蛋白質核酸酵素:質量顕微鏡法の原理と応用

RevieW
質量顕微鏡法の原理 と応用
Imaging
mass
spectrometry
: principle
and application
田 中宏 樹 ・森 田 剛文 ・杉 浦 悠 毅 ・瀬 藤 光 利
質 量顕微 鏡法 は,質 量分 析法 の解析 の次元 をこれまでの1次 元 か ら2次 元 へ と上 昇さ せ,物 質 の生化 学情報 と局在
情 報 とを同 時に知 ることを可 能に した.分 離 ・精 製 を要 さず,対 象 となる分子 の組織 細胞 内での分布 や局在 の位置
情 報 を解析 し,い ちど に数 万も の分 子の量 的 ・位 置的 な挙動 を ター ゲ ッ トを しぼる ことな くモ ニターで きる.病 理
学 におけ る腫 瘍組織 バイ オマーカーの探 索 をは じめ,脳 内 における分子 レベル での局 在情報 を得 るこ とも可 能 とな
っている.幅 広い普 及のた めの改良 も進 んでお り,今 後,生 物医薬 にか ぎ らず,さ まざまな分 野で の利 用 が期待 さ
れる.
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Key words
●質 量顕 微鏡 法
●イメー ジング
●マ トリックス支 援 レーザー脱 離 イオ ン化(MALDI)法
子,ク
は じめ に
ラ ス タ ー な どの 粒 子 を 気 体 状 に イ オ ン化 し,そ
を 質 量 と電 荷 の 比(質
顕 微 鏡 が 発 明 され て以 来,科 学 者 た ち は,観 察 対 象 の構
量/電 荷,m/z)に
応 じて 分 離 ・検 出
して 質 量 数 を 分 析 す る 手 法 で あ る.装
置 の全 体 構 成 と して
造 解 析 を 目的 に,顕 微 鏡 自体 あ るい は 関連 す る技 術 に多 く
は,一
の 改 良 をほ どこ し,数 多 くの手 法 を開 発 して きた.疾 病 に
オ ン を 生 成 ・加 速 す る イ オ ン源 と,イ
由 来 す る病 理 標 本 か らは さま ざ ま な形 態 異 常 が 観 察 さ れ る
分 析 部(分 析 装 置),分
が,そ の 機能 を知 る こ とが で きれ ば,病 因 の 解 明 や 治 療 標
出 計),質
的 の 同 定 につ なが る もの と考 え られ る.そ の ため に は,形
タか ら な る.
態 学 に生 化 学 な どの 解 析 を統 合 して 理 解 を深 め て い くこ と
般 に,電
場 や 磁 場 な どの電 磁 気 学 的 な手 法 に よ りイ
オ ンを分 離 す る 質 量
離 さ れ た イ オ ン の 検 出 計(イ
質 量 分 析 法 で は こ れ ま で い くつ か の イ オ ン化 法 が 用 い ら
れ て き た.質
と を同 時 に 知 る こ とを可 能 に したの が,質 量 顕 微 鏡 法 で あ
離 イ オ ン 化(matrix
る.こ れ まで の光 を検 出 す る光 学 顕 微 鏡 や電 子 を検 出 す る
tion ; MALDI)に
電 子 顕 微 鏡 とは異 な り,質 量 顕 微 鏡 は質 量 を検 出 す る こ と
ー ザ ー 脱 離 イ オ ン 化 法 を 発 案 し2002年
で 可 視 化 を行 な う.未 知 の 物 質 に対 しそ の局 在 情 報 を失 う
賞 した 田 中 耕 一,お
こ とな く形 態 を 直接 に 観 察 す る こ とが で き,ま た,同 時 に
開 発 さ れ たMALDIは,分
生 化 学 的 な情 報 を得 る こ と もで きる.
