根掘り葉掘り訊く

根掘り葉掘り訊く
―私が嘘つきになった理由―
根掘り葉掘り訊く人が多い。初対面なのに。むしろ初対面だから、根掘り葉掘り訊く
のかもしれない。ドイツに来て間もないころ、これに閉口した。同じ寮の誰かの誕生
日パーティー、特にこれが苦手だった。実は行きたくない。知らない人がいっぱいい
るから。それに、言葉に自信がないから。でもそんなことを言ってたんじゃあ友達も
できないし会話も上達しない。自分にそう言い聞かせて、あえて行くことにする。
「来てくれてありがとう。ゆっくり楽しんでってね。ビュッフェの飲み物や食べ物は
自由にね。」招待してくれた知人に誕生日のお祝いを言うと、こんな風に迎えられる。
そしてその後はほったらかし。こんなとき日本なら、せめて周りにいる友人に紹介し
てもらえる。
興味や出身地、ライフスタイルの似た者同士を「この子が M。ホラ、この間話さなかったっけ?あなたといっしょで~フ
ァンよ。」などとほんの少し糊付けし、自分の友達同士が親しくなるきっかけを用意してくれるものだ。そんな配慮は期
待できない。
学生同士のパーティーでは、特に親しい友人でなければプレゼントまで用意するには
及ばない。むしろ、ビュッフェに一品持参するのが喜ばれた。そこで、招待主と招待
客が持ち寄ったポテトサラダ、マカロニサラダ、ハムやチーズ類、ケーキなどが並ぶ。
ポテトチップス、ブレーツェル、グミももちろん定番だ。こんなとき日本人学生は、
巻き寿司やおいなりさん、餃子などを作って頑張る。飲み物は、ソフトドリンクとワ
インは紙コップだが、ビールは 0,5 リットル瓶を男女問わずラッパ飲み。あちこち
で三々五々グループになって、皆が話し込んでいる。この三々五々の組合わせが入れ
替わってはいくものの、パーティー風景は一晩を通じて特に変化がない。
そのうち誰かが話しかけてくる。お互いに名前を言い合い握手をすると、いきなり質問を浴びせられる。第一問は必ずと
いっていいほど「…で、何してるの?」つまり、
「~の勉強をしている。~の仕事に就いている。」などの返答が期待され
ていて、これをクリアするとどんどん突っ込まれる。「動機は?」「どういう職業的展望があるの?」「出身は?」等々。
これは私が外国人であるからではなく、ドイツ人学生同士もおおむねこんな感じで初対面の会話をスタートする。
あれこれ訊ねてくるのはなにがしかの興味をもってくれている証拠だから、誠意を持
って接したい。しかし悲しいかな私には、受け取った問いをうまく反対の手に持ち替
えてキャッチボール、向こうのこともスマートに訊き出すという話術が身についてい
ない。だから会話が一問一答式で、面接試験のようになってしまう。そもそも、やた
ら自分のことを語るのも、あれこれ相手の詮索をするのも、マナー上よろしくないと
言われて育ったこともバリアになっているのだろう。
《徹子の部屋》をもっと真面目に見て勉強しておけばよかったのか?向こうはさぞか
し退屈しているんじゃあないかと気になってくる。この人にそっぽ向かれたら、また
しばらく一人でボーっとしていなければならない。かといって、一晩中同じ話し相手
に貼りついているわけにもいかない。いっそ、かくし芸やカラオケでも始まった方が気楽なのに…。でも一向にそんな気
配はない。
たとえば同じギャグをみて笑ったとか、お気に入りの歌が同じだったとか、共有した時間と経験を重ねていくうちに、い
つの間にか友達になったっていいじゃないか。こんなに根掘り葉掘り訊いて相手の正体を知ろうとするアプローチって、
犬が二匹、出会いがしらにクンクン嗅ぎあってるみたいだ。それにしてもドイツの犬達を見よ!散歩の途中ですれ違うよ
その犬を極力無視するように躾けられていて、路上でクンクンし合っているのなんて滅多に見ない。妙な連中だ(ヒトが)。
かわいそうに(イヌが)。こんな連中と、この寒い国で、私は一体いつまでやっていけるんだろう?
