場の理論 1 補習ノート(東島清) 2009.04.16 1 1.1 相対性理論入門 ローレンツ変換 光速不変の原理・ ・ ・光の速さはすべての慣性系において c = 299, 792, 458 m/s である。 慣性系 (K 系) において時刻 t = 0 に原点から発射された光が、時刻 t に座標 (x, y, z) を 持つ点 P に到達するならば、 x2 + y 2 + z 2 = ct すなわち x2 + y 2 + z 2 − (ct)2 = 0 で ある。慣性系 K 系に対し等速直線運動をするもう一つの慣性系を K’ 系と呼ぶことにす る。光が発射される瞬間に K ’系の時計が t = 0 を示すように調節しておき、原点は時 刻 t = 0 に K 系の原点と同じ場所にあるものとする。同じ現象を K’ 系から見た時、時 刻 t = 0 に原点を出た光は時刻 t に点 P に到着すると仮定する。K’ 系で見た点 P の座標 を (x , y , z ) とすれば、K’ 系でも光速は c なので、 (x)2 + (y )2 + (z )2 = (ct)2 すなわ ち (x)2 + (y )2 + (z )2 − (ct)2 = 0 がなりたつ。従って、時間・空間の一点で起きる同じ 現象を、2つの慣性系で観測したときの時間と空間座標が (ct)2 − x2 − y 2 − z 2 = (ct)2 − (x )2 − (y )2 − (z )2 (1) の関係で結びついていれば、光速不変の原理が成り立つことになる。この式を満たす座標 変換をローレンツ変換という。このように光速不変の原理を認めると、時間と空間座標は 互いに混じり合い、もはや独立でなくなる。3 次元空間のベクトルが空間の回転に対して成 分が混じり合うように、ローレンツ変換により混じり合う空間と時間を合わせて 4 元ベク トルと呼ぶ。4 元ベクトル x の成分を右上に添え字のつけて x0 = ct, x1 = x, x2 = y, x3 = z と表し、4 つの成分をまとめて xμ (μ = 0, 1, 2, 3) と書く。 式 (1) は 4 元ベクトルの「長さの自乗」がローレンツ変換の不変量であることを示し ている。4 次元空間における「長さの自乗」 (ct)2 − x2 − y 2 − z 2 には時間と空間が逆符 号で入っており、ユークリッド空間と異なり正定符号ではない。このような空間をミン コフスキー空間と呼ぶ。二つの 4 元ベクトル Aμ = (A0, A1, A2, A3 ) = (A0 , A) と B μ = (B 0, B 1, B 2 , B 3) = (B 0, B) の内積を Aμ Bμ = A0B 0 − A1 B 1 − A2B 2 − A3 B 3 = A0B 0 − A · B (2) で定義する。ここで2回出てくる添え字 μ に関しては μ = 0, 1, 2, 3 に対して和をとる ものと約束する。また、空間成分が逆符号で入っていることを示すために、空間成分の 符号を換えたベクトルを、添え字を下につけて表す。すなわち、ベクトル Bμ の成分は B0 = B 0 , B1 = −B 1, B2 = −B 2, B3 = −B 3 で定義され、Bμ = (B 0, −B) である。以上の 約束をすれば、4 元ベクトル xμ の「長さの自乗」を xμ xμ と書くことができる。4 元ベク トル Aμ , B μ および Aμ + B μ の「長さの自乗」がローレンツ不変であることから、Aμ , B μ の内積 Aμ Bμ もローレンツ変換に不変であることが分かる。 1 [練習問題 1-1] 1. K’ 系が K 系に対し x 軸方向に速度 v で走っている場合に x = px − qct, y = y, z = z, ct = −rx + sct (3) と仮定して式 (1) が任意の x, y, z, t に対し成り立つことから、次の関係式を示せ。 p2 − r2 = 1, q 2 − s2 = −1, pq − rs = 0 2. K’ 系の原点 x = 0 を K 系から見ると速度 v で走っていることから、q = vc p が成り 立つことを示せ。逆に、K 系の原点 x = 0 を K’ 系から見ると速度 −v で走っている ことから、q = vc s が成り立つことを示せ。このことから s = p が導かれる。 3. 1. の方程式を解き、|v/c| 1 の場合にガリレイ変換に帰着するように符号を決め、 次のローレンツ変換を導け。 x − vt x = , 2 1 − vc2 y = y, z = z, t − vx2 t = c 2 1 − vc2 (4) 4. 逆変換が次のようになることを示せ。すなわち逆変換は v を −v で置き換えれば良い。 x + vt x= , v2 1 − c2 y=y, z=z, t + vx2 t= c 2 1 − vc2 (5) [練習問題 1-2] 1. ローレンツ収縮 走っている物体の長さを測るには、同じ時刻に物体の両端の座標を測る必要がある。 