1-②(第1部会) 『三角関数の指導に関する考察と指導事例』 埼玉県立

1-②(第1部会)
『三角関数の指導に関する考察と指導事例』
埼玉県立草加東高等学校 齋藤 教雄
【要旨】
三角関数は、三角比の内容から連続して指導している学校も尐なくない。しかし生徒は、関連があり取り組みやすい単元と
いうよりは、角の大きさを弧度法という得体の知れないものに変換し、暗記すべき多数の公式が登場する大変な単元という印
象を持っているように思う。今回は三角関数の指導について考えたことと、それを踏まえた授業実践例を報告する。
1.はじめに
あるように思う。ただ、角の大きさのみを考えるには弧度法
三角関数は、数学Ⅰにおいて三角比を学習した後に取り組
でも度数法でもどちらが有利というわけではなく、関数とし
む単元であり、内容の重複を考えて連続した単元として指導
て値の変化やグラフを考える上で初めて弧度法の必要性が
している学校も尐なくない。しかし生徒にとっては、関連が
出てくるので、三角関数を学ぶ最初の段階では現状のように
あってわかりやすい単元というよりは、角の大きさを表す値
なるのも仕方がないように思う。そこで、単元の途中や、他
がこれまで慣れ親しんだ度数法から弧度法に変換された上、
の単元において弧度法の必要性を生徒に感じさせる指導を
三角比のとき以上に公式が登場する暗記が大変な単元とい
いくつか考えた。
う印象を持っているようだ。標準テストでは数学ⅡB の単元
の中で4年連続ワースト2位の正答率である(数学Ⅱの中で
3.弧度法の良さを訴える話題について
はほぼ毎年ワースト1位)
。数学ⅠA では三角比の正答率は
(1)弧度法の導入時
際立って悪いわけではないので、 sin , cos , tan の値を扱う
当たり前に考えていた「○度」という数の概念に違和感を
こと自体はそれほど問題ではないようだ。数学Ⅱでの定着の
覚えさせることで、他の方法(弧度法)で角の大きさを表す
悪さは、重要な公式を忘れてしまうことはもちろんだが、弧
必要性を感じさせたい。
度法で角の大きさを表すことに引っかかり苦手意識を持っ
角の大きさの単位としての度は、一回りを 360 度と定義
てしまうことも一因であると考える。わざわざ度数法に変換
した単位である。私たちが現在使っている数は「1」を単位
して考える生徒も尐なくない。また、加法定理では、特別な
として定義しているものが多数である中では異質である。な
角の和で表せることをわかりやすくするため、一瞬度数法に
らば一回りを「1」とすればいいように感じるが、実用上扱
戻し、合成でまた弧度法に戻ってくる。こういうところもわ
いにくかったため 360 としたと思われる。また、たいてい
ざわざ弧度法にした意味を見失い弧度の使用の必要性に疑
の数が1から積み上げていくイメージであるのに対し、角度
念を抱く原因に思う。他の関数との相関を考えたり、三角関
は積み上げた結果くるくる回って同じ大きさを表すところ
数を微分積分したりするうえでは、弧度法で三角関数を考え
も異質である。一回りを 360 度と定義した理由は、諸説あ
ることが不可欠である、今回は三角関数の指導について考え
るようだが、1 年が 360 日であると考えられていたことにあ
たことと、それを踏まえた授業実践例を報告する。
る。そうだとすれば、ここが金星ならば 240 度になってい
ただろうし、火星なら 720 度になっていたかもしれない。
2.度数法と弧度法
ここで言えることは、360 に数学的な意味はないということ
教科書では、度数法は「1 回転を 360 度とする単位で角の
と、角度はどのようにも定義できるということだ。また、360
大きさを表す方法」
。弧度法は「半径 1 の円において、長さ
という数は 1,2,3,4,5,6,8,9,10,12,13,15,18,20,24,30,36,40,60,72,
1 の弧に対する中心角の大きさを 1rad(1 弧度)とする単位
90,120,180,360 と多くの約数を持ち、このおかげで、直角は
で角の大きさを表す方法」
(東京書籍:新編数学Ⅱ)と説明
90 度、水平が 180 度、正三角形の一つの内角は 60 度ときれ
されている。また、他の教科書では丁寧に「半径と同じ長さ
いな数として様々な特徴的な角度を表すことができる。もし、
の弧に対する中心角の大きさを1rad(1 弧度)とする」
(数
1 周を 100 度と定義すれば、直角は 25 度、正三角形の一つ
研出版:高等学校数学Ⅱ)と説明されている。
の内角は 16.6666・・・となり実用的でない。逆に 1 周を 720
弧度法を授業で教えるときには、そのように角度を定義す
度と定義した場合、数の切りはいいが、扱う数が大きくなる
ることの必要性や利点を説明したいところだが、度数法に慣
し、分度器を考えると目盛が細かすぎるので最適ではなさそ
れ親しんできた生徒の抵抗感をなくすため、度数と弧度の変
うだ。歴史的な背景とその利便性から我々は角度の単位を自
換の計算をできるようにすることに終始してしまう傾向が
然と受け入れてきたが、結局のところ度数法は日常生活で便
利なだけで、数学的必然性はないと言える。そこで登場する
尐し直感的に理解できそうな指導法も紹介する。
のが、半径と同じ長さの弧に対する中心角の大きさを1rad
いま縦軸に通常の座標目盛りをもつ実数軸を、また横軸に
