"community ecology of freshwater fishes" 輪読会 2011 年 4 月 9・10 日 Molecular Approaches to Stream Fish Ecology 河川の魚類生態学への分子的アプローチ 担当:田畑諒一 <Abstract・Introduction> 河川の魚類生態系における様々な問題(例;集団の繋がり,集団構造や個体群動態にお ける環境改変の影響 etc)への取り組みは分子遺伝的手法によって大きく発展させられてき た.分子的手法は時空間に渡る生態学的な過程の検証を容易にする.集団拡大・減少,移 動は様々なスケール(最近~遠い過去,局所的な場所~大陸)で見られる.河川生態系固 有の特性は分子的手法を受け入れやすい.なぜなら,河川において考慮される階層構造は, 源流から広大な水域といった,空間的なスケールに言い換えられる.また,河川ハビタッ トは線状であるので,ある魚類個体群は隣の個体群との限定的な相互関係を持って,連続 的に分布する.さらに,河川は時を経て分断分布の障壁を発達させる傾向があり,それゆ えに集団の隔離,局所適応が促進されるが,この過程も分子マーカーを用いて判読される. このようにマーカーに基づく手法によって,それまで不透明であった行動や生態系を明 白にすることが容易になったので,その利用は分子生態学の中のみでなく,生態学の基本 を示す他の分野においても利用が促進されてきている.特に生態学研究の時間的要素の理 解は,生態学研究者にはなじみにくいところがある.この時間的要素の理解には,マーカ ーが持つ進化速度の異質性が関わってくる.マイクロサテライト・AFLP といった進化速度 の速いものは,同時代におけるプロセス(遺伝子流動,ボトルネックや近親交配,有効集 団サイズ,移住率など集団の遺伝的変異トピック)を扱う.一方で,mtDNA や核 DNA は より遅く進化するので,種間や種内の地理学的な関係など,より大きなスケールや過去の 歴史を扱う.また核 DNA は mtDNA 単独では難しい交雑の検証などに使える. ここでは,河川生態学における分子手法の有用性を示す 3 つの例を取り上げる; ①大型サッカーCatostomus latipinnis における mtDNA の多様性の解析~コロラド川流域 での更新世後の厳しい旱魃による集団ボトルネックの示唆. ②一塩基多型によるコロラド川上流での在来サッカーと移植サッカーの交雑と浸透の評価. ③マイクロサテライト DNA によるコイ科の絶滅危惧種(Gila cypha)のグランドキャニオ ンにおける集団間の遺伝子流動と現在の関係の評価. ①MtDNA as a Lens into Deep History <Method> コロラド川流域の北部地区の集団における歴史的な効果の潜在的な痕跡があると考えら える.歴史的な集団のダイナミクスは分子的手法や遺伝データを統合するコンピュータ技 1 術が利用されるまでは明らかにされないできた. 目的:分子集団構造と遺伝的多様性から,進化過程と適切な資源管理の基準を得ること. 材料:コロラド川水系の 14 地点から得られた 581 個体の(内 352 はコロラド川,229 は ワイオミングの Green River)flannelmouth sucker Catostomus latipinnis (Figure 1).このサッカーは中新世に起源を持つ古く,貧弱なコロラド川の魚類相 の構成員である. 領域:mtDNA の ATP8,ATP6, (ND2) .これらの領域の進化速度は速い. 解析:ハプロタイプ数,多型サイト数を数え,それぞれの流域の中でハプロタイプがど のくらい異なるのかを調べた.DnaSP でハプロタイプ多様度(h:集団内のハプ ロタイプの多さ)と塩基多様度(π:ハプロタイプがどれくらい離れているのか 示す)を比較(10%超で深い分化) .TCS による最節約ネットワークの推定.集団 の歴史(分子進化の自然選択に対する中立性)を調べるために Tajima’s D 値,Fu’s Fs 値の算出. <Result> ・642bp のシーケンスに多型は 4.2%しかなかった.Table 1 に示したように全体のハプロ タイプ多様度は高く(h =0.714,SD =0.013),塩基多様度は低かった(π=0.0015,SD =0.00006) . ・29 ハプロタイプが得られたが,全個体の 81%が主要な 3 つのハプロタイプのどれかであ った.この 3 ハプロタイプは 3 つの地域全てで見られた.下流では固有のハプロタイプ が見られなかった.ハプロタイプネットワークは 3 地区間でのハプロタイプの頻度の不 均一性を示した(Figure 2) . ・Tajima’s D と Fu’s Fs から,コロラド川流域全体で集団の急速な拡大が示唆された(Table 2) . <Discussion> 更新世初期の化石量や 1800 年代まで非常に多くの個体が生息していたことを考えると, 今回の遺伝的多様性は低かった.この理由としては,完新世初期~中期に起きた干ばつに よって,環境改変が生じボトルネックがかかったと考えられる.長期の時間スケールを考 えた時,flannelmouth sucker のような長寿の広域分布種でさえも,もろいということが分 かった. この結果はコロラド川本流の他種(特に絶滅危惧種など)との比較に使える.