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農業生産法人 株式会社GRA
代表取締役CEO 岩佐 大輝(いわさ・ひろき)氏
インド栽培担当 勝部 達也(かつべ・たつや)氏
津波で壊滅的な被害を受けた故郷の特産品「イチゴ」を、まったく
新しいやり方で復活させようと挑む若者がいる。「農業生産法
人 株式会社GRA」の代表取締役CEO、岩佐大輝さんだ。ITベン
チャーの社長だったキャリアを活かし、経験に裏打ちされた〈匠の
技〉をICT(情報通信技術)と組み合わせて標準化した栽培のノウ
ハウを広め、東北に新たな産業をつくろうとしている。宮城県山元
「高設養液栽培」でイチゴを育てるGRAの農場。ICTを用いたプログラミングによって、イチ
ゴにとって最適な環境を自動的に維持・調整する
町にあるGRAの農場を訪ねた。
ICTで集中管理するイチゴハウス
大きなイチゴ栽培ハウス(以下、ハウス)に足を踏み入れると、温かな空気が充満してい
た。赤く色づいたイチゴは文字通り鈴なりで、収穫を待っている。この中でとくに大きさと甘さ
に秀でたものは「ミガキイチゴ」という名のブランド品になる。最高ランク(プラチナランク)のも
のは、首都圏の百貨店で1粒1,000円という高値で販売されている。
ハウス内を案内してくれたのは、「農業生産法人 株式会社GRA」の勝部達也さんだ。イチ
ゴは地面に直接植える「地植え」ではなく、架台に乗せたプランターで育てられる。プラン
ターには土ではなく、ヤシガラを砕いてフレーク状にした培地が入っている。ここに管を通
し、水に肥料を溶かし込んだ養液をポンプで送り込んでいる。これは「高設養液(こうせつよ
うえき)栽培」と呼ばれる方法だ。
温度、湿度、日照量、CO2濃度などを管理するタブレットPCを手に、農場
高設養液栽培には利点が多い。イチゴは病気や虫に弱い作物なので、育てるのに手間
を案内する勝部達也さん。インドでのイチゴ栽培も担当している
がかかる。そこでプランターを作業しやすい高さにするのだ。イチゴを守ると同時に、作業の
ロスを減らすことができる。また、養液を用いることで、きめ細かな栽培管理が可能になる。
「イチゴはわがままな作物で、気をつけてあげないと栄養障害を起こすのです。土に追肥するよりも、養液は速効性がありますから、そのときに必要
な栄養分を適切なタイミングで与えることができます」と勝部さんは説明する。また、与えた養液と培地を通り抜けたあとの排液を比べることで、イチゴが
どの程度の栄養分を摂ることができたのかも把握できる。
イチゴを栽培するにあたって重要な要素(温度、湿度、日照量、CO2濃度、栄養分など)はすべてICT(情報通信技術)を通じてデータベースに記録し
ている。データに基づいてつくられたプログラムによって、ハウス内をすべてコントロールしている。たとえばビニールハウスの窓は気温管理のプログラ
ムによる自動開閉式だ。
しかし、ICTだけではおいしいイチゴをつくることはできない。なにしろ相手は農産物だ。経験に基づく知恵や工夫がなければ、品質の高いものはつく
れない。GRAのICTを利用したイチゴ栽培プログラムを陰で支えているのは、1人の老練なイチゴ農家だ。
「GRAを立ち上げるにあたって、いちばん苦労したのはイチゴの栽培そのものです。これはもう僕らの力だけではどうにもなりません」と代表取締役
CEOの岩佐大輝さんは語る。
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〈匠の技〉を可視化する試み
岩佐さんは山元町の出身。震災前は東京のITベンチャーの経営者だった。「地元に帰る
のは多くて年に1回。帰らない年もありましたね」。震災後、岩佐さんは故郷に戻り、ボラン
ティアとして汗を流す。山元町の特産品として名高かったイチゴはハウスが流され、壊滅的
な被害を受けていた。岩佐さんはイチゴの生産を単に再開するのではなく、ICTを駆使した新
しい産業として再興することを考えついた。
岩佐さんは人づてに橋元忠嗣(ただつぐ)さん(現GRA副社長)と出会う。橋元さんは40年
近くイチゴを栽培しているベテラン農家だ。「僕らは『夜間の温度は○度に』『CO2の濃度は
