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Express
No. 4
大きく変わった慢性心不全の薬物治療
岡山大学大学院
医歯薬学総合研究科生体制御学講座
(循環器内科学)
教授
伊藤 浩
な血流量を維持しようとする。この代
KEY WORD
【MUCHA(Multicenter Carvedilol Heart Failure Dose
Assessment Trial)試験】
高齢化に伴いわが国の慢性心 不
全患者数は増加している。慢性心不
全は、すべての心疾患の終末的な病
態で、生命予後は極めて不良である。
2008年のわが国における死亡者の
うち心疾患によるものは癌に次いで
多く、18万人超であり 、その多くは
1)
慢性心不全によるものと考えられる。
近年、慢 性心 不全の病態 解明の
進歩は著しく、慢性心不全は交感神
経系やレニン・アンジオテンシン・ア
ルドステロン系に代表される神経体
液因子の異常により生じる症候群で
あるという概念が確立してきた。また、
種々の大規模臨床試験の結果など
を踏まえ、慢性心不全の治療戦略が
大きく変わった。特に、β遮断薬はこ
れまで心不全には禁忌とされてきた
が、
β遮断薬のうちカルベジロールな
どは慢性心不全の予後改善効果を
有することが各種大規模臨床試験な
どから証明され、今日ではカルベジ
ロールなどは慢性心 不全に対して、
わが国で行われた、カルベジロールを用いた臨床試験。NYHA Ⅱ〜Ⅲ度
で左室駆出率が40%以下の慢性心不全患者174例を対象としたプラセ
ボ対照の無作為比較試験で、カルベジロール群には2.5mg1日2回投与
の低用量群と10mg1日2回投与の高用量群の2群に分け、1年間の追跡
調査が行われた。
その結果、心不全の悪化(入院及び薬剤の増量)は低用量群で71%低下、
高用量群で80%低下、また死亡または心血管イベントによる入院は低用
量群で91%低下、高用量群で88%低下という成績であった。
(Hori M, et al. Am Heart J 47: 324-330, 2004)
【慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)】
日本小児循環器学会、日本心電学会、日本高血圧学会は合同で、2000
ン・アンジオテンシン・アルドステロ
ールなど、またACE阻害 薬(または
示されている。こうしたエビデンスを
ン系が関与している。つまり、慢性心
ARB)を用いて、神経体液因子の過
踏まえ、ACC/AHAガイドラインなど
不全は交感神経系やレニン・アンジ
剰亢進状態を抑制することが慢性心
欧 米のガイドラインでは、慢性心不
オテシンン・アルドステロン系が常時
不全の治療戦略の基本となる。
全患者の全例にカルベジロールなど
活性化されている異常な事態といえる。
一方、エピネフリンやアンジオテン
シンⅡ、アルドステロンなどは組織障
害にも関与する。そのため、慢性心不
のβ遮断薬を投与することを推奨して
いる。
心不全治療の
パラダイムシフト
また、わが国で実施されたMUCHA
試験においても、カルベジロールは心
全を放置していると、心筋の組織障
心不全の多くは、左室収縮機能不
害がさらに進行する。すなわち、神経
全に基づく心不全である。β遮断薬の
を減少させるとの成績が示されており、
体液因子の持続的亢進状態による心
うち カ ル ベ ジ ロ ー ル など は、US
わが国の慢性心不全治療ガイドライ
筋組織障害が慢性心不全の本態であ
Carvedilol study 2)など大 規 模 臨 床
ン(2010年改訂版)では、ステージB
り、またこれが予後を悪化させる最大
試験において収縮機能不全の慢性心
(無症状の左室収縮機能不全)からカ
血管イベントおよび心不全による入院
図 心不全の重症度からみた薬物治療指針
無症候性
2010年改訂版における特徴の一つとしてβ遮断薬の投与時期が早まり、
NYHA分類
Ⅰ
位置づけが高まった点が挙げられる。すなわち、2000年版では「有症
状の心不全患者のすべてにアンジオテンシン変換酵素阻害薬を用いた上
でできるだけβ遮断薬導入を試みることが勧められる。無症状の心不全
AHA/ACC
Stage分類
Stage A
軽症
中等症〜重症
難治性
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Stage B
