第3回 「 2足のワラジのわけ 」

第3回 「 2足のワラジのわけ 」
”エクシードサウンドプロデュース”
僕が単身東京へ乗り込み、所属した会社です。「東京行ったらすぐスターや!」と右も左もわ
からない東京の地で、半年経っても何の動きも起こらなかった焦り。そこへふと現れた音楽制作会社。
僕はそこへ所属し、100万円近くのお金を失うことになります…。
インターネットで調べてもらえればわかると思います。この「エクシードサウンドプロデュース」は自
称音楽制作会社で、詐欺にあった人も本当にたくさんいるようです。その中の1人が僕、というわけで
す。
神戸で活動していたバンドメンバー全員で「東京に行こう!勝負しよう!」と決めていたにも関わら
ず、当時神戸大学を中途退学していた僕以外のメンバーは全員在学中。みんなは「ごめん、やっぱり
行けへんわ…」と言うのですが、周りに「東京に行く!」と話していた僕は後に引くことがカッコ悪
い、と思っていて、「じゃあ1人で行く!」と考えたわけです。
※21歳の頃でしょうか?
京都は拾得/大阪はGuild/神戸はチキンジョージを中心にライブ活動をしていました
この記事の権利は南出渉が保有しており、SPACE DOG!が許可を得て転載しています。本データの一切の複製、転用を禁止します。
「東京に行ってスターになるんや!」と決めた僕は、東京でアルバイトして生活している場合
じゃない!と思い、神戸で一生懸命バイトをしてお金を貯めて乗り込みました。そして3万円のアパー
トに住み、バイトはせず、せっせせっせとライブハウスに通い詰め、オーディションに出向き、「誰
か」と出会うことを期待していました。
そして半年。なかなかその「誰か」とは出会えず、焦り始めていた僕。そこにふと、僕の音楽に興味を
持つという会社から連絡があったのです。場所は代官山。事務所に向かう途中「悪徳事務所は星の数
ほどある」というコトバを繰り返し頭の中で唱えていたのを思い出します。
「メジャーデビューするための原盤権を半々で持ちましょう」
僕が書いた歌のことを褒められつつ、そう切り出された僕は、疑うことも忘れて原盤権を持ちながら
デビューする、というそのためのレコーディング費用として毎月納めていくことになるのです。今思え
ば、どうしてそんなにうまく騙されたのか?と思うのですが…。
ただ、半年経っても1年経っても、いっこうにレコーディングの話が出ない。それを口にすると「赤プ
リでプロデューサーに会おう」と言われ、赤坂プリンスホテルのスイートルーム(だった気がしま
す)に連れていかれ、プロデューサーと呼ばれる人に会わされ、また信用してしまう、ということを
繰り返していました。(確か肩からセーターを掛けていて、いわゆる「ザ・プロデューサー」だった
のが笑えるのですが。)
それでもレコーディングの話にならず、ふと所属している他の新人たちと会うことすら許されていない
ことに疑問を持ち始めました。「新人同士が話すと影響されあって、オリジナリティーが損なわれて
しまう」などと言うこと信じてしまっていた自分が情けないのですが…。
月に1度、代官山の事務所へ行ってミーティングがあるのですが、ある日僕は他の新人を待ち伏せし、
僕の疑問を彼にぶつけてみました。するとやはり彼も疑問を抱いてる。彼は他の新人にも会ったこと
があるようですが、もうすでに辞めていたり連絡が付かなくなっていたり。
「これは完全に騙されたんじゃないか?」
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この時すでに100万円近くを預けていたのですが、何をどう言おうが返金してくれない。「もう少し頑
張ったらいよいよですよ」「もっといい歌を書いてください」と言われ、煙にまかれるだけ。
その上、こういうことに巻き込まれている自分が恥ずかしくもあり、誰にも相談が出来ない。結局泣
き寝入り。けど、一つだけ決めたことがありました。
「もう、音楽関係だと名乗る人のことは、信用しない。」
この想いが次に僕が組んだバンド「HITMAN STYLE」へと繋がります。結成の時、僕はメン
バーに「全部、自分でやりたい」と伝えています。たとえばレコーディングをしてCDをリリースする
ことになっても、僕が全部、自分で管理出来ることをしたい。そして実際そうしたし、出来たし、そ
うやって自分たちのCDを全国流通もさせることが出来たのです。これがあの、青春パンクの時代だっ
たからこそ、インディーズ作品として少しは受け入れられたんやと思います。
※音楽をやりながらバンドを経営する。頑なでしたね。曲げなかった。
写真は下北沢CLUB QUEでのライブ。31歳
ただ、今、僕が思うのは、そこから次のステップにいく時に、やっぱり「誰か」のチカラを借りた方
が良かったのかな?っていうこと。信頼出来る「誰か」にと出会えた場合に限りますが。
僕は僕がやって来たことに対してまったく後悔もしていませんし、そうやって自力でやって来れたこと
を誇りに思います。小さな世界しか知らないのかも知れませんが、もっと大きな舞台に立って初めて知
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ることもたくさんあるんやと思うんですが、僕は僕の価値観をキチンと大切にしていきたい。そうで
