膵 臓 癌 に つ い て ( 上 ) 大 阪 掖 済 会 病 院 副 院 長(外科) 西 野 光

膵 臓 癌 に つ い て ( 上 )
大 阪 掖 済 会 病 院
副 院 長(外科) 西
野
光
一
膵臓癌は日本人の悪性腫瘍の中で、胃癌、肺癌、大腸癌、肝臓癌に次ぎ第5位(男性
では肺癌、胃癌、肝臓癌、大腸癌に次ぎ第5位、女性では胃癌、大腸癌、肺癌、胆道
癌、肝臓癌、乳癌に次ぎ第7位)の死因となっています。厚生労働省の人口動態調査報
告書によると、1995年の膵臓癌による年間死亡数は16,019人(男8,965人、
女7,054人)で、全癌死亡数の6.1パーセントを占めます。30年前と比較すると、
男女ともに約6倍に増加しています。性別頻度をみると、男女比は1.28となります
が、年令調節死亡率でみると、男女比は、1.81となり、男性に多い病気といえます。
平均死亡年令は、男69.3才、女74.0才と、30年前に比べて高齢化しています。
初めに、膵臓の解剖と機能を理解して頂き、その上で膵臓癌の症状、検査、治療な
どについて説明いたします。
Ⅰ)膵臓の解剖と機能
膵臓は、上腹部、胃の背側の後腹膜に存在する実質臓器で、重さ60∼70グラム、
厚み約2センチメートル、幅約3センチメートル、長さは横長の約15センチメート
ルです。膵臓の背面には大動脈、腹腔神経叢が存在し、総肝動脈、胃十二指腸動脈、
上腸間膜動脈の動脈が接しています。膵臓の右3分の1の部位の背面を上腸間膜静
脈が貫き、膵上縁を走る脾静脈と合流し門脈となります。魚にたとえて、右3分の
1を頭部、中間部を体部、左側を尾部と表現し区分します。頭部は十二指腸と密に結
合し、膵頭部を貫く胆管と膵管が合流して十二指腸の Vater 乳頭部に開口します。尾
部は脾臓に接しています。(図)
膵臓の機能には、内分泌と外分泌機能があります。内分泌機能とは、ランゲルハン
ス島という膵内に散在する組織集団がインスリン、グルカゴン、ソマトスタチンとい
うホルモンを血中に放出し血糖を調節します。外分泌機能とは、膵腺房から炭水化物
の消化酵素のアミラーゼや、蛋白質の分解酵素のトリプシン、キモトリプシンの非活
性型のトリプシノーゲン、キモトリプシノーゲンが、さらに脂肪分解酵素のリパーゼ
などが分泌され、重炭酸塩とともに膵液として膵管を通じ、十二指腸へ流出します。
膵液は1日に 1.5 リットル分泌され、消化にとって重要な働きをします。
Ⅱ)膵臓癌の種類
膵臓に発生する癌(広義の膵臓癌)には、漿液性嚢胞腺癌、粘液性嚢胞腺癌、膵管内
乳頭腺癌、(浸潤性)膵管癌、腺房細胞癌、内分泌腫瘍、未分化癌などがあります。
その中で、膵管癌が約90パーセントを占めます。通常、膵臓癌というと膵管上皮よ
り発生する膵管癌(狭義の膵臓癌)をいいます。これから述べる内容もこの膵管癌につ
いてとなります。
Ⅲ)膵臓癌の症状
膵臓癌に特異的な症状はなく、また早期には症状が無いことがあります。膵臓癌に
みられる症状は、上腹部痛、黄疸、腰背部痛、食思減退、体重減少などであり、これ
らが出現した段階ではすでに進行している状態であることも少なくありません。
腹痛は、数日間で消失し軽快するものと、背部痛も伴う頑固な痛みがあります。
前者は癌により膵管の閉塞がおこり膵の区域的、部分的な膵炎症状によるもので、後
者は癌の腹腔神経叢への浸潤による痛みと考えられます。
黄疸は、膵頭部に発生した癌が膵内胆管を圧迫、浸潤して閉塞を引き起こしたこと
