J apanese tex t 2013年 秋/冬号 日本語編 食 シェフ、リオネル・べカ、独創的な肉料理は京都の老舗名 大統領の午餐会 料亭の主人・村田吉弘氏と三國氏が共同で、そしてデセー ―日仏交流の Arts de la Table ルは日本代表として世界的なコンクール、Coupe du Monde de la Pâtisserie で活躍したパティシエ・寺井則彦氏が担当。 撮影=岡崎良一、佐藤竜一郎(p.083 下・ショコラ、p.085 ポートレイト) 文=大滝美恵子 コーディネート=政所利子(玄) 多忙なスケジュールで動く国賓のためであるゆえ、限られた 時間、軽めのランチという制限のある中、大胆でありながら 繊細さを兼ね備えた料理の数々が作りだされた。今回のメ p.080 去る 6 月 7 日、フランスのフランソワ・オランド大統領をはじ めとする 15 名の閣僚を迎えて、安倍晋三内閣総理大臣主催 のランチミーティングが行われた。その華やかなるテーブル を演出したのは、日本を代表する食分野の第一人者たち。フ ニューのコンセプトは、日本とフランスの素材を使い、両国 の料理手法を施すこと。そして、オランド大統領一行の前に 披露された皿たちは、こんなメッセージを運んできた。日 本の食材はフランス料理というジャンルでも十分に存在を発 揮できるポテンシャルを備えている、と。 ランスと日本の食材やストーリーを盛り込んだ皿たちが、美 食大国と呼ばれる2つの国の外交に大きな役割を果たした。 (p.082) 左:リムーザン牛と神戸牛のフィレ肉を、京都ならではの白味噌で一昼 (p.080) 夜マリネして西京漬けにした。絶妙な加減でローストし、木の芽味噌ソー 内閣総理大臣官邸小ホールで開かれたランチミーティング。フラワーデ スを添えている。付け合わせには江戸時代から作られている 5 種の江戸 コレーションはフラワーデザイナー・花千代が担当。両国で愛される 東京野菜(金町小かぶ、伝統小松菜、つまみ菜、東京うど、奥多摩わ 芍薬をメインにダリア、あじさい、バラなどを使い、現代的な和のイメー さび)と紫芽を使用。 ジでまとめあげた。柔らかい自然光が差し込む室内で、ピンクと紫のエ レガントな色の組み合わせがとてもシャープに映えた。写真のファースト 右ページ:フランス産のきのこを使ったスープは、フランス料理の巨匠 プレートは政府主催の食事会に使われる紋入りのもの。 と呼ばれたシェフ、アラン・シャペルのレシピを再現。 魚料理は安倍総理の故郷である山口県産のマナガツオを、オランド大 統領の故郷・ノルマンディーの伝統的な手法で調理した。 国産の清見オレンジのコンポートとフランス産ミルクチョコレートを合わ テーブルの上の文化交流 せた、世界的なコンクールで入賞した実績もあるレシピ。 山口県産の純米大吟醸「獺祭 磨き二割三分」。日本産の甲州種 100% p.082 「国賓をお迎えするにあたり、料理はもちろん、皿やバター の白ワイン「アルガブランカ ヴィニャル イセハラ 2012」。赤ワインはフ ランス・ボルドー産「シャトー・ラ・フルール・ドゥ・ブアール」 。デザー の配置からテーブルの花のあしらい、サービスにいたるま トワインには両大統領の生まれ年の南フランスの「リヴザルト 1954」 。 で、les arts de la table― 芸術 と呼べる最高のひとときを パンはプチバゲット、プチパンオノア、クロワッサンピリエ。ショコラは 演出しなければなりません。そこで、各分野のトップシェフ 左から宇治産抹茶、四万十産柚子、 一休 (大徳寺納豆)、兵庫県産 たちの力を借りて、究極のランチコースを作り上げようと思 金胡麻のプラリネ、 忍者 (桜の樹のスモーク)。 いました」と三國清三シェフ。日本人のフランス料理のシェ フとして世界的にその名が知られる彼のもと、チーム・ミク ニが結成された。スープは三國氏自ら、魚料理は東京を舞 台にその腕を振るう、三つ星レストラン出身のフランス人 Copyright - Sekai Bunka Publishing Inc. All rights reserved. Reproduction in whole or in part without permission is prohibited. Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 食 ] 1 形のパン、やわらかいくるみのパン、そして短いサイズのバ ドリーム・チームの競演 ゲットでした」 p.084 サービスを担当したソムリエの中本聡文さんは、二人の 「東西の食の大国が、食の文化を世界に発信していく機会に トップはじめ、出席者がほぼ完食したことに驚きを覚えた。 