アドホック仲裁による「判例」法形成――国際投資法を題材に

The Murata Science Foundation
アドホック仲裁による「判例」法形成――国際投資法を題材に
Development of Jurisprudence Through Ad Hoc Arbitrations:
the Case of International Investment Law
H23助人10
代表研究者 濵 本 正 太 郎 京都大学 大学院法学研究科 教授
Shotaro Hamamoto
Professor, Graduate School of Law, Kyoto University
International investment law has experienced a radical change in the last two decades. A
rapid development of investor-State arbitration based on treaties started to generate case law
or jurisprudence regarding often ambiguous treaty provisions, such as the obligation to grant
fair and equitable treatment to investors/investments. At the same time, with regard to certain
provisions, such as the most-favoured-nation clause, the obligations observance clause or the
national security clause, we observe a number of contradictory arbitral awards.
It is in a sense normal that investment arbitral tribunals render contradictory awards. They are
first and foremost created on an ad hoc basis. The investor and the host State get involved in the
arbitral procedure to settle a particular dispute and not to develop general rules of international
law. It is however to be noted that investment arbitration bears certain degree of public character,
since it is often governmental measures to pursue public policy that are examined in light of
international investment agreements. The public character of investment arbitration requires
certain degree of coherence of its jurisprudence: Governments and tax payers need to know in
which framework they can act in order to pursue public interest.
A gradual development or construction of arbitral case law can be observed, for example,
regarding the obligation to grant fair and equitable treatment. Successive tribunals gradually
detailed this vague obligation and it is today clearly established that the obligation to grant fair
and equitable treatment include an obligation to protect the investor’s legitimate expectations.
The case law also indicates the conditions in which such legitimate expectations are generated
and frustrated.
紛争処理手段である。そこで適用される規範
研究目的
は基本的に国家間条約たる投資協定でありな
1990年代後半に一気に増加した投資家−国
がら、それを援用するのは投資家という私的
家間の投資紛争仲裁は、私的存在たる投資家
存在であり、用いられる場は仲裁というアド
が、世界中に張り巡らされた国家間条約たる
ホックな手段である、ということから、国際
投資協定のネットワークを利用して、投資受
法の基礎に関わるいくつかの問題が生じてい
入国に対して国際法上の手続(投資協定に基
る。本研究は、その中でもとりわけ注目され
づく仲裁)により国際法上の請求を提起する
る仲裁による「判例」法形成のメカニズムを解
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Annual Report No.26 2012
明することを試みる。
がら、それを援用するのは投資家という私的