DNAな
量 顕 微 鏡 法 で は マ ト リ ッ ク ス 支 援 レー ザ ー 脱
assisted
laser
desorption/ioniza
よ る イ オ ン化 が 一 般 的 で あ る.ソ
よ び,Hillenkamp,Karasら
spectrometry
; MS)と
は,原
子,分
子 量 が 数 十 万 まで の 蛋 白 質 や
Morita1,
Setou1,2
1浜松 医科 大学 分子 イメー ジング先端 研 究 セ ンター 分 子解 剖 学研
究部門,2三 菱化 学生 命科 学研 究 所 分 子 加齢 医 学研 究 グル ープ
E-mail : [email protected]
蛋白質 核酸 酵素
Vol.54 No.3 (2009)
真 空 中 に 放 出 させ る 手 法 で あ る.MALDI
来 の イ オ ン化 法 で は 壊 れ や す か っ た 分 子 量10万
い られ る 結 晶 マ ト リ ッ ク ス に は2,5-ジ
キ シ 安 息 香 酸 な ど い くつ か あ り,試
以上
ヒ ドロ
料 に適 したマ トリ ック
ス の 選 択 が よ い 質 量 スペ ク トル を 得 る た め に 重 要 で あ る.
質 量 分 析 部 は,イ
乱 を 防 ぐた め,内
真 空 に す る.筆
224
オ ン化 した
の 領 域 に あ る 蛋 白 質 な ど の 生 体 分 子 まで を イ オ ン化 す る こ
とが で き る.用
Hiroki Tanaka1, Yoshihumi
Yuki Sugiura2, Mitsutoshi
に よって
ど の 高 分 子 量 物 質 を 結 晶 マ ト リ ッ ク ス に 包 み 込 み,
蛋 白 質 やDNAを
は,従
フ トレ
ノーベ ル化 学 賞 を受
こ れ に パ ル ス レ ー ザ ー を 照 射 す る こ と に よ り,イ
質 量 分 析 法(mass
オ ン検
量 分 析 部 の 制 御 と デ ー タ処 理 を 行 な う コ ン ピ ュ ー
が 必 要 で あ る.そ れ を実 現 し物 質 の生 化 学 情 報 と局 在 情 報
Ⅰ 質量分析法の原理
れ ら
オ ン飛 行 中 の ほ か の 気 体 分 子 に よ る 散
部 を ター ボ 分 子 ポ ン プ や 拡 散 ポ ン プ で 高
者 ら は,も
っ と も一 般 的 な 飛 行 時 間 型 質 量
分 析 計(time-of-flight
使 用 し て い る.パ
mass
spectrometer
; TOF-MS)を
ル ス状 に生 成 され た イオ ンは真 空 の分 析
管 を 通 過 す る あ い だ 飛 行 時 間 に よ り分 離 さ れ,質
い イ オ ン か ら,順
次,イ
量 の小 さ
オ ン 検 出 計 に 到 達 す る.特
オ ン化 した 分 子 の み を 生 成 し,そ
定 の イ
の分 子 に希 ガ スな どを衝
突 さ せ る こ と で さ ら に 分 解 ・断 片 化 して,生
成 した断 片 イオ
ンの 質 量 数 の パ タ ー ンか ら 構 造 を 特 定 す る こ とが 可 能 で あ
る.こ
の 構 造 解 析 は,質
とか らMSn解
量 分 析 を 複 数 回 に わ た り行 な う こ
析 と よ ば れ る.化
合物 の 質量 数 や構 造 解 析 で
得 ら れ た 断 片 イ オ ンの 質 量 数 を 用 い て,既
存 の デ ー タベ ー
ス を 参 照 す る こ と で 化 合 物 の 同 定 が 可 能 で あ る.蛋
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よ う な 大 き な 分 子 で も,酵
白質の
素 処 理 に よ り 断 片 化 した ペ プ チ
ドや ア ミ ノ 酸 を 対 象 と して 解 析 す る こ と で,も
との 分 子 を
図1質
同 定 を す る こ と が で き る.筆
らに質 量 分
① 顕 微 鏡 部,②
者 ら は,現
在,さ
解 能 を 向 上 させ る た め 高 分 解 能 マ ル チ ター ン 飛 行 時 間 型 質
量 分 析 計(multi-turn
MS)の
TOF
mass
spectrometer
量 顕 微 鏡 プ ロ トタ イ プ 機 の 概 観
試 料 チ ャンバ ー(以 上 は,大 気 圧),③
ジタ ルイ オ ン トラ ップ,⑤
[文 献19よ
イ オ ン輸 送 系,④
デ
リフ レ クタ ー型TOF-MS,
り許 可 を得 て 転載]
; mTOF-
開 発 を 進 め て い る.
