CR-S4-08 (社)日本船舶海洋工学会 研究ストラテジー研究委員会 最終

CR-S4-08
(社)日本船舶海洋工学会
研究ストラテジー研究委員会
最終報告書
平成 20 年 6 月
はじめに
造船業は今,かつてない好況下にある。一方この間,中国,ベトナムなどアジア諸国では新造
船能力が急速に拡大中である。現在の新造船需要は,BRICS 諸国の経済成長をはじめとする実体
経済の裏づけがあるとはいえ,需要の鈍化・減少は近い将来確実に予想される。また近年の鋼材
価格の高騰は,既に造船業の収益性を大きく圧迫している。こうした厳しい環境下において,わ
が国造船業が将来にわたって存続・発展するために必要なものは,一に経営戦略であり,二にそ
れを支える技術戦略である。また海運・造船に係わる国際基準を先導し,わが国の技術が必要と
される国際基準の枠組みを構築することが大切である。
一方,海洋開発に目を転じると,海洋基本法が先頃成立し,これを基に海洋基本計画が策定さ
れた。海洋の開発・利用と環境保全の調和をはかりながら,国民生活や国家的視点から必要とさ
れる海洋技術を抽出し,それを支える技術基盤を確立しなければならない。海洋の可能性につい
てはこれまでも機会あるごとに指摘されてきたが,事業としての成立性の難しさから,順調に技
術開発が進められてきているわけではない。海洋基本法の制定は,わが国の海洋技術開発にとっ
て好機であると同時に正念場でもある。
造船・海洋技術の発展に不可欠な今一つの要素は,技術開発を担う人材の獲得・育成である。
長い造船不況を経て,造船系大学の教育内容は多様化し,就業分野に対する学生の意識も多様化
している。そのような中で,造船・海洋分野に人材を導き入れ,育成するためには,産官学が一
体となったこれまで以上の取り組みが必要であると考えられる。
以上の背景のもと,わが国造船業の競争力強化のための技術戦略とその具体的方策を議論する
場として,造船・海洋に関わる幅広い分野から第一線の研究者,技術者,行政官の参画を得て,
本研究ストラテジー研究委員会を発足した。検討テーマは,(1) 海運造船技術の戦略的開発課題,
(2) 海洋技術の戦略的開発課題,(3) 国際基準戦略,(4) 人材の獲得・育成策である。(1) につい
ては,特に船舶の省エネ・環境負荷低減技術の開発と,解析およびシステム化技術を基盤とする
戦略的ソフト開発を検討項目として取り上げた。また海洋技術に関しては,海洋技術フォーラム
資源・エネルギー分科会と連携して議論を進めた。いずれの項目も,単なるテーマ出しでなく,
実施体制,開発ロードマップなど,開発のための具体案をできる限り提示することに心がけた。
2 年間の委員会活動で 3 日間の集中合宿を含めて計 10 回の委員会を開催した。また省エネ技術
に関しては,当委員会の提言をベースに,日本マリンエンジニアリング学会,日本航海学会との
海事 3 学会合同シンポジウムを開催し,各種の省エネ技術の統合化による超省エネ船実現の可能
性と課題について分野横断の議論を交えた。これらの成果を,ここに報告する。
最後に,多忙な中,委員会に出席いただき熱心な討議を頂いた委員各位ならびにオブザーバ各
位に深甚の謝意を表します。
平成 20 年 6 月 30 日
研究ストラテジー研究委員会
委員長
1
藤久保昌彦
研究組織
氏名
所属
備考
委員
岡田
哲男
(株)アイ・エイチ・アイ
ッド
委員
今出
秀則
国土交通省
委員
山口
一
東京大学大学院
委員
篠田
岳思
九州大学大学院
委員
青山
和浩
東京大学大学院
委員
尊田
雅弘
三菱重工業(株)
委員
大沢
直樹
大阪大学大学院
委員
大内
一之
(株)大内海洋コンサルタント
委員
谷澤
克治
(独)海上技術安全研究所
委員
長浜
光泰
ユニバーサル造船(株)
委員長
藤久保
委員
鈴木
英之
東京大学大学院
オブザーバ
川中
幸一
(株)商船三井
オブザーバ
田中
圭
(財)船舶技術研究協会
オブザーバ
田中
康夫
(株)MTI
オブザーバ
濱田
邦裕
広島大学大学院
オブザーバ
中川
尚人
国土交通省
H18 年度
オブザーバ
山下
泰生
住重マリンエンジニアリング(株)
合宿のみ
オブザーバ
長谷井
三井造船(株)
合宿のみ
オブザーバ
雨宮
俊幸
住重マリンエンジニアリング(株)
合宿のみ
オブザーバ
南部
幸則
ユニバーサル造船(株)
合宿のみ
昌彦
誠
マリンユナイテ
大阪大学大学院
研究発表
1) 藤久保:わが国造船業の競争力強化のための技術開発について,日本船舶海洋工学会講演会
論文集,第 4 号,2007,pp199-200.
2
目次
はじめに
1.
海運造船技術
1.1 造船業と研究開発の現状
1.1.1 造船業の現状
1.1.2 国内における研究開発の現状
1.1.3 国外における研究開発の現状
1.2 船社から見た研究開発ニーズ
1.3 省エネ・環境負荷低減技術の研究開発戦略
1.3.1 背景
1.3.2 省エネ・CO2 排出量削減技術の開発課題
1.3.3 省エネ効果の評価・検証
1.3.4 研究開発戦略
1.3.5 学会の役割
1.4 解析シーズと IT・システム技術の結合による戦略的ソフト開発
1.4.1 西部支部におけるシーズの有効利用のための検討結果
1.4.2 設計ニーズの現状
1.4.3 ソフトウェア開発の要件
1.4.4 今後の課題
2.
海洋開発技術
2.1 海洋開発技術の現状と求められる取り組み
2.1.1 海洋基本法および海洋基本計画
2.1.2 わが国海洋産業と研究開発のあるべき姿
2.2 求められる取組み
2.3 共通基盤技術の開発
2.3.1 軽量低動揺浮体の開発
2.3.2 ライフサイクルコスト低減技術(100 年浮体による事業性の向上)
2.3.3 位置保持技術
2.3.4 ライザー・揚鉱管技術
2.3.5 サブシー技術
2.3.6 有人潜水艇・海中ロボット技術
2.3.7 低コストで実証試験が行える体制の構築
2.3.8 共通技術による事業性の向上評価例
2.4 基盤技術開発ロードマップと重点研究テーマの提言
3.
国際基準戦略
3.1 国際基準に対する戦略的取組の必要性
3
3.2 学会の役割
3.3 現状の問題点と改善策
3.4 戦略的に基準開発すべきテーマの例
4.
造船分野への人材獲得・育成策
4.1 課題の抽出
4.2 学生の動向調査
4.2.1 造船 8 大学の学生の就職状況
4.2.2 近年の学生の就職活動について
4.2.3 学生の就職観について
4.3 インターンシップについて
4.3.1 造船夏季実習に対する学生の評価
4.3.2 造船インターンシップの今後
4.4 造船分野への就業意欲喚起のために
4.4.1 サスティナブルな造船業の構築のために
4.4.2 インターンシップ・共同研究の有効利用
4.4.3 リクルート活動の見直し
4.5 造船・海洋教育について
4.5.1 造船教育の現状
4.5.2 造船・海洋教育の継続・発展のために
4.6 学会への提言
4
1. 海運造船技術
1.1 造船業と研究開発の現状
1.1.1 造船業の現状
近年の経済のグローバル化に伴い,発展途上国は高い経済成長率を維持している。中でも
BRICS 諸国,特に中国は改革開放政策の推進によって資本主義化が進み,1980 年以降 27 年間に
及ぶ年平均でも 10%近い実質経済成長率を維持している。2003 年以降はその成長率も更に加速し
ており,年率 10%を超える数値を示している。およそ 13 億人の人口を有する中国の経済発展が
海上荷動きに及ぼす影響は甚大であり,今日の未曾有の造船ブームを迎えている。
一方,その新造船需要を飲み込む形で大型造船所建設ラッシュが続いており,中国各地で計画
されている造船所建設プロジェクトがすべて予定通り進行した場合,2010 年には 4,000 万 DWT
を超える建造能力を中国単独で有することになると言われている。過剰な造船設備による過当競
争から船価の下落などのマイナス要因が増加し,早晩調整局面を迎えることが懸念される。この
ような状況下でも日本の造船業が生き残り,着実に事業を遂行・発展していくことができる方策
を実行することが重要である。
そこでまず,日本の造船業の現状と周辺環境を分析してみる。
かつての造船王国イギリスは,1950 年代半ばに日本にシェアで逆転されると,その後の船舶の
大型化や技術革新について行けず,急速にシェアを失っていった。この時に日本の造船業に強い
競争力を与えた溶接技術をはじめとする建造技術は今日では陳腐化しており,圧倒的な差別化技
術を見出すことは難しい状況となっている。このような中,近年の日本の造船業は韓国にシェア
で逆転されつつも,一定の建造量を保持しており,近い将来に日韓中三国の大競争時代への突入
が予想される。
日本の造船業の弱み・マイナス要因としては以下のような項目が挙げられる。
・ 名目 GDP に対する造船売上高は,この 30 年でおよそ 1.5%から 0.25%程度まで低下して
おり,国内において比較劣後産業となっている。
「造船」を学部学科名に掲げる大学は減
少の一途をたどっている。一方韓国では造船業のステータスは依然高く,中国にいたっ
ては造船関係の大学卒業者は年間 1800 人にも及ぶと言われている。このため,日本では
優秀な若手人材の確保が比較的難しい。
・ LNG 船や大型コンテナ船といった高付加価値船の建造は,韓国にシフトしており,日本
はバルク中心になっている。また海洋構造物の建造はほぼ国内から姿を消している。こ
れは量産効果を活かせる船種でないと利益を出し難い構造になってきていることを意味
し,これが更に技術開発力を殺いでいくことになる可能性がある。
・ 環境・安全に対する世界的な関心の高まりに伴い,造船に関わる国際規則が年々厳しく
なってきている。これは結果的に駆け込み需要や既存船の排除圧力など,異なる要素が
絡み合って新造船需要を喚起している面もある。しかし,特に新興造船所でも問題なく
建造できるように,十分なマージンを取って設計マニュアル的に書き下ろされた規則が
すべての船舶に要求されるケースでは,日本の造船所の競争力が損なわれる方向に働く。
逆に目的記述型でその達成手法が造船所の技術に任される場合,技術開発による差別化
要因に繋がる。
5
・ 韓国に比べて,著しく企業規模が小さく,集約化が進んでいない。(ハーフィンダール指
数1で韓国の約 4 分の 1)従って,価格交渉力も劣り,利益なき繁忙に陥りがち。
・ 人員構成に関しては,ここ数年造船技能者の約半数が 50 歳代となっており,今後見込ま
れるこの技能者の大量退職に伴って,技能レベルの総合力低下が懸念される。また,造
船の全工程における協力工の割合は年々増加し,65%程度に達している。(日造協資料)
一方日本造船業の強み,有利な点としては,層の厚い国内産業基盤により,他分野の技術転用
が比較的容易であるほか,造船,舶用工業,海運,船級協会などによる充実した海事セクターの
存在,高品質の鋼材や舶用部品を国内で調達できる強みが挙げられる。
以上のような周辺環境,強み・弱みを考えれば,近い将来の大競争時代においても日本の造船
業が生き残るためには,圧倒的なコスト削減,圧倒的な技術開発により,利益の上がる体制を,
長期的視点で形作っていく必要があると言える。
1.1.2 国内における研究開発の現状
(1) 造船会社における研究開発の現状と課題(岡田,長浜)
造船関係の研究者の人数,研究費の額は低下の一途を辿っている。この四半世紀で日本の造船
企業の研究者の数は 3 分の 1 以下に減少したと言われている。1.1.1 で述べた通り 1 社あたりの企
業規模が韓国に比べて小さく,1 社で大きな研究開発を進めることが難しくなっている。また,
SR などの業界横断的な研究委員会も組織化しづらくなっている。
こういった負のスパイラルに陥る中,マーケットヴォリュームがあり量産効果を活かせる船種
の連続建造に汲々とし,研究開発は短期的に効果が得られる内容に終始し,変革的・挑戦的な研
究開発を推進する余裕が無くなって来ているのが現状と言えよう。
近い将来の大競争時代に向けて,この負のスパイラルからの脱却が無ければ,日本の造船業は
勝ち残っていくことができない。一層のコスト削減や,長期的な視点からも利益をあげられる独
自の技術開発による製品が求められる。特に 1.1.1 で述べた造船業の現状を踏まえ,限られた資
源で以下のような研究に注力していく必要がある。
—
世界的な環境・安全に対する意識の変化,特に GHG 規制の動きやエネルギー転換を睨
んだ効果的な技術開発
—
上記に関連し,技術力を定量的に評価できる指標,尺度の検討および標準化。(例えば,
海の 10 モード等)
—
国際規則制定をリードする研究開発
—
ヴェテランの減少,技術・技能伝承をサポートする生産技術開発,IT 技術
(2) 大学における研究開発の現状と課題
若手の教員が
ハーフィンダール指数(H.I.)とは市場の寡占度を表す指数で、以下の通り各企業のシェアの二乗
和で表される。
1
H .I . = Σ s i
2
s i = 企業iの市場シェア (%)
日本の公正取引委員会のガイドラインによれば、ハーフィンダール指数が 1,000 未満の時「市場
構造が寡占的ではない」、1,800 未満の時「市場構造が高度に寡占的ではない」と類型化される。
6
競争的資金、造船業好況を背景に、造船業を志向する学生は以前に比べて増加傾向にあるが、
他分野からの求人も増加し、需要に見合う供給は難しい状況である。
1.1.3 国外における研究開発の現状
(1) 欧州の研究開発戦略と造船業
欧州連合(EU)は,2000 年 3 月のリスボン会議において,
「EU を 2010 年までに世界で最も競
争力があり,経済成長と雇用創出を持続できる知識基盤型社会に変革する。」との目標を設定した。
また,この目標を達成するために,2002 年 3 月のバルセロナ会議において,「2010 年までに,
研究開発予算を EU 域内の国内総生産(GDP)の 3%に引き上げる」ことで合意し,その内,2/3 を
経済界,1/3 を公共投資により行うべきとする等,欧州委員会はこれら目的の達成のために研究
開発助成等を積極的に行っている。特に,欧州の海運・造船・舶用工業といった海事産業は,
「世
界に比べて,欧州が優位性を有し,今後も成長が期待される分野」として,積極的な支援の対象
となっている。また,近年,海難事故等を契機として,より厳しい基準の導入が進められている
が,欧州の大学・研究機関・船級等は,安全確保・環境保全に関する研究開発を積極的に実施し,
基準策定においても欧州が先導している。
日本・韓国・中国造船業は,世界的な経済の活況,中国を中心とする海運物流の増加から,こ
れまでにない船舶受注量を確保している。他方,CESA(Community of European Shipyards’
Associations,欧州造船工業協議会)の年次報告書においても,欧州造船業も,好調な建造量,受
注量を抱え,しかも,コンテナ船,客船,ケミカルタンカー等と,極東造船国が得意とするバル
カー等と異なる分野において活動している。
我が国の造船業は,重厚長大産業のイメージが高く,労働集約産業であることから,人件費の
低い韓国,中国に対する脅威論が見られている。しかし,欧州では「造船業は知識基盤型のハイ
テク産業であり,他分野への波及効果も期待される,競争力のある分野」として位置付けられて
おり,
「2015 年までに世界の造船業のリーダーとしての役割を確保する」との目標の下,今後の
競争力確保の為の取組みを LeaderSHIP 2015 として提言した。
(2) LeaderSHIP 2015
2003 年 1 月欧州委員会(EC)は,欧州造船業が将来とも健全に発展していくための提言
「LeaderSHIP 2015 Initiative」を発表した。造船業は,知識基盤型のハイテク産業であり,今
後の競争力確保の為に,8 つの重要分野への取組みを提言している。EC は,造船業が①造船所・
機器メーカー・サービスに及ぶ広範囲な企業が関与し,②世界貿易に必要な船舶を提供し,③現代
の海軍力に必要な艦艇を供給し,④他の産業へ移転できる高度な技術を有している産業であると
して,持続可能な産業構造構築のために,2015 年において世界の造船業における指導的な役割
を果たすための長期ビジョンとして示したものである。
LeaderSHIP 2015 に示された主要 8 課題
・新造船市場における公正な競争条件の確立
・研究開発,イノベーション投資の促進
・融資と保証スキームの展開
・安全で環境にやさしい船の供給
・艦艇建造ニーズへの対応
7
・知的財産の保護
・技能労働者の確保
・産業構造の維持
(3) 欧州の研究開発プロジェクト制度(Frame Work Program)
欧州における共同研究技術開発プログラム体系を以下に示す。これらは,幾つかの国にまたが
って行われる共同研究が主体である一方,各国政府が独自に行っている研究開発支援制度もあり,
例えば,同じプロジェクトに,EU から助成が行われ,更に,その一部を行っている企業に個別
の国からの支援が行われている事例も見られる。
(ⅰ) EC が行う共同研究技術開発フレーム
EU の研究開発制度の骨格をなすもので,EC 自身が自らの助成金により実施するもので,フ
レームワークプログラム(FP)と呼ばれる。
(ⅱ) 欧州委員会が支援する共同研究技術開発プログラム
欧州各国政府がメンバーとなり共通的問題や基礎的問題の研究あるいは将来テーマの探索を実
施するものとして,基礎研究に重点がある欧州科学技術研究協力(COST),実用製品やサービスの
開発を目的としているユーレカプログラム(EUREKA)があり,EC は事務局機能を果たしている。
また,欧州の科学界レベルでの研究協力の組織化や支援するものとして,欧州科学基金(ESF)があ
り,EC は,フレームワークプロジェクトで協力している。
(ⅲ) その他
欧州内において,欧州宇宙機関(ESA),欧州合同原子核研究機関(CERN)及び欧州分子生物学研
究所(EMBL)があるが,これらは,独立機関として,EC との直接的関係は薄くなっている。
欧州連合の研究開発は,原子力,石炭・鉄鋼の生産技術に重点をおいた加盟国の共同研究が発
端であり,その後,1980 年頃に,欧州諸国の製造業の国際競争力が日米に比べて立ち遅れてい
るとの指摘から,共同研究開発制度であるフレームワークプログラムが 1984 年に発足した。
2002
年∼2006 年に実施された第 6 次計画(FP6)は,事業予算総額が 178 億ユーロ(約 2.7 兆円)と,EU
予算の約 4%(2001 年ベース)を占め,第 5 次計画に比べると約 17%の伸びとなっている。第 7 次
計画(FP7)は,これまでの 4 ヵ年間計画から,7 ヵ年間計画(準備期間を含まず。) に変更されるこ
ととなり,第 7 次計画の予算については,505 億ユーロ (約 7.6 兆円)と,単年度ベースで第 6 次
計画よりも 62%増加となっている。
フレームワークプログラムは,まず EU の政策に沿ったテーマと予算が EC により提案され,
EC 内の手続きを経て,実施される。基本的には,企業の公正な市場競争の原則を乱さないよう
にするため,いわゆる市場前段階的または実用化前段階的なもの限られている。
FP1:1984−1987
FP2:1987−1991
FP3:1990−1994
FP4:1994−1998
FP5:1998−2002
FP6:2002−2006
FP7:2007−2013
FP6 では,研究開発の統合,欧州研究開発圏の整備及び欧州研究開発圏の 3 つの重点項目に設定
8
された。研究開発の統合については,研究開発の分散・重複を防ぐため,統合基盤強化 7 つの優
先分野が設定されている。
・バイオサイエンス,ゲノム,バイオテクノロジー
・情報化社会技術
・ナノテク,知的多機能材,新製造法
・航空宇宙開発
・食品の品質と安全
・持続可能な発展,地球環境変化,エコシステム
・知識社会における市民と国家
これに対して,FP7 では,リスボン会議を踏まえて,新たな要素として,共同技術イニシアチ
ブを通じた欧州産業界のニーズに応えた研究事業の推進,欧州研究評議会の設立,国際協力の強
化,欧州技術プラットフォームが上げられる。このプラットフォームは,研究課題の優先課題と,
戦略的に重要な幾つかの案件に関する工程表と行動計画を規定するために,産業界主導で共通の
枠組みを造る構想である。このプラットフォームは,欧州委員会と産業界のイニシアチブにより
設立され,産業界にとって極めて重要な分野に研究予算を集中できる利点がある。
(4) 海事分野にとっての FP
フレームワークプログラムは,海事分野においても,重要な研究開発支援手段となっている。
特に,FP6 において海事部門は,研究開発事業に多くの EU 資金を獲得し,多くの成果が得られ
ている。プロジェクトは,様々な分野にまたがっていることから,分野別の数字は出されていな
いが,CESA によれば,162 プロジェクトを提案し,52 のプロジェクトが資金を獲得したとし
ている。
例えば,SAFEDOR では,安全性向上のための設計,運航,規制に関する研究が行われ,IMO
における基準策定にも活用されている。また,HERCULES は,欧州のディーゼル機関ライセン
サーが共同して,排ガス量が少ない高効率舶用エンジンの研究開発を進めた。
FP7 の実施にあたって,EC は,研究開発の施策をより効率化するために,6 つの主目標を提案
した。
・研究開発機関,大学,企業の研究所の協力により,欧州のエクセレンス・技術開発力を集約す
る。
・研究開発関係者が共同で研究開発戦略を規定するために,欧州委員会と産業界のイニシアチブ
で技術プラットフォームを設置する。
・基礎研究では,欧州研究評議会(ERC)を中心に研究チーム間の競争により,大きな創造性が生
まれるように刺激する。
・若い人材の獲得と育成,女性の人材支援,地域や中小企業への知見の移転,国際レベルでの人
材育成,生涯教育に重点をおく。
・研究開発インフラを欧州全体利益のために拡大する。
・各国の研究開発事業を調整し,EU の研究開発機関間の関係を強化する。
FP7 のプログラムは,協力,アイデア,人,キャパシティの 4 つの大分類プログラムからなって
おり,その「協力」プログラムにおいては,健康,食品・農業・バイオテクノロジー,情報通信
技術,ナノ製造技術,エネルギー,環境,運輸,社会経済学及び人文科学,セキュリティ,宇宙
9
といった研究スキームに分かれている。この「運輸分野」として,持続可能な海陸輸送手段が項
目として上げられている。既に,第一回の募集が開始されたところであり,海事に特定せずに異
なる輸送モードがこの分野の研究開発資金を求めて動き出している。
(5) WATERBORNE
WATERBORNE は,2005 年 1 月に,産業界が主導し,大学・研究機関,EC,EU 各国政府
の関係者が参加している機関である。目的としては,①研究開発に関する対話を促進,②研究開
発についてのコンセンサスを醸成し資源の集中を図る,③研究開発についてのビジョンと戦略を
構築,④資金の適切な配分に貢献が上げられる。
向こう 15 年間に海事産業が直面する技術革新上の課題に対応する目的で,「WATERBORNE
ビジョン 2020」を取りまとめた。最近,WATERBORNE は,2020 年までに実施すべき課題等
を示したロードマップを作成し,今後進めるべき事項の明確化を行っている。多くの分野につい
てのロードマップが示されているが,ここでは,その一部を参考資料として示す。
(6) 我が国海事産業が学ぶ点と今後の対応策
「東アジアが造船の中心であり,欧州の造船業は衰退の一途」という認識に対して,実際には
欧州発の研究開発成果が,IMO その他で幅を利かせている。その背景として,重厚長大産業の持
つポテンシャルを認識し,産業界,政府,大学・研究機関が相互に連携して研究開発の促進を進
めている。これに対して,我が国は,熟度が低く,雇用創出が小さい先端分野に集中的に資金が
投入されている。また,我が国では,造船業の研究開発は企業毎の個人戦に移行したと言われる
が,商品開発は個人戦であっても,基礎的な研究,また,安全・環境技術関連の研究開発におい
て,団体戦が果たすべき役割は小さくない。実際,欧州は,フレームワークプロジェクトでも多
くの海事分野において,多くの企業が参加する団体戦が主力となり,安全・環境分野での優位性
を示している。
特に WATERBORNE が研究開発のプラットフォームとして,多くの政府機関を含む,関係者
が一同に会し,明確な,有効的な研究開発のロードマップが明示されている。我が国において,(ⅰ)
造船産業を基幹的な産業として位置付け,(ⅱ)将来的なロードマップを明示し,(ⅲ)企業独自の研
究開発と共同研究を効果的に位置付け,(ⅳ)公的な資金に限らず,各企業においても,研究開発投
資を積極化させることが,求められる。
参 考 文 献
1) 日本貿易振興機構:EU の産業技術政策の動向, JETRO 技術情報 No.478, 2006.
