博士学位申請論文 博士学位申請論文名 機能性化粧品及び皮膚科用剤に関する医療薬学的研究 博士学位申請者氏名 (日本語訳) 内野 祥宏 目次 序論 ................................................................ 1 第 1 章 皮膚疾患患者を対象とした低刺激性スキンケア製剤の使用試験 .... 3 背景・目的 ........................................................................................................................ 3 方法 ................................................................................................................................... 5 1.対象 ........................................................................................................................ 5 2.被験製品の概要と使用方法 .................................................................................... 5 3.被験部位 ................................................................................................................. 7 4.試験中の治療とスキンケア等に関する制限事項 .................................................... 7 5.試験実施施設 .......................................................................................................... 7 6.試験スケジュール ................................................................................................... 7 7.観察項目 ................................................................................................................. 7 8.評価項目 ................................................................................................................. 8 9.不完全症例の取り扱い............................................................................................ 8 結果 ................................................................................................................................... 9 1.試験実施期間 .......................................................................................................... 9 2.症例の内訳 ............................................................................................................. 9 3.被験者の背景 .......................................................................................................... 9 4.被験者の肌のタイプ ............................................................................................... 9 5.被験製品の安全性評価.......................................................................................... 10 6.被験製品の有用性評価.......................................................................................... 13 7.使用感に関するアンケート結果 ........................................................................... 15 考察 ................................................................................................................................. 18 第2章 皮膚バリア機能に及ぼすニフェジピンの影響 ................... 