は膨 大 とな る た め,こ れ を効 率 よ く高 速 に解 析 す る ソ フ ト
Ⅱ 質量顕微鏡法の原理
ウェ アが 開 発 され て い る.
細 胞 内 の 生 体 分 子 の分 布 を測 定 す る場 合,ひ
質 量顕 微 鏡 法 は,2次
とつ の細 胞
元 平 面上 で 位 置 情 報 を保 った ま ま
内 にあ る そ の特 定 の 生 体 分 子 の 量 は き わめ て微 量 で あ る.
前述 の 質量 分 析 を行 な う手 法 で あ る.具 体 的 に は,薄 切 片
この よ うな超 微 量 の 分子 を検 出 す る た め に は,各 段 階 に効
と した生 体 試 料 に マ トリ ッ クス を噴 霧 して 均 一 な微 細 結 晶
率 よ くイオ ンを移 行 させ な け れ ば な らない.す
をつ く り,着目
した 部位 に正 確 に微 小 径 の レー ザ ー 光 を照
置 の 高 感 度 化 と試 料 の 適切 な前 処 理 法 が 必 要 で あ る.高 効
射 して微 小 領 域 で の イ オ ン化 を行 な う.レ ー ザ ー で2次 元
率 な イオ ン化 を実 現 す る試 料 処 理 の ひ とつ に,最 適 な厚 さ
走 査 しな が ら イオ ン化 を行 な い,レ ー ザ ー を照 射 した場 所
の生 体 組 織 切 片 の 作 製 が あ る.と
ご とに発 生 した イオ ンを 質 量 分析 計 で検 出 す る1).1990年
測 に お いて は,切 片 の 厚 さが10μm以
代 に ス ター トした,初 期 の 質 量 分 析 法 を用 い た イ メー ジ ン
効 率 な イオ ン化 と低 ノ イズ を示 す 測 定結 果 が 得 られ る2).さ
グの 解 像 度 は0.1mm∼1mm程
らに,生 体 分 子 の位 置 情 報 を保 持 した う えで の試 料 処 理 法
度 と肉 眼 解 像 度 で あ り顕微
鏡 と よべ る もの で は なか った が,21世
紀 に入 る と肉 眼解 像
な わ ち,装
くに高 分 子 量 蛋 白質 の計
下 とな っ た と き,高
が必 要 とな る.た とえば,蛋 白 質の 場 合,組 織 上 にお いて 試
度 を こえ る よ うに な り質 量 顕 微 鏡 法 が 誕 生 した.筆 者 らの
料 の拡 散 を最 小 限 に抑 える よ うな蛋 白質 変 性 法,酵
大 気 圧 型 質 量 顕 微 鏡 の プ ロ トタ イプ機(図1)で
法 が ほ どこ され る.こ れ を組 織 上 消化(on-tissue digestion)
は,観 察 光
素消 化
軸 と レーザ ー光 軸 とを 別 々に 制 御 す る こ とに よ り,レ ー ザ
ー照 準 精 度 を1μm以 下 ,照 射 ス ポ ッ ト直 径 を5μmに 抑 え
法 とい う3).組 織 内 蛋 白 質 を変 性 させ たの ち,微 小 量 の ト
て い る.通 常,質
作 所 製)を 用 い て 分 注 し蛋 白 質 を消 化 す る こ とに よ り,分
量 分 析 は解 析 対 象 とす る分 子 を分 離 ・精
リプ シ ン溶 液 をケ ミカル イ ンク ジェ ッ トプ リ ン ター(島 津 製
製 しな け れ ば な らず,そ の た め,組 織 細 胞 で の 分 布 や 局 在
子 量 が 大 き くそ の ま ま で は イ オ ン と して 検 出 され に くい 蛋
とい う位 置情 報 が失 わ れて しま う.質 量 顕 微 鏡 法 は,生 体
白質 も トリプ シ ン消 化 産 物 と して検 出で きる4).PVDF(ポ
組 織 切 片 上 で数 千点 の 部位 につ いて 質 量 分 析 を行 な っ て得
リ ビニ リデ ン フロ リ ド)膜 上 で組 織 内蛋 白 質 を変性 させ 還 元
られ る 質量 スペ ク トルの なか か ら,任 意 の分 子 情 報 を選 択
