心理学講義 「愛着理論」

2015~16 年末年始セミナー
心理学講義 「愛着理論」
2016.1.1
ひかりの輪
◆愛着とは◆
仏教では、愛着は煩悩の一つで、根本的な3つの煩悩のうち貪り(貪:とん)といわれるも
ので、苦しみを生じさせるものとされます。
心理学的には、養育者との情緒的な特別な結びつきのことを言い、乳幼児期の赤ちゃんが心
身の健全な成長のために必要な安心・安全を提供するものとします。
この心理学講義では、この意味での愛着についての話です。
◆愛着は生物学的な現象◆
愛着は、猿などの霊長類だけでなく、犬、馬などにも見られるもので、成長のために組み込
まれているものと言っていいでしょう。鳥における刷り込みなどもそうです。
すり‐こみ【刷(り)込み】
生まれたばかりの動物、特に鳥類で多くみられる一種の学習。目の前を動く
物体を親として覚え込み、以後それに追従して、一生愛着を示す現象。動
物学者ローレンツが初めて発表した。刻印づけ。インプリンティング。
(デジタル大辞泉より)
観察実験で、出産直後1時間以内の赤ちゃんでも、単純な絵よりも、人間の顔の絵の方を
目で追う傾向があることがわかっています。また、他の音よりも、人間の声に耳を傾けると
いうことです。
人間は、赤ちゃんから子ども時代・思春期をへて大人になっていきますが、赤ちゃんは自分
では何一つできません。すべてを面倒見てくれる人がいなければ生きていけません。
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生物として成長し生存していくためには愛着というものが必要で、個体の生存と種の保存の
ためには必要ということです。
◆愛着は相互関係◆
赤ちゃんは自分の欲求に応えてくれる母親の存在があればこそ成長していくことができま
す。適切な世話は母親が赤ちゃんを可愛いと思い愛着していくことでうまくできるようにな
ります。
乳児が顔を見つめ微笑み声を出します。「天使の微笑み」とも言われるもので、どんな人で
も赤ちゃんのその微笑みを見ると可愛いと思い愛着を誘います。そうして母親の愛着が芽生
え、愛情深い親身な世話の原動力になります。愛情深い親身な世話によって、赤ちゃんも母
親に愛着するようになります。愛着は相互関係です。
このように自分の欲求に対して応えてくれる対象に愛着が作られると、子どもは愛着の対象
とそれ以外の存在をはっきり区別し、愛着対象だけを追い求めるようになります。そして、
世話をされるのが愛着対象でなければ子どもは十分に満足しないということになります。
そしてこの乳幼児期の愛着の仕方がその後の対人関係をはじめ、ストレスや困難にぶつかっ
たときの処し方に影響するということがわかってきました。
◆ボウルビィの愛着理論◆
このような愛着という概念を作ったのは、イギリスの児童精神分析家のボウルビィという人
です。愛着理論のできる先行の研究として、ホスピタリズムの問題とアカゲザルの実験があ
ります。
●ホスピタリズム
ホスピタリズムは施設病とも言われ、施設で育つ子どもに心身の発達の遅れが著しく、病気
に罹りやすく、治りにくく、死亡率も高いというものです。1920 年ころに最初の報告がさ
れました。
栄養は十分与えられていてもそのような問題が生じて、子どもたちは、人と接触しようとせ
ず、表情も乏しく、自分の殻に閉じこもり、じっと座り込んでぼんやり宙を見つめていたり、
意味の無い同じ行動を繰り返したり、自傷行為を行ったりという状態でした。
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施設では、集団で保育され、スキンシップがなく、親身になって子どもの世話をするのでは
ないという養育環境がその原因であることがわかって、スキンシップの重要性が理解され
徐々に改善されていきました。
●アカゲザルの実験
アカゲザルの実験とは、代理母として、哺乳瓶をつけた針金製の母ザルと、哺乳瓶をつけて
ない柔らかい布製の母ザルを作り、子ザルの行動を研究したものです。
子ザルは、空腹を満たせる針金製の母ザルよりも空腹は満たせないが柔らかい肌触りの母ザ