2) 日本船舶輸出組合:欧州造船技術政策動向調査, 2007.
1.2
船社からみた研究開発ニーズ
海事分野の技術開発課題を検討する上で,船社のニーズを把握することは重要である。当委員
会では,複数の船社関係者から今後の技術開発ニーズについて意見をうかがう機会を得た。本節
では始めにこれらの意見を列記する。ただしこれらは,船社としての公式見解ではなく,あくま
で個人としての意見である。続いて,1.3 節で述べる省エネ・環境負荷低減技術に関して,平成
19 年 12 月に開催した超省エネ船シンポジウムにおける NYK 田中康夫氏の稿を掲載する。
10
1.2.1 委員会で出された意見一覧
・ 201X 年問題の認識が必要である。中国の造船施設が設備過剰になる一方,新造船の発注は
3500 万 GT 程度に落ち込むと予想される。そこで日本の造船会社はどうする?
・ 課題として以下が重要である。
1. 人:教育,Motivation,海外労働力
2. 設計/Engineering 力の強化
3. 製品面での広がり(技術):Offshore,客船,新エネルギーシステム(NGH,電気推
進など)
4. IT/Web 活用によるソフト面でのアプローチ:L.C.V.,実海域性能,運航も含めた効
率
5. 環境:Recycle,CO2 削減,修繕
6. 技術開発とチェレンジ:現状は国際的な引きこもりではないか?
7. 設計から生産、納入後のサ-ビスまで一気通貫で DB 化,船社でもこれが使えるようにな
ると良い。
・ 安全がテーマになってくる。例えば、パイロットの上下船時の事故防止、船員の安全性。
・ 船の構造面はルールでカバーされて来ているが、最後は人間のスキル。ヒューマンエラー
のカバー。
・ LNG 船の長期間使用傾向。30 年以上持たせることになる。老齢船の運用について船級と協
業する必要有り。
・ 主機電子制御エンジン:関心高い。主機のターンダウンの範囲が広い。
・ MOSS タンク制御:圧力制御の自動化。船員の質低下。Operation 自動化できる部分あり。
・ 自動離着桟装置:LAN,カメラで可能性あり。
・ 荷主との関係:PCC のラッシングレスやテンション制御の自動化。小改良は色々あり。
・ ウェザー・ルーチィング:気象情報の正確さが問題。
・ ログ解析:就航データ解析は早くなりつつある。実ログから新造船の実海域での速度はラ
フに推定している。より詳細なデータが取れるモニタリング装置が「見える化」推進の上
で非常に重要。
・ 同一船でも建造造船所で性能に差がある。差が少なくなって欲しい。0.1kt 差でも大きなコ
スト差となる。実海域での性能改善を望む。
・ 近未来船として期待するもの。
¾ 防汚塗料、超撥水塗料、マイクロバブル
¾ 自動着桟:安全性,効率アップ。
¾ 船の居住環境の改善:船員不足に伴い、居住区見直し。
¾ 主機:燃費高騰により省エネに金つぎ込む環境。潤滑油不足。自動注油機採用。他の
solution にも期待。
¾ 船内 LAN 回線の統合:データロガーのデータも直ぐ見たい。船陸間通信ブロードバンド
化がネック。現状は1航海後の解析だが、運転状況をリアルタイムにモニタリング出来れ
ば、安全運行と省エネに大いに寄与。船陸データ通信の高速化が必要。ボトルネックにな
っている。
11
¾ コンテナのラッシング:横波によるコンテナロス多発。コンテナ船の場合は陸上施設への
投資がかなり必要。コンテナの IC タグ管理も。
¾ チップ船:自動荷役が進まない。
・ 質疑応答
Q:燃費性能のレーティングができるシステムがあれば、差別化できるのではないか?
A:ある程度マーケットに認知されるような動きになれば可能か。
Q:社内では船に点数をつけているのか?
A:仕上がりに対してだけ点数をつけている。ヤードでかなり明確に分かれる。性能解析
を行っている。
Q:長期利用になるのは、10 年、20 年前の船でも性能が変わらない(進歩が無い)からか?
A:そういう面もある。
Q:CSR についてはどう思っているか?
A:過去きちんとメインテナンスしてきた事が評価されなかったと言う事。
1.2.2
燃料価格問題・環境対策の動きと超省エネ船への期待: NYK 田中康夫
(2007 年 12 月「超省エネ船シンポジウム」テキストより)
(1) はじめに
昨今の原油価格の高騰は,ほぼ世界中の人々の生活に影響を与えている。運航している船の全
部で燃料油を使用している海運会社にとっては,そのインパクトは測り知れないものがある。か
つて経験したことのない,これまでの常識が通用しない世界になっている。また,折からの環境
問題も重なり,CO2 削減は緊急かつ最重要な課題となっている。海運業界を取り巻く情勢を中
心に海運会社の取り組みの一端を紹介する。
(2) 原油価格,舶用燃料価格の情勢
舶用燃料価格(C 重油価格)は,過去にはトン当たり 100∼150 米ドルで推移してきたが,原
油価格の高騰に伴って,ほぼ原油価格にスライドして高騰している。ごく最近では,トン当たり
500 米ドルを超えるなど過去に無かった価格域に入っている。また,オイルショックなど過去の
省エネ局面では
数年間の高価格の後,価格が下がる局面が多かったが,今回の高騰は 2004 年
以来すでに 4 年間も上昇が続いており,しばらくは高騰状態は続くと見られている。今回の高騰
の理由は,第一に中国を中心とする新興アジアの石油需要がある。第二には投機資金が原油市場
に流入しているということである。また,注意すべきは,非 OPEC 諸国の原油生産にかげりが出
ており,OPEC の占める割合が増大している。原油価格で1バレル当たり 90∼100 米ドルという
のは,さすがに OPEC 諸国としても「投機資金が入っており行き過ぎである。」ということであ
るが,適正価格は70米ドル付近としておりこれは過去のようなバレル当たり 10∼20 米ドルの
価格帯にはしばらくはもどらない,ということを意味している。
(3) 海運業界を取り巻く情勢
現在,海運マーケットはバルクキャリアーのマーケットを中心にかつてない高騰をしているが,
マーケットの「需要」に当たるのは,海上荷動き量とその距離(我々はトン・マイルと呼んでい
る)である。海上荷動き量は,中国経済の躍進を受けて鉄鉱石・石炭・穀物のいわゆる三大バル
ク貨で中国向けが大きく伸びている。貿易額では,すでに中国は日本を凌駕しており,コンテナ
12
の取扱い量も中国の各港が圧倒的に大きく,日本の諸港はその足元にも及ばない。また,今後の
海上荷動き量の予想についても,過去 10 年ほどではないにしろ,マクロでは今後 10 年も安定し
た伸び率で増加していくものと思われる。現在の貿易量の増加は途上国が引っ張っており,中国
を始め,インド,ブラジル,アジア諸国などまだ成長余力の大きな所が多く引き続きこれらの諸
国を中心に増えていくものと思われる。一方,海運マーケットはどうなのであろう。マーケット
は需要と供給で決まるが,そのうち「需要」は堅調であるということであった。
「供給」はどうか。
造船業界も 2004 年以来活況が続いており,過去に世界の新造船竣工量は 3000 万総トン強であっ
たが,現在はすでにその倍の建造量になっており,今後 2010 年以降は中国や韓国で続々と新し
い造船所が出来上がり,建造量は更に大きくなることが予想されている。その結果マーケットは
どうか。むずかしい予想ではあるが需要が大幅に上回っていた状況は,建造量の増大に伴って「供
給」のほうが多くなっていく傾向にある。ただ,日本の海運会社にとってはっきり言えることは,
運航船腹の量は 2010 年までで飛躍的に増えることである。また,燃料費が高止まりしたままだ
と,運航費に占める燃料費の割合が高い状態がしばらくはずっと続いていくことである。海運会
社にとって燃料費は絶対額の面でもコストの割合の面でもますます重要度が増していくことは確
実である。
(4) 省エネ,環境対策の重要性
海運業界にとってコストに燃料費の占める割合は大きなものになっており,省エネ対策が会社
の競争力の明暗をにぎっているとまで経営トップが言う事態になっている。一方造船業界を見て
みると,建造ラッシュが続いているが,2010 年前後より建造設備を増強する中国・韓国と激烈な
競争になるものと思われる。建造能力は残念ながら中国・韓国のほうが大きくなりそうであるが,
日本の造船業界に製品としての船の技術革新,特に省エネ,環境対応の面での技術革新が望まれ
る。実際,海運業の世界では,荷主が輸送業者選定の要素として運賃,輸送時間の他に環境対応
を重要なものとして勘案することが始まっている。造船業界では,まだ製品(船)の CO2 負荷が
どの程度あるか算定するところはまだないが,海運業界にとって荷主筋に当たる他の製造会社で
は自社の製品製造および輸送にどれくらいの CO2 負荷がかかっているか計量し,それを公表して
いるところが出てきている。NYK でも CSR レポートで数年前から運航船の CO2 排出量や Unit
貨物当たりの排出量,さらに本社事務所の CO2 排出量などを公表している。船の省エネ,環境競
争力は新造船建造の際,今後ますます大きな要素となっていくものと思われる。
(5) 海運会社の省エネ,環境対策の取り組み
NYK でも高騰する燃料油や世界的に高まる環境対応技術の開発に努力している。船の省エネと
いう観点から,船内のボイラーを対象に水エマルジョン燃料で効率を高めるべく,実験プラント
をすでに実船に搭載して効果検証を行なっている。また,船体に取り付ける省エネ付加物の開発,
効果検証も積極的に行っている。環境面では停泊時に発電機を運転しないように陸上から電力供
給を受ける設備を北米西岸にいく船に搭載したり,バラスト水処理装置の試験搭載を進めている。
また,セメントシートと呼ばれる船艙に張る大型シートを開発したが,これは陸揚げ時のセメン
トダスト飛散防止に役立っている。さらに自動車船の港内停泊時用のばい煙除去装置を開発しす
でに数隻の自動車船に搭載している。さらに主機ガバナーにおいて実海域で省エネとなる制御モ
ードを開発した。このような動きは欧州船社も熱心に行っており,世界的な動きとも言える。今
後,造船業界も広く門戸を世界に向けて広げ,よい技術は欧,中,韓とも共同開発するなど省エ
13
ネの取り組みを加速させることが望まれる。
1.3 省エネ・CO2 排出量削減技術
1.3.1 背景
2008 年 2 月 19 日のニューヨーク商業取引所で,原油先物の相場が再び 1 バレル=100 ドルを
突破した。原油価格は 1 月 2 日に初めて 100 ドルを超えた後,1 月中旬以降は 80∼90 ドル台で
推移していたが,OPEC が生産量の据え置きや減産を示唆したため高騰した模様である。原油価
格の高騰には投機的な側面もあるが,長期的には高止まりする可能性が高く,海運業界にとって
燃料費の負担増となり深刻な問題となっている。海運会社では自衛策として航海速力の減速等を
実施する一方,造船会社でも省エネデバイスの採用や省エネ船型の開発,排熱回収技術の開発等
を実施しており,省エネ技術の開発は現在の船舶技術の分野で最もホットな課題となっている。
一方,軌を一にした地球温暖化防止のニーズがある。日本は 1997 年の京都議定書において,
二酸化炭素(CO2)やメタンなどの温室効果ガス(GHG)の排出量を 2008 年から 2012 年の 5 年間の
平均で,基準年(1990 年)比で 6%削減することを約束しており,今年から約束期間に入った。し
かし,2006 年度の GHG 排出量は基準年比で 6.4%も増加しており,議長国として約束を履行す
るために一層の努力が求められている。また,2013 年以降の枠組みについては,気候変動枠組条
約第 13 回締約国会議(COP13)及び京都議定書第 3 回締約国会合(COP/MOP3)にて,新たにアドホ
ック・ワーキング・グループ(AWG)を設置し,2013 年以降の枠組みを 2009 年までに合意を得て
採択することが合意されるなど,ポスト京都議定書の体制作りが始まった。この議論で考慮され
る点として,1)排出削減に関するグローバルな長期目標の検討,2)すべての先進国による計測・
報告・検証可能な緩和の約束又は行動,3)途上国による計測・報告・検証可能な緩和の行動,4)
森林,5)セクター別アプローチ,6)削減と適応における条約の媒介的役割の強化,7)小島嶼国など
の脆弱な国への支援に関する国際協力,8)革新的技術開発の協力,9)資金協力等が上げられてお
り,先進国と途上国との間では経済支援,技術支援,CO2 排出権取引等,責任分担を巡っての議
論が加速することになろう。国際海運による CO2 排出については,議論を要求する一部先進国と,
それを認めない一部途上国との対立のため,議題の取り扱いにつき合意が得られず,継続審議と
なっている。このように省エネ・CO2 排出量削減技術の研究開発では,ポスト京都議定書の今後
の動きに目が離せない状況にある。
一方,2006 年 4 月 1 日に改正省エネ法が施行され,大規模な内航海運・旅客事業者に対しても
規制が始まった。本法では 2 万総トン以上の貨物ならびに旅客輸送に係わる海運事業者を特定輸
送業者に指定し,省エネ計画の作成とエネルギー使用量等の定期報告等を義務づけ,低燃費船舶
の導入,経済速力運行等の省エネ運行の実施,輸送量に応じた船舶の大型化,共同輸配送の実施
等による積載率の向上等の対策により,トンマイルで平均年 1%以上の低減を求めている。また,
貨物輸送に係る年間の発注量が一定規模以上である荷主にもモーダルシフト,自営転換の促進等
の観点から省エネ計画の作成,エネルギー使用量等の定期報告等を義務づけ,施行スケジュール
では輸送事業者は 2007 年 6 月末,荷主は 9 月末までに削減計画と定期報告書を国に提出しなけ
ればならない。経済産業省資源エネルギー庁によると,2007 年 3 月末時点で,内航貨物事業者
35 社,内航旅客事業者 15 社が特定輸送業者に指定されている。
14
近年,温暖化の兆候が顕著になって来るにつれ,CO2 削減を求める世論が増々大きくなって来
ており,もはや 5%,10%の削減では間に合わなくなっている。燃料油の高騰による燃料費の増大,
CO2 削減と排出権の取引等,燃料節減が海運業界の国際競争力に直結する事態となり,日本の造
船海運業界はありとあらゆる省エネ技術を総動員して大幅な省エネを達成する必要に迫られてい
ると言えよう。
1.3.2 省エネ・CO2 排出量削減技術の開発課題
省エネ・CO2 排出量削減技術につながる技術課題を大別すると,ハード面での技術と,ソフト
面での技術に分類できる。ハード面での技術では,新船型の開発,省エネ付加物の開発,省エネ
主機システムの開発,排熱回収等の課題が中心で,個々の省エネ効果は小さくとも上手に組み合
わせる事で大幅な省エネの達成を目指す必要がある。ソフトの省エネ技術は配船等の物流最適化
や,高度なウェザールーチング等の運航技術の開発課題が中心で,既存の船舶にも適用可能であ
り,ハード技術と同程度の省エネ効果が期待できる。さらに将来,大幅な省エネを達成するため
には,ハードとソフトの両面からの省エネ技術を統合した総合的な省エネ技術の確立が不可欠で
ある。
(1) ハード面での技術開発
a) 船型開発
近年,船型開発の研究課題が平水中性能から実海域性能へと変わってきている。在来船の設計
においては,まだ平水中での最適船型がベースであるが,満載喫水線上の船首形状を変更するこ
とにより,平水中での性能を損なわずに波浪中抵抗増加を抑えた実海域での性能低下の少ない船
型の開発が進められ,満載喫水線より上の水線面形状を前方に尖らせた Ax-Bow 等の船首船型が
実用化されている。また,満載喫水上だけでなく船底から上甲板までのすべての水線面形状を尖
らせた Sharp-Edge Bow も実用化され,これまでのバルブ付き船首形状を見慣れた目には,逆に
古典的に見える船首船型も出現している。これらの船首船型は,船首部を尖らせて入射波を真正
面に反射しないようにすることで,波浪中抵抗増加を抑えようという発想から生まれたもので,
これまでの平水中で高い性能を発揮する船型開発技術を踏まえた上で,少しでも実海域性能を高
めようとする漸進的な技術開発であるといえる。この方法は,造船会社にとっては保有する船型
設計技術や過去の蓄積データが活用可能であり,船社にとっても建造リスクが少ないため,社会
に受け入れ安いアプローチである。しかし,局所的な船型の修正であることから,実海域性能を
飛躍的に向上させる新形式船の開発にはつながらないように思われる。船舶工学を修めた技術者
としては,高い実海域性能を発揮する新形式船開発への挑戦を望むところであろう。これには実
海域性能を高める斬新なアイデアが必要であり,まさに技術者の知恵の絞り所である。誰が一番
秀逸なコンセプトを創出するのか,今後の研究開発競争が楽しみな課題である。特に頭の柔軟な
若手技術者に挑戦してもらいたい課題と言えよう。
b) 省エネ付加物の開発
船体,舵,プロペラ等に取り付けることで省エネ効果を生む,整流板,フィン,ダクト等の省
エネ付加物の研究が古くから行われてきた。省エネ付加物が実船に広く採用されだしたのは,
1970 年代のオイルショックがきっかけになっており,この分野の実用化技術は世界に先駆け日本
において大きく進展したといえる。これらの省エネ付加物にはプロペラ前方搭載型とプロペラ後
15
方搭載型があり,省エネメカニズムとして船体や舵の抵抗低減効果を狙ったもの,プロペラ回転
流損失の回収を狙ったもの,プロペラ効率の改善を狙ったものなど,これまでに様々な省エネ付
加物が開発されている。また,これらは最近の省エネに対するニーズの高まりを受けて,更に積
極的に採用されるようになって来ている。省エネ付加物は船尾部に取り付ける小型のデバイスで
あり,コストパフォーマンスが高い点が魅力であるが,3 次元的で複雑な船尾流場の中で働くた
め,取付位置・角度等が正しくないとかえって抵抗を増加させることにもなりかねない。省エネ
付加物の設計は,模型実験と CFD 計算結果を基にして行われているが,模型実験では実船とのス
ケールの違いから船尾における境界層が実船より相対的に厚く,船尾縦渦が弱いため,必ずしも
実船で最適な設計になっていない可能性がある。実船での省エネ効果を定量的に評価できるよう
にするためには,実船に相似な船尾流場を模型実験で再現する流場制御技術の開発や,実船レイ
ノルズ数での計算が可能 CFD コードの開発等を推進する必要があろう。これらの技術開発により,
① 個々の省エネ付加物の形状・寸法・取付位置の最適化
② 各種省エネ付加物の最適組合による大きな省エネ効果の実現
③ 新しい省エネ付加物の研究開発
等がこれまでより短期間で効率よく実施可能になるであろう。
c) 風圧抵抗の低減,上部構造物形状の変更
風圧抵抗を低減することも省エネ・CO2 排出量削減に有効である。風圧抵抗の低減には,構造
物の角を斜め,又は円弧状に丸めたりする他,角を矩形に切り取る隅切がよく施工される。自動
車運搬船や旅客船等の上部構造物の投影面積が大きな船種では,船首甲板上構造物前面に傾斜を
付けて抵抗低減を図るほか,タンカー等ではタワー状船橋により投影面積を低減させる等,船種
毎に施工内容は異なるが,正面風圧抵抗を減らすことを主な目的として施行されている。一方,
横風,斜風中では,船体には風圧のほかに回頭モーメントが作用するため,針路を保持するには
当舵が必要となり,船体は斜行する。当舵ならびに斜行による抵抗増加を抑制するには,回頭モ
ーメントを小さくする必要がある。松本らは自動車運搬船の舷側上甲板のガンネル部に隅切を施
すことで,横風圧力と回頭モーメントを 20%低減できたとしている。今後の研究課題として正面
風圧抵抗の低減技術と供に,上部構造物の配置を含め,横風,斜風中での回頭モーメント低減技
術の開発が求められる。
d) 主機の開発
現在,舶用機関としてディーゼル機関が主流であり,省エネの観点から今後も高効率のディー
ゼル機関が使われることは間違いないであろう。ディーゼル機関メーカーでは燃料噴射や油圧式
バルブ開閉タイミングの電子制御化が進められるなど,高性能化が進められている。しかし,デ
ィーゼル機関は既に理論的上限に近い効率を達成していることから,今後大幅な効率改善は困難
であると思われる。ディーゼル機関については,NOx 排出量の削減等の環境面での改善や,信頼
性向上が研究開発の中心課題であろう。省エネの観点からは,機関室内の主機,補機,過給機,
排ガスエコノマイザー等の排熱回収装置,燃料改質器等,機関室全体を一つのプラントと見なし
た最適化を行う必要がある。
一方,船内での電力需要が大きい大型クルーズ客船等では,電気推進化が進み,主機にディー
ゼル機関と比べて出力当たりの重量が軽いガスタービンを用いている。自動車と異なり船舶では
回生制動によるエネルギー回収はあまり望めず,発電によるエネルギーロスが 15%もあるが,推
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進用と発電用の機関を別々に設ける必要がないことや,機関室の配置の自由度が増すと共に省ス
ペース化が可能なこと,ポッド式推進器の採用により高い操縦性能が得られること,プロペラの
負荷変動を電池が吸収することで機関への影響を小さくできること,バトックフロー船型が採用
可能になり抵抗低減が図れることなどのメリットがあり,船舶全体として見たときには電気推進
化する方が省エネになる。日本でも内航船の省エネ化のため,電気推進船「スーパーエコシップ」
の開発を行い,内航船主に電気推進船の建造を勧めている。近年,サイリスタやインバータ等の
技術が格段に進歩し,強磁性材料の開発や高温超伝導モータの開発等も進められていることから,
将来は世界的な流れとして電気推進化が加速すると思われる。舶用に耐える燃料電池が実用化さ
れれば,この流れは決定的になるであろうが,これにはまだかなり時間を要すると考えられる。
電気推進,ハイブリッド機関等による省エネ船の開発では,電気推進に適した船型開発と船内電
力需要まで含めた総合的な最適化を,造船,船社に加え電機メーカーまで巻込んだ開発体制を構
築して達成する必要があろう。
e) 排熱回収等
熱機関の単独熱効率はディーゼル機関では 40%そこそこである。最も高効率といわれる舶用大
型 2 サイクルディーゼル機関でも 50%程度であり,半分が排熱として大気中及び水中に捨てられ
ている。そこで,排熱からのエネルギー回収はこれまでも船舶の燃費改善技術として研究され,