絶滅危惧 種の遺伝的多様性の低さは人間活動による環境の改変が影響した集団サイズの減少や分断 が考えられてきたが,過去の歴史的な干ばつが現在まで影響していることも仮定される. 2 ②SNP Analyses as a Barometer for Hybridization/Introgression <Method> 移入種影響は捕食・競争のみでなく,交雑によって移入先の固有の遺伝子型を消すとい うこともある.特に非常に近い種では交雑種の判別が難しく,交雑の影響の度合いを測る のは容易ではない. 目的:移入種による固有の魚類群集の遺伝子プールに対する現在の影響を検証. 材料:コロラドの Yampa 川 80.5km から得られた 503 個体のサッカー.これらは野外に て外部形態から以下の 6 タイプに分けた.(1) flannelmouth sucker (162 個体),(2) bluehead sucker (138 個体),(3) white sucker (移入種;64 個体),(4) f×w 交雑 個体 (108 個体),(5) b×w 交雑個体 (31 個体),(6) f×b 交雑個体 (0 個体) 解析:SNP(一塩基多型)解析(ゲノム内で,一塩基だけ変異しているところ).本研究 では,3 種のサッカーで異なっている所を特定したプライマーを作成(Table 3) . <Result> ・外部形態による判別と遺伝的解析による判別は 97%一致した. ・15 個体のみ一致しなかったが,それらは white sucker か交雑個体が関係していることが 多かった.この内,5 個体は同一のサンプリング機会に起きているので人為的ミスである と言える(Table 4) . ・上流域(LYC)は white sucker が優占しており,下流では在来が多い(Figure 3) . <Discussion> 外部形態から Yampa 川の多くの個体は F1 個体であると考えられるが,一部に flannelmouth sucker や bluehead sucker と同定されながら,遺伝的には交雑個体であると された個体がいることから,戻し交雑が生じていると考えられる.コロラド川では在来 2 種は同所的に共存しているが,交雑は報告されていない. なお,上流域では在来は大型(老齢)の個体しか見られない一方で,移入サッカーはさ まざまな個体が見られる.これは下流域では見られない. ③Microsatellites as a Gauge for Gene Flow Humpback chub Gila cypha はコロラド川流域固有のコイ科の絶滅危惧種である.この 種はコロラド川水系にパッチ状に分布している.最大の個体群はグランドキャニオン内の 小コロラド川だが,時としてコロラド川本流の特定の場所でも採集される.これは,この 種がある程度,水系内の他の個体群と交流していることを示していると言える. 目的:パッチ状に生息する希少種の個体群間での遺伝子流動の検証.仔稚魚期の浮遊や 3 幼魚・成魚期の潜在的な移動能力が,小コロラド川合流点の上流 48.3km にある地 点 1 以外での個体群間のつながりに寄与していると仮定される. 材料:マーブルキャニオン・グランドキャニオン内の 9 地点から得られた Gila cypha 234 個体(Figure 4) 解析:16 のマイクロサテライトを使用.マイクロサテライトとは,短い塩基配列が繰り 返されている部分で,反復数に多型があり,個体間の親子関係など判別できる. 移住などの有無を調べるために,各遺伝子座および全ての遺伝子座において,ハ ーディー・ワインベルグ平衡からの逸脱を検定.また集団の遺伝的多様度などを 調べるために,ヘテロ接合体の頻度,連鎖不平衡を調べた.ベイズ統計に基づい たソフトウェアを用いて,個体の移動や交雑を調べた. <結果> ・全ての遺伝子座のペア間の連鎖不平衡は 1080 の比較の内 11 で有意だった(偶然のみで の期待値は 10.8) . ・HWE からの逸脱は,2 つの遺伝子座で有意(偶然のみの期待値は 1.4)だった. ・57 の各地点固有のアリルがみつかった.各地点での,これの数はそこでの個体数に相関 するが,地点 1 と 9 のみ例外的に個体数に対して多かった(Table 5) . ・遺伝子プールは 2 つに分かれた.1 つは地点 1 のみで,2 つ目は他の全地点とされた. ・各個体は両遺伝子プールから交雑しているという結果が出た.地点 1 の個体のみわずか ながら,遺伝子プール 1 に属する確率が高い(Figure 5) . <Discussion> 結果から,予測通り小コロラド川より下流の個体は,上流の個体が下流域の個体群に混 ざることが示唆された.また小コロラド川より上流は隔離されているということも示唆さ れた.これは小さい上流集団が下流へ供給するのに足る個体数を生産していないためかも しれない. コロラド川本流は本種が産卵するには寒冷すぎるので,おそらく本流の集団は上流の支 流などから流れ落ちてきた個体によって維持されているのではないかと考えられる.この ように遺伝的に明らかになった各集団の交流などは今後の保全管理に役立つといえる. 4
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