博士 ( 水 産 学) 中 村 耕 司 学 位 論 文 題 名 イルカ類のクリックスの物理的特性と 発声部の構造に関する機能形態学的研究 学位論文内容の要旨 海 棲 の 高 次 捕 食 者 で あ る イ ル カ 類 は 、 自 ら 発 し た 超 音 波 音 の エ コ ー か ら、 周辺 環境の認 知や餌生物 の検出を 行うこと ができる 。このよ うな能カ のことを エコ ー口ケー ションと言 い、その 際、発さ れる超音 波音のこ とをクリ ックスと 呼ぶ 。このク リックスの 物理的特 性は種に よって異 なること が知られ ている。 しか し、この 種間で見ら れるクリ ックスの 物理的特 性の違い を、発声 部の構造 との 関係で比 較考察を行 った研究 はほとん どない。 その理由 として、 イルカ類 のク リックス の発声部お よび発声 メカニズ ムの仮説 が、近年 まで複数 が混在す る状 況にあり 、学問的に 混乱した 状況にあ ったこと が上げら れる。し かし、近 年 、 ア ヌ リ カ の Ted Cranfordら に よ っ て 提 唱 さ れ た MLDB仮 説 が 、 生 き た 発 声 中 の個 体の頭部 鼻部の挙動 観察結果 から最も 有力視さ れるに至 り、この 課題につ いて 研究可能 になってき た。本論 文では、 こうした 背景のも とに、イ ルカ類の クリ ックス、 および発声 部の構造 の詳細な 比較研究 を行い、 イルカ類 のクリッ ク ス の 種 間 変 異 と 発 声 部 の 構 造 と の 関 係 に つい て考 察 した 。 イ ル カ 類 の ク リ ッ ク ス の 物 理 的 特 性 と 発 声 部 の 構 造 と の 関 係 を 明 ら か にす るた めには、 まず最初に 、クリッ クスの個 体内変異 をイルカ 類のでき るだけ多 く の 種 で 明 ら か に す る 必 要 が る 。 そ こ で 、 本 研 究 で は イ ル カ 類 の 5科 9種 17個体 に つ い て 、 個 体 識 別 さ れ た ク リ ッ ク ス を 録 音 し 、 パ ル ス 幅 ( 閏 sec)と ピ ー ク周 波 数 (kHz)の 情 報 に つ い て 比 較 解 析 を 行 っ た 。 解 析 の 結 果 、 こ れ ら 5科 9種 の ク -1277― リ ック スは 次の ニつの タイ プに 分類 され ることが明かとなった。すなわち、波 形 特性 につ いては、パルス幅が40ルsec以下で最初に振幅サイクルの最大がくる origocyclic波発声群(ハンドウイルカ、カマイルカ、マイルカ、オキゴンドウ、 バイジー、ベルーガ)と、バルス幅が3 0 -401 1 sec 以上で最初の5-6サイクルまで 振幅が徐々に増大し、その後ほぼ同数の減衰サイクルが続くpolycyc lic波発声群 ( ネズ ミイ ルカ 、スナ ヌリ 、イ 口ワ ケイ ルカ)に分かれた。また、これらの種 のクリックスの個体内変異については、orig ocyclic 波発声群とpo ly cy cl ic 波発声 群間で、ピーク周波数の局在に差異が認められた。0 rigocyclic波発声群では、 100kHzを境 に低 周波側 と高 周波 側に 局在 性が見られるのに対し、polycyclic波 発声群では12 0-14 0 kH zの範囲にのみ局在していた。 こ のピ ーク周波数に見られる局在性は、Cranford etむ(1996)が音源部とし て提唱レたdo rsalbur sae(噴気孔を入ってすく゛のところにある楕円形の小さな脂 肪 組織 )の 左右 での非 対称 性の 程度 を反 映していた。すなわち、ピーク周波数 に二極分化が見られるグループでは、右のd or sa lbu rsa eの方が、左のd or sa lbu rsa e よ りも 大き い左 右非対 称の 構造 を示 すの に対し、ピーク周波数が一極に集中し て いる 種で は、左右のdorsal bursaeがほぼ同じ大きさからなっていた。