す る こ とで 酵 素 消 化 効 率 が 向上 し,さ らに,組 織 内 の 塩 を
的 に抽 出 し,対 象 分 子 の組 織 切 片 にお け る分 布 を可 視 化 す
除 くこ と もで き る5).顕 微 鏡 観 察 をす る た め に は,透 明 で
る.組 織 切 片 で の 位 置情 報 を と もな っ た 質量 スペ ク トルの
か つ 電 気 導 電性 を もつ75∼125μmのPET(ポ
数 は ひ とつ の 試 料 の測 定 で も数 万 以上 に な り,そ の 情 報 量
テ フ タラー ト)基 板 に,5∼15nm程
リエ チ レン
蛋 白質 核酸 酵素 Vol.54
度 の酸 化 イ ンジウ ム ス
No.3 (2009)
225
ズ(ITO)を
蒸 着 したITOフ
に 高 感 度 が 必 要 な 場 合,マ
く
ス フ ァチ ジル コ リンに は2本 の 脂 肪 酸 が結 合 してお り,そ の
トリ ッ クス との 再結 晶 化 を最 適
脂 肪 酸 の 違 い に よ り生 体 内 で の は た ら きが 異 な る こ とが 知
ィ ル ム を 用 い る と よ い6).と
解像 度を
られ て い る.網 膜 に お け る ホ ス フ ァチ ジ ル コ リ ン分子 種 の
られ た デ ー タ は,
分 布 を解 析 した とこ ろ,場 所 に よ り結 合 して い る脂 肪 酸 の
イ オ ン 強 度 の 標 準 化 を 行 な う こ と で 定 量 性 を 高 め る こ とが
種 類 の異 な る こ とが 示 され,こ れ を3つ の 層 に 分 類 ・可視
で き る8).
化 す る こ と に成 功 した(図2).内
化 した スプ レー ドロ ッ プ レ ッ ト法 も使 わ れ る4).高
求 め る場 合 に は ナ ノ微 粒 子 を 用 い る7).得
側 の 層 お よ び外 側 の 層 に
分 布 す る ホ スフ ァチ ジ ル コ リンには脂 肪 酸 と して ドコサ ヘ キ
Ⅲ 質量顕微鏡法の応用
サ エ ン酸 が 多 く含 まれ て い た が,こ の 脂 肪 酸 は光 傷 害 に よ
って 過 酸 化 され や す い こ とか ら,光 神経 伝 達 の 障 害 誘 引 に
以 下に,筆
者 らが す で に 発 表 し た,質
量 顕 微 鏡 法 の生 体
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あ い だ に9層
対 し て50μmの
明 が 期 待 され る.ま た,網 膜 にお け る光 神 経 伝 達 に 重 要 な
ウ ス 網 膜 は幅
役 割 を は たす 膜 蛋 白 質 ロ ドプ シ ン と ドコサ ヘ キサ エ ン酸 と
と,組
の 膜 構 造 を も っ て い る.こ
の 試料 に
間 隔 で 質 量顕 微 鏡 法 に よる 測 定 を 行 な う
織 切 片 上か ら 多 数 の シ グ ナ ル が 検 出 さ れ た.そ
の シ グ ナ ル に つ い てMS/MS解
らな る検 討 を進 め る
量顕微鏡法 によ
り 生 体 分 子 の 局 所 的 な 分 布 を 調 べ た9).マ
150μmの
後,さ
こ と に よ り,光 傷 害 に よ る網 膜 疾 患 の 発 症 メ カニ ズム の解
組 織 研 究 へ の 応 用 を い くつ か 紹 介 し た い.
マ ウ ス網 膜 の 組 織 切 片 を 対 象 と し て,質
関 与す る こ とが予 想 され た.今
れ ら
析 を 行 な っ た と こ ろ,リ
脂 質 の一 種 で あ る ホ ス フ ァ チ ジ ル コ リ ン が 同 定 さ れ た.ホ
ン
の か か わ りにつ い て は 過 去 に も 報 告が あ るが,こ の 研 究 に
よ り両 者の 局 在が
一
致 した こ とか ら,質 量顕 微 鏡 法 の 有 用
性 を示 す うえ で も非 常 に 興味 深 い結 果 とな っ た9).
