[研究ノート] 日本の IT 産業:グローバル優位性構築へ向けての経営戦略 日本電気(株)顧問 奥山紘史 〈要旨〉 日本の成長の牽引役でなければならない日本の IT 業界は、IT バブル崩壊以降足踏み状態に ある。その主たる理由は、市場と技術の変化の対応という壁にぶつかっているからである。市 場と技術の変化の壁とは何か? そしてその壁を乗り越え IT 産業のグローバル優位性は如何 にしたら構築できるのであろうか? 市場ではハードウェアからソフトウェア、金物からサー ビスへとダイナミックなバリューシフトが起こっており、新たな経営モデルの構築が求められ ている。これまでの延長線上にあるものの限界を省み、延長線を断ち切った変革の経営戦略に ついて次の 4 つの戦略を提起し論議する。①異質人材の登用、②経営モデルの革新、③ナショ ナルフラッグ業種への注力、④世界に先行する技術開発センター(グローバル COE) 。 基本 的論点として、異質を尊ぶ“異文化経営の志”こそが、変革の鍵であり、グローバル競争優位 性構築のボトムラインであると言える。 〈キーワード〉 ソフト化、異質人材、経営モデル変革、グローバル COE、異文化経営の志 1.はじめに 15 年の低迷と衰退から漸く抜けだし、日本経済は成長軌道に戻り始めた。しかしながらこの 景気回復の最大の要因は中国特需であろう。鉄鋼を中心とする重厚長大の工業製品の輸出貢献 である。こうした中で本来、日本経済の牽引力を果たさねばならない情報通信機器産業は IT バブル崩壊以降残念ながら足踏み状態が続いている。 私は、40 年余りにわたり日本電気 (NEC)という情報通信企業に身をおき、このうち 30 年あまりは海外事業一筋でやってきた。 70 年代半ばからの 30 年を振り返ると NEC は、常に海外市場を“競争と技術開発の試練場” - 116 - として位置づけ成長戦略の重要な柱として様々な海外事業展開に挑戦してきた。その結果とし て、確かに NEC には誇ることの出来るグローバル戦略がある。他方、これらの戦略資産を活 かしきれず、今日新たな試練の壁にぶつかっていることも事実である。最近出版された著名な 国際経営の書籍の中でも、日立、NEC、富士通が問題児企業群に凋落し、厳しい評価に甘んじ ている状況が指摘されている。はなはだ残念である。情報通信による 21 世紀型グローバリゼ ーションで日本の産業構造を再構築できなければ日本の未来はないという危機感は、事実多く の有識者の見解でもあり、この業界に身を置く者として使命観と責任を強く感じている。 本稿では、まず自らもその一端に携った NEC のグローバル戦略のいくつかを整理し記述し たい。そして市場と技術の変化の認識の上でこれまでの延長線上にあるものの限界を省み、延 長線を断ち切った変革の経営戦略は如何にあるべきか、について論じたい。 2.IT 企業のグローバル戦略;NEC の事例から ①海外事業のコア・コンピテンス NEC の海外事業は、戦後アジアでの賠償 project からから出発した。半世紀やってきたが、 リスクの実損も少なからずあった。他方、苦労の甲斐あって国内からグローバルに上手く拡が った事業もある。海外で花開き、これからも拡大が見込める、いわばコア・コンピテンスとし て、以下のような技術・製品がある。 ⇒モバイル技術(UMTS) 、サービス Gateway(i-mode) ⇒Biometrics(指紋照合/PID) ⇒電子政府、国民 ID、e-immigration、e-passport ⇒スーパーコンピュータ ⇒無停止型コンピュータ ⇒企業向け情報通信システム;VOIP/WiFi/CRM ⇒LCD モニタ Biometrics は NEC の誇る看板技術だが、なかでも、AFIS(Automatic Fingerprint Identification System)即ち警察指紋照合システムでは、20 カ国におよそ 120 システムを納 入している。日本に次ぐ大きな実績のある米国では、累積ベースで 40%ほどのシェアを有して いる。指紋照合技術は、テロ対策の要の技術であり、米国政府はとりわけ有力 Vendor の技術 評価に強い関心を持っている。