実用化されて来た。排熱のエネルギーは排ガス中に最も多く含まれており,次いでエンジン冷却
水の順で,回収技術は主にこの二つを対象として研究されて来た。しかし,近年のさらなる省エ
ネニーズの高まりを受けて,より徹底した排熱回収技術の研究開発が求められている。機関シス
テム全体としての高効率化を図るのが排熱回収技術の最近の研究課題であり,①排ガスエコノマ
イザーによる熱回収(蒸気発生)と蒸気タービンや蒸気機関による動力生成,②ランキンサイクルや
スターリングエンジンによる排熱からの動力生成,③熱電発電による電力生成等が研究されてい
る。①に関連しては,脱硫剤を固体粒子に用いた循環流動層を用いた排熱回収技術も研究されて
おり,排ガスボイラーにおける硫黄分起源の問題を回避しつつ,熱回収効率を高める技術開発が
進められている。排熱回収にはターボチャージャーと発電機とのハイブリッド化も進められてお
り,主機の効率向上と排熱回収の両面で寄与している。さらに燃料の予熱,給湯,暖房,吸着冷
凍機等の熱源としての低温熱源の利用も進められており,これらの排熱回収技術を総合すること
で,機関システム全体として熱効率を 70%程度にまで高めることが可能になるものと考えられる。
今後の研究の方向として,機関,ターボチャージャー,排熱回収装置,排気管,燃料改質装置等
に加え,排ガス規制への対応を考慮した排ガス処理装置等,機関室内の機器全体を一つのプラン
トと見なした高効率化を目指す必要があろう。さらに,回収したエネルギーは電気推進船以外で
は有効利用が難しいという現実があり,これらを船全体で有効に利用するための新しいコンセプ
トとデザインの創出が重要であろう。
f) 燃料
CO2 排出量削減の観点からは燃料油の変更が一つの選択肢である。C重油をA重油変えるだけ
でも CO2 排出量を削減できる。将来 CO2 排出規制がより厳しくなった場合に備え,新しい舶用
燃料の利用を検討しておく必要があろう。
CO2 フリーの燃料としては水素が理想的であろう。しかし,経済的にも技術的にも水素を安定
して生産,輸送,貯蔵できるようになるには,まだまだ時間がかかると思われる。現在の技術で
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可能性があるのは,炭素元素数が少なく水素元素数が多いメタン CH4 を多く含む天然ガスの利用
である。既に LNG 船ではボイルオフガスを燃料として利用しているが,その他の船舶では低温
LNG タンクの搭載,ガス焚きディーゼル機関の開発,港湾での LNG の供給施設等の課題がある。
発電所等の陸上施設ではパイプラインによる LNG 供給が受けられるので,ガス焚きディーゼル
機関の利用が進んでいるが,船舶で LNG への燃料転換を進めるには,技術開発とインフラ整備
がまだまだ必要である。
代替燃料としてもう一つの有望なものにバイオ燃料がある。バイオ燃料は元々空気中の CO2 を
植物が固定したものを燃焼させるので,京都議定書においても Carbon Neutral とされており,
温暖化ガスにカウントされない。しかしトウモロコシ等を原料とする限り,食料や飼料と競合す
るため,最近では廃木や食用以外の植物繊維(藁や茎等)からのバイオ燃料の生産技術が研究開発さ
れている。バイオ燃料の舶用利用においては,舶用バイオディーゼル主機や舶用燃料電池の開発
等の技術的な問題もあるが,舶用燃料として低価格と供給量が満たせるかという経済的な問題も
ある。価格の観点からは,食料廃油等を原料としたディーゼル燃料の開発も期待される。
g) 空気潤滑
空気潤滑は船体表面を気泡もしくは空気層により覆うことで,摩擦抵抗を低減させることを狙
った省エネ技術である。気泡で覆う方法はバブル法とよばれ,微小気泡(マイクロバブル)を用いる
と船体側面も含めた広い範囲に適用できる可能性があるため,SR239 で研究され,米国でも
DARPA と ONR のプロジェクトとしてミシガン大学が研究した。しかし,微細な気泡で船体全体
を包むことが技術的に困難であるため,最近では船底に空気層を設ける気膜法がより実用的と考
えられている。気膜法が適用できるのは船底に限られるため,適用面積は気泡法より狭くなる。
また,船底に空気層を保持するための整流板等の保持装置が必要になるが,NEDO のプロジェク
トとして海技研で実施したセメント運搬船による実船計測ではネットの省エネ効果が確認できて
おり,省エネ技術として有望と考えられる。気膜法による空気潤滑は,できるだけ浅喫水で広い
船底面積を有する船舶が効果的であるため,実用化研究においては気膜法の適用を前提とした新
しいコンセプトの船型の創出が求められ,最適設計によりネットで 10%程度の省エネ効果が得ら
れる可能性が高いと考えられている。
h) 船体等の軽量化
船体等の軽量化は確実に省エネ効果が期待できる技術であり,特に小型高速船においては船体
重量軽減は推進性能向上に大きな効果をもたらすが,一方で,大型太宗船においてはそれほどの
省エネ効果は望めない。船体軽量化による減少重量が船の排水量に対して極めて小さい割合であ
り,性能的には殆ど影響のないオーダーに止まるためである。船体軽量化の効果はむしろ建造コ
ストの低減という意味で大きな意味を持つ。日本の造船会社は,安全レベルを落とさずに出来る
だけ船殻重量を軽減できるよう,優れた設計・建造技術を磨き,国際競争力を強化してきた。ま
た,鉄鋼会社も高品質な厚板鋼板を生産して,造船会社に提供して来た。しかし,ナホトカ号,
エリカ号,プレステージ号等の重大事故の発生を契機に,国際海事機構 IMO において GBS の概
念に基づく基準の改正が進み,これと呼応して国際船級協会 IACS では,2006 年 4 月に共通構造
規則 CSR を発行させた。CSR は低い運航・メインテナンスレベルでも安全運航できる船舶とす
るための過大な基準であり,板厚が増加するため合理的な設計とは逆行しているが,より高い安
全性・保守性を求める圧力に屈した形となっている。今後の船体の軽量化研究では,複合材等の
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新素材の採用や,新しい船体構造の開発等,新技術を積極的に開発することで軽量化の努力を継
続していく必要があり,これが日本の造船会社の国際競争力を維持することにも繋がるであろう。
i) 自然エネルギー利用
エネルギー危機が叫ばれる度に,繰り返し研究される課題に,風力等の自然エネルギーの利用
がある。最もポピュラーなものは帆装船の研究である。1970 年代のオイルショックの後,補助推
進器としての帆を装備した帆装商船が研究された。1980 年に建造された 699 総トンのタンカー親
愛徳丸では 10%の馬力低減効果があったとされている。しかし,当時の帆装商船は帆装装置の保
守費用とその後の原油価格の低下のため次第に姿を消す結果となった。その後,それまでの単な
るエネルギー危機とは意味合いを異にした地球環境保護の観点から再び帆装商船が研究された。
1995 年から 2000 年までデンマークは Modern Windship の開発研究を実施した。船型や水中フ
ィンなど多方面にわたる研究の中でスラットとフラップをもつ高揚力帆を開発したことが特徴と
してあげられる。しかし,その帆の構造はかなり複雑なものとなっており,経済性の検討では十
分な採算性を示すことができなかった。一方,日本では 2001 年から 2003 年まで次世代型帆装商
船の研究が実施された。この研究では,帆の旋回装置と桁の機能をばら積み船の甲板クレーンに
持たせることでそれまでの帆装商船の短所であった初期および保守費用の低減と普及をねらって
開発がおこなわれた。帆については,甲板クレーン兼用ながら軟帆とスラットを採用して高い揚
力を持つ高揚力複合帆が開発された。この研究のもう一つの特徴は帆装船用ウェザールーティン
グ手法の開発にある。この手法に従えば帆装商船は帆の効果を最大限に活用するために通常の船
が避けるような海域をあえて選択する場合がある。シミュレーション計算では高揚力複合帆と帆
装船用ウェザールーティングの採用によって北太平洋航路において約 17%の CO2 削減効果が期待
されることが報告された。
また,凧を推力として使うユニークな試みにドイツ Beluga 社の SkySails がある。コンピュー
ター制御された約 160m3 の凧を補助推力として使おうというもので,真追風だけでなく,後ろか
ら 50deg までの追風で使用可能で,10∼15%の燃料油を削減できるとしているが,一航海あたり
の平均の省エネ効果がどの程度あるのかは,明らかにされていない。
波浪エネルギーを推進力に変える波浪推進の研究も行われてきた。波浪推進では波面と船体と
の相対運動が最も大きい船首部に水中翼を取り付けるのが一般的で,翼による推力の発生,縦揺
の抑制,波浪中抵抗増加の低減の 3 つの効果を狙っている。模型実験では翼による平水中の抵抗
増加を差し引いても最大 10%程度の省エネ効果があると報告されているが,平穏域を航海する場
合にはマイナスの影響が出るため,不使用時には格納する方式が提案されている。波浪推進は古
くから研究されて来たが,実用化には至っていない。これは構造強度的な問題が解決できないた
めで,水中翼が推力を発生する大波高波中でスラミングが発生した場合,衝撃荷重に翼が耐えら
れないためである。実船への適用は強度問題を解決しないと困難であろう。
(2) ソフト面での技術開発
a) 海上物流の効率化
海上物流の効率化は,海運会社や電力会社等の荷主にとって,海上輸送のコスト削減と収益増,
サービス向上,省エネ等の観点から非常に重要であり,これまでにも種々の配船システムが研究
開発されて来た。これらは,輸送需要の発生場所,時期,量を入力とし,船隊を構成する船舶の
基本性能,載荷能力,港湾の荷役能力や荷役可能時間帯を制約条件として,船隊の運用コストを
19
最小化する配船計画を出力するシステムである。海上物流の現場では,輸送需要の変動,片荷輸
送の発生,スポット雇船による船舶の手配,待機時間の発生等の問題があり,実用システムでは
これらの問題を解決しつつ,時々刻々発生する輸送需要に対応して,配船計画を柔軟かつ迅速に
修正し,円滑や海上物流を実現する性能が求められる。元々配船システムは収益を最大化するの
が主目的である。収益を最大にする解と燃料消費量を最小にする解は一致しないため,省エネの
観点から見ると必ずしも最適解ではないが,今後 CO2 排出量の削減目標が厳しくなり排出量取引
等が現実味を帯びてくると,燃料消費量に関する評価関数の重みが増すため,将来は省エネの観
点からも最適な配船計画に自然と近付くものと考えられる。
一方,海上物流の効率化には港湾施設等のインフラ整備も重要である。港湾インフラ整備計画
の策定においては,例えば配船システムをシミュレータとして用いることで,コンテナターミナ
ルの荷役能力と運営方法,タンカーや LNG 船バースの立地条件と設計,船舶の管制システム等
の評価が可能であり,省エネの観点から港湾インフラ見直すことが可能であろう。
b) 運航技術
最近の原油価格の高騰を受け,船社では燃費削減を目的とした減速運転の指示を出すなど省エ
ネに努めている。減速運航は燃費の削減に非常に効果的であるが,サービス低下につながるため,
できることなら避けたい。そこで,運航技術を高度化することで,サービスを低下させることな
く省エネ効果を上げることを可能とする技術開発が進められている。その代表的なものに,海象
適合航法(WAN : Weather Adapted Navigation)がある。WAN は海象予報と海潮流データを用い
て燃料消費量を最小化する航路と速度配分を提供する技術である。従来のウェザールーチングは
船種毎のおおまかな荒天回避サービスであり,最適化は図られていないが,WAN では個船毎に波
浪中船体運動や波浪中船速低下等の応答関数を活用した最適化を行う点が特徴であり,近未来に
実現可能な技術として研究開発が進められている。WAN では入港日時等のサービスに係わる制約
条件に加え,スラミング,甲板冠水等の発生確率や,加速度の超過確率などの安全性に係わる制
約条件により,船舶が想定以上の荒天に遭遇することを回避しつつ,燃料消費量を最小化する最
適な航路と船速を航海中の船舶に定時的に提供する。特に北太平洋等の遠距離航路において省エ
ネ効果が高く,シミュレーション計算では 10%∼15%の省エネが可能と予想されている。
WAN の信頼性を高めるには海象予報の精度向上と,海流・潮流の観測体制ならびに提供システ
ムの充実が求められる。また,WAN は陸上から船上へ提供されるサービスであり,船舶への円滑
なデータ送信や,船舶が遭遇している海象データ等の受信など,安価で高速な船陸間ブロードバ
ンド通信が求められる。今後の研究開発では,サービス体制の構築を念頭に,造船会社,船社,
気象予報会社,通信会社等の有機的に連携した研究体制を構築する必要があろう。
(3) 技術開発に対する提言
省エネ船は個々の省エネ技術を集積しただけでは開発できない。船舶は貨物を輸送することが
使命であり,積荷,港湾,運河・水路,航路,基準等の条件から適切な船型,主機,装備等が決
定される。船種が違えば適用できる省エネ技術も異なるため,船種毎に異なる省エネ船のコンセ
プトが必要であろう。
大内は世界物流を担うバラ積船やタンカーなどの大宗肥大船全体へ適用を目指した省エネ船の
コンセプトとして「2 軸幅広肥大船」を打ち出している。その開発に使える省エネ技術として
① Twinskeg 船尾,2 軸大直径プロペラ(プロペラ荷重度を下げて効率改善)
20
8%
② 主機 2 機並列による低燃費率ディレートエンジン(大直径からの要請)
6%
③ プロペラ後流旋回流回収デバイス(CRP,PBCF etc)
4%
を挙げ,トータルで 18%の燃料削減が可能であるとしている。従来の 2 軸船で起きる船殻効率の
低下を Twinskeg 船尾にすることで防ぐと同時に,船尾スペースを確保して主機 2 機並列配置を
可能とし,低回転大直径プロペラと並列ディレートエンジン採用によりプロペラ単独効率と機関
の燃費率を上げるというもので,船型,プロペラ,主機を総合したコンセプトとして提案されて
いる点が評価されている。このコンセプトは船技協からの委託を受けて提案されたもので,船技
協ではプロジェクト研究をスタートさせ,本コンセプトに基づく省エネ船の開発を推進している。
また,大内はこれらと併用可能な省エネ技術として,
④ 主機排熱(排ガス,冷却水)の総合的回収(アンモニア冷媒。OTEC 技術)
5∼10%
⑤ 鋭角船首による波浪抵抗低減によるシーマージン減
2∼5%
⑥ 上部構造物の風圧抵抗最小化によるシーマージン減
2∼3%
⑦ マイクロバブル・空気潤滑等による船底摩擦低減
10∼20%
を挙げ,より大胆な省エネを狙った燃料半減船の開発とライセンス化構想を打ち出している。基
本的なコンセプトの発案の上に,さらに適用可能な省エネ技術を組み合わせて省エネ効果を高め
る手法は,在来船に単に個々の省エネ技術を適用するだけの対策的な手法と比べて,工学として
ずっと魅力がある。燃費半減は夢としても,省エネ船の開発には在来船型に囚われない新しい発
想が必要であり,コンテナ船や自動車専用運搬船等も対象とした新しい省エネ船のコンセプトが
渇望されていると言えよう。今後も日本の造船産業が国際競争力を保持するためには,新しい省
エネ船のコンセプトを数多く案出し,それらの淘汰の中から真の省エネ船を生み出す努力が必要
であろう。
1.3.3 省エネ効果の評価・検証
(1) 省エネ効果の評価技術
省エネ船の性能ならびに日本の造船産業の省エネ技術力を国の内外にアピールするには,省エ
ネ効果の定量的評価が不可欠である。省エネ効果を計る物差しとして,荷役までを含めたトンマ
イル当たりの燃料消費量を用いるのは,妥当な選択であろう。船舶は実海域を航走するため,燃
料消費量は当然海象に左右される。そこで,ある航路を就航する船舶の長期性能を,年間のトン
マイル当たりの燃料消費量の期待値と分散で評価するなど,統計的な指標になろう。
船舶の設計段階において燃料消費量を推定するには,
① 規則波中での船体動揺,波浪中抵抗増加,当舵量,斜航角,ヒール角等の航走姿勢,船速低
下等の応答関数の推定
② 船舶が遭遇する短期海象下での燃料消費量の推定
③ 船舶が就航する航路上での海象統計を用いた長期の燃料消費量の推定
の 3 段階に分けて行うのが合理的である。①∼③の推定に必要な要素技術は,実海域推進性能研
究会(旧波浪中推進性能懇談会)で長期にわたって研究され,波浪中抵抗増加ならびに船速低下の推
定法等の理論的推定法が提案されている。また評価ツールの開発も SR444,造工 LCV プロジェ
クト,海技研実海域性能評価プロジェクト等で進められている。現在では,利用可能な理論なら
びに計算技術を集積することで,燃料消費量を推定するためのシステムのかなりの部分が構築で
21
きると考えられる。省エネ効果の評価技術の研究は実用化の段階に入り,システムインテグレー
ションを急ぐ必要がある。
海の 10 モードと称する簡便で分かり易い燃料消費量の指標を導入しようとする動きもある。こ
れは国土交通省海事局,日本海事協会,海技研が中心となり進めている研究開発課題で,将来的
には ISO 標準の燃料消費量指標とすることを目標に据えている。海の 10 モードの詳細はまだ明
らかにされていないが,簡単な水槽実験等で評価可能な指標を目指して研究が進められており,
実際の燃料消費量を反映させた指標として実用に耐えるものが提案できるかどうかがポイントで
あろう。
(2) 省エネ効果の検証技術
省エネ船の性能が,期待通りに実運航においても発揮される事を検証しなければ,性能を保証
することはできない。海運会社では,船舶の航路,船速,燃費等の運航状況をモニタリングし,
大凡のシーマージンを把握して実海域性能の一指標としているが,遭遇海象自体が正確に把握で
きないため,現状では精度の高い分析が困難である。数十パーセントもの省エネが達成されてい
れば,その効果を実感できるが,個々の省エネデバイスの効果等を定量的に評価するには,もっ
と合理的な検証技術を確立する必要があり,これには遭遇海象も含めより詳細な船舶の運航状況
モニタリングシステムの開発が欠かせない。船舶が遭遇する風波等の環境,船体運動,舵と推進
機の状況,燃料消費量等の計測とその統計解析を行い,データを集計・蓄積するシステムを研究
開発する必要があろう。造船,船社,舶用機関メーカー等の共同研究体制を構築し,モニタリン
グデータを用いた省エネ指標の較正をどのようにして実施するのかが課題である。
1.3.4 研究開発戦略
(1) 研究開発体制の構築
省エネ・CO2 排出量削減技術の開発ならびに省エネ船の開発は,待ったなしの課題であり,早
急な研究開発体制の構築が求められている。ハード面とソフト面での総合的な開発を進める必要
性から,船社,造船会社,舶用機器メーカー,船級,大学,研究独法,船技協,コンサル等,国
内の海事クラスタの力を結集した開発体制が不可欠である。このような研究開発体制を素早く構
築するのに,EU では JIP : Joint Industry Program において“この指とまれ方式”を採用して成果
を上げている。これは,MARIN 等の中立的な研究組織が中心となって企業,大学等と連携して
開発計画を立案し,広く産業界に参加者を募り自主的に参加してもらうことで,素早い研究体制
の構築を実現する方式である。EU では安全・環境関連の案件では EU プロジェクトとして政府
からの資金援助も得られるが,性能関連等の商業ベースの案件では基本的に参加企業からの資金,
人材,便宜提供により研究開発体制を構築している。この方式の良い点は,関連企業等に自主的
な参加を呼びかける点であり,成果は参加企業に配分される。参加する,しないは企業の経営判
断であり,企業間の競争を阻害する心配が少ない。また,ニーズの把握が不十分なプロジェクト
やアイデア不足で魅力のないプロジェクトには参加企業が集まらないため,プロジェクトの事前
評価が自然な形で行われることも長所であろう。
日本においても,この指とまれ方式で研究開発体制を構築することが可能と思われる。省エネ
技術の開発では,民間資金・民間主導でスピードを重視した研究を推進する必要があるが,中立
機関としての海技研や公的資金も活用すべきである。省エネ技術の開発ではプロジェクトの素早
22
い立ち上がりと,素早い成果の創出が求められている。国際競争において Quick Win を目指すこ
とが重要で,厳格なロードマップにより目標期限を明確化すると共に,プロジェクトには期限を
厳守させるための強力なマネージメント機能を付与する必要があろう。さらにロードマップには,
省エネ技術に立脚したビジネスモデルの構築と運用までを書き込み,将来像を明確に見据えた研
究開発により,日本の海事クラスタを省エネ技術で世界最強に育て上げることを目標にすべきで
あろう。
その他,研究開発体制の構築にあっては知財の帰属について事前に明確にし,協定書等を整備
して参加者の知財を保護できるように配慮することや,期待される研究成果の内,何を公開して
国際戦略をたてるのかを,事前に明確化しておくことが重要である。参加企業を募る際には,参
加するとどのようなイメージになるのか,体験できるような機会があると有益であろう。
(2) 研究開発戦略
以上の議論を総合し,船舶の省エネ技術の研究開発戦略として本委員会では以下の 7 項目を上
げた。
① 個々の省エネデバイスの研究から,それらを統合した省エネ船の開発へと研究をシフトし,
大幅な燃費削減が可能な新しいコンセプトの船舶を創出する。燃費が大幅に削減できるので
あれば,建造費が倍になっても成り立つ可能性があり,発想の転換が必要。
② 高度な運航技術を研究開発しソフト面での省エネを推進する。また,実運用を見据えたサー
ビス形態とビジネスモデルを提案し,事業化を促す。
③ これらの技術開発を円滑に進めるため,省エネ効果の合理的な評価指標とその検証技術を開
発する。
④ これらの研究開発は造船所だけの努力では不可能である。日本の海事クラスタとしての研究
開発体制を構築し,Quick Win を目指して迅速に開発プロジェクトを立ち上げる。
⑤ これらの省エネ技術を他国に先駆けて実用化・知財化して日本の海事クラスタのコアコンピ
タンスを確立する。これにより最強の海事クラスタを構築する。
⑥ 10 年,15 年後の輸送システムの未来像を描いて省エネ船の波及効果を評価し,省エネ技術