糖 脂 質 ガ ン グ リオ シ ドは “糖 鎖 ”と “脂 質”の2つ の 部位 を
もつ.光 学 顕 微鏡 は “糖 鎖 ”の かた ち をみ る こ と しか で きず,
図2マ
ウス網膜 内でのホ
ス フ ァチ ジル コ リン
分 子 種 の分 布
脂 肪 酸 組 成 の 異 な るホ ス フ ァチ
ジ ル コ リン(PC)分
子種の網膜
上 に お け る 分 布 を,内
外 側 の層,内
側 の 層,
核 層の3つ の 層 に
分 けて可 視 化 した.m/z756(赤
色):16:0/16:0,m/z769(水
色):16:0/22:6,m/z782(緑
色):16:0/18:1,m/z797(深
青 色):18:0/22:6.内
側の層
お よび 外 側 の 層 に分 布 す る ホス
フ ァ チ ジル コ リン には,ド
ヘ キ サ エ ン酸(22:6)が
まれ て い る こと がわ か った.
[文献9よ
226
蛋 白質 核酸 酵素 Vol.54
No.3 (2009)
り転 載]
コサ
多 く含
ま た,こ
れ まで糖 脂 質 を 可視 化 す る ため に汎 用 され て きた
抗 体 も糖 鎖 の 部 分 配 列 しか 認 識 し て い な い た め,こ
し,必 要 な情 報 を効 率 よ く取 り出 し画像 と して 表示 す る こ
とに 成 功 した.遺 伝 子改 変 マ ウ スの 解 析 に統 計 処 理 を組 み
分子 全 体 を 可 視 化 す る 技 術 は な か っ た.質 量 顕 微 鏡 法 で は,
“糖 鎖 ” も “脂 質 ”も,2つ
の 部 位 の構 造 の 差異 を 同時 に 可視
合 わせ た 質 量顕 微 鏡 法 が有 効 で あ る こ とが 示 され た12).
化 で き る.マ
ウ ス 脳 内 の ガ ン グ リ オ シ ドに 対 し て 質 量 顕 微
量 顕 微 鏡 を 用 い る こ とで,そ の 病 理 に対 して 大 き な影響 を
の 部 位 の 構 造 を く わ し く調 べ て み る と,“ 脂 質 ”部
及 ぼ して い るマ ー カー を探 索 す る こ とが可 能 で あ る.脳 腫
鏡 で2つ
位 が 異 な る2種 類 の 分 子 種 が 存 在 し,こ
れ らの 分 子 が 海 馬
医 学 分 野 にお け る応 用 で は,病 理 試 料 を用 い た分 析 に質
瘍,肺 癌,大
腸 癌 な どの腫 瘍 組 織 で の バ イオマ ー カ ー の探
と嗅 内 皮 質 と よば れ る脳 領域 で 特 徴 的 な分 布 を して い る こ
索 をは じめ,そ れ らバ イオマ ー カー の脳 内 にお ける 分 子レベ
と が 発 見 さ れ た10)(図3).さ
ルで の 局 在 情 報 を知 る こ とが で きる だ ろ う.筆
ら に,若
い マ ウ ス か ら老 齢 に
者 らは,大
質部位が 大
腸 癌 の 肝 転 移 性 腫 瘍 の分 析 に 質量 顕 微 鏡 を適 用 し,バ イ オ
き い ガ ン グ リ オ シ ドが 加 齢 に つ れ て 脳 内 に 蓄 積 し て い く よ
マ ー カー とな る脂 質 の特 異 的 な 分布 を示 す こ とが で きた13).
う す を と ら え る こ と が で きた10)(図4).
また,血 流 の 豊 富 な正 常 機 能 肝 に比 べ,転 移 性 肝 腫 瘍 に特
達 した マ ウ ス まで 時 間 を 追 っ て 観 察 す る と,脂
筆 者 らが,シ
ナ プ スの活 動 性 を調 節 す る分 解 系 の 蛋 白質
と し て 見 い だ し た ユ ビ キ チ ン リ ガ ー ゼ,Scrapperの
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れ ま で,
ア ウ トマ ウ ス11)[編 集 部 注:本
矢 尾 育 子,Fボ
誌2008年1月
号,瀬
ッ ク ス 蛋 白 質SCRAPPERに
伝 達 物 質放 出 の制 御
藤 光利 ・
析 す る こ とに よ りこれが ヘ モ グ ロ ビンを構 成 す る錯 体 で あ る
HemBで
あ る こ とが わか った14).