によるもので、倦怠感、悪心、食欲不振などの肝障害の症状に続き、1∼2週目に急
激な皮膚の黄染で発症します。
膵管閉塞による消化吸収能の低下は、体重減少、下痢などの症状も示します。また、
膵内分泌機能も障害され、糖尿病の急激な発症や増悪などがみられます。
これらの症状は胃や腸、肝・胆道の病気でも認められる症状であります。したがっ
て、膵臓癌を診断するためには、これらの臓器の病気との鑑別が大切になります。
Ⅳ)膵臓癌の診断
①血液、尿検査
膵酵素のアミラーゼの上昇がみられることがあります。胆管閉塞による黄疸(閉塞
性黄疸)では、GOT、GPT、ALP、ビリルビン値の上昇がみられます。腫瘍マ
ーカーとしては、CEAや糖鎖抗原のCA19−9、DUPAN−1、SPAN−1
やSLXなどがあります。CEAは肺癌、胃癌、胆嚢癌、大腸癌などでも高値を示
し、また、CA19−9は胆道系疾患、嚢胞性良性疾患でも高値を示すことがあり、
鑑別が必要となります。
②画像診断
膵臓癌は、膵臓に腫瘤の存在(直接所見)と、腫瘍により二次的に引き起こされる
胆管や膵管の閉塞による変化(間接所見)をとらえることにより診断されます。
実際、膵臓癌の病巣が発見される検査法として、腹部超音波検査、CT検査が多
数を占めます。
i)腹部超音波検査(体外エコー検査)
腫瘍の大きさが2センチメートル以上では高い描出能をもっていますが、1セン
チメートル以下の腫瘍は診断が難しいことがあります。また、超音波による膵臓の
描出は腸管のガスの影響などで鮮明には難しいことがあります。近年、造影ドップ
ラー、ハーモニックイメージングなどが進歩し、検出能が向上しています。
ⅱ)CT検査
胃や腸管内のガスなどの影響がなく、体部、尾部のすべてを描出するのに有効で
あります。CT検査でも機能の向上があり、ヘリカルCT、マルチスライスCTへ
と進歩しています。
ⅲ)MRI、MRCP(MRI−胆管膵管撮像法)
MRIは臓器の立体的な描出が可能であり、MRアンギオは、膵臓癌と脈管への
浸潤などの診断に有用です。また、MRCPは、造影剤を使用せずに胆管膵管の
画像を得ることが可能であり、急速に普及しています。
いずれも性能の向上により、より精密に高画像が再現されるようになり、存在診
断に有効であり、また、膵臓癌の進展度(腹膜・後腹膜への浸潤、門脈・動脈への浸
潤、十二指腸・胆管浸潤、リンパ節・肝への転移など)を診断する上にも欠かせない検
査です。
さらに、膵に腫瘍の存在や、胆・膵管の拡張を認めた場合には、より正確で、精
密な診断法が必要となります。
ⅳ)内視鏡下超音波検査(EUS)
胃や十二指腸を介して、尾部にいたる膵全体を描出することができます。そし
て5ミリメートル程度の腫瘤も描出することが可能で、膵臓癌の診断に最も有用な検査
です。
ⅴ)内視鏡下胆管膵管造影検査(ERCP)
十二指腸の Vater 乳頭部から、膵管や胆管に直接チューブを挿入し、造影剤を注
入し、胆管の閉塞や、膵管の狭窄、変形、閉塞などを描出することができ、さらに、
膵液を採取し、細胞診を行ったりします。これは、膵管の閉塞や拡張の原因を診断
し、確定する上で大切な検査となります。
ⅵ)膵管内超音波検査、膵管内内視鏡検査
最新の検査法では、膵管内に細径の超音波プローブや内視鏡を挿入し、膵管内腔
から腫瘍の形態や膵管上皮の観察などを行うことができるようになりました。
さらに膵管内内視鏡では、細胞診、組織生検を施行することができ、組織診断に
よる確定診断も可能となりました。