20 背景・目的 ...................................................................................................................... 20 方法 ................................................................................................................................. 22 1.使用細胞株 ........................................................................................................... 22 2.培地 ...................................................................................................................... 22 3.試薬調製 ............................................................................................................... 22 4.WST 試薬 ............................................................................................................. 24 5.免疫染色法 試薬................................................................................................... 24 6.細胞培養 ............................................................................................................... 24 7.TER 測定 .............................................................................................................. 24 8.WST-8 assay ........................................................................................................ 24 9.免疫染色法 ........................................................................................................... 25 10.TER 測定・免疫染色法スケジュール ............................................................... 25 11.ウェスタンブロット分析 .................................................................................. 25 12.統計解析 ........................................................................................................... 26 結果 ................................................................................................................................. 27 1.NHEK バリア機能に対するニフェジピンの影響 ................................................. 27 2.C10 誘発 NHEK バリア機能障害 ......................................................................... 28 3.C10 による NHEK バリア機能障害に対するニフェジピンの影響 ....................... 29 考察 ................................................................................................................................. 31 参考文献 .......................................................................................................................... 34 総括 ................................................................................................................................. 33 序論 調剤薬局の業務は処方せん応需での調剤業務以外にも多岐にわたり、現在で は処方医との病薬連携の推進、在宅医療への参画、健康相談窓口、セルフメデ ィケーションの推進など地域の健康づくりの拠点としての役割が求められてい る。