仲裁「判例」による国際投資法形成という現
存在であり、用いられる場は仲裁というアド
象は、実践的にも理論的にも大きな問題を提
ホックな手段である、ということから、国際
供している。条約に基づくとはいえ仲裁は仲
法の基礎に関わるいくつかの問題が生じてい
裁であり、仲裁人は紛争当事者により選任さ
る。本研究は、その中でもとりわけ注目され
れる。そのようにして構成される仲裁廷が、
る仲裁による「判例」法形成のメカニズムを解
法解釈の一般的正当性よりも、事案処理の具
明することを試みる。
体的妥当性二位を払うことは言うまでもない。
投資仲裁においても、他の国際法分野同
さらに、仲裁人の多くは国際商事仲裁の専門
様、先例拘束性を定める規範は存在しない。
家でもあることから、およそ「判例法」に意を
すなわち、ある仲裁廷は、類似の事項につい
払わない(商事仲裁は非公開であるため、判
てある特定の判断を示す先行仲裁判断が存在
例法は形成され得ない)商事仲裁的観点が持
する場合であっても、それに従う義務はない
ち込まれがちであることも無視できない。し
(より正確に言えば、それに従わなかった場
たがって、上記の公正衡平待遇義務のように
合であっても、仲裁廷が権限踰越をしたとは
比較的「判例」法の一貫性が高い規範もあれ
判断されない)。
ば、投資契約違反と投資協定(条約)違反との
先例拘束性を定める規範がない場合であっ
関係を定める義務遵守条項や、最恵国待遇条
ても先例に従うべき、という議論が依拠する
項と紛争処理条項との関係のように、およそ
第一の根拠は、法的安定性である。とりわけ、
「判例」法を語ることができないほどに混乱状
投資仲裁については、その公的性質から、法
態にある問題もある。
的安定性の主張が広く見られる。他方で、法
しかし、投資紛争仲裁で合法性が争われる
的安定性の考慮は投資協定仲裁に関しては当
国家の行為は、すぐれて公的な領域に関する
てはまらないとも考えられる。その理由は、
ものであることが多い。本研究は、このよう
現在の投資協定仲裁が、3000を超えるとも言
な問題意識の下、仲裁判断および投資協定の
われる投資協定の一つ一つに基づいて行われ
包括的・継続的分析を基盤とし、仲裁「判例」
ているところにある。しかしながら、同一の
法の形成をもたらす諸要素を明らかにするこ
投資協定における同一の条文の適用が同一の
とを目指す。
事実関係に起因する事案について問題となる
場合(典型的には、アルゼンチン経済危機か
概 要
ら生じた40にならんとする仲裁事案)につい
1990年代後半に一気に増加した投資家 国
ては、同一に解釈適用しなければ大きな困難
家間の投資紛争仲裁は、私的存在たる投資家
が生じる。
が、世界中に張り巡らされた国家間条約たる
法の下の平等も先例に従うことを求める、
投資協定のネットワークを利用して、投資受
といわれる。ただし、実践的にはかなり難し
入国に対して国際法上の手続(投資協定に基
い問題を生む。まず、事実関係において細部
づく仲裁)により国際法上の請求を提起する
まで一致することがあり得ない以上、投資家
紛争処理手段である。そこで適用される規範
Xと投資家Yとが「同様の状況にある」という
は基本的に国家間条約たる投資協定でありな
判断をどのようにして行うべきかは容易でな
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い。次に、投資家Xについて下された判断P
解がどのような影響を与えているかは、無視
が不当であると考えられる場合には、むしろ
できない要素と考えられる。すなわち、仲裁
それに従わない方が適切とも考えられる。
廷が、投資協定仲裁を「公的」なものと捉える
訴訟経済の考慮もしばしば援用される。し
か、商事仲裁類似の「私的」なものと捉えるか
かし、先例の徹底的な調査が必要になため、
により、先例への態度も変わってくる可能性
かえって不経済であるともいわれる。
がある。投資協定仲裁を「公的」ないし「私的」
本研究では、これらの基礎的な考察の上
なもの仲裁廷が理解していることをどのよう
に、いくつかの事項について投資仲裁におけ
に判断するかを含め、今後の課題であり、今
る判例法の(不)形成を調査した。公正衡平待
回の研究で得られた成果を基にして更に深め
遇条項が投資家の「正当な期待」の保護を含
ていきたい。
む、という理解については明確な判例法形成
が見られる一方、投資契約に排他的紛争処理
条項がある場合の義務遵守条項の扱いや、最
恵国待遇条項の紛争処理条項への適用につい
ては、矛盾対立する仲裁判断の並存が続いて
いる状況にある。
このように並べてみると、判例法形成が容
易な分野とそうでない分野とは、比較的明確
に区別することができる。判例法形成が容
易な分野は、
「公正かつ衡平な待遇を与える
義務」や「十全な保護と安全」を与える義務な
ど、問題がいわば程度問題として現れる場合
である。これに対して、投資契約中に置かれ
る排他的紛争処理条項により投資協定上の紛
争処理に訴える権利が放棄されるかどうか、
あるいは、最恵国待遇条項が紛争処理条項に
適用されるかどうか、というような、全か無
か、という形で結論を出さねばならない分野
においては、判例法の形成が見られない傾向
にある。
本研究では、判例法形成を巡る規範的議論
の整理や、判例法形成に関して特徴的現象を
示すいくつかの規範例を巡る仲裁判断の流れ
を押さえることを中心とした。そこからは、
上に述べたような結論が得られるものの、い
まだ十分に理論的検討が深められているとは
言えない。とりわけ、投資協定仲裁の制度理
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−以下割愛−