社会保障の財源調達と経済成長

社会保障の財源調達と経済成長
宮澤
和俊¤
南山大学
概 要
従来,社会保障制度は,経済成長の足かせになると考えられて
きた.しかし,成長の源泉を人的資本の蓄積に見いだすとき,社会
保障制度が正の成長率効果を持ち得ることが知られるようになって
きている.
本稿では,経済成長を促進するような社会保障政策の可能性を
分析する.特に,財源調達の相違による成長率効果の相違を明確に
する点に焦点をあてる.
本稿の主な結論は,次の4点である.
第1に,物的資本分配率の低い経済では賃金所得税による財源
調達が望ましく,物的資本分配率の高い経済では資本所得税による
財源調達が望ましい.第2に,任意の物的資本分配率に対し,正の
成長率効果を持つような財源調達が存在する.第3に,賃金所得税
単独財源よりも,包括所得税を用いた方が,社会保障制度の成長率
効果が期待できる.最後に,個人が,将来の社会保障給付が現在の
教育水準に依存すると考えるならば,社会保障制度は教育補助の機
能を持ち,より一層,成長率効果が期待できる.
JEL Classi¯cation: H55, O41
キーワード
社会保障,課税,経済成長,人的資本
¤
Correspondence address: Kazutoshi Miyazawa, Faculty of Economics, Nanzan
University, Yamazato, Showa, Nagoya, 466-8673, Japan. e-mail [email protected]
1
1
はじめに
従来,社会保障制度は,経済成長の足かせになると考えられてきた.そ
の主な根拠としては次の2点が挙げられる.すなわち,第1に,投資や
貯蓄の意欲を阻害する要因となり得ることである.第2に,課税に代表
される財源調達の問題である (Atkinson (1995)).
前者は,将来の社会保障給付が,現在の貯蓄行動に直接影響を与えるこ
とを意味している.一般的には,社会保障制度が物的資本蓄積に対し負の
水準効果を持つことが知られている(Feldstein (1974, 1976)).経済成長
率が政策変数に依存する内生的成長モデルにおいても,成長の源泉を物
的資本蓄積に見いだすならば(Romer (1986)),社会保障制度は負の成長
率効果を持つ(Saint-Paul (1992), Jones and Manuelli (1992), Wiedmer
(1996), Wigger (1999a))1 .他方,成長の源泉を人的資本蓄積に見いだす
ならば(Lucas (1988)),社会保障制度が正の成長率効果を持ち得ることが
知られている(Kaganovich and Zilcha (1999), S¶
anchez-Losada (2000)).
その理由は明瞭である.賦課方式型社会保障制度は,将来世代から現役
世代への世代間所得移転政策である.現役世代が,何らかの理由で,次世
代に対する教育投資を追加するとしよう.教育水準の上昇により,次世代
の人的資本が増加し,その分だけ所得水準が上昇するだろう.社会保障
の負担者の所得の改善は,現役世代の受け取る社会保障給付の増加を意
味するだろう.従って,経済成長を通した将来の社会保障給付の増加が,
現在の社会保障負担と追加的な教育費用の合計を上回るならば,社会保
障制度により教育投資が促進され,経済成長率が上昇する可能性がある.
賦課方式型年金制度が積立方式型年金制度よりも望ましいのは,成長
率(人口成長率プラス技術進歩率)が利子率を上回る場合である.現在,
多くの先進国では,人口成長率が利子率を下回っている.しかし,社会
保障制度の拡大により,内生的経済成長率が上昇し,かつ利子率の上昇
がある程度抑えられるのであれば,内部収益率の面で,賦課方式型年金
制度が積立方式型年金制度よりも望ましくなる可能性がある.
社会保障制度と経済成長を議論する場合に考慮しなくてはならない第
2の問題は,財源調達である.Kaganovich and Zilcha (1999),S¶
anchezLosada (2000) は,財源として賃金所得税しか分析されていない.Yakita
1
ただし,出生率を内生化したモデルの場合,社会保障制度は,貯蓄を抑える効果の
みならず,出生率を抑える効果を持つ.後者が前者を凌駕する場合,社会保障制度が
正の成長率効果を持ち得ることが知られている(Zhang (1995), Zhang (1995), Wigger
(1999b)).
2
(2000) は,Blanchard (1985) モデルを人的資本蓄積を成長の源泉とする
内生的成長モデルに拡張し,資本所得税の成長率効果を分析している.資
本所得税率の増加は,物的資本の収益率を低下させるため,裁定条件を
通して,人的資本投資が促進され,経済成長率が上昇することが示され
ている.しかし,小国開放経済が仮定されているため,利子率効果が分
析されていない2 .
以上の議論を踏まえ,本稿では,社会保障給付,財源調達,そして利子
率効果の3つの側面から,社会保障制度の成長率効果を分析する.財源
調達としては,賃金所得税単独,資本所得税単独,そして,包括所得税
の3つの財源調達を考える.資本所得税単独財源の場合,利子率効果が
十分小さいならば,上述のように,正の成長率効果が期待される.しか
し,この場合の社会保障制度は世代内の所得移転政策に他ならない.包
括所得税を分析の対象とするのは,現行の賃金所得税を財源とする賦課
方式型社会保障制度に,期待される資本所得税の成長率効果を付与した
場合の総合的な効果を分析するためである.
本稿の主な結論は次の4点である.
第1に,物的資本分配率の低い経済では,賃金所得税を財源とする社
会保障制度が正の成長率効果を持ち,物的資本分配率の高い経済では,資
本所得税を財源とする社会保障制度が正の成長率効果を持つことが示さ
れる.賃金所得税の場合,成長率に対し,正の給付効果,負の財源調達
効果に加え,負の利子率効果が存在することが示される.物的資本分配
率の小さい経済では利子率の水準が低いため,負の利子率効果が弱めら
れる.このとき,正の給付効果が,負の財源調達効果,利子率効果を凌
駕する.資本所得税の場合も,給付効果,財源調達効果,利子率効果が
識別される.賃金所得税とは対照的に,物的資本分配率が高く,利子率
の水準が高い経済では,正の給付効果と財源調達効果が負の利子率効果
を凌駕することが示される.