ルと過ごす時間が圧倒的に多く、不安や恐怖を感じる場面では、柔らかい感触の母ザルにし
がみつきました。このことで、心地よい身体接触(スキンシップ)が重要な意味を持つこと
がわかります。空腹を満たせることだけでは愛着行動は引き起こせないということです。
●母親との特別な結びつき「愛着」
ボウルビィはこれらの研究をさらに一歩進め、
「愛着」という概念で説明しました。
ボウルビィは、戦災孤児など親がいない施設で養育されていた子どもたちの調査を第二次世
界大戦後にWHOに依頼されて行いました。
ボウルビィは、そうした子どもたちの問題を母性愛の剥奪という観点から説明しました。母
親と離されることでその愛情を受けることができず、それによって、母親との特別な結びつ
きが作られないことが、孤児たちの問題の原因であるとしました。この母親との特別な結び
つきの性質を「愛着」と呼びました。
●愛着は特定の人との関係
愛着は、一人の人との緊密な関係によって作られることがわかっています。それは通常母親
です。しかし、何らかの理由で母親に育てられなくても、愛情深く、親身に育ててくれる人
がいればその人と愛着関係は成立します。そして、その特定の対象者だけに愛着行動をとり、
それ以外の対象に対しては愛着行動は抑えられます。人見知りするのは母子の愛着関係が成
立していることを表しています。
※愛着行動:愛着を抱いた対象への接近や接触、後追い行動、微笑、発声など
ホスピタリズムの問題が報告され、その改善が行われてきていましたが、愛着理論は「愛着」
という概念で問題の原因を一歩深く説明しました。施設では、複数の人が入れ替わりで接す
ることになり、特定の人と十分な愛着関係を結ぶことがなかなかできません。複数の人にス
キンシップもある養育をされても、特定の人との安定した関係・心の絆(=愛着)を築くこ
とは難しいということです。このように健全な安定した愛着を形成できないと、歪んだ不安
定な愛着が形成され、日常生活に大きく障害となるものを愛着障害といいます。
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●イスラエルのキブツの例
(※キブツ:イスラエルの集団農業共同体)
一人の人との関わりが愛着関係を作るということの例としてイスラエルのキブツと呼ばれ
る集団での養育の仕方があります。
キブツでは、合理性、効率性と子どもの自立のためにもいいだろうということで、子どもの
世話は集団で行い、夜も母親と過ごすことなく子育てをした結果、不安定な愛着行動をとる
ようになったという研究があります。
●愛着のスタイル
人は、それぞれ愛着のスタイルを持っています。4つの型に分類されています。
・安定型
・不安定型・・・回避型:
・・・不安型(アンビバレント)
・・・恐れ・回避型(混乱型)
●養育環境を客観的に知る方法
愛着障害というのは、自分の認知・認識において親にひどい育てられ方をしたから生じたと
いう話ではありません。自分はひどい育てられ方をしたという場合、その人の認知・認識の
問題で事実とは違う主観的なものに過ぎないこともあります。その場合は、認知を変えるこ
とで親に対する思いが変わりますが、愛着障害というものは、そのような主観的な認知の問
題によって生じる問題ではありません。そういう記憶のないころの養育の問題であり、愛着
障害の症状から、逆にその人の客観的な養育環境を推察することができるものです。そして、
認知の仕方を決める前の段階(年齢的に)で、深層心理的に言えば、認知の仕方の奥のもの
ということができます。
◆愛着のスタイルが、認知・認識・行動の鋳型となる◆
先ほど紹介した愛着スタイルの違いによって、全般的なことに対する認識・行動が変わって
きます。愛着のスタイルが、認知・認識・行動の鋳型となります。
愛情深く反応をしてもらって育った乳幼児は、人を信頼するようになりやすいということで
す。自分がお腹空いたときに助けを求めて泣けば助けてくれる、おむつを変えてくれる。そ
ういうことを重ねて経験して育ってくれば、人を信頼する基本ができるといえます。一方、
泣いていてもほっておかれ反応してもらえなかったという育ち方をすれば、人は頼りになる、