マッコ ウクジラ科を除く全てのハクジラ類は、鼻道内の左右にこのdors al b ursa eのべア をニつ有している。このdorsal bursaeペアの左右非対称性の程度とクリックスの ピーク周波数の局在性の一致は鼻道内にニつのdors al b ursa eベアを有する全ての ハクジラ類で共通に見られる傾向であろう。 メ口ン後端部とdo rsal burs aeの接続状況はori gocy clic 波発声群とpo ly cy cl ic波 発声群で異なる傾向を示した。origocycl ic波発声群では、ヌ口ン後端部はdors al bursaeに直接接していたのに対し、po lycy clic 波発声群ではメ口ン後端部とdors al bursaeは 直 接 接 し て お らず 、鼻 額骨 嚢の 下方 、鼻 栓の辺 りで 終息 して いた 。 ら のこ とか ら、 ネズミ イル カ科 で見 られ るバルス幅の伸長はマッコウクジラと -12 78― 同じメカニ ズム、っ まり頭部 内にある 空気層で の反射によるものであると推察 された。 ネ ズミイル カ科の鼻 嚢構造の最 も特徴的 な特性の ーつに、前庭嚢の底にあ るひ だ構造 が上げら れる。Goodson (1995) は、この ひだ構造 に着目し、 その ひ だとひだ との間にあ る空気空 間で、音 源で発生 した振動 の反射・吸収が起こ り 、polyc lic波が形成されると考えた。しかし、そのひだ構造の大きさに関する 詳 細な計測 は行われて おらず、 ネズミイ ルカとイ シイルカ について前庭嚢全体 の横幅、前後方向の幅に関する記載があるのみである。 そ こで、本 研究ではネ ズミイル カ、イシ イルカの ひだ構造 の詳細な計測を 行 い、ひだ の間隔がど ちらの種 ともクリ ックスの ピーク周 波数の半波長と一致 す る こと を 確 認した 。この結 果と上記 のMRIの観察結 果を考慮 し、次の ような poly cyli c波形成メカニズムの仮説を提唱する。まず、do rs alb ur sa eで発生した振 動 は、一部 はそのまま 前方に、 また他の 一部は後 方ヘ進み 、先に述べた後部隔 膜と頭蓋骨の間の空気層で反射が起こり、再び前方ヘ伝播する。d or sa lbu rs ae と メ 口ン後端部の間にある空間には、これら複数の経路から来た振動波が重なり、 多 重反射波 が形成され る。そし て、それ らの振動 波は、ひ だ構造のある前庭嚢 の 下を通過 する際、そ れまでの 伝播媒体 であった 体組織( ひだ)と、空気空間 ( ひだとひ だの間にあ る空気空 間)を交 互に通過 すること により、周波数がほ ぼ一定に整えられたpol ycyc lic波が形成されるのだろう。 学位論文審査の要旨 主 査 教 授 島 崎 健二 副 査 教 授 小 城 春雄 副 査 教 授 飯 田 浩二 副査 助教授 桜井泰憲 学位論文題名 イルカ類のクリックスの物理的特性と 発 声部の構 造に関する機能形態学的研究 海 棲の 高次 捕食 者で ある イル カ類は 、自 ら発 した超音波音のエコーから、周辺環境の認 知や 餌生 物の 検出 を行 うこ とが できる 。こ のよ うな能カのことをエコー口ケーションと言 い、 その 際、 発さ れる 超音 波音 のこと をク リッ クスと呼ぷ。このクリックスの物理的特性 は、 種に よっ て異 なる こと が知 られて いる が、 そのクリックスの種間差を、発声部の構造 との 関係 で比 較考 察し た研 究は ほとん どな い。 本研究は、イルカ類のクリックスの種間変 異と 発声 部の 構造 との 関係 を明 らかに する こと を目的とし、イルカ類のクリックス、およ び発声部の構造の詳細な比較研究を行い、以下の知見を得た。 (1)イルカ類のクリックスの物理的特性と発声部の構造との関係を明らかにするために は、 まず 、ク リッ クス の個 体内 変異を でき るだ け多くの種で明らかにする必要がある。