米国司法省は 2004、2005 年に世界の有力 vendor 8 社を対象に - 117 - 評価試験をおこなった。この評価試験でいずれの年も NEC は、No.1に選ばれているが、米国 のイミグレーションのシステムは、残念ながら米国の COGENT 製である。 次にスーパーコンピュ-タだが、全世界で 870 システム、日本を除いても 400 システムの実 績がある。欧州での実績が顕著だが、北米での実績 48 はすべてカナダで、米国には一台の実 績もない。日米摩擦の象徴的なケースであるのは、周知のとおりである。 余談だが、筆者が 90 年代半ばに北米地域を担当した時期にスーパーコンピュータの営業をし たことがある。米国の著名な多国籍企業だったが、米国の外でスパコンを利用するようにして 当社製を購入してくれたケースがある。 ②現地発の事業資産と水平展開 時を重ねるのに伴い現地の開発力・システムインテグレーションの力もつき、現地発の製品 や事業もだいぶ育ってきた。シンガポール、香港のボーダコントロール、アルゼンチンの電子 政府、最近米国では、Tailgating 探知システム(不審者侵入監視)を北米研究所の開発で製品 化した。またオーストラリアで開発した ADSL もアジア各国に広く輸出されるまでになった。 (注) 下の図は、現地発の事業資産と地域間の水平展開の状況を visualize したものだが、現地発 の製品や技術も海外の拠点間同士で積極的に活用されるようになってきている。 (注)製品開発の現地化は 1970 年代には途上国の国産化要請に沿い南米を中心に展開 された。80 年代には現地のニーズにより的確に対応すべく米国、豪州での開発も 強化された。加えて開発成果を海外地域間で展開する方針を“メッシュグローバ リゼーション”とよび本社のトップの旗振りのもとで推進された。現在はこうし て培われた文化が、本社からの新製品投入不足を補う戦略展開としてグローバリ ゼーションに貢献している。 - 118 - 現地発の事業資産と地域間水平展開 現地発の製品技術が海外の拠 点間で積極的に活用されるよう になってきた。 欧州の主要空港から の受注 Tailgating探知 システム PBX業種アプリ 顔認証security e-イミグレーショ ン BB製品;ADSL 次世代通 信SI 電子政府 PBX業種アプリ 国民ID 17 ③海外で展開する R&D と戦略展開 最近、特に強く感じていることは、海外で築いてきた R&D 資産の活用とさらなる強化であ る。NEC にあって、この R&D の海外展開は、かなりの歴史と経験があり、その結果でもある が、北米、欧州、中国のいずれにあっても、かなりのレベルの研究成果が出てきている。前述 した北米研究所で開発した不審者侵入監視システム、 “スマートキャッチ”は一例だが、このよ うに世界の市場に活かせる技術も誕生している。 インドあたりも次の候補だが、なんと言っても顧客の至近距離での研究開発に意味があり、 欧米、中国へ一層の研究投資が必要だと感じている。日本が必ずしも世界の最先端市場ではな くなってきている今、こうしたグローバル視点での R&D リソースの活用こそが、とりわけ NEC のような業態のグローバリゼーションには重要な戦略視点であると思う。 3.日本のハイテク業界の基本的挑戦課題 ここからは視点をもう少し広げ、日本のハイテク業界の挑戦課題について論じてみたい。 正直なところ、日本のハイテク分野でグローバルな競争力を有するといえるのは、松下、シャ ープ、ソニ-といった digital 家電、キヤノン等の精密機器である。Digital 家電もサムソンや - 119 - LG に代表される韓国勢にだいぶ席巻されつつあるが、IT の領域は、一部の分野を別にすれば 残念ながら欧米の vendor のフォロアーの状況にある。後に議論を進めるが、標準化とソフト ウェアがこの状況を打破する大きな鍵である。安倍政権になって、尾身幸次氏の“科学秘術立 国論”が日本再生の表舞台に立った。ただ、この科学技術立国日本の実現は、IT 抜きには果た せない。 ①日本の電機業界、分野別構成 日本のハイテク業界をもう少し詳しく見ると、コンピュータ/ソリュ-ションという分野が AV すなわち DIGITAL 家電と1、2位を争う規模であることが分かる。