助けになるという認識やそれに基づいた行動はあまりとらなくなるということです。自分の
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欲求をあまり表現しなくなり、愛着もしなくなり、人との関係を回避するようになります。
●愛着スタイルは意思決定と行動選択の根幹に関わる
「その人の愛着スタイルは、対人関係に本質的とも言える影響を及ぼすだけでなく、内面の
在り方や、自己コントロールの仕方、ストレスに対する敏感さにも反映される。何を望み、
何を恐れ、どのように自分を守り、どのように自分を律しようとするのか―――意思決定と
行動選択の根幹に関わる部分でも、見えない腕となって結果を操っているのである」
(
『愛着
障害』岡田尊司著 光文社より)
愛着スタイルは、その愛着スタイルごとの行動のパターンを持っています。それは、行動の
鋳型であり、また、その愛着スタイルかを判断する基準にもなります。
「このプログラムは、幼いころの体験ほど強く組み込まれるが、その後の体験によっても、
ある程度修正が加えられる。このプログラムの特異な点は、単に心理学的な解釈や行動選択
に関わるだけでなく、ストレスに対する耐性のような生理学的な反応まで左右し、健康や寿
命にも大きく影響することである」
(『愛着障害』岡田尊司著 光文社より)
◆愛着障害に共通する特性◆
(『愛着障害』 岡田尊司著
光文社より)
・親と確執を抱えるか、過度に従順になりやすい
・信頼や愛情が維持されにくい
・ほどよい距離がとりにくい
・傷つきやすく、ネガティブな反応を起こしやすい
・ストレスに脆く、うつや心身症になりやすい
・非機能的な怒りにとらわれやすい
※非機能的な怒り:相手との関係に破壊的な効果しかない怒り
・過去にとらわれたり、過剰反応しやすい
・「全か無か」になりやすい
・全体より部分にとらわれやすい
全か無かとも関連している。どんなに恩恵を受けている対象でも、1度嫌なことをされれ
ば、それまでのことは全て帳消しになり、相手を全否定してしまう。
・意地っ張りで、こだわりやすい
・発達の問題を生じやすい
・発達障害と診断されることも少なくない
・自分を活かすのが下手
・依存しやすく、過食や万引きも
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愛情飢餓による「愛情の代用品」を求める
・青年期に躓きやすい
・子育てに困難を抱えやすい
・道化という関わり方
・反社会的行動の背景にも多い
・安住の地を求めてさまよう
・誇大自己と大きな願望
●独創的な創造性との関係
・愛着の障害は創造性の源◆
愛着の障害による苦しみが創作の源になっているという解釈があります。
作家・小説家が多い。作品のなかに自分の心情を吐露していて、その内容や生き方から推察
して愛着の障害があったと思われる人たちをあげてみますと、
川端康成:小説家。ノーベル文学賞受賞。
『伊豆の踊子』
『雪国』など。自殺。
夏目漱石:小説家。
『我が輩は猫である』『坊ちゃん』など。
太宰治:小説家。『人間失格』『斜陽』『走れメロス』など。自殺(心中)
。
三島由紀夫:小説家。
『仮面の告白』
『潮騒』
『金閣寺』など。割腹自殺。
谷崎潤一郎:小説家。
『痴人の愛』
『細雪』など。
中原中也:詩人。詩集『山羊の歌』訳詩『ランボウ詩集』
種田山頭火:俳人
ヘミングウェイ:小説家。ノーベル文学賞受賞。
『老人と海』
『武器よさらば』
自殺。
ミヒャエル・エンデ:児童文学作家。
『モモ』
『はてしない物語』
ルソー:哲学者。『社会契約論』
『エミール』
エリクソン:発達心理学者、精神分析家。
「アイデンティティ」の概念つくった。
ジャン・ジュネ:フランスの作家、詩人。
芸術の分野で名をなした人のなかには愛着障害をかかえた人は多いといいます。
「芸術の分野以外でも、政治や宗教、ビジネスや社会活動の領域で、偉大な働きや貢献をす
る人は、しばしば愛着障害を抱え、それを乗り越えてきたというケースは少なくない。愛着
障害の人には、自己への徹底的なこだわりをもつ場合と、自己を超越しようとする場合があ