来局者や患者の健康相談では、十分な問診を行い、病院受診の勧告や OTC 薬の推薦、健康食品やサプリメント提案を行う必要がある。 近年の健康志向およびアンチエイジングへの関心の高まりは、機能性健康食 品などの経口摂取製品のみならず、機能性化粧品、ドクターズコスメ、コスメ シューティカルといった名称で医療と美容が融合した製品開発の活況をもたら している。これらの製品に使用されている有効成分や技術は、保湿、抗しわ、 美白、抗酸化、新陳代謝の活性化などに関して、医師や大学研究者との産学連 携による科学的かつ医学的な研究成果を背景に開発・商品化され、高価にも関 わらず需要が高い。しかし製品上市までの規制は、医薬品開発時の規制と比較 して緩やかであること、臨床での成果は健常成人を対象としていることを考慮 すれば、調剤薬局においてこれらの皮膚適用剤を取り扱う際には、企業からの 有効性および安全性情報を批判的に吟味し、特に皮膚疾患を有する患者に対し て適応する場合にはより慎重な対応が必須となる。 本研究の第 1 章では、皮膚疾患を有する患者を対象に 3 種の化粧品の安全性、 有効性について使用試験を行った。 皮膚は外界からの刺激を受容、防御し、生体の恒常性を維持する最前線の器 官として重要である。皮膚のバリア機能は、最外層の角質層による物理的バリ アが最も重要で、他に表皮に内在する免疫担当細胞による免疫学的バリアが存 在する。最近、表皮角質層の下層にある顆粒層に密着結合(タイトジャンクシ 1 ョン:TJ)構造が見いだされ、新たなバリア構成要素として注目されている。 TJ は血液脳関門などで高度に発達しており、脳への物質移行を厳密に制限する 生体防御機構の 1 つである。皮膚 TJ の生理機能などは未解明な部分が多いが、 物質移行の制御、水分量(蒸散量)の調節および紫外線などによる傷害の標的 となっているなどの報告が続いている。また免疫学的バリアと連携し、外界か らの異物の侵入防御機能を補完しているとの報告もある。上述の皮膚適応剤な どの有効成分にも TJ に対する作用を明らかにし、バリア機能亢進による保湿、 紫外線防御などの「機能性」を指向した製品がある。しかし皮膚の生理機能に TJ がどの程度寄与しているかは不明な点が多く、皮膚適応剤含有の有効成分と 皮膚バリア機能および TJ 機能との関係についての研究は少ない。本研究の第 2 章では、臨床試験において抗シワ効果が報告されたニフェジピンクリーム(本 邦未発売)に着目し、皮膚バリア機能に及ぼす影響についてヒト皮膚表皮細胞 を用いて基礎検討を行った。 2 第 1 章 皮膚疾患患者を対象とした低刺激性スキンケア製剤の使用 試験 背景・目的 皮膚科の処方箋を応需する当薬局には様々な皮膚のトラブルを抱えた患者が 来局し、様々な質問・問い合わせを受ける。その中でも日常業務において、医 師から「診療の妨げになるような化粧品は売らないでほしい。」という要望や、 患者さんから「安心して使える化粧品はないか?」という問い合わせが多々あ る。そこで、当薬局で販売している以下の 3 種の化粧品で、様々な皮膚疾患に 安全に使用でき、かつ治療の妨げにならない製品を明らかにすることを目的と して、重大な皮膚トラブルを有しない 200 人の患者を対象に、接触皮膚炎が好 発する期間である 2 週間を目安に、有用性および安全性に関する連続使用試験 を実施した。 <被験製品> ・ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉 ・ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉 ・2e(ドゥーエ)[化粧水] <参考資料:接触皮膚炎の好発時期> 好発時期 a. 薬剤による重症の刺激性接触皮膚炎は、使用直後、あるいは当日に痛みを伴 って皮疹が出現する。 b. アレルギー性接触皮膚炎は、あらかじめ感作されている場合は 24 時間から 72 時間後に皮疹が惹起される。しかし、感作されてはじめて発症する場合は、1 3 週間から 2 週間後に皮疹が発症する。 【参考文献】接触皮膚炎診療ガイドラインより 日本皮膚科学会接触皮膚炎診療ガイドライン委員会 【参考文献】重篤副作用疾患別対応マニュアル 平成22年3月 厚生労働省 作成 4 作成 薬剤による接触皮膚炎 より 方法 1.対象 皮膚に重大なトラブルのない患者、乾燥肌、脂性肌、軽症のニキビを有する 患者、軽症のアトピー性皮膚炎(以下 AD)を有する患者、200 人を対象とした。 なお、本試験内容に関しては開始前に試験の目的及び方法を十分説明し患者の 同意を得た。また以下に該当する患者は除外とした。 [除外基準] ①試験に不適当な皮膚疾患のある患者 ②その他、医師が被験製品を使用することが不適当だと判断した患者 2.被験製品の概要と使用方法 以下の 3 製品を被験製品として用いた。それぞれの配合成分は資料 1 に示し た。 ・ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉 ・ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉 ・2e(ドゥーエ)[化粧水] 被験製品はそれぞれ顔面に、1 日 2 回朝と夜の洗顔後、2 週間連続使用した。 一つの製品の試験が終了してから、次の製品による試験までは 2 週間~1 ヶ月の 間隔をあけた。重篤な副作用が発現した場合は、即座にその製品の使用を中止 し症状が完治した後、2 週間~1 ヶ月の間隔をあけた後に、次の製品による試験 を行った。 <資料1> ・ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉 5 有効成分:グリチルリチン酸2K その他の成分:水、BG、濃グリセリン、ヒアルロン酸Na-2、加水分解シ ルク液、α-グルコシルグリセロール液、α-シクロデキストリン、クエン酸、 ジエチレントリアミン5酢酸5Na液、N-ヤシ油脂肪酸アシル-L-アルギ ニンエチル・DL-ピロリドンカルボン酸塩、ヒノキチオール ・ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉 有効成分:グリチルリチン酸2K その他の成分:水、濃グリセリン、BG、ヒアルロン酸Na-2、加水分解シ ルク液、水素添加大豆リン脂質、α-グルコシルグリセロール液、オクタン酸 セチル、軟質ラノリン脂肪酸コレステリル、クエン酸、ジエチレントリアミン 5酢酸5Na液、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ヒノキチオール、フェノ キシエタノール ・2e(ドゥーエ)[化粧水] 配合目的 :成分 保湿剤 :グリセリン、キシリトール、BG、PEG-75 界面活性剤 :PEG-60 水添ヒマシ油 pH 調整剤 防腐剤 :クエン酸、クエン酸 Na キレート剤メタリン酸 Na :フェノキシエタノール 基剤 :トコフェロール 溶媒 :水 6 3.被験部位 顔面を被験部位とした。 4.試験中の治療とスキンケア等に関する制限事項 試験開始後に新しく薬剤、保湿剤、化粧品を使用することを禁止した。試験 開始前から使用している薬剤、保湿剤、化粧品については使用の制限は行わな かった。 5.試験実施施設 本試験は有限会社通谷薬局からそれぞれの製品を供給して実施した。 6.試験スケジュール 試験開始日、2 週間後に問診と観察を行った。異常、違和感などがあった場合 はその時点で問診と観察を行った。 7.観察項目 試験開始日、2 週間後に顔面の皮膚症状(乾燥・落屑、紅斑、丘疹、浸潤、掻 破痕)の観察、被験者の自覚症状(使用感、刺激感、掻痒感)について問診し た。 皮膚症状と自覚症状については 4 段階(なし、軽度、中等度、重度)で評価 した。 また有害事象が認められた場合にはその発現日、症状の内容と程度、資料と の因果関係(あり、なし、不明)を考察し記録した。有害事象のうち被験製品 との因果関係が「なし」以外を副作用として取り扱った。 7 8.評価項目 (1)安全性 試験終了後に副作用の発現状況をもとに被験製品の安全度を以下の 3 段階に わけ、評価を行った。 ①安全:副作用なし ②ほぼ安全:まれに副作用が認められたが、おおむね使用を継続できた。 ③問題あり:副作用が多数認められ、使用を継続できなかった。 (2)アンケート調査 被験者に対して、試験開始日、2 週間後に皮膚の状態、被験製品の効果に対する 評価についてアンケート調査を行った。 9.不完全症例の取り扱い 試験方法を守れなかった事例(被験者の自己都合による中止、試験計画違反 等)は除外した。副作用により中止した事例については、安全性、有用性の評 価については採用した。 8 結果 1.試験実施期間 試験は 2010 年 4 月~2013 年 3 月までの間に実施した。 2.症例の内訳 試験参加の同意取得及び集計対象例は 200 例であった。 (1)安全性集計対象例 各被験製品の使用例数、集計対象例はいずれも 200 例であった。 (2)皮膚所見集計対象例 皮膚所見の集計対象例は各被験製品とも 200 例であった。 3.被験者の背景 集計対象例 200 例を分類すると、 ・男性:47 人 ・女性:153 人 ・10 代:26 人 ・20 代:48 人 ・30 代:42 人 ・40 代:31 人 ・50 代:23 人 ・60 代:15 人 ・70 代:13 人 ・80 代:2 人 となった。 4.被験者の肌のタイプ 被験者より聞き取りを行い、該当するもの(複数選択可)を選択してもらっ た。その結果は以下のとおりであった。 ・乾燥肌:87 人 ・脂性肌:76 人 9 ・ニキビ肌:55 人 ・アトピー肌:49 人 ・特になし:24 人 (複数回答あり) 5.被験製品の安全性評価 (1)有害事象 有害事象の発現は以下のようになった(表 1-3)。 ・ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉 200 例中 9 例(軽度:6 名、中等度:3 名) ・ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉 200 例中 6 例(軽度:3 名、中等度:3 名) ・2e(ドゥーエ)[化粧水] 200 例中 2 例(軽度:2 名) 表 1 ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉の有害事象の詳細 10 表2 ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉の有害事象の詳細 表3 2e(ドゥーエ)[化粧水]の有害事象の詳細 11 (2)因果関係の判定と副作用 有害事象のうち因果関係の判定は以下のようになった。 ・ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉 9 例中(なし:0 名、あり 9 名) ・ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉 6 例中(なし:0 名、あり 6 名) ・2e(ドゥーエ)[化粧水] 2 例中(なし:0 名、あり 2 名) (3)被験製品の安全性 副作用発現の割合と発現状況をもとに判定し、製品の安全性は以下のようにな った。 ・ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉 副作用発現割合 4.5%、安全率 95.5% 「ほぼ安全」 ・ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉 副作用発現割合3%、安全率 97% 「ほぼ安全」 ・2e(ドゥーエ)[化粧水] 副作用発現割合1%、安全率 99% 「ほぼ安全」 12 6.