この IT 分野がこけて しまっては日本のハイテクは沈没しかねない。2004 年と少々古い統計だが、ハイテク 9 社合 計では 50 兆円を超え、2004 年では、なんと日本の自動車全体 49 兆円をも上回る日本最大の 産業である。 主要製品ごとの大手電機9社売上高合計額;50兆円 コンピュータ/ ソリューション 6.5兆円 AV機器 6.4兆円 産業用機器 半導体 白物家電 パソコン 携帯電話 2004年度 重電 0 出典;ドイツ証券 10 20 30 40 50 注;電機9社;日立、東芝、三菱、NEC、富士通、ソニ-、シャープ、三洋 60 70 22 (千億円) ②各社の海外比率 海外売上比率をみても NEC、日立、富士通の IT 系企業とデジタル家電、精密機器企業、さ らには欧米のトップレベルのハイテク企業との間には歴然たる差が出ている。やはり海外で戦 えるからこそマーケットのパイの大きさに即した売上を実現できるのです。営業利益率でも - 120 - NEC、Fujitsu、日立は他の業種に比べ低いし、IBM なんかに比べると桁単位で劣る。狭い国 内市場で熾烈な競争をしていることもあるが、ビジネスの構造、ビジネスモデルをはじめとす る経営戦略そのものを見直さねばならなくなっていることを痛感している。 エレクトロにクス各社の海外売上比率 (2004年) 全社売上に対する海外(自地域外)売上高の比率 0% 20% 40% 60% NEC *1 27% 日立 27% 富士通 80% 100% 30% 71% ソニー *2 松下 43% *2 (米州以外) キャノン 三星 84% 65% HP 57% IBM 57% Nokia 60% (韓国・周辺地域以外) (西欧以外) (西欧以外) (西欧以外) 21 *1注 当社海外比率は顧客所在地ベース *2注 単独ベース (社内での作成資料より引用) ③グローバル優位性の鍵は? 本題に論を戻すと、IT 分野での優位性確保の鍵は如何にという課題に行き着く。結論から言 うならば、世界標準をとること、ソフトウェアでの先取性、創造性にある。それでは、世界標 - 121 - 準が取れない、ソフトウェアの世界での劣勢はなぜだろうか? ④標準化の意味 業界標準、世界標準など、いわゆる標準化を握ることがグローバル競争を征するうえで益々 重要になってきている。経済のグローバル化で商品は世界を自由に駆け巡るようになった。加 えてネットワークのグローバル化で同じソフトを使う人が増えるほど相互に情報をやり取りす る仲間が増えるわけでハードウェアに加え、ソフトウェアの標準化が世界制覇の鍵となってい る。日本が標準化で遅れをとってしまったのは、やはり明治以来、早手回しに欧米の規格や標 準を取り入れることで工業化を促進してきたことがある。また携帯電話のように稀に日本が先 行市場として走った分野も世界標準にはならず、 日本の独自の孤立した標準となってしまった。 残念ながら、今でも世界のクラブメンバーの壁は厚く、特にネットワーク系の分野では欧州勢 の厚い壁に阻まれているのが現実だ。国際機関の要所に日本人がいなかったことも大きな理由 だと思う。ITU、国際通信連盟などはだいぶ変わってきつつあるが、これからは、見識と交渉 力のパワーを兼ね備えた人材が IT/NW の国際委員会の舞台で活躍してくれることを期待して いる。 ⑤これまでの日本のソフトウェアと SI 事業 日本のソフトウェア事業・SI 事業の今日までの状況はというと、Windows、UNIX 全盛の 時代で、企業向けの業務プロセス、銀行の勘定系のオンラインシステムが主流をなす時代が続 いた。業務系ソフトウェアは米国のオラクル、ドイツの SAP 等からの移植で、日本では既存 システムをカスタマイズすることで事業にしてきた。製造、金融の IT 化においては、日本は 明らかにフォロア-で、国内でのノウハウをもって海外展開というわけにはいかなかった。 NEC の事例だが、流通分野ではセブンイレブン向けの単品管理システムが海外展開に成功し た。日本のコンビニの先駆事例である。情報通信の分野では、i―モードシステムが台湾を皮切 りに欧州で売れた。