る。実はその二つは、表裏一体というダイナミズムをもっている。自己へのこだわりを克服
しようとして、自己超越を求めることは多いが、同時に、自己に徹底的にこだわった末に、
自己超越の境地に至るということも多いのである」
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(
『愛着障害』 岡田尊司著
光文社より)
◆愛着と諸問題の関連◆
愛着の問題は、境界性パーソナリティ障害、摂食障害、依存症、解離性障害との関連が研究
によってわかってきました。
・摂食障害:(摂食障害とは、拒食症と過食症があり、拒食症とは、客観的に観て十分やせ
ているのに、本人はもっとやせないといけないということで、食事を拒絶する。過食症は、
はき続けるまで食べてしまう状態。
)
不安定な愛着のスタイルを示す人の割合が高い
・依存症:(お酒、薬物、ギャンブルなどの依存症がある。それらがないと何か物足りなさ
を感じ、それらが与えてくれる快感や刺激がないとやっていけない。自分の意志ではやめる
ことができない状態)
不安定な愛着のスタイルを示す人の割合が高い、子どものころ不安定な愛着スタイルだった
子どもが青年期になったときに、依存症になる割合が高い。
・うつ(若年期うつ、成人のうつともに)
:
不安定な愛着のスタイルを示す人の割合が高い。発症だけでなく、再発の割合も安定型より
も不安定型の愛着スタイルの方が高い。
・不安障害:(過剰な心配、不安、恐怖を呈する。不安が、特定のもにに対するものであっ
たり、全般的ものに対してであったりする)
1歳のとき不安型であった子どもの方が安定型であった子どもより、17歳になった時点で、
不安障害になっている確率は 3,7 倍高かった。
・自殺企図:(いつ、どのような方法で、どういうふうに自殺しようかと企てること)
回避型の人はそうでない人の5倍自殺企図のリスクが高い
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・発達障害という誤診を生む
発達障害といわれるものの中にも、本来の発達障害ではなく、愛着障害によって発達障害
と類似した症状があって発達障害という診断を受けていることがある。
※本来の発達障害はほとんど先天的なもので脳に問題があるものをいうが、そういうものが
なく症状として類似したものまで発達障害という領域に入れてしまっている。
・攻撃性:
1歳で不安定な愛着型の子どもは、5歳の時点で攻撃性の問題がみられやすい。
・いじめ:
愛着が不安定な子どもにみられやすい。いじめる側は回避型が多く、いじめられる側はアン
ビバレント型が多いという結果がでている。
ここで、問題ではありませんが、自立ということも愛着のスタイルと関係しているというこ
とで、ご紹介します。
・自立:安定型は親元からスムーズに自立しやすい。しっかりした安全基地を持っていたこ
とで、自立が促進される。安全基地があるということは、何かあったときの後ろ盾があると
いうことで、それによって子ども安心感をもって自立の方向は進んでいける。
◆愛着形成のプロセス◆
それでは、ここで愛着というものが、どのように形作られるのか見ていきます。
<生後3ヶ月くらいまで>
まだ母子の一体感が強く、母親との区別がほとんどついていません。愛着はまだ形作られて
いない段階で、誰に対しても同じように微笑んだりという反応をします。
<生後3ヶ月過ぎから半年くらいまで>
誰に対しても同じように反応していた段階から、特定の人に対して、より微笑むとか「あー
あー」と声をかけたりという反応が見られます。
<生後半年から3歳くらいまで>
愛着対象と他の人との区別がより明確になってきます。
生後8ヶ月頃になると「人見知り」や母親との「分離不安」(母親と離れることで感じる不
安)がみられ始める。これは母親との愛着や信頼関係が成立してきている証拠とみることが
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できます。
●分離不安についての観察実験
ストレンジ・シチエーション法(新規場面法)という観察実験法によって1歳前後の幼児が