第2に,任意の物的資本分配率に対し,正の成長率効果を持つ財源調
達が存在することが示される.これは,社会保障制度が正の成長率効果
を持つための,賃金所得税における物的資本分配率の上限が,資本所得
税におけるその下限よりも大きいことを意味している.
第3に,賃金所得税単独による財源調達よりも,包括所得税を用いた
方が,社会保障の成長率効果が正となる可能性が高いことが示される.包
2
物的資本を成長の源泉とする内生的成長モデルの多くは,Romer (1986) に代表さ
れる,Arrow (1962) タイプの物的資本外部性を仮定している.そのため,均衡におい
て利子率は一定となり,利子率効果は考慮されない.
3
括所得税は,賃金所得税と類似の性質を持つ.しかし,物的資本分配率
がある程度高い場合には,資本所得税の効果が作用するからである.
最後に,個人が現在の私教育と将来の社会保障給付との繋がりを理解
する場合,社会保障の成長率効果が正となる可能性が高くなることが示
される.前述のように,賦課方式型社会保障制度は,子どもに対する現
在の教育投資が,結果的に,将来の社会保障給付を増加させるしくみを
持っている.個人がこのしくみを理解している場合,社会保障給付は,私
教育に対する補助金の役割を果たす.従って,教育に対する誘因を引き
出すことにより,正の成長率効果の可能性が高くなる3 .
本稿の構成は以下の通りである.2節では,基本モデルが導入される.モ
デルの構造は,Eckstein and Zilcha (1994), Kaganovich and Zilcha (1999),
S¶anchez-Losada (2000) に従う.3節では,3つの異なる財源調達のもと
での社会保障制度の成長率効果が比較検討される.4節では,貯蓄,教
育が社会保障給付にリンクしている場合の,社会保障制度の成長率効果
が分析される.5節は結語である.
2
モデル
本節では,3期(教育期,労働期,引退期)世代重複モデルが用いら
れる.各家計は同質的であり,子どもの人的資本(所得)に関心がある
と仮定する.生産部門は,消費財生産部門,教育部門の2部門で構成さ
れる.人口は一定であり,1に標準化される.
2.1
家計
t ¡ 1 期に生まれる世代(世代 t ¡ 1)の生涯を考える.彼は,生涯の
第1期(教育期)に,親から教育を受ける.これにより,第2期(労働
期)における彼の人的資本水準 Ht が決定される.第2期,彼は1単位の
労働を供給し賃金所得を得るとともに,子どもを1人持つ.可処分所得
は,消費,子どもへの教育支出,貯蓄に配分される.第3期(引退期),
彼は貯蓄の元利合計に加え,社会保障給付を受ける.第2期,第3期に
3
S¿rensen (1993) は,平均的所得水準を基準にして授業料を決定する場合と,私教
育により改善した所得水準に応じて授業料を決定する場合とを比較している.前者の方
が,個人の認識する教育費用が低いため,教育時間が促進されることが示されている.
類似の比較分析をした文献として,Zhang (1995),Zhang (1995) がある.
4
おける予算制約式は,それぞれ,次式で与えられる.
(1 ¡ ¿ w )wt Ht = C2t + Et + St ;
[1 + (1 ¡ ¿ r )rt+1 ]St + Tt+1 = C3t+1 :
(1)
(2)
ここで,C2 ; C3 ; E; S は,それぞれ,労働期消費,引退期消費,教育支
出,貯蓄を表わす.w は賃金率,r は利子率である.引退期の社会保障給
付 T は,賃金所得税(税率 ¿ w ),あるいは,資本所得税(税率 ¿ r ),あ
るいは,包括所得税(税率 ¿ = ¿ w = ¿ r )により賄われる.
子ども(世代 t)の人的資本 Ht+1 は,親世代労働期の(平均的)人的
資本水準 Ht ,および教育時間 zt ,に依存すると考えられる.本稿では,
人的資本の蓄積方程式を次のように特定化する4 .
Ht+1 = Á(Ht ; zt ) = µHt zt :
(3)
µ > 0 は生産性パラメータである.後に示されるように,成長率一定の
定常経路における均衡教育時間 z ¤ は経時的に一定となる.このとき,粗
成長率は, Ht+1 =Ht = µz ¤ で与えられる.
教育支出は,
Et = wt Ht zt ;
(4)
で与えられる.
世代 t ¡ 1 の選好は,効用関数
Ut¡1 = ln C2t + ®1 ln C3t+1 + ®2 ln Ht+1 ;
で表わされる.®1 > 0 は消費に関する私的割引要素であり,®2 > 0 は子
どもの人的資本に対する選好の強さを表すパラメータである.各家計は,
各期予算制約式 (1), (2) 式,人的資本蓄積方程式 (3) 式,教育支出 (4) 式
の制約のもとで,効用関数が最大となるように,各期消費 C2t ; C3t+1 ,貯
蓄 St ,教育支出 Et ,教育時間 zt ,および子どもの人的資本 Ht+1 を決定
する.所与とされる変数は,労働期の人的資本 Ht ,賃金率 wt ,利子率
rt+1 ,および社会保障の政策変数 (¿ w ; ¿ r ; Tt+1 ) である5 .各期消費および
教育労働に対する需要は,
C2t =
It
;
®
(5)
4
類似の人的資本の蓄積方程式を用いた文献としては,Lucas (1988, 1990), S¿rensen
(1993), Eckstein and Zilcha (1994), Hu (1999), S¶anchez-Losada (2000) 等がある.
5
社会保障給付 Tt+1 が内生化されるケースは,4節で議論される.