被験製品の有用性評価 試験時の皮膚所見は以下のとおりであった(表 4-6)。 表4 ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉の有用性評価 表5 ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉の有用性評価 13 表6 2e(ドゥーエ)[化粧水]の有用性評価 14 7.使用感に関するアンケート結果 ●ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉のアンケート結果 ☆使用感 非常に良かった:32 人 まあまあ良かった:86 人 あまり良くなかった:67 人 悪かった:15 人 ☆刺激感の有無 刺激感あり:9 人 刺激感なし:191 人 ☆掻痒感について 改善:10 人 不変:50 人 悪化:3 人 もともと痒みなし:137 人 15 ●ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉のアンケート結果 ☆使用感 非常に良かった:36 人 まあまあ良かった:98 人 あまり良くなかった:54 人 悪かった:12 人 ☆刺激感の有無 刺激感あり:6 人 刺激感なし:194 人 ☆掻痒感について 改善:16 人 不変:44 人 悪化:3 人 もともと痒みなし:137 人 16 ●2e(ドゥーエ)[化粧水]のアンケート結果 ☆使用感 非常に良かった:42 人 まあまあ良かった:101 人 あまり良くなかった:49 人 悪かった:8 人 ☆刺激感の有無 刺激感あり:2 人 刺激感なし:198 人 ☆掻痒感について 改善:25 人 不変:38 人 悪化:0 人 もともと痒みなし:137 人 17 考察 低刺激性スキンケア製品(化粧水)として当薬局で販売している 3 品目につ いて行った使用試験の結果をまとめると以下のとおりであった。 ●安全性について 2e(ドゥーエ)[化粧水] では 99% ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉では 97% ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉では 95.5% の順に安全性が確認された。 ●使用感について 2e(ドゥーエ)[化粧水]では 71.5% ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉では 67% ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉では 59 % の患者が、「良かった」または「まあまあ良かった」 と答えた。 ●乾燥・落屑について 2e(ドゥーエ)[化粧水]では 87 人中 41 人の 47.1% ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉では 87 人中 38 人の 43.7% ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉では 87 人中 32 人の 36.8% の患者が試験後の方が改善したと答えた。 ●痒みについて 18 2e(ドゥーエ)[化粧水]では 63 人中 25 人の 39.7% ノブフェイスローション(R)Ⅲ〈しっとり〉では 63 人中 16 人の 25.4% ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉では 63 人中 10 人の 15.9% の患者が試験後の方が改善したと答えた。 以上より、これらの被験製品を日常的なスキンケアとして用いることは、AD 等の皮膚疾患に伴う乾燥症状や痒み症状の改善にある程度有効である事が証明 された。皮膚の乾燥とバリア機能の低下を補完し、AD 再燃を防止するための保 湿剤・保護剤等の外用剤によるスキンケアの継続使用の必要性は日本皮膚科学 会アトピー性皮膚炎診療ガイドラインにおいても明記されている。本被験製品 は AD に対して予防的に使用するスキンケア製品として有用であると考えられ る。ただし、あくまでも化粧品であり医薬品ではないため使用感は良くても、 乾燥に対しての保湿効果は高くはない点に留意する必要がある。 ノブフェイスローション(L)Ⅲ〈さっぱり〉とノブフェイスローション(R) Ⅲ〈しっとり〉で中等度の副作用を発現した 3 人の患者は同じ患者であり、両 被験製品に共通する成分に対するアレルギーではないかと推測できるが、特定 できていない。今後の検討が必要である。 3 品目ともに、特に皮膚にトラブルのない患者、乾燥肌、脂性肌、軽症のニキ ビを有する患者、軽症の AD を有する患者など様々なタイプの皮膚に安全に使 用でき、かつ治療の妨げにならずに様々なタイプの皮膚に対し有用なスキンケ ア製品であることが示唆された。 19 第2章 皮膚バリア機能に及ぼすニフェジピンの影響 背景・目的 皮膚は、人体における空気と水の境界面で、外界からの毒や感染物質の侵入 を防ぐバリア機能と、水分の体内からの過剰蒸散を抑える機能とを持ち合わせ る。皮膚のこのバリア機能に問題が生じると、アトピー性皮膚炎などの病的な 症状を引き起こすほか、乾燥肌、加齢による老化、ニキビなどの美容上の問題 が発生する。最も重要な皮膚バリア機能は、物理的バリアである。このバリア 機能は、角質層の脂質二重層、表皮の酸性度、表皮細胞のターンオーバーと分 化過程に影響するカルシウムイオン勾配、更に顆粒層に存在するタイトジャン クションにより維持されている。各構成成分が破壊されると、表皮の透過性亢 進を引き起こし、様々な皮膚症状や兆候が現れる。 最近の臨床研究で、局所用ニフェジピンに抗シワ効果があると報告されてい る。具体的には、90 日間、ニフェジピンクリームを連続塗布した結果、シワの 深さに改善がみられ、さらに経皮の水分蒸散防止にも効果があった。