では、膵臓癌と診断された場合の治療やその成績、予後などについて次回にお
話することとします。
膵 臓 癌 に つ い て ( 下 )
大 阪 掖 済 会 病 院
副 院 長(外科) 西
野
光
一
前回は、膵臓の解剖や機能、膵臓癌の症状や検査についてお話しましたが、今回は
膵臓癌の治療からお話します。
Ⅴ)膵臓癌の治療
膵臓癌の治療法には、①外科的切除②化学療法③放射線療法などがあります。膵臓
癌に対しては外科的切除が第一選択の治療法です。
膵臓癌は、発生部位により、膵頭部癌、膵体尾部癌、全体癌に分類されます。膵頭
部癌に対しては膵頭十二指腸切除術が、膵体尾部癌には膵体尾部切除術が、全体癌に
は膵全摘出術がなされます。膵臓癌の約80パーセントは膵頭部に発生します。
ここで、膵頭部癌に対する術式である膵頭十二指腸切除術について説明します。
標準的膵頭十二指腸切除術とは、胆嚢と胆嚢管以下の総胆管、胃の3分の2、門脈よ
り右側の膵頭部と十二指腸を領域のリンパ節と共に一塊として切除する手術法です。
胃を切除しない幽門輪温存膵頭十二指腸切除術や、門脈、動脈、肝臓、腹腔神経叢や
大動脈周囲リンパ節などを合併切除する拡大膵頭十二指腸切除術などがあります。
膵頭十二指腸切除術は腹部消化器手術の中で最も大きな手術の一つです。手術後の膵
管・空腸吻合の縫合不全をはじめとする合併症が多くみられましたが、近年、種々の
工夫や、技術の向上で、これらの問題点は克服できるようになり安全な手術となりま
した。
手術後の問題点として、膵臓切除による消化酵素の欠乏、十二指腸切除による消化管
ホルモンの欠如により長期的な栄養障害の発生や、逆流性の胆管炎、肝腫瘍などがあ
ります。また、転移、再発に対し、定期的な診察と検査(腫瘍マーカー、CT 検査など
の画像診断)が必要です。
膵体尾部癌に対しては膵体尾部切除が行われ、これは消化管の再建を必要としません。
膵全摘除後は、膵外分泌のみでなく、内分泌機能も消失し糖尿病が必発となります。
日本における膵臓癌の切除率は、日本膵臓学会膵癌登録委員会の集計では約40パ
ーセントです。これは、英国の 2.6 パーセント、米国の 14.3 パーセントに比べ極めて
高率です。しかし、日本の40パーセントの切除率は、拡大手術など先進的に膵臓癌
の手術を行っている施設での集計であり、実際にはこれより低い切除率であると考え
られます。
そこで、約60パーセント以上の非切除症例に対する治療も重要です。膵頭部癌の
非切除例の胆管閉塞に対しては胆道ステント(弾性金属コイル)で狭窄閉塞部の拡張術
が、十二指腸狭窄などに対してはバイパス術や消化管ステント術が施行されます。
膵の消化機能低下に対しては消化酵素剤の服用、糖尿病に対しては糖尿病治療も必要
になります。また、癌による頑固な激しい疼痛に対して、緩和治療としてモルヒネな
どの麻薬を用います。注射薬だけでなく、内服薬、坐薬、さらに経皮貼付剤などが開
発され、患者の Quality of Life の向上が図られています。
膵臓癌に対する抗癌剤としては、代謝拮抗剤(5FU製剤)などが用いられています。
近年、米国で開発された有効性の高い薬剤が日本でも使用されるようになっております。
今後、より有効性のある薬剤の開発が期待されます。
膵臓癌の放射線療法は、一部の施設で開腹下に手術野に照射する方法(術中照射)
や、体外照射、また胆道内へ少線量の腔内照射などが行われていますが、これは、癌