5
®1
It [1 + (1 ¡ ¿ r )rt+1 ];
®
®2 It
=
;
® wt Ht
C3t+1 =
(6)
zt
(7)
で与えられる.ただし,It は生涯の総所得を表わしており,
It = (1 ¡ ¿ w )wt Ht +
Tt+1
;
1 + (1 ¡ ¿ r )rt+1
(8)
で定義される.また,® = 1 + ®1 + ®2 である.さらに,(1), (4), (5), (7)
式を用いると,貯蓄関数
µ
¶
1 + ®2
St = 1 ¡ ¿ w ¡
zt wt Ht ;
®2
(9)
が導出される.
社会保障制度が存在しない場合,教育労働(時間)に対する需要は,
z0 = ®2 =(1 + ®1 + ®2 ) で与えられる.従って,線型の人的資本蓄積方程
式のもとでは,経済成長率 g0 = µz0 は,生産部門とは独立に決定される.
利他的動機が強ければ強いほど,あるいは,消費の私的割引要素が小さ
ければ小さいほど,教育水準が上昇し,経済成長率は高くなる.
他方,社会保障制度が存在する場合,教育水準は政策変数に依存する.
まず,前節で述べたように,社会保障の給付効果と財源調達効果とを識
別する必要がある.第1に,引退期の社会保障給付が増加したとしよう.
このとき,生涯の総所得が増加する.この所得効果により,教育支出が
増加し,成長率も上昇すると考えられる.さらに,経済成長率の上昇は,
将来世代の所得の増加を意味する.従って,賦課方式型の社会保障制度の
もとでは,一層の社会保障給付の増加が期待できるであろう.第2に,各
所得税率が上昇したとしよう.賃金率,利子率が一定であるならば,(8)
式より,生涯の総所得は,賃金所得税増税により減少し,資本所得税増
税により増加するであろう.以上から,次の結論が導かれるかもしれな
い.すなわち,(i) 賃金所得税を財源とする社会保障制度は,経済成長に
対し,正の給付効果と負の財源調達効果を持つ.(ii) 資本所得税を財源と
する社会保障制度は,給付効果,財源調達効果のいずれも,正の成長率
効果を持つ.ところが実際は,各税率の変化は,労働市場および物的資
本市場を通して,賃金率,利子率を変化させる.例えば,資本所得税増
税により,教育労働需要が増加すると,(9) 式より,資本供給が低下する
だろう.このとき,物的資本市場を通して,利子率が上昇するだろう.さ
6
らに,生産部門で利用される物的資本の減少は,労働の限界性産力を低
下させ,賃金率が低下するであろう.このとき,資本所得税増税により,
生涯の総所得は,むしろ減少している可能性がある.従って,前述の資
本所得税を財源とする社会保障制度の成長率効果は,かなり過大評価さ
れていると予想される.市場を通した効果を分析するためには,一般均
衡分析の枠組みが不可欠である.次節以降では,生産部門を陽表的に導
入し,市場均衡条件を用いて,経済成長に対する社会保障の給付効果と
財源調達効果,さらに,一般均衡効果(利子率効果)を分析する.
2.2
企業
競争的企業は,毎期,労働と物的資本を投入要素として,消費財を生
産する.規模に関して収穫一定の新古典派生産関数を仮定する.さらに,
次のような,コブ=ダグラス型生産関数を利用する.
Yt = F (Kt ; Lt ) = AKt° L1¡°
:
t
Y は生産量,K は物的資本を表わす.° 2 (0; 1) は物的資本分配率,A > 0
は生産性パラメータである.効率単位で測った労働 L は,
Lt = Ht lt ;
(10)
で与えられる.ただし,l は,生産労働時間を表わしている.要素市場が
完全競争的であると仮定すると,利子率,効率単位あたりの賃金率は,そ
れぞれ,対応する投入要素の限界生産力に一致する.
rt + ± = °
Yt
;
Kt
wt = (1 ¡ °)
(11)
Yt
:
Lt
(12)
± 2 [0; 1] は,物的資本の減耗率を表わしている.
2.3
政府と市場均衡
政府は,毎期,労働世代から賃金所得税を,引退世代から資本所得税
を徴収し,賦課方式型の社会保障を給付する.政府の予算制約式は,
¿ w wt Ht + ¿ r rt Kt = Tt ;
7
(13)
で与えられる.物的資本市場,労働市場の均衡式は,それぞれ,
Kt+1 = St ;
(14)
lt + zt = 1;
(15)
で与えられる.財市場均衡式
(1 ¡ ±)Kt + Yt = C2t + C3t + Kt+1 ;
(16)
は,家計の予算制約式 (1), (2) 式,教育支出 (4) 式,効率労働 (10) 式,利
子率と賃金率の関係式 (11) ,(12) 式,政府予算制約式 (13) 式,物的資
本市場均衡式 (14) 式,労働市場均衡式 (15) 式から導出される(ワルラス
法則).
2.4
成長率
変数 X の粗成長率を gt+1 ´ Xt+1 =Xt で定義する.均斉成長経路上で
は,消費財生産量 Y ,物的資本 K ,人的資本 H ,各期消費 C2 ; C3 ,教
育支出 E ,社会保障給付 T は,ある一定率 g ¤ で成長する.また,生産
労働時間 l,教育労働時間 z ,利子率 r ,賃金率 w,は定常値をとる.
まず,貯蓄関数 (9) 式を物的資本市場均衡式 (14) 式に代入する.
Kt+1
1 + ®2
= 1 ¡ ¿w ¡
zt :
wt Ht
®2
(17)
次に,政府予算制約式 (13) 式を総所得の定義式 (8) 式に代入する.
¿ w wt+1 Ht+1 + ¿ r rt+1 Kt+1
It
= 1 ¡ ¿w +
:
wt Ht
wt Ht [1 + (1 ¡ ¿ r )rt+1 ]
(18)
他方,利子率と賃金率の関係式 (11),(12) 式より,
rt+1 =
° wt+1 Ht+1 lt+1
¡ ±;
1¡°
Kt+1
(19)
を得る.(19) 式を (18) 式に代入し,利子率を消去する.さらに,(18) 式
を教育労働需要 (7) 式に代入する.