アセトン 塗布による表皮バリア障害モデルマウスでは、経皮水分蒸散の修復がニフェジ ピンにより促進された。これらの研究結果はニフェジピンの表皮バリア機能の 改善作用を有する可能性を示唆するが、そのメカニズムは不明である。 カプリン酸(C10)は、表皮バリアの透過性亢進を引き起こすことが知られて いる。培養角化細胞を用いた実験で、C10 は、クローディン1やオクルディン などのタイトジャンクション構成タンパク質の細胞局在を変化させることによ り経皮電気抵抗値(TER)を減少させる。クローディン1欠損マウスに経皮水 分蒸散量の上昇やシワ形成がみられることを考慮すると、C10 処置培養角化細 胞は、皮膚バリア機能(シワや経皮水分蒸散など)改善メカニズム研究のため 20 の in vitro モデルとして役立つ。本章では、C10 処置ヒト表皮角化細胞を用い て表皮バリア機能に対するニフェジピンの影響について検討した。 21 方法 1.使用細胞株 ヒト表皮角化細胞 NHEK (Normal Human Epidermal Keratinocytes)を使用 した。 2.培地 継代培養用培地(通常培地)として、HuMedia-KB2(KURABO)に 10µg/mL イ ンスリン, 0.1ng/mL ヒト組換え型上皮成長因子(hEGF), 0.67µg/mL ハイドロコ ーチゾン, 50µg/mL ゲンタイマシン, 50ng/mL アンフォテリシン B, 0.4%V/V ウ シ脳下垂体抽出液(BPE)を添加した HuMedia-KG2 を調整した。 3.試薬調製 ○50mM Nifedipne Nifedipine(SigmaN7634) 17.8mg DEMSO 1025µL 50mM Nifedipine Stock 溶液として調整。常時冷凍保存。 ○1.8M CaCl2 CaCl2 蒸留水 1.8M CaCl2 Stock 溶液として調整。常時冷蔵保存。 22 ○HuMedia-KG2+CaCl2 HuMedia-KG2 20mL 1.8M CaCl2 36µL HuMedia-KG2+CaCl2 混合培地 ○0.5mM Nifedipne 50mM Nifedipine HuMedia-KG2+CaCl2 0.5mM Nifedipine ○5µM 20mL 2.0µL 200µL 202µL Nifedipne 0.5mM Nifedipine 50µL HuMedia-KG2+CaCl2 5mL 5µM Nifedipine ○50µM 5050µL Nifedipne 0.5mM Nifedipine 500µL HuMedia-KG2+CaCl2 5mL 50µM Nifedipine 5500µL ○SodiumCaprate Sodium Decanoate(Sigma C4151-5G) 7.5mg 386µL 蒸留水 100mM SodiumCaprate Stock 溶液として調整。常時冷凍保存。 23 4.WST 試薬 WST-8 はミトコンドリアの脱水素酵素で還元される水溶性のホルマザン色素 である。 5.免疫染色法 試薬 免疫染色法でのクローディン-1 タンパク質発現の検出には、1 次抗体に Rabit 抗 Claudin-1(Invitrogen, Carlsbad, CA)、2 次抗体に Anti-Rabit-FITC (Jackson Immuno Reserch, West Grove, PA)を用いた 6.細胞培養 ヒト表皮角化細胞 NHEK (Normal Human Epidermal Keratinocytes) は HuMedia-KG2 培地を用い 37℃, 5%CO2 存在下で継代培養し、細胞を維持した。 7.TER 測定 皮膚バリア機能の評価方法として、経上皮電気抵 抗(TEER)測定を行った(Fig.1)。Transwel®にて細 胞を培養し、任意の濃度の Nifedipine を添加し、経 日的に TER 測定を行った。 Fig.1 TER(Trans Epitehelial Electric Resistanc)測定 8.WST-8 assay NHEK 細胞生存率は、生化学的な指標として WST-8 assay を用いた(Cell Counting Kit-8, DOJINDO, Kumamoto,Japan)。細胞播種後、HuMedia-KG2 +CaCl2 培地で 10 倍希釈した WST-8 溶液を添加し、インキュベーター内で 2 24 時間発色させた後、マイクロプレートリーダー(Opsys MR, DYNEX technologies, Chantilly, VA)を用いて吸光度(測定波長 450nm, 参照波長 650nm ) を測定した。 9.免疫染色法 Transwell®インサート上の NHEK をエタノール溶液に浸し、‐20℃で 30 分 間インキュベートし、その後さらに氷冷アセトンにて 3 分間室温でインキュベ ートした。リン酸緩衝生理食塩水で 3 回洗浄した後、0.2%の TritonX-100 処理 を行い、室温にて 15 分間ブロッキングワン(ナカラテスク、京都、日本)でブ ロッキングした。その後、クローディン1(Invitrogen, Carlsbad, CA)抗体を 用いて、4℃で 24 時間インキュベートした。リン酸緩衝生理食塩水で洗浄後、 抗ウサギ IgG 二次抗体(Jackson Immuno Reserch, West Grove, PA)を室温で 1時間処置した。染色した細胞は、蛍光顕微鏡(BZ-X710; キーエンス、大阪、 日本)にて観察した。 10.TER 測定・免疫染色法スケジュール Transwel®に NEHK 細胞を播種後、翌日に HuMedia-KG2 培地で培地交換 を行った。その後、分化誘導のため 1.8M CaCl2 36mL を添加し、同時に薬物を 添加した。TER 測定は経日的に測定を行った。 11.