に立脚したビジネスモデルの構築と運用を図る。
⑦ 省エネ船の技術で世界標準を目指す。このため普及活動に力を入れ,研究プロジェクトの海
外への宣伝,成果の国際的な発信,評価指標の国際標準化(ISO)等の活動を展開する。
1.3.5 学会の役割
船舶の省エネ技術の開発では,個々の省エネ技術の開発段階から,それらを統合し,大幅な燃
費削減が可能な新しいコンセプトの船舶と運航技術を創出する段階へ移行しなければならない。
これには日本の海事技術分野が結集して技術開発に取り組むことが不可欠である。折しも日本の
海事技術分野のオピニオンリーダーが,所属組織の枠を超えて集まり技術情報を交換する場とし
て,海事三学会,すなわち日本船舶海洋工学会,日本マリンエンジニアリング学会,日本航海学
会は,学会間の連携を強化することに合意し,昨年 12 月に超省エネ船シンポジウムー燃料 50%
削減は可能かーを共催し,定員の 180 名を上回る参加者を得て好評を博した。今後も連携事業の
企画,実施し,省エネ船の実現にむけた分野横断的な議論と活動を展開していく必要がある。
・ 国際的な経済動向ならびに研究開発動向の調査
23
・ 海上輸送による CO2 排出量削減に有効な新しい技術の創出に資するシンポジウム等の開催
・ ビジネスを見据えた将来ビジョンの提示,
・ 研究開発を短期間に達成し,日本の海事クラスタの競争力を高めるための技術戦略の立案
など,オピニオンリーダーとしての海事三学会の役割は重い。
参考文献
[1] 超省エネ船シンポジウム実行委員会:超省エネ船シンポジウムテキストブック,(2007),pp.
1−139.
24
1.4 解析シーズと IT・システム技術の結合による戦略的ソフト開発
1.4.1 西部支部におけるシーズの有効利用のための検討結果
省エネが社会的に明らかなニーズであるとすれば,シーズの活用による造船技術の革新の視点
もあるであろう。一つは,長年培われた解析技術シーズのシステム化による圧倒的設計力強化で
ある。
西部支部主催の「競争力強化のための造船技術開発に関するフォーラム」において,構造解析
分野および流体解析分野の先端的技術シーズが整理されている[1]。紹介された先端的技術シーズ
として,例えば大規模構造の逐次崩壊挙動解析技術,疲労亀裂伝播シミュレーション技術,構造
/流体練成解析,マルチスケール解析,ぎょう鉄加工シミュレーション技術,溶接に伴う応力/
変形解析技術,構造最適化技術,ポテンシャル理論ベースの計算法,CFD 手法による計算法
等
が挙げられる。上記フォーラムでは,これらに代表される我国の解析技術の研究動向と造船所や
船級の現状を踏まえ,日本におけるこれまでの研究開発の弱点と,シーズを有効に活用するため
方向性が提案されている。その概要は,以下の 3 点に要約できる。
(1) 各種解析技術のパッケージング
日本で研究されている解析技術は広範囲にわたり,欧米と比較しても優位にある。しかし,そ
の研究成果が実用に供されるケースは決して多くは無く,日本に蓄積されている技術は有効には
活用されていない状況である。その理由として,以下が挙げられる。
z
各種解析技術が研究者レベルで独立に開発されている。
z
開発された解析技術を利用するためには特殊なモデル化等が必要であり,その方法が研究
室内部のノウハウとなっている。
z
例えば流体解析は状況に応じて様々な解析手法を使い分ける必要があるが,それらの解析
技術が分散しており,総合的に利用することができない。
以上の現状を踏まえると,各分野毎に独立して開発されている様々な解析手法をパッケージン
グする必要があると考えられる。例えば,複数の流体解析手法(三次元ランキンパネル法,時間領
域非線形ストリップ法,CFD 等)をパッケージングした流体解析用の統合システムの開発や,複
数の構造解析手法(線形弾性 FEM,疲労・亀裂進展解析,崩壊挙動解析等)をパッケージングした
システムの開発などである。これらのシステムでは様々な解析技術を必要に応じて選択して利用
できることが重要であり,必ずしも最先端の解析技術を提供する必要はない。また,設計者によ
る利用を想定した場合には,各種解析モデルを専門家でなくとも容易に生成できる環境を提供す
ることが重要である。
以上に示したように,流体解析や構造解析などの各分野毎の解析技術を,その解析モデルの
生成も含めてパッケージングし,技術の進展とともに,随時,アップデートするような仕組みを
整える必要があると考えられる。
(2) 複数の分野を統合した解析技術の提供
これまでは,流体解析分野,構造解析分野等の各分野毎で独立して解析技術が開発されてきた。
しかし,船舶を開発・設計するためには,流体解析技術や構造解析技術を総合的に利用すること
が必要である。例えば,ADDA で提唱されているように,流体解析技術によって船体に作用する
外力を算出,その外力を利用して構造解析により各部の応力を算出,さらに疲労強度と寿命の推
定といった一連の流れを総合的に解析できるシステムの開発や,極限状態の波浪状況に基づく崩
25
壊挙動の解析などを可能にするシステムの開発などである。
即ち,上記(1)に示した分野毎のパッケージング(統合化)に加えて,複数の分野に跨るパッケー
ジングが重要と考えられる。この統合化の際には,STEP 等の動向を考慮し,国際規格に準拠し
た形で,複数の解析技術を総合的に利用できる環境を提供することが望ましい。
(3) 設計・生産プロセスを考慮した解析技術の開発
これまでに開発されている各種解析技術は,解析に必要となる情報が分かっていることを前提
として,各種性能や強度等を短時間で精度良く求めることを目的に開発されてきた。一方,設計・
生産プロセスは多段階的な情報の詳細化過程であり,その途中過程においては全ての情報は確定
していない。即ち,現状の解析技術は設計が進展していれば有効に利用することができるが,設
計の途中過程においては必ずしも有効には利用できない状況にあると言うことができる。
設計・生産の途中過程における解析技術の有効利用を可能にするためには,概略的な情報を利
用した解析を考慮することに加えて,その解析によって設計・生産のための参考データを獲得す
ることが重要であろう。例えば,基本設計の段階では船舶の重量分布は完全には確定しないが,
この状況で運動・操縦性能やトリム・スタビリティを解析して構造設計への要求を具体化する解
析技術や,小骨が確定しない状況で座屈強度や疲労強度を解析して小骨の設計の参考となる諸性
能を明確化できる解析技術の開発などである。このように,十分な情報が確定していない状況で
性能や強度を解析し,その解析によって後続するステージの設計への参考データを獲得できれば,
設計における検討密度の向上に繋がり,競争力のある船舶の開発に大きく貢献することが期待さ
れる。
1.4.2 設計ニーズの現状
前項では,大学メンバーを中心にシーズの活用の方向性について提言が行われた。一方,造船
所からは,実際の設計活動に基づいて,シーズの活用に関する以下の意見が提出された。
(構造関係)
z
構造設計に対する基本的な理解の低い作業者でも,間違えずに正しい検討ができる使い勝
手の良い解析ツールへのニーズはある。
z
大学開発されたコードで「これを使えば抜群に良い設計が出来る」などの魅力的で画期的
なソフトは,これまでのところあまり見当たらないように思われる。
z
ある領域では造船所として実設計に適用したいソフトもあるが,操作性に難があり,実設
計に適用することは困難である。逆に,操作性が向上して,手軽に使える洗練されたソフ
トになれば,実設計に適用する可能性は高い。
z
船級も認める,世の中の de-fact 的なソフトに到達していれば,利用するメリットは増大
する。
z
造船所の設計者にとって重要な点は,ソフトの機能もさることながら,現実の事象と解析
結果との整合性を保証する“ソフト適用技術”にあると考えている。
z
造船所の解析ニーズは,日々の定型業務よりも,問題が発生した時の方が高い。具体的に
は,実設計では各番船の定型的 FEM 解析以外は,高度な解析技術/構造知識を要するト
ラブル対応やクリティカルな課題検証の方が多い。しかし,その頻度はさほど高く無い。
これは船舶が開発設計的製品でないことが根本にある。また,これらのトラブル時の解析
26
は専門家の仕事として分業化されているのが現状である。
z
日本の造船業は,30 年以上前から FEM をルーチン業務として採用しており,CAE につ
いて先進的であった。しかし,設計手法やルールとの関係で,その解析を行うことで船舶
の合理化やコスト減,高性能化等のメリットが生じない場合には実際の業務では使用しな
い。そのような意味において,単純な FEM をより素早く簡単に行える手法の開発は,い
まだに重要である。
(流体関係)
z
CFD は造船所の実設計で実用段階にある。個々のプログラムの精度は改良の余地はあるが,
種々の方法を使っての確認,船型差による性能比較に活用している。
z
計算速度も実用レベルにあり,船型を変えてその日の内に CFD の結果を見て船型を改良
し,再計算している。
z
定量的な最終確認は水槽試験によるが,CFD の活用によって,水槽試験のケース数は減っ
ている。操縦性,耐航性も同様である。
z
ソフトの使い勝手の改良が望まれる。
z
CFD に基づく推進性能推定ツールは,市販の初期計画ソフトにも既に組込まれている。今
後,より高度な CFD コードも組込まれて行くとの話もある。
z
「基本ロジックは大学で開発されたものを活用しつつも,ソフトベンダーが使い勝手を見
直したもの」が,実用化のポイントと思われる。大学が開発したツール単独ではあまり使
えない。初期計画では短時間での繰り返し検討が求められるので使い勝手は重要である。
市販の初期計画パッケージソフトの組込み機能として利用できて,ある程度の精度が検証
されているものが実務で使えるものであろう。
上述したように,現状の設計活動に基づくと,構造関係と流体関係では,ニーズの様相が異な
るように思われる。即ち,構造関係は,精度的に確立された FEM 解析に関して,実船適用の長
い歴史を持つ。このために,新たな解析手法,大学で開発された手法への強い期待感は薄い様で
ある。むしろ,構造解析知識が十分ではない設計者でも使える既存 FEM 解析ツールの使い勝手
の改良(解析の素人化,手軽な FEM)に強いニーズがありそうである。逆に言えば,実船設計に多
大なメリットを与える画期的手法が現時点見当たらない,あるいはどうすれば多大なメリットを
得られるかが分からないということでもあろう。
一方,流体関係に関しては,CFD がここ数年で実用ツールとして利用可能なレベルに達したこ
とにより,現時点では,使い勝手よりも,従来出来なかったことが出来るようになったというあ
る種の高揚感がある。今後も CFD コードの精度向上が見込まれる状況から,将来の発展性への期
待感が漂っていると思われる。更に,市販の 3D ベースの初期計画ソフトに CFD コードが組込ま
れ,初期計画環境として提供されつつあることから,構造設計よりも進化した解析パッケージに
なりうる可能性が高まりつつある。
逆に,構造関係に関しては,構造設計と FEM 解析が一体となった構造設計パッケージソフト
が,船舶設計の分野では,まだ存在しないということかもしれない。確かに,CATIA に代表され
る市販汎用 3D-CAD も,(解析専門家ではなく)実設計者が CATIA で 3D モデルを作成し,シーム
レスに設計者自身が FEM 解析を実施して,結果を自らの設計にフィードバックするという形態
27
に,最近,漸く到達しつつある。しかし,船舶の構造は複雑であるために,造船用 3D-CAD が,
構造解析コードと連携した統合設計環境に未だ到達していないのが現状である。
構造関係,流体関係ともユーザーニーズとして使い勝手の改良が指摘されているが,これも広
く見れば,3D-CAD と解析ツールが連携した設計環境になっていない,あるいは,まだユーザー
にとって満足できる連携度ではないと考えることができる。以上より,解析コード単独の使い勝
手という視点ではなく,3D-CAD をベースとした設計環境の中での解析コードの利用という,よ
り広い視点で使い勝手を考える必要があるように思われる。
1.4.3 ソフトウェア開発の要件
1.4.1 項で述べたように,日本には解析技術に関する多数の先端的シーズが蓄積されている。し
かし,これらのシーズは必ずしも有効に活用されている訳ではなく,ソフトウェアの実用化と有
効利用という点では,欧米に学ぶべき点が多いことも事実である。そこで, Dr.Rashed 氏に実用
ソフトの開発における要件についてご講演いただき,シーズの実用化およびソフトウェアビジネ
スの展開に関する貴重な示唆をいただいた。Dr.Rashed 氏の講演の概要を以下に示す[2]。
(1) 開発目標の明確化
実用ソフトを開発する上で,最も重要な項目は「開発目標の明確化」である。世界戦略を目指
すのか,それとも日本の造船業の競争力強化を目標とするのか等,想定するユーザーによって求
められるソフトウェアは異なる。また,ソフトウェアの内容も,現状の設計・生産活動の支援を
目標とする場合と,新コンセプト船を設計する場合とでは全く異なるものとなる。つまり,開発
するソフトウェアのユースケースを想定し,そのユースケースに適した内容を織り込むことが,
実用ソフトウェアの開発において先ず検討すべき課題である。このユースケースの想定において
は,誰が何のために開発コストを支払うのかを常に意識し,単なるシーズの実用化ではなく,ユ
ーザーのメリットを念頭においた開発を心がける必要がある。
(2) 開発目標の明確化
上述したように,開発するソフトウェアの内容は,想定するユースケースによって異なるもの
となる。しかし,以下の項目は全ての実用ソフトが満足すべき,必須の課題である。
z
使いやすさ:誰もが使える使いやすさを提供することは必須の課題である。精度や正確性
の向上のために,使いやすさを犠牲にしているソフトを見かけることもあるが,これは間
違いである。また,定型業務等の手で行う活動はソフトウェアによって自動化すべきであ
るが,創造的な頭脳を使う業務については自動化すべきではなく,ユーザー自身の意思決
定に従うべきである。
z
効率性:業務の速度向上は IT 化の重要な目的の一つであり,時間ファクターを常に念頭に
おいてソフトを開発する必要がある。一般的に解析システム等を使用すると,データの準
備・入力・結果の整理等において時間を要する。したがって,業務の効率化は,解析等の
ソフトウェアの中核部分のみで考えるのではなく,入力やデータ整理等,そのソフトを使
用することによって生じる間接業務部分を含めて検討すべきである。
z
ロバスト性:様々な使用状況を考慮し,誰もが安易に使用できる頑健性を有するソフトを
開発する必要がある。この際,他のソフト等との適合性や今後の開発の成果の取り込みを
考慮し,ある使用用途に特化したソフトではなく,一般性を有したソフトを開発すること
28
が重要である。
z
開発・販売・維持体制:ソフトウェアの開発元のみではなく,ユーザーや船級が効率性・
有効性・正確性を認識することが重要である。このためには,開発前からソフトの評価方
法を考慮すべきであり,評価マニュアルを策定することも必要である。また,ソフトウェ
アの販売のためには, 販売方法・販売促進・メンテナンス・トレーニングについての検討
は必須の課題である。
1.4.4 今後の課題
これまでの学会では,研究分野内の交流は盛んに行われてきたが,複数の分野間の連携は必ず
しも充分であったとは言い切れない。しかし,構造・流体解析技術は,実際の設計・建造・維持
等のプロセスに組み込まれることによって,日本の造船・海洋産業の競争力強化に繋がる。した
がって,構造・流体解析技術と IT・システム技術とを連携を考慮し,日本の海事産業の競争力強
化に繋げる方策を考察することは極めて重要である。
また,Rashed 氏によるソフト開発の要件に関する講演を踏まえると,これまでの日本におけ
るソフトウェア開発は,大学あるいは自社でのみの利用を前提としているものが多く,ソフトウ
ェアに求められる要件を十分には満足していなかったと考えられる。これは,1.4.2 項で述べた実
務担当者の意見にも表れている。以上を踏まえ,本項では,解析シーズと IT・システム技術の結
合による戦略的ソフトウェア開発の方向性について考察する。
(1) 専門家でなくとも使える容易なソフトウェアの開発
近年の FOA(First Order Analysis)の提唱に代表されるように,設計において解析技術が有効に
利用されるためには,設計者自らが,容易かつ簡便・気軽に利用できる環境を整えることが重要
である。このことは,Rashed 氏が提唱するソフトウェア開発の要件および造船実務担当者の意見
とも共通する。
一方,大学等で開発された解析技術は専門家の利用を前提としていることが多く,適切な解を
得るためには,モデル定義や各種条件の設定において専門的知識や独特のノウハウが求められる
こともある。したがって,解析技術が有効利用されるためには,ユーザーフレンドリーなインタ
ーフェスの開発のみではなく,解析技術の利用に関わるノウハウ等を定型化するとともに,その
ようなノウハウを知らない人でも使用できる環境を整える必要がある。
この際には,IT・システム関係で研究が進められているプロセスの定式的記述やナレッジマネ
ジメントに関わる技術を利用することが有効と考えられる。これらの技術を利用することによっ
て,解析モデルの生成,各種条件の設定,解析結果の評価等の解析技術の利用に関わる様々なノ
ウハウが形式知化され,専門家のみではなく誰にでも使えるシステム環境の構築へと繋がること
が期待される。合わせて,プロダクトモデルとの連携を考慮し,解析ツールへの入力情報の作成,
解析結果の評価,改良案の作成等をトータルで支援し,解析ツールの利用に関わる工数を削減す
ることが重要と考えられる。
(2) 解析ツールの利用における WHAT の問題の重要性
設計活動は段階的な意思決定活動として定義される。この際,上流の設計は意思決定の自由度
が大きく,情報量も少ないために各種の試行錯誤が容易である。したがって,上流において製品
の作りこみを行うことが,製品の品質向上や競争力向上に繋がると指摘されている。このような
29
設計活動の特徴を考慮すると,船舶におけるシミュレーション・ベース・デザインを実現するた
めには,設計の上流において各種の設計案を生成し,解析技術を利用した定量的な比較検討を行
える環境を構築することが重要と指摘されている。
一方,現状の造船所の設計手法は必ずしも Design By Analysis になっておらず確認解析的であ
るが,IMO/GBS 等の方向を考えると状況も変わる可能性がある。また,近年は,プロダクトモ
デルの実用化,および CSR の適用等により,Design By Analysis の実現可能性は高まっている。
したがって,比較優位にあるわが国の解析技術を実設計で活用可能とすることは,他国との差別
化の武器となりうる可能性が高く,検討すべき課題である。
以上は,繰り返し指摘されている内容であるが,1.4.2 項で述べた実務担当者の意見は否定的で
ある。この根底には,解析ツールの利用における WHAT の問題が,これまで十分に議論されてい
ないことが挙げられる。
価値工学によれば,価値=機能/コスト
として定義される。現在の解析技術は,正確な解を
得るためには多種多様な情報の入力を必要とするものが多い。即ち,分母であるコスト(工数)を増
大させることは明らかである。一方で,その解析を利用することによる機能の向上が具体的に議
論されることは希である。つまり,どこでどのような解析ツールを利用すれば船舶の性能向上や
コスト削減に繋がるかという問題が,これまで十分に議論されていない。言い換えれば,分子で
ある機能向上に関する効果が不明確であり,これが解析ツールの実設計への展開を躊躇させる重
要な要因となっていると考えられる。
Rashed 氏の講演にあるように,開発目標によって要求される機能は異なるものになる。した
がって,産官学が連携し,先ずは研究蓄積のある解析技術の内,何を実用ソフトウェアとして提
供すべきかという問題について議論・検討を行い,開発目標を明確化し,要求される機能の取捨
選択を行うことが必要となる。
以上,解析シーズと IT・システム技術の結合による戦略的ソフトウェア開発の方向性について
議論してきたが, 上記(1)は IT と解析技術の境界部分での研究課題であり,両研究分野が協業す
る必要がある。また,上記(2)については,研究機関のみではなく,造船所や船級等が一体となっ
て検討しない限り解決できない課題である。
さらに,実用化と維持を考慮した場合には,研究機関,ソフトウェア会社,造船所,および船
級間のビジネスモデルの構築が重要であり,このビジネスモデル構築が実現の鍵となる。このよ
うなビジネスモデルの一つとして,大学発ベンチャーが考えられ,事実,米国では有効に機能し
ている。しかし,日米の大学には以下のような相違がある。
z
米国では,研究成果の社会への還元・実用化に関して研究者自身が強い関心がある。その
一方で,日本では研究者は実用化よりも研究論文の作成を重視する。
z
その背景には,日米の大学システムの相違がある。米国では,知的財産などにより大学が
収入を得た場合には,研究員の増員,研究スペースの拡大,給与への反映等,分かりやす
い形で研究者にフィードバックされる。日本では,このようなシステムは最近検討され始
めたものの,未だ不十分な状況である。
z
ベンチャー企業を起こす場合には,経営に関する十分な知識とノウハウが必要である。こ
のため,研究者自身がベンチャーを起こした場合には失敗するケースも多い。米国の大学
30
では産学連携担当者や知的財産担当者に経営に精通する者が多く,研究者ではなく,これ
らの経営に精通する担当者が研究者と連携してベンチャーを起こすことが多い。しかし,
日本の場合は,研究者自身がベンチャーを起こす必要がある。
したがって,日本では大学発ベンチャーに期待することは,困難な状況と言わざるを得ない。
以上を踏まえ,学会の解析分野研究会,情報技術研究会および実務担当者を横断する委員会を構
成し,関係する機関が協業して議論していくべきと考えられる。
参考文献
[1] 藤久保昌彦,柏木正,濱田邦裕:研究が提供するシーズの活用による技術開発,競争力強化
のための造船技術開発に関するフォーラム,日本船舶海洋工学会西部支部,(2006).