(1 弧度)とする弧度法である。先にも述べたように、私た
は度数法で表された角度目盛りをもつ座標平面を考えてみ
ちが現在使っている数は「1」を単位としているものが多数
る。
この場合、
縦軸の目盛りは通常の長さ(原点からの距離)
なので角の大きさも「1」から定義する弧度法の方が数学的
を表わしているが、横軸の 30°60°90°といったような目盛り
に自然なはずだ。また、有名角(30 度,45 度,60 度,90 度,180
は長さ(原点からの距離)を表わしているわけではない。こ
度など)については分母の値を見るだけで角の大きさがだい
の座標平面上に長方形などを描いたとしても、この面積は計
たい想像できる点や、回転量もわかりやすくなるなど実用的
算できないし、そもそもこの図形に何の意味も生じない。こ
なメリットも強調できる。
の図形に数学的意味を持たせるためには横軸のほうも長さ
尐し論点がずれるが、加えてここで、弧度法では、その定
を表わす実数目盛りにする必要がある。ここでやはり弧度法
義から、角の大きさを半径 1 の円の弧の長さで表すことがで
が必要となってくる。
きるというところを強調すべきだと考える。これについては
(3)数学Ⅲにおいて
後ほど「その他、細かな指導上の工夫」で述べる。
(2)三角関数のグラフを指導時
・
「 y  x と y  sin x のグラフを同一の xy 平面上にかく」
sin x
 1 の視覚的理解を促す」
x 0
x
sin の値は単位円周上の y 座標の値であるから、角の大き
・
「 lim
先に関数として値の変化やグラフを考える上で初めて弧度
さ(=弧の長さ)が 0 に近づけば近づくほど、sin x を表す
法の必要性が出てくると述べたが、 y  sin x のグラフにお
円周上点から x 軸に下した垂線の長さ(タテの長さ)と弧の
いて x を弧度法としてかこうが、度数法としてかこうが、軸
長さが同じ長さに限りなく近づくことが視覚的にわかる。
の目盛りの取り方に違いが出るだけで、他は何も変わらない。
・
「三角関数のマクローリン展開」
ただし、ここに他の関数のグラフをかこうとすると、x を度
三角関数のべき級数展開の指導は、
「三角関数の表を作成
数法とした場合グラフがかけなくなることに気づく。同一座
する」の授業の一環で行ったが、変数に弧度しか代入できな
標平面かけなくなった理由は、y  sin x ( x は度)は「 x(角
いことから(弧度であることが前提に微分公式が成り立って
度)→ y(実数)
」への対応を考える関数であるのに対して、
いるので当たり前なのだが)
、弧度の扱いに慣れ、いまさら
三角関数以外の関数
( y  ax  b , y  a など)
はすべて「 x
ながら が実数であることを認識し、角の大きさを実数で
(実数)→ y (実数)
」への対応であるからである。同一座
表すことのできる有難味を感じることができた者も多かっ
標平面でかくためには、三角関数も変数 x を実数で表す必要
た。
x
がある。実数は同時に長さの概念も持ち合わせるので、角の
大きさを半径 1 の円における弧の長さで表す弧度法は、まさ
4.その他、細かな指導上の工夫
に角の大きさを実数で表す単位となり、こうすることで初め
(1)弧度法の定義の工夫
て他の関数との値の変化の相関を得ることができる。
「半径と同じ長さの弧に対する中心角の大きさを1rad(1
ちなみに生徒 20 人に「 y  x と y  sin x のグラフを同
弧度)とする」というもともとの定義から発展させて、弧度
一の xy 平面上にかけ」という問を出したところ、解答は大
法とは、
「角の大きさを、半径 1 の円の弧の長さで表したも
きく 2 つに別れた。1 つは、先に y  sin x ( x は度)のグラ
の」と考える。こうすれば、1 回転の角の大きさは半径 1 の
フをかき、その後で y  x のグラフをかこうとしたところ、
円周の長さで表せばよいので、 360  2 (rad ) がすんな
例えば x  90 のとき y  90 となり、 y 軸上でどこに点
りと理解できる。また、弧の長さと面積、三角関数の定義や
を取ればよいかわからずグラフがかけなくなった解答。もう
1つは先に y  x のグラフをかき次に y  sin x のグラフを
かこうとして、 x  1 のときの y  sin 1 がどんな値かわか
らずグラフがかけなくなった解答である。2 名だけ、弧度法
グラフ、 lim
x 0
sin x
 1 などを考える上でも役に立つ。
x
(2)扇形の弧の長さと面積
(1)のように定義しておけば、半径 1、中心角 の扇形
で y  sin x をかき、 ≒3 と考えてグラフをかいた。
の弧の長さは である。すべての円は相似であるから、半径
・
「 y 軸は実数値の目盛りを、 x 軸は度数法で表された角度
r の扇形ならば弧の長さは r とすぐわかる。面積について
の目盛りをもつ座標平面における、図形の面積を考える」
は、扇形を図のように極めて小さい扇形に分けて上下反対に
上の指導法は三角関数のグラフを苦手としている生徒に
組み合わせれば長方形に変形できる。この図形のタテは半径
は大変であり理解の妨げになることも考えられるので、もう
1  1 
r 、ヨコは弧の長さ l   r  であるから、面積は
2  2 
1  1 2 
rl  r   と求められる。
2  2