ウェスタンブロット分析 細胞を、1%のプロテアーゼインヒビターカクテル(Sigma)を添加した Lysis バッファー(10 mM Tris-HCI pH6.8、100 mM NaCl, 1 mMEDTA, 10% グリ セロール、1% Triton X-100, 0.1% SDS, 0.5% デオキシコール酸ナトリウム、2 25 mM Na₃VO₄, 50 mM NaF, 20 mM ニリンナトリウム十水和物、50 mg/ml PMSF)で溶解した。タンパク質濃度は、BCA Protein Assay Kit(Pierce, Rockford, IL)を用いて測定した。SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、 メンブレンにブロッティングし、ブロッキングワン(ナカラテスク)でブロッ キングを行った。クローディン1とβ-アクチンはそれぞれの特異的抗体を用い て検出した(クローディン1(1:250, Invitrogen)、βアクチン(1:1000; Abcam, Cambridge, MO) )。画像解析には FluorChem SP Imaging System (Alpha Innotech, San Leandro, CA)を用いた。 12.統計解析 データは平均値±標準誤差で示した。一元または二元配置分散分析(ANOVA) 後、多群の比較には Danett’s 検定を行った。危険率 5%を有意とした。すべて の解析は GraphPad Prism 5.0(GraphPad, San Diego, CA)を用いた。 26 結果 1.NHEK バリア機能に対するニフェジピンの影響 NHEK をニフェジピン 0.2 および 1 µM で 10 日間処置し、経日的に TER 測 定を行い、バリア機能への影響を調べた。TER 値は分化誘導後いずれの群も上 昇し、7日目に、対照群(対象培養:1226.4±241.1Ω·cm²)およびニフェジピン (0.2 µM 群:1290.0±133.2Ω·cm², 1 µN 群:1748.0±115.3Ω·cm²)いずれも最高 値を示した(Fig.1) 。ニフェジピン 0.2 µM 処置は、NHEK のバリア機能に影響 を及ぼさない最高濃度であった。したがって、以後の実験では 0.2 µM 処置を行 った。 Fig.1. Changes in TER of NHEK cultures after exposure to nifedipine. NHEKs were incubated with or without 0.2 or 10 µM nifedipine for 10 days. The medium containing the drug was replaced every 2–3 days. The TER of the NHEK cultures was measured on days 5, 7, and 10. Values are means ± SEM (n=3 per group). *p<0.05, significant difference from control cultures. 27 2.C10 誘発 NHEK バリア機能障害 C10 は、FITC デキストランまたはマン二トールの細胞間隙透過性を上昇させ、 様々な培養細胞において TER 値を下げる働きがあることがこれまでの研究で解 明されている。NHEK のバリア機能におけるカプリン酸(C10)の影響を調べ るために、NHEK に C10 を 1 または 10 µM 添加し、10 日間インキュベートし た。Fig.2 に示すように、C10 は NHEK の TER 値を濃度依存的に減少させた。 1 および 10 µM の C10 処置後の TER 値は、対照群(884.3±98.5Ω·cm²)と比 較して、73.3%と 59.2%とにそれぞれ大きく減少した(p<0.05)。WST アッセイ 測定では、15 µM 以下の C10 は、NHEK の生存率には影響しないことが示さ れた(data not shown)。 Fig. 2. Influence of C10 on the TER of NHEK cultures. NHEKs were incubated in medium containing 0, 1, or 10 µM C10 for 10 days. The medium was replaced every 2–3 days. The TER of the NHEK cultures was measured on day 10. Data are expressed as percentages of the value for the control cultures (884.3±98.5 Ω•cm2). Values are means ± SEM (n=4 per group). *p<0.05, significant difference from control cultures. 28 3.C10 による NHEK バリア機能障害に対するニフェジピンの影響 C10 による NHEK の TER 値減少に対するニフェジピンの影響を調べた。正 常バリア機能を変えることなく(Fig. 1)、0.2 µM のニフェジピンは、C10 10 µM 処置によって減少した TER 値を対照群の 93.3±6.0%まで回復させた(Fig. 3A)。次に、C10 および C10 とニフェジピンを処置した際のクローディン1の 細胞局在を免疫染色にて調べた。正常時、クローディン1は細胞境界面に規則 的に局在していた。この規則性は、10 µM の C10 処置により損なわれているこ とが分かった。さらに C10 処置によるクローディン1の局在変化は、0.2 µM の ニフェジピン処置によって規則的な局在へと回復を示した。(Fig.3B)。