○ppmで』といった理屈だけはわかります。けれど、イチゴの状態に合わせて、いつ、何を、
どのように変化させて対応すればいいのか全くわかりません。デジタルの世界と違ってイチ
ゴは思い通りにならない農産物です。橋元さんとの出会いがなければGRAはここまで成長
ICTを用いて「イチゴの産業化」を進める岩佐大輝さん。「復興のために
は、地域経済のグッドサイクルをいかにつくり、持続できるかが重要で
す」と新規参入しやすい環境づくりに取り組む
できなかったでしょう」と岩佐さんは言い切る。
GRAを立ち上げた岩佐さんたちは、おいしいイチゴをつくるために栽培データを集め、それをもとにプログラミングを進める。橋元さんの〈匠の技〉を可
視化する試みも行なった。
「技を『見える化』することは難しいのです。橋元さんがイチゴのどこをチェックしているのか知ろうと、メガネ型ディスプレイに似たカメラを用いて目の動
きを解析したこともあります」と岩佐さんは言う。
長年の経験を活かしたベテラン農家ならではのやり方を、「文字」「映像」「写真」に記録し、品質の高いイチゴをつくる方法を標準化する。それは今も
刻々と進んでいる。その先には、岩佐さんが目指す「イチゴの産業化」がある。
若者が「やりたい」と思う産業に
GRAは、2014年4月からこれまで蓄えた技術とノウハウを新規就農希望者に提供するビ
ジネスをスタートする。いわばイチゴ栽培の「フランチャイズ化」だ。山元町を中心に、まずは
宮城県内、ゆくゆくは東北全域で進めていこうと考えている。
「僕らだけが成功しても『産業』にはなりません。若い人や新しい人が『やりたい』と思うも
のにしたいのです」と言う岩佐さん。私たちはここで紹介しきれないほどさまざまな栽培実験
を行なう巨大ハウスを見て感嘆するとともに、これほどの投資は新規就農者にとって無理で
はないかという疑問を抱いた。率直に問うと「作業が標準化できれば、これほど大規模な施
設は必要ないのです。これからは補助金に頼らない農業経営が必須です。『できるだけお
金のかかる施設はつかわない。投資可能な金額で農業がスタートできるようにお手伝いす
る』。これが僕らの仕事です」。岩佐さんの答えは明快だった。
イチゴ栽培を「産業化」するために、GRAはインドでの栽培にもチャレンジしている。地域経
済を発展させるにはグローバルレベルに到達する必要があると考えているのだ。「平均気
温が高いインドでの栽培は難しいのですが、成功すれば日本の夏栽培に応用できます。日
本の夏イチゴはほとんどがアメリカ産ですから、新たなマーケットを切り拓くことになります」と
岩佐さんは目を輝かせる。
インドは1年目から大収穫で2年目に入った。さらにサウジアラビア進出も狙う。「国民1人
あたりの所得が高いうえ、3,000万人近い人が住んでいるので、ラグジュアリーマーケット(高
GRAの農場は、あらゆることを試す実験場だ。たとえばイチゴの葉を食
べるダニを捕食する天敵を放虫するなど、今もノウハウの蓄積を続けて
いる。2014年4月には、施設園芸大国であるオランダにも引けをとらない
高度なシステムを導入予定だ
級品市場)としてのポテンシャルが高いのです」と岩佐さん。2014年4月には、今のハウスを
はるかに上回る「超先端農場」が完成する。現状に満足せず、投資を重ねるのはなぜか。「先鋭的なシステムが若者を惹きつけるからです。産業が発
展するには、若くて優秀な人が必要ですからね」。
あくまでも産業化にこだわるのは、「経済をまわさないと地域はよくならない」という信念を持っているからだ。「地域活性化には産業と教育が重要で
す。産業が立ち上がって雇用が生まれる。さらに、その地域に教育があれば人は家族をつくり、子どもを育てるでしょう。震災以降、山元町は県内で二
番目に高い人口減少率です。課題先進地とも言えるこのまちでロールモデルをつくりたい。同じように苦しんでいる他の被災地に成功事例として示した
いのです」。
まずは新しい産業を興す。それによって人が集まり暮らす東北へ――。岩佐さんは復興を目指して今日もひた走る。
2014年1月取材
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