依 存 的 な神 経
も 参 照 さ れ た い]に つ い て,質
鏡 法 を 用 い て 解 析 を 行 な っ た.Scrapperノ
ノ ック
異的 な分 布 を示 す 分 子イオ ンが 検 出 され,MS/MS/MS解
量顕微
ッ ク ア ウ トマ ウ
ス の 脳 の 凍 結 切 片 を 作 製 し,ど
の “質 量 ”の 蛋 白 質 が ど こ に
存 在 して い る の か を 調 べ た.さ
ら に,Scrapperを
ノ ッ クア
ウ トし た こ と で 量 や 発 現 部 位 が 変 わ っ て い る 蛋 白 質 が あ る
か ど う か を 調 べ る た め の くふ う と して,多
変量解析 のひ と
つ で あ る 主 成 分 分 析 と い う統 計 学 的 な 手 法 を 応 用 し た.そ
の 結 果,質
量 顕 微 鏡 法 に よ る解 析 の と きに得 られ る膨 大 な
量 の デ ー タ を 主 成 分 分 析 を 組 み 合 わ せ る こ と で う ま く処 理
図4マ
図3マ
ウス 脳 内 で の ガ ン グ リオ シ ド分 子 種 の 分 布
2種 類のガングリオシ ド,GD1とGM1に
ついて,質 量顕微鏡法 により,含 有
ウ ス脳 内 で の ガ ン グ リオ シ ド分 子 種 の 加 齢 に と も な う
変化
ガングリオシ ドGD1の 含有セラミ ド炭素鎖長の異なる2つ の分子種,C18(緑
セラミ ド炭素鎖長の異なる2つ の分子種C18(緑 色)とC20(赤 色)と を区別
色)とC20(赤 色)と について,質 量顕微鏡法による生後直後からの経時的な
して可視化することができた.そ の結果,C18は 広 く分布するのに対 し,C20
観察 によ り、C20は 加齢 にともない,マ ウス脳海馬歯状 回分子層の一部で局
は海馬歯状回分子層 に特徴的な局在 を示すことがわかった.
的な蓄積をみせる(矢 じり)ことが明 らかになった,
[文献10よ り転載]
[文献10よ り転載]
蛋 白質 核酸 酵素 Vol.54
No.3
(2009)
227
組 織 上に お け る イ メー ジ ン グで は 多 くの分 子 が 混 在 した
離 ・検 出 す る こ とが 可 能 に な っ た(図5).薄
層 クロマ トグ
状 態 で 測 定 を試 み るた め,主 要 な成 分 の解 析 に は適 して い
ラ フ ィー に お け る 比 移 動 度 の情 報 と質 量 の 情 報 の2つ をあ
るが,微 量 成 分 の分 析 や イ オ ン化効 率 の低 い 分 子 の 分 析 は
わ せ る こ とで,簡
むず か しい.そ
また,薄 層 ク ロマ トグ ラ ムの 染 色 技 術 と して もっ と も検 出
ー(TLC)の
こで,従 来 か らあ る薄 層 クロマ トグ ラ フ ィ
手 法 を用 い て あ る程 度 まで 脂 質 を分 画 し,そ の
易 に 詳 細 な分 子 種 の 同 定 が 可 能 に な る.
感 度 が よい とされて い る方法 に プ リム リ ン染色 があ るが,質
薄 層 ク ロマ トグ ラム を 質 量 顕 微 鏡 法 に よ っ て イメー ジ ン グ
量 顕 微 鏡 法 に よっ て 薄 層 ク ロマ トグラ ム の イ メー ジ ン グ を
す る こ とで,よ
行 な い 質 量 スペ ク トル と して そ の可 視 化 を試 み た と こ ろ,
り詳細 な分 子種 の情 報 を ひ きだす とい う使
い 方 もで き る7)(TLCプ
ロ ッ ト質 量 分 析 イ メー ジ ン グ法).