母親と引き離されるときどのような反応をするか観察されました。
幼児はおもちゃがたくさん置いてある遊戯室(実験室)に母親と来訪する。観察者は以下の
それぞれのシチュエーションのとき、子どもがどのような行動・態度をとるか別室で観察し
ます。
・母親とともにその部屋で子どもがどのような行動をとるか。
・見知らぬ人が部屋に入って来て、数分後、母親だけ退室する。
・間もなく母親は部屋に戻る
・母親と見知らぬ人ふたりとも退室する
・見知らぬ人だけが部屋に戻り、子どもと遊ぼうとする
・最後に母親が部屋に戻る
この観察実験の結果、愛着には以下のようなスタイルがあることがわかりました。
「安定型」
:約 70%の子どもは母親が部屋から出て行くときに泣き、母親が戻ってくると喜
んで母親のところに行った。このような子どもたちを「安定型」と呼びました。母親が行っ
てしまえば泣き、戻ってくれば嬉しいという反応はきわめて普通なこと、正常なことと思わ
れます。
「回避型」
:約 20%の子どもは、母親が出て行くときに泣かず、戻って来たときも喜ぶこと
なく何の反応も示さないか、背を背けた。このような子どもたちを「回避型」と呼びました。
明らかに、母親に愛着していない様子がわかります。
「アンビバレント型」
:約 10%の子供は、母親が出て行くときには泣き出すが、戻ってきた
ときに喜ぶことなく、逆に母親に怒ったり、攻撃的態度をとる。母親に対する肯定的な面と
否定的な面の両面を持ち合わせている。そういう意味でアンビバレントといいます。
母親が戻ってきたときに素直に喜べない。「何で自分を置いて言ったんだよ-」怒りを生じ
させるということです。
●安全基地・・・避難場所
ハイハイができるようになって自分で動けるようになってくると(生後7~8ヶ月)、母親
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から離れて周囲への探索がはじまります。はじめのうちは、母親から離れる距離も時間も短
く、ときどき母親の方を見て近くにいることを確認して、安心します。そして、何かあると
ぱっと母親のところに逃げ帰る(=避難場所)。まさに危険があった場合、さっと逃げ帰る
ことができる安全基地。母親をそのように自分を守ってくれる安心できる存在と感じること
ができている状態が健全な愛着が形成されているということです。歩けるようになると、行
動範囲が広がり、母親からの距離や時間が延びていく。そのように徐々に自立の方向に向か
います。
●愛他的行動の芽生え
10~14 ヶ月になると、他の子に対して共感性を示すようになり、1歳半くらいになると愛
他的行動をとるようになります。泣いている子を慰めるようになるなどです。
共感的な態度で育てられることで、その子どもも共感性が発達します。自分の心を汲んでも
らうという経験の積み重ねが共感性を発達させます。
<3歳以上>
愛着対象に対して身体的接触が少なくなってきて、また、母親が自分から離れて行くことに
も何か用事があって行くのであり、また戻って来るという動機を理解できるようになります。
相手の意図が理解できるようになり、聞き分けがよくなってくきます(=分離不安が弱まっ
てくる)
。
●愛着形成は1歳半まで
愛着が形成される時期は1歳半くらいまでであると言われていて、それまでに愛着が形成さ
れないと、その後は安定した愛着を形成するのは困難だといいます。
しかし、不可能ということではなく、その後の養育者、さらには大人になってからの人間関
係のなかで改善されていくこともあります。例えば、母親との死別や何らかの理由で離別し
ても、母親に代わる養育者から十分愛情を与えられれば、そのことから生じる不安定さは軽
減される。大人の場合でも、配偶者やパートナーが養育者のように受け入れ、安全基地のよ
うな役割をはたせば改善されていきます。
◆愛着スタイルを決める要因◆
●遺伝(素質)か、環境か
一卵性双生児の研究で、遺伝はほとんど無視していいという結果が出ています。環境要因
の方が影響が大きいということです。
また、気むずかしいという素質を持つ赤ちゃんによる実験もあります。