[2] Sherif Rashed: Thinking of Software Development Strategy, 第 8 回 研究ストラテジー研
究委員会資料(2007).
31
2. 海洋開発技術
2.1 海洋開発技術の現状と求められる取り組み
2.1.1 海洋基本法および海洋基本計画
海洋基本法が平成 19 年 4 月 20 日に参議院を通過し成立し,同 19 年 7 月 20 日施行された。基
本理念として次の項目が挙げられている。
(1) 海洋の開発及び利用と海洋環境の保全との調和
(2) 海洋の安全の確保
(3) 科学的知見の充実
(4) 海洋産業の健全な発展
(5) 海洋の総合的管理
(6) 国際的協調
海洋基本法においては,海洋基本計画の策定が義務付けられており,平成 20 年 3 月 18 日に策定
された海洋基本計画では「第 1 部
海洋に関する施策についての基本的な方針」で海洋基本法の
基本理念を受けて基本的な方針を謳い,
「第 2 部
海洋に関する施策に関し,政府が総合的かつ計
画的に講ずべき施策」で海洋基本法の 12 の基本的施策を具体的に展開している。
(1) 海洋資源の開発及び利用の促進
(2) 海洋環境の保全等
(3) 排他的経済水域等の開発等の推進
(4) 海上輸送の確保
(5) 海洋の安全の確保
(6) 海洋調査の推進
(7) 海洋科学技術に関する研究開発の推進等
(8) 海洋産業の振興及び国際競争力の強化
(9) 沿岸域の総合的管理
(10) 離島の保全等
(11) 国際的な連携の確保及び国際協力の推進
(12) 海洋に関する国民の理解の増進と人材育成
海洋基本法のねらいは,わが国が海洋国家として,海洋に関する施策を総合的かつ計画的に実
施するために定められたものである。推進すべきものの一つとしてエネルギー・鉱物資源を挙げ,
とくに石油・天然ガス,メタンハイドレート,海底熱水鉱床およびコバルトリッチクラストへの
取り組みを強調している。また,風力エネルギー,その他の海洋の再生エネルギーについても,
取り上げられているが,取り組みは一段消極的である。このような取り組みが継続的に推進され
実のあることは,海洋基本法に謳われているようにこれらの活動を支える海洋産業の育成と国際
競争力の強化と車の両輪の関係にある。本提案は海洋産業の育成と国際競争力強化の観点からわ
32
が国が取り組まなければならない海洋技術開発の課題を提案するものである。
なお,本検討は日本船舶海洋工学会の研究ストラテジー委員会と海洋技術フォーラムが協力し
て WG を設置し,日本船舶海洋工学会が検討の場を提供して,分野横断的な検討を行ったもので
ある。本 WG は研究ストラテジー委員会では海洋技術開発テーマ検討WGと位置づけられ,海洋
技術フォーラムでは海洋技術開発タスクフォースと位置づけられている。
2.1.2 わが国海洋産業と研究開発のあるべき姿
海洋産業の健全な姿は,図2.1に示すようにわが国のEEZにおいて知る,利用する,守るという
活動が実践され,継続的な受注があり産業として一定の規模が確保されていること,その中に高
レベルの技術者集団が確保され,技術が発展継承されるという好ましい循環が継続するというも
のである。さらに,大学や研究機関の研究により開発される技術や新しいコンセプトが投入され,
相乗的に活気ある産業が形成される状況が必要である。そして,そこに魅力を感じる若い有能な
人材が多く集まるという姿が理想的である。
外部機関による技術開発と研究
大学・独法研究機関
海洋産業
発注
海洋の調査・利用・保
全産業
経営判断
造船重工業
製品供給
技術開発
高度技術
図2.1 海洋産業と技術開発
しかしながら,わが国の現状は強固な産業基盤を背景にして,機器,素材など要素技術には強
いものがあるが,海洋石油産業のように海洋を対象にした継続的な活動が無いため,自立した産
業活動が無く要素技術を総合して目的を達成するシステムを構築することに関して技術の蓄積は
極めて脆弱である。また,海洋産業は基本的に多品種少量生産の産業であり,多様な技術ニーズ
に答えるため,多くの技術者を必要とする産業である。これまでの取り組みは造船重工業が多く
を担ってきたが,現在の造船業は少品種多量生産により,生産効率を上げて国際競争に勝つこと
を指向している。造船業としては,受注の谷間を埋める船種の一種として海洋案件を見ている。
海洋案件については継続的にコミットし,ビジネスの動向,ルールの動向をウォッチしている必
要があり,基本的に現在の造船業のビジネスのやり方,考え方に合わない。たとえば,海洋構造
物の建造では,空白期間を置いて不慣れなまま取り組み,新しいルール,新技術への対応に苦労
33
するということが多い。また,技術的に問題なく仕上げても,石油ビジネスの特徴である設計変
更,建造の段階における手直しへの対応でコストを膨らませてしまい,赤字を出して単発で撤退
してしまうことも見られる。このため赤字体質を克服できないということを繰り返してきた。こ
の間,技術者の離散集合を繰り返し,造船業全体の技術者削減もあって,技術の継続的発展や継
承が行えず,エンジニアリング企画力とポテンシャルの低下を招いたと言わざるを得ない状況に
ある。深海鉱物資源を初めとする各分野においては,技術の観点からは過去かなりの開発が行わ
れたが,多くが実現に至らず今日に至っており,このまま放置すると継承されないままわが国か
ら技術が基盤とともに失われてしまう危機的な状況にある。
一方,各方面で指摘されているように,わが国の持続的発展にとって,深海底鉱物資源,エネ
ルギー資源,生物資源,海洋エネルギーなど海洋は様々な可能性を有している。特に,海洋の有
する海洋エネルギー資源は膨大で,経済的かつCO2排出の少ない形で開発できるなら,その恩恵
は計り知れない。2章では,海洋において近い将来から今世紀半ばに向けてどのような技術開発を
していったらよいか,深海底鉱物資源,エネルギー資源,生物資源,海洋エネルギー,海洋情報
管理,海洋環境保全の各分野から実証試験によって技術や経済性が実証されれば産業化に移行で
きる可能性の高いテーマを取り上げ,5∼10年の期間で実行する実証試験を提案する(図2.2)。3章
では,日本船舶海洋工学会が取り組むべき共通基盤技術について紹介し,その上で,特に現時点
で取り組むべき課題を重点テーマとして提言する。
石油・天然ガス
海洋エネルギー
鉱物資源
風力エネルギー
潮流海流エネルギー
温度差エネルギー
波浪エネルギー
黒鉱型海底熱水鉱床
コバルト・リッチ・クラスト
海洋環境保全
海洋生物資源
海洋生態系実験施設
海洋空間利
空港、港湾施設
防災拠点、廃棄物処理
洋上原子力発電施設
地球環境問題
海洋情報産業
海洋観測基地
海洋ネットワーク
共通基盤技術
軽量低動揺浮体の開発
ライフサイクルコスト低減技術
位置保持技術
低コスト実証試験施設
ライザー技術
図 2.2 取り組みの求められる分野と開発課題
34
2.2 求められる取組み
「実験から商業化技術へ」をキャッチフレーズとして,5∼10 年で技術や経済性が実証される
ことで,事業化への道筋が大きく開かれると考えられる課題を示す。
(1) 深層水複合利用(海洋生物資源)
海洋深層水の富栄養性,低温性,膨大な資源量を利用して,
生物生産のための深層水汲み上げによる海域肥沃化,低温性
を利用した発電・淡水化を組み合わせた深層水複合利用を提
案する。汲み上げ量50万m3/日のシステムを200海里の離島へ
のインフラ供給施設として稼動させるとともに,事業性の確
認を行う。
(2) 黒鉱型海底熱水鉱床開発(鉱物資源)
需要の増加を受けて価格が高騰している銅,鉛,亜鉛,金,銀の含有割
合が高い黒鉱型海底熱水鉱床開発を対象とした5年間の緊急的取り組み,
コバルト,ニッケル,銅,マンガンの含有割合が高いコバルト・リッチ・
クラストに関する10年間の取り組みを提案する。
黒鉱型海底熱水鉱床については,既存の金属乾式製錬技術とリサイクル
技術の組み合わせ等により,数年以内に開発が可能であると考えられる。
商業化の段階まで持ってゆくプロジェクトである。
(3) 資源量調査と天然ガス開発(石油・ガス)
我が国のエネルギー安全保障上の観点から,日本の管轄
する海域における資源量調査と東南アジア・オセアニアの
天然ガス開発をパイロットプロジェクトとして提案する。
(4) 海洋エネルギー複合利用実証(海洋エネルギー)
海洋エネルギーの開発に関しては,多くの場合基礎研究,
技術開発の段階は済んでいる。提案するパイロットプロジェ
クトは,風力発電,太陽光発電,潮流・海流発電,波浪発電,
深層水について,事業性を向上した近い将来の商業化を目標
とした実証プラントである。総合的な事業性評価を行うもの
である。
(5) CO2海洋隔離システム技術実証試験(地球環境問題)
長大なCO2海洋隔離パイプに関する技術開発と実証試験をパイロットプロジェクトとして提案
する。洋上基地から長大なパイプを吊り下げた状態で,洋上基地が波浪によって動揺する状態で
パイプを破壊から守る技術の開発,長大なパイプを曳航する場合について曳航パイプから渦が放
出されることによるVortex Induced Vibrationの応答評価技術と設計技術の開発を行い,多目的海
35
洋技術試験船を利用して実海域実験を実施して技術の完成を行う。
(6) 浮体式物流基地(海洋空間利用)
海洋の空間利用は基本的な技術開発は済んでおり,実証試験も
終了している。地域の社会経済の特性を考慮した中規模程度の浮
体式物流基地を計画し,パイロットプロジェクトとして実施して
実用化への弾みをつける。
(7) 海洋観測基地・ネットワーク基地(海洋情報産業)
海洋・気象現象を長期にわたり数千mの海底から海上まで立体
的・総合的に高い精度で,且つ無人で計測し,リアルタイムでデ
ータを伝送できる超大型のスパー型海洋定点観測プラットフォー
ムの開発と,外洋において継続的な海洋観測,漁業資源調査なら
びに水産業を主体とする海洋利用事業を実証できる浮体式大型海
洋観測基地の開発をパイロットプロジェクトとして提案する。我
が国の排他的経済水域(EEZ)の調査・開発・保全および離島の振興
を目的としたネットワークシステムの構築のために必要となる海
洋ネットワーク基地を提案する。
(8) 海洋生態系実験施設(海洋環境保全)
地球温暖化など,地球環境問題に関して,環境影響を
評価するための海洋生態系実験施設をパイロットプロジ
ェクトとして提案する。
2.3 共通基盤技術の開発
日本船舶海洋工学会など工学系の学会はある技術分野に関わる技術者,研究者などが自らの研
究成果の発表,課題の研究や情報交換を目的として組織されたものであり,企業の短期的な経済
競争に寄与することには向いていないが,一方で,中長期的な展望の下に取り組みを行うことが
可能である。
学会が中長期で取り組むべき課題の一つは,今世紀半ばに向けて求められる大幅な CO2 排出削
減に海洋からいかに貢献するかというものである。また,資源・エネルギー問題の解消,緩和に
いかに貢献できるかという点である。学会の役割としては,このような目標を達成するための根
幹となるコンセプトの提案,基礎技術,要素技術の提案や研究にあると考えられる。そのような
観点から取り組むべき課題としてつぎのものが上げられる。
2.3.1 軽量低動揺浮体の開発
前章で提案された開発課題は,何らかの形で浮体技術を利用するものであり,開発目的に応じ
て浮体形状や上載機器が決められる。現在,海外で海洋産業として成立している海底石油・ガス
36
生産に用いられている浮体施設は,かなり大規模な構造体であるが,これは石油・天然ガスの生
産の用いられる設備が大きく,取り扱う物量も大きいためである。今後開発すべきと考えられて
いる他の海洋資源や海洋エネルギーは,採算性に関する懸念があるためこれまで産業化出来なか
ったものが多く,一般に取り扱う物量も小さい。従って,採算性向上のためには,安全性を確保
した上で出来るだけ軽量小型の浮体が望ましい。また,日本のEEZを利活用する事を目的とした
場合,台風を初めとする厳しい気象・海象条件を克服する必要がある。一般に上載機器の機能要
件を満足するためには,浮体の動揺に伴う傾斜角や慣性力が問題となるため,出来るだけ揺れな
い浮体を設計する必要がある。また,サバイバルコンディションでも漂流は許されないので,何
らかの形で係留系への負担を軽減させる工夫も必要である。動揺低減技術と波漂流力低減技術は
必要な技術となる。動揺低減は一般には浮体の大型化を意味するが,動揺低減技術により動揺特
性の良い浮体をより小さな浮体で実現できれば,低コスト化を実現できる。
(1) 動揺低減技術
一般に動揺低減技術としては,船の横揺れを押さえるためのビルジキール,フィンスタビライ
ザー,減揺タンク等が知られている。一方,バージなどの前進速度を持たない浮体について「揺
れない浮体構造物の研究」が行われ,減揺法として①水線幅変更タイプ(底部にフィン張り出しを
含む),②減揺タンク上載,③SLO-ROLタンク(加圧タンク)付加,④TDM(動吸振器)付加等が有力
な方法として研究されている。これらの方法が外洋で想定される浮体に対して有効に働くか否か
を改めて検討する必要がある。
(2) 波漂流力低減技術
浮体の下部に取り付けた翼により,波浪中で推進力が得られる事が示されている。前進速度が
ない場合でも,波浪中での見かけの振動で推力が得られる可能性があり,これを係留浮体構造物
に適切に配置することによって,波漂流力を低減させる可能性がある。また,海流発電など,強
潮流下で使用する浮体については,エネルギーの一部を推進装置に回すなどして係留装置への負
担を減らすシステムも考えられる。
(3) 動揺・波漂流力同時低減の可能性
波浪推進の実船実験によると,波浪推進と同時に減揺効果も得られている。従って,
翼型フィンを浮体下部に適切に配置することによって,動揺及び波漂流力の同時低減効
果が期待できる。浮体関連の共通技術としてこの可能性を追求する研究を推進すべきで
ある。
37
図2.3 フィンによる波漂流力の低減
2.3.2 ライフサイクルコスト低減技術(100 年浮体による事業性の向上)
海洋に設置するシステムの事業性を向上するためには,再生可能エネルギー開発のように初期
コストが大きく,稼動時の保守・管理のコストが相対的に低いものについては,長寿命化するこ
とによりライフサイクルコストが大きく改善される可能性がある。また,同じ意味合いでメンテ
フリーを実現することで同じくライフサイクルコストの大幅な低減が可能となると考えられる。
長寿命化,メンテフリーの技術として必要な技術の開発が必要である。
(1) 構造強度
海洋構造物を長寿命化する場合,安全性に関わる強度設計の観点からは,設計条件として設定
される海象条件の再現期間は長くなるが,有義波高の上昇はそれほど大きくないので,再現期間
を仮に 2 倍に伸ばしても最終強度を確保するための構造重量,コストの上昇は小さい。
一方,疲労損傷は供用期間に比例して増大するので,長寿命化には構造全体の応力レベルを下
げる必要があり,これは部材寸法の増加を伴うため,やはり構造重量増によるコスト上昇につな
がる。一方最近,静的強度,靭性,溶接性などを従来鋼と同程度以上に維持しながら疲労寿命の
大幅延伸を達成した耐疲労鋼が開発されている。また,UIT 法(超音波ピーニング)などの新しい
疲労強度向上技術が普及しつつある。これらの新技術によれば,大幅なコスト上昇や構造様式の
大幅変更を招くことなく,疲労強度の大幅向上が可能であり,これらの材料関係の技術の進歩を
海洋構造物の長寿命化に適用することが有効である。
(2) 防食技術
長寿命化に関して構造強度と並んで考慮が必要になるもう一つの観点は腐食対策である。防食
法の変遷を表 2.1 に示す。最近開発されたステンレスライニングは,異種金属同士の接触による
腐食の心配が低く,また,塗装に比較して大幅なコスト上昇がなく長寿命を達成できることから
非常に有効と考えられる。金属ライニングを適用する場合,ライニングの施工がしやすく,かつ
損傷が生じにくい構造形状を選ぶ必要がある。
防食技術に関しては,金属ライニングの他にも,耐腐食性能を画期的に向上させた鋼板の開発
が期待される。
38
表 2.1 防食法の変遷
年代
防食技術
耐用年数
1960∼1970 年
無機ジンクリッチペイント
10∼15 年
+タールエポキシ樹脂塗料
1980 年
超厚膜エポキシ樹脂ライニング
1990 年
耐食性金属ライニング
・チタンクラッド鋼ライニング
2000 年
40 年
50∼100 年
・耐海水ステンレス鋼ライニング
(3) 機能機器の換装
海洋エネルギーの開発では,構造体の長寿命化が達成された場合に,搭載する機器も同様に長
寿命化が図られることが望ましいが,一般には可動部分を有する機械類の寿命は 20 年前後である。
このため,稼動期間中に機器の換装を必要とすることになる。このため,設備更新や機能更新,
機能拡張などに対応する構造形状,内部構造を採用する必要があり,このための設計法の開発が
必要である。
2.3.3 位置保持技術
海洋における資源エネルギーの開発については,図 2.4 に示すように海流・潮流,風力,メタ
ンハイドレートの開発など様々な形態が考えられる。わが国においてこれらを開発する場合,日
本周辺の海底地形が急峻で水深が急速に深くなることから,大水深における位置保持技術はキー
テクノロジーである。
大水深における位置保持技術については,海洋石油の分野において合成繊維索と高把駐力アン
カーを用いた大水深係留技術の開発が進められており,水深 3000m が現在の開発目標となってい
る。わが国の EEZ 内の大水深に海洋石油資源は無いが,再生可能エネルギー開発やメタンハイド
レート開発に関して大水深係留は必要な技術である。たとえば,黒潮中における海流発電を目標
とする場合,水深数百∼5000m,流速 2m/s の海洋中において,発電プラットフォームを位置保
持する技術の開発が必要となる。
また,広く位置保持技術を展望すると図 2.5 に示すように対象となる水深に関しては 10m 程度
の浅海から 5000m の深海,位置保持精度に関しては数 m から場合によっては 100km 程度の精度
まで許容される場合もある。また,再生可能エネルギー開発などでは機能に関する搭載機器は比
較的小型軽量であり,そのための浮体も小規模なものになる。このため,相対的に係留のコスト
は大きくなり事業性を左右することになる。事業性が重視される開発では,低コストの位置保持
システムを実現することが必要である。
39
メタンハイドレート生産
適用対象と必要性
ポンツーン型風車
メタンハイドレート掘削
セミサブ型風車 スパー型風車
沖合型無係留型風車
海流発電
潮流発電
水深 ∼数十m
水深 ∼200m
水深 ∼5000m
図 2.4 海洋における資源エネルギーの開発
位置保持精度
1m
10m
100m
1km
0m
沿岸
10km
100km