静止した物体の長さを測るには、物体の両端の座標は時間に依らないので、両端の 座標を異なる時刻に測定しても良い。K’ 系に対し静止した物体の長さを両座標系で 比べてみる。K’ 系から見ると物体の両端はそれぞれ x1 と x2 に静止しているので長 さは 0 = x2 − x1 となる。K 系から見ると物体は走っているので、同じ時刻 t に両端 の座標を測り x1 と x2 を得たとすれば、K 系から見た物体の長さは = x2 − x1 であ る。ローレンツ変換 (4) を用いて v2 = 0 1 − 2 (6) c を示せ。すなわち走っている物体は静止している時より縮んで見える。 2. 時計の遅れ K’ 系で位置 x に固定された時計が時刻 t1 と t2 を刻む瞬間を、K 系から見れば時刻 t1 と t2 であったとする。同じ現象の間の経過時間が K’ 系では T0 = t2 − t1、K 系で 2 は T = t2 − t1 ということになる。K’ 系における時計の位置 x が一定であることに 注意して、逆変換 (5) を用いれば T = T0 1− (7) v2 c2 となることを示せ。すなわち、動いている物体に固定した時計はゆっくり時を刻む ように見える。 [練習問題 1-3] 地球に降り注ぐ宇宙線と大気圏上層部の原子核との衝突によりミューオン(ミュー中間 子)が作られる。静止したミューオンの寿命は τ = 2 × 10−6 秒であり、光速で走っても 600 メートル程度しか走らないはずだが、厚さ 10 km 以上の大気圏を突き抜けて地上に 降り注いでいる。作られるミューオンが光速の 99 % で走っているとすれば、地上の我々 から見ると 10 倍ほど長生きすることを示せ。(ミューオンは μ− → e− + νμ + ν¯e と電子、 ミューオンニュートリノ、反電子ニュートリノに崩壊する。) 1.2 固有時 ある慣性系で時刻 t に点 x = (x, y, z) にあった物体が、時刻 t + dt には点 x + dx = (z + dx, y + dy, z + dz) に移動するとき、この物体の速度は v= dx dt で表される。相対性理論では dt も 4 元ベクトルの成分であるため、v は 4 元ベクトルの 空間成分を 4 元ベクトルの時間成分で割った量となり、複雑な変換性を持つ。そこでロー レンツ変換に不変な固有時を 4 元ベクトル dxμ = (cdt, dx, dy, dz) の「長さの自乗」を用 いて次のように定義する。 1 μ 1 dτ = dx dxμ = (dt)2 − 2 ((dx)2 + (dy)2 + (dz)2 ) c c dx 2 1 dy 2 dz 2 v2 (8) = dt 1 − 2 ( ) + ( ) + ( ) = dt 1 − 2 c dt dt dt c 固有時 dτ は、v = 0 となるような慣性系においては dt と一致する。従って、固有時は物 体が瞬間的に静止しているような慣性系における時間を表す。dτ はローレンツ変換に不 変なので、4 元ベクトル dxμ を dτ で割った 4 元速度 ⎛ ⎞ μ dx v c ⎠ = ⎝ uμ = , (9) 2 2 dτ Ú Ú 1− 1− c2 3 c2 は 4 元ベクトルである。この定義から分かるように、4 つの成分のうち独立なのは 3 つで ある。実際、uμ = (u0 .u) と書けば uμ uμ ≡ (u0 )2 − (u)2 = c2 (10) [練習問題 2-1] ある王国に双子の王子が生まれた。王国では王子の誕生を祝うためロケットを作り、世 継ぎの兄王子は帝王学を修めるため王国に残し、弟王子は武者修行のためにロケットに 乗せ宇宙漫遊の旅に出発させた。ロケットは光速の 80%の速さで直線的に遠ざかり、同 じ速さで逆向きに引き返し、兄王子の成人式の日に王国に戻ってきた。帰還したときの 弟王子の年齢を求めよ。 1.3 相対性理論における作用原理 運動方程式は作用原理により求めることができる。相対性理論ではすべての慣性系が 同等であるので、運動法則はすべての慣性系で同じでなければならない。従って、作用は すべての慣性系で同じはずである。作用はラグランジアンの時間積分で与えられる。相 対論的な自由粒子の作用は、ローレンツ変換に不変な時間すなわち固有時に比例しなけ ればならない(4 元速度の自乗は (10) より定数である) v2 S0 = −mc2 dτ = −mc2 dt 1 − 2 (11) c 係数を決めるために非相対論の場合と比べる。ラグランジアンを S = Ldt (12) で定義する。式 (11) と比べて、相対論的な自由粒子にたいする L0 を求めることができる。 v2 L0 = −mc2 1 − 2 (13) c v 2 c2 の場合には近似式に 1 L0 ≈ −mc2 + mv 2 + · · · 2 (14) となり、(11) のように係数を選んでおけば、定数項を除き確かに非相対論的な運動エネ ルギーに一致する。