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気むずかしい赤ちゃん 100 人を2つのグループに分け、一方のグループの母親に特別な指
導を行いました。
「母親が子どもの表情や声の調子に注意を払い、それに合わせて共感的に、表情豊かに反応
することが子どもとの関係を安定させ、発達にもプラスにもなるということをレクチャーし
たのである」
(『愛着崩壊』 岡田尊司著
角川学芸出版より)
その結果、レクチャーを受けたグループの母親の反応が、共感的に表情豊かになる傾向が見
られ、1年後にストレンジ・シチエーション法(新規場面法)を行うと、ほとんどの子が安
定した愛着スタイルでした。
一方、特別な指導を受けなかった母親のグループの子どもの過半数は不安定型の愛着スタイ
ルを示しました。
このことから、素質よりも環境(養育)の方が、その子の愛着スタイルを決める要因として
影響が強いということがわかります。
●養育者の接し方
・共感的反応が重要
赤ちゃんが泣いているとき、なぜ泣いているのか、お腹が空いているのか、おむつが濡れ
ているのか、暑いのかなど、様子を見ながら探って、その原因を突き止め、それを満たして
あげる。そのときに、
「ああ。お腹が空いていたんだね」
「おむつが濡れて気持ち悪かったん
だね。気持ち悪くて泣いてたんだね」など共感の言葉をかけるなどする。
そうすることで、自分が訴えると他人が対処してくれるという経験が積み重なり、そのため、
人への信頼感が深まり、そして、応答してくれることで、自分の気持ちが理解できるように
なっていきます。それは、言葉を知ることによって、自分の本当の気持ちとしても知ること
ができるようになります。
これに反して、赤ちゃんが泣いていても放っておくということが繰り返されると、人への
信頼感の芽生えは生じなく、求めることもなくなっていき、表現が乏しくなっていく。
赤ちゃんは泣くことで訴えている。意思表示をしている。
「お腹空いたよ-」
「おむつ濡れて
気持ち悪いよ-」など。そういう赤ちゃんの反応に適切に応えてあげることで、赤ちゃんは
その人との信頼関係、愛着関係ができていくが、それに応答してあげなければ、
不安定な愛着の型をとることになる。
・親に「心に関心を向ける傾向(マインド・マインディドネス)」があることが重要
親が子どもの心に関心を向けた声かけをどのくらいするかによって、子どもの愛着が安定し
たものになるかどうか変わってくるということが明らかになっている。
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「マインド・マインディドの親は、言葉をまだうまく喋れない子どもがうまく自分の気持ち
を表現できずに、泣いたりぐずったりするとき、その子の感情を巧みに汲みとって代わりに
言葉にしてあげようとする。『ママがいなくて寂しかったんだね』とか『音が大きくて、び
っくりしたんだね』といった具合にである。その子だけでなく、他の人の気持ちについても、
そうしたコメントをし、映し返すことによって、子どもは自分の気持ちだけでなく、他人の
気持ちの状態やそのプロセスを知るようになる。
」
(『愛着崩壊』岡田尊司著 角川学芸出版より)
回避型の子どもの親は、そのようなコメントをすることが少なく、アンビバレント型の子
どもの親は、コメントはするが、的の外れたズレたコメントで、子どもの気持ちを映し返し
ていないという研究があります。
6ヶ月のときに親が子どもの心に関心を向けた(マインド・マインディド)な言葉かけを
するかどうかで、1歳のときの子どもの愛着の状態を予測できたという研究があります。
・親の感受性と応答性の影響
先ほど紹介したストレンジ・シチエーション法の3つのタイプの子どもの親がどのような態
度をとっているかというと、
「安定型を示す子どもの母親は、感受性に富み、子どもが困っていると素早くそれを察知し
て救いの手を差し伸べ、子どもが喜びの声を上げると、それにすかさず応答した。それに対
して、不安定型の子どもの母親は、子どもの気持ちや子どもが必要としていることにうまく