とにかくこの晩を
やり過ごしたら、当分誰も誕生日を迎えないことを祈ろう。…と、情けない思いでいっぱいになってくる。
こんな学生時代の思い出も、いまでは 20 数年も前のこと。社会人になって、一度に
多くの人と知り合うきっかけは減り、開口一番「何してるの?」という若者特有のア
プローチに出くわすことこそ減ったけれど、大人は大人なりのやりかたで、根掘り葉
掘りのきっかけを狙っている。その典型的第一問が「ドイツで暮らすことになったき
っかけは?」
向こうは初めて聞く話だが、私にしてみればもう同じことを百回近く言ってきたに違
いない。当然のことながら、いつも同じ内容で飽きてしまった。そこである時いたず
ら心が働いて、作り話で答えることにした。
「実は○○研究者になることを目指して日本で勉強していたんだけど…。
(○○は、わざと自分も相手も皆目見当のつかない自然科学の分野にした。)
博士論文(どうせ作り話なので学歴がインフレしている)のテーマを選んだとき、指導教授に渋い顔をされてね。
それでも意思は貫くつもりで、資料集め、測定や調査目的の旅行計画を立てていたら、急に先生に呼ばれて、テーマを変
えなければ指導は続けられないって言われたわけ。納得できる理由は言ってくれないし、他の大学や指導者を紹介してく
れる兆しもなし。粘りに粘って聞き出したことが意外や意外、『この研究を続ければ、政府の秘密に触れることは必至。
その指導に当たったのでは教授自身の立場さえ危うくなる。』って話だったの。
それで、私も若かったからカッとして後先省みず、当局に抗議の文書を送ったの。どうせ無視されるだろうと思ってたら、
何と一週間もたたないうちに物々しい封筒が送られてきて、『同封の資料を参考に下のリストから滞在希望国を選択しな
さい。該当国の滞在許可を手配するので、研究から手を引くと念書に捺印の上、即刻日本を去ること。これは命令ではな
く、勧告である。』という内容だったわけ。ドイツを選んだのは、第二外国語でドイツ語を選択していたから。だって、
そんな事情で言葉さえ知らない国にやって来て、何もかも一からやりなおしじゃあ、きつすぎるでしょう?」
相手は顔見知り程度の知人。元ヒッピーとの評判で、真っ白な長髪とドクロを型どっ
た大きな指輪がトレードマークだ。意外にも彼は、私のいい加減な嘘を全部真に受け
たばかりか、
「そのまま投げ出すなんて意気地がない。ほとぼりの去った今なら研究
を再開できるのではないか?ドイツで適切な大学を探すべきだ。俺にできることがあ
れば力になってやる。」と励ましてくれた。こんなに親身になってくれるのも、例え
ば旧ユーゴスラビア、アルバニア、イラン、アフガニスタンなどの国々から、本当に
故国を去ることを余儀なくされた人々と隣り合って毎日を暮らしているこのドイツ
の人だからこそかも知れない。そう思うと少し気が咎めたが、ここであっさりと後に
は引けない。
「そうはいかないのよ。
」と私。
「何故だ?」と元ヒッピー。押し問答の挙句、どうせいつまでもだまし続ける気はなかっ
たので、
「実は私、○○研究者の卵などではなかったの。全て作り話。ごめん。」と告白した。ややあって「畜生!こんな
チビに騙されたか!」と豪快に笑った彼。それ以来顔を合わせると、「ヤイ嘘つき、相変わらず元気か?」と、悪だくみ
の相棒に見せるような笑顔で接してくれる。
さすがに初対面の人にここまでのいたずらははばかられるが、このごろでは《根掘り
葉掘り》が始まりそうになると、「本当バージョンと嘘バージョンがあります。どち
らをお話ししましょう?」と前置きすることもある。すると、初めに事実を知ってし
まったら後で嘘を聞いてもつまらないので、たいていの人が嘘をリクエストする。中
には作り話と分かっているのに「その時ご両親は何ておっしゃったの?」「当時ボー
イフレンドはいたの?」など、あえて根掘り葉掘ってくれる人もあってこれは楽しい。
そうして一緒に嘘を堪能した後、本当バージョンは訊かずにそっとしておいてくれる
ことが多い。ひょっとすると、作り話を夢中で語っている時こそ、話し手の素顔がよ
く見えるのかもしれない。私が何者なのか少し分かったので、質問リストは未公開に
終わる。
ついこの間も接客中にこんなことがあった。お客さんが私のドイツ語の訛りを「可愛らしい。」と言って、
「どこの国のご
出身ですか?」と尋ねてきた。私はすかさず「ハンガリー。」と答えてしまった。「それは全く意外でした。」と目を丸く
する彼女に、
「ごめんなさい。実は日本です。でも、
『ひょっとしてあなた、ハンガリー人の先生にドイツ語を教わったん
じゃない?』って、からかわれたことがあるので、どうやらハンガリー人と日本人の話すドイツ語って似てるようなんで
す。」と訂正してから、あれこれと話に花が咲いた。
嘘は便利だ。嘘は楽しい。これからはフィクションを色々作っておいて、《根堀り葉掘り》とのらりくらり付き合ってい
こう。
筆者後記
「すると《あんなこと、こんなこと…》も、実は全部まゆつば物か?」とは、どうか疑わないで下さいね。