①長期低コスト位置保持
②短期低コスト位置保持
③大水深位置保持
④高流速位置保持
風力、潮流発電
水深
海流発電
沖合
メタンハイドレート開発
EEZ 風力発電
5000m
図 2.5 開発の項目と適用対象
既存技術の現状とわが国の事情に照らして,大水深における位置保持技術の先端的な開発,長
期低コスト位置保持技術の開発に取り組むことが必要と考えられる。
(1) 大水深無係留位置保持(エネルギー低消費型)
EEZ 沖合いに展開されるプラットフォームを対象にスラスターや海洋の流れや風を用いた低コ
スト無係留位置保持技術の開発を行う。
(2) 大水深高流速域位置保持(水深 5000m,流速 2m/s の表層流れ)
海流発電やメタンハイドレート開発など,大水深高流速域に設置される浮体の位置保持を可能
とする位置保持方式について,合成繊維索と高把駐力アンカーを用いた係留,ワイヤーあるいは
パラレルストランドに浮力体を併用した係留,など浮体への負担を軽減した低コストの係留方式,
スラスターによる位置保持の開発を行う。
40
(3) 長期低コスト係留(100 年メンテフリー)
日本周辺における再生可能エネルギー開発の実現に向けて,事業性を向上させるための低コス
ト化を図るため,超長寿命係留方式を開発する。
2.3.4 ライザー・揚鉱管技術
海中・海底から生産された資源を洋上の処理施設に持ち上げたり,その逆に洋上から海中に CO2
などを送り込むために,長大な管状構造物を設置する必要がある。海洋石油の油井の掘削では,
泥水循環により掘削屑を洋上の掘削船に回収するためにドリルパイプの外側に掘削ライザー管を
設置する。また,生産した石油・天然ガスを洋上の施設に持ち上げてくるために,生産ライザー
が用いられる。海洋深層水の利用では多量の深層水を汲み上げるために,洋上の施設から長大な
パイプを吊り下げることが必要になる。また,CO2 の海洋隔離では,洋上の基地から長さ 3000
mを超えるパイプを海中に吊り下げ,位置保持したり,曳航したりする必要がある。深海底鉱物
資源の開発においても,海底上で回収した鉱物資源を洋上に持ち上げるためにやはり長大な揚鉱
管が必要になる。
長大管に関する技術は海洋資源の開発で基幹となる技術であり,深海底鉱物資源など海洋資源
開発においてわが国が世界をリードするためには,この技術を世界最先端の水準に持って行くこ
とが必要である。長大な管状構造物(ライザー)については,次のような観点から技術の開発が必要
である。
(1) 長大管の設置技術
掘削ライザーでは,比較的短いパイプをフランジ継ぎ手によりつなぎながら海中に降ろしてゆ
く設置する方法が取られる。一方,陸上で製作した長大なパイプを浮力材を付けて洋上に引き出
し,曳航し,現地にて浮力材を切り離して鉛直に設置するアペンディングという設置法が取られ
ることがある。目的に応じた効率的な設置法の開発と確立が必要である。
(2) 挙動評価技術
ライザーは,様々な運状態が考えられるが,安全性確保の観点から最も重要になるのは,長大
なライザーを海底から切り離し,吊り下げた状態で荒天中にある場合で,このような状態におい
て大きな張力変動がライザー内に発生する。また,多くの場合,ライザーは流れの中にあったり,
曳航されるなどのために流れに曝される。このような状態では,ライザーから渦が放出されるこ
とにより渦励振が発生しこれによる金属疲労が発生する。ライザーシステムの安全性確保の観点
から,ライザーの各運用状態における挙動解析が必要であり,弾性構造物としての動的挙動解析
法,VIV のように流体と構造が連成する流力弾性挙動解析法の開発が必要となる。
(3) 材料開発
弾性体であるライザーは,長大になればなるほど応答特性は低下し,強度的に成立の限界に達
する。このため,従来の限界を超えるためには高強度,高弾性,軽量材料の開発が必要である。
この観点から CFRP は有望な材料である。一方,従来の開発では CFRP でライザー管の平行部を
作り,これに金属製のフランジを取り付ける方式で検討されてきたが,材料のもつ有望な特性を
41
生かしきれずにいる。CFRP を円筒に成型するのではなく,CFRP ロッドを平行に多数配置する
形式など新たな発想によって,世界に無いものを開発する必要がある。
2.3.5 サブシー技術
わが国周辺における石油・天然ガスの開発は,大水深域を含む中小油田・ガス田の開発となり,
開発の経済性はかなり厳しいと予想される。このような開発を成功に導くためには開発の各局面
でコスト低減が必要となる。大水深域に大型の構造物を多数設置することはコスト面でのデメリ
ットが多くなるため,従来洋上の構造物上で行ってきた生産物に対する処理を海底上で実施し,
海底パイプラインにより陸へ送る,あるいは限られた構造物に上げて集約した上で陸に送るなど
方式を開発する必要がある。このため,海底上に設置するセパレータなどの生産設備の開発,フ
ローライン,パイプライン,送電ケーブルの低コストの設置技術の開発が必要である。
また,海洋エネルギーの開発においても,沖合に設置された浮体式風車や潮流・海流発電施設
などから生産した電力や生成物を陸上に送るために,低コストでパイプラインや送電ケーブルを
設置する技術の開発が必要である。本格的な海洋エネルギーの開発では,多数の風車や潮流・海
流発電施設が沖合いの広い範囲に展開されるため,これらの機器の入れ替えや新たな設置が容易
に行えるよう,送電やパイプラインの幹線と幹線への着脱が容易に行えるノードの開発が必要で
ある。
図 2.6 石油開発におけるサブシーシステム
2.3.6 有人潜水艇・海中ロボット技術
わが国は「しんかい 6500」の開発により,有人潜水技術においては長らく世界の先端にあるが,
米国が水深 6500m 潜航の New Alvin の開発建造計画を進め,中国が水深 7000m 潜航の有人潜水
船を建造中という昨今の情勢下にあっては,早急に新しい技術開発を実施して深海探査能力の優
位性を維持することが必要である。世界最深部であるマリアナ海溝 11000m の探査を目標として,
海底まで 1 時間程度で到達できる,従来技術の延長上に無い新しいシステムの開発を目標に掲げ
42
る必要がある。
(1) 大水深潜航を目指したセラミック耐圧容器の開発
有人潜水技術では中核となる軽くて丈夫な耐圧容器製造技術を開発することが最も重要である。
また実際の運用を考えると艇体の大型化,重量化は避けなければならず,従来から検討されてい
きたチタン合金や他の鋼系高強度材料の限界を抜本的に解決するために,ガラスを含むセラミッ
ク材料の利用技術の開発が必要と考えられる。中心的な課題は,これらの材料が脆性材料である
点を克服するための接合技術,貫通部回りの処理技術とこれらに基づく設計技術の開発である。
(2) 海中動力源の開発
自律型無人潜水機のように外から動力の供給を受けずに長時間航走する形式の海中ロボットの
開発においては,小型・軽量でかつ大容量のエネルギー源が必要となる。エネルギー源としては
様々な形式が考えられるが,現状では燃料電池が非常に有望である。とくに,近年携帯電話やパ
ソコン用電源として注目を浴びているダイレクトメタノール燃料電池(Direct Methanol Fuel
Cell: DMFC)の活用は有望である。現状の技術レベルに基づいて DMFC のエネルギー密度,海中
ロボットの艇体の概算から航続距離を試算すると,表 2.2 のようになり非常に有効であることが
分かる。海洋における実用化に向けた検討が必要である。
表 2.2 海中ロボット主要目試算例
航続距離
速力
直径
全長
電池出力
重量
3000km
5kt
40cm
4.4m
515W
0.55ton
4500km
5kt
40cm
10m
750W
1.26ton
2.3.7 低コストで実証試験が行える体制の構築
わが国の海洋技術の開発において,技術開発のベースとなる海洋石油産業が無いため,新たな
技術を実海域において実験,実証するために多大な労力と費用を要する。このため,研究が要素
技術の開発に終ってしまい。システムとして組み上げ,これを実海域において試験することによ
って得られるノウハウの蓄積が無いまま終了することが多々見受けられる。システムとして実際
に稼動させることにより得られる知見や経験は重要かつ貴重である。そこで,一学会の取り組み
の範囲を超えるが,海洋技術の実験,原型,実証の各段階で,低コストで簡便に利用できる多目
的技術試験船と海洋技術試験場を提案する。
海洋技術試験場については,例えば,エンジニアリング振興協会から沖ノ鳥島多目的利用構想
として,沖ノ鳥島実証・実験基地構想が提案されている。
43
図 2.7 沖ノ鳥島実証・実験基地構想
(出典:エンジニアリング振興協会)
多目的技術試験船については,実海域において開発した技術の総合的試験を効率よく行うため
にムーンプールを有し,長大管を組み立て吊り下げる機能,さらに様々な機器の曳航機能があれ
ば,メタンハイドレート開発,深海鉱物資源,CO2 海洋隔離,深層水利用,洋上風力発電,海流・
潮流発電などの実海域試験を容易に実施できる。試験船の効率を上げるために,試験船を台船と
タグボートに分割しても良い。
必要な機能
ムーンプール:
長大管などの機器を吊り下げ曳航する機能
クレーン:
機器の揚げ降ろし
推進装置:
曳航機能
大水深位置保持機能:
海洋エネルギーなどの技術開発のために
大水深海域で位置保持する
図 2.8 多目的技術試験船
2.3.8 共通技術による事業性の向上評価例
耐用年数 100 年の浮体の設計では,
耐用年数 20 年の場合に比べて設計波の波高はおおよそ 20%
増加する。また,疲労強度の観点からは寿命を 5 倍に延ばすためには発生する応力レベルを 20%
減らす必要がある。このことから,単純には強度部材の強度あるいは量を 20%増すことが必要に
44
なる。腐食に関しては 1 年あたり 0.1mm の衰耗を見込むので,現状の材料,防食法では過剰な
板厚増加につながるので,新技術の開発が必要であるが,浮体の耐用年数を 20 年から 100 年に
延ばすためのコスト上昇は 20%程度に抑えられると想定できる。1 年当たりのコストに換算する
と浮体寿命を 100 年浮体とすることで 76%削減することができる。一方,維持・保守にかかる年
間コストは初期コストの 5%は必要と考えられる。この場合,20 年浮体の総コストは初期コスト
の 2 倍,100 年浮体では 6 倍となり,1 年当たりのコストは 28%の削減に止まる。したがって,
100 年浮体がその利点を十分に発揮するためには,維持・保守コストを大幅に抑え,メンテナン
スフリーにすることが必要である。
搭載設備も含めてその効果を検討してみる。浮体発電コストの試算をスパー型浮体を例に求め
てみる。浮体・係留はメンテフリーとし,風車については 20 年で取替え,送電については 50 年
で取り替えるものとする。年間の維持,保守関係費用を初期コストの 5%とすると,表 2.3 に示す
ように,20 年浮体の場合発電単価は 8.9 円/kWh,100 年浮体では 5.2 円/kWh となる。
一方,メタンハイドレート開発の場合,新たに生産井を掘削するためのコストが占める割合が
大きく,生産するガス単価に換算すると表 2.4 に示すように,20 年浮体で 14.0 円/m3,100 年浮
体で 13.0 円/m3 となり低減効果はあまり期待できない。
以上より,初期コストに占める浮体の割合が大きい場合,あるいは毎年運用や維持・保守にか
かるコストが小さな場合に 100 年浮体の効果は大きいことがわかる。
表 2.3 5MW スパー型の発電コスト
20 年浮体
100 年浮体
浮体コスト
4.0 億円
4.8 億円
20%増し
係留
1.5 億円
1.8 億円
20%増し
送電
5.0 億円
10.0 億円
1 回交換
風車
5.0 億円
25.0 億円
4 回交換
維持,保守
15.5 億円
50.0 億円
初期コストの 5%/年
ライフタイムコスト
浮体はメンテフリー
発電量
稼働率 0.4
350x106kWh
1752x106kWh
8.9 円/kWh
5.2 円/kWh
発電単価
45
表 2.4 メタンハイドレート生産
30 年浮体
100 年浮体
ライフタイムコスト
プラットフォームコスト
188.4MM$
226.1MM$
20%
増し
運用コスト 17.0MM$/yr
340.0MM$
1700.0MM$
移設コスト 4.8MM$/回
21.9MM$
109.5MM$
1460.0MM$
7300.0MM$
16537x106m3
82685x106 m3
14.0 円/m3
13.0 円/m3
掘削コスト 80.0MM$/400day
全天然ガス生産量
80MMscfd
天然ガス単価
2.4 基盤技術開発ロードマップと重点研究テーマの提言
実証試験と共通基盤技術を併せて,開発のロードマップを表 2.5 に示す。実証試験について
は短期間で実証試験を行い事業化の目途をつけることを目的としている。また,共通基盤技術に
ついても,パイロットプロジェクトで確認される事業性の更なる向上を図る観点から,短期間で
開発し実用に供することを目的とする。この中から学会の取り組みとして早期に確立が求められ
る重点テーマとして,共通基盤技術の中から海洋基本計画に取り上げられ,近い将来実現に近い
海洋エネルギーと深海底鉱物資源やメタンハイドレートなどの開発に直接かかわるテーマを提案
する。
(1) 海洋エネルギー開発のための基盤技術構築
1)低コスト長期大水深係留技術の構築
再生可能エネルギー開発プラントは比較的小規模であるため,小規模の浮体を長期に
わたって多数係留することになる。このようなシステムでは,相対的に係留のコストが
大きくなる。わが国 EEZ で再生可能エネルギーを経済活動の一環として開発し,かつ
EPR が大きく,CO2 の排出の小さなシステムとするために,低コスト大水深係留技術の
開発は重要となる。研究課題は
・合成繊維策を用いた中性浮力係留の開発
・金属系材料を用いた中性浮力係留の開発
(2) 100 年浮体の技術体系の構築
浮体を長寿命化するためには,疲労被害蓄積の観点からは応力レベルを下げる必要が
ある。これには重量とコスト上昇を伴う。また,腐食については浮体外面にステンレス
ライニングを施すなど抜本的な対策が求められるが,これもコスト上昇を伴う。LCA に
基づいて,浮体の長寿命化による経済性と CO2 排出の観点から,望ましい長寿命浮体の
姿を明らかにする。研究課題は
46
・100 年浮体のための金属ライニング・塗装技術
・100 年浮体の LCA
(3) EEZ のエネルギー資源・大水深鉱物資源開発のためのライザー技術
深海鉱物資源,メタンハイドレート,石油・天然ガスの開発に関してわが国が技術的
に独自に立場を持ちつつ,なおかつ EEZ における他の活動にも共通して利用できる技術
の一つはライザー技術である。そこで,ライザー技術に関して挙動解析法,材料技術に
おいて独自の技術を開発する。研究課題は
・複合材料を用いたライザーの開発
・ライザー挙動の解析技術開発
47
表 2.5 開発のロードマップ
48
3. 国際基準戦略
3.1 国際基準に対する戦略的取組の必要性
船舶の安全・環境分野の国際技術基準は,主として IMO(国際海事機関)の場で各国政府が海事
関係の国際NGOを交えて協議することにより作成されている。IMO の議論に参加するメンバー
の共通認識として,実現可能なできる限り高い水準の基準を目指し,かつ,安全・環境規制の費
用対効果の面はあまり重きを置かずに検討が行われてきた。しかし,最近は,シングルハルタン
カーのフェーズアウトのように既存船舶の資産価値に大きな影響を与える規制や,バラストタン
クの塗装基準のように造船所の生産設備に大きな影響を与える規則など,我が国海運・造船の経
営に影響を与える基準が増えてきた。また,船体構造強度に関する基準のように,経済性のよい
新造船主体の日本の海運と中古船の活用を意図するギリシャ海運では利害が対立し,国際基準は
全世界一律に適用されるのであるから市場に中立に作用するとの考え方が成り立たない基準も増
えている。
一方,海事分野の国際基準は従来から圧倒的な量と質で欧州から発議されており,欧州では基
準によって技術覇権を維持・獲得する戦略ができあがっている。最近の官民上げての欧州プロジ
ェクトの例では,リスク評価手法を設計ツールに盛り込んで新たな設計プロセスの開発を目指す
SAFEDOR プロジェクトや,ディーゼルエンジンについて環境性能でのブレイクスルーを図る
HERACLES プロジェクトが上げられる。このように,欧州では基準案を提案する前に,相当の
準備期間と資源投入を行っており,欧州から基準案が提案される段階で,我が国に有利なものに
変更することは至難の業である。
翻って,わが国が,先行的・戦略的国際基準開発を行おうとすると,地理的ハンディキャップ
ゆえ,欧州のように基準原案を初期段階から複数国で協議しながら作成するプロセスを踏むこと
は難しい。しかしながら,海運,造船,舶用工業のいずれも世界トップクラスの技術力を有して
いるので,三者が協働して基準開発を行えば,説得力のある基準を開発できるポテンシャルを有
していることも確かである。したがって,わが国ではできるだけ早く基準案を作って世界に発信
する姿勢が必要である。すなわち,産学官が連携して世界に先駆けて基準開発を行う分野を決め,
これに資源を集中的に投下するための意思決定メカニズムと戦略ができれば,国際的イニシアテ
ィブを発揮することができ,また,世界の海運の発展に貢献することができる。もちろん,最終
的には国際基準を目指すのであるから,テーマに応じて味方となってくれる可能性のある欧州諸
国や中国・韓国などのアジア諸国,また,米国などとの連携強化を早い段階から進めていくこと
も重要である。
3.2 学会の役割
国際基準に関して上記のような戦略で望む際,学会が貢献すべき役割は,我が国が作成する国
際基準について①科学的根拠を提供すること,②長期的視点(少なくとも 3∼5 年先)に立って当該
基準の基礎となる理念を提供すること,③先行的に基準作成を行う分野の決定に際してアドバイ
スを行うことが考えられる。
基準案の科学的根拠の提供については,従来から行われてきている。しかし,損傷時復原性基
準の改定の際には,わが国は,造船業界と学界の連携の下,日本政府からの提案文書を作成した
49
が,一方,米国は SNAME のクレジットで文書を IMO へ提出し,より客観性のある資料である
ことをアピールしていた。この例のように,科学的客観性をより強くアピールしたほうがよい事
項については,学会組織自身が提案を行うことも考慮に値する。その場合,日本政府を通じても
よいし,IMO のコンサルテイティブ・ステイタスを得ている RINA を通じて発信することも可能
である。
本学会は,知的交流活動を通じて船舶・海洋工学分野の学問・技術の発展を図ることを目的と