Stage C
Stage D
患者についてもおそらく有益であるとは予想されるが、まだ、明らかな
エビデンスは得られていない」と記されていたが、2010年改訂版では
「有症状の心不全患者のみならず、無症状の左室収縮機能低下患者にお
いてもβ遮断薬導入を試みることが勧められる」と記されている。
ACE阻害薬
ARB
β遮断薬
抗アルドステロン薬
利尿薬
拍出できない状態であり、それにより
慢性心不全の病態と
治療戦略
肺、体静脈系または両方にうっ血を来
処方意図を十分理解することが必要
慢性心不全とは、慢性の心筋障害
定義される。
であろう。そこで、慢性心不全の薬物
により心臓のポンプ機能が低下し、
療法について、
β遮断薬の位置づけ
末梢主要臓器の酸素需要に見合うだ
それを代償するために、心拍数の増
および使い方などを中心に解説する。
けの血液量を絶対的または相対的に
加および血管を収縮することで、必要
11 P&P AUTUMN & WINTER 2011
び生命予後改善効果を有することが
を経て、2010年改訂版が作成された。
薬剤師も、チーム医療の一員とし
には、個々の患者の治療方針および
そこで、β遮断薬のうちカルベジロ
年に慢性心不全治療ガイドラインを公表した。その後、2005年の改訂
て位置づけられている。
することが求められており、そのため
償 機 構には交感 神経 系およびレニ
日本循環器学会、日本心臓病学会、日本心不全学会、日本胸部外科学会、
まず投与されるべき基礎的薬剤とし
て慢性心不全患者の予後改善に貢献
不全患者の心不全悪化防止効果およ
の要因である。
し、日常生活に障害を生じた病態、と
ポンプ機能が低下すると、生体は
ジギタリス
経口強心薬
静注強心薬
h-ANP
慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)p.23
AUTUMN & WINTER 2011
P&P 12
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No.4
P &P
Re s t a u ra n t
野 菜 と もっと W I N - W I N ! !
Vo l .
ルベジロールなどの投与を推奨してい
る。欧米では慢性心不全患者の約7
生命予後改善効果を有さないβ遮断
る(図)
。従来、
β遮断薬は心不全で
割にβ遮断薬が投与されている。
薬が投与されてきたことなどが関与す
は禁忌とされていたことを考えると、
β遮断薬は心筋梗塞患者の生命予
後を改善することも知られており 、米
慢性心不全にβ遮断薬を投与する
断薬の位置づけは、パラダイムシフト
国では心筋梗塞患者の約9割にβ遮
場合、少 量から開始して、段階的に
と言っても過言ではない。
断薬が投与されている。また、かつて
増量するタイトレーションの形で投与
β遮断薬の心不全症状および生命
β遮断薬は、閉塞性動脈硬化症には
するのが原則である。例えば、カルベ
予後を改善する作用として、心拍数低
禁忌であったが、β遮断薬は閉塞性
ジロールの場合であれば、1.25mgか
下による心筋酸素需要の抑制や、カ
動脈硬化症患者の生命予後を改善す
ら開始し、1 〜 2週間間隔で、2.5mg、
テコラミンによる心筋障害の抑制、α
るとの成績が得られており 、最近で
5mg、5mgと増量する。
遮断作用のあるものでは交感神経抑
は投与が推奨されている。
4)
黄 金 色 の 逞しきスイーツ
「 サツマイモ 」
腎不全患者では交感神経系が亢進
断薬の投与は慎重であるべきとする考
れらの結果として不整脈の改善、心
しており、突然死の頻度も高いことが
えもあるが、β遮断薬の中でもカルベ
肥大の退縮、収縮力の改善が得られ
知られているが、β遮断薬は心不全合
ジロールなどは糖代謝に悪影響を及
る。ただし、すべてのβ遮断 薬が予
併透析患者の突然死を抑制すること
ぼさないことが知られている。
後改善効果を有するとはいえず、内因
が知られている。また、β遮断薬は心
そもそも、慢性心不全は予後不良で
性交感神経刺激作用(ISA)を有さな
房細動など不整脈患者においても心
あり、死亡率が極めて高い。そのため、
いもの、脂溶性のものが生命予後改
拍数を改善し、生命予後改善効果を
β遮断薬のベネフィットとリスクを勘案
善効果を有すると考えられている。