(5)三角関数の合成の指導における工夫
(3)三角関数の定義の工夫
って多くの生徒にその内容が定着するし、余弦定理を利用し
三角関数の単元後半の大きな話題はやはり加法定理と三
角関数の合成である。加法定理は「咲いたコスモス、コスモ
ス咲いた」
「コスモスコスモス、咲いた咲いた」の呪文によ
半径 1 の円(単位円)周上の点 P( x , y) が、 x 軸の正の
た証明や図形による説明などでなんとなくそうなることが
方向から だけ回転した位置にあるとする。
(黒板に書くと
納得できた上で公式を覚えることができる。それに対し、三
きは点 P を第 1 象限にとる)
角関数の合成に関してはなかなか定着しないように感じる。
このとき、
y
sin   x , cos   y , tan  
x
となり,sin は単位円上の y 座標の値,cos は単位円上の x
座標の値, tan は動径の傾きの値であると定義する。
合成には、 a sin   b cos  
a 2  b 2 sin(   ) を満
たす を簡単に見つける図こそ紹介されているが、なぜそ
の図を作ることで求まるのかというところは省略されてい
る。そこで生徒には下図を提示した。
また、 sin は点 P から x 軸に下した垂線の長さ(タテの
長さ)
、cos は点 P から y 軸に下した垂線の長さ(ヨコの長
さ)と考えれば、弧度法で考える三角関数が「弧の長さ」か
ら「垂線の長さ」への、実数から実数への自然な対応になっ
たことの説明にも役立つ。
(ただし、座標の正負によって長
さの値にも正負をつけなければいけない。この点は大目に見
てもらいたい。
)
(4)グラフ指導の工夫
単位円とリンクさせて指導したいが、単位円が xy 座標平
面であることに対し、三角関数はy 座標平面になるので、
横に並べたとき、グラフの 軸は何を基準に考えているかわ
また、他にも加法定理の計算の逆をイメージすることによ
る説明もできる。
からなくなってしまう生徒もいる。図のような教材で、 は
a sin   b cos 
「角の大きさ」=「弧の長さ」であることを意識させ、単位
を sin の加法定理によって展開された式と見ようとしてみ
円からグラフの概形を視覚的につかめるようにする。
る。順番を入れ替えて
(sin  )  a  (cos  )  b …(*)
※円の周りには紐が巻
この a  cos  かつb  sin
きついており、まっす
ままsin(    ) と合成できてしまうのだが、このままでは、
ぐ伸ばせばそのままグ
sin 2   cos 2   a 2  b 2
2
2
となり、こうなる はない。そこでsin   cos   1 に
ラフの 軸となる。
 なる が見つかれば、その
なるように(*)の係数を調整し、


a
b
a 2  b 2 (sin  ) 
 (cos  ) 

a2  b2
a2  b2 

と変形する。こうすれば、
a
a2  b2
 cos  ,
b
a2  b2
 sin 
なる が必ず 1 つ決まり、ただちに
a 2  b 2 sin(   )
へと変形できる。cos の加法定理をイメージすれば、cos に
ついて合成することもできる。
三角関数の合成では、その式変形の方法よりも、2 つの変
量をもつ関数を1つの変量の関数として捉えることができ
るという点に重点があるので、cos についての合成もできる
この方法の方がより広がりを持った指導ができると考える。
5.今後の課題
弧度法の必要性に関しては、今回の研究では三角関数を他
の関数と同じ「 x (実数)→ y (実数)
」への自然な対応に
するためのものという論点で推し進めてきた。しかし、尐し
無理に考えれば、単純に度という単位のみはずしてしまうと
いう方法でも考えられないというわけでもない。また、そも
そも弧度法はなぜ半径と弧の長さの比で表すのか、直径と弧
の長さの比ではダメなのか、という根本的な疑問も残る。
これについては、三角関数の微分公式が簡単になる、すなわ
sin x
 1 が成り立つような角の大きさの定め方と
x 0
x
ち、 lim
いう答えになるだろうが、今回はこれを教材にするまでには
至らなかった。
参考文献
1.「なるほど高校数学 三角関数の物語」
原岡喜重 ブルーバックス 2005
2.「図解解説 三角関数」
佐藤敏明 ナツメ社 2002
3.「tmt’s math page」
http://www4.airnet.ne.jp/tmt/