気づけなかったり、何の反応も返さなかったり、気まぐれで一貫性のない対応をしたりしが
ちであった」
(『愛着崩壊』岡田尊司著 角川学芸出版より)
母親の感受性と応答性が愛着のスタイルが決定するうえで重要出あることがわかります。ま
た、このことは、母親の愛着スタイルが継承されるということです。
◆愛着スタイルの特徴◆
愛着障害でなくても、スタイルはある。
愛着のパターンは、それが形成された後、その後の対人関係などに影響を与え続けます。
・安定型
・不安定型・・・回避型
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・・・不安型(アンビバレント)
・・・恐れ・回避型
●回避型
回避型の特徴を以下に列挙します。
1.人との関係に苦痛を感じ、好まない。そのため人と距離を置き、必要以上の関わりを持
たない。親密な人間関係を避ける。
2.感情表現が苦手で表情や感情表現が乏しい。人の感情理解も苦手。表情と感情が食い違
っていることも多い。
3.上記1とも関係するが、引きこもりの傾向がある。対人関係より、仕事や趣味に重きを
おき、人と接しなくてもいいように仕事や趣味に逃げ込もうとする傾向がある。しかし、本
当に仕事をやりたくて、仕事熱心ということではない。
●回避型になる原因
次に回避型になる原因を列挙します
1. 愛着形成が完了しない時期(1歳半前)に親と別れた場合
この場合、子供は、いわゆる脱愛着の状態になります。はじめは、激しく泣いて対象を呼
び戻そうとしますが、それがかなわいと次の段階では、落ち込み、周囲への関心も無くなり、
食欲も減退していきます。
そして、愛着対象への執着は弱まり、求めることが苦しいので執着を消し去る=脱愛着方
向にいきます。
この脱愛着の状態になってから。対象者が戻ってきても、すぐには元に戻らない=なつか
ない。時間がたって戻ったとしても、愛着関係への傷は残ります。
2. 親がスキンシップに強い嫌悪感を持っている場合
子どもを抱きしめたり、愛情を表現することもなく、拒否的な態度をとることが多く、そ
ういう親に育てられた場合なりやすい。
●不安型
見捨てられ不安とも言われ、自分が見捨てられることにたいへん不安が強い。
自分が愛される存在、受け入れられる存在とは思えない強い自己否定があり、今、自分を受
け入れてくれている人もそのうち自分を見捨てるだろうと思う。親密な関係を持っていても、
不安になる。そして、もっと完璧な親密さや依存関係を求める。
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不安型の人は親密な関係になるまでは、面倒見のいい、親切ないい人という印象をもつが、
親密になるとべったりと頼ってきて、相手を独占したいという傾向が現れ、周囲に迷惑な困
った人という存在になる。見捨てられ不安が強いので、相手が自分を愛していることを確認
せざるを得なくて、何回も確認する。それにともなって、疑いが強く、自分の思うようにか
まってもらえないと裏切られたと怒りをぶつけたりする。
相手が自分をおろそかにしているという被害者意識から相手を批難・攻撃する。
自己否定感が強いので、相手に対する怒りが自分にも向かい、自己嫌悪に陥り、うつにもな
りやすい。また、境界性パーソナリティ障害にもなりやすい。
「不安型の人の関心は、何をおいても人間関係に向けられる。人から承認や安心を得ること
が、このタイプの人とっては、きわめて重要だからだ。
」
(『愛着崩壊』岡田尊司著 角川学芸出版より)
●不安型の原因
不安型は、7、8ヶ月くらいから3歳くらいの母子分離不安の強い時期に母親と引き離され
ることで、形成されやすい。
また、過保護で甘やかされるということと、親の意に沿わないと強く拒否されるという極端
な養育環境で育つことでもこの型が形成される。
●恐れ・回避型(混乱型)
強い回避と不安が混ざっている。混乱という言葉で呼ばれているように、一貫性がなく無秩
序。
人との接触を回避する強い気持ちと、その反面見捨てられ不安が強いという複雑な特徴を持
っていて、より不安定な状態。人と接したいがそれはまた強いストレスにもなる。人と親し