³
´
°
lt+1 ¡ ±¿ r Kt+1
wt+1 Ht+1 ¿ w + ¿ r 1¡°
®
n
h
io :
zt = 1 ¡ ¿ w +
° wt+1 Ht+1 lt+1
®2
wt Ht 1 + (1 ¡ ¿ r ) 1¡°
±
¡
Kt+1
8
(20)
人的資本の蓄積方程式 (3) 式,および,(17) 式を (20) 式に代入し,整
理すると,t 期の教育労働時間 zt と, t + 1 期の生産労働時間 lt+1 の関
係式が導かれる.
®
zt = 1 ¡ ¿ w +
®2
wt+1
µzt
wt
³
´
³
°
¿ w + ¿ r 1¡°
lt+1 ¡ ±¿ r 1 ¡ ¿ w ¡
1 + (1 ¡ ¿ r )
"
µzt lt+1
° wt+1
1¡° wt 1¡¿ w ¡ 1+®2 zt
®
2
1+®2
zt
®2
¡±
#
´
:
最後に,労働市場均衡式 (15) 式を利用すると,定常経路における教育
労働時間の方程式,
h
i
³
´
°
2
µz ¿ w + ¿ r 1¡°
(1 ¡ z) ¡ ±¿ r 1 ¡ ¿ w ¡ 1+®
z
®
®
"
# 2
z = 1 ¡ ¿w +
; (21)
®2
µz(1¡z)
°
1 + (1 ¡ ¿ r ) 1¡° 1¡¿ ¡ 1+®2 z ¡ ±
w
®2
が得られる.
社会保障制度が存在しない場合,前述のように,教育労働時間は,z0 =
®2 =® で与えられる.これは,子どもの人的資本に対する親の関心が強い
経済であればあるほど,生産部門から教育部門へと労働が移動すること
を意味している.粗成長率は, g0 = µz0 で与えられる.以下の分析では,
分権化経済における成長は本来持続的であると仮定する.すなわち,
µ>
®
;
®2
(22)
が成立すると仮定する.
社会保障制度が存在する場合,(21) 式が示すように,均衡における教
育労働時間,さらには経済成長率,は,賃金所得税率,資本所得税率に
依存する.次節では,3つの異なる財源調達のもとでの社会保障の成長
率効果を分析する.すなわち,賃金所得税単独による財源調達,資本所
得税単独による財源調達,そして,包括所得税による財源調達,である.
財源調達
3
3.1
賃金所得税
(21) 式に ¿ r = 0 を代入すると,
®
µ¿ w z
z = 1 ¡ ¿w +
;
µz(1¡z)
°
®2
1 ¡ ± + 1¡°
1+®2
z
1¡¿ ¡
w
9
®2
(23)
を得る.賃金所得税を財源とする社会保障制度の成長率効果は,次の3
つの効果から成る.第1に,負の財源調達効果である.(23) 式の右辺第
2項 (¡¿ w ) がこれに対応する.課税により生涯の総所得が減少するため,
教育支出も減少することを意味している.第2に,正の給付効果である.
右辺第3項の分子の ¿ w がこれに対応する.社会保障給付により生涯の
総所得が増加するため,教育支出も増加することを意味している.第3
に,負の利子率効果である.右辺第3項の分母中に含まれる ¿ w がこれに
対応する.賃金所得税は物的資本供給を減少させるため,物的資本市場
を通して,利子率を上昇させる.利子率の上昇は,社会保障給付の割引
現在価値を低下させるため,負の所得効果を通して,教育支出が減少す
る.賃金所得税を財源とする社会保障制度が正の成長率効果を持つか否
かは,生産部門の技術に依存する.例えば,物的資本分配率 (°) の低い技
術のもとでは,利子率の水準が低いため,正の給付効果が増幅され,負
の財源効果,利子率効果を凌駕する可能性がある.形式的には,次の命
題が成立する.
命題 1 社会保障制度が賃金所得税により賄われるとする.このとき,社
会保障制度の導入が経済成長を促進するための必要十分条件は,
° < °w ´
µ®1 ®2 ¡ (1 ¡ ±)®1 ®
;
µ®2 (1 + 2®1 ) ¡ (1 ¡ ±)®1 ®
(24)
である6 .
証明. (23) 式を整理すると,
µ
®
1 ¡ ¿w ¡ z
®2
¶"
µ
#
¶
1 + ®2
°
(1 ¡ ±) 1 ¡ ¿ w ¡
z +
µz(1 ¡ z)
®2
1¡°
µ
¶
1 + ®2
+µ¿ w z 1 ¡ ¿ w ¡
z = 0;
(25)
®2
を得る.これを解いて,z ¤ = z(¿ w ) を得る.(25) 式を全微分し,全微分
した式を ¿ w = 0 で評価する.z(0) = ®2 =® であることを利用すると,
µ
®
¡ d¿ w + dz ¤
®2
#
¶"
®1
°
®2 (1 + ®1 )
®1 ®2
(1 ¡ ±) +
µ
+ µ 2 d¿ w = 0;
2
®
1¡°
®
®
6
± < 1 のとき,@° w =@®2 > 0 である.これは,子どもの人的資本に対する親の選好
が強ければ強いほど,社会保障制度が正の成長率効果を持つ可能性が高くなることを意
味している.これとは対照的に,± = 1 のときは,° w = ®1 =(1 + 2®1 ) となり,®2 とは
独立となる.これは,S¶
anchez-Losada (2000) の,Proposition 2.1. (pp98) 中の,°^ に
対応する.
10
を得る.従って,dz ¤ =d¿ w > 0 は,
"
#
°
®2 (1 + ®1 )
®1 ®2
®1
µ 2 ¡ (1 ¡ ±) +
µ
> 0;
®
®
1¡°
®2
と同値である.整理すると (24) 式が得られる.