この 手法 を用 い る こ とで,従
れ ぞ れ 異 な る 分 子 種 と して 分
わ か っ た(図6).よ
っ て,こ れ まで の 手 法 で は 検 出 で きな
か っ た 薄 層 クロ マ トグ ラ ム 上の 微 量 成 分 の検 出 に 質 量 顕 微
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っ た 脂 肪 酸 鎖 の 違 い を,そ
来 の 染 色 法 で は分 離 で き なか
この プ リム リ ン染 色 の検 出 感 度 よ りも高 感 度 で あ る こ とが
図6プ
図5ウ
シ 脳 に 由 来 す る ガ ン グ リ オ シ ドGM1のTLCプ
ロ ッ ト質
量 分 析 イ メー ジ ン グ
(a)各 種 濃度 のGM1を
(a)質 量 スペ ク トル,GM11nmol相
れ る2つ の ピー ク(m/z1572お
(b)プ リム リ ン染 色,GM1は
(c)m/Z1572(d20:1/18:0)の
(d)m/z1544(d18:1/18:0)の
(e)合 成像.GM1の2つ
リ ム リ ン 染 色 法 とTLCプ
当 を測 定 す る と,GM1の
よ びm/z1544)が
分 子 種 と思 わ
顕 著 に 検 出 され た.
単 一 の バ ン ドと して 検 出 され る.
薄 層 クロ マ トグ ラ フ ィー で展 開 したの ち,プ
染色 を用 い て染 色 した.検
(b)1nmolのGM1のTLCブ
出 限 界 はお よ そ10pmolで
リム リン
あ った.
ロ ッ ト質量 分 析 イ メ ー ジン グ法 によ る検 出.
(b)100pmolのGM1のTLCプ
ロ ッ ト質 量 分 析 イメ ー ジ ング 法 によ る検 出.
質 量分 析 イ メー ジ ング.
(d)10pmolのGM1のTLCプ
ロ ッ ト質 量分 析 イ メ ー ジン グ法 に よる 検 出.プ
質 量 分 析 イ メー ジ ン グ.
リム リン染 色 にお ける 検 出 限 界 で も十 分 な ピー ク強 度 を観 測 で きた ,
の 分 子 種 が バ ン ドの それ ぞ れ 上 部 と下 部 に局 在 して
い る こと がわ か っ た.こ れ は,疎
水 性 の 違 い に よ り,脂 肪 酸 鎖 の長 いセ ラ ミ
(e)1pmolのGM1のTLCプ
ドをも つ分 子 種 が よ り上 部 に 展開 され た こと を示 す.
する こ と がで きた.
[文献7よ
り転 載]
蛋白質 核酸 酵素 Vol.54
No.3 (2009)
ロ ッ ト質 量 分 析 イ メ ー ジン グ法 によ る 検 出.プ
リム リン染 色 に おい て はま った く検 出 で き ない 濃度 にお いて も,ピ ー ク を検 出
[文献7よ
228
ロ ッ ト質 量 分 析 イ メ ー ジ ン グ 法
の検 出 感 度 の 比 較
り転 載]
鏡 法 が 有 用 で あ る とい え る.
文
今後 の 応 用 と して は,翻 訳 後 修 飾 を う けた 蛋 白質 の 細 胞
内 分 布 を可 視化 す る こ とを考 えて い る.ユ ビキ チ ン化11,15),
1)新
2)
グル タ ミン酸 付 加16),グ リ シ ン付 加17),ア セ チ ル化18)な ど
の 蛋 白質 の 翻 訳 後 修 飾 の様 相 を解 析 す る に は,い
ろ,質 量 分 析 の ほか に 方法 が な い一 方,既
まの と こ
存の質量分析法
で はそ の位 置情 報 が と もな わ ない.質 量 顕微 鏡 法 に よれ ば,
45-48 (2006)
Shimma, S. et al.: Surf. Int. Anal., 38, 1712-1714 (2006)
4)
Sugiura,
5)
6)新
検 出 で き る もの と期 待 して い る.ま た,パ ー キ ン ソ ン病 や
7)
アル ツハ イマ ー 病 な どい くつ か の 神 経 変 性 疾 患 で 観 察 され
8)
9)
Shimma, S. et al.: J. Mass Spectrom.