ドコモが世界に先駆けた i―モードだったからだと言える。残念ながらま だ限られた分野に留まっている。 ⑥ソフトウェアというしろもの 日本が IT 化で遅れをとったのはいろいろな理由があると思うが、ソフトウェアの世界は米 国に牛耳られてきたというのが現実である。他方、自動車や精密機械の分野では、日本は世界 の他の国の追従を許さぬ競争力を示してきた。 非常に単純化した見方かもしれないが、 筆者は、 日本人社会の均質、かつ高品質な能力構造が、ハードウェアでグローバル優位な国際競争力を 生み出していると考えている。これに対し、アメリカ人社会の、異質で偏差の大きな能力構造 は、ソフトウェア優位な文化を推進する。ソフトウェアという代物は独創性の産物だ。特にこ - 122 - れまでは、OS の世界でマイクロソフトの Windows にしろ、UNIX にしろ、INTEL のマイク ロコンピューターにしろ、米国が席巻した。基本ソフトの上に載るミドルウェア、アプリケー ションの領域も OS との至近距離の利点を活かし米国中心に開発されてきた。残念ながら、日 本がソフトウェアで世界標準を取ったものは、ゲームなどを別にすれば、坂村先生の TRON が どうかというところである。このソフトウェアの世界標準は、マイクロソフト、IBM、INTEL に留まらずシリコンバレ-を中心に米国の各地で次々に誕生しているのは周知のとおりである。 ⑦市場と技術の変化の潮流 これからの市場・技術はどのように変わっていくのであろうか? はっきりしてきたことは、 より効率のよい経営をしていくにはといったような面からだけでなく、事業戦略の実行といっ た企業の本流の解決課題への取り組みに関わることで IT 企業のビジネスの構造が変わってき ていることである。IBM の on-demand ビジネスはその最たる例である。2 つめは、ビジネ スとしてコンサルのレイアからシステム構築、運営、保守の領域までカバーするケースが増え てきており、こうなってくると中身はソフト・サービス、即ちノンハードへとバリューシフト が起ってくる。3 つ目は、OS の世界の変化である。リナックスが登場してから、Windows、 UNIX などこれまでの OS を支配してきた基本ソフトの世界が変わってきた。オープンソ-ス といわれる動きである。OS のソースコードがオープンかつ cost-free になれば、独占的かつ 有料の OS の世界に比べ利用の範囲が瞬く間に広がる。 4 つ目は、組み込みソフトがソフトの世界の舞台に主役に変貌し始めたことである。携帯電 話がいちばん分かりやすい例だが、Digital テレビそして自動車の分野にでもソフトウェアが開 発の大きなウェイトを占めるようになってきた。いわゆる組み込みソフトという形態のソフト ウェアが大きく伸張する時代になってきた。携帯端末に搭載されている組み込みソフトの総規 模量は、なんと一時代前の銀行オンラインシステムに匹敵する規模のソフトである。これは携 帯電話の機能が著しく高度化した結果である。 こうした変化が起こるとおのずから事業の形態、 範囲が変わるので、事業モデルや IPR で世界標準をとり、これらを新たな収入源とすることが 企業戦略の生命線になってくると言える。 4.これからの IT 業界;グローバル優位性構築の経営戦略 これからの日本の IT 業界がグローバルな優位性を構築するには如何なる経営戦略が求めら れるであろうか? 4つの戦略を提起し論じてみたい。 第1は、異質人材の抜擢・登用である。NECでもそうだが、組織の中には、きらりと光る 異質人材がいる。多分、企業だけでなく役所、大学等々・・・どこにもいるのだと思う。ただ、 - 123 - こうした人たちはとかく、はみ出し者として蚊帳の外に置き去りにされがちであるが、場を与 えればとてつもない力を発揮する。とは言えなかなか本流にいない人間を登用するのも現実に は難しい。だから外から異色の人材を引っ張ってくることが改革への大事な突破口かもしれな い。異質人材の登用によって事業・商品、研究面で見事な成果を見せた実例を拾ってみたい。 