ないと、100万円近くのお金を泣き寝入りしてしまった意味がない、と思いながら過ごして来たのです。
あの出来事は、常に僕のココロに暗くのしかかって来て、おそらく一生忘れない。その反動が僕を突
き動かしています、今も。
その後、僕は突然ライブハウスで働くようになります。まったく予測もしていなかったこと
だったのですが、僕が神戸に住んで、初めてココで、ココを中心にして音楽をやっていきたい!と強く
思えたライブハウス、VARIT.で。
当初はドリンクカウンターの仕事だけやったんです。まさか自分が「音楽関係者」として、様々なバン
ドのブッキングをする裏方さんになるとは思ってもみませんでした。
それでも、バリットにやって来る若いバンドマンたちのこと、「守ってやりたい」と思ったことを告
白します。
いいバンドなのか?ダメなバンドなのか?可能性のあるバンドなのか?ないバンドなのか?そんなこ
とはどうでも良くって、ただ、自分自身が間違った道に行ってしまった出来事、口惜しい思いをした
出来事、誰1人そんなふうになって欲しくない!っていう気持ち。音楽が好きだからバンドをやって
いる、弾き語りをしている。その音楽をもっともっと高めるために、「オレやったらこうするなぁ
~」ってことばっかり若いコらに言ってた。それをやるのも自由、やらないのも自由、けど、僕の話
すことがキッカケになればいいなぁって。そして、「プロになりたい!」っていうバンドマンたちを、
音楽業界の「悪」から絶対守ってやりたい。盾になってやりたい。
だから僕、多分、いろんな音楽関係者の間では、相当鬱陶しいヤツなんです。神戸の某バンドを口説
きに来た、ある大手の有名音楽事務所の取締役さん相手に、「神戸に来ないならこのコらはあなたと
一緒に仕事することはありませんから」と豪語してみたり、本当に長くアーティスト活動の場を作って
やって欲しいからこそ、僕の価値観と違うことを言われると、それこそ殴り合いのケンカをしてみた
り。
僕は僕だけが正しいと思ってるわけじゃないんですが、そうやって僕が「悪者」になることで若いコ
らの音楽を続ける人生が守られるのであれば、僕はいくらでも「悪者」になります。ややこしいオト
コになります。僕は昔感じたトラウマを、絶対誰にも経験させたくないだけ。そんなふうに音楽を夢
見る誰かの人生を、踏みにじられたくないだけ。
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それでも一歩上の、次のステップに行くための手伝いをしたい。だからこそ、僕自身が鬱陶しい男と
いう盾になり、そして若いコらがずっと長く音楽を続けらる環境を作れたらいいな、って思っていま
す。
そして僕。僕自身の音楽は?
今、ぐるっと一回りした気がしています。23歳の頃の暗い想い。そして「HITMAN STYLE」でのイン
ディペンデントな動きと限界。ライブハウスの店長としての盾。
そこまで経験して、初めて「溶けた」気持ちがあります。
疑ってばかりいるわけにはいかない。
僕は今も、やっぱり音楽をやりたいし、これはとても簡単に辞められるものではないと思っています。
その音楽を1人でも多くの人に届けたい。そのためには「誰か」と出会うべきだし、それは毎日の出会
いの中でどんな化学反応が起きているのか、それは得体を知れない。
たとえばグレン・マトロックとの出会い。そして一緒にレコーディングをするというプラン。それは僕
が何とかしてグレンと繋がろうと思って届いた結果ではありません。なんだか知らないけれど、いつ
のまにか波に呑み込まれているだけ。これが実現するのかどうか、それはわからないんですが、でも
ちゃんと音楽を作ること。これ以外に近付く方法はないんだってこと。これって全部、僕が若いコら
に言っていることに他ならないんですよね。
23歳の頃の僕ではない、今の僕だからこそ賭けられる自分を持っています。
全部賭ける!全部失ってもかまわん!自分にしか出来ひん人生はほら!こんなとこにあるんやで!み
んな、そうやろ?
そんな気分。
1人でイギリスを旅してグレンと会って話して、イギリス人の中でストリートライブをして拍手喝采。
僕は自分自身がそんなことを出来る人間だとは思わなかったし、けど、だからこそ今の若いコらに僕
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の姿を見せていたい。偉そうなんじゃなく、僕でもこんなこと出来るんやから、みんな、今すぐ何か
始めた方がいいぞ!って。
※初めての飛行機で到着した初めてのロンドン。35歳。
ココから。今から。そんな表情やと思うんです。笑
音楽もライブハウスも、他にももっといっぱいいっぱい、やりたいことは尽きることを知らな
い。知りたいことは山ほどあって、今の僕ならちゃんと感じられると思うんです。もう、20代の頃に斜
めから世界を見ていた僕ではないから。
あとどれくらいの時間が残っているのかはわからないけど、全力で突っ走っていたいなぁって思って
います。
20代の頃の暗い想いを告白するのは初めてです。スッキリしました!
ありがとうございました!
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