トランスジェンダー をいきる

トランスジェンダー
をいきる
(14)
「自己物語の記述」による男性性エピソードの分析
牛若孝治
「思癖」と「嗜癖」に挟まれた恋愛または恋愛感情
「恋愛市場主義」を問 い直す
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はじめに
「今 、 好 きな 人は いま すか ?」、「今 、恋 愛 し てます か ? 」
この 手 の 質問 をさ れる 度 、 私 は 答え につ まっ てしま う 。 なぜ だろ うか 。
確か に 、
「誰 かに 恋愛 した り、恋愛 感情 を抱 く」とい う感 覚は 、そ れだ けで 胸が とき めき 、どき
どきす る 、ある いは あま りに も相 手 へ の 思 いが 強すぎ て、何も 手 に つか ない 、と いう こと もあ る。
だが 、 基本 的に は 、 恋愛 また は 恋 愛感 情を 抱い たとき の 感 情の 動き とい うの は 、 心身 とも に悩 み
ながら も 、 華や いだ 気分 にな る 、 と考 えら れて いるよ うだ 。
しかし 、今 回 テ ーマ にす る恋 愛 ま たは 恋愛 感情 という のは 、そ うし た 通 常 の 「心 身 と もに 悩 み
ながら も 華 やい だ気 分 」 とい う 性 質の もの では ない 。
自己の 恋愛 また は恋 愛感 情に 伴う 行動 様式 は、 恋愛対 象に な っ てい る 他 者 へ の思 い癖 (思 癖 )
と 、ア ディ クシ ョン (嗜 癖 ) によ って 、特 異 な 様相 を 示す 。今 回 は 、自 己 の そう した 恋愛 また は
恋愛感 情 に 対し てど のよ うな 行動 様式 をと るか 、 また そう した 恋愛 また は恋 愛感 情を なぜ 「嗜 癖
的 」と 言 わ なけ れば なら ない のか につ いて 記述 した 上 で、 社会 に内 在 す る 「 恋愛 市場 主義 」を 問
い 直す 。。
2
そ もそ も私 にと って 、「 恋愛 」と は 何 か
『広 辞苑 』( 第 6 班 )に は、「 恋愛 」に つい て 、以下 のよ うに 記述 され てい る 。
「love の 訳語 。 男 女が 互い に 相 手 を 恋 い 慕 うこと 。ま た 、 その 感情 」
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つい でに 、「 恋 」 とい うの も 調 べて みる と、
「1
一緒 に生 活 で きな い 人 や亡 くな った 人 に強 く引 かれ て、 切な く 思 うこ と。 また 、そ の
心 。特 に 、 男女 間の 思慕 の 情 。 恋 慕。 恋愛 。」
なる ほど 。恋 愛 と いう もの は、
「 男女 間で それ ぞれが 思い やっ たり 、思 いや られ たり する もの か 。
この 定 義 に 従う とす れば 、 身 体 ・ 書類 上の 性別 は 女性 ・性 自認 の性 別 は 男性 とい う私 のよ うな ケ
ース で はい った いど のよ うに 考 え れば よい のか 、 とい う疑 問が 沸き あが って くる 。
こ れは 、GID(性 同一 性 障害 )当 事 者か ら 聞 いた 話で あ るが 、身 体 ・書 類上 の性 別 は女 性 ・ 性
自認 が 男性 ( FTM) のや く 90 パ ーセ ント 以上 は 、ヘ テロ また はバ イセ クシ ュア ルの 女性 を恋 愛
対象 に して いる よう だ。 とこ ろが 、私 に限 って いえば 、恋 愛対 象は 女性 では ない 。そ うで はな く
て 、女 性性 の高 い男 性 で ある 。 女 性性 の高 い男 性 とは 、あ くま で私 の主 観的 な間 隔で あっ て 、 例
えば 声 の キ ーが 通常 の男 性 よ り 高 い、 背が 低い 、 顔の 髭が 薄い など の 身 体的 にも 女性 的で ある と
いう 側 面 も ある が、 むし ろそ れよ りは 、細 やか な 感情 表出 、周 囲 へ の 気 配 り の 高 さ、 涙も ろい 部
分 とい った 「内 面的 な女 性性 」 と 、生 真面 目 さ といっ た 「 文化 的マ ッチ ョ な 側面 」の 両面 に焦 点
が 当た りや すい 。す なわ ち 、 心身 共に 男性 であ ること 、そ れで いて 、内 面 は 女性 性が 高く 、マ ッ
チ ョな 生真 面目 さを 持ち 合 わ せて いる こと の 3 条 件 の うち の 全 部ま たは 2 つ を 満 たし てい れば、
恋愛対 象 に なり やす い。 この 現象 はす でに 子供 のころ から 自覚 して おり 、現 在 で も普 遍的 な習 性