くなりたいが、一方で人を信じることができないというジレンマがある。
このタイプの人は親に虐待された人が多い。傷を解決できずに引きずっている人が多い。
そして、記憶や意識が飛ぶ解離症状はこの型の人にみられやすい。
◆改善法◆
精神的病の難しいケースほど、カウンセリング、精神分析、認知療法が効果をきたさない。
効果がないだけでなく、悪化したり、治療者と決裂してしまうこともある。愛着スタイルが
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安定型である場合、通常の精神療法が効果を発揮するが、愛着の障害が強いほど、カウンセ
リングや認知療法は通用しないといいます。
パーソナリティ障害や発達障害、うつ、不安障害など回復に時間を要するものは、愛着の問
題があることが多いといいます。各種の精神障害の背景に愛着障害があるということです。
しかし、それは見落とされていて、愛着障害の治療は未だ未発達です。
それでも、実際によくなったケースからその方法を提示してみると以下のようになります。
1.親もしくは親代わりが安全基地となり、愛着の傷を癒やす
親自身が改善努力をして安全基地となる。もしくは、安全基地となってくれる第三者が存
在することによって回復していく。しかし、これは一生面倒をみていく覚悟がなければでき
ることではありません。現実問題として、そこまでの覚悟を持って関わっていける人は多く
はいないでしょう。
2.自分が自分の親となる
親や親代わりを期待することができない場合、自分が自分の親になるということで改善さ
れていきます。
不安定な愛着による欲求や行動は、言い換えると「内なる子ども」の欲求・行だということ
です。すねたり、不安になってしがみついたり、子どものようなものである。
その内なる子どもに対して、その子が欲していることに感受性、共感をもって応答する。ま
るで感受性、応答性を備えた母親が子どもに対するように。
その子の欲求は自分の気持ちなのだから、何を欲しているかわかります。ですから、その欲
求に沿ったことをしてあげることができます。
共感的反応をしていくことによって、自分のなかに共感や反応する心が育ち、安定した状態
になっていく。
これは、イメージのなかで内なる子どもにその子が欲していることをしてあげるという催眠
療法のなかにあるやり方と類似している。
自分が内なる子どもを受け入れることで、自分を受け入れることができるようになります。
自己を肯定できるようになります。
愛着障害というのは、自己を受け入れられないことが大きなポイントです。
自己否定的で自己価値感が低いことは、自分は好かれるわけがない、愛されるわけがない、
誉められるわけがない、認められるわけがないという思いになり、見捨てられるのではとい
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う不安、あるいは、他と関わることは自分が傷つくから回避しようという方向へ向かいます。
それは養育のなかで愛情こもった反応をしてもらえないことで、自分を受け入れてもらって
いる感覚が育たず、自分には価値がないという自己を否定する気持ちになっていったのです。
自分の親になるということは、そのように受け入れてもらえなかった自分を受け入れる作業
を行うことです。そこには「受け入れられる自分(内なる子ども)」と「受け入れる自分(今
の大人の自分)
」があります。
これは、受け入れられなかったということの癒やし(修復)と、自他を受け入れることがで
きるようになるということの修復が同時に起こるということです。
3.人を育てる
部下がいれば部下に対して共感に基づいた反応をして育てていくことを行うことです。
自分の親になるということと、ほぼ同じ主旨であると思っていただければいいです。
【参考文献】
『愛着崩壊』 岡田尊司著
角川学芸出版
『愛着障害』 岡田尊司著
光文社
『ポジティブ心理学入門』 クリストファーピーターソン著 宇野カオリ翻訳 春秋社
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