さらに クローディン1のウェスタンブロット解析では、各群でタンパク質量に変化が 認められなかった(Fig.3C)。 29 Figure 3. Effect of nifedipine on the C10-induced barrier impairment in NHEK cultures. NHEKs were incubated in culture medium (control) or culture medium containing 10 µM C10 alone or 10 µM C10 plus 0.2 µM nifedipine for 9 or 10 days. (A) The TER of the NHEK cultures was measured on day 9 or 10. Data are expressed as percentages of the value for the control cultures (619.9±32.7 Ω•cm2). Values are means ± SEM (n=7 per group). **p<0.01, significant difference from control cultures. #p<0.05, significant difference from C10 group. (B) Immunofluorescence staining for claudin-1 in NHEKs. Left panel: control; middle panel: 10 µM C10; right panel: 10 µM C10 plus 0.2 µM nifedipine. (C) Representative western blots of claudin-1 in NHEKs. 30 考察 現在の研究では、カプリン酸(C10)で誘発した正常ヒト表皮角化細胞培養内で は、二フェジピンが減少した経皮電気抵抗値を逆転させ、クローディン1の免 疫染色の不規則型伝達を整える役割があることが判明されている。 カプリン酸(C10)は、上皮や表皮細胞などのいくつかの細胞型に見られるタイ トジャンクションの障害を経て、バリア機能障害や透過性亢進を誘発すること が報告されている。これらの報告に相反することなく、我々が現在行っている 実験でも、カプリン酸のバリア機能障害や正常ヒト表皮角化細胞培養でのクロ ーディン1の不規則型伝達における誘発性が一貫性をもって証明されている。 二フェジピンは、カプリン酸(C10)の誘発によって引き起こされたタイトジャ ンクションバリアの機能上および形態上の障害から、正常ヒト表皮角化細胞を 保護した。こうした実験結果は二フェジピンに、カプリン酸(C10)の誘発が引 き起こしたクローディン1などタイトジャンクションの形成にかかわるタンパ ク質の不規則構成を再構成し、バリア機能障害を改善させる効果があることを 裏付ける。二フェジピンの保護力は、細胞内の Ca²+流動の制御性およびラメラ 顆粒の分泌の二つのメカニズムが関与していると考えられる。カプリン酸(C10) は、タイトジャンクションの構造とアクチン細胞骨格の変更に伴う細胞内の Ca ²+([Ca²+])濃度を上昇させることがわかっている。このことから、二フェジ ピンはおそらく電位作動型の Ca²+チャネルブロッカーで、Ca²+のカプリン酸 (C10)誘発による上昇を妨げることにより、正常ヒト表皮角化細胞のバリア機能 障害に対して防護措置をとっていると考えられる。クロダ氏等の研究では、カ プリン酸(C10)がタイトジャンクションに関わるラメラ顆粒の分泌を撹乱する ことを発表している。もし、二フェジピンが、カプリン酸(C10)誘発による異常 ラメラ顆粒の分泌を防止することができるなら、このメカニズムを根底に、カ 31 プリン酸(C10)誘発で引き起こした平常ヒト表皮角化細胞のバリア機能障害に 対する、防護措置がなされている可能性が考えられる。このような基本的メカ ニズムを明白にするためにも、さらなる実験の必要性が重要視される。 一方では、培養された正常ヒト表皮角化細胞の分化を、細胞外の濃縮 Ca²+を低 度(0.15 mM) から高度(1.8 mM)へ交換して誘発し、高度の Ca²+が平常ヒト表皮角化細胞のバ リア機能の構成に重要な鍵を握っているということを示した。このことは、正 常ヒト表皮角化細胞のバリア機能維持に対する内細胞の Ca²+力学的役割の矛 盾が存在しうることを意味している。この点を明白にするためにさらなる研究 が必要とされる。 これらの所見を考慮すると、二フェジピンは、タイトジャンクションにおける クローディン1の不規則な局所性を再構成しながら、カプリン酸(C10)に誘発さ れた正常ヒト表皮角化細胞のバリア機能障害を改善する働きがあるとして、試 験的に結論を下すことができる。 この生体外実験は、局所用二フェジピンが顔のシワと経皮の水分蒸散に臨床的 有効性があることを裏付ける最初の実験的根拠をもたらしている。 32 総括 以上、本研究では①皮膚疾患患者への化粧品適応可否に関する使用試験を実施 し、当該化粧品が有用かつ安全に使用できることを明らかにした。また② nifedipine クリーム製剤が TJ に作用し、皮膚バリア機能を改善することを示し た。 皮膚疾患患者に化粧品を提供するにあたっての情報量は十分でない場合があ る。本研究の使用試験はエビデンスレベルこそ低いが、臨床上の有用性は高い。 また有効成分の作用機序を明らかにすることは、有用性、安全性を考慮する上 で欠かすことのできない情報となる。本研究は、皮膚疾患患者への化粧品適応 に関する情報構築の一助となる。薬局薬剤師は能動的に研究を立案遂行し、医 療に貢献する責務があるだろう。 33 参考文献 1) Segre JA. 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