見知らぬ観客25

黒澤明の最高傑作は何かというと、「生きる」か「七人の侍」か、いろいろと議論があるだろう。
単純に好きな作品はと聞かれたら、私の場合は「天国と地獄」(63年)である。黒澤の本領は娯
楽映画であり、娯楽性と芸術性がみごとに融合されて頂点に達したのが「七人の侍」とすれば、
「天国と地獄」「用心棒」「椿三十郎」などの圧倒的なおもしろさは娯楽性を徹底的に追求したとこ
ろにある。高尚な哲学的映画を格が一段と高いように勘違いしていた当時の映画ジャーナリズ
ムは、黒澤映画をたかが娯楽とさげすんだ。彼が高く評価されたのは、恥ずかしいことにむしろ
海外であった。
「天国と地獄」は、エド・マクベイン原作「キングの身代金」の映画化である。原作はアメリカの警
察小説として有名なニューヨーク市警87分署シリーズのひとつだ。最近、英米や北欧はもとより日本でもいわゆる警察小説が隆盛だが、
そのはしりだといってもいい。黒澤がこれを映画化するといったとき、周囲は何でいまさら世界のクロサワがアメリカの三文ミステリを映画
化するのか、といぶかったっり、揶揄する声があったようだ。87分署シリーズが二流のミステリかといえばそれはどうかと思うけれど、少な
くとも「キングの身代金」はシリーズ中でも上位に位置する作品ではなかった。というより、黒澤はおそらく、敢えて中程度のできの作品を
選んだのではないか。いや、真相はたまたま読んだミステリが誘拐を扱っていて、黒澤は普段から誘拐事件の量刑が相対的に軽いと感
じていたらしく、そういう問題意識と合致したからいうこともできる。まあ、しかし、たとえば、ビリー・ワイルダーがアガサ・クリスティを映画
化して大成功を収めた「情婦」の原作もクリスティの中では中位以下に位置する短編小説だった。ヒッチコックの「サイコ」だって原作はキ
ワモノ・ミステリの最たるもので一流のものではない。むしろ、評価が定まった一級のミステリよりも中ぐらいの作品のほうが映画化するの
に向いているのかもしれない。
ことほどさように、できあがった「天国と地獄」は日本映画史上屈指といえるサスペンスの秀作となった。私はずっと後に滋賀県文化体
育振興事業団の催しか何かで鑑賞したのだが、高校生だった私は世の中にこんなにおもしろい映画があるのかと、すっかり惚れ込んで
しまった。
映画は、こうである。高台にある洋風邸宅。製靴会社の常務(三船敏郎)のひとり息子(江木俊夫)が社用車の運転手の息子と家の外
で西部劇ごっこなんかをして無邪気に遊んでいる。そのうち、犯人から常務邸に「息子を誘拐した」と身代金を要求する電話が入る(写真
上)。常務と妻(香川京子)が狼狽するなか、くだんの息子が家の中に戻って来る。犯人は人違いをして、運転手の息子を誘拐してしまっ
たのだ。通報を受けた仲代達矢扮する警部以下がさっそうと常務邸に乗り込んでくるところは、なかなか格好よくて、当時はアメリカの犯
罪ドラマに登場する刑事みたいで現実味に乏しいという非難がましい批評が出たほどだ。たしかに、日本映画に登場する刑事はよれよ
れの背広を着た野暮ったい猛者というのがお決まりだったが、仲代の警部は頭のてっぺんからつま先まで一分の隙もないようなスカッと
した切れ者の紳士であった。
犯人をおびき出すために取りあえず身代金を用意してほしいという警察に対して、常務は自分の息子じゃないのに何で用意する必要が
ある、と取りつく島もない。運転手は、妻を亡くしていて、男手ひとつで育てた息子を誘拐され、おろおろするばかり。常務の妻は、息子の
身代わりに誘拐されたのだから何とか助けてあげてと夫に懇願する。この常務は叩き上げの靴職人から工場担当の重役に登り詰めたと
いう設定だが、社内の重役の間では主導権争いが起きていて、自社株を買い増すために大金が必要だという事情があった。常務べった
りのイソギンチャクのような秘書(三橋達也)がおり、常務のために株買い占めに暗躍していて、とても他人の子どものために大金を支払
う余裕などない。ところが、この秘書がいつの間にか常務を見限ってライバルの重役側に寝返ったものだから、失意の常務はとうとう身代
金の支払いを決断することになる。
金の受け渡し場面は映画史に残る名場面だ(写真下)。犯人は特急「こだま」の窓から7センチ幅の鞄に入れた現金を指定の地点で外
に落とせと走行中に指示してくる。携帯電話が無い時代だから車内電話だ。実際、国鉄の協力を得て走行する列車で撮影しているのだ
が、当時も特急の窓はさすがに開かないようにできていて、洗面所の窓だけがわずかに7センチ開くというの
だ。こういう細部の仕掛けが黒澤映画の魅力で、感心した。犯人を確認しようと、刑事が常務に付き添って同
乗しており、8㎜カメラを構えて窓外を撮影する刑事もいる。この場面の緊迫感はかなりのものだった。指定の
場所には約束どおり運転手の子どもの姿があり、現金入り鞄が落とされると同時に開放される。この子を常務
自らが迎えに行く場面は感動的だ。常務が無事な子どもを見てわが子のことのように喜び思わず抱きしめる
と、その後方で仲代以下の刑事達も見守っているのだが、中でもコワモテのベテラン刑事(石山健二郎)が入
道のような頭と顔をこすりながらもらい泣きをごまかすところが泣かせた。うまい演出である。
子どもが戻り、警察は遠慮無くおもてだった捜査を開始する。犯人とのやりとりの録音を再生するうちに背後でかすかに電車の音を聞き
取った刑事が、根気よく電鉄会社を回る。名傍役の沢村いき雄扮する電鉄マンがカーブを曲がる電車の音の口まねをしながら、「江ノ電
だ」と特定するところがおもしろかった。こうして、やがて、もろもろの手がかりから下町の安アパートの一角で苦学する医学生(山崎努)に
行き着くのである。かれは高台にある立派な常務邸を見上げながら毎日を暮らしているのだが、みずからの希望に満ちた未来を見つめ
ることをしないで、貧しかったこれまでの惨めな半生を恨み、何不自由なく幸せそうに暮らす常務一家を妬んでいた。題名の「天国と地
獄」はそこから来ている。
この映画は毎日映画コンクール大賞、キネマ旬報ベストテン第2位(因みに1位は今村昌平「にっぽん昆虫記」)、当時選考されていたN
HKの最優秀作品賞に選出され、高い評価を得た。犯人役を演じた山崎努が注目されるようになった一作でもある。
映画がヒットしたのはよいが、黒澤の製作意図に反して、皮肉なことに模倣するような誘拐事件が続発するという思わぬ現象を引き起こ
した。たとえば、この映画が公開された直後に「吉展ちゃん事件」が発生している。ただし、結果的に刑法が改正されて誘拐罪の重罰化を
もたらしたというから、黒澤の思いが通じたのである。 (2014年1月1日)