の遺残が疑われる手術症例や非切除症例の抗癌剤使用に併用する方法として選択され、
補助的に施行されています。
Ⅵ)膵臓癌の予後
先ほど述べましたように、膵臓癌の切除率は約40パーセントであり、胃癌の約
70パーセント、大腸癌の約80パーセントと比べ著しく低値です。生命予後は、診
断されてからの5年生存率でみると、膵臓癌全体で 9.3 パーセントと低く、切除術を
受けた症例でも 13.1 パーセントで、姑息手術症例や非切除症例では1パーセント以下
で、膵臓癌の悪性度の高さを示す結果です。
膵臓癌の腫瘍の大きさ、リンパ節転移、脈管・神経叢浸潤、胆管・十二指腸浸潤、
遠隔転移などで進行度分類を行い、それぞれの生命予後を検討すると、5年生存率は、
進行度Ⅰは 56.7 パーセント、Ⅱは 41.8 パーセント、Ⅲは 18.2 パーセント、Ⅳa は
9.8 パーセント、Ⅳb は 2.0 パーセントと、進行度Ⅲ以上では非常に低値です。各進行
度の患者比率をみると、進行度Ⅰは 2.4 パーセント、Ⅱは 3.7 パーセント、Ⅲは 18.0
パーセント、Ⅳa は 27.3 パーセント、Ⅳb は 48.6 パーセントと進行度Ⅲ以上が90パ
ーセント以上を占めます。膵臓癌は、診断された時点では、すでに進行しており、こ
れは、膵臓癌の悪性度の高さを示しています。
Ⅶ)膵臓癌の予防と対策
膵臓癌と関係があるものとして、タバコ、獣肉、脂肪などの過剰摂取などが挙げら
れています。中でも、タバコは、肺癌のみならず、膵臓癌でも喫煙者は非喫煙者の2
∼3倍の発生があります。獣肉、脂肪などの過剰摂取は膵液分泌を刺激、亢進させる
ことにより膵管上皮への刺激、過形成が起こることが膵臓癌の発生と関係するとされ
ています。アルコールは膵炎の原因となりますが、膵臓癌との関係はありません。コ
ーヒーについても一時期米国で関係がいわれておりましたが、現在は否定的です。そ
の他、一般に癌における予防法は、1)発癌の原因、誘因、増強させる物質に被爆し
ない(摂取しない、接触しない)こと、2)バランスの良い食事、3)ストレスのない
環境、4)規則正しい生活、などがあり、膵臓癌においてもこれらに注意を払った生
活が大切であるといえます。
Ⅷ)膵臓癌の早期発見、早期治療
膵臓癌は、2センチメートルを超えると周囲への浸潤をきたします。したがって2
センチメートル以下の腫瘍を発見することが大切となり、小膵臓癌の診断がその後の
治療と予後にとり良い結果を生むこととなります。そのためには、定期的な検診やド
ックにて膵酵素の異常、腫瘍マーカーの検査、腹部超音波検査などをもってスクリー
ニング検査を行うことです。検査にて異常があった場合、特に腹部超音波検査で膵臓
に腫瘍(直接所見)が同定された場合や、胆管や膵管の拡張(間接所見)が指摘された場合
には、より精密な検査を早急に受けることが重要となります。しかし、それは侵襲を
伴う検査(ERCP、EUS など)となりますので、専門医を受診されることをお勧めいた
します。
また、膵臓癌と診断された場合は、主治医としっかり話し合った上で、迅速に治療
を開始することが必要であります。
Ⅸ)膵臓癌における将来
今後、診断法の進歩にて、早期すなわち小さな病巣の段階で発見され、それにとも
ない治療成績の向上が期待されます。
また、癌に対する研究は、発癌、転移、遺伝子診断などにおいてすばらしい進歩を
遂げております。膵臓癌においても、今後、癌遺伝子の診断、さらには癌に対する
治療へ応用される日も遠くはないことでしょう。