として 、 自 己の 中に 顕在 化し てい る。
この よう に考 えて みる と 、 私 に とっ ての 「恋 愛 」と いう のは 、単 なる 男女 間で 恋い 慕い 合う の
でもな けれ ば、 大多 数 の FTM ト ラン スジ ェン ダーの 人た ちの よう に、 ヘテ ロま たは バイ セク シ
ュアル 女性 を恋 い慕 うの でも ない 。私 にと って の 恋愛 とは 、恋 愛対 象 は 男性 であ るか ら、 体・ 書
類上 の 性別 は女 性 で ある こと で 、 一見 異性 愛 の ように 思わ れる が、 性自 認が 男性 であ り、 しか も
この 男 性 と いう 性自 認を 中心 にし てい るこ とか ら 、ジ ェン ダー レベ ルで は 男 性同 性愛 とい う 「 ね
じれ 現 象 」 が生 じて いる ので ある 。
3
「 ねじ れ現 象 」 の中 で 生 じた 恋愛 また は恋 愛感情 に伴 う3 つの フォ ビア
この よう なね じれ 現象 の 下 で 生 じた 恋愛 また は恋愛 感情 を自 覚 し 始め た 初 期 の ころ に、 下記 に
示 すよ う な 3 つの「 フォ ビア」 によ って 、 恋愛 または 恋愛 感情 を 「忌 むべ きも の」と して 自己 の
中 から 排除 しよ うと する 現象 であ る。
① ホモフ ォビ ア
② 前述し たよ うに 、私 の恋 愛対 象 は、女性 性の 高 い男性 であ るが 、彼 らの 多 く は 、身 体・性 自
認とも に男 性 と して 一致 して いる と 思 われ る 。したが って 、私 の性 嗜好 とい うの は 、身 体 レ
ベルで は ヘ テ ロ 嗜好・ジ ェン ダー レベ ルで は ゲ イ 嗜好 であ る。身体・ジェ ンダ ー と もに 圧倒
的にヘ テロ 嗜好 の 恋 愛市 場に おい ては 、私の ジ ェンダ ーレ ベル での ゲイ 嗜好 は容 認 さ れな い。
それ ばか りか 、ジ ェ ンダ ー が ゲイ 嗜好 で ある こ とで 、他 者 と は 異 質 の存 在 で ある と自 覚 し 、
自己へ の 嫌 悪感 が 生 じ 、 恋愛 感情 を封 鎖 す る 。
③
②ヘ テロ フォ ビア
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④
女性 の身 体 を 否定 して いる 私が 、周囲 から ヘ テロ嗜 好と みな され た 場 合 、性 自認 が男 性 で
あるこ とを 否定 され 、無理 やり 女性 のジ ェン ダ ーを 押 し付 けら れる 。この よう な破 滅 の 危機
を防ぐ ため に 、 自 ら ヘテ ロ嗜 好 で ある とみ なさ れるこ とに 抵抗 し、 恋愛 感情 を封 鎖 す る 。
⑤
③恋 愛 フ ォビ ア
⑥
上 記 2 つの フォ ビア によ って 恋愛 感情 を封 鎖 するこ とで 、恋 愛対 象に なっ てい る 男 性た ち
との間 で、いっ たん つな がり を断 ち切 り、周 囲 から恋 愛感 情 を ひた 隠し にし 、自 ら 恋 愛感 情
を「 忌む べき 感情 」 とし て排 除 し よう と する 。 私は この よう な 現 象 を、「 恋 愛 フ ォビ ア」 と
呼んで いる 。
4
恋 愛 ま たは 恋愛 感情 に 伴 う 男 性性 の構 築
恋愛 また は恋 愛感 情 を 自覚 した 初期 の後 半 に なると 、徐 々に 3 つの フォ ビア が緩 和さ れ 、恋 愛
対象 に なっ てい る男 性 た ちと の 関 係性 を構 築 し ようと する 。し かし 、い ざ 彼 らと の関 係性 を構 築
しよう とす ると 、心 理的 緊張 や 注 意散 漫な どを 引 き起 こし 、自 ら構 築 し てき た 男 性性 に悪 影響 を
及 ぼす 。 そ こで 、次 の段 階 で は 、 いっ たん 自覚 した 恋 愛 ま たは 恋愛 感情 に対 して 否認 ・抵 抗 す る
ために 、 行 動が 活発 化し たり 、 さ まざ まな 業績 を 構築 する など して 、自 らの 男性 性を 意地 ・向 上
しよう とす る時 期 に 移行 する 。 た とえ ば、 スポ ーツや 学業 でよ い成 績 を 収め る 、 芸術 や創 作活 動
では 、 新 し い発 想 に よっ て 一 つの 作品 を生 み出 す 、持 ち物 や服 装 が 一気 に男 性化 した り、 スポ ー
ツ 系ブ ラン ドを 着用 する 、 な どの ファ ッシ ョン の イメ ージ チェ ンジ を試 みる 。
この よう な行 動様 式 の 背景 には 、恋 愛対 象 に なって いる 男性 たち への 一方 的な 自己 の「 思い 癖