ドコモの i―モードを開発した夏野剛さんはビットバレーのベンチャーからの転身、松永真 理さんはリクルートからで、いずれも NTT には全くの異質人材であったといえる。実に当時 の大星社長の英断だったのだと思う。SONY のプレイーステーションの生みの親、久多良木さ んも大賀典男社長の後ろ盾があって力量を発揮した異質人材である。NEC に 47 歳で入社され た飯島澄男さんも小林宏治、関本昌弘という技術の目利きの経営者がいたからだと思う。 2番目は、事業モデル、経営モデルの革新である。事業モデルの変革に挑んでいる事例を紹 介したい。オリンパスという会社は内視鏡で抜群のシェアを持つ会社だが、昨今、光学技術の 検査機器の進歩は著しい。こうした検査機器を遠隔で操る高度なシステムではソフトウェアの 占めるウェイトが増大してきた。この内視鏡のみならずオリンパス製品に内臓される全てのソ フトウェアの開発を日本 IBM が委託を受けた。これは IBM の持つ技術や知識を活かし他社と 連携していこうとする試みである。コンサルのレイアのアプローチでクライアントの技術開発 活動を IBM のソフトの世界にどう取り込んでいくかという試みだと言える。日本 IBM の有す る技術力、とりわけソフト力だと思うが、日本、韓国の Digital 家電企業との間でも協業が始 まっている点も注目すべきところである。IBM はアメリカの会社だが、日本 IBM は日本人に よって運営されている。日本 IBM の経営文化・経営システムの中で育った日本人が、日本の 誇る Digital 家電、医療機器のグローバル・センター オブ エクセレンスを作り上げつつあ るといえるのではないだろうか? 我々日系の IT 企業こそもっと足元を見定めこうした日本 の強い産業分野の IT にもっと傾斜していかねばならない。 3番目は、ナショナルフラッグ業種分野へのさらなる傾斜、即ち IT 分野での密なる連携で ある。ナショナルフラッグ業種といえばなんといっても自動車だ。自動車産業の IT 化も急速 に進展している。今や自動車は IT で武装され、50―100 個近くの ECU(コンピュータチップ) が搭載されている。ただ、各々のチップはばらばらな基本ソフトで開発されているが故、コス ト的にも高価となり、またこれからの電子化には基本ソフト(OS)を共通化していくことが不 可欠になってきた。実は、この動きは日本に先駆け欧州で始まっている。いずれが早くにこの OS、基本ソフトを作り上げるかがこれからの自動車の競争力を左右することになる。なんとい っても日本の自動車産業はグローバルな競争力を有する産業である。日本の IT はなんとかこ の自動車を筆頭に医療・Digital 家電といった領域で優位性を確保しなければと強く感じている。 - 124 - 日本の IT がグローバルな優位性を構築する手がかりはこうした日本の強い産業領域での世界 標準を取ることでもある。業種間の密なる連携が一層図られねばならない。自動車業界の IT 化はどんどん高度化しています。ひとつは制御系統、ボデイ系統、情報系統の3つの系の連携、 統合制御化の動きである。カーナビでこの先の道路の勾配やカーブの状況を情報として制御系 に送り込めば最適な燃料噴射での走行をコントロールするといった具合だ。もうひとつはこう した統合制御化の動きと並行して、ECU を機能ごとに群として統合していこうという動きで ある。今 50-60 ほど搭載されている ECU をいくつかの ECU 群に纏め上げようという挑戦目 標がすでに日本の自動車メーカーから発表されている。 自動車の組み込みソフトの特性を整理してみたい。ECU を統合化していくソフトウェア開 発作業、ソフトウェアでメカをコントロールしていくといったソフトとハードの連携・統合作 業は確かに擦り合わせ開発である。自動車はこの擦り合わせという日本の強みを活かし、世界 の勝ち馬になったわけで、摺り合わせ開発という点ではこれまでの企業系の業務プロセスのソ フト開発とは異なり日の丸 IT にもチャンスが見えてきたといえるかもしれない。ただ、私は ソフトウェアという異文化が登場することによって、擦り合わせ開発の技法もそのマネジメン トもハードウェアの擦り合わせの世界とは異なる新たな挑戦課題であると見ている。 