Goto-Inoue, N. et al.: J. Chromatogr.
Hayasaka,
モ ニ ター で き る手 法 で あ る こ とか ら,薬 物 動 態,さ
境,有
量 顕 微 鏡 法 を生 物 医 薬 に か ぎ らず,食
品 や環
12)
T. et al.: Rapid Commun.
Mass Spectrom.,
22, 3415-
Y. et al.: PLoS One, 3, e3232 (2008)
Yao, I. et al.: Cell, 130, 5, 943-957 (2007)
Yao, I., Sugiura,
Y., Matsumoto,
M., Setou,
M.: Proteomics,
8,
3692-3701 (2008)
13) Shimma, S. et al.: J. Chromatogr.
14) Shimma,
機 材 料 の分 析 な ど,さ ま ざ ま な分 野 に も応 用 して い
B., 855,98-103
S., Setou, M.: J. Mass Spectrom.
(2007)
Soc. Jpn., 55,145-148
(2007)
15)
きたい.
Soc. Jpn.,
3426(2008)
11)
今 後 は,質
B., 870, 74-83 (2008)
Hosokawa, N., Sugiura, Y., Setou, M.: J. Mass Spectrom.
10) Sugiura,
らに
Soc. Jpn., 54,133-140 (2006)
間 秀 一 ・杉 浦 悠 毅 ・瀬 藤 光 利:質 量 分 析, 54, 210-211 (2006)
万 の 分 子 の 量 的 ・位 置 的 な 挙 動 を ター ゲ ッ トを しぼ らず に
で も,す で に 各 製 薬 企 業 で 使 用 され は じめ て い る.さ
S., Setou, M.: Anal. Chem., 78, 8227-8235
56, 77-81 (2008)
解 明 を考 えて い る.質 量 顕 微 鏡 法 は,い ち ど に数 千 か ら数
薬 物投 与 な どの操 作 を くわ え た と きの 反 応 な ど,創 薬 の 面
Y., Shimma,
(2006)
る正 体 不 明 な蛋 白質 封 入 体 や,さ ま ざ まな “癌 ”構 成 物 質 の
Database Center for Life Science Online Service
間 秀 一 ・瀬 藤 光 利:質 量 分 析, 53, 230-238 (2005)
Sugiura, Y., Shimma, S., Setou, M.: J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., 54,
3)
こ う した翻 訳 後修 飾 を うけ た蛋 白 質 の細 胞 内 分 布 の 違 い を
らに,
献
Hatanaka,
T., Hatanaka,
Y., Setou, M.: J. Biol. Chem., 281, 35922-
35930 (2006)
お わ りに
16) Ikegami,
K. et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 3213-3218
(2007)
筆 者 らは,質 量 顕 微 鏡 法 を開 発 し,生 体組 織 の 研 究 へ と
応 用 して 多 くの成 果 を報 告 して きた.未 知 の物 質 に対 して,
そ の局 在 情 報 を失 うこ とな く形 態 情 報 を直 接 に観 察 し,同
17) Ikegami,
18)
K. et al.: FEBS Lett., 582, 1129-1134 (2008)
Kahyo, T., Mostoslavsky,
R., Goto, M., Setou, M.: FEBS Lett., 582,
2479-2483 (2008)
19)瀬
藤 光 利 他:顕 微 鏡, 43, 24-28
(2008)
時 に,生 化 学 的 な情 報 を得 る こ とが で きる この 手 法 が,数
多 くの分 野 に応 用 され,そ
して,数 多 くの 問題 を解 決 す る
こ と を期 待 す る.
田 中宏 樹
略 歴:浜 松 医 科大 学 大学 院医 学 系研 究科 在 籍,同
ング先端 研 究 セ ンターに て研 究 中.
共同研 究 者であ る小泉慎 一 郎,早 坂孝 宏,井 上 菜穂子,矢 尾 育 子,財
研 究 テーマ:質 量顕 微鏡 によ る脈 管 壁構 造 の解析.
満 信 宏,池 上浩 司に感 謝す る.
関 心事:動 脈瘤 発 症 の メカニ ズム.
蛋 白質 核酸 酵素 Vol.54
分 子 イ メー ジ
No.3 (2009)
229