しているのであるから,国際基準に関して,将来の基準の方向性を与える「イニシアティブ」の
構築を目指すことが,学会の第一義的な役割と考えられる。したがって,個別の基準策定作業の
サポートもさることながら,これらの基準の基礎となる理念の構築が重要である。これに関して
は,欧州では先に挙げた例のように,リスク評価を船舶設計のプロセスに組み入れるための研究
開発とこれらをルール化することによる実施・普及を同時に狙って活動しているが,そもそもこ
のようなことを行う社会的意味付けや基本理念は学者が提供している。戦略的に対応すべき大き
なテーマについて学会がこのような貢献を行おうとすれば,従来から行っている重要な社会ニー
ズに応えるシンポジウム・セミナー・ワークショップなどのイベント活動に加えて,スタープレ
イヤー,ひいては斯界の権威を育成するためのプログラムが必要である。ある基準を担当する学
会員が決まれば,少なくとも数年間は専属して活動できる環境を整備する必要がある。これらの
者は,国や船舶技術研究協会の検討会に参画して戦略作りに貢献するとともに,マスコミや国際
フォーラムでの意見発信を行うことが期待される。
さらに,船舶からの CO2 排出抑制に関する問題のように,海運・造船・舶用工業の海事産業が
一丸となって取り組むべき課題が近年クローズアップされている。本学会としても,船舶のハー
ド技術に限定せず,全海事産業分野の横断的基準研究プロジェクトに主導的役割を果たすことが
求められる。このためにも,マリンエンジニアリング学会,航海学会等海事関係学会との連携は
重要である。
なお,基準の性格と作成主体は,次表のとおりであるが,土木学会のように学会自らが基準を
作成することは,本学会の性格を著しく変えてしまうので,適切ではない。あくまで,本学会は
基準作成とその国際基準化についてのサポートに徹することが適当である。
強制基準
国作成(国際規則だと IMO などの政府間協議機関)
任意規格
国作成(国際規格だと ISO などの国際 NGO)
業界作成(国際規格だと ISO などの国際 NGO)
学会作成
3.3 現状の問題点と改善策
我が国は,IMO(国際海事機関)における基準の検討に際して,個別の案件ごとに専門家による
アドホックの検討チームを編成して熱心に対応している。船舶技術研究協会の基準調査研究事業
は,その前身である造船研究協会時代のものを含めて,このような国際基準対応に中心的役割を
果たしている。また,新しいコンセプトの基準を作成する場合や規則全体の改正を行う場合など,
大きな問題に対応するときは,従来から学識経験者が指導的立場で参画し,日本の対応をリード
して来た。また,造船会社,舶用メーカー,船会社の技術者も IMO の会議に参加して,我が国の
50
意見の実現に貢献しており,海事の国際基準分野における産学官の連携はうまく機能していると
いえる。
最近は,大学や研究機関の研究者であるか企業の技術者であるかにかかわらず,一旦担当した
案件に関してはそれが決着するまで IMO の会議に継続的に参加するように努め,ロビーイング能
力と戦術的対応能力の強化を図っている。
一方,IMO で検討される技術基準は多岐にわたり,かつ,細かい内容が多いので,個別の案件
にはかなりの資源を投入して対応しているにもかかわらず,全体的にどの程度国益を実現するこ
とができたのか明確ではなく,また,優先順位は適切であったか検証できずにいる。また,先に
述べたように国際基準への先行的・戦略的対応の必要性は喫緊の課題となっている。
多数国間で協議する基準は,先に基準を作って先手必勝を狙うことが成功の鍵を握るが,その
ためには,基準が審議される相当前の段階(通常 3∼5 年)から調査研究などの準備を行う必要があ
る。しかし,人的・物的資源は限られるので,多岐にわたる基準の全分野について先手を打つこ
とは困難である。それ故,どの様なものについて基準開発を行うのか十分に議論する必要がある。
この場合,高い技術をベースに国際基準課によって技術覇権を握るシナリオ(CO2 削減など)と,
無用に厳しい基準化を避け技術力を発揮するシナリオ(工作基準,GBS)があり,区別した戦略が
必要である。以下,受動的な対応をとる場合(すなわち,一般的な場合)と積極的に先行的対応をと
る場合の 2 つに分けて改善策を列記する。
一般論:
① 情報収集・分析の充実。国際基準関係の情報は,船舶技術研究協会で収集・配信し,学会
員へも広く情報を提供しているところであるが,学会でも研究会等で突っ込んだ議論を行
い,国際基準の動きに対する意識の喚起を図る必要がある。
② 基準作成と国際基準化に司令塔の役割を果たす者の輩出と,かかるリーダーへのサポート。
本来国土交通省が司令塔かもしれないが,2∼3 年で人事異動する者では無理。各分野で
スタープレイヤーを育成して,諸外国のオピニオンリーダーとツーカーで情報・意見交換
できる者が必要。片手間でやれる仕事ではないので,資金的人的サポート体制と人材育成
プログラムの制定が必要。
③ 早期警戒チーム(船技協+α)→対応方針決定チーム(分野別研究企画部会+官)→司令塔中
心に対応・研究・基準作成の実施。
積極展開の場合(上記に加えてさらに講じるべき措置):
① 国・船技協・学会が連携して,先行的に基準開発を行うテーマを選択。関係分野のストラ
テジー委員会のメンバーと基準のユーザーを交えて基準のコンセプトを確定し,大学,研
究所,船級,海運会社,造船所,メーカー,役所から選抜して基準策定グループを作る。
② 国際宣伝活動の充実。学会間,国際業界 NGO と共同してシンポジウム・セミナー・ワー
クショップ等の開催を効果的なタイミングで行う
3.4 戦略的に基準開発すべきテーマの例
以下のテーマについて,ストラテジー委員会をつくって学会の立場から基準化の検討を行うこ
とを提言する。
(1) 海運の地球温暖化対策(船舶からの CO2 削減)
51
現在,地球温暖化対策のための基準開発は,衆目の一致する最重要課題である。船舶から排出
される CO2 の低減は,船体抵抗低減,推進性能向上,軽量化,風対策,エンジン低燃費化,廃熱
回収,省エネ運航,最適ルーティング,荷役効率向上など様々な技術が複合して達成される。こ
れから海運の地球温暖化対策に関する国際的検討を行っていくうえで,これらの技術要素を加味
した船舶の環境性能を総合的に評価できる基準を開発する必要がある。
(2) 目的指向型安全基準(Goal Based Standards)
タンカー,バルカーの構造強度に関する GBS については,本年 12 月の IMO 海上安全委員会で
海上人命安全条約付属書Ⅱ−1 章の改正が採択される予定であるが,防火,救命など他の分野も
含め,リスク評価手法を導入した GBS 基準に作り変えようとする動き(Safety Level Approach)
があるところ,重要度および日本国内の研究者の状況を考慮し,構造,復原性,艤装・工作の 3
分野において,GBS の枠組を提案してはどうか。
(3) E-ナビゲーション
複数の学界に跨る提案例として,E-ナビゲーションが適切と思われる。本学会と航海学会との
第 1 回シンポジウムのテーマとして推薦する。
(4) 工作基準
中国等の振興造船国が増え,今後工作精度や溶接の品質などは安全・環境性能基準として重要
度が増すと思料される。我が国では,造船学会が工作基準として JSQS を開発したが,国際基準
化の試みをしなかった。工作基準に対する造船各社の意見が必ずしも一致している訳ではないが,
JSQS のブラッシュアップを行い,国際基準化への検討を開始することが必要である。
52
4. 造船分野への人材獲得・育成策
4.1 課題の抽出
造船分野への人材獲得・育成策を考えるにあたり,本委員会委員によるブレーンストーミング
により問題の抽出を行った。以下にその概要を示す。
(1) 近年の学生気質に関する議論
z
神戸商船大が神戸大学と合併したことに伴い,優秀な学生を確保できるようになったが,船
や海を好きな学生が減少した。優秀な学生を集めると船や海に興味の無い学生が集まる。
z
船や海に興味が無いのみではなく,もの造りに興味が無い学生が増えている。これは幼少時
からの育った環境が昔と異なることに起因している。
z
バーチャルな世界と現実の世界,優秀な学生はどちらを好むか?
¾
z
人と性格による。成績とは直接関係無いように思える。
東大の場合,優秀な学生は概念設計や商品開発を好む傾向にある。造船に商品開発はあるの
か?
¾
合宿のこれまでの議論と関係する。海事クラスタの枠組を利用して船社に有益な船を企
画・開発する仕組みが出来上がれば,造船においても商品開発が積極的に行われる。
z
学生にもの造りを経験させ,その面白さを実感させる必要があるのでは?
¾
近年の大学ではもの造り教育を実施している。
¾
他の分野では,鳥人間コンテストや学生フォーミュラーなどが行われている。これには
企業がスポンサーとなって支援している。
¾
船の場合も「夢の船」コンテストがあるが,どちらかというと企業主体で大学の参加は
少ない。
¾
「夢の船」は当初,学生によるコンテストを意識していた。当初の目標を踏まえ,再検
討が必要と思われる。
(2) 企業が求める人材と造船教育に関する議論
z
企業は即戦力を求めており,できれば造船の知識を有する学生が欲しい。
¾
造船学科が減少しているのは,造船を掲げては学生が集まらないからである。昔のよう
に,造船教育を行うのは困難である。
¾
今の学生は,技術経営など色々な教育を受けている。その分,昔よりも専門科目の量は
減少している。
¾
学生はリスクを考えて就職先を選んでいる。これに伴い,学部では幅広い教育を行い,
様々な分野への就職に対応できる教育が求められている。
z
船や海が好きな学生が望ましい。
¾
身近にある車や家と異なり,学生が船に接する機会は少ない。このため,船を宣伝する
何か(造船用の導入教育用のビデオなど)が必要である。
¾
中身が分からないため,給与や待遇面を良くする必要がある。
¾
近年の学生には,何かがやりたいという強い意図は無い。それよりも,待遇やリスクな
どを考慮して現実的に選んでいる。したがって,船が好きという学生はいないという前
提で話をすべきであり優秀な学生の獲得を優先すべきである。
53
z
学生の頭数としては造船以外からも取れる。したがって,基礎的な学力があれば良い。
¾
艤装・機装・電装などは造船学科以外でも良い。しかし,基本計画や船殻設計は造船学
科出身が望ましい。
¾
他学科からの入学の場合,造船を自分で勉強する必要があるが,これは難しい。企業の
導入教育も充分ではない。
¾
大学においても,一大学で造船教育を体系的に行うことが困難になりつつある。
¾
学会で造船用の教育 DVD を作成してはどうか?企業においても,大学においても有効
である。
¾
造船会社に入社する学生の出身学科は多様化し,その点でも造船基礎力を有していない。
ニーズ,モチベーションとも高い入社前の一時期に,入社予定学生を対象に大学・学会
が造船の全体像が見える講義をしてはどうか。上記 DVD はそのときの教材としても利
用できる。
(3) インターンシップ・実習に関する議論
z
現在は,学部 3 年生を対象に,主に工場で 2 週間程度の実習を行っている。この方針は妥当
か?
¾
企業では,大学教育で体験できず,大学教育に役立つこと(例えば,溶接の実際など)を考
慮して実習を行っている。
¾
工場実習は,学生に悪いイメージを与える。設計部門などで仕事の一部を担当させた方
が良いと思われる。
¾
他の産業では,インターンシップを就職活動の一部として行っている。M1 を対象に,
各企業の花形部門で実習させていることが多い。インターンシップで青田刈りをするこ
とは,一般的である。
¾
海外では,インターンシップは長期(3 ヶ月程度)にわたることが多い。最初の数週間で仕
事を覚えさせ,その後,実務を担当させている。このような実習の方が効果的と思われ
るが,その場合,期間の見直しが必要である。
¾
学部学生は造船の知識を有さず,また,能力も全般的に低下している。したがって,上
記のような形式で行うのであれば,学部よりも院の学生を対象にすべきである。
¾
以上の議論を踏まえると,M1 の実習と学部 3 年の実習を明確に分けて考えるべきであ
り,両者の特徴を踏まえたインターンシップの見直しが必要である。
(4) 国際化に関する議論
z
村井助教授アンケート結果には,造船業の国際性に関する記述が少ない。造船業が国際的な
産業であることを学生にアピールする必要がある。
z
現在の企業および大学の国際化の動きは?
¾
NK・NYK は現地の監督として留学生を欲しいと考えている。
¾
造船会社は技能労働者として外国人を採用している。管理するサイドにも将来的に外国
人がと思われる。
z
¾
設計に中国人技術者を用いることも考えられる。
¾
日本への留学は減少傾向にある。英語圏への留学を希望する学生が多い。
国際化の上での留意事項
54
¾
国の立場から見た場合,造船業の必要性は雇用確保である。このために,造船業には相
当な予算を注入している。
¾
造船業を発展させるための,設計や生産の分担を考え,今後の造船産業のあり方を考え
る必要がある。その上で純血主義を守るか否かを検討するべきである。
¾
各社の国際戦略については各社の事情を踏まえて各社が決定すべきであり,学会が方針
や戦略を統一すべきではない。
¾
日本には日本のやり方,海外には海外のやり方がある。国際化を進展させる際には,そ
のことを意識することが重要である。
¾
日本の問題点の一つに言語の問題がある。英語力の育成および国際的情報の獲得が必要
である。また,外国人の受け入れのためには英語での情報提供が重要である。
以上の議論は,大きく人材獲得に関わる議論と造船教育に関わる議論に分けられ,インターン
シップは前者に,国際化に関わる議論は後者に含まれるものと理解することができる。そこで本
章では,以降,人材獲得と造船教育に的を絞り,議論を進めることとする。
4.2 学生の動向調査
4.2.1 造船 8 大学の学生の就職状況
表 4.1 に造船 8 大学における造船分野への就職状況の年度推移を示す。表では,A(B)と記して
いるが,A は造船会社に就職した学生数を,B はその年に就職する学生数(卒業学生数−進学学生
数)を示している。表から,以下の傾向が読み取れる。
表 4.1 造船 8 大学の就職状況の推移
学部
東京 修士
博士
学部
横浜国立 修士
博士
学部
東海 修士
博士
学部
大阪 修士
博士
学部
大阪府立 修士
博士
学部
広島 修士
博士
学部
九州 修士
博士
長崎総合 学部
修士
科学
博士
学部
修士
合計 博士
計
比率(%)
H14
0(38)
5(29)
0(7)
4(23)
0(11)
0(0)
9(49)
1(7)
0(0)
1(11)
7(29)
0(3)
6(23)
3(15)
0(0)
4(35)
4(29)
0(3)
2(5)
10(22)
2(11)
10(36)
2(8)
0(0)
36(220)
32(139)
2(24)
70(383)
18.3
H15
2(31)
1(26)
0(0)
4(13)
0(9)
0(6)
6(38)
2(4)
0(0)
1(4)
5(23)
0(3)
6(11)
4(17)
0(1)
8(33)
1(17)
4(8)
6(14)
10(20)
0(2)
10(24)
2(7)
0(1)
43(168)
25(123)
4(21)
72(312)
23.1
H16
0(20)
1(25)
0(5)
4(8)
3(24)
0(2)
6(31)
1(1)
0(0)
1(11)
8(22)
1(1)
7(14)
6(12)
0(0)
3(20)
7(26)
0(4)
4(7)
10(19)
0(1)
11(19)
4(4)
1(1)
36(130)
39(133)
55
2(14)
77(277)
27.8
H17
2(29)
1(7)
4(17)
1(15)
0(2)
11(30)
1(4)
0(0)
1(8)
8(27)
0(0)
1(10)
4(19)
0(0)
7(22)
5(23)
0(0)
9(17)
9(23)
0(1)
18(21)
1(1)
2(3)
51(125)
31(141)
3(15)
85(281)
30.2
計
比率(%)
2(89)
2.2
9(109)
8.3
1(19)
5.3
16(61)
26.2
4(59)
6.8
0(10)
0
32(158)
20.3
5(16)
31.3
0(0)
4(34)
11.8
28(101)
27.7
1(7)
14.3
20(58)
34.5
17(63)
27
0(1)
0
22(110)
20
17(95)
17.9
4(17)
23.5
21(43)
48.8
39(84)
46.4
2(15)
13.3
49(100)
49
9(20)
45
3(5)
60
166(643)
25.8
127(536)
23.7
11(74)
14.9
304(1253)
24.3
24.3
z
近年,造船会社に就職する学生の比率は増加している。この増加は,学部学生の増加による
ところが大きい。
z
比率の増加と比較して,実際の就職学生数の増加は小さい。これは,造船 8 大学を卒業する
学生数が減少傾向にあることに起因する。特に私立大学において,この傾向は顕著である。
z
学部学生と修士学生の造船業への就職比率を比較すると,全体としては大きな差は見られな
い。しかし,その年毎の変動に着目すると,学部学生の方が大きいように思われる。
z
九州大学・長崎総合科学大学のように,造船を重視したカリキュラムの場合には,造船業へ
の就職比率は高い。(但し,卒業生の数が減少している)。
z
広島大学のようにやや一般的なカリキュラムの卒業生は,造船業の景気に応じて造船業への
就職数が変化する傾向にある。
z
大学院に進学した場合の造船業への就職の比率の変化は大学により異なる。例えば,横浜国
立大学では,大学院に進学すると造船業への就職比率は低下する。一方,大阪大学では増加
する。
4.2.2 近年の学生の就職活動について
就職活動の流れは,大学院と学部で大きく異なる。広島大学における典型的な就職活動の流れ
を以下に示す。
(1) 大学院学生の就職活動について
z
11 月頃:就職支援サイトに登録し,情報収集を開始する。
z
11 月―2 月:支援サイトからの情報,企業説明会,就職四季報等で,業界の業務内容,待遇,
安定性・成長性,将来展望等の情報を収集する。これに基づき,候補とする業界および企業
を選定し,エントリーを行う。なお,エントリーを行う会社は 10 社程度が多いようであり,
業界も完全に一つには絞り込まない。また,以下の点を重視する学生が多い。
①
新しいことにチャレンジしているか?
②
グローバルな企業か?
③
人材育成を重視しているか?
④
成長が見込めるか?
⑤
待遇はどうか?
⑥
社風はどうか?