4番目は、世界に先行する技術開発と Global Center of Excellence を IT 業界が牽引するこ とである。科学技術基本計画の重点4分野に IT 業界は深く関わっている。 グローバリゼーションとは確かにリソースをグローバルに展開することであり、私たちの海 外展開でも上流から下流までグローバルなソーシングを積極的にやってきた。ただ外へ出て行 くだけでよいのかという反省期にも来ていると思う。中国、インド、ベトナムと廉価で良質な 人材が外国にいるとなれば、烏合のように海外進出するが、本当はもっと日本という国が外国 の人たちにとって魅力的であって日本に高度人材を吸引できることが大事なのだと思う。イン ドからは、20,000 人足らずしか日本に来ていないし、高度人材となるとこの中でもわずかなよ うだ。米国はプログラマ-だけで 180 万人と言われており、大変な違いだ。高度人材を受け入 れる社会インフラがないのも事実だが、まずは日本へきて取り組む価値のある技術開発、ある いは研究というテーマがなければ話にならない。 手前味噌になるが、外国の優れた人材を日本で登用し最先端の研究開発をやっている例が NEC の筑波研究所の量子計算グループにみることができる。量子コンピュータは、次世代コ ンピュータの理想形とも言われ、科学技術日本を背負う柱でもある。2005 年に MIT の著名な 教授のサバテイカル研究から始まったこの研究は 6 名の日本人研究者と 8 名の外国人研究者の global チームで構成され、英語を working language とし、center of excellence を実践 - 125 - している。この研究チームは、今ではいち NEC の枠を越え、national project として取り組 まれているが、こうした事例は残念ながらまだまだ数少ない事例のひとつにすぎない。日本が 世界最先端を走る研究領域はいくつもある。国の力も借りねばならないが、世界の有能なリソ ースを吸引していくことが IT 業界のグローバル優位性を構築する重要な戦略であると思う。 5.結び 日本の IT 業界がグローバル優位性を構築するためには、これまでの延長線を断ち切る経営 戦略が求められている。これまでの通念を捨て、異質を尊ぶという意味おいて、まさに“異文 化経営の志”こそ、グローバル優位性構築へ向けての変革の鍵である。異文化経営が今の日本 の IT 業界にとって経営戦略の要であることを再確認して、本稿の結びとしたい。 〈参考文献〉 尾身幸次『 「科学技術で日本を創る」東洋経済新報社、2003 年 鍛冶 克彦 (経済産業省情報処理振興課長) 『情報サービス・ソフトウェア産業の強化に向けて』 、 2007 年 3 月 7 日 小林規威『日本の国際化企業』中央経済社 2007 年 坂村健『変われる国・日本へ』アスキ-新書、2007 年 佐々木元(日本電気会長) 『産学連携と技術者教育への期待』2007 年 3 月、東京大学産学連携 協議会招待講演資料 佐藤文昭『日本の電機産業再編のシナリオ』さいき出版、2007 年 野口悠紀雄『資本開国論』ダイヤモンド社 2007 年 藤本隆宏『日本のものづくり哲学』日本経済新聞社、2007 年 ビル・エモット/ピーター・タスカ『日本の選択』講談社インターナショナル、2007 年 『NEC Corporate Profile 2007 年版』 『History of NEC’s International Operations (NEC 海外事業史)』 、1999 年 Automotive Technologies NIKKEI BPNET Bartlett, Ghoshal “Managing across the Borders” HBS PRESS 2002 クレイトン・クリステンセン『イノベーションへの解』翔泳社、2003 年 IT+PLUS ビジネス NIKKEI NET 発表資料、2006.11.1 同上 「レクサス動かす 1000 行」NIKKEI NET 2006.10.24 トーマス・フリードマン『フラット化する世界』日本経済新聞社、2007 年 - 126 -
© Copyright 2024 Paperzz