3.2
資本所得税
(21) 式に ¿ w = 0 を代入すると,
®
z =1+
®2
¿r
h
°
µz(1
1¡°
³
¡ z) ¡ ± 1 ¡
1 + (1 ¡ ¿ r )
"
1+®2
z
®2
° µz(1¡z)
1¡° 1¡ 1+®2 z
®
2
¡±
´i
#
;
(26)
を得る.資本所得税を財源とする社会保障制度の成長率効果は,次の3
つの効果から成る.第1に,給付効果である.(26) 式右辺第2項の分子
の ¿ r がこれに対応する.物的資本分配率 (°) が大きいとき,物的資本減
耗率(± )が小さいとき,あるいは,人的資本蓄積の生産性(µ)が大きい
とき,給付効果は正かつ大きな値をとる.これは,社会保障給付により生
涯の総所得が増加し,教育支出も増加することを意味している.第2に,
財源調達効果である.右辺第2項の分母中に含まれる ¿ r がこれに対応す
る.資本所得税率が増加すると,社会保障給付の割引現在価値が増加す
る.従って,財源調達効果は,給付効果を増幅させる効果を持っている.
第3に,一般均衡効果(利子率効果)である.まず,給付効果,財源調達
効果により,教育時間(左辺の z )が増加する.次に,(9) 式より,物的
資本供給が減少し,利子率が上昇する.利子率の上昇は,給付効果,財
源調達効果に対し,間接的な効果を持つ.教育水準が低いとき,利子率
効果により,社会保障給付が増加する(右辺第2項分子角括弧).他方,
利子率の上昇は,財源調達効果を弱める効果を持つ(右辺第2項分母角
括弧).従って,利子率効果のネットの効果は不明である.資本所得税を
財源とする社会保障制度が正の成長率効果を持つか否かは,生産部門の
技術に依存する.例えば,物的資本分配率 (°) の高い技術のもとでは,正
の給付効果が凌駕する可能性が高いだろう.形式的には,次の命題が成
立する.
命題 2 社会保障制度が資本所得税により賄われるとする.このとき,社
11
会保障制度の導入が経済成長を促進するための必要十分条件は,
° > °r ´
±®1 ®
;
µ®2 (1 + ®1 ) + ±®1 ®
(27)
である.
証明. (26) 式を整理すると,
¶(
µ
µ
)
¶
®
1 + ®2
°
1 ¡ z [1 ¡ ±(1 ¡ ¿ r )] 1 ¡
z + (1 ¡ ¿ r )
µz(1 ¡ z)
®2
®2
1¡°
"
µ
¶# µ
¶
°
1 + ®2
1 + ®2
µz(1 ¡ z) ¡ ± 1 ¡
+¿ r
z
1¡
z = 0;
(28)
1¡°
®2
®2
を得る.これを解いて,z ¤ = z(¿ r ) を得る.(28) 式を全微分し,全微分
した式を ¿ r = 0 で評価する.z(0) = ®2 =® であることを利用すると,
"
# "
#
®
®1
°
®2 (1 + ®1 )
®2 (1 + ®1 )
®1 ®1
°
µ
+
µ
d¿ r = 0;
¡ dz ¤ (1 ¡ ±) +
¡±
2
2
®2
®
1¡°
®
1¡°
®
® ®
を得る.従って,dz ¤ =d¿ r > 0 は,(27) 式と同値である.
3.3
包括所得税
(21) 式に ¿ w = ¿ r = ¿ を代入すると,
®
z =1¡¿ +
®2
µ¿ z + ¿
h
°
µz(1
1¡°
³
¡ z) ¡ ± 1 ¡ ¿ ¡
1 + (1 ¡ ¿ )
"
µz(1¡z)
°
1¡° 1¡¿ ¡ 1+®2 z
®
2
1+®2
z
®2
¡±
#
´i
;
(29)
を得る.包括所得税を財源とする社会保障制度の成長率効果は,賃金所得
税,資本所得税の場合と同様に解釈が可能である.(29) 式右辺第3項の分
子が給付効果である.物的資本減耗率(± )が小さいとき,あるいは,人
的資本蓄積の生産性(µ)が高いとき,給付効果は正かつ大きな値をとる.
財源調達効果は,右辺第2項 (¡¿ ),および,右辺第3項分母の (1 ¡ ¿ ) で
ある.前者は負の成長率効果を持ち,後者は給付効果を増幅させる働き
を持っている.利子率効果は,社会保障給付を増加させる効果とともに,
増幅的な財源調達効果を弱める効果を持つ.包括所得税を財源とする社
会保障制度が正の成長率効果を持つか否かは,やはり,生産部門の技術
12
に依存する.負の財源調達効果を凌駕するためには,給付効果が正かつ
大きな値をとるとともに,給付効果を増幅させる財源調達効果が期待さ
れなくてはならない.賃金所得税の場合を考慮すると,物的資本分配率
(°) の低い技術のもとで,正の成長率効果を持つ可能性がある.形式的に
は,次の命題が成立する.
命題 3 社会保障制度が包括所得税により賄われるとする.このとき,社
会保障制度の導入が経済成長を促進するための必要十分条件は,
° < °c ´
®1 ®[µ®2 ¡ ® + ±(1 + ®2 )]
;
®1 ®[µ®2 ¡ ® + ±(1 + ®2 )] + µ(1 + ®1 )(1 + ®2 )®2
(30)
である.
証明. (29) 式を整理すると,
µ
®
1¡¿ ¡ z
®2
¶(
µ
)
¶
1 + ®2
°
[1 ¡ ±(1 ¡ ¿ )] 1 ¡ ¿ ¡
z + (1 ¡ ¿ )
µz(1 ¡ z)
®2
1¡°
( "
#
µ
¶) µ
¶
°
1 + ®2
1 + ®2
+¿ µz 1 +
(1 ¡ z) ¡ ± 1 ¡ ¿ ¡
z
1¡¿ ¡
z
1¡°
®2
®2
= 0;
(31)
を得る.これを解いて,z ¤ = z(¿ ) を得る.(31) 式を全微分し,全微分し
た式を ¿ = 0 で評価する.z(0) = ®2 =® であることを利用すると,
¶"
µ
°
®2 (1 + ®1 )
®
®1
µ
¡ d¿ + dz ¤ (1 ¡ ±) +
®2
®
1¡°
®2
"
Ã
!
