日本とフランスの同性愛 フランスの PACS から考える日本の同性愛 長田真理子 私は誰にでも身近な存在である「家族」についての問題に興味があった。以前、大学 の授業で日本やアメリカの家族問題を学んでから関心を持つようになり、フランスにも近 年どのような問題があるのか調べるようになった。そこで、PACS(Pacte Civil de Solidarité =連帯市民契約)の存在を知り、非婚姻カップルに対し、結婚しているカップルとほぼ同 等の権利や義務が与えられていることに驚いた。同棲しているカップルに、さらに同性愛 者に対しても権利が及ぶという画期的な法案がフランスでは施行されている。しかし、現 在の日本では、同性愛者に対する差別や偏見があるのは事実である。だから、フランスで 同性愛者が法律で権利や義務を与えられ、社会的にも認知されたことを表す PACS は大変 興味深いものだった。そして、PACS を調べることによって、日本の同性愛者の差別や偏 見を改善できるのではないかと思い、卒業論文のテーマにした。 まず、フランスで PACS が可決する前は、非婚姻カップルに対しては何の法的地位も 認められていなかった。しかし、女性が社会で活躍するようになり、離婚率も高いことか ら、結婚にとらわれず同棲を続けるカップルが増え、事実婚を認める法案が支持されるよ うになった。また、エイズが蔓延するなか、同性愛者であるエイズ患者のパートナーが見 舞いや葬儀の参列を拒否されたり、故人の家族から排斥されたりした。このような不平等 を失くすために、同性愛者からの声も高まった。こうした具体的な問題が深刻化し、エイ ズ撲滅運動団体や女性運動団体、人権擁護団体、左派政党、元閣僚など様々な分野の人た ちが運動に参加してマスコミにも大きく取り上げられた。そして、120時間以上に及ぶ 国会の審議を経て、1999年に PACS が可決された。 PACS の内容としては、法文の第1項では「性別に関係なく、成年に達した2人の個 人の間で、共同生活を営むために交わされる契約」であると明記されている。そしてPA CSを結んだ2人には、経済面の連帯、住居、財産、課税、社会保険、勤労者、フランス の滞在資格、贈与・相続といった8つの大まかな項目の権利と義務を負うとされている。 PACS は最初、社会不安をもたらすと考えられていたが、現在は国民からも多くの支 持を得て、PACS を結ぶ人も大勢いる。今は多くの同性愛者が PACS を結び、若い人たち の間では結婚の予行演習のように PACS を結ぶ人たちも増えてきている。 ここで注目したいのは、PACSが生まれたフランスの社会背景である。女性の社会 進出・晩婚化、離婚率の増加、同性愛者への差別や偏見など、現在の日本と重なる部分が 多い。つまり、フランスで起こっている社会問題は日本にとって、他人事ではないという ことである。そこで、特に他の国よりも先駆けて施行されたPACSを参考にしながら、 日本の同性愛について考えてみたい。 実際現在の日本では、同性愛者について正確な知識を持っている人はとても少なく、 ほとんどの人が偏ったイメージを持っているか、全くイメージが湧かないかのどちらかに 分かれる。その理由として、数年前まで辞書の同性愛の欄に「変態」「異常」と説明され、 公的に差別されていた事実がある。また、マスコミで同性愛者を取り上げる時も、不必要 に同性愛者を笑い、性的な部分を極端に取り上げて、歪んだ事実を伝えていたことがあげ られる。そして、差別的な環境の中では、自分が同性愛者であることを告白できないので、 「私は同性愛者です。 」という人になかなか出会わないという現状がある。 しかし、このような同性愛者に対する差別や偏見を受けて、最近では、日本でも少し ずつではあるが、同性愛について正しい知識を広め、同性愛者の人権を守ろうと活動して いる団体が増えている。例えば「すこたん企画」という団体は、ホームページで同性愛者 の基礎知識を社会に広め、学校に出向いて同性愛者が講演を行い、思春期の子供たちに同 性愛を理解してもらう活動をしている。また、「NPO 法人 OCCUR」という団体は、同性 愛を「変態」「異常」と書かれた辞典を訂正し、裁判を通じて、同性愛差別と戦って勝訴 し、同性愛を公的に認めさせた。 徐々に同性愛者を支援する人が日本でも増えてきたものの、まだ同性愛者のための優 遇措置は法的に認められていない。同性愛者は、同性愛に対する差別や偏見の無い住みや すい環境を望んでいる。そして、男女が結婚して得る権利や優遇措置は、事実婚として保 障してほしいという意見がある。これはまさに、フランスの PACS のような権利を求めて いるのではないだろうか。 実際、日本で同性愛者の結婚を認めるよりも、PACS のような法律を作って、事実婚 を保障した方が容易である。なぜなら、日本国憲法では異性愛者の結婚しか認めていない ので、同性婚が承認されるためには、憲法を改正しなければならないからだ。しかし、日 本国憲法が制定されてから、憲法改正をされたことは一度も無い。憲法は国の柱となる法 なので、国の安定性を保つためにも簡単には変えられない。そして、憲法は他のどんな法 律よりも優位性を持っている。だから、同性婚承認は困難なので、まずは民法の中で事実 婚の人々を支援する法案を加える必要がある。 また、PACS 施行から約5年経つフランスでも同性婚承認は困難なのである。200 4年6月に、ノエル・マメールという市長がフランスのベーグル市で同性同士の結婚式を 行ったが、市民や政府から反発を受け、違法行為とみなされて、1ヶ月の停職処分を受け た。この事件で、同性婚の賛成派と反対派の溝が深いことが明らかになり、同性婚を認め るよりも、PACS を改善していく方が、両者の意見のバランスがとれて良いのではないか と考えられている。 このように、フランスの現状を参考にしながら日本の同性愛者に対する改善策を考え ると、憲法改正の難しい日本では、同性婚を認めるよりもフランスの PACS のような法律 を作ることが対策の近道ではないだろうか。 2004年の参議院選立候補者への「同性愛者人権擁護政策アンケート」によると、 ほとんどの議員が、同性愛者をはじめとする人権迫害は許すことができず、差別を受けて いる人々の力になりたいと考えている。また、具体的に性的差別を撤廃するための取り組 みや、同性間カップルに準じた権利を保障するための法案を掲げている人もおり、日本で も PACS のような法律が実現する可能性がある。しかし、与党の関心が薄く、アンケート にすら答えてもらえない現状があり、法律案可決はまだまだ難しい。 では、法律案可決に向けては何が必要なのだろうか。まず、多数の意見で物事を決め る民主主義の下では、少人数の意見は不利なので、実際に差別を受けている人たちが声を あげ、もっと同性愛問題を世間に顕在化する必要がある。そして、同性愛者の正確な知識 と理解を深め、PACS を参考にしながら日本に適した独自の方法を考え、法律案とともに 差別や偏見も失くしていかなければならない。 確かに、同性愛者の割合は全人口の約1割という少数の問題であるが、彼らの人権が 脅かされたり、不平等に扱われたりすることは阻止されなければならない。そのために、 他国の行っている活動を参考にして、日本の問題を解決する手がかりにすることは大切な ことだ。PACS を施行しているフランスでさえ、同性愛問題は課題が多く残っており、ま だまだ論争が続いていきそうである。フランスで起こっている問題は、日本にも起こりう る問題である。 もしも、日本に PACS のような法律があれば、安らかな生活をできる人が増えるので はないだろうか。
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