( 思癖 )」の要 素 が 強い 。す なわ ち 、自己 の一 方的な 妄想 によ って 、恋 愛対 象 に なっ てい る男 性 た
ちの 存 在 を 自己 の中 で肥 大化 させ るこ とに よっ て 、
「 フィ クシ ョン とし ての 監視 のま なざ し 」を 自
ら 構築 する こと で 、あた かも そこ に彼 がい るか のよう な 錯 覚を も 引 き起 こす 。そ のこ とが 、
「思い
癖( 思癖 )」とし て、自己 の恋 愛感 情の 一端 を 担 い 、ま すま す 男 性性 を意 地・向上 させ る結 果 に繋
がる の であ る。
5
嗜 癖的 恋愛 ―あ くな き 男 性性 追及
しか し、この よう な恋 愛 ま たは 恋愛 感情 が長 続 きす るわ けで はな い 。突如 とし て倦 怠期 が訪 れ 、
今 まで 構築 して きた スポ ーツ や 学 業成 績が 落ち 始 め、 男性 性の 意地 ・向 上 へ の 意 欲も 減退 する な
ど 、い わゆ る「 バー ンア ウト 現象 」が 生じ る 。 しかし 、い つま でも この 「バ ーン アウ ト現 象 」 に
留 まっ てい るわ けに はい かな い 。 そこ で、 新た な 恋愛 対象 者を 見つ けて 、再 び「 忌む べき はず の
恋愛 ま たは 恋愛 感情 」を 体験 しな がら 、男 性性 を 意地 ・向 上さ せる 。こ の サ イク ルか ら 抜 け出 せ
ない 、 ある いは この サイ クル によ って 、あ くな き 男性 性の 追及 をあ る種 「楽 しん でい ると ころ 」
が 、「 恋愛 への 嗜癖 性」 とい わな けれ ばな らな い 。。
また 、 恋 愛対 象の 男性 によ って 、自 らの 男性 性を意 地 ・ 向上 して いく とい うこ とは 、そ れだ け
で 恋愛 また は恋 愛感 情 が 、 一 種 の 格闘 技と して の 意味 性を 持ち 、恐 れや 恐怖 を含 んだ 恋愛 との 勝
負 を繰 り 広 げて いる よう にも 思 え る。 つま り、 私 にと って 恋愛 また は恋 愛感 情 と いう のは 、決 し
て 華や いだ 甘い にお いの する もの では なく 、そ こに人 生 の 勝負 氏と して の 意 味 を も含 んで いる よ
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うな 気 がす るの であ る 。
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終 わり に― ― 恋 愛市 場主 義 を 問い 直す
現在 で も、 この よう な 「 嗜癖 的恋 愛 」 を繰 り 返 してい るの だが 、こ こに きて 、恋 愛 ま たは 恋
愛感情 に 変 化が 表れ てい る 。
「 あな たは 自信 のあ る人 だか ら、 恋愛 して そう な 気が する 」
ある とき 私は 、友 人 か らそ のよ うに 言わ れた 。 そこ で私 は逆 に、 友人 にこ う聞 き返 した 。
「恋 愛 し てる から って 、そ れだけ で 人 は自 信 が あるよ うに 見え るん です か ? 恋愛 して なく ても 、
それな りに 自信 を持 って 生 き てい る人 は多 いは ずです よ」
友人 が 私 に言 った 言葉 は 、 社会 に内 在 す る 「 恋愛市 場主 義」 に基 づい てい ると いえ るだ ろう 。
また 、 その 友人 は、 私 が FTM ト ラン スジ ェン ダーで ある こと を知 って いる ので 、恋 愛対 象 を 女
性 であ ると 思っ てい たの かも しれ ない 。し かし 、 いず れに せよ 、恋 愛 を して いる から とい って 、
「 自信 があ りそ うだ 」と か 、「心 理的 に 安 定し ている 」な どと 思 わ れる こと に、 私は 疑問 を抱 く。
なぜな ら 、 これ まで 述べ てき たよ うに 、私 にと っての 「恋 愛」 とい うの が 、 一般 に考 えら れて い
る 「恋 愛 」 とは 質を 異に して いる から だ。 恋愛 してい るか どう かに 関わ らず 、そ れぞ れが それ ぞ
れの 生 きか たを して いれ ばよ い 。そう いう 意味 で、今 一度 、
「 恋愛 市場 主義 」を 見直 す必 要 が ある
のでは ない だろ うか と私 は 考 える 。
牛若孝 治 ( 立命 館大 学大 学院 先端 総合 学術 研究 科 )
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