#
®1 ®1
®2
° 1 + ®1
+ µ
1+
d¿ = 0;
¡±
®
1¡° ®
® ®
#
を得る.従って,dz ¤ =d¿ > 0 は,
"
Ã
®2
° 1 + ®1
µ
1+
®
1¡° ®
!
#
"
#
®1 ®1
®1
°
®2 (1 + ®1 )
µ
> 0;
¡±
¡ (1 ¡ ±) +
® ®
®
1¡°
®2
と同値である.整理すると,(30) 式が得られる.
3.4
比較
命題1,命題2,命題3の結果を比較することにより,社会保障政策
の成長率効果を,財源調達の側面から分析することが可能となる.
13
命題 4 分権化経済における経済成長が持続的であるとする.前節で導出
された,社会保障制度導入が正の成長率効果を持つための物的資本分配
率の境界値 ° r ; ° w ; ° c に関して,次の大小関係が成立する.
0 · ° r < ° w < ° c < 1:
(32)
証明. (24), (27), (30) 式より,物的資本分配率の境界値を比較すると,
°c ¡ °w
=
µ®21 ®2 (1 + ®1 )(µ®2 ¡ ®)
;
f®1 ®[µ®2 ¡ ® + ±(1 + ®2 )] + µ(1 + ®1 )(1 + ®2 )®2 g[µ®2 (1 + 2®1 ) ¡ (1 ¡ ±)®1 ®]
µ®1 ®2 (1 + ®1 )(µ®2 ¡ ®)
:
[µ®2 (1 + 2®1 ) ¡ (1 ¡ ±)®1 ®][µ®2 (1 + ®1 ) + ±®1 ®]
持続的経済成長の仮定 (22) 式より,(32) 式が成立する.
°w ¡ °r =
表1:社会保障の成長率効果
財源調達
°r
°w
°c
包括所得税
賃金所得税
資本所得税
+
+
¡
+
+
0
+
+
+
+
0
+
+
¡
+
0
¡
+
¡
¡
+
表1は,各財源調達のもとで,社会保障制度が正の成長率効果を持つ
ような物的資本分配率の範囲を示している.物的資本分配率の小さい経
済(° < ° w )では,賃金所得税による財源調達により,経済成長率が上
昇する.物的資本分配率が小さいとき,利子率は低い水準にある.この
とき,給付効果が増幅され,負の財源調達効果を凌駕するのがその理由
である.他方,物的資本分配率の大きい経済(° r < ° )では,資本所得税
による財源調達により,経済成長率が上昇する.直接的な給付効果と財
源調達効果が,間接的な利子率効果を凌駕するのがその理由である.命
題4より,° r < ° w であるから,任意の物的資本分配率に対して,正の成
長率効果を持つような財源調達が存在する.賃金所得税,包括所得税に
よる財源調達は,定性的には類似している.しかし,命題4が示すよう
に,包括所得税による財源調達の方が,賃金所得税による財源調達より
も,正の成長率効果を持つ可能性が高い.物的資本分配率が低く,賃金
所得税単独では,負の財源調達効果が給付効果を凌駕するような状況で
あっても,包括所得税を用いることによって,資本所得税の正の成長率
効果を引き出すことが可能となるからである.くだいて言えば,社会保
障制度の財源の一部を引退世代が負担することにより,労働世代の負担
を軽減し,教育支出増加を促進することが可能となるからである.
14
4
貯蓄,教育,社会保障給付
以前に述べたように,資本所得税を財源とする社会保障制度は,給付
効果,財源調達効果のいずれも正の成長率効果を持つ.おそらく,一般
均衡効果(利子率効果)を考慮したとししても,その優位性が覆ること
はないように思われる7 .本稿では,親の利他主義に基づく人的資本蓄積
を成長の源泉と仮定している.しかし,自分の職能を高め,将来の所得
を増加させるために教育に投資するという利己主義に基づく人的資本蓄
積を成長の源泉と仮定したとしても,本稿と同様の結論が導かれる.資
本所得税率の増加は,物的資本に対する需要を低下させ,利子率を低下
させる.利子率は物的資本の収益率そのものであるから,裁定条件に従
い,人的資本投資が促されるからである8 .社会保障制度の成長率効果を
考慮するとき,資本所得税は常に望ましい財源なのであろうか.その答
えは,将来の社会保障給付に対する個人の期待に決定的に依存すると考
えられる.賦課方式を前提にすると,賃金所得税を財源とする社会保障
制度は,世代間の所得移転を意味するのに対し,資本所得税を財源とす
る社会保障制度は,世代内の所得移転を意味している.従って,個人は,
同一世代内でなされる現在の貯蓄と将来の社会保障給付との繋がりを理
解した上で,消費計画を立てるかもしれない.さらに,世代間所得移転
の場合であったとしても,将来自分が受ける社会保障給付の水準は子ど
もの所得水準に依存すると考えるかもしれない.このとき,利他主義に
加え,社会保障給付という将来所得の見返りを考慮して,現在の子ども
への教育水準を決定するかもしれない.本節では,このような社会保障
給付に対する個人の期待を考慮に入れて,社会保障の成長率効果を再検
討する.主な結論は次の2点である.第1に,個人が,貯蓄と社会保障
給付の繋がりを理解している場合,資本所得税を財源とする社会保障制
度は,成長率に関して中立的である.第2に,個人が,教育と社会保障
給付の繋がりを理解している場合,賃金所得税を財源とする社会保障制
度が正の成長率効果を持つ可能性は,両者の繋がりを理解していない場
合に比べ,より高くなる.