有する。
して適用が判断される。例えば、喘息
【主な栄養素】
また、慢性心不全における大規模
このように、β遮断薬の生命予後改
臨床試験のエビデンスのあるβ遮断
善効果は、慢性心不全患者のみなら
生命予後改善目的でβ遮断薬を投与
薬はカルベジロール、ビソプロロール、
ず、心筋梗塞患者や透析患者、不整
することがある。そのため、喘息の既
メトプロロールであり、このうちわが
脈患者などにおいても、いわばβ遮断
往などを理由に、ハイリスク患者に対
●皮にハリがあり、さわってみてかたいもの
国で慢性心不全の保険適用を有する
薬は予後改善薬ともいえる。
するβ遮断薬の投与に慎重な姿勢を
●中央がふっくらとしていて形がよく、両端が太めのもの
の既往を有する慢性心不全患者でも、
のは、カルベジロールとビソプロロー
取るべきではなく、個々の患者の治療
ルのみである。
方針と医師の処方意図を十分理解す
β遮断薬は予後改善薬
カルベジロールなどのβ遮断薬の
処方意図を
十分理解することが重要
これまでβ遮断薬が心不全を悪化
慢性心不全における予後改善効果は、
させると考えられてきた背景には、β
ACE阻害薬やARBより大きいと考え
遮断薬の副作用などマイナス面が強
られ、
β遮断薬は慢性心不全にまず
調され、ベネフィットとリスクに対する
投与されるべき基礎薬と位置づけられ
正しい考え方が普及していないこと、
加福 文子
現在でも、糖尿病患者などにβ遮
制による血管拡張などが挙げられ、こ
個々の患者の治療方針と
監修
管理栄養士
ると考えられる。
近年の慢性心不全治療におけるβ遮
3)
10
スーパーマー ケットで見 かけるお なじみ の 野 菜 たちの 素 敵 な お 話 。
野 菜 のパワーを存分 に生 かして、楽しくおいしくいただきましょう!
ることが、チーム医療の一翼を担う薬
剤師に求められているといえよう。
でんぷん、ビタミンC、E、カリウム、カルシウム、マグネシウム、食
物繊維
【選び方】
●表面がなめらかで黒い斑点や傷がないもの。ひげ根が多く、
穴が深いものは筋っぽいので避ける
【旬】
9月〜11月
【調理のポイント】
主成分のでんぷんは加熱すると一部が糖質に変化し、甘みが増
しますから、お料理の味に深みを与え、砂糖に頼らない甘みを加
■参考文献
1)厚生労働省平成20年人口動態統計月報年計(概数)
の概要
2)Packer M, et al.:N Engl J Med
334:1349-1355, 1996
3)Teo KK, et al.:JAMA 270:1589-1595, 1993
4)Harm HH, et al.:J Am Coll Cardiol
47:1182-1187, 2000
豆知識
黄金色の身と甘い香り・・・肌寒くなり始めたら焼きイモのぬ
くもりがほしくなりますね。サツマイモは、1600年頃に中
国から琉球・宮古島を経て、鹿児島に伝わりました。その
後、江戸時代に蘭学者・青木昆陽が栽培方法を関東で広
めると、やせた土地でも育つため、飢饉をのりこえる救荒
作物として重宝され、全国に広く普及していきました。
実際、サツマイモは地上部のつるや葉が茂ると雑草の発生
を抑えるので、収穫時期まではほとんど手間がかからない
といわれます。また、根は養分を吸収する力が強く、温度
条件を満たせば作物を育てるのに向いてないとされる土
壌でもある程度の収量が期持できます。さらに、他の野菜
えるのに有効です。さらに、サツマイモのビタミンCは加熱しても
に比べて農薬の使用量が少なくてすむため、環境にもやさ
壊れにくいという特徴を持ちます。また、アクが強いので、切ったら
しい野菜なのです。主成分はでんぷんですが、そのカロリ
すぐに水にさらしましょう。きんとんなど皮をむいて使う場合は、
ーはごはんよりも低く、食物繊維は10倍以上とたっぷり。
内側の筋のあるところまで厚めにむくとなめらかな食感が楽しめ
このほか、サツマイモを切ったときに出る白色の液体(ヤラ
ます。
【保存方法】
寒さに弱く、冷蔵庫での長期保存は腐る原因になるため、新聞
ピン)は便秘の改善に働きかける成分といわれています。
暑い夏を乗り越えホッと一息、食欲の秋に、サツマイモの
豊かな甘みを堪能してみてはいかがでしょうか。
紙に包んで冷暗所に。保存の適温は13〜15℃。
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