しましょう」との安倍総理の言葉でランチはスタート。まず こういった席での食事は、通常、7∼8割食べて残すのが 最初に、安倍総理の地元・山口県の日本酒「獺 祭 磨き二 礼儀だという。「安倍総理が料理や食材について紹介され、 割三分」で乾杯がなされた。 ときにはひと口、食べてから、ご自身の言葉で話されてい リムーザン牛や神戸牛のように国を代表する素材を使うこ たのが印象的でした。国賓を招いたランチやディナーでは とはもちろん、二人のトップのエピソードが語られる食材や 食事は『食事』にすぎないのが普通ですが、今回はとても 調理法が施され、胃袋だけでなく、好奇心も満たしてくれる 特殊なケースですね。目の前の料理や酒を介して大統領と ような構成だ。当然、メニューの決定にはそれぞれのシェフ 総理が政治や経済、文化などについての会話を交わされ、 も相当、悩んだらしい。 『食を通じた外交』とはこういうものかと感嘆しました。安倍 魚料理を担当したフランス人のべカシェフは「今回、オラ 総理が描いた通りの、『ワーキングランチ』になったのでは ンド大統領はフランスと日本との友好関係をさらに堅固にす ないでしょうか」 るために来日されたと感じていました。だからこのランチは、 「最後にこれだけは、私から紹介をさせてほしい」とオラン もちろん政治的な話をする場でもありますが、国と国との友 ド大統領が切りだしたのは、コーヒーと共に出されたショコ 情を育むこともとても大切なはず。だから安倍総理、オラン ラ。大統領自身が、自分のおすすめとしてリクエストした日 ド大統領のルーツをたどってみました。まず日本人は素材を 本人ショコラティエ・小山進によるもの。「日本人の作るフ 活かした料理を好むので、安倍総理の故郷・山口県で獲れ レンチショコラを評価してもらえてとても光栄」という小山 るマナガツオをセレクト。次にどうしたらオランド大統領が シェフの言葉通り、多くの日本人がフランスでショコラ技術 この素材を気に入るかを考えて、大統領の出身のノルマン を学び、ようやく日本でもチョコレートを楽しむ習慣が根付 ディー地方の、シードルやりんごをクリームソース仕立てに いてきた。なかでも小山シェフは、ただ抹茶や柚子などの する調理法を選びました。レモンの皮のコンフィをそえ、シ 和素材を使うだけでなく、桜の樹をスモークして深い香りづ ンプルですが、奥深い味に仕上げました」 け を す る な ど、 日 本 人 の 創 る ショコ ラ、chocolat à la そんなシェフたちの悩みに大きく影響されたのが、パンを japonaise をさらに進化させている。 担当した木村周一郎シェフ。「私の作るパンは、店で販売す ランチ後の会見で、オランド大統領は「こんなに素晴らし るのはもちろん、数多くの有名なレストランからもオーダー い料理をごちそうになって、安倍総理がエリゼ宮に来たらど を受けています。もっと料理にあうパン作りを追求しようと、 ういう料理を出すか直ちに検討したい」と笑顔で発言した。 先日、エリック・カイザー氏(フランスのメゾンカイザーのオー また、当日出席していた小松一郎駐仏大使(当時)に、 「私 ナー)と、アジアの星付きレストランを食べ歩いて、ガスト の出身地の牛肉を出してくれてありがとう」とお礼の言葉が ロノミーで出されるパンを研究してきたところでした。シェ あったそうだ。2 国の味のハーモニーを見事に奏でた料理 フたちの渾身のひと皿に合うパンを提案しようと思っていた だけでなく、「おもてなし」という言葉に集約される日本的 のですが、肝心の料理の内容がなかなか決まらなくて……。 な招待客への気遣いも、フランスの国賓たち、そして主催 料理の展開を想像しながら、オールマイティーに対応できる した安倍総理を微笑ませたに違いない。 ように試作を繰り返し、決めたのがクロワッサン生地の円柱 実は今回のこのワーキングランチは、日仏関係を密にす Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 食 ] 2 るほかに、日本文化の海外展開を図る「クールジャパン」 戦略の一環でもあり、日本の食文化の魅力を PR するのも大 きな目的だった。それゆえ、食材もただ高級なだけで選ば れたのではない。肉料理の皿(p.082)の付け合わせには、 古く江戸時代から作られている 5 種類の江戸東京野菜(金 (p.084) 「特別なことをするのではなく、とにかくミスをしないことを目指しました。 