手洗い、うがいなど通常の感染症予防対策を励行すること。
" 生きた鳥、鶏舎、生きた鳥を扱う市場への不用意、無警戒な立ち寄り、接触を避けること。
(人が鳥
インフルエンザの感染を受けるのは病鳥と近距離で接触した場合、またはそれらの内臓や排泄物に接
触するなどした場合が多いとされています。
)
# 調理の際に加熱すること。(WHO によると、 ウィルスは適切な加熱により死滅するとされており、
一般的な方法として、食品の中心温度を70℃に達するよう加熱することを推奨しています。)
$
外務省安全ホームページ(http://www.mofa.go.jp/anzen)、 世界保健機関(WHO)ホームページ、
厚生労働省ホームページ、在ベトナム日本国大使館ホームページ等より最新の情報を入手すること。
予防接種
長期滞在にあたっての予防接種は、成人では A 型及び B 型肝炎、日本脳炎、破傷風。また、小児では日
本で一般的に接種される予防接種の他に、B 型肝炎、日本脳炎、破傷風等のワクチン接種が推奨される。予
防接種は可能な限り日本で受けていくことが望ましいが、現地の外資系クリニックでも問題なく受けられ
る。
(詳細はホーチミン市医療事情参照のこと)
医療事故
ローカルの病院では平気で壊れた機器を使用しており衛生状態も悪く、日本並の医療水準を期待するの
は不可能である。また、医療ミスが起こっても裁判制度や物価水準の問題から、損害賠償を得るのは不可
能に近いと考えて良い。一昨年、ベトナム消化器病学会会長のフェン教授にうかがったところ、ベトナム
では過去において医療過誤訴訟は一件も存在しないということであった。従って、医療事故の補償なども
考慮した場合には、外資系クリニックやシンガポール、バンコクでの治療が推奨される。
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