個人が,現在の貯蓄,教育と将来の社会保障給付との繋がりを理解し
ているか否か,というのは,技術的には,個人の最適化問題を解く際に,
政府の予算制約式を利用するか否か,に対応する.個人の最適化問題は,
7
例えば,± = 0 のとき,(27) 式より,° r = 0 が成立する.従って,任意の物的資本
分配率に対し,資本所得税を財源とする社会保障制度は正の成長率効果を持つ.
8
詳しくは,Miyazawa (2000) を参照されたい.
15
次のように定式化される.
max
Ut¡1 = ln C2t + ®1 ln C3t+1 + ®2 ln Ht+1 ;
subject to
(1 ¡ ¿ w )wt Ht = C2t + Et + St ;
[1 + (1 ¡ ¿ r )rt+1 ]St + Tt+1 = C3t+1 ;
Ht+1 = µHt zt ;
Et = wt Ht zt ;
¿ w wt+1 Ht+1 + ¿ r rt+1 St = Tt+1 :
政府予算制約式を,引退期予算制約式に代入すると,
(1 + rt+1 )St + ¿ w wt+1 Ht+1 = C3t+1 ;
が得られる.個人は,資本所得税が社会保障給付の一部としてそのまま
返還されることを理解している.従って,資本所得税率は,個人の意思
決定に影響を及ぼさないため,成長率に関して中立的となる.各期消費,
教育(時間)に対する需要は,
1
(1 ¡ ¿ w )wt Ht ;
®
®1
(1 ¡ ¿ w )wt Ht (1 + rt+1 );
=
®
®2 (1 ¡ ¿ w )wt
=
;
w µwt+1
® wt ¡ ¿1+r
t+1
C2t =
C3t+1
zt
(33)
で与えられる.
教育と社会保障給付との繋がりが理解されない場合,認識される教育の
価格は,wt Ht である.これに対し,教育と社会保障給付との繋がりが理
解される場合には,認識される教育の価格は,[wt ¡ ¿ w µwt+1 =(1 +rt+1 )]Ht
となる.1単位の教育により,子どもの人的資本は µHt 単位増加し,所
得は µwt+1 Ht 単位増加する.このうち,賃金所得税 ¿ w µwt+1 Ht が社会保
障給付として返還される.従って,社会保障給付の割引現在価値を差し
引いたものが,認知される教育の価格となる.
貯蓄関数は,
St =
·µ
1¡
¶
¸
1
(1 ¡ ¿ w ) ¡ zt wt Ht ;
®
16
(34)
で与えられる.
教育と社会保障給付がリンクしている場合であっても,前節とほぼ同
様の解釈が可能である.(33) 式の右辺分子の (1 ¡ ¿ w ) が財源調達効果で
あり,負の成長率効果を持つ.分母に含まれる ¿ w が給付効果に対応する.
ただし,ここでの給付効果とは,前節の所得効果とは異なり,教育の認
知される価格を低下させるという価格効果である.給付効果は教育の機
会費用を低下させるため正の成長率効果を持つ.一般均衡効果(利子率
効果)は,(34) 式から類推される.賃金所得税率の増加は,物的資本供
給を減少させ,利子率を上昇させるだろう.この利子率効果により,給
付効果が弱められると考えられる.形式的には,以下の手続きが簡便で
あろう.
まず,利子率の関係式 (19) 式に,人的資本蓄積方程式 (3) 式, 労働市場
均衡式 (15) 式を代入し,
wt (1 + rt+1 )
wt
°
wt Ht
µzt (1 ¡ zt+1 )
=
(1 ¡ ±) +
;
wt+1
wt+1
1¡°
Kt+1
を得る.これに,物的資本市場均衡式 (14) 式を用いて,(34) 式を代入す
ると,
wt (1 + rt+1 )
wt
°
µzt (1 ¡ zt+1 )
³
´
=
(1 ¡ ±) +
;
wt+1
wt+1
1 ¡ ° 1 ¡ 1 (1 ¡ ¿ w ) ¡ zt
®
を得る.これを,(33) 式に代入すれば,教育時間の関係式
zt =
®2
® 1¡
1 ¡ ¿w
¿ wµ
µzt (1¡zt+1 )
wt
°
(1¡±)+
wt+1
1¡° 1¡ 1 (1¡¿ )¡z
w
t
®
(
;
(35)
)
が導かれる.賃金所得税を財源とする社会保障制度の成長率効果に関し
て,次の命題が成立する.
命題 5 教育と社会保障給付がリンクしているとする.賃金所得税を財源
とする社会保障制度の導入が経済成長を促進するための必要十分条件は,
° < °^ w ´
[µ ¡ (1 ¡ ±)]®1 ®
;
[µ ¡ (1 ¡ ±)]®1 ® + µ®2 (1 + ®1 )
である.
17
(36)
証明. 定常経路における関係式 (35) 式を整理すると,
¸(
·
·µ
¶
¸
)
®2
1
°
z ¡ (1 ¡ ¿ w ) (1 ¡ ±) 1 ¡
(1 ¡ ¿ w ) ¡ z +
µz(1 ¡ z)
®
®
1¡°
·µ
¶
¸
1
= µ¿ w z 1 ¡
(1 ¡ ¿ w ) ¡ z
®
を得る.これを解いて,z ¤ = z(¿ w ) を得る.上式を全微分し,全微分し
た式を ¿ w = 0 で評価する.z(0) = ®2 =® であることを利用すると,
µ
®2
¡ dz + d¿ w
®
¤
#
¶"
®1
®1 ®2
°
®2 (1 + ®1 )
(1 ¡ ±) +
+ µ 2 d¿ w = 0;
µ
2
®
1¡°
®
®
を得る.従って,dz ¤ =d¿ w > 0 は,
"
#
®1 ®2 ®2
®1
°
®2 (1 + ®1 )
µ 2 ¡
(1 ¡ ±) +
µ
> 0;
®
®
®
1¡°
®2
と同値である.整理すると (36) 式が得られる.