安倍総理に恥をかかせてはいけないと自分に言い聞かせました」 三國清三 シェフ オテル・ドゥ・ミクニ www.oui-mikuni.co.jp 町小かぶ、伝統小松菜、つまみ菜、東京うど、奥多摩わさび) と紫芽が使われた。 江戸東京野菜というのは、江戸時代頃から、東京の周辺 で栽培されている伝統ある野菜のこと。奥多摩の『千島わ さび園』のわさびは、良質で温度の低い水が一年中湧き出 している標高 1100 メートル程の山の谷間で栽培されてい 「自分が育った本当の故郷・フランスと、自分を受け入れてくれた第二 の故郷・日本。大切な二つの国のために役に立てる機会を持てて幸せ でした」 リオネル・べカ シェフ エスキス www.esquissetokyo.com る。石で組んだ階段状のわさび田で育つわさびは、根元に も空気がふんだんに届き、それゆえ茎が太くて味が濃い。 「同じ調理法でも、加熱時間などを細かく工夫することで、味も脂質も違 立川の『須崎農園』は、うどを栽培している東京でも数少 う2種類の牛肉のそれぞれの美味しさを引き出しました。チームメン ない生産者。うどは日本原産の山菜のひとつで、成長する バーのカラーが各品によく出ていましたし、非常に高いレベルでの創作 と 2 ∼ 3 メートルもの高さになる。東京うどは、深さ 2 メー トルくらいの地中で太陽の光を当てずに育てられ、茎は白く、 柔らかい歯ごたえが特徴だ。 ができたことを誇りに思います」 村田吉弘 シェフ 菊乃井 kikunoi.jp 食材の生産者、それを皿に表現する料理人たちによって、 支えられている日本の食文化。今回、国賓をもてなす重要 な場で、それも世界随一の美食大国相手にその実力を発揮 できたことは、さらに日本食が世界へアピールしていく上で の大きなきっかけとなったに違いない。 (p.085) 「オランド大統領がチョコレート好きだと聞いていたので、日本産の清見 オレンジを使って驚きのあるデザートを出したいと思いました。ボンボ ンショコラが後に続くので、あまりチョコレートの味がしつこくならない ように考えました」 寺井則彦 パティシエ エーグルドゥース 「関西のアトリエから細心の注意を払って運びました。完璧な状態のショ コラを出すために、お召し上がり頂く時間差を考えて、一粒ずつ皿に盛 りました」 小山 進 パティシエ&ショコラティエ パティシエ エス コヤマ www.es-koyama.com 「ワインのセレクトには 3 つのポイントがありました。会話のきっかけと なるように、 日本とフランス両国のワインを選ぶこと。フランスのボルドー は、名前ではなく、質で選ぶこと。そして、オランド大統領と安倍首相 Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 食 ] 3 の生まれ年のヴィンテージを組み込むことでした」 田崎真也 ソムリエ 田崎真也ワインサロン www.tasaki-shinya.com 「 『おもてなし』という心遣いを含めた日本の食文化の繊細な良さを伝え られたワーキングランチだったと思います」 中本聡文 ソムリエ ロオジエ losier.shiseido.co.jp 「美食を誇る日本とフランスは、食に対する感覚が近いと思っています。 おかわりをしてくれた方もいて、認めていただけたのが嬉しかったです」 木村周一郎 ブーランジェ メゾンカイザー www.maisonkayser.co.jp 「フランスで花の勉強もしたので、今日の会はまた特別でした。フランス と日本のかけ橋になることを願って、花のセレクト、デザインを考えまし た」 花千代 フラワーデザイナー 花千代フラワーデザインスタジオ www.hanachiyo.com (p.085) 上:当日の料理に使われたフランス産アンズタケとシバフタケ、江戸東 京野菜の金町小かぶ、伝統小松菜、東京うど、奥多摩わさびなど。 左上:奥多摩のわさび栽培は 400 年もの歴史がある。『千島わさび園』 の千島国光さんは、8 年かけて手作業で石垣とトロッコを整備した。 左: 『須崎農園』の須崎雅義さんは、ウド栽培歴 40 年以上。地中に掘っ た 8 個の穴倉で、光を当てずに育てる「軟白うど」を育てている。 Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 食 ] 4
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