ラグランジアン (13) から運動方程式を求めると ⎞ ⎛ d ⎝ mv ⎠ =0 (15) 2 dt Ú 1− c2 4 これは相対論的な運動量の保存則を表している。4 元運動量を ⎞ ⎛ μ dx mv ⎠ mc pμ = muμ = m , = ⎝ 2 2 dτ 1− Ú 1− Ú c2 (16) c2 で定義すれば、時間成分 p0 に c を掛けたものは相対論的なエネルギーを表す。実際、 E = p0 c = mc2 1 ≈ mc2 + mv 2 + · · · 2 2 1 − Úc2 (17) は、非相対論の極限で運動エネルギーに静止質量のエネルギーを加えたものになっている。 1.4 電磁場との相互作用 磁場 B および電場 E は、ベクトルポテンシャル A(x) とスカラーポテンシャル φ(x) を 用いて次のように表すことができる。 ∂A (18) B = ∇ × A, E = −∇φ − ∂t 電磁場の相対性理論では、A0 = 1c φ, A1 = Ax, A2 = Ay , A3 = Az とおくと Aμ は 4 元ベ クトルとなる。Aμ に比例してローレンツ変換に不変な量は dxμ = uμ dτ との内積しかな いので、電荷 q を持つ物体と電磁場との相互作用は v2 2 μ 2 dτ − q Aμ dx = −mc dt 1 − 2 − q (φ − A · v)dt S = −mc (19) c で与えられる。定義 (12) よりラグランジアンを求めると v2 L = −mc2 1 − 2 − q(φ − A · v) c これより運動方程式を求めると ⎛ ⎞ d ⎝ mv ⎠ = q (E + v × B) 2 dt Ú 1 − c2 (20) (21) [練習問題 4-1] z 方向の一定の磁場 B 中における荷電粒子の円運動の半径が次の式で与えられることを 示せ。 p mv R= ただし p = 2 qB 1− v c2 [練習問題 4-2] ラグランジアン (20) から運動方程式 (21) を導け。ヒント 3 ∂Aj ∂Ai ∂A(x, t) dx(t) dA(x(t), t) vj ( i − ) = (v × B)i = + · ∇ A(x, t), j dt ∂t dt ∂x ∂x j=1 5 1.5 ハミルトニアン ベクトルポテンシャルの項は速度に比例するので、正準運動量が p= ∂L mv + qA = 2 ∂v Ú 1 − c2 となることに注意すれば、荷電粒子のハミルトニアンは次のようになる。 H = p · v − L = c m2c2 + (p − qA)2 + qφ (22) (23) 非相対論の極限では次の式に帰着する。 HN R = mc2 + 1.6 1 (p − qA)2 + qφ 2m (24) 運動方程式のローレンツ共変形式 相対性理論では電場と磁場はテンソルと呼ばれる一つの場に統一される。添え字を 2 つ持ち、反対称なテンソル F μν を次の式で定義する(xi = −xi に注意)。 F μν = ∂Aν ∂Aμ − ∂xμ ∂xν (25) これを電場・磁場の定義 (18) と比較すると 1 1 1 F 01 = −F 10 = − E x , F 02 = −F 20 = − E y , F 03 = −F 30 = − E z c c c 12 21 z 23 32 x 31 13 y F = −F = −B , F = −F = −B , F = −F = −B (26) となることが分かる。4 元速度の定義 (9) および ui = −ui に注意すれば、ローレンツ力 (21) の右辺は i = 1, 2, 3 として 3 3 v2 q Ei + ijk v j B k = q F i0u0 + F ij uj 1− 2 c j=1 j,k=1 2 と書くことができる。従って、運動方程式 (21) の両辺を 1 − Úc2 で割り、固有時と時間 の関係式 (8) を用いると m d2 xμ = qF μν uν 2 dτ (27) と書くことができる。ただし、右辺では添え字 ν が繰り返し現れているので ν = 0, 1, 2, 3 について和をとっている。(27) で μ = 0 と置いたものは、電場がする仕事によるエネル ギーの変化率を表している。 d mc2 = qE · v dt 1 − Ú2 c2 6 (28) この方程式は運動方程式と独立ではなく、(21) と v の内積を取ることにより得られる。 (27) は任意の慣性系で成り立つ 4 次元的な運動方程式である。右辺の力も 4 元ベクトル なので 4 元力と呼ばれる。 [練習問題 6-1] 運動方程式 (27) の時間成分から (28) を導け。また、運動方程式 (21) と v との内積を取る ことにより得られることを示せ。 [練習問題 6-2] 物体の経路を少し変化させたときに相対論的な作用 (19) が停留値を取るという条件から 直接に運動方程式 (27) を導け。1 1 参考文献:ランダウ・リフシッツ著「場の古典論」 7
© Copyright 2024 Paperzz