最後に,興味深い問題として,賃金所得税を財源とする社会保障制度
のもとで,個人が教育と社会保障給付との繋がりを理解している場合と
理解していない場合とでは,どちらの方が成長率効果が期待されるかと
いう問題があろう.両者の顕著な相違は,給付効果である.教育と社会保
障給付がリンクしていない場合,給付効果は,所得効果を通して,教育水
準を改善する.さらに,教育のみならず,選好ウエイトに応じて,消費水
準も増加する.これとは対照的に,教育と社会保障給付がリンクしてい
る場合,賃金水準が同じであるならば,消費は財源調達効果により確実
に低下する.給付効果は,教育の価格を引き下げることによって,教育水
準のみを改善するからである.言い換えると,教育にリンクした社会保
障給付は,教育補助金の役割を果たしている9 .従って,教育と社会保障
給付がリンクしている場合の方が,リンクしていない場合よりも,教育
投資の誘因を与える分,より高い教育水準,さらには,より高い経済成長
率を引き出すことが可能となろう10 .形式的には,次の命題が成立する.
9
人的資本蓄積を成長の源泉とする場合,一般的に,教育補助政策は正の成長率効果
を持つ(Milesi-Ferretti and Roubini (1998a,b), Alonso-Carrera (2000)).また,物的
資本蓄積を成長の源泉とする場合であっても,類似の結論が成立する.例えば,賦課方
式型年金制度から貯蓄補助政策への政策変更は,パレート改善となり得ることが知られ
ている(Wigger (1999a), Corneo and Marquardt (2000)).
10
経済成長率の上昇は,遠い将来の世代の厚生を改善するであろう.しかし,短期的
には,水準効果が成長率効果を凌駕し,経済厚生が低下している可能性がある.本稿で
は,社会保障制度の成長率効果のみに分析の焦点をあてているが,綿密な厚生分析は極
めて重要なテーマであろう.この点は,近い将来の研究課題としたい.
18
命題 6 社会保障制度が賃金所得税により賄われるとする.教育と社会保
障給付がリンクしている場合の物的資本分配率の境界値 °^ w の方が,リン
クしていない場合の境界値 ° w よりも大きい.従って,個人が,私教育の
将来の給付効果を理解している方が,社会保障制度が正の成長率効果を
持つ可能性が高い.
証明. (24), (36) 式より,
°^ w ¡ ° w
=
5
µ2 ®1 ®2 (1 + ®1 )2
> 0:
f[µ ¡ (1 ¡ ±)]®1 ® + µ®2 (1 + ®1 )gfµ®2 (1 + 2®1 ) ¡ (1 ¡ ±)®1 ®g
結語
本稿では,人的資本蓄積を成長の源泉とする内生的成長モデルを用い
て,社会保障制度の成長率効果を分析した.主な結論は以下の通りであ
る.まず,識別される効果は,給付効果,財源調達効果,そして,一般
均衡効果(利子率効果)である.賃金所得税を単独財源とする場合,正
の給付効果,負の財源調達効果に加え,給付効果を弱めるような利子率
効果が働くことが識別された.正の給付効果が他の2つの負の効果を凌
駕するためには,利子率の水準が低くなくてはならない.言い換えると,
物的資本分配率の低い経済では,賃金所得税による社会保障制度が正の
成長率効果を持つ可能性がある.これとは対照的に,資本所得税を単独
財源とする場合には,物的資本分配率が相対的に高いほど,正の成長率
効果が期待できる.特に,物的資本減耗率がゼロの場合,任意の物的資
本分配率に対し,正の成長率効果を持つ.また,折衷的な財源調達とし
て,包括所得税の効果を分析した.物的資本分配率がある程度高くなる
と,賃金所得税単独では,正の成長率効果が期待できないかもしれない.
しかし,包括所得税であれば,資本所得税の効果により,正の成長率効
果を持つ可能性がある.また,個人が,将来の社会保障給付が現在の貯
蓄,教育とリンクしていると考える場合の,社会保障制度の成長率効果
を分析した.資本所得税−社会保障給付は,世代内所得移転政策(強制
貯蓄),賃金所得税−社会保障給付は,教育補助の意味合いを持つ世代間
所得移転政策である.このため,前者が成長率に関して完全に中立的に
19
なるのに対し,後者は,教育の誘因を引き出すことにより,正の成長率
効果の可能性が高くなる.
本稿の分析結果は,次の3つの政策的含意を持っている.第1に,社
会保障の制度比較は意味がないということである.生産技術(物的資本
分配率,物的資本減耗率,人的資本蓄積の生産性等),あるいは,個人の
選好が異なる経済では,同じ社会保障制度を採用したとしても,その成
長率効果には程度のみならず符号の違いすら生じ得る.しかも,各要素
は複雑に絡み合っており,ある要素が成長率に対して決定的になるかど
うかは,他の要素に依存している可能性がある11 .
第2に,物的資本分配率に基づく社会保障制度の財源調達変更の可能
性である.経済成長の過程で生産技術が変化し,物的資本分配率が上昇
するとする.このとき,以前は賃金所得税を財源とする社会保障制度が
経済成長に貢献していたとしても,その効果がなくなるか,あるいはさ
らに,経済成長を阻害し始めることがあり得る.このとき,財源の一部
を資本所得税で賄うことにより,賦課方式を維持しながら,再び経済成
長に貢献することが可能かもしれない.既存制度を抜本的に改革するよ
りも,財源調達を適宜調整する方が現実的妥当性が高いといえよう.
第3に,政策担当者が社会保障制度を過小評価している可能性がある.
賦課方式型社会保障制度のもとでは,将来手にする社会保障給付が現在の
教育水準に依存するため,教育に対する誘因を高める効果が存在し得る.
社会保障制度を単なる高齢者に対する所得補償とみなすのではなく,教
育補助の機能を持ち得る制度であるという視点を認識する必要があろう.
11
脚注6を参照されたい.
20
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