意気が合うとか合わないということは仕事をするうえでも重要な要素となる。チームワー クの場合は成果にも影響する。映画の世界でも、監督と主演スターには相性というものが ある。たとえば、そうした名コンビで数々の名作を生み出したといえば、まずわが国では小 津安二郎と原節子、溝口健二と田中絹代、黒澤明と三船敏郎、木下恵介と高峰秀子が有 名だろう。海外では、ジョン・フォードとジョン・ウェイン、ビリー・ワイルダーとジャック・レモ ン、イングマール・ベルイマンとマックス・フォン・シドー、ティム・バートンとジョニー・デップ などが思い起こされる。中でも、私が大好きなコンビはジョン・ヒューストン(写真上)とハン フリー・ボガート(写真下)だ。 ヒューストンの父親は戦前からの名優ウォルター・ヒューストンだが、その血を受け継い で、ときたま俳優としても渋いところを見せた。晩年はロマン・ポランスキー監督の私立探 偵もの「チャイナ・タウン」(74年)でクセ者俳優のジャック・ニコルソンを相手に悪役を好演 している。しかし、ヒューストンといえば野性味ゆたかな硬派の男性派監督である。その監督デビュー作は、ハー ドボイルド探偵小説の名作「マルタの鷹」の映画化(41年)であった。この小説はヘミングウェイの乾いた文体に 触発されたダシェル・ハメットが探偵会社に勤めていたころの実体験を元に書いたという私立探偵もので、刊行 されるや一躍ベストセラーとなった。短いセンテンスでものごとをドライに描写していく文体から、この種の探偵小 説は「固ゆで卵(ハードボイルド)」と名付けられ、やがてエラリー・クイーンを代表とする謎解きものにかわってア メリカの探偵小説界で本流をなすまでになる。それで、「マルタの鷹」は1930年代に二度も映画化されているの だが、あまり評判にならなかったようである。ヒューストンは三度目のリメークにあたって、自分なら原作の持ち味 を生かした、これまでに無い乾いたタッチの探偵スリラーに仕上げてみせるという自負があったのかも知れな い。主人公の私立探偵サム・スペード役には、もっぱらギャング映画や犯罪映画の悪役を得意としたハンフ リー・ボガートを起用した。ボガートは二枚目俳優があまた君臨するハリウッドにあって、きわめて特異なポジショ ンにいた稀代の個性派スターだが、当時は人相のよろしくない傍役俳優だった。裕福な開業医の家庭に育った ボガートは将来を嘱望されながら、芝居に興味を持ち、結局役者を志すようになった。しかし、いかにも苦虫をか みつぶしたようなしかめっ面だから、役者としては苦労が多かった。長い下積みを経て、ようやく年の若いヒュー ストンの目にとまったのである。この成功によって、ボガートはたちまち注目されるところとなり、ナチを嫌ってハ リウッドへ避難してきたハンガリー出身の監督マイケル・カーチスがドイツ憎しの一念で撮った名作「カサブラン カ」(42年)の主役に抜擢され、ボギーの愛称で親しまれる第一線スターに躍り出た。 第二次大戦後、米ソ冷戦という政治的枠組みの中で米国内ではマッカーシー旋風 (赤狩り)が吹き荒れ、そうした時代のなんとなく暗い世相を映すように、フィルム・ノ ワール(暗黒の映画)と呼ばれる犯罪映画が流行する。まさにボギーとしては打って つけのジャンルであり、ハメットと並ぶハードボイルドの人気作家、レイモンド・チャン ドラーの「大いなる眠り」が巨匠ハワード・ホークスによって映画化(「三つ数えろ」46 年)されたときも私立探偵フィリップ・マーロウ役としてボギーに白羽の矢が立った。 マーロウは小説「プレイバック」の中で「タフでなければ生きていけない。優しくなけれ ば生きている資格がない」という名台詞を吐いて有名となった名探偵だ。 ところで、ヒューストン=ボガートコンビは「マルタの鷹」の後、「アクロス・ザ・パシ フィック」(本邦未公開、42年)「黄金」(48年)「キー・ラーゴ」(同左)「アフリカの女王」(51年)「悪魔をやっつけろ」 (53年)と続いて行く。ヒューストンは、この合間にドキュメンタリーを含めて実に精力的に作品を発表しており、監 督に進出するまでは有能な脚本家でもあったので、監督業の傍ら他人のために台本の執筆も続けた。戦後の 「黄金」は、監督の父ウォルター・ヒューストンの名演が印象的だが、ゴールドラッシュに目がくらんだ一攫千金を 夢見る男たちの凄絶な生き様が見る者を凍りつかせる力作だった。そのあとの「キー・ラーゴ」は、ボギーが旧友 を訪ねてやって来たホテルにエドワード・G・ロビンソン率いるギャング一味が居座っており、両者が対決する話 である。ロビンソンは往年のギャング映画スターの貫禄満点で、黙って座っているだけでも迫力があった。作品と してもよく出来ていた。(この項つづく)(2013年6月1日)
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