z
2 月頃から:入社試験が始まる。
z
3 月頃:学校推薦の受付が始まる。
z
3 月頃から:内定が出始める。企業によって内定が出る時期は異なる。このため,学生は第
一希望群,第二希望群といった希望群に分けており,もし,第一希望群の会社から内定が出
た場合には,真の第一志望の会社ではなくとも,その会社に決定することが多いようである。
z
4 月頃から:学校推薦の会社の面接が始まる。但し,自由で動いていた学生で既に就職試験
に合格している場合は,学校推薦を受けない。
大学院学生の場合,対象物よりも業務内容を重視することが多いようである。また,リクルー
ターの人柄や雰囲気が会社の社風を知る唯一の手がかりであり,その意味においてリクルーター
の雰囲気は重要である。
56
なお,数名の学生に造船業に関するヒアリングを行ったところ,以下の意見であった。
z
11 月時点では,造船業も候補の一つであった。
z
しかし,情報収集を行う際に造船業の情報を獲得できなかった。
z
他の業種では,業界の展望,給与を含む待遇,企業の将来戦略等について明確な説明があっ
た。しかし,これらの説明を造船業からは聞くことが出来ず,また説明会自体の開催も少な
かった。このため,就職活動の候補から外した。
z
船舶に関連した研究をしている研究室が多いため,就職活動の開始時には,造船を考える学
生は多いと思う。しかし,造船業は波の大きい産業であるため,企業の将来に向けた展望・
戦略等を示してもらえない限り,就職に不安を感じる。また,プラントや鉄道などの業務内
容は造船業と似ているが,これらと比較した時の待遇面の優位性も感じられない。
z
したがって,造船に就職するのは,造船に相当な思い込みがある人間か,他の就職活動を失
敗した時ということになると思う。
CM 等によるイメージの向上は,学部学生に対しては有効かもしれない。しかし,大学院に
z
対しては余り有効ではないように感じる。
(2) 学部学生の就職活動について
2 月頃:3 年次の学期末試験が終了した後に,就職を希望する学生は就職活動を開始すること
z
が多いようである。また,大学院と両天秤にしている学生も多い。
2−3 月頃:希望する会社を決める。但し,大学院学生と比較して情報収集期間が少ないため,
z
誰でも知っているような有名企業を希望する,あるいは勤務地で決めることが多い。また,
業務内容よりも対象物を重視する傾向がある。
3―4 月頃:入社試験を受け始める。自由で活動する学生は大学院と比較して少なく,また自
z
由で活動した場合の合格率も大学院と比較して低い。希望する会社に就職できなかった場合
には,大学院に進学する場合が多いようである。また,自分が希望する会社が推薦であった
場合には,推薦を使うことが多い。
4.2.3 学生の就職観について
学生達の就職感の調査は必要である。例えば手軽に見る方法には,学生のための就職関連のナ
ビ(ホームページ)を読み,学生達の数々のコメントを読むことが考えられるが,読むと一様に,甘
い,幼い,嘗めている,との印象が強く,腹立たしさも憶え(雇い入れる経営者はもっと腹立たし
いと推察される),学生をどこにナビをして連れて行く気なのか,本当にこれからの日本は大丈夫
なのだろうか,との心配になるが,我慢をして読むと気付くことがある。
その一つに,現代の学生の価値観や思考方法と,その延長上にある彼らの就職への価値が形成
されていること,が挙げられる。また,学生の人気のランキングの高い企業は彼らの価値観の上
に自社のプレゼンスを提供している可能性が高い。
以下に示すような,当世の学生の価値観や思考方法のチェックを継続的に行う必要がある。
z
若い人達の価値の形成の偏りはないか。価値の置き方がマスコミの価値に依存されすぎて
はいないか。
z
一人で物事をキチンと考え,判断することはできるか。
z
本来は自身の自己実現であるはずものが,他の価値に流されてはいないか。
57
z
自己実現の一つを,難しい試験(大学,高校,就職)に合格したこと,合格すること,に重
きを置きすぎていないか。
z
なぜ自動車関連業界なら良くて,なぜ造船業界ならダメなのか。
z
なぜ造船技術,造船技術者が,彼らが描く価値として,描きづらいのか。
これらの議論の詳細は,以下をご一読いただきたい。
1)日本船舶海洋工学会
平成 17 年秋季講演会オーガナイズドセッション,発想が萌芽するとき-
国際的萌芽研究の創成を目指して2)日本船舶海洋工学会
平成 18 年秋季講演会オーガナイズドセッション,若い技術者に魅力のあ
る造船技術・造船事業のために
4.3 インターンシップについて
4.3.1 造船夏季実習に対する学生の評価
大学と造船所は,かつてより夏季造船所実習という良い制度があり,他の業種に先駆けて行わ
れてきたものと推察される。途中の造船の不況期からは 3 年次 4 年次(かつては修士 1 年にもあっ
たと聞く)とあった実習も簡素化されつつあり,大学側から実習をお願いしても受け容れが難しい
状況でもある。
現在は他の業種も積極的にインターンシップ制度を採用している。造船学系のコースの学生も
別の会社を知る機会として多くの学生が参加しており,自身の造船所の実習体験とインターンシ
ップに参加した会社の比較が余儀なくされることが現状である。また,他業種においては,イン
ターンシップは企業の人材獲得活動の一環として定着しつつある。
以上の背景に基づき,造船の夏季実習と他業種のインターンシップに関してアンケート調査お
よびヒアリングを行った。その結果を表 4.2 に示す。表では,各項目を学生が 10 段階で評価(10
が最良)している。
表に示すように,造船夏季実習に対する学生の評価は良好ではない。担当指導員に対する学生
の評価は高いため,指導員に起因する問題ではなく,インターンシップ内容に起因する問題と考
えられる。また,学生へのヒアリングに基づくと,インターンシップと就職との関連性は高いよ
うである。実際に C 君は 3 年時は実習先の業種への就職を希望していたが,インターンシップの
印象が悪かったために就職する業種を変更している。さらに D 君は,インターンシップを行った
企業に就職している。
58
表 4.2 インターンシップに対する学生の評価
A君
業種
タイプ
内容の充実度
事前の提示内容(本人の
予想)との合致度
期間
担当指導員
本人の成果の満足度
B君
C君
M1
M1
3年
3年
3年
造船
造船 プラント 電気
土木
現場
課題
課題
課題 業務手
体験型 解決型 解決型 解決型 伝い型
4
8
10
10
3
D君
M1
3年
造船 自動車関連
現場
課題
体験型
解決型
5
9
2
8
2
2
2
5
7
2週間
8
4
1ヶ月
8
10
3週間
10
8
1ヶ月
8
8
2週間
8
4
10日
8
8
1ヶ月
8
5
参考までに,D 君の夏季実習およびインターンシップの感想を以下に示す。
• 内容の充実度:造船所(5)
デンソー(9)
内容の充実度は,職場実習,休日,人間関係等を総合して判断しています。まず造船所のイン
ターンシップでは,切断・溶接を行った印象が強いです。初めの 2 日に工場見学があり,残りの
日程は全て現場の方で切断・溶接の実習でした。この実習のおかげで切断・溶接の腕がかなり上
がったと自負しておりますが,実習に参加した時期がちょうど製図に取り組んでいた時期だった
ので,やはり設計の方も実習してみたかったという気持ちがありました。休日に関してですが,
実習期間全体が 10 日だったため,途中の 2 日間が休日でした。私は個人的な事情により 2 日と
も寝込んでいたのですが,他の実習生に休日の過ごし方を尋ねたところ,場所が田舎のためまわ
りに何も無く,特にすることは無かったようです。人間関係ですが,実習でお世話になった方達
はみなフレンドリーな方達ばかりで特に不満はありません。また実習生同士ですが,実習期間が
短かったため友好を深めることはそれほどできませんでした。寮についてですが,テレビ,冷暖
房,食事付きで不満は全く無かったです。最後に,造船所における実習の感想として,まず夏場
での長袖・厚手の作業服がつらかったです。また,作業服は汚れ,汗まみれになり,そんな作業
服を着た人達でぎゅうぎゅうになっている食堂での昼の弁当は私は馴染めませんでした。また寮
も最寄駅から相当離れていた記憶があります。以上の点を踏まえて評価しました。
次にデンソーのインターンシップについてですが,期間は 1 ヶ月弱と長く,その期間でテーマ
をあたえられ,テーマには背景や目的があり,実験・評価解析を行い,最後は実習生全員と社員
達の前でパワーポイントを用いた 10 分程度の発表を行い,と研究の縮小版という印象でした。ま
た様々な体験をさせて頂きました。休日に関してですが,実習期間が長かったため,土日の休日
が 3 回程ありました。仲良くなった実習生と遊びに行ったり,社員の方に観光につれていって頂
いたりと大変楽しめました。人間関係ですが,実習でお世話になった方達はみなフレンドリーな
方達ばかりで,造船所同様不満はありません。また実習生同士は,実習期間が長かったため,特
に同じ寮で過ごした仲間とは仲良くなりました。実習生同士でご飯食べに行ったり,飲みに行く
機会も数多くありました。寮に関してですが,冷暖房は付いていたのですが,テレビと食事は付
いていませんでした。食事に関しては毎日の食費は支給されましたし,まわりに店がたくさんあ
り,隣にコンビニもありましたので不便はしませんでした。テレビに関しては初めはとても不便
に感じたのですが,テレビが無い分,実習生同士で話したり,出かけたりと,今は無くても良か
59
ったと感じています。最後に,デンソーのインターンの感想として,会社の中がとても活気ある
雰囲気であり,私自身もその活気に引っ張られ,毎日が充実していました。しかし,担当指導員
を含めた社員方はとてもいそがしそうで,一人自習している時間も多少ありましたので,1 点減
点しました。
• 事前に提示された内容(本人の予想)との合致度:造船所(5) デンソー(7)
どちらも,テーマ名,配属部署程度しか事前に提示されなかったので,具体的にどのようなこ
とを行うのかは予想もできませんでした。また,会社全体の雰囲気に関しては,どちらも予想し
ていた通りでした。
• 期間:造船所(5) デンソー(10)
造船所は 10 日間だったのですが,長く感じました。デンソーは 25 日間だったのですが,短く
感じました。造船所は“やっと終わった”,デンソーは“もう終わってしまった”という実感です。
• 指導全体:造船所(7) デンソー(9)
造船所では,溶接・切断等とても丁寧に指導して頂きました。しかし,他にもいろいろな経験
をしてみたかったという気持ちがありました。デンソーでは,担当指導員の後ろを付いて回るこ
とで実際の日常の仕事の様子を体験でき,また会議にも出席させて頂き,働くということを体感
できました。
• 担当指導員:造船所(8) デンソー(8)
どちらの実習にしろ,担当指導員には恵まれていたと感じています。ご自分の仕事がお忙しい
にも関わらず,できる限り構って頂いたと感じます。またデンソーでは,担当指導員が所属して
いるチームの皆様全員に指導して頂きました。
• 本人の成果の満足度:造船所(8) デンソー(5)
造船所での実習では,切断・溶接の練習を行った後,
「受台入れ」を作るという課題が与えられ
ました。同じ実習生のパートナーと協力して,設計から行い,最後は作り上げた満足感を得るこ
とができました。またデンソーに関しては,与えられたテーマで実習を行う中で,指導員の言わ
れるままに行動してしまい,意見を言ったりアイデアを出したりがあまりできなかったことが後
悔しています。材料力学・材料加工学等の予備知識が足りなかったことを反省しています。
4.3.2 造船インターンシップの今後
インターンシップは大きく以下のように分類できる。
z
課題解決型:実際の課題を学生自身が試行錯誤しながら解決するタイプ。
z
現場体験型:実際の製造現場において,製品の製造等を見学あるいは体験するタイプ。
z
業務手伝い型:学生に簡単な業務(例えば書類の作成)の手伝いをさせるタイプ。
表 4.2 からは,現場体験型や業務手伝い型の評価は低く,課題解決型の評価が高いことが理解
できる。実際に A 君は,造船における現場体験型のインターンシップと課題解決型のインターン
シップを体験しており,この両者で造船業から受ける印象は全く異なったと述べている。また,
D 君は,M2 の時に偶然にも実習先の造船所とのプロジェクトとに参加し,自身の研究の成果が
認められた。プロジェクトを進める内に造船所の実習中での印象が変わり,自分がなぜ造船所を
このように評価したのかが不思議とも言っていた。
これからの造船所におけるインターンシップ制度のあり方も従来型と少し内容を工夫する必要
60
もある可能性がある。同じ手間を考えるのであれば,彼らへのゴールを考えたインターンシップ
作りも造船業への関心作りの一方法と考える。幸いにして,大学には課題解決型インターンシッ
プの方法や事例に関する知見が蓄積されている。したがって,産学が共同して,学生が造船所を
知る良き機会が,良きように運用され,学生の意識の捻れを解き,造船技術の理解に向く機会に
して行く必要がある。
4.4 造船分野への就業意欲喚起のために
4.4.1 サスティナブルな造船業の構築のために
将来,同志となる若い技術者への魅力の提言には,造船・造船技術のサスティナビリティが必
要と考える。サスティナブルな造船を考えて行くには,価値創成,従来型の戦略とは異なる大胆
な技術革新,人材育成・確保,様々な取組が必要であり,これには世界および日本の社会変動・
産業の歴史的展開を視座に人の希求(ニーズ)の展開を交え議論する必要もある。
人の希求の展開としては,例えば,経営学のテキストにある米国の心理学者アブラハム・マズ
ローの欲求段階説がある。これは,人の欲求の段階は,1) 生理的欲求,2) 安全・安定性の欲求,
3) 所属・愛情の欲求,4) 尊敬の欲求,5) 自己実現の欲求があると言われるものであり,経営学
の動機付け理論の基礎とも言われている。生理的欲求と安全の欲求は,人が生きる上での衣食住
等の根源的な欲求であり,また所属・愛情の欲求とは,他者と同じようにしたいなどの集団帰属
の欲求や友情や愛情を希求することである。さらに高度な希求として,自分が集団から価値ある
存在と認められ,尊敬されることを希求する自我の欲求や,自分の能力,可能性を発揮し,創造
的活動や自己の潜在能力の実現を図りたいと思う自己実現の欲求がある。マズローはこれらが人
間の行動プロセスの基本となると考えた。この人の希求を戦後の日本の産業・造船業の成長と同
期させて,欲求段階説を照合するとどのようなことが言えるだろうか。衣食足りた今日では,4)
ないし 5) が人間の希求の中心にシフトしていると考えられ,魅力のある産業に求められるキィに
なるとも考えられる。
4.4.2 インターンシップ・共同研究の有効利用
かつて,造船が日本の花形産業であったころは,造船業に就職することにより,上記 4) 尊敬の
欲求
が自動的に満たされたと考えられる。現在は,残念ながらそのような状況には無いため,
先ずは,造船業に就職することにより,上記,4) 尊敬の欲求,5) 自己実現の欲求
が満たされ
ることを学生に理解させることが重要と考えられる。
例えば,造船所との共同研究に学生と一緒に参加した経験がある。小さな事柄でも自分で考え
アドバイスやアイデアを受けながらも一生懸命に取組みを行い,発表を行い評価を受けると,彼
らは尊敬を受け幸せになれることもある。
これは,前述したインターンシップも同様と考えられる。現場体験型などの場合,自己実現や
尊敬を受ける機会を提供することは困難である。一方,課題解決型の場合には,上述した共同研
究の場合と同様に,自己の努力が認められたという達成感・満足感があるのであろう。
但し,課題解決型のインターンシップあるいは造船所との共同研究を行えば,尊敬の欲求や自
己実現の欲求が必ず満足されるという訳ではない。造船技術は,長年にわたる人から人への技術
の蓄積と,技術伝承という過程を通じて成り立つ特有の技術があるため,どうしても,見て憶え
61
ろ,というような教わる側と教える側の障壁があるようにも思う。また,大学教育においても,
学問的な精度,人間的な精度(性格・態度はかくあるべき)ばかりを気にし過ぎて彼らに達成感の喜
びを味合わせる最終ゴールを弱めている可能性もある。
即ち,インターンシップや共同研究は,彼らに達成感を味あわせ,造船業に入ることにより,
尊敬の欲求や自己実現の欲求が満たされることを理解させるようにデザインされるべきであり,
このようなインターンシップ・共同研究手法の構築は,造船業への就業意欲喚起のために重要な
課題ある。
4.4.3 リクルート活動の見直し
4.2.1 項で述べたように,造船業への就職率は増加している。しかし,4.2.2 項で述べた学生,
特に大学院学生の意見に基づくと,必ずしも楽観視はできない状況である。両者を総合すると,
就職する学生数は増えているが,優秀な学生は他の産業に就職してしまっている可能性もある。
造船業の場合,業界と直結する学科が大学に存在したために,歴史的に就職は推薦を重視して
きた。他業界の場合にはそのような学科は存在しないために,特に近年は学校推薦よりも自由応
募を重視している。これに伴い,就職活動の時期が早期化すると同時に,就職説明会等の質も大
きく向上し,自社に就職することにより 4) 尊敬の欲求,5) 自己実現の欲求を達成できることを
強くアピールしている。
一方造船業の場合には,残念ながら,これらのアピールが不十分であると同時に,推薦を重視
するあまり,他産業と比較して就職活動が遅れていると言わざるを得ない。さらには,
「今後,N
年間は大丈夫」などといって,2) 安全・安定性の欲求
までをも壊しているのが現状である。
造船業が他の産業と比較して明らかに優位な点として,産と深く関連している学の存在が挙げ
られる。少なくとも学生は,インターンシップや研究等を通じて,造船業という産業に注意を向
けている。このことは他の産業に対する大きなアドバンテージである。現在は,この機会を棒に
振っている(あるいは悪影響を及ぼしている)状況であるが,優秀な日本人学生の獲得のためには,
この機会を有効に利用することが必要であろう。具体的には,インターンシップの時,あるいは
就職を具体的に考え始める時期等の有効利用が必要である。
優秀な学生の獲得のためには,現在の就職のやり方を根本的に変える時期に来ていると考えら
れる。具体的には,人材獲得の時期の早期化,および待遇・将来戦略を含めた学生へのアピール
が重要である。これはリクルーターのみで対応することは困難であり,各企業が将来に向けた戦
略・構想を明確化し,対応すること重要と考えられる。
造船系大学の教育内容は多様化し,就業分野に対する学生の意識も多様化している。
4.5 造船・海洋教育について
4.5.1 造船教育の現状
近年,造船産業では造船学科以外の卒業生の雇用が増えている状況である。また,造船学系科
自体も,他の産業分野への就業展開をにらんだ教育対象の一般化,環境関連科目の増加などの理
由で,以前と比較して造船特化科目はカリキュラムから減少している。したがって,大学内にお
ける造船教育の問題のみではなく,入社後の造船教育の問題が今後,クローズアップされること
は間違いない状況である。
62
表 4.3 造船 8 大学における造船学科出身教員の数の推移
東大
横浜
東海
大阪
国立
1998.3
2008.3
大阪
広島
九州
府立
長崎総合
計
科学
P
14
4
4
5
5
7
5
4
48
AP/L
10
5
3
7
8
7
6
3
49
RA
2
2
0
3
4
5
6
2
24
P
11
5
5
7
4
4
5
5
46
AP/L
9
3
2
6
5
3
3
3
34
RA
3
1
0
6
3
0
5
0
18
注(P:教授,AP:助教授・准教授,L:講師,RA:助手・助教)
一方,表 4.3 に造船 8 大学における造船学科出身の教員の数の推移を示す。表から,各大学に
おける造船関連教員の数が減少していることが明らかである。特に准教授,助教の若手世代の減
少が著しい。大学のカリキュラムから造船特化科目が減少しているため,大学内の講義に関して
は造船関連教員が減少しても特に大きな問題はない。しかし,造船技術教育の継続・発展の観点
からは大きな問題であり,事実,大学教員の中では,一つの大学では総合的な造船教育を行えな
いという声もある。
以上の状況を踏まえると造船技術教育の維持・継続のためには,学の連携が重要と考えられる。
幸いにして,近年退職された教員の中には造船技術の大家が多く,今の内であれば,彼らの知見
も結集することができる。したがって,学会が中心となって,造船業の技術教育を体系化し,そ
の教科書や DVD 等を作成することは極めて重要であり,かつ,早急な対応が求められる項目と
考えられる。
4.5.2 造船・海洋教育の継続・発展のために
海洋基本法が平成 19 年 7 月に施行された。海洋基本法では,我国が海洋国家として持続的に発
展するために 12 の基本的施策を定めており,その中に「海洋産業の育成と国際競争力の強化」お
よび「海洋に関する国民の理解の増進と人材育成」が謳われている。
3 章で述べられているように,海洋産業が継続的に発展するためには,産業として一定の規模
が確保され,その中に高レベルの技術者集団が確保されると同時に,大学や研究機関により研究・
開発される技術・コンセプトが投入され,技術が発展継承されるという好ましい循環が必要であ
る。さらに,そこに魅力を感じる若い有能な人材が多く集まれば理想的である。図 2.1 に示すよ
うに,造船重工業は海洋産業の一つとして位置づけられ,高度技術を利用して海洋の調査・利用・
保全のための製品を供給するという重要な役割を担う。
一方,本章で述べてきたように,海洋産業が必要とする工学系の人材を現在の大学が供給でき
ておらず,また,大学における海洋系の教育の比重が減少している。さらに,海洋系の教員の数
が減少していることも既に述べた通りであり,我国が必要とする海洋技術者の供給が質量ともに
危険な状況に達している。
この状況を改善するためには,海洋技術フォーラムで提唱されている産官学連携の COE「海洋
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工学インスティテュート」を実現し,日本国内に海洋系教育に集中した教育研究拠点を構築する
ことが早急の課題である。
(1) 海洋工学インスティテュートの機能
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海洋技術・産業に関する政策提言などのシンクタンク機能
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研究・開発機能
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産学連携の人材育成機能
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日本を代表する世界的拠点としての海外との人材交流
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関連学術分野・研究組織の連携機能
(2) 海洋工学インスティテュートの実現の形態
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日本国内に立地を得て,新規に教育施設・実験施設等からなる教育研究組織を構築する
場合,既存の造船系大学に併設する研究教育設備を整備するなどの可能性がある。
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全国共同研究センターとし,専任の教員と全国の大学からの併任教育で構成する。
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研修・宿泊機能を併設し,社会人教育も行う。
4.6 学会への提言
学会とは同じ学問を志す者が研究上の協力,連絡,意見交換を組織するものであり,同じ学問
を志す者が集えなければ,会の意味を成さない。学問の普及の側面からも学生達に学会の魅力あ
るものにし,彼らを継続的に学会に参加させていく努力を必要とするため,一翼を担う造船業の
魅力喚起は必須である。
また,造船行が不況期に入った際には,造船業と大学は必ずしも良い関係にあったのかは難し
いと考えられる。大学も生き残りをかけて名称変更,改組と進み,造船業も他の理工系大学から
の卒業者を再教育にて補充を行い,双方に良好な対話があったのかは疑問がある。相互の良好な
対話関係を再構築して行く必要がある。
大学は研究,教育,社会ニーズに応える責務があるが,研究を第一にして教育や社会ニーズに
貢献すべきと考える。このためには,大学が得意とする研究を活かし例えばインターンシップ問
題に必要があるとすれば協力すべきテーマであると考える。
また,造船技術者という仕事が若い人達の価値観とリンクするような努力も必要である。造船
技術者の仕事を広報展開している例の一部を記載する。
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今治海事都市構想
http://www.kaijitoshi-imabari.jp/about/zigyo.htm
この海事都市構想に見られる造船技術者の育成を目指している事例
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常石造船キャリア採用情報
http://career.t-rECruit.info/cgi-bin/top.cgi
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川崎造船,ユニバーサル造船等の採用情報ページ
http://www.kawasakizosen.co.jp/06_saiyo.html
http://www.u-zosen.co.jp/rECruit_info/matrix/index.html
他,各社に造船技術の具体的説明に違いと,工夫が見られる。
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長崎総合科学大学・造船奨学生制度
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http://www.ship.nias.ac.jp/scholarship.htm
http://www.west.jasnaoe.or.jp/mm/015/article02.html
高校生が入学の時点から奨学金を得て大学に進学できる制度
造船技術者の確保を狙った制度とも考えられる。
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尾道市因島での因島技術センタープログラム
http://0845.boo.jp/times/keizai/shipbuilding/gijutsu/
ぎょう鉄技能研修を広め造船での技能向上を図るプログラム
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私の仕事館
http://www.shigotokan.ehdo.go.jp/jjw/servlet/gaisetsu/nanikana?jobID=0000434
若い人たちが早い時期から職業に親しみ,自らの職業生活を設計して将来にわたって充
実した職業生活を送ることができるように情報提供をするプログラム。造船技術者の記
載もありビデオでの案内もある。
時代は確実に変わってきている。変わってきていることを理解し,学会,大学,造船所,が融
和し合い進めないと難しい課題が多いように感じる。 先ずは,その第一歩として,以下の活動を
行う委員会を学会に組織することを提言する。
(1) 新世代型造船インターンシップの開発
学生に造船業務の面白さ・達成感を経験させ,学生の能力向上を実現する課題解決型の造船イ
ンターンシップを開発する。大学および造船所が共同して,インターンシップの課題,期間,対
象学生,進め方を具体的に検討し,その効果を評価する。
(2) 造船教育 DVD の作成
造船教育用の DVD を作成する。DVD の内容は,入社後の導入教育や造船系大学における大学
院教育でも利用することを念頭に置き,造船の基礎を教える導入編に加えて,大学院レベルの内
容も含むものとする。 大学,造船所が共同し,退職された大学教員の支援も得て,今後の造船教
育の核となるものを作成する。
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