そ こで 、本 研究 では イル カ類 5科9種17個 体に つい て、個体識別したクリックスを録音し、バ ル ス 幅 ( ル sec)とピ ー ク 周 波 数 (kHz)の 情 報 につ い て比 較解 析を 行っ た。解 析の 結果 、 これ ら5科 9種 のク リッ クス は次 のニつ のタ イプ に分類することができた。すなわち、波形 特性については、バルス幅が40ルsec以下で最初に振幅サイクルの最大がくるorigocy clic 波 発声|洋と、/ヾルス幅が30 ‐40 ルse c以上で最初の5-6サイクルまで振幅が徐々に増大し、その 後ほぼ同数の減衰サイクルが続くpo lycy clic 波発声群に分かれた。また、これらの種のクリッ クスの個体内変異については、o rigo cycl ic波発声群とp olyc ycli c波発声群間で、ピーク周波数 一1280− の局:ft三に差異が認められた。orig ocyc lic波発声群では、100kHzを境に低周波側と高周波側 に局征性が見られるのに対し、polycyclic波発声群では120-140 kHzの範囲にのみ局在してい た。 (2) MRI( 核磁 気共 鳴断 層装 置) によ るイ ルカ類の頭部鼻部の観察の結果、メ□ン後端 部とdo rsalbur saeの接続状況は、orig ocyc lic波発声群とp ol yc yc lic 波発声群で異なる傾向を示し た。 origocyclic波 発声群では、メ口ン後端部はdorsal bursaeに直接接していたのに対し、 polycyclic波発声群ではメ□ン後端部とd orsa l bu rsae は直接接しておらず、鼻額骨嚢の下方、 鼻栓の辺りで終息していた。接続が断たれているグループでは、dorsal bursaeでの振動が直 接は メ口 ンヘ 伝わ らず、一度全方向ヘ拡散伝播したものが周辺組織、特に空気空間で反射さ れ、それが波形の物理的特性を決定していると予測される。このメ口ン後部とdorsalburs ae の接続状況は、発されるクリックスがori gocy clic 波かpoly cycli c波かを決める重要な構造形質 であると推察された。 (3) polycyclic波発声群に属するネズミイルカ科3 種について、M RIを用いdors al b ursae 周 辺の詳細な観察を行った。その結果、dorsal bursaeの後方、後部隔膜と頭骸骨との間に空気 の層があることを確認した。この空気の層は、dor salburs aeを放射状に取り囲むようにある。 dorsalbursaeとの 相対 的位置 関係 は、 マッ コウ クジ ラの 前部 嚢に 似て いた 。マッコウクジ ラの クリ ック スは 、頭部内での反射が原因と見られる一定時間間隔を隔てたニつのバルスか ら構 成さ れて いる 。これらのことから、ネズミイルカ科で見られるバルス幅の伸長はマッコ ウク ジラ と同 じメ カニズム、っまり頭部内にある空気層での反射によるものであると推察さ れた。 (4)ネ ズミ イル カ科 のネ ズミ イル カ、 イシ イルカについて、前庭嚢の底にあるひだ構造 を詳 細に 計測 した 。その結果、ひだの間隔が両種ともクリックスのピーク周波数の半波長と 一致することを確認した。このひだ構造のある前庭嚢の下をdorsal bursaeで発した振動波が 通 過 す る 際 、周 波 数 が ほ ぼ 一 定 に 整 え ら れ た polycyclic波が 形成さ れる と推 察さ れた 。 以上の1み『究結果は、イルカ類各種のクリックスの物理的特性を明らかにしたにとどまらず、 これ まで 不明 であ った発声部の構造との関係を解明した重要な研究と評価される。さらに、 これらの糸占果は、ハクジラ類の自然下における反響定位行動に関する研究を進めるにあたり、 重要 な知 見を 提供 したものとして高く評価され、本論文が博士(水産学)の学位請求論文と し てHI当の 業績 であ ると 認定 した 。 ―1281―
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